反撃④
1.玉璽
玉璽、王位と共に継承される王権の象徴。
これがあれば誰でも皇帝になれるわけではないが、これがなくては皇帝とは認められない重要な代物だ。
何でそんなものをゾルタンが持っている?
「…………先生、これはどういうことかな?」
「父上の暗殺は先生にとっても予期せぬ事態のはず。何故、それを所持しているのですか?」
そうだ。暗殺を仕掛けた皇子達に先んじて玉璽を確保するなんて不可能だ。
それこそ、事前に暗殺を予期していない限りは。
そしてもし暗殺を知っていたのだとすればそれは俺達に対する重大な裏切りだ。
見ろ、シャルなんて目にも留まらぬ速さで剣を抜いてゾルタンの首に押し当ててんぞ。処女卒業の機を奪われた女の怒りは恐ろしいで御座るな……。
「ちゃんと事情は説明するから一先ず、僕の話を聞いて欲しい」
小揺るぎもせずゾルタンは言った。
この様子だと裏切りって線はなさそうだが……だとすれば余計に意味が分からんな。
「まず明言しておくと今回の暗殺事件は僕にとっても寝耳に水の出来事だ」
「では何故、玉璽を?」
「生前の陛下に託されたんだよ」
「「「は?」」」
どういうことだよ。
「今年の元日だったかな? 陛下に呼ばれて私室に赴いたらいきなり玉璽を渡されたんだ」
ゾルタンはその際のやり取りを一言一句違わず語ってくれた。
話を聞いた俺達は揃って顔を顰めた。
「……ちょっと無視出来ないレベルで怪しいんだが」
皇帝の暗殺はリスクとリターンが釣り合っていない。
好んでやったわけではなくそうせざるを得ない事情があった。
具体的に言えばアンヘルかアーデルハイドを皇帝にしようという動きがあったりで暗殺に繋がったんじゃないかと俺達は推測を立てた。
が、皇帝が事前に――それも何ヶ月も前に玉璽をゾルタンに託していたと言うのなら話は変わって来る。
つまり皇帝が自分を暗殺するように仕向けたという可能性だ。
玉璽の件がなけりゃ皇帝は自分の動きを察知されて出し抜かれ殺されたんだと考えられるが……玉璽はここにある。
全て計画通りだったという可能性の方が高いと思う。思うんだが……。
「何のために――だろ?」
「ああ」
そこがまるで分からない。
「僕もそうさ。仮に暗殺が陛下の計画通りであったとして一体何のために? 何の得があってこんなことを?」
そうだ。皇帝暗殺から始まった一連の流れは誰一人として得をしていない。
俺達は言わずもがなだし皇子達も背負う必要のないリスクを背負わされたのだから。
皆が皆、損をしている。
「…………実は皇帝、破滅主義を拗らせた特殊性癖持ちだったりしねえか?」
「擁護するわけではありませんが父上はノーマルですよ」
「うん。ゾルタン先生にアプローチかけられてる時も普通に困ってたしね」
だよね。性癖が原因説は流石に冗談だ。
「それと、ゾルタン先生が相応しいと思う者にという点も引っ掛かります」
「だよね。普通に考えたら私かアーデルハイドのどっちかを父上自身が指名するべきなのに何でぼかしたの?」
「自分で片方を指名するか、先生に私かアンヘルかを選ばせるかならまだ分かりますが」
「ねえ? これじゃまるで他に皇帝に足る資格を持つ者が居るみたいだよね」
二人の視線が俺に注がれる。そこは正直、俺も気になってた。
ゾルタンは俺の覚悟を聞いて玉璽を託すことを決めたわけだが、あまりにも流れが出来すぎている。
「そうだね。僕もカールくんが皇帝として立つと言った時は、正直ぎょっとしたよ」
ゾルタンも同意を示す。
自惚れでも何でもなくこの状況――俺が皇帝になるまでが計画通りなんじゃないかって思えてしまう。
でも、
「「「「何で?」」」」
結局ここに行き着くのだ。
俺を皇帝にさせる。確かに状況だけを見ればその可能性は高い。だが何のために?
