反撃②

1.やはり報復か。何時出発する? 私も同行しよう


「俺が主犯って……いや、それよりもだ」

「お義父様はカールくんのお師匠様が、ラインハルトさんはシャルロットさんが助けたから無事だよ」

「そう、か」


 いや安心した。

 俺が連中の立場なら主犯が生死不明のまま行方知れずなわけだし身内は絶対確保するもん。

 細かい経緯はまた後で説明してもらうとして……一先ずは安心したわ。


「それと、その他交友関係がある方もコッソリ監視はつけられているようですが無事ですよ」

「まあ、それはそうだろうな」


 これが狭い交友関係なら一応、使えるかもと確保するだろう。

 が、俺はかなり手広く色んな奴らと付き合っているからな。

 そこまで好き勝手やれば確実に民衆の反発を招くし、付け入る隙も大きくなってしまう。

 連中は俺に罪を押し付けたが、その代わり皇帝暗殺犯を取り逃がしたという代償を背負ってるんだ。

 そんな状態で好き勝手やれるわけがねえ。

 血縁の確保が精々で、そこも失敗したのだから……ケケケ、さぞや苛ついてるだろうな。


「しかし、何だって俺が……?」


 第一皇子とも第二皇子とも別に因縁はねえぞ。

 これがブラコンお兄ちゃんなら可愛い妹に悪い虫がってなるのも分かるが……それは絶対あり得ないし。


「まったく因縁がないってわけでもないんだけどね」

「あん?」

「ほら、カールくん天覧試合で皇子の息のかかった屑を惨殺したじゃない」

「ああアレ? いやでも……」

「うん、分かるよ。私達も変だなって思う。兄上達もそこまで馬鹿じゃないもん」


 そう、今回の皇子二人のやり方はリスクとリターンが釣り合っていないのだ。

 俺達に罪を押し付けるとしても皇帝暗殺なんてリスクが大き過ぎる。仮に失敗してたら破滅待ったなしだ。

 そして成功した場合も問題がある。皇子二人の対立だ。連中が皇位を巡って対立してんのは周知の事実だからな。

 どっちかが勝った上でのことならまあ、理解出来なくもないがアンヘル達の話を聞くに二人は未だ同格。

 決着がついていない状態で皇帝を殺しても帝位は空のままで下手すりゃ内乱突入だぞ。


「一応、父の仇を討っていない状態で帝位に就くわけにもいかないとか言い訳も出来なくはないが……」


 で、帝位の方も俺を捕らえた方がって形に出来なくもない。


「でもそれはあくまで私達が逃げるって前提ありきだからね」

「おう。俺らの逃亡は不測の事態だろうしこの線はあり得ない」

「もし織り込み済みなら私かアンヘルのどちらかは動けるレベルに留めるでしょうしね」


 だから奴らとしても今回の件は好んでやったわけではないと考えるのが自然だ。

 アンヘルとアーデルハイドのどちらかが帝位に就く流れになり始めていたから動いた……と考えるのが妥当だろう。


「でも、それはそれでなあ。そういう顔してるってことは皇帝から打診があったとかじゃないんだろ?」

「全然ありませんね。皇帝の性格上、私達のどちらかを帝位に就けるにしてもまずは私達に話を通すはずです」

「少なくとも皇子二人にぽろっと漏らすのはあり得ないと思う」


 マジで意味が分からん。

 こんなん誰が得するんだよ……他国の介入? いや、これもなあ。

 他国の人間にここまで良いように操られるほど皇子二人も無能ではないだろうし。


「……っとに面倒なことになりやがった」


 権謀術数を巡らせながら血で血を洗う戦いを、なんてのは葦原で卒業したつもりだったんだがな。

 何となしにそうぼやいた後で、俺は己の失言を恥じた。


「……ごめんなさい。私達の事情に巻き込んで」

「お前らが気にする必要はねえよ。悪いのはいきなり理不尽を押し付けた屑どもだろ」

「でも、もっと早くにカールくんに私達が皇女だって告げてれば」

「変わらんよ。お前らにとっても予想外の展開だったんだろ? だったら俺も読めなかったはずだ」


 それに、


「黙っていたのは俺を慮ってのことだろう? 面倒な事情に巻き込まないようにってさ」

「それは、そうだけど」

「結果的に裏目に出ただけでその気遣い自体は嬉しいさ。それだけ俺を愛してくれてるってことだからな」


