反撃⑨

1.談笑


「落ち着いたか?」

「……ええ。美堂くん」

「うん?」

「私も、あなたにまた会えて嬉しいわ」

「……おう」


 抱き締めていた神崎を離す。

 ……密室で別の女と抱き合ってたわけだがこれ、浮気にカウントされるのかな?

 いや、下心はないしセーフ。セーフ以外の何ものでもない。


「さて。落ち着いたんなら神崎の話を聞かせてもらって良いか?」

「ええ、何でも聞いて頂戴」

「色々聞きたいことはあるんだが……まずは何でお前が罪過の弾丸持ってんの?」


 帝都で不覚を取ったのは罪過の弾丸が原因だからな。

 あれで思考に空白を作らなきゃ自分が小便した川に飛び込むこともなかっただろう。

 あれからデザインが似てるだけの銃かもとか色々考えたが、やっぱりあれは罪過の弾丸だった。

 自分の心から削り出したもんを見間違えるわけがない。


「美堂くんの遺品として私が譲り受けたの……その、勝手に、だけど」

「ん、んん?」


 勝手に譲り受けたってのは良い。知らん奴ならともかく神崎は元相棒だからな。

 裏も表も全部知ってる神崎が俺の生きた証として大切にしてくれるってんなら大歓迎だよ。

 けど、


「怨器は主が死ねば消えるはずだろ?」

「……東京タワーの特殊な環境を始めとして幾つかの要因が重なった結果なんじゃないかって聞いたわ」

「あー……そういう。だが、そうやって残ったとしてもだ。何で神崎が使えてるわけ?」

「最初は本当にただのモデルガンのようなものだったんだけど」


 肌身離さず持っている内に使えるようになっていたと言う。

 これは、あれか。俺への罪の意識に反応して変質したのか?