現状、灰色に近い黒を黒に確定させられる材料が存在しないのだ。
「問い質そうにも皇帝くたばってるしよ……マジねえわ」
仮に俺らの想像通りだったとすればだ。
皇帝も俺の報復対象になるのだがとっくのとうにくたばってるからどうしようもない。
正直、かなりモヤモヤする。
「カールさん、今はそこについて考えを巡らせてもどうしようもありません」
一先ず良いことを考えようとアーデルハイドは苦笑する。
まあ、そうだな。どうにもならないことに懊悩するのはアホらしいわ。
「玉璽を手に入れたのは大きいよね」
「おう。権威付けのために……」
「それもあるけどプロシア帝国の玉璽は権威以外の意味も持ってるから」
「?」
「玉璽は単なる印章じゃなくてアーティファクトなんだよ。むしろ印章として使われることの方が稀かな」
曰く、玉璽は帝国全域に敷かれた魔道防衛システムへの最上級アクセス権であり皇家伝来の宝が仕舞われた蔵を開く鍵の役目も担っているのだと言う。
ただ誰にでも扱える代物ではないらしい。まあ当然だ。
先代から正式に権限を譲渡されるか帝国貴族の過半数の承認を得て帝位に就くことで権限を手にしなければ玉璽の機能は使えないらしい。
「俺は使えるのか?」
「そこは問題ない。陛下が死の寸前に権限を僕に移していたようでね。その僕が君に譲渡したんだ。玉璽はもう、君にしか扱うことは出来ないよ」
「それは、アンヘルやアーデルハイドが十全に魔法を使える状態でも?」
「不可能ですね。玉璽は初代皇帝より伝わる物ですが使われている技術は現代のそれですら及びもしない代物なので」
「先生も調べたことはあるんだよね?」
ゾルタンは苦い顔をして頷いた。
「陛下に命じられてね。まあ何も分からなかったんだが。
玉璽もそうだが魔道防衛システムの基幹部分も初代皇帝の時代のもなのに僕らは殆ど何も解明出来ていない」
完全なオーパーツってわけか。
「ねえねえお兄ちゃん、システムを掌握出来るんならさっさと帝都に攻め入れるんじゃないの?」
「俺もちらっとそう思ったが、これそこまで便利な代物ではないんだろ?」
「ああ。各地のターミナルからアクセスしても奪えるのは精々、その土地のシステムだけだ」
完全掌握するには帝都に存在するメインターミナルにアクセスする必要があるとのことだ。
説明を聞いたクリスはぼそっと「使えねえ」と漏らすがそんなことはない。
「一足飛びで楽は出来ないが、今の状況でも十分役に立つぞ」
いずれ拠点となる都市を奪った際、そこのシステムを掌握して利用出来るわけだからな。
防衛に割くリソースを少しでも減らせるのはありがたい。
権威付けにも利用出来るし良いこと尽くめだ。
そんなもんが手元にあるという事実がまたさっきの……はあ。死んだおっさんの影がちらつき過ぎてそろそろしんどくなってきたわ。
「ところでカール、質問があるんだが」
「ヴァッシュか。良いぜ、言ってみな」
「襲撃に向かうのはお前とシャルロット・カスタード、デリヘル明美、エリアスの爺さんの四人だとして俺達はどうすれば良い?」
「葦原ん時みたいに姫様やハインツさんらの護衛か?」
「いや、その必要はない」
ここの所在は割れてないし、逃亡手段ぐらいはゾルタンも用意しているはずだからな。
それなら戦力を遊ばせておくつもりはない。
「お前らは面が割れてねえから外に出て調査と仕込みを頼みたい」
「了解した。微力を尽くそう」
「調査に関してはわしらだけじゃのうてスポンサーにも頼んでええか?」
「おう。手は多い方が良いからな」
っと、皿が空になってるな。
「おじさーん! ミートスパ大盛りでおねがーい!!」
2.父上に頑張ってもらえば良いかなと
まさかこんなにも早く戻って来ることになるとは。
嘆息し、久秀は御所の前に立った。
「松永殿? 大陸に渡っていたのでは……」
自分の顔を知っている者が門番を務めていたのは僥倖だった。
久秀は殿下はおられますか? と門番に問う。
「え、ええ……この時間だと諸国の大名らとの定例会議をしておると思いますが……」
「それは丁度良い。急ぎ御伝えしたいことがあるので通して頂きます」
「え? いや、それは……」
「一分一秒でも時間が惜しいのです。もし、この報告が遅れ万が一が起きたらばあなたの首が飛びますよ」
ギョッとする門番には悪いが、本当に時間がないのだ。
久秀は殆ど無理矢理押し通り評定の間へと向かった。
「失礼」
返事を待たず襖を開け放つ。
信長と青白い立体映像の諸大名らの視線が一斉に久秀に向けられたが彼女は気にせず部屋の中に踏み入った。
「久秀? お前……いや、何があった?」
一瞬、不思議そうな顔をするものの流石は信長。
