大帝カール③
1.好事魔多し
カール陣営――否、最早軍と呼んで差し支えないだけの人は集めたのだから新帝国軍と呼称すべきか。
新帝国軍の動きは迅速だった。兵が集まり大まかな方針を決めるや即座に行動を開始。
手始めにローゼンハイム大公が治める領土を丸ごと手にせんと皇帝カール・ベルンシュタイン自らが陣頭に立ち進軍。
標的にされた場所を治める者らも当然、抵抗したのだが鎧袖一触。
一騎当千の猛者や狭い島国で延々殺し合いをしていた戦争のプロが混ざっていることもそうだが、それ以上にカールが先頭に立ったことが大きかった。
『そらそらそら! 皇帝様に手柄が獲られちまうぜ~? 腑抜けた戦いじゃあ立身出世なんざ夢のまた夢。気合入れねえと終わっちまうぞ!!』
立身出世を望む者はその大胆不敵な姿に触発され、国を憂い志を抱き軍に参加した者はその勇ましい姿に奮起を促される。
やれる! 俺達はやれる! そう思わせることで兵の士気を高めたのが快進撃の大きな要因だろう。
万軍を率いれる熟練の将に士気の高い兵を使わせればそりゃあ、勝てる。
新帝国軍は瞬く間にローゼンハイム大公の領土を掌握。国家としての体裁を整えてみせた。
カールもさぞや御満悦かと思うかもしれないが……どっこい、そんなことはなかった。
「…………上手く行き過ぎだろ」
ヴァレリアの会議室でカールは開口一番、こう漏らした。
他の出席者達も多少なりとも渋い顔をしているが一番渋い顔をしているのはカールだ。
「上手く行くのは良いことじゃないの?」
庵と共にお茶汲みをしていたクリスが不思議そうに首を傾げる。
「悪いことじゃないが手放しに喜べることでもねえんだわ」
「何で?」
「人間のやることだ。一つ二つは良いが三つ四つと続けていけばどこかで必ず不測の事態は起きる」
どれだけ気をつけていてもだ。人間のやることに完璧はあり得ない。
人類史上誰も成し遂げられなかった奇跡に手をかけたヘレルでさえそうだったのだ。
神ならぬ俗人の自分がやることに瑕疵が生じないなんてことは絶対にない。
そう断言するカールに今度は庵が疑問を呈する。
「しかし兄様。兄様は葦原で想定通りに統一を成されたではありませんか」
八俣遠呂智復活の時期を見誤っていたがそこはそれ。
統一自体は一度も躓くことなくやってのけた。ならば今度だって。
そう語る庵にカールはゆるゆると首を横に振った。
「ありゃ最初、本願寺での不意討ちで敵の殆どを詰みまで持っていけたからだよ」
だが今回は違う。
皇子陣営は不利ではあるものの決定的な詰みにまで追いやられたわけではない。
同じ穴の狢である悪役令嬢も居るのだ。
それなのにこの状況は不自然が過ぎる。
「決戦に向け備えをしているだけでは? 実際、そのような動きもあると報告が上がっていますし」
「決戦への備えってのはそうなんだろう」
新帝国軍にとっても皇子達にとっても最終的には大規模な決戦で白黒をつけるのが最善だからだ。
なので適度に邪魔をして時間を稼ぎながら決戦の準備をしているというのは頷ける。
実際それもあるだろうとカールも考えているのだが、
「だとしても現段階で俺達の足を引くために打てる手は無数にあるはずだ。例えば俺らがやった押し込み強盗。何故、あれをしない?」
ヴァレリアのシステムは掌握したし、当然対策も考えてはある。
だが完全に防げるかと言うとそんなことはない。
「あっちにゃ……ってより悪役令嬢には魔法を無効化する謎のカードがあるんだぜ?」
加えて魔法ではない謎の転移も。
どちらもゾルタン達が研究しているがその成果は皆無に等しい。
「既に晒した手札だ。今更使用を躊躇うことはないだろうよ」
「制限があるんじゃないか? 例えば回数が決まっているとか」
「だとしてもまだまだ残弾は残してあるはずだ。あの手の手合いがそこらの管理をしていないわけがない」
一回だけでも良い。二つの手札を使えば都市一つを消し飛ばすぐらいの効果は期待出来る。
上空からシステムを無効化し爆弾でも投下してやればこちらにとっては十分、嫌がらせになるのだ。
なのにそれをしていない。何故?
