大帝カール②

1.悪魔の二択


 第二皇子派閥に訪れた最悪の凶事から三日後。

 カール・ベルンシュタインは仲間達を率いて再度、ヴァレリアを襲撃した。

 一度目の襲撃があったから厳重に守りを固めていたのだが、はっきり言って無駄だった。

 皇子陣営は図体のデカさを優位だと考えているが、カール陣営は図体のデカさこそが弱みだと認識している。

 特級の実力者達がバラけて襲撃をかければ統制も糞もなくなる。雑草を刈るように大公軍は壊滅した。

 ヴァレリアを陥落させたカール達は今度は撤退せず、そのまま都市を占拠する。


 ――――カール陣営は巨大な拠点を手に入れたということだ。


 的が絞りやすくなったと見るべきか。

 拠点を手に入れたことで人を集め易くなり勢力を拡大出来るようになってしまったと見るべきか。

 どちらにせよ自陣営の都市を奪われたのだから皇子陣営にとっては吉報とは言えまい。

 だが、凶報はそれだけではなかった。

 ヴァレリアに住まう市民からすれば現状は不安以外の何ものもでない。

 中にはカール陣営に取り入って出世を目指すチャンス! などと考える者も居たが大多数の者は日々を平穏に暮らす一般人なのだ。

 為政者を殺され、軍を滅ぼされ、都市を占拠される。自分達はどうなってしまうのか。不安を覚えない方がどうかしてる。


『敵対行動を取らない限りは諸君らに手を出しはしない……が、所詮は反逆者の言葉。鵜呑みには出来まい』


 そこにカールが悪魔の一手を指したのだ。


『ローゼンハイム大公に交渉を持ちかけよう。市民を解放するから迎えに来てくれ、とね。

交渉の声明を帝国全土に布告しよう。もし俺がこれを破って戦端を開こうものなら悪逆の徒として皆に謗られよう。

つまり、出来ないというわけだ。これならば皆も安心出来るんじゃないかな?』


 その言葉に嘘はなくカールは即日、ローゼンハイム大公並びに皇子二人へ向けた声明を大々的に発表した。

 一見すれば人道的な行動に思えるが、理解出来る者にとってはえげつないにもほどがあるやり方だった。

 どういうことか、一から説明しよう。


 まず皇子陣営がそれを受け入れたとして――大量の市民をどこに抱える?

 ヴァレリアは第二の帝都とも呼ばれるほどの大都市だ。全員が解放を望まなくてもかなりの数の市民が皇子らに保護を求めるだろう。

 保護した人間をどこにやれば良い? どうやって食わせれば良い? テキトーに自陣営の都市にばら撒いて後は知らん振りか?

