大帝カール①
1.病み付きになりそうだぜこの仕事!!
「いー……朝だぁ」
いや、朝じゃないけどね。もう二時前だし。
ただこれは俺が怠惰なせいじゃない。
「にしても久しぶりに快眠だったわ」
僅かなりともカスどもに嫌がらせを出来たお陰だろう。
これまでも寝つきが悪いってほどではなかったんだが、やっぱり殴られっぱなしは性に合わないのだ。
無論、奴らがこれから殴り返して来るのは分かってるがそれは当然のことだ。
殴って殴られてを繰り返して我を通し切った方が最後に笑う。潰し合いってのはそういうもんだからな。
「着替え、は良いか」
上半身裸で下は膝丈の半パンだけ。だらしないっちゃだらしないが今日は休日だし良いだろう。
休日とか余裕ぶっこき過ぎじゃない? とクリスには叱られたがしゃあない。
国を滅ぼそうってんだから仕事は必然、大きくなる。
大きな仕事は他との兼ね合いもあるからタスクはどこかで止まってしまうのだ。
昨夜の内に第二皇子派閥の貴族全員のとこに押し込み強盗仕掛けられたから今の俺は完全フリー。
こういうのはメリハリが大事だから今日はゆっくりさせてもらうつもりだ。
「おーっす」
「おうカールか。我が息子ながら糞ほどだらしねえなお前」
「おめえも家だとこんなもんだろうが」
食堂に向かうと親父とゾルタンが駄弁っているだけで他は……あ、キッチンに伯父さんも居たな。
広い食堂なだけにちょっと寂しいかも。
「他の皆は?」
「アンヘル様とアーデルハイド様は書庫に居るよ。研究の中でこれからの戦いに何か使えそうなものはないかを探してる」
正直、趣味の研究ばかりで役に立ちそうなものはないと思うんだけど……とゾルタン。
それでも完全に否定しないのは視点の違いを知っているからだろう。
「クリス様は君のお師匠様に稽古をつけてもらってる。庵ちゃんは久秀さんと修行中だ」
男冥利に尽きるね、とゾルタンは笑う。
危険なことはして欲しくないが……愛する人の役に立ちたいと言われたら俺も強くは言えんわ。
だって逆の立場なら俺も同じことをしていただろうしな。
「神崎ちゃんも修行だね。シャルロットが相手をしているようだ」
「あぁ」
何かずっと罪過の弾丸使ってたみたいだからな。
刀を振るう感覚を取り戻したかったんだろう。
剣術で言えば俺らの陣営にシャル以上は居ないし打ってつけだ。
「明美は?」
「八時頃に一旦起きて朝御飯食べてたけど今は寝てるみたいだね」
ああ、腹を満たしてからの方が気持ちよく眠れるしな。
俺はすきっ腹でも平気なタイプだが気持ちは分かる。
などと考えていると伯父さんが昼飯のサンドイッチをテーブルに運んで来てくれる。
何も言ってねえのに気が利く男だぜ……ホントに親父の兄貴かよ。親父、出涸らしちゃうんか。
「で、ゾルタンは親父と何を?」
「特に何てことはない世間話だよ。僕も午前中に仕事を終えて暇だったからね」
「そういや戦利品の鑑定を任せてたな。どんなもんよ?」
「大体、これぐらいだね」
懐から取り出したメモには……おお、マジか。こんな大金見たことねえぞ。
いや、葦原に運んでった黄金はこれの何倍もあったけどさ。具体的に現金でこれぐらいの額ってのはまた違うインパクトがあるわ。
「これはあくまで僕の試算で実際に捌くのはアダム氏やジブリール氏だから、実際はもうちょい跳ね上がるかもね」
マジか。美味過ぎるぜ押し込み強盗……。
「ゲヘヘ、たまんねえなあ! 病み付きになりそうだぜこの仕事!!」
「……山賊の親分みたいなこと言ってる……良いもんか悪もんかで言えば問答無用で悪もん……」
るせえ。
「おい親父、親孝行がてら家でも買ってやろうか?」
「家なら自分で建てるわ」
そりゃそうだ。
「時にゾルタン。ここって一体どんな研究してたわけ? ああ、機密に引っ掛かるなら別に良いぞ」
「別に問題ないよ。というか皇帝にも教えられない機密って何だい」
コイツ、態度は気安いけどマジに俺を皇帝として認識してんだな。
改めて……こう、何か妙な気分だわ。
「さて、ここでの研究だったね? 色々あるが……そうだな、直近では人間の総合的な能力向上について研究してたよ」
「能力向上……ベタだが具体的には?」
俺は研究者じゃないから分からんけど、テーマがふわっふわじゃない?