「となると考えられるのは……」
「もっと効果的に痛撃を与える手段があるからその準備をしている。もしくは準備は終わっているがまだ札を切る時ではないと温存している」
常識的に考えればその二つが妥当だろう。
だが、予想だにしない理由かもとカールは渋面を作る。
「……そもそもアイツは一体何を目的として動いてんだ?」
これまではまだどうとも言えなかった。
だが、この段階でも目立った動きを見せないことで悪役令嬢が何を考えているのかまったく分からなくなった。
「ふむ。第一皇子と第二皇子の先帝ジークフリートへの不穏な動きを嗅ぎ付けたからこれ幸いにと首を突っ込んで来たんじゃないか?」
「ヴァッシュ。つまりお前は何時も通りの愉快犯的な理由で力を貸しているって言いたいわけだな」
「ああ。あの女の行状を振り返れば当然だろう。思想も何もない。混沌を愉しむ趣味の悪い糞ババアとしか思えん」
「なら尚のことおかしい」
カールの存在を抜きに考えてもジークフリートが死ねば帝国は間違いなく混乱する。
皇子達がその椅子を巡って相争うのは決定事項だ。
皇帝というストッパーがなくなったことでこれまでの比ではないほどの争いになっただろう。
「それを嗅ぎ付けて皇子達に接触し俺という生贄の羊を知り更に面白いことになると奴が考えたとしてだ。
それならこの状況下で新たな手を指さない理由がない。アダム、あんたに頼んで探らせていた中立に属する大貴族が居ただろう?」
「リーベルト家ですね」
「そうだ」
リーベルト家。ローゼンハイム家と同じく皇族が立てた家でありローゼンハイム家ほどの権勢はないが帝国でも上位に入る大貴族である。
カールは電波ジャックの直後にリーベルト家を探るようアダムに指示を出していた。
何のため? 悪役令嬢の動きを知るためにだ。
「俺が混乱だけを目的として帝国をぐっちゃぐちゃに引っ掻き回すならあそこを利用しない手はない」
「…………第三勢力」
カールが言わんとしていることに気付いたゾルタンがポツリと呟く。
「俺のネガキャンが功を奏したお陰で皇子陣営の声望はダダ下がりだ。
じゃあ支持が全部俺に流れて来るかっつったらそれもない。
色々理由はあるが大きなものとして自分で言うのも何だがこっちはかなり過激だからな。
民衆にはそこそこ甘いが貴族なら敵対した場合、一族郎党皆殺し。赤子や老人であっても容赦なく殺す。
普通に考えて怖いわ。即断即決出来るのは良くも悪くも肝が座った奴だけで真っ当な感性を持つ連中は躊躇って当然だよ」
リーベルト家の現当主と次期当主は貴族としては人並みに善良で人並みに優柔不断。
どっちにもつきたくないと考える中立派の受け皿としては打ってつけだ。
ゾルタンから中立貴族のリストを貰った際、カールは即座にそう判断した。
だからこそ探らせていたのだが特に怪しい部分は見受けられない。
「……私どもが掴めていないだけ、という可能性は?」
「ない。第三勢力として成立させようと思えばどうしても隠し切れないボロが出て来るはずだ。それを見過ごすとは思えんね」
「あー、大殿。そんじゃあ別んとこに誘いをかけてる可能性もあるんじゃねえっすか~?」
「それもない。ここでこっちの目を眩ます旨味はあんまりないからな」
仮に第三勢力が立ったとしてだ。カールも直ぐには攻め入ることは出来ない。
立ち塞がる者は敵、中立を許しはしないと宣言したものの短絡的に攻め込めば巡り巡ってマイナスを被ってしまう。
攻め込むのならある程度、段取りを整えてからになる。
ゆえに成立させるだけなら殆ど障害はなく成立させてからも中立陣営と皇子陣営を上手いこと使えば、カール陣営の一方的な勝利を阻むことは可能だ。
これまで世界各地でテロを起こして来た悪役令嬢ならばそれぐらいはやってのけるだろう。
「つまり陛下は悪役令嬢がただの愉快犯ではない、と?」
アズライールの言葉にカールは大きく頷いた。
「ああ。実際に殺り合って、その上で今に至るまでの動きを見て確信した。
アイツ、やってることはイカレ糞女のそれだが感性そのものは俺らのそれとそう大差はないぜ。
じゃあ俺を殺すつもりはないかって言うとそれも違う。以前、やり合った時は本気で俺を殺そうとしてた。あの殺意に嘘はない」
