反撃①

1.俺、ロイヤルな姉妹丼を平らげちゃったのか


 懐かしい夢を見ていた。

 自分の憎悪を煽るため糞ったれの顔を思い浮かべることはあったが始まりから終わりまでってのはなかった。

 主観じゃあもう十八年も前のことになるってのにまるで色褪せてないのがまた……なあ?


(ああ糞……思い出すとマジで悔しいなオイ……)


 あっこからじゃん。あっこから再スタートの流れだったじゃん。

 何であそこでしくじっちゃうかなあ。

 家帰ってぐっすり眠ってさあ。起きたら幻術系のアイテム使ってまずは見た目誤魔化すじゃん? んでクリパよクリパ。

 男女問わず独り者オンリーのクリパ。んでそこで同じ独り者同士で意気投合しちゃったりして? フラグとか立っちゃったりして?

 幸せな気分で年末を過ごして年明けからはもう全力全開よ。恋に遊びに青春を満喫しまくるつもりだったのにさあ。


(…………いやでも、俺今は生きてるしなあ)


 あっちで紡いだ縁に未練がないと言えば嘘になる。

 だがこちらで紡いだ掛け替えのない絆だってあるのだ。

 死んで良かったとは言い難いがそれでも悪い結果になったわけでもねえ。


(うん。あっちじゃ出来ないことも沢山やれたしな)


 きゃわいい和ロリと懇ろになったり。

 姉妹丼を頂いちゃったり。しかもただの姉妹丼じゃねえぞ。三姉妹丼だ。おいおい、どこのエロゲだよこれ。

 現代日本で姉妹丼とかやっちゃったらただの鬼畜じゃん。

 ハーレムとかクッソ面倒やん。世間様の目とかめっちゃ厳しいぞ。

 そういう意味で言えばすげえな俺。転んでもただじゃ起きないって言うの?


「――――俺の人生捨てたもんじゃねえな!!」


 意識が一気に浮上する……も、妙に身体が重い。

 あ? 何だこれ包帯? それに濡れタオル……つか、どこよここ?


「そもそも俺は何をしてたんだっけか」


 うんうん唸っていると慣れ親しんだ気配が近付いて来るのが分かった。


「兄様! 目覚められたのですね?!」

「お、おう」

「命に別状はないとは聞いていましたが、一月近くも目覚めないので心臓にわる……」

「待て待て。命に別状はない? 一月? 何それ? どういうこと?」

「……覚えておられないのですか?」

「覚えて――いや待て。思い出して来たぞ」


 そう、俺はヴァッシュと飲んだ帰りに真実男とかいう変質者に襲われたんだ。

 そんで、そんで、そんで、


「神崎!! え、いやアイツ何でこっちに居んの?!」


 あの時、直ぐに思い出せなかったのは主観で十八年も前のことだから……だけじゃない。

 俺の知っている神崎はクール気取ろうとしてるわりに隙だらけでちょいちょいアホ晒すポンコツ娘である。

 だがあの夜の神崎はどうだ? 鬱病患者かっつーぐらい陰気臭い空気を纏っていた。

 頭が冷えた今だからアイツが殺しに来た理由にも察しはつく。大方背後に居る連中に人質でも取られて渋々従ってるんだろう。

 が、神崎がこの世界に居る理由がまるで分からない。


「かんざき……? あの、兄様?」


 異世界召喚とかありな感じなの?

 でもそういう話はとんと聞いたことないんだけどなあ。いや、異世界に転生してる俺が言えたことじゃないけどさ。

 確かに地球のそれに似た文化とか技術? そういうんはあるよ。

 だがそこに地球人の匂いを感じたことはないんだが……うーむ。

 うんうん唸っていると新たな気配が部屋に近付いて来た。

 俺がぺろりと平らげちゃった三姉妹である。


「カールくん! 良かった……」

「カールさん! はぁ……目が覚められたようで安心しました」

「お兄ちゃん! もう、心配かけさせないでよ」


 俺の心配をしてくれるのは嬉しい。

 嬉しいんだが、それよりも何よりも前に聞かなきゃいけないことがある。


「アンヘル、アーデルハイド――――誰にやられた?」

「「ッ!」」


 見た目は何時もと変わらないが俺の目は誤魔化せない。

 アンヘルとアーデルハイドも中身がボロボロだ。

 この二人がこうもズタボロにされるなんて並みの手合いじゃない。

 が、俺には関係ねえ。俺の女に手を出すとか裁判すッ飛ばして即死刑だ。必ず殺す。

 殺気立つ俺に二人は苦笑を浮かべる。


「……カールくんにはバレちゃうか」

「それも含めてお話したいことがあります。よろしいでしょうか?」

「ん、分かった」


 ふと見れば庵が何とも言えない顔をしていた。


「庵にはもう話したのか? お前……ってかアンヘルの性格的にまずは俺にって感じだと思ってたが」

「うん。本来ならそうしたかったけど事が事だけに、ね。庵ちゃんにも他の皆にも説明しないわけにはいかなかったから」

「ふむ……話を脱線させて悪かったな」


 どうぞと目で促すとアンヘルはコクリと頷いた。


「カールくんはさ。私達のこと普通の家の生まれじゃないって何となくではあるけど察してるよね」

「……ああ。貴族――それも並の家じゃねえ。貴族の中でもデカイ家の生まれだろうとは思ってるよ」

「まあ、大きな家の生まれって言うのは間違いじゃないんだ。うん。ただカールくんの予想以上っていうか」

「?」

「実は私達、皇女なんだよ」

「ほう、皇――はぁ!?」


 皇女って……あの、皇女ォ?!

