反撃⑤

1.僕は、僕を知りたい


「……まだ奴らの所在は掴めねえのか?」

「も、申し訳ありません……総力を挙げて捜索しているのですが影一つ掴めず……」


 皇帝死去より二ヶ月。

 未だ、罪を擦り付けたカール・ベルンシュタイン達の所在をつかめずに居た。


「葦原に送った使者は?」


 カール・ベルンシュタインは葦原の英雄だ。

 アンヘルやアーデルハイド、ゾルタンと合流出来ていたのなら葦原に逃亡している可能性も高い。

 いきなり戦争を吹っかけるわけにもいかないので皇子達は使者を送ったのだが、


「……残念ながら何も」


 連絡すら返って来ない。殺されたのか囚われたのか。それさえも分からない。


「……じゃあ、ゾルタンの部下には?」

「聞きましたが知らぬ存ぜぬの一点張りで……」

「~~ッ舐めやがって! 拷問でも何でもして無理矢理にでも聞き出せや!!」


 苛立ちを隠さないエルンストを止めたのは兄のロルフだった。


「落ち着けエルンスト。彼らは皆、優秀な技術者だ。彼らの不興を買っても良いことは何もない」

「ハッ! 上司のゾルタンを既に指名手配してるのに今更だろ!!」

「ならば玉璽の問題はどうする? どこを探しても見つからなかったんだぞ。このまま見つからなければシステムそのものを解体するしかない」


 その可能性に備えて今は一人でも技術者を減らすべきではないとロルフは言う。


「それに、だ。ゾルタンの件に不満を抱いていたとしても帝国を抜け出すほどではない。彼らは大人しく我々の管理下に留まっている」


 ゾルタンさえ仕留めてしまえば彼らも諦めがつくだろう。

 そう語る兄にエルンストは反論を口にする。


「敢えてこっちに留まって機を窺ってる可能性もあるだろ」

「そうだな。だから監視をつけているんだろう? リスクを完全に消すことは出来ない。ある程度は呑み込め」


 その器量もないのなら皇帝など夢のまた夢。

 そうせせら笑うロルフにエルンストは盛大に顔を顰めた。

 その様子を少し離れた場所で茶菓子を摘まみながら見守っていたエリザベートは小さく息を吐く。


(一致団結しなければいけない状況だと言うのに部下の面前で対立を見せ付けるのは……)


 二人は別に無能な人間ではない。

 単独ならば卒なく立ち回れるだけの能力は普通にあるのだが二人揃うと微妙に駄目になってしまう。


(それは甘え、なんでしょうねえ)


 皇帝の座を狙っている敵同士ではあるが、同時に彼らは兄弟でもある。

 身内に対する甘えがつい顔を出してしまう。

 これまでのように堂々と競い合っているのなら良かった。

 が、こうしてある程度歩調を合わせなければならなくなったことで二人を律していたものが緩んでしまったのだ。


(愛らしくはありますが……この状況で愛らしさがあっても、ねえ?)


 皿の上の茶菓子が空になったことに気付く。

 エリザベートは手を寂しげに彷徨わせた後、のそりと立ち上がった。


「御二方、口論もよろしいですがわたくしの報告も聞いてくださる?」

「ッ……すまない、忘れていた。報告を頼むよ」

「こちらは万事滞りなく。帝国と国境を接する国々には火種をばら撒いておきましたのでこちらに手を出す暇はないでしょう」


 ロルフもエルンストも政情不安による他国の介入は当然、警戒していた。

 ゆえに世界に名高きテロリストである悪役令嬢を使ったのだ。


「とは言え、こちらの状況が悪い方に傾けばその限りではありませんが」

「分かっている。当面の間、手を出されないのならば十分だ」

「勿論、警戒は怠らんがな」

「結構。それではもう退室してもよろしくって? わたくし、お腹が空いていますの」

「…………よく太らないな」

「ま、紳士にあるまじき礼を欠いた発言ですわね」

「エルンストに女心の機微は分からんさ。ああ、もう行って構わないよ」

「それでは失礼」


 恭しく一礼し部屋を出てその足で城内にある食堂へと向かった。

 時刻は午後二時を少し過ぎたあたりでピークは過ぎているからか人は殆ど居なかった。


(折角、貸し切り状態なのだから堂々と中央に陣取れば良いのに)