 出来るわけがない。市民というのは徒党を組むと途端に強欲になる。皇子らの対応が十全でないならまず間違いなく不満を募らせるだろう。

 自分達は何も悪くない。ちゃんと税金を払ってヴァレリアに住んでいたのにお上がだらしないから逃げ出す羽目になってしまった。

 なのに何故、自分達が苦境を強いられねばならないのかと。そして不満はやがて反乱分子に育ちかねない。

 保護するのなら姫のようにあやすしかないが、一度そうしてしまえばカール陣営は敵の財布が底を尽くまで同じことを繰り返すはずだ。

 かと言って対応をケチれば不穏分子になりかねない。受け入れるという選択肢はあまりにもリスクが大き過ぎるのだ。


 じゃあ無視する? これも悪手だ。

 反応がなかったらカールはこう言ってやれば良い。


『どうやら皇子や大公達は諸君を見捨てたようだ』


 と。

 普通なら都市を占拠したカールが悪いじゃねえか! と言えば良い。

 しかし、そうするには皇子陣営はあまりに傷が多過ぎた。皇女達による糾弾、玉璽の存在、国際テロリストを抱え込んでいるという疑惑。

 とは言えカールにも糾弾出来ない点もなくはない。

 押し込み強盗をする際、カールは女子供も区別なく殺している。

 だがそれにしたってカールは最初に宣言している。皇子らの派閥に居る貴族は皆殺しだと。

 使用人らを殺したことについてもそう。立ち塞がるのなら皆悉く殺すと事前に言われていた。

 なのに塵殺宣言をされた貴族の下に居るということは敵と見做されても無理からぬこと。

 嫌ならさっさと逃げ出せば良かったのだ。現に敵ではないヴァレリアの市民は解放を持ちかけられたのだから。


 どちらも選ばず傷を負わないという選択肢はない。

 突きつけられた悪辣な二択。皇子陣営は先々のことを考え後者を選んだ。

 その結果、


『お前達が要らぬと言うなら俺が貰おう。彼らはもう、俺の民だ』


 労せずしてそこに住まう市民ごと大都市を丸々手に入れることに成功した。


「お兄ちゃんの前世は悪魔か何かで?」

「失礼な。戦争ならこれぐらいはやって当然なんだよ。それにこれはこっちもリスクを背負うやり方なんだぜ?」


 地盤を固め拠点としての体裁を整え終えた後、カールはヴァレリアの行政府でのんびり茶を啜っていた。


「具体的には?」

「一度、抱え込む姿勢を見せたからな。攻め落とした場所はどうしたって確保せざるを得ないわけだ」

「うん」

「俺が皇子陣営なら散々に土地と人をボロボロにした上で敵に押し付けるだろうな」


 そうなるとカールは保護下に置いた土地を安定させるためにリソースを割かざるを得ない。


「ちょ、ちょ、ちょ、それまずいじゃん!! やりそうな奴、居るじゃん!!」

「安心召されよクリス皇女。いや、皇妃か。そうならないように陥落させる場所は慎重に選ぶからな」


 クリスの疑問に答えたのはヴァッシュだった。

 宮仕えの身だけあって彼は政戦についても造詣が深いのだ。

 ちなみにここにはティーツも居る。電波ジャック以降は外で活動をしていたのだが報告のためにやって来たのだ。


「それにあちら側もそう何度も同じことは繰り返せない。足元がぐらつくからな」

「とは言え今挙げた問題以外にも拠点を手に入れたことによる不安要素は幾らかあるんだがな」

「戦争だからな。それぐらいのリスクは呑むしかない。万事が万事、上手く行くなんて気持ち悪いにもほどがある」

「だよな」

「ちなみにカールよ。こっからどうするんじゃ?」

「そこらは竜虎コンビらと合流した後に考えるよ。軍事に関しちゃアイツらのがよっぽど頼りになるしな」


 葦原で幾らか経験を積んだものの、カールは真っ当な戦争については不得手だ。

 個人でやれる嫌がらせに関しては熟練の領域に達しているが大軍を率いての戦争となると不安が残る。

 なので餅は餅屋に。戦争は戦争屋に。軍事行動に関しては葦原組の意見を取り入れるつもりだった。


「今はお嬢さん方が迎えに行っとるんじゃったか?」

「ああ、受け入れ態勢も整ったからな」


 アダム達がかき集めた傭兵や立身出世を狙う者らを引き連れてヴァレリア入りする手筈になっている。


「確か四万ほどだったか。キャパは問題ないのか?」

「おう。元々あった兵舎の他に大公やその縁戚連中が使ってた建物なんかも解放するからな」


 と、そこでカール達三人がぴたりと動きを止める。

 部屋の外に複数の気配が出現したからだ。

 カールが入室の許可を出すとアンヘル、アーデルハイドに連れられ葦原の面々が部屋の中に入って来る。


「存外、早い再会になりやしたね旦那」

「ああ。虎……っと、今は信玄と謙信って呼ぶ方が良いか」

「虎子と竜子で構いませんよ。私達は既に隠居の身ですからね」

「そうかい。なら虎子、竜子でいくわ。二人共、ようやっと血腥い世界から足を洗えたのに悪いな」