即座に火急の用と判断し、本題へと切り込んだ。
「単刀直入に申し上げます。カール殿が故国で最高権力者を弑した咎により国賊の認定を受けました」
久秀の言葉に場が盛大にどよめいた。
一体何が起きているのか、どういうことだと怒号染みた問いが飛び交うも信長が一喝し皆を黙らせる。
「嵌められたか?」
「十中八九。でなければこのようなお粗末な事態にはなりますまい」
何らかの事情で皇帝を殺める動機があったのだとしてもだ。
狡猾極まるカールならば自らが罪人となるような事態を招くとは思えない。
誰かに罪を被せるか或いは国を丸ごと乗っ取って罪をなかったことにするはずだ。
にも関わらず国賊として全土に手配されている。第三者の悪意に巻き込まれたと考えるのが自然だろう。
「下手人は?」
「状況から察するに最高権力者――皇帝の息子である皇子二人でしょう」
「カールは生きているのか?」
「逆にお尋ねしますがカール殿が大人しく殺される姿が想像出来ますか?」
「出来んな」
信長はカラカラと笑った。
現状、生死は不明だが仮に死んでいたのなら皇子二人は高々とその事実を喧伝していただろう。
「旅先で偶然出会った明美殿とティーツ殿がカール殿を探すと言っていたので捜索はあちらに任せましょう」
何かあれば連絡を入れるよう頼んでいるので帝国に戻ればまた新たな情報が手に入るだろう。
そう判断し久秀は自分の成すべきことを成すため葦原に舞い戻ったのだ。
「さて殿下。我らの英雄が、我らの恩人がこのような仕打ちを受けていることを知らされたわけですがどうされますか?」
黙って見過ごすか? 全員の視線が信長に集中する。
信長はそれを小揺るぎもせず受け止め、嗤う。
「まこと許し難し」
そうだろうとも。そうだろうとも。
我らが仰いだ光を穢されて黙っているなぞあり得ない。
「が、大々的に動くことも出来ん。先の関ヶ原でどこもボロボロだ。
やろうと思えば兵をかき集められんわけでもないが軍を派遣すれば葦原にも火の粉が降り掛かる」
いずれは開国し他国との交流も始めるつもりだが先の決戦による傷跡は深刻だ。
こんな状況で国を開いても他国に付け入る隙を与えるだけ。
ゆえに今はどこも内政に勤しんでいるのだ。
「それを跳ね除けて力を示すのも悪くはないが、おれ達よりもカールが難色を示すだろう」
全員が頷く。
カールは冷酷な男ではあるが一度、懐に入れた相手にはトコトン甘くなる。
葦原の意向として軍を送れば何やってんだおめえ、と叱り飛ばされるのは明白だ。
「かと言って何もせんではおれ達が納得出来ん。なら双方が納得出来る形にしよう」
と言うと? 皆の疑問に答えるように信長は語る。
「現状は生死すらも定かではないとのことだがカールが死ぬなぞあり得ん。
強いられた理不尽に抗うため必ずや表舞台に戻って来よう。あれは反骨心に手足が生えたような男だからな。
まず間違いなく戦が起ころう。帝国を滅ぼすための大戦がな。兵については問題なかろう。
カールならば民心を煽って兵をかき集めるぐらいはするだろうしな。だが、将帥に関しては別だ」
将器を持つ者も当然、味方に引き入れはするだろう。
だが、どうせ使うのなら絶対に信が置ける将を使いたいと思うはずだ。
「武人としての働きと将としての働きをこなせる者を大陸に派遣する。とりあえず信玄と謙信は決定だな」
今は京でほのぼの隠居している竜虎コンビだが話を聞けば喜んで大陸に向かうだろう。
《であれば殿下。うちからはクロスを派遣したく御座います。
友が窮地に在るとなれば何もかもを打ち捨てて向かいかねませんので正式な命令を頂きたく》
「無論、そのつもりだ。あちらでの案内役、久秀だけでは荷が重かろう」
久秀は海を渡ってまだ日が浅い。
であれば元々、今回の主戦場である帝国で暮らしていたクロスを水先案内人にするというのは当然の判断だ。
「あと幾人か……誰ぞ希望はあるか?」
《であれば我ら四兄弟が海を渡りましょう》
信長の言葉に逸早く手を挙げたのは島津義久だった。
命懸けで口説かれた彼らにはカールの刃であるという自負があるからだろう。
「…………弟三人はともかくお前、当主だろう」
《留守は父上に任せます。あちらで我らがおっ死んだ場合はまあ……父上に頑張ってもらえば良いかなと》
「親を酷使し過ぎな気もするが……まあ、お前達ならば問題はないか」
パン! と手を叩き信長は言う。
「武田信玄、上杉謙信、クロス、島津四兄弟、松永久秀。この八名を葦原の代表として帝国に派遣する!!」
異論はないな? 皆が頷いた。
「久秀、カールを頼むぞ」
「必ずや」
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