罪過の弾丸⑪
1.月蝕グランギニョル
完全無欠のヘレルが苦しみに喘ぐ様なんて想像もしていなかったのだろう。
数分の間、場は完全に硬直していた。
「! 美堂螢、貴様ァ……がハッ!?」
俺の後ろに居た下っ端の一人が我に返り襲い掛かった。
ヘレルの結界もなく攻撃はそのまま俺の背中に飲み込まれるはずだったが、そうはならなかった。
「冷静だねえ。が、正解だ」
最高幹部の一人がこちらに向け手を翳していた。
流石、儀式の遂行に選ばれる人間だけはある。力も頭もありますってか。
「殺してたら取り返しがつかなかっただろうぜ。その状態を何とか出来るのは俺だけだからなあ。
まあ、俺からすればここで殺されてどうしようもなくなるって展開もありっちゃありだが」
無論、虚偽だ。コイツらのために死ぬなんてあり得ない。
ただ、コイツらを嬲るためには虚言を弄する必要があったのだ。
「…………一体、何をしたのかね?」
俺を刺激しないよう慎重に言葉を選んでいるのが分かる。
まあ、そりゃそうだろう。ヘレルはおよそ弱点が見当たらない人間だ。
俺が何かしらの状態異常を付与したのだとしてもヘレルなら息をするように解除してのける。
それを誰よりも知っているからこそ、このあり得ない状況で迂闊なことは出来ねえわなあ。
「その前に、だ。お前らの部下を何とかしてくれえかなあ? いきなり襲い掛かって来るような連中が居たんじゃ怖くて舌も回らねえよぉ」
「…………良いだろう。今直ぐ退かせ――――」
「駄目だ、殺せ。東京タワーとその周辺に集っている連中を全員殺せ。ヘレルとお前ら最高幹部の手でな」
「それ、は」
「嫌なら良いよ。俺、帰るから」
踵を返す。
「待て! ……良いだろう、要求を呑む」
「なら俺によーく見えるように殺ってくれよ」
ヘレルは息も絶え絶えに空に手を翳した。
するとタワー上空に残存している部下が全員、転移で呼び寄せられた。
あの状態でも片手間にこんな真似をしてのけるのだからやってられない。正真正銘の化け物だ。
「へ、ヘレル様……?」
「…………た、たいぎの、ために……死んで、くれ……」
喋るのもやっとであろうヘレルの口から放たれた言葉に困惑していた部下達は即座に覚悟を決めた。
喜んで、全員が口を揃えて言った。
そしてヘレルと十二人の幹部の手で一人残らず葬られた。
「これ、分かるか? 俺らは怨器って呼んでるんだが」
「……知っている。集合無意識に近しい場所で人の悪性に触れたがゆえに発現する異能。悪心の具現だ」
「悪心の具現、ねえ。誰のせいでこんなものが削り出されたのやら。まあ良いさ」
俺は罪過の弾丸をクルクルと回しながら語る。
「俺の怨器――罪過の弾丸っつーんだがな? ぶっちゃけるとそう大した能力はない。
コイツは罪を弾丸に変えて放つことが出来るんだが現状、無限に撃てるぐらいで威力も大したことはない。
ヘレル、コイツの弾丸を喰らったお前なら分かるだろ? 大口径の拳銃ぐらいの殺傷力しか持ち合わせちゃいない。
裏の世界で武器と呼ぶにはあまりにも心許ない。で、他にも“二つ”ほど能力はあるんだがこっちも微妙でな」
もしも神崎が居れば二つ? と首を傾げてバレていたかもな。
そう考えるとおかしくて、つい笑ってしまった。
「力を行使してもそう大した成果は得られないんだよ――――“ヘレル以外”の人間にはな」
「どういう、ことだ……?」
これまで黙り込んでいたヘレルが口を開く。
いやはや、酷い顔っすねえ。イケメンが台無し~。
「弾丸に七つの大罪になぞらえた効果を付与することが出来るんだわ。色欲ならそれそのまま、発情させられる」
何それ夢のエッチピストル? と思うかもしれないがよく考えて欲しい。
発情させるためには撃たねばならないのだ。都合良く弾丸から殺傷力が消えるとかそういう気の利いた機能はないんだ。
つまり、夢のエッチピストルは儚い幻というわけだな。
「具体的な原理を説明するなら元からあるその手の欲求に加算する感じだ。肝になるのは元の欲求を増幅させるわけではないってとこだな」