「何の。私らの英雄に唾を吐いたカスどもの存在を知って縁側で茶ぁシバけるほど私も竜子も暢気じゃありやせんよ」


 意気軒昂なようで何より、と言うべきか。

 カールは苦笑しつつ今度は島津四兄弟を見やる。


「島津四兄弟。お前ら……全員で来るのはどうなんだよ……」

「そう仰られますが……なあ、お前達」

「大殿に唾するということは拙らが舐められたも同然に御座いまする」

「まー、知っちゃった以上は無視は出来ねっす」

「だよな~? 何つーかー、地獄見せてやんなきゃ気が済まねえよな~?」

「然り然り。我らが忠を捧げた御方に対する蛮行。見逃せば未来永劫の恥になりましょうや」


 溜息を吐くカールに義久は言う。


「それに殿下から渡航許可も頂けましたし何の問題も御座らん」

「はぁ……薩摩の方は大丈夫なんだろうな?」


 助けてくれるのは嬉しいが、それでコイツらが損を被るのは頂けない。

 不安げなカールに義久は言う。父上に任せているから問題はないと。


「……世話かける。必ず報いるからよ」

「そう仰らず。我らの仲で御座りましょう」

「兄上の言う通りですな。それに、我らとしても久しぶりに戦争が出来るのは喜ばしきこと」

「だよな~。っぱ鉄火場にいねえと鈍っちゃうしな~」

「っすねえ。しかも、異国人との戦争とか真実マジ、燃えるっす」


 カールが葦原の面々と語らっている横では、ヴァッシュがクロスに話しかけていた。


「久しぶりだなクロス。まさか……海を渡っていたとは予想外だったぞ」

「それを言うなら君がブリテンの王女様に仕えてるなんて夢にも思わなかったよ」


 お互い、宮仕えの身になるとは思いもしなかった。

 そうひとしきり笑いあった後で二人はティーツを見やる。


「何じゃい?」

「俺とクロスは公務員」

「カールは酒場の店員や征夷大将軍を経て皇帝に」

「「そしてお前は反社……」」

「やかましいわ!!」

「喧嘩するなら外でやれや」


 三人を叱り飛ばしたカールは次にアダムへ視線を向けた。


「ったく……アダム、あんたにも世話をかけたな」

「何のカールさん――いえ、陛下には返しきれぬ恩がありますからね」


 ジャーシンでの一件と、大元である八俣遠呂智の討伐。

 アダムはカールに深い感謝の念を抱いていた。


「どっちも俺の好きなようにやっただけだが……」

「であれば私も勝手に恩を感じ、勝手に恩を返そうとしておるだけなので御気になさらず」

「そう言われたら何も言えねえな。だが、全部終わったら報いるから拒否だけはしてくれるなよ」


 これも好きでやってることだからなとカールは笑う。


「しかし……よくもまあ、四万も人を集められたな。ジブリールと共同でやったらしいが流石は大商人だ」

「ああいえ、これは私とジブリール殿だけの成果というわけではないのですよ」

「?」

「そこも含めて紹介したい方が居るのですが」

「ああ、部屋の外に居る誰かさんか」

「ええ。よろしいでしょうか?」

「良いよ。あんたがここに連れて来たってことは信の置ける人間なんだろうしな」

「では」


 アダムが扉を開けると二十代半ばほどのアラビア風の民族衣装に身を包んだ男が部屋の中に足を踏み入れた。

 その男を認識した瞬間、カールは言葉を失った。


「――――」


 日に焼けた褐色の肌。均整の取れた肢体。涼やかな目元にアメジストの瞳。

 端的に言って、美しい。放たれる色気は同性でさえ心奪われてしまうほどに濃厚だった。


「御初にお目にかかりますベルンシュタイン陛下。僕はアズライール。此度は拝謁の栄を賜り、恐悦至極に存じます」

「……あ、あぁ。知ってると思うが俺はカール・ベルンシュタインだ。楽な言葉遣いで構わんよ」

「御配慮感謝致します。しかし、これが素ですのでどうか御気になさらず」

「そうか。しかし……初めてだよ、男に見蕩れたのは。あんた色気半端ねえな!!」


 顔も声も何もかもが扇情的だ。

 特に堂々と外気に晒している腹筋がエロい。エロ過ぎて逮捕されるんじゃないかと思うほどに。

 思わず頬を赤らめるカールにアズライールは苦笑を返す。


「僕自身、あまり自覚はないのですが……ああ、アンヘル皇妃。どうかそのような目をなさらず。陛下にそちらの趣味はないのでしょう?」

「ないな。いや、一瞬マジで転びかけたが俺は女が好きだ」

「危ない発言は控えて頂けると助かるのですが……ま、まあそういうわけですから」


 乱れた空気を正すように一つ咳払いをし、カールは改めて切り出した。


「兵の確保を手伝ってくれたみたいだが、あんたも商人なのかい?」

「ええ。ヘルメス商業連合国に属する一商人でして先帝陛下が暗殺される少し前から、こちらで商いをしておりました」

