反撃⑩

1.デビルマンのうた


 午前一時。時間通りに目覚めた俺は手早く用意していた黒装束に袖を通す。

 全身黒一色で頭も頭巾で隠されているので正に忍者である。

 このまま忍者ゴッコを楽しみたいところだが仕事があるのでそうもいかない。

 合流場所である食堂に向かうと既に全員が集まっていた。


「ごめん、待った?」

「フッ……今来たところさ」


 乗ってくれたのはやっぱり忍者コスをしたシャルだけだった。

 同じく忍者コスに身を包んだジジイと明美、久秀はノーリアクションだ。寂しいね。

 元々の襲撃メンバーに居なかった久秀が居るのは何故って?

 俺の危機を聞きつけ(激ウマギャグ)た久秀が葦原に戻り戦力をかき集めて戻って来るという話を明美から聞かされた段で、コイツを組み込もうと決めたのだ。

 久秀の本領は忍者みたいなもんだからな。

 ちなみに他の面子(クロスや竜虎コンビ、島津四兄弟)はアダムの下で挙兵の準備を任せてある。

 アイツらも実力者だが暗殺に従事させるより本分である戦争屋の仕事をさせるべきだからな。


「兄様、お茶とおにぎりです」

「おう、サンキュな」


 口元の布をずらしておにぎりを口の中に放り込む。

 シンプルな塩だけのものだがこれが逆に空きっ腹に染み渡る。


「それにしてもお兄ちゃん、即日に仕掛けるなんて忙しくない?」

「悪役令嬢の件であっちはてんてこまいだが、何時までもそれが続くわけじゃねえ」


 だから混乱している内に掻き回せるだけ掻き回してやるのだ。


「さて。出陣前に改めて作戦を確認するぜ。各々の役目は?」

「わしは行政拠点に侵入し防衛システムにアクセスして一部の機能を落とす。その後は標的を殺して回る」

「おう。頼んだぜジジイ」


 権限を移した玉璽をジジイに放り投げるとゾルタンが複雑そうな顔をした。


「んだよ?」

「……いや、こうもポンポン権限が行き交うなんて初めてのことだろうなって」

「根が庶民なもんでね。権威だとかそういうもんはピンと来ねえんだわ。道具は使ってこそなんぼだろ」


 俺がやるより元々魔法も得手とするジジイがゾルタンからシステムのマニュアルを聞いて操作した方が手っ取り早いからな。

 まあ、それはともかくとしてだ。次は久秀に視線を向ける。


「私は本宅とは別の家に住まうローゼンハイムの血縁者を処理する、ですね?」

「おう。本宅は俺の役目だからな」


 シャルと明美に視線をやると二人は頷き、口を開く。


「私達は大公軍の主要な面子を片っ端から殺せば良いんだろう?」

「任せろ。暗殺はあたしの本業だ」

「そうだ。余裕があれば金目のものを回収するのも忘れるなよ」

「犯罪計画かな?」


 失礼な、と思うがクリスの言葉を否定することは出来ない。

 実際やってることは押し込み強盗と変わらないからな。まあでもこれは正義の押し込み強盗だからセーフ。


「アンヘル、アーデルハイド、ゾルタン。そっちの準備は?」

「何時でも行けるよ」

「OK。なら、作戦開始だ」


 数十回にも及ぶ熾烈なジャンケンに勝利して俺の担当を勝ち取ったアンヘルがこちらにやって来る。


「カールくん――ううん、旦那様。どうかお気をつけて」


 ……いかんな。何かもう作戦がどうでもよくなってきたぞ。

 今直ぐアンヘルをベッドに連れ込んで初夜を愉しみたい。

 抗い難い誘惑を何とか跳ね除け、アンヘルにGOサインを出す。

 瞬間、ヴァレリア上空数千メートルに景色が切り替わる。


(うっほ。すげえスリル)


 仮死状態になったまま自由落下に身を任せる。

 雨が降っているのがまた良い。絶好の夜襲日和だ。


(……そろそろか)


 センサーが反応しない高度に達したところで風気によって減速。

 狙い通り、ローゼンハイム本宅の庭園の人目につき難い場所に音もなく着地する。

 これが一番、気を遣う作業だったのでクリアしてしまえば後は楽勝だった。

 事前に用意していた小道具をちょちょいと使って屋敷に侵入しまずは起きている人間を静かに、且つ迅速に処理する。

 その上で人の気配がする部屋を虱潰しに回って目覚める前に手早く殺していく。作業は十分ほどで終了した。


(良いペースだ。これなら金目のものを回収する時間もありそうだ)