例えば単純な身体能力の向上ってんなら肉体を弄ったりすれば良いわけだが総合的な能力だからな。
ある程度、方向性を定めてやらないと成果を上げられないんじゃね?
「例えばここに優れた剣の腕を持つ人間と身体能力はからっきしだが魔法に長けた魔道士が居たとしよう」
「うん」
「この二つを合体させたら優れた魔法剣士が生まれると思わない?」
「お前……よくも人のことを悪もんとか言えたな……」
二人の間に子を産ませてとかなら……倫理的にギリギリだけどそれぐらいは昔からやってるはずだ。
となると合体ってのはまんま、二つの人間を混ぜ合わせるってことだろう。
発想は子供のそれだ。しかし、マジにやろうと思ったら確実に非合法な領域に足を踏み込む研究だろそれ。
「大丈夫大丈夫。実験体は凶悪犯罪者だから。社会の塵を有効活用してるだけだから」
爽やかに笑うゾルタン。マジ、コイツにだきゃ悪もんとか言われたくねえ。
完全に悪役じゃん。よしんば味方陣営でも主人公に露見した後、敵対するか諭されるポジのマッドじゃん。
「ちなみに研究は?」
「失敗だね。一応、混ぜることは出来たんだ、両方の長所を備えさせることにもね」
「それで失敗なのか?」
「ああ。心と身体を溶かし合わせたせいでどうも精神が不安定になっちゃってさあ」
「外部から調整出来ないのか? 確か魔法には精神に干渉する技術もあるんだろ?」
「当然、そういうアプローチはしたよ。ただ混ぜ合わせた時点でもう限界だったんだろうね。手を入れようとしたら発狂して死んじゃった」
ままならねえなあ。
「これを実用性のあるレベルにまで持っていくなら狂気とも言えるレベルの自我を持つ人間二人を使うしかないだろうね」
「それは……」
「そう、現実的じゃない」
だから失敗なのだとゾルタンは肩を竦めた。
「まあでもこれは私的な研究だし、失敗したところで問題はないんだけどね」
「国から命令されたわけじゃないから気楽だな」
「ああそうだ。研究で思い出したんだけど怨器? だったかい。落ち着いたらあれも調べたいんだけど」
「俺じゃなくて神崎に言え」
そんな話をしながらダラダラすることしばし。
示し合わせたようにアンヘル達が食堂にやって来る。
ふと時計を見れば午後三時。どうやら駄弁っている間に約束の時間が来てしまったらしい。
「それで、話してくれるんだよね? カールくんの前世について」
「おう。まあでも、何もなしじゃ寂しいからさ。おじさーん!!」
厨房に居る伯父さんに呼びかけるとコクリと頷き、沢山のお菓子を持って来てくれた。
昨日の内に頼んでいたのだ。話をする時に摘まむおやつを作ってくれと。
全員に茶と菓子が行き渡ったところで俺はゆっくりと口を開く。
「さて。これから前世について説明するわけだが……ぶっちゃけそう大したものじゃない。
大体、十七年生きて死んだわけだがその人生の大半は実に平凡なもんだったよ」
「十七年……ん? あれ? カール、君って私より年上なの?」
「違いますぅ。年上じゃありませーん。一回死んだからリセットされてますぅ。僕はぴちぴちの十八歳ですぅ」
まあそこは置いといて、だ。
「本当に特別でも何でもなかった。家族構成は父さん、母さんに祖父母の五人家族。
裕福でもないが貧しくもない極々普通の一般家庭の生まれだ。ただまあ、両親と婆ちゃんは俺がガキの頃に事故で死んじまってな」
何かこの手の話って他人のを聞く分には別に何とも思わんが、自分ですると不幸自慢みたいでもにょるんだよな。
ただここ省くと俺の後半生が説明出来ねえからするしかなという……。
俺は渋々、爺ちゃんが死ぬまでをなるべく気楽に受け止めてもらえるように語る。
すると、
「……カールさん、それって……」
「ああ、お前を口説く時に使った嘘の元ネタさ。騙すなら真実を混ぜ込んだ方が効果的だろう?」
久秀が反応したので暴露してやると何とも複雑そうな顔をした。
