反撃⑧

1.目論み


 襲撃が起きた場合、俺はそれを利用してシャルの存在を帝国全土に宣伝するつもりだった。

 宣戦布告のついでにとも考えたが流れを考えるとあそこでやるより、実際に戦ってるとこを見せる方が一番映えるからな。

 そして悪役令嬢が襲撃に来たのなら奴の存在も白日の下に晒してやろうと考えていた。

 国際テロリストを抱え込んでるとか普通に爆弾だからな。

 で、まんまと上手くいったわけだが……これはこの世界だからだ。

 仮にここが地球で奴と俺が現地人同士であったのならここまで上手くはいかんかっただろう。


 魔法テレビはそこそこの収入のある一般家庭なら大概は家にあるし、街頭なんかでも普通にテレビは設置されてる。

 が、それはあくまで国内だけだ。他所の国にもマナバッテリーを用いた魔法家電なんかはあるがテレビはそれ単体で機能する家電ではない。

 放送局がなきゃいけない。他所の国じゃ技術的にも費用的にも全土に局を立てるのは現実的じゃない。


 つまり何が言いたいかってーとテレビって文化が地球のそれに比べ未発達なのだ。

 文化の発達を促すのは多様性である。娯楽の品として生み出されたものでもあちこちで使われてたら新たな活用方法もバンバン出て来るだろう。

 だが現状では魔法テレビは殆ど帝国限定の代物と言っても過言ではない。

 帝国においてテレビって言えば基本、娯楽のためのもんで政治や軍事に活用したりってのはされてない。まあ娯楽品として開発されたのだから当然なんだがな。

 だから……例えばそう。皇帝が大々的に何かを発表する際、テレビを使えば便利じゃん?