 え、それはこの国を統べる皇帝の娘ということですか?

 マジでか。俺、ロイヤルな姉妹丼を平らげちゃったのか。地球でこんなことしてたらSNSで死ぬほどぶっ叩かれて外出歩けなくなってたな。


「娘ということです。ちなみに私は元皇位継承権第二位だったりします」

「私は元継承権第一位だね」

「次期皇帝の最有力候補じゃねえか!!」


 一位、二位ってお前……えぇ?!

 い、いやだが……よくよく考えれば不思議じゃない……のか……?

 魔道士としての力量が一番の物差しになるのが帝国の貴種だ。

 その中で最も貴き血を身に宿しているわけだしアンヘル達が魔道士として規格外の力を持っているのは当然なのかも。


「クリスは皇位とは無縁の腫れ物皇女です」

「あ、うん……クリスはね……」


 貴き血を宿しながら魔法が一切使えないもんね。

 一般家庭ならともかく皇族でそれとか肩身が狭いとかそういうレベルじゃねえわ。

 クリスの母ちゃんがアンヘルとアーデルハイドを呪うはずだよ。

 一番最初に産んだ娘は父親の暗殺を目論んで二人目は皇族なのに魔法が使えませんだもんなあ。

 っていうか皇帝殺そうとしてたのかよクリスの姉ちゃん……やべえよやべえよ。


「こほん。カールくんも知っての通り私とアーデルハイドはそれぞれの事情で皇位継承レースから外れてたんだけど」


 アンヘルは精神をやられて。アーデルハイドは妹を、アンヘルを救えなかった自責の念だな。


「……兄上や姉上はそうとは見てくれてなかったんだよね」

「ううん? 魔法だけじゃなくその他の面でも出来る奴とは言え、お前らはガキの頃に継承権を失ったんだろ?」


 今更そんな御輿を担ぎ上げようとする奴居るか?