 ちょっと……いや、かなり複雑だな。


「じゃあ次、これは微妙に聞き難いんだが……あー、俺が死んだ後のことについて教えてくれ」

「表向きは事故ってことにして、お葬式もちゃんとやって遺骨はちゃんとご家族のお墓に納めたわ」

「そっか」

「まあ実際に段取りを整えたのは美堂くんの秘書だったけど」

「九兵衛か」


 アイツのことだ。多分、面白いものを見せてもらったその礼をってとこか。

 見てたんなら助けろよと思わなくもないが……奴はあくまで復讐劇を見る客の立場だ。

 最後にとちったとしても観劇の途中。舞台に上がって観客の領分を逸脱するつもりはなかったのだろう。

 まあ、あの胡散臭い野郎については良い。今更の話だしな。


「シャトー・ディフの皆は元気でやってんのか?」

「……大なり小なり美堂くんのことで心に傷を負ったけど、それでも皆元気は元気よ」

「そっか」


 シャトー・ディフが解体されて組織が新たに生まれ変わったこと。

 神崎は色々教えてくれたが、気まずいなんてレベルじゃねえな。

 いや、今の俺に出来ることなんて何もないんだけどさ。せめて時間が傷を癒してくれるのを祈るしかねえ。


「じゃあ、本題――ってほどでもないが聞いておかなきゃいけないことを聞くわ。何で異世界に飛ばされたんだ?」

「強大な力のぶつかり合いで生じた次元の裂け目に飲み込まれたのよ」

「何、バトル展開の真っ最中だったわけ?」

「違うわ。私達は巻き込まれただけ」


 曰く、卒業旅行の真っ最中のこと。

 バスで目的地まで移動していたら突然、巨大な力の出現を感知したのだと言う。

 距離が離れていたので目視は出来なかったが神や魔王クラスなのは間違いないとのことだ。


「その力だけはある迷惑な誰かさんの衝突によって生まれた次元の裂け目にバスが飲み込まれて気付いたらこの世界ってわけか」

「ええ。こっちの暦で言えば一月の半ばぐらいだったかしら? どこかの貴族のお膝元だったみたいで速攻で捕縛されたわ。抵抗することも出来たけど……」

「神崎一人ならともかく皆が居るんじゃ下手なことは出来んわな」

「ただ、私は大人しくしてたんだけど捕らえた奴が結構なやり手らしくて私がそれなりに使える人材だって見抜いたのよ」


 で、お仲間の命が惜しいなら言うことを聞けって言われたわけか。


「うん。それで私は帝都に送られて皇子二人の下で働かされてたんだけど……」

「良いよ良いよ。あの夜のことはもうチャラにしようぜ」


 それよりも考えなきゃいけないことがある。

 あの糞どもに囚われてる人質は俺にとっても関わりのある奴らばかりだ。

 無視は出来ない。必ず救出しなければいけない。

 そのためには神崎から詳しい情報を聞き出すべきなんだが、俺が聞いても分かるかどうか微妙なんだよな。

 この件に関しては後でゾルタン達の前で話してもらうとして、だ。


「神崎はこれからどうしたい?」


 神崎と囚われた同級生達を保護するのは確定事項だ。

 今はまだ表にゃ出せないけど俺が皇帝になったら、この世界で生きていけるようしっかり面倒を見るつもりだ。

 それと並行して地球に戻れないかも模索するつもりだが……期待は出来ない。

 ゾルタンにも聞いてみたが異世界に行くなんて事例はないし、研究するにしてもどこから手をつければ良いか分からないと言ってたし。


「お前が望むならしばらくはここでゆっくりしてもらっても構わないが」


 神崎は俺と一緒に行かなかったことを後悔している。

 だから俺が一緒に戦ってくれと言えば躊躇なく着いて来てくれるだろう。

 俺としても戦力が増えるのはありがたいが、それじゃ駄目だ。

 決めるのは神崎でなければいけない。じゃなきゃコイツは一生、あの時のことを引き摺ってしまう。


「…………美堂くんは」

「?」

「生まれ変わっても変わらないのね。厳しくて、優しい」


 一度大きく深呼吸をし、真っ直ぐ俺の目を見つめて神崎は告げる。


「戦うわ。美堂くんの助けになりたいのもそうだけど屑どもにも落とし前をつけさせなきゃいけないから」

「そうか。ならまあ、よろしく頼むよ」


 拳を突き出すと神崎は少し躊躇いながらも、拳を合わせてくれた。

 以前のような関係にはもう戻れない。俺は別に大丈夫だが神崎が無理だ。

 でも、新しい関係を築くことは出来る。俺達は、また始められるんだ。


「あ、そうだわ。美堂くんが生きてるなら罪過の弾丸は……」

「いや良いよ。罪過の弾丸は神崎が使ってくれ」


 多分、今からでも俺の中に取り込むことは出来るだろうがその必要はない。

 美堂螢という男の死と共に罪過の弾丸は役目を終えたのだから。

 それを受け継いでくれた神崎がこのまま使ってくれる方が嬉しい。


「……良いの?」

「ああ。それに、美堂螢だった頃ならいざ知らず今の俺は普通に強いからな。神崎もそれは知ってるだろ?」

「そうね。前は私の方が強かったんだけど……今だと普通にやられちゃうわ」

「どうかね。神崎が自分の怨器使えばトントンぐらいだろ」


 改めて考えるとずるいよな。近接武器なのに遠距離にも対応してるんだもん。

 他にも短距離ワープとかだって出来るし、マジでSSRだと思う。


「それより、私ばっかり話すのはずるいわ。美堂くんの話も聞かせてよ」

「俺の? しょうがねえなあ。いや、自慢するつもりはないんすけどね? でも結果的に自慢話になっちゃうってゆーかー?」

「うっわ。びっくりするほどうざいわ」


 それからしばし、俺達は楽しいお喋りに興じるのであった。




2.結束


「……はぁ。早くシャワーを浴びたいですわ……まったくもう、宮仕えも楽じゃありませんわ。ねえ?」

「ば、爆殺しようとした相手に平然と世間話を振る君の図太さに脱帽だよ」

「失礼な。真実男さんは粛清対象ではありませんわ」

「なら事前に言っといてよ……か、神崎ちゃんが死んじゃったじゃないか……」

「敵を欺くにはまず味方から。これ、基本ですわよ基本」


 薄汚れた格好のまま城に帰還した二人だが、


「……な、何かやけに騒がしくない……?」

「言われてみれば。何かあったのでしょうか?」


 城内に漂う空気を敏感に察知し首を傾げる。

 すると、皇子の遣いが二人の下にやって来て直ぐに会議室へ来るようにと言われてしまう。

 元々報告に行くつもりだったが私室ではなく会議室?