色欲50が元の数値として、そこに50を上乗せする感じだ。
ここまで説明したところで全員の顔面が蒼白になった。察しが良くて何よりだよ。
「仮にこの効果を付与した弾丸で撃たれてもちょっと根性のある奴なら精神力でデバフを捻じ伏せられるだろう」
そう、
「それこそ“完全に真っ白”な人間でもない限りは誰だって耐えられる可能性がある」
正しいだけではない。間違いばかりではない。
どちらも併せ持つ灰色の人間にはさしたる脅威にはなりえないのだ。
そう、言うなればこれは軽い風邪のようなもの。
だが、生まれてからずっと無菌室で生きて来たような人間にとっては軽い風邪ですら恐ろしい死病になり得るのだ。
「改めて聞こうか。ヘレル、七罪を全て詰め込んだ
「ッッ」
七つの大罪とは言うが別にこれは罪そのものを指し示しているわけではない。
あくまで人間を罪に誘う可能性を持つ欲望や感情というだけだ。
だからそこらに居る通行人にぶち込んだところでどうということもないまま終わる。
何せ元々あるもの、知っているものだからな。
――――だがヘレルは違う。
完全なる滅私。そこに僅かな欲望も介在しないからこそ無慈悲なまでの正しさを体現出来たのだ。
だが七罪を叩き込まれたことでその無謬に亀裂が刻まれてしまった。
「
ヘレルと他の人間では元々、視座が違うのだ。
奴は欲望や過ちを否定しない。それは俺に敬意を払うと言ったことからもよく分かるだろう。
だがそれはあくまで測る側の視点で俺を見ていたからだ。
不完全な
傲慢だ。しかし、間違っていない。俺に穢されるまでのヘレルは天秤の担い手として確かな資格を備えていた。
だが今は違う。天秤とそれを扱う者が狂ってしまったのだから公明正大な判断なぞ下せようはずがない。
それは他ならぬ奴自身がよーく分かっているはずだ。
「いやぁ、良い気味だ! 俺はずっとずっとその顔が見たかったんだ!!」
ゲタゲタと笑う俺を憎憎しげに見つめるカスどもの視線が何と心地良いことか。
「ところで俺の無駄話に付き合ってて良いのか? 零時も近いしとっとと儀式を始めたらどうだ? 人類の救済を果たすんだろ~?」
「~~~~~!!」
「って、出来るわけないか。今のお前には無理だよな? “不純物”が多過ぎるもんなァ!!」
滅私。完璧なご都合主義を成す上でそれは大前提だ。
己が欲を介在させてしまった時点でヘレルの考える救済は訪れない。
「あ、じゃあその不純物を取り除くために集合無意識にアクセスする技術を使ったらどうかな?
人類の悪性をすぽーんと完全抽出して――あ、駄目か。
自分の苦しみから逃れるためにそんなことをした時点でもう取り返しがつかないよな。いやめんごめんご★」
俺は唇に人差し指を当て小首を傾げる。
「じゃあどうしよっか。記憶を消す? 意味ないか」
ヘレルの常軌を逸した潔癖さだと記憶を消しても違和感を覚えて元の木阿弥になるだろう。
「時を巻き戻す? ヘレルなら出来るかもだけどぉ、これも意味ないね」
物理的な現象じゃないからな。
俺らの認識は変わっても当人の認識は変わらない。
「受け入れちまえば楽になれるのになぁ。馬鹿だねえ」
普通の人間が極々自然に出来ていることがヘレルには出来ない。
ヘレルがヘレルであろうとする限り地獄は決して終わらない。
「良い子はそろそろ寝る時間だし、俺はそろそろ帰ろうかな」
「ま、待て!!」
「あ゛? 待て?」
露骨に不機嫌そうな顔を作る。
すると怯えた子供のようにビクリと身体を震わせ、最高幹部のまとめ役らしき男は言葉を訂正した。
「ま、待って……ください……」
「ふぅん……ま、最後の能力について説明してなかったしもう少しだけ付き合ってやるよ」
ここからが本番だしな。
「おかしいと思わなかったか?」
「……?」
「子供を人間爆弾に仕立て上げたり恋人を殺してその身体に毒を仕込んだりと」
裏の世界に足を踏み入れて一年未満のガキに出来る所業か? とせせら笑う。
「最初の一件だけならともかく、だ。俺はもう百人以上、外道な手段でお前らの部下を殺してるんだぜ?