 当人らに野心があるならまあ、なくはないがアンヘルもアーデルハイドも皇帝の椅子になんぞ興味はないだろ。


「ええ、私もアンヘルも皇帝になぞ微塵も興味はありません」

「でも、私達って皇帝――父上から露骨に可愛がられてたから」

「ああ、問題もなくなったし皇帝の一声があれば何時でも継承権を取り戻せるわけか」


 特に今は市井の連中でも知ってるぐらい皇位を巡ってグダグダ揉めてるわけだしな。

 何時までもそんな争いを続けさせるぐらいなら二人のどちらかをって考えるのは自然だ。

 皇位を狙う連中からすりゃあ、そりゃ放置は出来んわな。


「……ひょっとして」

「うん。私達がこんなになったのは第一皇子と第二皇子が派遣した刺客にやられたからなんだ」

「クリスの屋敷の周囲に怪しい影がちらついていたのも私達を誘き寄せるためだったようです」


 俺が襲撃を受けたのもそれか。

 万が一にでも邪魔が入らんようにと刺客を送り込んだのだろう。

 まあ理由についてはどうでも良い。重要なのはアホ皇子二人が俺と俺の女の命を狙ったという事実だけだ。


「標的は第一皇子と第二皇子、か」


 実行犯も殺してやりたいが二人が生きている以上、そっちは自分達で殺ったのだろう。

 ここまで二人を追い詰めたのは賞賛に値するがコイツらが組んだ以上、死は免れまい。

 なら実行犯のことは忘れて黒幕にのみ集中しよう。


「暗殺は久しぶりだが、まあやれなくもないだろう」


 あの頃と比べりゃ俺も性能上がってるしな。

 脳内で暗殺プランを組み立てているとまだ話は終わってないからとアンヘルが袖を引く。


「あの、カールさん。勘違いしておられるようですが私もアンヘルも一方的にやられてしまって……」

「はぁ? お前らが!?」


 嘘やん。


「ホントだよ。下手人は悪役令嬢エリザベート」

「ワールドクラスのテロリストを刺客に使ったのかよ……」

「ついでに言うとエリザベートはクリスの同腹の姉で私達にとっても姉にあたる女です」


 …………どういうリアクションすれば良いのかもう分からねえ。

 しかし、一方的にやられた? 怪訝な顔をする俺にアンヘルは言う。


「魔法を阻害する武器を使われて」

「……アーティファクトか?」

「どうなんだろ? 勿論、そういうものが存在しないわけじゃないけど」

「それならそれで私もアンヘルも対抗手段は備えていますし、何より私達の魔法を完全に封殺出来るほどではありません」

「多分、まったく未知の何かだと思う。今も影響が残ってて回復魔法も使えずこの有様だよ」


 上手く魔法が使えないらしく今のアンヘル達では並みの一流魔道士ぐらいの力しか出せないそうな。

 並みの一流って中々におかしな言葉だと思う。


「一応、ゾルタン先生が調べてくださっていますが……それもどうなるか」


 俺とは比べものにならないほど知恵も知識もあるだろう二人がそう言うのだから俺がこれ以上この問題を考えても無駄だな。

 暗殺目標がもう一人増えたとだけ認識しておけば良かろう。

 しかし、


「……よく無事だったな。不穏な動きを察知したゾルタンかシャルあたりに助けてもらったのか?」


 ゾルタンも魔道士ではあるが、アイツはかなり器用な男だ。

 実際に戦ってるとこを見たことはないがかなりの巧者だと思う。

 魔法を阻害される手段が敵方にあっても上手いこと切り抜けるだろう。

 そしてシャルなら普通に真正面から斬りかかって二人を救出出来る。


「ううん。私達が無事だったのはクリスのお陰」

「クリスの?」


 聞けば姉二人を殺されかけたことでブチキレたクリスが悪役令嬢に不意討ちをかまし二人をかっ攫ったのだと言う。

 そして逃走している最中にゾルタンに回収され危機を脱したのだとか。


「お姉様達がやられたのを認識した途端、目の前が真っ赤になってそれでもうわけわかんなくて気付けば……」


 完全なダークホースだったから不意討ちが成功したのか。もしくは……いや、今はそこは置いておこう。

 何時ものクリスならドヤ顔で自慢をしているシチュなのにその表情は暗い。

 アンヘルとアーデルハイドへの罪悪感を覚えているのだ。

 二人もそれを理解しているのだろう。目線でお願い、と俺に伝えて来た。言われるまでもない。

 俺はマリオネットプレイを使ってクリスをベッドまで引き寄せ、思いっきり抱き締めてやる。


「お、お兄ちゃん……?」

「偉いぞクリス。アンヘルとアーデルハイドの命を救ったのはお前だ。よくやったな」

「そんな……だってクリスのせいで……」

「それは違う。悪いのはクッソくだらねえ理由で喧嘩売って来た屑どもだ。俺達に悪い点は一切ない」

「で、でも……クリスがもう少し真面目に鍛錬してたら……」

「アンヘルとアーデルハイドがやられる前に何とか出来たって? そりゃ自惚れだぜクリスよ」


 風聞だから正確な実力は俺にも分からない。

 だが世界各地でテロ行為を行いながら平気の平左で今も生きている時点でやばいことは確かだ。

 俺も何の用意もなしに正面からぶつかれば普通に殺されるだろう。

 そしてぶつかる準備をしていても……さて、どうなることやら。多分、悪役令嬢は俺と似たタイプの人間だろうしな。

 俺の交友関係の中で真っ向から捻じ伏せられる可能性があるのはジジイとシャルぐらいじゃねえかな。


「そんな奴に不意討ちかましてアンヘルとアーデルハイドを救出しただけで大金星だよ」


 だから気にするなと頭を撫でてやるとクリスは小さく頷き、ベッドを降りた。


「しかし、お前らに手ぇ出したってことは皇帝はもう……?」


 皇帝が贔屓にしてる二人に手を出すんだ。その怒りを買うのは当然だろう。

 屑皇族どももそれぐらいは分かっているはずだ。

 となると皇帝を暗殺してその罪を二人におっ被せるつもりと考えるのが自然だ。


「いや、まあ……その、皇帝は確かに暗殺されたし私達も国家反逆罪で指名手配されてるんだけど……」

「?」

「その、主犯とされている方は別に居るんです」


 皇女二人を差し置いて一体誰がよ?

 あ、もしかしてあれか。屑兄弟もシャルがアンヘルの護衛をしてるぐらいは知ってるだろうしアイツを主犯にしたのかな?

 俺はアンヘルとアーデルハイドの実力を知ってるが世間はそうじゃない。

 よく知らない皇女二人が暗殺したと言われてもホントにぃ? ってなる。

 その点シャルは実力は十分。皇女二人の手引きがあれば確実に皇帝の首を獲れ――――


「ううん。シャルロットさんも重要参考人として指名手配はされたけど違うよ」


 えぇ? あ、いや不思議でもないのか。

 すっかり忘れてたがアイツは世界各地で人助けをしてた流浪の騎士様なのだ。

 他国のお偉いさんにも恩を売ってるような奴を一方的に暗殺犯扱いは出来んよな。

 だから重要参考人、か。アンヘルの護衛に就いてたのは事実だしな。これなら他国も口を挟み難いだろう。


「そうなると一体誰が……」


 全員がさっと目を逸らした。え、何よ? 何なの?


「………………カールくん」

「え?」

「その、皇帝暗殺の主犯として指名手配されちゃったのはカールくんなの」

「……」


 まだ夢の中に居るのかな?

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