反撃⑦

1.人間爆弾だ!!!!


 放送を終えた直後のことだ。

 アンヘルとアーデルハイドがピタリと虚空を見て止まった。


「……来たみたいだよ」

「数は?」

「六百ほど。帝国お抱えの連中が転移で飛ばせるギリギリの数だね」


 玉璽を見せつけたのだ。

 場所さえ割れれば転移魔法で乗り込んで来る可能性もあるとは考えていた。

 普通の魔道士はアンヘル達のように自由自在にぴゅんぴゅん飛べるわけではなく登録した場所にしか飛べないがそこは数で補える。

 国は転移魔法を使える魔道士を雇い入れ帝国各地の場所を登録させてるとはゾルタンの言だ。


「とは言え単なる雑兵ではないでしょう。あの鎧は皇帝直属の精鋭部隊のものです」

「ほう」

「先頭を切っているのは真実男と例の神崎さん。他にも名のある者らが加わっていますが……」

「悪役令嬢は居ない、か?」

「はい」


 襲撃があるのなら見極めたいことや目的が色々あった。その内の一つが悪役令嬢の立ち位置だ。

 アンヘルとアーデルハイドを封殺した計画は奴のものだろう。だが全体としては?

 俺らを逃がした後の顛末を見るにお粗末が過ぎるのだ。

 なら大枠の方針を考えているのは屑二匹で悪役令嬢は対等な協力者ではなく部下に近い立ち位置と言えよう。

 だが、確定ではない。相手が相手だから予断は禁物。だから確かめる機会があれば確かめておきたかったのだ。


 俺と奴は似た者同士。俺ならここでは動かない。

 多少の危険を冒してでも玉璽を確保するってのもまあ、間違いではないのだろう。

 だがどうせ後で皆殺しにするなら今は無視しても構わないというのが俺の考えだ。

 来てないってことは対等な立場、なのかな? ならあの夜の一件は……考えるのは後で良いか。


「攻めて来たんなら手筈通りに行こうや」


 全員が応答を返し、俺達は外へ出た。

 放送局の屋根に上りながら前方を見つめれば遠方からこちらに向かって来るカスどもが見えた。

 フルフェイスの兜で顔を隠したイカした黒甲冑の集団――クッソ、カッコ良いじゃねえか!!