「爺ちゃんが死んだ後は俺なりに日々を懸命に生きてたんだが翌年の春、転機が訪れた。
元居た世界は魔法やら異形の怪物なんてものは表向き存在しない科学技術が発展したとこでな。
俺も知らずに過ごしてたんだが運悪く非日常に巻き込まれたのよ――――で、そん時に助けてくれたのが隣に居る神崎なんだわ」
アンヘル達の視線がぎゅるん、と神崎に向けられる。
神崎は居心地が悪そうにしているものの、どこか懐かしげでもあった。
神崎の視点ではまだそう時間も経っていないんだが……まあ、色々あったみたいだしな。
「そして俺は神崎から両親と祖母の死の真実を知らされた」
「……お兄ちゃんのお父様達は事故で亡くなったんじゃなかったの?」
「俺が知らなかった非日常に巻き込まれて殺されたのさ。そして俺はそれを知らないままのうのうと生きてたんだ。間抜けな話だろ?」
庵がそこでああ、と声を漏らす。
アンヘルやアーデルハイドも得心がいったように頷いている。
「お察しの通り。俺の復讐に対する価値観はそこで出来上がったのさ」
それまで俺は復讐というものに考えを巡らせたこともなかったと思う。
爺ちゃんの好きなサスペンスドラマで復讐による殺人とかはあったが、じゃあそれで復讐について真剣に考えるかって言われたら無理だろう。
他人事。その是非についてすら答えは持っていなかった。
当事者になり、初めて復讐というものに真正面から向き合い答えを出したのだ。
「両親と婆ちゃんを殺したことが許せない。爺ちゃんにあんな最期を迎えさせたのが許せない」
そして何より、
「――――奴が生きている限り俺は決して幸せになれない」
だから俺は俺の幸せを掴むために復讐を選んだのだ。
「ジジイ」
「……何じゃ」
「あんた言ってたよな? 俺に武を授けたのは枷を嵌めるためだってさ」
「……うむ」
「あれ、その通りだと思うよ。前世の俺は今と比べると雑魚も雑魚だった。手段を選べる余裕なんてなかった」
あの時は正直、ピンと来なかった。
だが久しぶりに夢を見て自分の足跡を振り返ると……なるほど、確かに危険だ。
「敵の一人。本命じゃない、下っ端だ。後々に繋げるためとは言え俺はそいつを殺すのに子供を人質に取った」
「……」
「母親が子供を見捨てられるわけがねえからな。人質を解放する代わりに四肢を潰せと命じたら即決でやりやがったよ」
クツクツと笑う。
「で、子供を解放する振りをして母親の下まで行かせ――――体内に仕込んだ爆弾を起爆させた」
そして煽りに煽って精神がぐっちゃぐちゃになったところで殺した。
「俺は今でもそのことについて悔いも恥も抱いちゃいない。他にも似たようなことを何度もやったが俺は当然のことだと思ってる」
「…………じゃろうなあ」
「とは言え、だ。あの時の俺に今ほどの力があれば別の方法を取ってただろう。ああ、良心云々の話じゃねえぞ?」
単純にベストな選択肢を選んだ結果、そうなっていただろうってことだ。
だからジジイの危惧は正しかったのかな? と思わなくもない。
俺は目的のために全力を尽くしただけだが客観的に見ればこれは鬼畜の所業だ。危険過ぎると捉えられてもおかしくはない。
「話を戻すが真実を知った俺は神崎に誘われ同じように大切な誰かを奪われた連中が結成した組織に身を寄せた」
「ふぅん……じゃあ、そこで仲良くなったんだね」
「おう。組織のリーダーに言われてコンビを組んだのさ」
俺がタカなら神崎はユージだな。
「自分で言うのも何だが俺ら、良いコンビだったよな?」
「……そうね。美堂くんは私の足りないところを補ってくれていたわ」
「で、神崎も俺に足りない部分――武力を補ってくれてた」
二人で任務をこなす日々は大変だけどそれ以上に楽しかった。
深夜のパーキングエリアで二人して罪深い夜食に耽ったりな。
「ん? どうした庵」
どこかホッとしたような顔をしている庵。今の話にそんな要素あったっけ?
「あ、いえ。兄様は一人ではなかったのだと安心したんです」
はい?