 疑問に思いながらも会議室に向かうと、


「あらあらまあまあ。皆さん勢ぞろいで何かありましたの?」


 皇子二人は当然として両派閥の主要な面々も揃っていた。

 しかも全員、顔が険しい。一体何があったと言うのか。エリザベートが事情を聞くよりも早く、ロルフが口を開く。


「…………やってくれたなエリザベート」

「は?」

「お前のせいでこちらは火消しにてんてこまいだ!!」


 ロルフの叱咤が飛ぶ。

 いきなり何を抜かしているのだと苛立ち、エリザベートは軽く殺気を飛ばす。

 するとこれまでの威勢はどこへやら。露骨に怯え始める。


「与えられた任務が失敗に終わった……ことはどうやら察知しておられるようですが、一体何があったので?」

「…………お前の存在が世間に露呈した」


 吐き捨てるようにロルフは事の次第を語る。

 事情を知ったエリザベートは、


(――――そういう手もありなんですのね)


 彼女もまたテレビを娯楽品としか見ていない人間の一人だった。

 アンヘルの演説で別方面のアプローチもあるのだと分かったので少し時間を置けばカールのやり方にも思い至っただろう。

 だが即座に出撃を命じられたせいでそこについて考える余裕がなかったのだ。


(それにしても……つくづく似た者同士ですわね)


 直接船を沈めるのではなくチクチクと穴を穿ち物的、心的なリソースを削るやり方は明らかに“こちら側”だ。

 大工の家に生まれた子供が何だってそんな技術を身につけているのかとエリザベートは首を傾げる。


「まあ事情は分かりましたわ。しかし、わたくしが責められるのは心外ですわね。

わたくしは反対したのに襲撃をかけろと言ったのはそちらでしょう?

自分の不手際を棚に上げてこちらを責めるのであれば……ええ、わたくしはこの件から手を引かせて頂きますわ」


 あとはどうぞ御自由に。

 エリザベートが背を向けた瞬間、慌てて彼女を引き止める声が上がった。


「……すまない。こちらも苛立っていたんだ」

「はあ」


 そういう無駄なプライドの高さが足を引いているのだと何故、理解出来ないのか。

 エリザベートは軽く出席者達を見渡す。“らしい”損得勘定の天秤を働かせている者がちらほらと居るのが分かった。


「これは実際に彼と相対したわたくしの感想ですが寝返りは受け入れてくれませんわよ」


 皆殺し。その言葉に一片の嘘もない。

 例え引き入れた方が得になるのだとしてもカールは決して受け入れないだろう。

 味方に引き入れる振りさえしないはずだ。その揺ぎ無さは弱点とも言えるが逆に長所とも言える。


「例え国外に逃げようとも、仕留め切るまでは決して手を緩めはしないでしょう」


 ま、あくまで私見ですので信じる信じないは御自由に。

 オマケのように付け足した言葉は気休めにもならなかったようで幾人かの顔色が悪くなっているのがよーく分かった。


「……最早、侮れる相手ではない。カール・ベルンシュタインは我らに敵足り得る存在だと認めよう」

「油断してたらこのまま食い破られてしまいだ」


 皇子二人は敢えて裏切りを考えていた者らには触れず、言った。

 立派なことを言っているように思えなくもないが甘い。甘過ぎる。

 その傲慢さはちょっとやそっとでは拭えないらしい。


「結束だ。事ここに至っては派閥争いに現を抜かすわけにもいくまい」

「まずは勝つ。話はそこからだ」


 皇子二人の言葉に出席者達は威勢の良い返事をしていくが、エリザベートの目は冷ややかだ。


(わたくしが彼ならここからどうするか……駄目ですわね。あり過ぎて絞れませんわ)


 これが手強い敵であれば選択肢も幾らかに絞れるだろう。

 が、皇子達はあまりにも隙が大き過ぎる。打てる手はざっと考えただけでも五十は思い浮かぶほどだ。

 現段階で絞り込むのはまず不可能だろう。やるなら博打になる。

 そして現段階で博打は打てない。外してしまえば致命傷を招きかねないからだ。

 ゆえに初手をあちらに譲り対処を考えるしかないのだが、あの手の輩に初手を譲るのはあまりにリスクが大きい。


(あらやだ、これ殆ど詰んでますわね)


 元々、こちらが不利にはなりそうだとは思っていた。

 思っていたがまがりなりにも戦争の形にはなるだろうと楽観視していた部分がある。

 しかしこのままでは戦争どころか蹂躙になりかねない。


(……まあ、あちら側にも付け入る隙がないとは言えませんが)


 ローリスクでハイリターンな策ではあるが使えるのは一回こっきり。

 外してしまえば本当にどうしようもない。


(まあ、やれるだけやってみましょう)

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