 そんなことを考えながらシェフに注文をし、隅でもそもそと食事をする二人の下に向かった。

 真実男と神崎雅。前者は常と変わらぬヘラヘラ笑いを浮かべているが神崎はエリザベートが近付いて来たのを認識するや盛大に顔を顰めた。


「ごきげんよう。わたくしも今から昼食なの。ご一緒してもよろしくて?」

「よろしくないから失せなさい」

「ふふ、ありがとうございます」

「……人の話を聞きなさいよ」


 それでも積極的に追い出そうとしないあたり、根は善良なのだろう。


「ってちょっと真実男。口にソースがついてる。もうちょっと行儀良く食べなさいよ」

「え、えへへ……ご、ごめんね?」


 ナプキンで真実男の口を拭う雅は母のような、姉のような。そんな空気だ。

 エリザベートはクスリと笑い今度は真実男に話を振る。


「前々から気になってはいましたが、あなた随分と難儀な生き方をしておられますわね」


 何が原因かは分からないが真実男は己を見失っている。

 とっくのとうに精神こころが壊れていても不思議ではないのに今も必死で踏み堪え続けている姿は酷く憐れだ。


「ふへ……そ、それを君が言うの? 悪役令嬢――大層な悪名を背負ったもんだ」

「分かりますの?」

「ぼ、僕のカースは真実を見抜く力だからね」

「……あぁ、原因はそれですのね」


 強力なカースほど常に暴走の危険性を孕んでいることをエリザベートはよーく知っていた。

 だからこそ真実男がこうなった理由にも直ぐに思い至れた。

 虚飾を剥がし真実を看破する力で多くの嘘と真実を見過ぎたせいでこうなったのだ。


「うん……さ、最初はON・OFFが効いたんだけど気付けば常に発動しっぱなしになっちゃってさ。

それでもどうにかこうにかやってた気がするんだけど何時からか僕は僕の真実を見失ってしまった。

名前も、性別も、年齢も、鏡に映る僕を見ても何も分からなくなっちゃったんだ」


 でへへ、と壊れた笑みを浮かべる真実男に隣で黙々とパスタを啜っていた雅は微かに顔を顰めた。

 必死に感情を押し殺しているのだろう。他人事なのに随分とお優しいことだとエリザベートは唇を歪ませる。


「…………僕は、僕を知りたい。彼なら、誰にも負けない真実を持つ彼ならきっと僕を見つけてくれる」

「カール・ベルンシュタインさん、ですか」


 真実男はうっとりとした顔で頷く。


「彼は、沢山の嘘を身に纏っている。なのに誰よりも輝く真実をその胸に宿しているんだ。

断言する。誰にも彼の真実を圧し折ることは出来ない。例え世界の全てを敵に回したって彼は自らの真実を貫くだろう。

そんな彼の真実に射抜かれた時、僕はきっと……きっと……何時かどこかで落としてしまったものを……」


 エリザベートはちらりと雅を見た。先ほどとは違う理由で顔を歪めている。


(何となく、そうではないかと思っていましたがこの子はカール・ベルンシュタインさんを知っておられるのですね)