 目についた高そうな調度品やら金庫やら兎に角価値のありそうなものを片っ端から袋に放り込んでいく。

 そう、以前アンヘルとアーデルハイドがゾルタンからカツアゲして俺にくれたアーティファクトの劣化量産品だ。

 見た目の何十、何百倍も容量があるので詰め込み放題である。

 他の襲撃班にも同じようなのが配られているので今頃、皆も強盗に勤しんでいることだろう。


「御待たせ」


 最後の品を回収したところでアンヘルが転移で出現する。

 そう、ジジイにダウンさせた一部の機能とは転移を制限する部分だったのだ。

 玉璽の存在を知らされるまでは普通に都市を脱出して転移可能なとこまで逃げて回収してもらうつもりだったんだが玉璽があるならその手間を省ける。

 なので降下から三十分経ったら迎えに来てくれと事前に伝えておいたのだ。


「戦果は?」

「上々。まあ隠し金庫なんかも当然、あるだろうし全部は攫えなかったけどな」


 それでも目に見えている部分の金品は粗方回収したと思う。

 アンヘルに中身の詰まった袋を渡し、代わりに空の袋を受け取る。

 中身の詰まった方はアジトで仕分けしてもらうのだ。


「じゃ、次の場所まで頼むわ」

「うん」


 リミットは日の出まで。夜が明けるまでにどれだけの家を機能不全に陥らせることが出来るか……タイムアタックだな!!