はぁ、と大きく溜息を吐きカールは続ける。
「だからこそ分からない。ここからどんな手を打って来る? 単なる愉快犯や悪意を持つ敵ならそれなりに動きも読めようさ。
だが、奴だけしか知らない確固たる目的――論理の下に動いているのならお手上げだ。何をして来るのかまったく読めん」
カール自身、自覚はある。これは見え過ぎるがゆえの弊害だと。
なまじ人の心を読むことに長けているだけに雁字搦めになっている。
だが、無視して突き進むには悪役令嬢はあまりにも強大だ。
「さて。俺がこんな話をしたのはただ愚痴りたかったってわけじゃねえ」
悪役令嬢が厄介なのは揺ぎ無い事実だ。
しかし、あちらにはない強みが自分達にはあるとカールは笑う。
「俺の見立てが一から十まで正しいとは限らない。だが、俺がそういう懸念を抱いていることを共有したかったんだ。
認識を共有出来れば俺じゃ見えないものもお前らなら見えるかもしれない。
頼りになる味方って意味じゃ悪役令嬢なんざ足元にも及ばねえ。俺の方が圧倒的に上だ。
だからこれからも気付いたことや、意見があるならどんな些細なもんでも良い。俺に言ってくれ」
その言葉に皆が強く頷いた。
カールはそれを見て満足そうに頷き、少し冷めたコーヒーを口の中に流し込む。
「さぁて……それじゃあ、各々の報告を聞いてこうか。まずはティーツ、ヴァッシュ。お前らから頼む」
「おう」
ティーツとヴァッシュは戦争には同行せず、各地で情報収集や後の仕込みを行っていた。
その報告のため一時、ヴァレリアに帰還していたのだ。
「お前の前世の友らが囚われている場所が判明した」
「! 皆は、どこに?」
「薔薇の監獄じゃ」
薔薇の監獄……? それはゾルタンの性癖と関係があるのかな?
カールは思わずゾルタンを見つめた。
「アホなことを考えてるみたいだから補足させてもらうけど違うからね」
「そうか……それは良かった」
「昔、皇帝に反旗を翻したヴァルトという貴族の領地を監獄にした場所さ」
「何だって薔薇の監獄なんて名前が?」
「監獄のある場所がヴァルト公爵の居城があった場所で、そこの薔薇園は大陸一と呼ばれるほどだったんだよ」
「へえ」
「主に思想犯や権力争いに負け爵位を没収された貴族などを収容する際に使うんだが……なるほどね」
「?」
「あちらも君の友人達が異世界から来たことぐらいは取調べで分かっているはずだ」
それはそうだろうとカールは頷く。
「異世界の知識や技術は興味深い限りだ。だからこそ、無碍に扱うわけにもいかない。
監獄内の治安や待遇という点を鑑みて囚人を丁重に扱う薔薇の監獄に収容したんだと思う」
「なるほどな。ゾルタン、今あるだけの情報を全てリストアップしてくれ。なるべく早く救出に動きたい」
「了解。面子はどうするんだい?」
「んー、転移で運ぶにしても……監獄にだって防衛システムはあるんだよな?」
当然、と頷くゾルタンにカールは続ける。
「なら俺とジジイが先行して監獄内に侵入。システムを落として……」
「あの、ちょっと良いかな」
「? どうしたアンヘル」
小さく手を挙げたアンヘルに発言を許可すると彼女は静かに語り始めた。
「さっきの悪役令嬢への備えとも被るんだけどさ。こっちはカールくんが死なない限り負けはないと思うんだよ」
「ふむ、それで?」
「ならどんな手を打って来ようと大概のことには対応出来るように守りを固めるのはどうかなって」
「言いたいことは分かるけど……」
何があっても生き延びられるようにする。
言うは易し、行うは難しだ。人間には得手不得手がある。
カールも気で多くの局面に対応出来はするがそれにも限界がある。
アンヘル達のように広域に堅固な結界を展開したり、大火力をぶっぱしたり、転移したりなどは出来ないのだ。
今から様々なスキルを会得するにしても……それは流石に現実的ではない。
そう指摘するカールにアンヘルはニコリと笑う。
「実はゾルタン先生の研究の中から使えそうなものがあってさ。それを私とアーデルハイドで仕上げてみたんだよ」
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