 これが見知らぬ人間が押し付けた善意の結果なら話は別だがアンヘル達は俺の女だ。


「俺は、お前らになら殺されても良いって思えるぐらいには愛してるんだぜ? だったらこれぐれい何てことはないさ」

「カールくん……」

「むしろ俺が原因でお前らにそんな顔させてるってことの方がしんどいわ」


 どうしても気になるってんなら……そうだなあ。


「諸々の問題を片付けた後で流石にこれは……と俺が躊躇ってリクエストしなかったプレイに付き合ってくれ」


 それでチャラにしよう。

 俺がそう告げると三人はキョトンとした顔をした後、ぷっと噴き出し頷いてくれた。


「うん、任せて。どんな変態プレイでも付き合うよ」

「存分に欲望をぶつけてください。全部受け止めてみせますから」

「こんだけベタベタなクリス達に躊躇うって一体何させるつもりなのかちょっと不安だけどね」


 日も高い内に言えるような内容じゃねえな。

 いや、ここ窓ないから昼かどうか分からないけど。


「それに俺だって隠し事ぐらいしてるしな。さしあたって一番デカイとこで言えば……実は前世の記憶を持ってるとか」


 俺がそう言うとクリスと庵は目をまん丸にして驚きを露にした。

 が、アンヘルとアーデルハイドはそうでもないらしい。


「驚いてないな」

「むしろ、納得かな。腑に落ちる点もあるし」

「マジ?」

「ええ、例えばカールさんの復讐に対する持論。温かな家庭で育ったカールさんがどこでそんな考えを持つに至ったのか」

「子供の時からそんな感じだったらしいしね。あと、銃の知識とかもかな。あんな兵器を自分で思いついたとは考えられないし」

「あー……なるほど」


 あんま意識してなかったが振り返ってみればちょいちょい怪しかったわ俺。


「お兄ちゃんの前世ってどんな感じだったの?」

「話せば長くなるからそこはまた今度な。今はとりあえずこれからについて考えようや」


 そこでこれまで壁の花に徹していた庵も口を開く。


「兄様はこれからどうなさるおつもりなのです?」

「この件の裏で誰かが糸引いてるのは確かだが現状、分からん」


 だからそこは一旦置いておく。


「一先ずは直接俺達を害そうとして来た屑どもに落とし前をつけさせる。何をやってでもな」


 今回は敵が国家そのものだからな。

 連中に地獄を見せるためには流石の俺も手段を選んでる余裕はねえ。

 ヘレルのカスほどではないがハードルはそれなりに高い。

 久しぶりだぜこの感覚。あんな夢をみたせいか、血が滾ってやがる。


「ケケケ、未来永劫語り継がれるぐらいの暗黒の歴史を大陸に刻んでやるよ」

「――――その必要はなかろう」

「ジジイ……?」


 ジジイだけじゃない。ずらずらとアホどもが雁首を揃えて部屋に入って来た。


「やはり報復か。何時出発する? 私も同行しよう」

「シャル」


 まあジジイとシャルは良いけど、


「よう、元気そうじゃのうカール」

「ったく……葦原で散々大暴れしてまだ一年も経ってないのに何やってんだお前は」


 ティーツと明美。ここもまだ良い。


「……ヴァッシュ、お前何してんの?」

「窮地に駆け付けた友に対して随分な御挨拶だな」

「いやお前、今は他国の人間じゃん。アウトだろ。表向き大犯罪者として指名手配されてる俺と一緒に居ちゃ駄目だろ」

「ほう? ならばお前は自分の友が無実の罪で謂れのない迫害を受けているのを無視するのか?」

「いやしねえけど……でも、お前にも立場ってもんが……」


 ブリテンの王女直属の騎士だぞ。

 他国の問題に首を突っ込むとか国際問題待ったなしだ。

 ヴァッシュはそこに気付かないほどアホではない。となると……。


「心配は要らん」

「あん?」

「姫に辞表を出しに行ったら有給にしといてやるから友を助けてやれと言われてな」

「モモちん……」

「まあ、善意がないわけではないだろうがお前に貸しを作りたいという下心だろう」

「モモちん……」


 いやまあそれでも嬉しいけどさ。


「アダムを始めとするあたしらの活動を支援してくれてる連中もお前に力を貸す手筈になってる。それと……いや、こっちはまだ良いか」

「お前は友であり、今は腐った連中に理不尽を押し付けられた被害者じゃけえ」