2.深夜の凶事


「……ッ……るっせえな。今何時だと思ってんだ糞が……」


 深夜。第二皇子エルンストは自室の扉を叩かれる音で目を覚ました。

 柱時計を見れば時刻は午前四時前。

 苛立ち混じりに入室許可を出すと酷い顔をした部下が挨拶もそこそこに飛び込んで来た。

 嫌な予感がする。エルンストは報告を聞く前に自身の両頬を思いっきりひっ叩き完全に眠気を吹き飛ばした。


「何があった」

「…………ヴァレリアに居られるローゼンハイム大公の御親族が皆殺しにされました」

「は?」


 皆殺し? 誰が? エルンストは一瞬、部下が何を言っているのかを理解出来なかった。

 普通なら虚言だと部下を叱り飛ばしていただろう。

 が、目の前の男の顔色は青を通り越して最早、死人のそれだ。


「……しばし待て。気を落ち着かせる」

「は、はっ!」


 起きてしまったことはもうどうしようもない。

 今は兎に角、正確に状況を把握することが肝要だ。そう自分に言い聞かせ、エルンストは改めて部下に問うた。


「一体、何が起きた? 順序立てて説明しろ」

「はっ」


 彼自身、信じられないのだろう。それでも主君の手前、取り乱すことも出来ずぽつぽつと語り始める。

 発端は大公邸の外縁警備を任されていた兵だったと言う。


「小腹が減ったので邸内で勤務している懇意のメイドに夜食を強請ろうと訪ねたところ……」

「いやお前仕事しろや」


 最初からツッコミどころが多過ぎた。

 職業倫理が低過ぎる。これがまだ木っ端の貴族などであればその程度の緩さは許容範囲だろう。

 だが務めているのは帝国最大の権勢を誇るローゼンハイム家だ。

 一時的にとは言え職務を放棄することもそうだが、夜間にこっそり主人の家に入るなど言語道断だ。

 正規の権限を持つ者ならまだしもメイドを通じてなどあり得ない。


「あ、あの……」

「……話の腰を折っちまったな。悪い、続けてくれ」

「はっ。件の兵は使用人専用の出入り口まで向かったのですが反応がなく……」

「不穏な気配を察知したわけか」

「はい。それで懲罰は覚悟で無理矢理押し入ったところ使用人達が皆、死んでいるのを発見したようです」


 そして同僚や上司を呼び、改めて中を確認すると邸内の人間が一人残らず殺されていたのだと言う。


「……下手人は……いや、考えるまでもねえな」

「はい。夫人の寝室の壁にでかでかとカール参上、と血文字で書かれていたようです」

「そうか。だが被害はそれだけ、じゃねえよな?」

「はい。警備の者だけではどうにもならぬと行政府に駆け込みましたが……」

「そこもか」


 部下は小さく頷いた。


「皆殺しにされていました。被害はまだあります。武官の拠点にも押し入られたようで主要な将は皆……。

こうなってはもうどうにもならぬと現場の判断で市井の転移魔道士を片っ端から訪ね帝都に飛べる者を雇い報告に来たとのことです」


「……良い判断だ。その者らには後でしっかり報いなきゃな」


 今、ヴァレリアは政戦両面で機能不全に陥っている。

 信じたくはない被害だ。一体どうやってこんなことを成したのか。まるで見当がつかない。

 エルンストは吐き気を堪えながら頭を回す。


「…………俺一人ではどうにもならんな」

「大公を始めとして、当派閥の主要な方々には既に使いを送っております」

「仕事がはええな。だがありがてえ」


 普段ならば皇族としてメイドに着替えをさせるのだが今は一時でさえ惜しい。

 エルンストは手早く寝巻きを脱ぎ捨て、さっさと着替えを済ませた。

 その足で会議室に向かった十分後。大公や主要な面子がやって来た。

 こんな夜更けに一体何を、と皆が皆、小さな不満を面に出しているのが分かる。


(……事情の説明はしてねえわけだ。良い判断だ)


 事が事だけに迂闊に漏らすわけにはいかないし、説明するなら下っ端よりも派閥の長である自分の方が適任だ。

 エルンストは憂鬱な気持ちを振り払うように頭を振り、口を開く。


「聞いてはいると思うが緊急事態だ。信じられないようなことが起きちまった」

「信じられないようこと、ですか」

「ああ。俺自身、今でも信じたくない気持ちのが大きい。だがこれは事実だ。まずは何も言わず俺の話を聞いてくれや」


 エルンストは部下から聞いた報告を分かり易く順序立てて皆に説明する。

 困惑、驚愕、恐怖、怒り。様々な感情が綯い交ぜになり唖然とする列席者達を見てエルンストは深々と溜息を吐く。

 そりゃそうなるわな、と。真っ先に声を上げたのはやはりと言うべきか大公だった。


「よ、よくも――――下民風情がよくもやってくれたな!!!!」


 バン! と机に拳を叩き付けるその顔は大切な者を奪われた怒りで塗り潰されていた。

 帝都にも親族は居る。だが大半はヴァレリアで暮らしているのだ。

 感情面でも実利面でも身内を多数失ったことは、あまりにも痛手であった。


「最早、一片の慈悲さえ許さぬ! 泣いて死を乞うほどの責め苦を与えてやろうぞ!!」


 大公の言葉に然り、然り、と列席者達が同意を示す。

 が、所詮は他人事。あくまで大公の不興を買わぬように合わせているだけだ。


「怒りは尤もだがまだ話は終わってねえ。向こうに残ってるのは下っ端ばかりでどうにもならんから調査も兼ねて俺の方から人を派遣させてもらった」

「おお……御配慮、感謝致しますぞ」

「良いよ。それより、だ。ヴァレリアが何時までも政戦両面で機能不全に陥ってたらまずい」

「分かっております。儂……は戻るわけにはいきませぬが帝都におる親族と信の置ける者らを向かわせましょう」

「頼む。それで――……」


 改めて本題。つまりは対策会議を始めようとするエルンストだったが、それを遮るように会議室の扉が乱暴に開け放たれた。


「ご、御報告!!」

「……ヴァレリアでまた何かあったのか?」


 状況が状況だ無礼だなどと咎めることはしない。

 エルンストの問いに報告に来た部下は、


「は? ヴァレリア……?」

「……別件かよ。おい、一体どうしたんってんだよ」

「本領におられるバッケスホーフ伯爵のご親族並びに行政、軍事を司る御方々が皆殺しにされたとのことです!!」


 バッケスホーフ伯爵とはこの会議にも出席しているエルンスト派閥の重鎮である。

 突然の凶事に唖然となる伯爵だが、


「エルンスト様! 一大事に御座ります!!」


 数分と間を置かずまたしても似たような報告が次々に舞い込んで来る。

 真夜中の凶事は留まることを知らずエルンストは呆然とするしかなかった。


「馬鹿な……」


 この日、第二皇子派閥に属する貴族の全てが多くの身内を失うこととなった。

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