 そして確かに神崎も居る。襲撃があった場合、神崎も来るかもと想定はしてたので丁度良いが……うーむ、何か違和感があるな。


「……カール、何か妙では御座らんか?」

「わしもそう思うで御座る」


 俺の両隣に控える忍者装束のヴァッシュとティーツも違和感を覚えているらしい。

 今、奴らの前に姿を晒しているのは俺と幼馴染二人にシャルの四人だけだ。

 シャルはフル装備で放送局の正面玄関前で剣を地面に突き立て仁王立ちしてるんだが……絵になるなコイツ。

 ちなみに他の面子には隠れてそれぞれの役割を果たしてもらっている。


「シャル」

「…………統制が取れ過ぎているような……? 精鋭だから一糸乱れぬ動きが出来て当然だろうが……うーん」


 シャルも上手く違和感を言語化出来ていないらしい。

 統制が取れ過ぎている、ねえ。感じる気配は人のそれだし人形ってことはなさそうだが引っ掛かる。一体何が――あ、待てよ。

 一糸乱れぬ動き、それでも気配は人間、顔をすっぽり覆うフルフェイスの兜。

 その考えに至った頃にはもう、奴らは目前まで迫っていた。


「――――人間爆弾だ!!!!」


 もう時間がない。短い言葉だがそれだけで皆は意図を汲んでくれる。

 そう確信し俺が叫んだ数瞬後、に六百の人間爆弾が一斉に爆ぜた。

 咄嗟に気でガードしたがそれでも決して軽くはない傷を負う。

 と、同時に背筋を極大の悪寒が走った。


「我が君に刃を向けるとは万死に値するね」

「……最高のタイミングでしたのに」


 甲高い金属音が背後で鳴り響く。

 首だけを向ければボロボロのシャルが悪役令嬢の刃を受け止めているのが見えた。

 防御と治癒に時間を使えば間に合わない。

 フル装備の今ならとりあえず死にはしまいと即座に判断を下し、俺の下まで駆けつけてくれたのだ。

 シャルが居なければ俺、確実に殺られてたな。


「ひ、ひひひ! 久しぶりだねぇえええええ! カァアアルくふぅううううううん!!!!!」


 少し遅れ爆炎と粉塵を突っ切って来た真実男が俺に蹴りを放つ。

 俺はそれを受け止めながら叫ぶ。


半蔵ティーツ! 小太郎ヴァッシュ! この変態の相手はお前らに任せる!!」

「「御意に御座る!!」」


 三人で真実男を仕留めることも出来なくはないが、悪役令嬢が居るなら真実男の相手をしている暇はない。

 潜ませている伏せ札を切れば確殺に必要な戦力は十分に揃うが、多分ここでは仕留められない。だから今は、見極める。

 少しでも悪役令嬢を知るために時間を使う。


「ごきげんよう悪役令嬢。手配書でも見てたが面と身体だけは最高だな」


 シャルと並び立ち、距離を取った悪役令嬢を睨み付ける。

 奴はこの状況でも僅かな焦りさえ見せず余裕綽々で俺達を見つめ返していた。

 アンヘルとアーデルハイドに手ぇ出したこの糞アマには憎悪しかないが……今は堪える。


「ごきげんようベルンシュタイン陛下。わたくし、エリザベートと申します。どうぞよしなに」


 兜を外しただけで他は無骨な黒甲冑に覆われているというのに何とも気品に満ちた一礼だ。

 その高貴なオーラはアンヘルとアーデルハイドのそれとも重なり複雑な気分である。


「しかし陛下。よくわたくしの策を見抜かれましたわね。兵を傀儡にしていることはまあ、看破されることもあるでしょう」


 そこは織り込み済みだったと悪役令嬢は言う。


「ですが本邦初公開の必殺技である人間爆弾まで見抜かれるとは思ってもいませんでしたわ」

「俺は天才だからな。それにしてもテメェ、外道な真似をしくさりやがって。人の心とかないんか?」

「まあ白々しい。陛下からはわたくしと同じ匂いがぷんぷん漂っていますのに。本当はわたくしよりも先に人間爆弾をしたことがあったのではなくって?」


 正解だよ畜生。かつては俺の必殺技の一つだったからな人間爆弾。

 いや、必殺技ってのは語弊があるか。

 俺も、そして悪役令嬢も人間爆弾に敵を仕留める力は期待していない。

 まさかそんなことはしないだろうという思考の虚を突くことが人間爆弾の本領だ。

 実際、俺も見事に虚を突かれて死に掛けたからな。


「何たる無礼。カール最高裁は裁判なしでお前に死刑判決を下したぜ」

「何たる暴君でしょう」


 クスクスと笑う悪役令嬢。

 楚々とした態度とは裏腹に極大の殺意が今も俺を貫き続けている――が、俺に対する悪意は微塵も感じられない。

 殺意はあれども悪意はなし。これをどう捉えるべきか。

 真性の愉快犯と見るべきか、或いは……これ以上は言葉ではなくぶつかり合って確かめるか。

 自分を晒すことにも繋がるが自分を知られるよりも奴を知れることの方が大きい。


「行くぞシャル!!」

「御任せあれ、陛下!!」


 シャルの姿がブレたと思ったら再度、甲高い金属音が鳴り響いた。

 俺も既に本気を出していたのだが、それでも尚、剣を振るった瞬間が見えなかった。

 仕掛けた側も大概だが受ける方も受ける方だ。


(防ぐのでギリギリって感じか。やっぱ単純な戦闘能力ならシャルのが上だな)


 背後に回り込んだ俺は躊躇なく脊椎を狙って貫き手を繰り出した。

 身を捩ったせいで脇腹あたりの鎧を破壊する程度に留まったが問題ない。

 俺の攻撃で僅かでも意識を奪えたのならそれで十分。


「浅かったか」


 だってシャルが居るからな。

 左目から頬までを走る傷跡。ギリギリで回避したものの片目の視力は失ったと見て良い。

 活性の気で治すことも出来るがそれよりも早く俺は死角に回り込み、再度攻撃を放つ。

 勝負を決める有効打にはらないがまた一つ傷が刻まれる。

 俺の役目はシャルの攻撃を少しでも通りやすくするためのサポート……別名嫌がらせだ。

 奴も回復手段は持ってるが無限ってわけでもない。リソースってのはいずれ必ず尽きるものなんだ。

 だからリミットが来るまで、


「暴けるだけ暴く――でしょう?」

「ああ。俺とお前」

「どちらが互いを多く暴けるかがこの戦いの本質ですものね」


 小さな溜息と共に含み針が放たれた。

 回避? 防御? 却下だ。その僅かな隙でも奴には十分だから。

 俺は目蓋で針を挟み込むと同時に殺戮刃を牽制に放つ。


「テメェ……マジで油断も隙もねえな」

「どんな小技でも出して無駄になることはありませんもの。陛下もそう御考えなのでは?」


 その通りだよ畜生。

 隙が殆どない攻撃手段は威力は低くてもそれ以外の部分で役立つ可能性があるからな。ようはあれだ、出し得出し得。


「にしてもやんなりますわね。こういう戦い方をする時は自分の領域に引き込んでからすべきなのに」

「だよな。何の仕込みも出来ねえ敵地に赴くとかアホのすることだわ。しかしその口ぶり、攻めて来たのは馬鹿皇子二人の命令かよ」

「ええ。少しでも勝率を上げようと用意した人間爆弾も不発で踏んだり蹴ったりですわ」

「もっとじっくり準備してから来れば良かったのに」

「そうしたら陛下、撤退していたでしょう? この戦いに意味はありますが、だからと言って必ず成立させなければならないものではありませんし」


 そうだな、その通りだよ糞が。

 最終的に勝てばそれで良いのだ。局地的な勝利にそこまでこだわりはない。

 後のない決戦まで追い込まねば悪役令嬢を獲ることは不可能だ。

 奴も俺を獲るのは決戦まで不可能だと思っているから今はそこまで真剣じゃないんだろう。

 嫌になるぐらい似通った思考回路だ。読み易いと言うべきか……いや、ある意味一番読み辛いとも言えるな。

 分かってるつもりで、その実自分のことほどよく見えていないってのが人間だもんな。


(にしても……やってらんねえな)