「正義の人斬りとしては手を貸さない理由がねえ」


 人斬りコンビがニヤリと笑う。


「そんでお前さんの師であるわしに流浪の騎士まで手を貸すんじゃ。これだけのカードがあれば手段は選べよう?」


 疲れたようなジジイの言葉。

 ああ、そういや前言ってたもんな。目的を果たすためなら何でもする俺に枷を嵌めるため武を授けたって。

 そんなジジイからすれば今の状況は無視出来ないわな。

 実際、俺も大陸の歴史に残酷な一ページを加えるつもりだったしね。


「ゾルタンやお嬢様方も君に力を貸してくれる。大概のことは何とかなりそうじゃないか?」

「そういうわけだ。だからどうか僕の故国を滅ぼすのは止めて欲しい。参謀でも使い走りでも何でもするから」


 遅れて入って来たゾルタンがマジな表情で懇願する。


「いや俺も別に好んで国を滅ぼしたいわけじゃねえからな?」


 知り合いの生活基盤だってあるのだ。

 勿論、しっかりフォローを入れるつもりではあったが滅ばないならそれに越したことはない。


「はぁ……まあ、皆が力を貸してくれるんなら……何とか、なるかなあ? とりあえずゾルタンは参謀な。

アンヘル達が皇女ってんならお前も国の中枢のかなりな立ち位置に居たんだろ?」


 アンヘル達は皇女とは言え政治とは遠ざかってたからな。

 帝国の内情を聞くならゾルタンの方が適格だろう。


「まあね。分かった、微力を尽くそう」

「おう」


 これまで考えていた帝国滅亡プランを捨て去り、新たな計画を頭の中で組んでいく。

 魔法関連で出来ることに関しては詳しい話を聞かんとアレだが、単純な暴力だけでもやれることは多々ある。


「大まかな枠組みとしては……あー、でもなあ」

「どうしたんだいカールくん?」

「いやな、とりあえず皇帝を名乗ろうかと思ったんだが」

「! 君が、かい?」

「おう。元継承権一位のアンヘルを女帝に担ぎ上げるのも良いかと思ったがそれじゃ俺の気が済まん」


 奴らが必死こいて座ろうとしている皇帝の椅子をただ奪うだけでは面白くない。

 プロシア帝国そのものをぶっ壊してベルンシュタイン帝国を建国してやる方が楽しそうだなって。


「お前、征夷大将軍は面倒だからって放り投げたのに……」

「明美よ。葦原ん時とは状況が違うだろう」


 俺が主導する報復なんだ。その責任は全部、俺が背負うべきだろう。

 自分の女を矢面に立たせて自分は陰に隠れてコソコソ動くなんざあり得ない。ダサ過ぎて死ねる。

 だったらもう、面倒でも何でも皇帝になるしかねえべや。


「ただ皇帝になるならちょっと問題があるんだよな。勝手に僭称しても勝てば官軍で皇帝にゃなれるだろうが」

「実利の面で言えばそれはおススメ出来な――ああ、懸念はそこか」

「そう。皇帝になるなら権威と正当性が必要だ。普通はこれを用意するのは難しいんだが」


 幸いにして直ぐ手が届く場所にそれはあった。

 そう、アンヘルとアーデルハイド、クリスのロイヤル三姉妹だ。

 特に前者二人は元皇位継承権一位と二位だからな。

 剥奪の切っ掛けを皇子二人の邪悪な姦計によるものだとでっち上げればとりあえず名分は立てられる。

 民衆が信じる信じないはさして問題じゃない。まずは形を整えることが重要なのだ。


「ただ、そこから俺に皇位をとなると……」

「何か問題があるのかな? 何も問題ないんじゃないかな。とりあえず立場的に私は正妻だね」

「そうですね。アンヘルが正妻になるかはどうかはともかく婚姻による権威付けには何の障害もありません」

「結婚したいかしたくないかで言えばしたいけどお姉様二人が必死過ぎてちょっと引く」

「えぇ……? お前らそれでええんか? 結婚は女の子の一大事だぞ」


 俺が渋ってたのはこの歳で人生の墓場に……って理由もなくはないが人生の一大事を謀略に利用される三人の気持ちを慮ったからだ。

 俺なら絶対嫌だ。俺が乙女ならもっとロマンティックなのが良いと四、五時間は駄々を捏ねるぞ。


「あ、あの兄様……その、私も……け、権威とかは特にありませんけど……」

「ああうん。結婚するなら庵ともするよ。お前を蔑ろにするわけねえだろ――ってそうじゃなくてだ」