「……正確に言うと連合の次期、首長と目されている御方ですな」

「んな偉い奴が現場で仕事してんのかい」

「うちはそういう国なんですよ。現首長も就任からしばらくはその足で商いをしておりましたし」

「ふぅん。ところで、一つ聞きたいんだがあんたが集めた兵は他国の人間かい?」

「いいえ。私がかき集めた一万千二千の兵は皆、帝国の人間に御座います」


 アズライールの返答にカールは口角を吊り上げた。


「よし分かった。望みは何だい?」

「おや、即断ですね」

「アダムがどういうつもりであんたを連れて来たかが分かったからな」


 信用出来る人間だから紹介したと言うのならカールはもう少し、見極めを行っていただろう。

 だが信用出来る商人として連れて来たのなら問題はない。有益な相手であることを示し続ければ良いだけだ。


「僕は信用出来る商人だと?」

「ああ。俺の宣戦と即位はいきなりだった。にも関わらずあんたは他所の国で一万もの人間をかき集めて見せた」


 商人としての腕は確かだろう。


「商人は能力だけを見ればそれで問題はないと?」

「性根も見るさ。あんたは根性のある男だ」

「その根拠は?」

「護衛の一人も就けずにここに居る時点で肝の太さは明白だろう」

「手を出されないという確信があったから、とも考えられますが?」

「確かにここで俺があんたに手を出すことで何かしらの爆弾が爆発する仕込みをしていないとは言い切れないさ」

「では……」

「だが俺がどういう人間かはもう分かってるだろ? 切り捨てると決めたのなら後の不利益ごと踏み潰すだけだ」


 カール・ベルンシュタインという人間は脅しに屈するような男ではない。

 如何な不利益を被ろうともやると決めたのならやる。下手な策謀はむしろ逆効果だ。

 アズライールはそれが理解出来るだけの目と知性を持つ商人だ。


「にも関わらず堂々と俺の前に立った。なら後は俺の問題だ。

益のある取引相手であると証明し続ければあんたは裏切らない。それどころかこっちに益をくれる。WIN-WINの関係だな」


 カールの言葉にアズライールは微笑みを浮かべた。


「結構。陛下はやはり見立て通りの素晴らしい御方です。是非に、商人としてだけでなく一個人としても信を勝ち取りとう御座いますな」

「それはこれからの関わり次第だな。で、改めて聞くが望みは?」

「陛下の戦に同道させて頂きたく」

「関税やら何やらで融通を利かせろってのでも構わないんだが?」

「その手の交渉は陛下が国を獲られた後、対等な立場で行いたく」


 戦に同道するだけで今回の件はチャラ。アズライールは暗にそう告げていた。

 カールは不思議そうに首を傾げながら問う。


「恩を盾に勝ち取るのは嫌なのかい?」

「商人としての腕で勝ち取ることに意義があり意味が生まれるのですよ」

「恩を“売った”結果だから商人としての腕と言えなくもないと思うが」

「個人的な美学ですよ。くだらない、とは言いますまい」

「まあな。損得よりも我を優先するのは俺も同じだ」

「似た者同士ならば僕らは良き友人になれるかもしれませんね」

「かもな」

「して、如何でしょう?」

「同道を認める」


 カールが手を差し出すとアズライールも手を伸ばした。

 二人はガッチリと握手を交わし、同時に笑った。


(この流れ……やっぱり出来過ぎてるな。アズライール自身は己の意思で動いてるんだろう。

だが状況そのものに作為的な何かを感じる。かと言って一から十まで仕込みがあったようにも……)


 今考えてもどうしようもないことは分かっているが、どうしても気になってしまう。

 カールは一度大きく溜息を吐き、皆を見渡し口を開く。


「さて。それじゃあ時間も惜しいし早速……」


 戦略について話し合おう。

 そう音頭を取ろうとしたところで扉が乱暴に開け放たれた。

 顔を引き攣らせたゾルタンを見て一堂に緊張が走るのだが……。


「悪いニュースか。一体何があった?」

「い、いや……悪いニュース……ってわけではないんだけど……その、ちょっと意味が分からないというか……」

「? 単刀直入に言え」

「…………君が以前、教育した帝都魔法学院の子供達が居るだろう?」

「あ、ああ」

「どうも彼ら、帝都に居る身内を皆殺しにして出奔したらしい」

「――――」

「多分、ヴァレリアに向かっているんだろうが……その、君が指示を……?」

「出してるわけねえだろ!?」


 狂信者にドン引くカールだが自業自得である。


「まあでも、クリス達にとっては悪いことじゃないんだしラッキーぐらいに思えば良いんじゃない?」

「人事だと思って……もう良いわ。とりあえず、これからについて話し合おうか」

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