 女と戦ってるのにパンチラの一つもないとかモチベ上がらんわ。

 ただただしんどいだけの戦いに潤いをくれても良いんじゃない? 悪役令嬢も気が利かない女だぜ。

 などと考えていると、


「…………相手を観察するってのは戦いの常道だけどさ。陛下も悪役令嬢も面倒なこと考え過ぎじゃない?」

「生まれながらの強者には分かりませんわ」


 それな――って納得しかけたが悪役令嬢、お前が言って良いことじゃねえ。

 この女もシャルと同じ持ってる側の人間だ。

 俺も今でこそ純粋な暴力で色々押し通せるようになったが前世ではマジモンの弱者だったからな。


「ん?」


 背後から殺気を感じ咄嗟に身体を捩る。

 俺が居た場所を投擲された長剣が通過する。しかし、これは俺を狙ったものではないと直ぐに気付く。


「あらまあ、生きていましたのね。事前に教えていた真実男さん以外は皆、死んだと思っていたのですが」


 悪役令嬢が何でもないように飛来した長剣を弾き、俺達の後ろを見ながら言った。


「……黙れ!!!!」


 ボロボロのオッサンが怒りも露に悪役令嬢を睨み付けている。

 よく見れば真実男らと一緒に先頭を突っ走ってた奴の一人じゃん。

 モブじゃなくてネームドの立ち位置な。満身創痍の状態でも結構な圧を感じるので相応の実力者なんだろうが治癒は苦手みたいだな。


「悪役令嬢エリザベート……貴様、何故、何故このような真似を……」

「は? 分かってないの?」


 思わず口にしてしまった俺にオッサンはどういうことだと叫ぶ。

 いや、どういうことも何もこの状況を見れば明白だろう。


「この襲撃、自陣営に居る不穏分子の抹殺も兼ねてたんだろ?」

「な……」


 ショックを受けたような顔をするあたり、マジで気付いていなかったらしい。


「あんた、あれだろ。皇子達に従ってはいたが内心じゃ皇帝暗殺に疑問を抱いてたんじゃねえの?

そこにさっきの電波ジャックをぶち込まれたもんだから疑心が更に強くなった。

襲撃を命じられたからこれ幸いにと俺達に真偽を問い質すつもりだったんだろ? だが屑二匹はそれを察知していた。

だから襲撃ついでにオッサンや同じようなことを考えているであろう連中の抹殺もしようと考えたわけだ」


 皇子らも俺達の身柄と玉璽を確保したいとは思っててもそこまで期待はしていなかったんだろう。

 それでもワンチャンあるかもと思っていたから悪役令嬢に命令を下した。

 悪役令嬢はそれならと策を練り、それを聞かされた皇子らが丁度良いやと不穏分子の抹殺もチャートに組み込んだって感じか。

 仮に最優先目標である俺達の身柄と玉璽を確保出来ずとも別の利益は得られるだろうってな。

 神崎の場合はあれだ、十中八九俺が原因だろう。

 元々人質取って使ってた奴だからどこかで切り捨てる予定ではあったんだと思う。

 それでもある程度は長く使うつもりだったんだろうが俺の抹殺に失敗したからその仕置きも含めてってとこかな。


「馬鹿な……そんなことが……これが、こんなものが王のやることか!!」

「そんなだからあなたは切り捨てられましたのよ」


 ふぅ、と嘆息し悪役令嬢は俺を見つめ告げる。


「白けましたしそろそろ帰りますわ」

「ほう、俺とシャルを突破してここまで連れて来た魔道士のとこまで戻れるとでも?」

「ま、白々しい。わたくし達を運んでくださった方々はとっくのとうに始末しているのでしょう?」


 その通りだ。クリスと庵を向かわせたので魔道士はもう死んでいるはずだ。

 しかし……分かった上でこの余裕。やっぱ確実な逃走手段は用意してたんだな。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 現れた時と同じように上品な一礼をして、悪役令嬢は地面に現れた黒い裂け目に飛び込み消えてしまった。

 後ろを見れば真実男も同じように消えるのが見えた。

 消える寸前にこちらに手を振っていたのが最高に気持ち悪い。

 しかしありゃ何だ? 転移魔法とはまた違うみたいだが……気味が悪いな。


「……それで陛下、成果のほどは?」

「うーん。多少の人となりは理解出来たが付け入る隙が見えるってほどではねえな。まあでも無駄な時間ではなかったよ」


 そう言うと同時にアンヘルとアーデルハイド、ゾルタンが転移で俺の前に現れる。


「良いはとれたかい?」


 俺の問いに三人は満面の笑みを返すのであった。

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