 マジで言ってんのか? とアンヘル達を見るが奴らは不思議そうに首を傾げるだけ。


「後でちゃんとした結婚式もすれば良いだけだし問題ないよね?」

「無職を卒業して主婦にもなれますし良いこと尽くめじゃないですか」

「まー、思うところがないと言えば嘘になるけどぉ。一応クリスも皇族だしぃ? 婚姻にワガママ言ってもって感じ」


 マジかお前。それとアーデルハイド。無職卒業して主婦っておかしいだろ。主婦はサブ職でメイン職は皇妃だろ。

 まあでも本人が良いなら良いのかなあ……。


「あ、カールくん。建国宣言と一緒に宣戦もやるんだよね?」

「ん? おう、そのつもりだが……」

「ならそこらは私達に任せてもらって良い?」

「悪い顔してんなあ。良いぜ、任せるよ」

「ふふふ、ありがと」


 そんなやり取りをしているとシャルがポツリと呟いた。


「カールが皇帝か。となると私は大帝カール、第一の騎士ってところかな」

「…………力を貸すとは言ったがそこまでしてくれなくても良いんだぞ」


 流浪の騎士シャルロット・カスタードを自分の騎士に。

 そう考えた奴はこれまで幾人も居ただろう。各国の偉いさんからも幾度となく誘いを受けたはずだ。

 それを全部断って自由な立場で剣を振るっていたコイツの意思を捻じ曲げるつもりはないのだが……。


「私を専属の騎士にする。どの国の王侯貴族達でさえ成しえなかったことだ。これも君の権威付けに利用出来るんじゃないかな?」

「それはまあ、そうだが」


 今回の一件でカール・ベルンシュタインの名と面は帝国中に知れ渡った。

 が、一般人からすれば誰お前? って感じだろう。

 一応天覧試合で優勝したこともあるがあれも三年前だし変装してたからな。

 そんなネームバリューの足りない俺だがシャルを騎士にしたという実績があれば人々の認識は変わる。

 誰だか知らんが凄い奴なのか? 流浪の騎士が頭を垂れて忠誠を誓うということは悪人ではないのでは? みたいな感じでな。

 宣伝材料としては中々のものになるだろう。


「気を遣う必要はないよ。私にとっても益のあることだからね。

こんなことになった以上、ラインハルトさんの命と名誉とこれからの生活を守るためには必要だろ? 権力」


 ああうん。皇帝暗殺犯の伯父だからな。

 屑どもをのさばらせたままでは名誉の回復も成されないし安全も訪れない。

 それなら俺に国を獲らせた方が良いわな。


「……それとね、私は今回のことにかなり腹を立てているんだよ。

ラインハルトさんへの非道な仕打ちもそうだけど――連中、私にもこの上ない屈辱を与えてくれたからねえ……!!」


 絶対に許さない。生まれて来たことを後悔させてやる!!

 普段の飄々とした姿からは信じられないほどの怒りを露にするシャルに俺は息を呑んだ。

 この女をここまでキレさせるとは一体何をしたんだ……と。


「だが、直接的な暴力はともかく謀略に関しては不得手でね」

「だから俺を、か」

「ああ。君ならば奴らに地獄を見せられるだろう?」

「おうとも。俺の女を傷つけたこと、親父や伯父さんへの仕打ち、そして俺を殺そうとしたこと。散々舐めた真似をかましてくれた報いは必ず受けさせる」

「頼もしいね。私に出来ることなら何でもする。だからどうか、頼むよ! いやマジで!!」


 ホントに何があったんだと困惑していると、アンヘル達の苦い顔が視界に見えた。

 事情を知っているのか? と目で問うとアンヘルが苦い顔のまま口を開く。


「…………ラインハルトさんの確保は、丁度私達が襲われてた時間だったんだよね」

「うん?」

「如何なシャルロットさんでも深夜に遠く離れた場所で襲撃が行われたのならどうしようもないと思わない?」

「それは、そう――……まさか」

「……一緒に居たから、襲撃者の手から守ることが出来たんだよ」


 あ、あ、あぁ……!


「い、良い雰囲気だったのに……! あれ? これ、今夜さよならヴァージンしちゃう? って期待してたのに……!!」


 気の毒過ぎて何も言えねえ……。

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