生まれついての狂人ならまだしも健やかに育てられた子供がそんなことをして精神を病まずに居られるか?
その疑問の答えが第三の力だ。効果は至ってシンプル。撃った人間の罪を消し去る能力だ。やろうと思えばそうなる前のヘレルと同じ人間を幾人も量産出来るだろうぜ」
全員の表情が一変する。
敵の言葉を馬鹿正直に、という気持ちもないわけではないはずだ。
それでも現状、そこに縋る以外の方法はない。心を読む力でもあれば……いや、あってもこの場面では使用を躊躇うだろうな。
奴らの立場になって考えればここで下手な動きは打てない。
ヘレルを誰よりも信望しているからこそ奴をここまで周到に追い詰めてのけた俺を侮れるわけがないのだ。
「ま、俺からすれば直接的な戦闘能力の向上に繋がるわけじゃないから微妙な能力でしかないんだけどな。
あ、いや、メンタルの回復には役立ったから完全に無意味ってわけでもないが」
そしてお前らにとってもと唇を歪める。
「…………我々は私心を捨て、人とその未来のために尽くして来た。そこに悪意は一切ないと断言しよう」
「ほーん?」
「望むのならば、事が成った後で我らを如何様に扱おうとも喜んで受け入れる」
「だからヘレルの罪を消し飛ばせってか?」
俺の機嫌を損ねないように必死に言葉を選んでるんだがトコトン、ズレてるな。
“喜んで”受け入れるなんて言葉が一体何の救いになる?
俺は敢えて口には出さず、視線で続きを促す。
「ヘレル様による救済は、この機を逃せば……二度とは訪れぬ奇跡なのだ。未来永劫の安寧。
我らがそれに浸るのは許せないだろう……だが、だがそれ以外の者は?
今を生きる者。これから生まれて来る者に一体何の咎があろうか。事が成れば二度と、君のように悲しい思いをする者も生まれない」
君のように悲しい思いをする者も生まれない。
その悲しみを生み出した側が言って良い言葉じゃねえ。
どこまでも人を見下してやがる。グツグツ煮え滾る憤怒を抑えつけるのが本当に辛いわ。
「…………今の俺にも大切な人達は居る。そいつらが死ぬまで安らかに過ごせるのなら……そりゃあ、嬉しいさ」
「なら!」
「が、そうやって情に訴えかけるのはどうなんだ? 頭が高い……高くない?」
何を対等な目線で語り合っちゃってくれてんだ?
「俺とお前らは対等な立場か? 違うだろう。いやお前らがそう思ってるなら良いよ別に。
まあ俺からすれば見下されてるようにしか思えんがね。だってそうだろ?