 多分、かなり近しい関係だったのだろう。

 何がどうしてそうなったのかは知らないが現状はかなり愉快なことになっていると言えよう。


「そ、そういう意味では君も彼に似ているよね」

「……わたくしが?」

「沢山の嘘と揺ぎ無い一つの真実。まあ、熱量は違うけどね」


 小さく笑うと真実男は食事に戻ってしまった。

 エリザベートは小さく溜息を吐き、厨房を見る。どうやら注文の品はまだ届きそうにない。


「御二方、ドラマの再放送を見たいのですけどテレビをつけてもよろしくって?」

「い、良いよ」

「……別に構わないけど」

「ありがとございます」


 魔法テレビの電源を入れチャンネルを切り替える。

 まだドラマが始まっていないことに安堵しつつ席に戻るが、


「あら?」


 席に着いたところでテレビの画面にノイズが走る。

 あら? と首を傾げているとノイズは更に激しくなりやがて放映されるべきドラマではなく別の映像が映り込んだ。

 白いドレスに身を包んだ少女が恭しく一礼する。


《――――皆様、ごきげんよう。私はアンヘル・プロシア。穏やかな午後の時間、少しだけ私に頂けると幸いです》




2.天使の告白


「まず最初に私を含め今現在、指名手配されている者は皇帝暗殺に一切関与していません。

では誰が一体何のために皇帝を――父上を殺しその罪を私に擦り付けたのか。

それを説明する前にまず、私の生い立ちを語らねばなりません。どうか、御静聴願います」


 ぺこりと頭を下げる。


「私は皇女の一人で生まれながらに皇帝への道が約束されていました」


 正直に言おう。笑ってしまいそうだった。

 カールくんの影響だ。真面目な空気で話していると背中が痒くなってしまう。

 引っ張り出して来た擬似統制人格のお陰で“世間様に受ける”振る舞いが出来ているが、なければ多分笑ってた。


「皇家の白という言葉を御存知でしょうか?

純白の御髪と純白の魔力、プロシア帝国初代皇帝と同じ特徴を持つ皇族を指すものです」


 魔力を発露する。身体が軋み激痛が走るがそれをおくびにも出さず続ける。


「皇家の白を持つ者は皆、例外なく魔道士として隔絶した力を備えていました。私もそうです。

最も魔道士として優れた力を持つ者が皇帝に、それが皇家の掟。ゆえに私は生まれたその瞬間に第一位の継承権を与えられました」


 感情を押し殺すように淡々と説明していく。

 重要なのは緩急だ。今はまだ感情を見せる場面ではない。


「そんな私ですが、皆さんはアンヘルなどという皇女の存在は指名手配されるまで知らなかったのではありませんか?