 と思うかもしれないがそれは政見放送みたいなんが当たり前のように垂れ流されてる世界の人間だからだ。


『テレビなどというものを使って陛下の御言葉を伝えるなど不敬が過ぎる!!』


 言い方は悪いが娯楽品――低俗な文化でしかないからこんな考えが邪魔をするのだ。

 他国との戦争やその他、差し迫った事情があれば話はまた変わって来るのだろうが帝国は基本、磐石だった。

 テレビが誕生してから戦争なんざ一度もしてないから、政治や軍事に利用しようって発想が生まれる土壌が育たなかった。

 だからアンヘルがテレビを使って宣戦布告しようと言い出した時は、素直に驚いたよ。

 あっさり電波ジャックが出来たのも前例がないからだ。

 そんなだから悪役令嬢もまんまと引っ掛かってしまったわけだな。


「よくやってくれた……って言いたいが放送局がぶっ飛んだのに大丈夫だったのか?」

「ああうん。カールくんの声を聞いて私達三人が放送用のアーティファクトの代替になったから」


 さらっと言うけど多分、並の魔道士にゃ一生かかっても無理なんだろうな。

 これで弱体化してるんだからいっそ笑えるわ。支障が出てんのは火力と継戦能力だけじゃん。いやまあ損はないし別に良いんだけどさ。


「これであちらは火消しのためにかなりの手を割かれるでしょうね」

「あっちに味方してるのは国際テロリストでこっちに味方してるのは皆のヒーロー流浪の騎士……いやはや、悪辣だねえ」


 手段を選んでこれなのだから選ばなかったらどうなっていたのか。

 顔を青くするゾルタンだが、所詮はもしもの話だ。気にする必要はねえだろ。


「自分の意に沿わない連中を謀殺しようとしてるのも暴露出来たし、成果は上々だ――っと、そうだ忘れてた」


 あそこで呆然としてるオッサン。

 予期せぬ役者だったが上手に踊ってもらったんだが礼をしなきゃな。


「ゾルタン、治してやってくれや」

「了解」


 活性の気を使うのは苦手っぽいがそれでも時間をかければ普通に治せるだろうがサービスだ。

 ゾルタンはオッサンの下に近付き膝を突いた。


「……シュヴァルツ殿も災難だったね。まさか親衛隊の長であるあなたをこんな形で粛清しようとするとは……」

「ゾルタン殿……」


 オッサン、親衛隊のリーダーなんかよ……だが良い判断だ。

 俺は知らんかったが親衛隊のトップが戦場に出てるんだから人間爆弾の良い目くらましになろうさ。


「自分に都合の良い人材を後釜に据えたかったんだろうが、忠義と実力を兼ね備えたあなたを切り捨てるとは皇子達も愚かなことを」


 回復魔法でオッサンを全快させたゾルタンは酷くやるせない顔をしていた。

 それなりに仲が良かったんだろうな。友達が頑張ってる姿を知っているからこそ塵のように捨てられたことが哀れでならないのだ。

 ま、俺には関係ないけど。


「おいゾルタン、そろそろ帰るぞ。もう一つの成果を早く確認したいしな」

「ん? ああ。すまないねシュヴァルツ殿。僕らはこれで失礼するよ」


 ゾルタンが転移魔法を発動させようとするが、それを遮るようにオッサンが叫ぶ。


「待ってくれ!! ……カール・ベルンシュタインと言ったな」

「あん?」


 俺かよ。


「あの放送は、真実なのか」

「さあ? どうだろうな」


 何を言うのかと思えばそんなことかよ。

 はぁ、と溜息を吐く俺の横腹をシャルがつっつく。


「あんだよ?」

「彼、かなりのやり手だよ? 引き入れるチャンスだと思うけど」

「じゃのう。傷心につけ込むのはカールの得意技じゃろ」

「だよな。どうしたカール。急に善人ぶりたくなったのか?」

「何? お前らここで殺されてえの?」


 根も葉もないネガキャンには断固として抵抗するぞ。


「いやでも真面目な話、戦力は少しでも多い方がええじゃろ」


 幾ら葦原からも増援が来たからって。ティーツの目は暗にそう語っている。

 確かにオッサンは戦士としてだけじゃなく将としても使える有能ユニットだ。

 仲間に引き入れるという選択肢もないではないが、


「事ここに至って真実なのか? とか聞くオッサンを抱え込むのは逆にマイナスだよ」


 皇子から切り捨てられて尚、心をあちらに残している。

 帝国に忠を尽くすがゆえだろう。見事な忠義だがそれは優柔不断とも言える。


「力も立場もある人間が半端じゃ駄目だろう」


 そういう部分も切り捨てる判断材料になったんじゃねえかな。

 仮に俺が口車でこっちに引き込んだとしてもだ。

 フラフラしてるから何かあればまた寝返りかねない。


「聞くがオッサン、皇子らが皇帝を暗殺してたとしてどうするんだよ?」

「それ、は」


 仕える主がしっかりしてればオッサンはこの上なく頼りになるんだろう。

 だが忠を捧げる柱が不安定だったり無くなってしまえば途端に扱い辛くなる。