まずやるべきことがあるだろうにそれをせず偉そうに説教垂れて自分の目的を叶えようとしてるんだから。
いや良いよ? 別に良いよ? 俺も大概、自分勝手なことをしてるわけだしね。じゃ、身勝手同士好きにやろう」
ばいばい、と背を向ける。
「ま、待ってくれ! 違う、違うんだ! そんなつもりじゃ……す、すまなかった!!」
振り返り、極寒の眼差しを向けてやるとヘレル達は揃って土下座した。
「決して君を……」
「ふぅん。部下に謝罪させて自分は知らん顔。不祥事起こした偉い奴の典型だな」
「いや、ちが……!!」
言い訳を遮るようにヘレルが叫ぶ。
「――――悪かった!!」
「……何が?」
「はぁ……はぁ……き、君の大切な人を奪ったこと……そ、それを省みず無神経な発言をしてしまったこと……」
吐しゃ物を撒き散らしながら奴は必死に言葉を紡ぐ。
「ほん……とう、にすまなかった……ごめんなさい……ゆ、ゆるしてください……」
ああ、ようやくだ。ようやくここまで辿り着けた。
俺の胸を歓喜が満たしていく。
「――――“謝った”な?」
「え」
謝れと言ったのはそちらなのに? みたいな顔してるけどな。
俺は一言も謝れだなんて要求はしちゃいない。
「謝罪ってのは己が罪と向き合い償いの道に進むための第一歩だ。つまり、お前は自分が間違っていたと認めたわけだ。
お前の謝罪の内容を聞くにお前が認めた罪は、間違いは、罪過の弾丸とは一切関係ないよな?」
ただでさえ悪かった顔色が更に悪化していく。
だが、ここで手を緩めるつもりはない。
「あ、本心じゃなかったとでも言うのか? だがそれはそれでどうなんだろう。
謝罪という行いは過ちを犯した人間が正道に戻るために許された“正しい”行為だ。
それを歪めるのは正しいのか? いいや、違うね。する側にとってもされる側にとっても明確な“間違い”だ」
まだだ、まだ終わらない。
「至上の救済を成すための正しい行いだから許される? まあ、そういう理屈もないではない。
けど、それを言う資格があるのはそうなる前の“絶対の正しさ”があったお前だけだろう?
罪の味にのたうちそれから逃れようともがく今のお前に正しさを主張する権利はねえよ」
ケタケタと腹を抱えながら言ってやる。
「現にお前は正しかった自分の言葉を否定してるわけだしな」
「な、なにをいって……」
「おいおい、忘れたのか?」
俺は一言一句違わず覚えているぞ。
「“君達の愛する者が私の歩みによって犠牲になったことへの謝罪はしない。それは私達だけではない君達の想いにさえ唾を吐くようなものだから”」
正しかった頃のヘレルは確かにそう告げた。
だが罪の味を知ったヘレルは謝った。
俺の大切な人を奪ったことについて確かに謝罪した。
心からのものかどうかは関係ない。真実は一つ、ヘレルは確かに謝罪の言葉を吐き出したのだ。
「正しかったお前の言に照らし合わせるならお前は俺にもかつての自分にも唾を吐いたんだぜ?」
「あ、あ、あぁ……」
「浄罪の弾丸で罪を消すとしても、それはあくまで俺が植え付けたものだけだ。今のお前が犯した間違いを消す義理はねえよなぁ?」
「ち、ちが! わた、わたし……わたしは……!!」
「そんなつもりじゃなかったって? “過ちを犯した”奴の常套句じゃねえか! すっかり俗人らしくなっちゃってまあ!!」
あー……良い気分だ。狩人の愉悦とでも言うべきか。
逃げ道を一つ一つ徹底的に潰していく行為に俺はこの上ない喜びを覚えていた。
「俺には絶対の正しさなんてものは分からないが、それでも“絶対の間違い”だけはハッキリと分かる。それはねヘレル」
瞳に言葉にあらん限りの慈しみを込めて、
「――――お前がこの世に生まれて来たことだ」
告げる。
「あ……っぐぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!
違う違う違う違う! 私は、私はぁ……はぁ……うぐぅ……! 頼む、お願いだ!! 消してくれ!