「兄様の苛烈さはよーく知っています。しかし、それだけに不安だったのです。
今はそれを含めて寄り添える私やアンヘルさん達が居ますがかつてはどうだったのだろうと。
たった一人で戦うのは……とても寂しく、辛いものだから兄様と志を共にする方々が居て本当に良かったです」
ニコリと微笑む庵だが、俺は笑えない。
多分今、俺の顔は盛大に引き攣っているだろう。
「あ、あー……いや、実はな……」
そういう振りをされるとこの後のことが語り辛いんですけど……。
「庵さん、だったかしら? あなたの不安は正しいわ」
「え」
「私達の怨敵。ヘレルって言うんだけどね? 美堂くん以外の仲間達は私を含めて奴の目的を知らされた時、一度脱落したのよ」
「ど、どうして……恨みを抱いていたのでは……」
庵自身、復讐に身を窶したからこそ信じられないのだろう。
そんな庵に神崎は言う。
「ヘレルが救いようのない外道であれば良かった。私欲で他人を踏み躙れる屑ならば良かった。でも、そうじゃなかったのよ」
「それは、どういう……」
「人類の永続的な繁栄と恒久的な平和――それが奴の目的。私達が大切な人を奪われたのも悪意じゃなく、目的を果たすための実験による事故だったの」
だから迷った。だから揺れた。
そう語る神崎に俺も補足を入れる。
「実際、奴はそれを成せるだけの力と心があった。
塩の純白。潔癖なまでの善。ヘレルは本当の意味で完全な正しさを備えた人間だったよ。
俺は踏み躙られた側の人間だったからむしろ憎悪が膨れ上がったがそうじゃなきゃ奴の光に心を奪われていただろうさ」
今でも奴のことは嫌いだが、無謬の善であったことは認めている。
だからこそ俺は奴に致命の亀裂を刻むことが出来たわけだしな。
「さっきの人質云々も俺が一人になってからの話だ。けど、俺は神崎達に対して思うところはねえ。それだけはハッキリ言っておく」
「……まあ、本当に人類の永続的な繁栄と恒久的な平和なんて絵空事を実現出来る人間が居るなら普通は迷うよね」
「そういうこった」
アンヘルの言葉に同意を示し、俺は続きを話す。
「そんでまあ色々やって遂に決戦。目ん玉潰されたり腕を欠損したりしながらも俺は勝利した」
「一体どうやって? 話に聞く限りではそのヘレルという男は神の如き力を持った人間だったんだろ?」
「コイツを使ったのさ」
神崎の懐から罪過の弾丸を抜き取り皆に見せ付ける。
「これは俺の心から削り出した武器で名は罪過の弾丸。
同じように心から削り出した他の武器と比べるとカスみたいな性能なんだが、ヘレルにとっては最悪の力を兼ね備えていたのさ」
ヘレルを自殺まで追い込む経緯を詳細に語ってやるとアンヘルとアーデルハイド以外の者は皆、引いていた。
二人だけはなるほど、そういう手があったのかと俺の頭脳に感心しているっぽい。
「んでその場に居た最高幹部も次々自殺してったんだが一人だけ、こっち寄りの人間が居てさあ」
そいつに背中から心臓をぶち抜かれたのだと笑う。
「ちなみにそいつも言葉攻めで自殺に追い込んでやったから俺は負けてねえぞ」
「お兄ちゃんそこ、重要?」
「重要だろ。俺があんなカスどもに負けたとかあり得んわ」
さて、あとは〆だな。
「そんでまあ、最後に遺産相続の手配だけして俺は死にました。深い闇の中に沈むような感覚に身を任せて気付いたら……」
「俺の息子として生まれ変わってたってわけね」
「おうとも。意識がハッキリしたのが生まれたその瞬間ってだけで多分、宿ったのはもっと前なんだろうな」
「俺の精●にお前が……?」
「お袋の卵●かもしれんだろ」
「お兄ちゃん、お義父様。そこ、重要?」
別にどうでも良いな。
「それより、こんなもんで良いか?」
「うん。カールくんのことをもっと知れて良かったよ」
「そいつは重畳」
「ああでも、カールくんが暮らしてた世界の話とかはもっと聞きたいかな」
「同じく。異世界について興味があります」
「OKOK。そいじゃあ何でも聞いてくれ。俺と神崎が分かる範囲でなら答えてやるから」
こうして穏やかな午後の時間は過ぎて行った。
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