 皇帝が親衛隊長であるオッサンではなくゾルタンに玉璽を託したのはそういう部分を知ってたからじゃねえかな。

 一兵卒として使うならそれでも良いが、一兵卒にするには能力が高過ぎて怖い。

 かと言って中枢に招き入れるのもな。今のオッサンを引き入れるのはちょっと……。


「二十歳にもなってねえ小僧が偉そうに言うのもアレだけどさ。一度、立ち止まってじっくり身の振り方を考えてみたらどうだい?」


 この後、皇子二人がどうするかは分からん。

 だが追っ手を差し向けられたとしてもこのオッサンなら大丈夫だろう。

 もう帝都には戻れないんだし、いっそ国を出てどっか静かな場所で自分を見つめ直すのも悪くないんじゃないかな。


「何だったらゾルタン。お前がオッサンを安全なとこまで逃がしてやっても良いぞ」

「ふむ……僕の主はこう言ってるが、どうする?」

「…………気持ちだけ受け取っておこう」


 小僧の言葉だからと一蹴せず、真面目に受け止めるあたり人格者なんだろうな。

 こんな状況じゃなけりゃ俺も一杯酌み交わしたかったんだが……ま、人生そんなもんだ。


「治療、感謝する」


 一度、深々と頭を下げてからオッサンは去って行った。

 仲間にはしたくないが良い人みたいだし良い方向に進んでくれたらと思う。


「じゃ、俺らも帰るか」




2.再会


 アジトに戻ると先に帰還させられていた明美が俺達を迎えてくれた。


「殺れたか?」

「うふふ、無理だったわ」

「そうか……それはそれとしてきめぇから殴って良い?」


 止めろ。


「やっぱ手ぇ出さずに正解だったよ。あっこでカードを切ってたら手の内を晒しただけで何の成果も得られなかっただろう」


 俺とシャルだけで対応したのは間違いではなかった。

 こっちの戦力が露呈してたらあっちもそれ前提で動くだろうしな。


「それより……」

「例の神崎だろ? とりあえず治療だけしてお前の部屋に放り込んどいた」

「…………悪いな」

「良いよ、お前の頼みだからな」


 襲撃が起きた場合、俺が叶えたい目標は複数あった。

 その内の一つが神崎の確保だ。

 真実男と一緒に組まされているぐらいだから、あっちも神崎を実力者と見ているんは間違いないだろう。

 だったら襲撃班に組み込まれる可能性は高いと踏んでいた。

 神崎が今、何を考えているかは分からんが俺にアイツを殺すつもりはない。俺が死んだ後、どうなったのか知りたいし……何より元は相棒だからな。

 だもんで乱戦のゴタゴタで仮死状態にして後でこっそり回収しようと考えたのだ。

 が、人間爆弾のせいで全部がご破算になった。だからもう、あとは信じるしかなかった。


『――――人間爆弾だ!!!!』


 隠密で突っ込んで神崎を気絶させ回収し即座に離脱してくれ。

 ジジイか明美か。フリーの伏せ札であるどっちかが俺の意図を汲み取ってくれることを信じて託した。

 そして明美は見事、やってのけた。


「悪役令嬢も神崎が跡形もなく爆散したと勘違いしてるようだったし、お前は見事に仕事を果たしてくれたよ」


 悪役令嬢(と真実男もだな)が爆破を利用して俺の隙を突くことに集中していたからってのもあるだろう。

 だが並の達人じゃあまず不可能だ。流石は本職暗殺者だわ。頼りになるぜ。

 俺がよいしょすると、


「まー、わりとギリギリだったけどな」

「ギリギリでも何でも成功したんだからオールオッケーよ」


 さて。俺もこのまま遅めの昼食を食べながらドラマの再放送を見たいがそうもいかん。

 じーっと俺を見つめる俺様ガールズ達に視線を向け、告げる。


「神崎との関係も含めて前世のこたぁ、後でキッチリ説明するよ」


 前世をカミングアウトしてから今日まで結構、時間はあったが暇じゃなかったからな。

 話す機会が先延ばしになっていたのだが……まあ良い機会だ。

 あと一つ、仕事を片したらちゃんと話すつもりだ。


「……約束だよ?」

「おう」


 途中、食堂によって飲み物を貰い俺は自室へ向かった。

 扉を開けると……うぉ、辛気臭ッ!!

 と思わず漏らしてしまいそうになるお通夜みてえな空気が部屋の中に満ちていた。

 原因は当然、


「よう、久しぶりだな」

「………………美堂くん」


 ベッドに腰掛ける神崎に飲み物を手渡し、俺は備え付けの椅子に座る。

 こうして向かい合うと……あれだな、懐かしさもあるがそれ以上に気まずいわ。

 一方的に別れを告げてそのままだったからな。


「あー、その何だい? 元気――そうではないが、まあ身体は健康そうで何よりだわ」


 女子と上手く話せない童貞男子か俺は。


「……」

「しかし驚いたぜ。異世界転移とかありなの? いや異世界転生してる俺が言えたことじゃないけどさ」

「……」

「あんま老けてねえし、俺がくたばってからそう時間は経ってないのかな?」

「……」


 きっまず。

 やっぱり初手でゲザっとくべきだったか……?