つ、罪を! 過ちを! 間違いを! 私を穢す汚濁を一つ残らず消して――――」
いやはや、流石の俺も罪悪感が沸くわ。
だから……そう、少しでも楽になるために俺の罪を告白させてもらおう。
「そうそう、一つ言い忘れてたことがあった。罪を消すって能力な」
あれ、
「真っ赤な嘘なんだ」
飛びっきりの笑顔で告げられた真実。
怨敵の全てが絶望で塗り潰される瞬間を俺は確かに見届けた。
発狂したヘレルは声にならない悲鳴を上げ、自らその命を絶った。
「俺にお前を殺す力はない。だからお前の絶望に殺してもらう」
あばよ糞野郎。散々、嫌な思いをさせられたがその無様な最期だけは面白かったぜ。
「う、嘘だ……こんな……嘘だ!!」
「ヘレル様、ヘレル様ァ!!」
狂信者は恐ろしい。死の恐怖すら笑って乗り越えていくんだからな。
だが、信仰の元を断ってしまえば硝子のように脆くなる。
現実を直視した最高幹部達は一人、また一人と殉教者のようにその命を絶っていく。
アホらしい光景だ。
「さて。明日はクリパだし帰って糞して寝るか」
嘆息し踵を返して歩き出そうとした正にその時だ。
「あ゛……?」
激痛が走り、ごぼっと口から血が零れ出た。
ゆっくり視線を下に向けると俺の胸から手が生えているではないか。
「ハァ……ハァ……! よくも、よくもヘレル様を!!」
顔だけを向けると憎悪に濡れた瞳が俺を睨み付けているのが見えた。
思わず、笑ってしまった。ここまで来てこれかと。完全に見誤ったわ。
だがこのまま大人しくやられるのは面白くねえ。
「ありがとう」
「なに、を……」
「ずっと疑問だったんだ。どうしてこんな綱渡りが成功したのかってな」
笑みを絶やさず続ける。
「絶対の正しさと力を持つヘレルと選ばれし十二人の使徒。
少し前までただの高校生だった小僧がそいつらを出し抜けた理由がようやく分かった――――裏切り者が居たんだな」
思わず、と言った風にそいつは腕を引き抜き後ずさった。
「う、裏切り者だと!? 崇高な使命の下に集った我らの中にそんな者が……」
「居るよ、お前だ。証拠もあるぜ?」
途切れそうになる意識を懸命に繋ぎ止める。
まだだ、このままじゃ終われない。
「この状況で俺を殺すことに何の意味がある? 俺を殺してヘレルが生き返るのか? 俺を殺して露と消えた救済が訪れるのか?
否、否、否。何の意味もない。ヘレル達は大義のための犠牲を良しとはしたが無益な殺生はしない。
その証拠にほら、生きてるのはお前だけだ。他の連中はみーんなヘレルに殉じて逝ってしまった。
だがお前だけは違った。お前は俺と同じだ。大義なんてどうでも良い! 自分の憎悪を優先した!!」
「ち、違う!!」
いやいやと首を振る様はまるで子供だ。
「いいや違わないね! 鏡で自分の顔を見てみろよ! 俺と同じ顔をしてるぜ!!
あひゃひゃひゃ! 改めて礼を言うよ。ありがとうジューダス! 汚濁に塗れた背教者!!
お前という“間違い”が混ざっていたお陰で俺は復讐を果たせた! お前のお陰でヘレルを殺せたァ!!」
「――――!!!!」
ユダは狂乱しながら自らの目を潰し、命を絶った。
これでもう、生きているのは俺だけだ。まあ、その俺も直に死ぬんだがな。
「ごほっ……」
よろよろと壁際まで歩きずるりと背を預け倒れ込む。
もう、立っているのも限界だった。
「あぁ……糞、最後の最後に……しくったぜ……」
ドジッ子かよ俺は。そういうのは女の子の特権だろう。
男のドジッ子なんぞ……ああ、糞、意識が薄れて来た。死ぬ前に、一つだけ。
俺は震える手で懐からスマホを取り出し九兵衛にメールを送った。
俺が受け取ったファリアの遺産の残りをシャトー・ディフの皆に相続させるように、と。
「……父さん、母さん……婆ちゃん……爺ちゃん……ごめん」
最後の最後でしくじっちゃった。約束、守れそうにない。
でもさ、今、結構スッキリしてるんだぜ? 皆が居るとこには逝けそうもないけど……まあ、後悔はないからさ。
しょうがない奴だって許してくれるとありがたい。ファリアもすまんな。墓参り、行けそうにねえや。
「ああ駄目だ、こんな状況だってのに次から次にやりたいことが浮かんで来やがる」
空を見上げれば雪がぱらつきはじめていた。
このまま降り続ければ明日はホワイトクリスマス、か。
「…………クリスマスパーティ、行きたかったなぁ」
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