それも当然です。私は幼い頃、ある事件により継承権を失い皇家の醜聞に繋がるからとその存在を秘匿されてしまったから」


 わざわざ自分の傷を晒す必要はない。

 確かに民衆に受けるような話だがそのために私が辛い思いをすることはないだろうと。

 カールくんはそう言って私を心配してくれたけど、その心配は見当違いだ。

 利用出来るものは利用すべきだし、何よりこの傷はもう私にとっては忌まわしいものではないのだから。


「あれは七歳の誕生のこと。私は精神に寄生する魔法生命体に取り憑かれてしまいました」


 苦しみに喘ぐような表情を作り、ぎゅっと胸元を握り締める。

 民衆の受けを狙った演技だ。儚げな私の容姿と相まって多くの人が騙されてくれるだろう。


「日々欠落してく己に恐怖し、夜毎に泣きました。もういっそ殺してくれと」


 包み隠さず全てを分かり易く説明していく。

 十年の絶望が民衆の胸を強かに打ちすえるために。


「そんな私を救ってくれたのがカール・ベルンシュタインくんでした」


 知らない人からすればカールくんは本当に意味の分からない存在だと思う。

 何故、皇女や流浪の騎士を差し置いて皇帝暗殺の主犯になっているのか。

 というか私達だって正直、分かっていない。なので“私の男”を自慢するついでに理由をでっち上げることにした。


「カールくんは無数の人格に埋もれた“私”の声なき叫びを拾い上げてくれた」


 涙腺を緩め一筋の涙を流す。


「君はここに居ると。誰でもない真実の私を見つけてくれた。その喜びは例え永劫の果てでも霞むことはないでしょう」

「救われたのはアンヘルだけではありません」

「私達もそう」


 黒と紅の正装に身を包んだアーデルハイドとクリスが両隣に並ぶ。

 二人もまた名を名乗り、私と同じように自分が救われた時のことを語った。


「私の自責を」

「私の失望を」


 カールくんが拭い去ってくれたのだと涙ながらに訴える。

 三人も美少女が揃えば絵としてはさぞ映えるだろう。

 スタンバってるカールくんだってグッ! って親指立ててるしね。


「一生をかけても返せない恩をくれた人」

「何度生まれ変わっても傍に居たい恋しい人」


 クリスとアーデルハイドの言葉を引き継ぐ。


「誰よりも何よりも愛しい人」


 民衆受けを狙った振る舞いをしているがその想いに嘘はない。

 だからこそ、許せない。ロルフもエルンストも。

 よくもまあ、やってくれたものだ。見ているか屑ども。これはただの惚気じゃない。

 宣戦布告だ。お前達を必ず地獄に叩き落すという揺るがぬ宣誓だ。


「――――でも、兄上達にとっては忌々しい敵でしかなかった」


 やるせない気持ちを表現するように痛苦の化粧を施す。


「折角、奪い取った継承権を私が取り戻す可能性を生んだことが逆鱗に触れたのでしょう」


 そっと目を伏せる。


「…………そう、私が私を見失うことになった事件は第一皇子ロルフと第二皇子エルンストによる陰謀だったのです」


 無論、虚偽である。

 だがあっちも謂れのない罪を被せて来たのだからこっちが同じことをしても構わないだろう。


「私がそれを知ったのは兄上達の追っ手から逃れた先でした」


 魔方陣から玉璽を取り出す。

 カールくんから私に権限を譲渡された玉璽は煌々と王権を示す輝きを放っている。


「玉璽と共に託された父からの手紙で私は全てを知りました。

皇位を巡って骨肉の争いを繰り広げる現状を憂いていた父は、私に皇位を譲ろうと考えていたようです。

しかしそれを察知した兄らは激怒し、父の暗殺を目論んだ。父も当然、それに気付いていました。

ですが皆さんも知っての通り父は……皇帝ジークフリートは死にました。我が子への情を捨てられなかったのです。

父自身、そうなることを予期していたからこそ密かに玉璽を信頼出来る者に託し私の下へ届くよう取り計らった」


 あ、クリスが笑いそうになっている。

 ちょっと……ここまで頑張ったんだからもう少し、もう少し頑張って!!


「謂れのない罪を被せられておきながらこの二ヶ月、何のアクションも起こさなかった理由はそれです。

信じていた兄達に裏切られた悲しみもありましたがそれ以上に迷っていたのです。

真実を知り、私はどうするべきなのか。考えて考えて……ようやく結論が出ました」


 すぅ、と息を吸い込み気丈な表情を形作る。


「――――この国は腐っています」


 あ、カールくんも笑ってる。声には出してないけどお腹を抱えて笑ってる。

 ちょっとやめて。私も笑っちゃいそうになるから。


「浅ましい欲望で親殺しという悪徳を成した挙句、日々を懸命に生きる市井の人間にその罪を擦り付ける皇族とそれを支持する貴族達。

もう、どうしようもない。この国は一度、完全に破壊されねば何も変わらない。それが私の出した結論です。

しかし、私にそれを成せるのか。……恐らくは不可能でしょう。きっと、父と同じようにどこかで情が足を引っ張り失敗してしまう」


 カールくんがゆっくりこちらに向かって来る。


「ならば、何があっても折れず曲がらず最後まで戦い続けられる人にこそ私は全てを託しましょう」


 さあ、ここからはカールくんの出番だ。

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