「…………んで」

「あん?」

「何で、何も言わないの」

「は? あ、ああ。帝都で襲い掛かって来た時のこと? ありゃ不幸な事故だろ」


 普通、思わんだろ。死んだ元相棒が異世界に転生してますだなんてさ。

 しかも、暗殺の標的として命じられたのが俺だなんてどんな確率だよ。

 こんなん予想出来る奴が居たら凄い通り越して気持ち悪いわ。


「それに、あれだろ? お前……人質を取られて従わされ――――」

「違う!!!!」

「うぉ!?」


 今にも泣き出しそうな顔をした神崎が俺を見つめる。

 一体どうしたってんだよ。困惑していると背中を焼き鏝を押し付けられたような熱が駆け巡った。


「わ、私はあなたを裏切ったのよ!?」


 神崎が俺に望む言葉が脳内に木霊する。

 怒って、罵って、憎んで、裁いて。

 一つとしてポジティブなものはない。そこで俺はようやく、思い至った。


「パートナーなのに……い、一緒に復讐を果たそうって約束したのに……あなたを、ひとりぼっちにしてしまった……」

「……それは、神崎のせいじゃないだろ」


 俺は――美堂螢という人間は命の限りに生きたと胸を張って言える。

 とちったものの最後の最後まで意思を曲げず貫き通してやったと誇っている。

 あの世界に訪れるはずだった黄金の時代を肥溜めにぶち込んでやったことには恥も悔いもない。

 だが、俺を否定する人間が理解出来ないかってーとそうでもないんだ。


「有史以来、誰にも成し得なかった奇跡を私情で邪魔して良いのかって考えるのは別におかしいことではないだろ」


 俺はシャトー・ディフの皆を恨んじゃいない。裏切られたとも思っていない。

 そりゃ俺の邪魔をしてたらブチキレてたが最後の最後まで皆は俺の敵にはならなかった。


「違う……違うのよ……」

「?」

「私……絶望を貼り付けたまま死んでいるヘレル達を見て……喜んだの。ざまぁみろって思っちゃったの」


 結局、自分も私情の人間だったのだと神崎は吐き捨てた。


「復讐の先を誰よりも願っていたあなたが死んで、うじうじと何もしなかった私達が生き残る――おかしいじゃない、こんなの!!」

「……」

「もし、私達が一緒なら……ううん、私だけでも傍を離れず一緒に戦っていたら……美堂くんは、あんな終わり方をせずに済んだのに……」

「それは、どうだろうな?」


 あそこまで上手く行ったのは俺が真性の雑魚だったからってのも大きな要因の一つだ。

 もし皆と一緒だったならそりゃ俺もまた別のやり方を模索して弾丸を届かせることを考えただろうさ。

 でもそれが成功するかどうかは分からない。

 ひょっとしたら俺が一人だったからこそ成し遂げられたことで、皆と一緒だったら失敗していたかもしれないのだ。


「結局のところは仮定だ。そしてその答えが出ることはもう二度とない。考えても無駄だよ」

「でも……!!」

「それに結果論だが、今俺は転生なんて信じられないような奇跡を得て生きてる」


 家族が居る、彼女も居る、友達も居る。


「――――俺は今、幸せだ」


 だから……なあ、もう泣くなよ。

 俺のことで神崎が辛い思いをしてる方がよっぽどキツイんだ。

 裏切られたなんて微塵も思っちゃいない。


「むしろこうして神崎とまた会えて、俺は嬉しいよ」

「……ッ……美堂、くん」


 俺の胸に飛び込んで来た神崎がわんわんと誰憚らず大声で泣いている。

 泣くなよっつってるのに……しょうがねえ奴だ。


「分かった分かった。今は好きなだけ泣けば良いさ」


 ったく調子が狂う。早くあのクール気取ってるポンコツ娘に戻って欲しいもんだ。

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