罪過の弾丸⑩

1.地獄の季節


 リミットは十二月二十四日。

 その日の内にケリをつけねば日付が変わりクリスマスになると同時にヘレルの目的は達成されてしまう。

 残された時間は二ヶ月と少し。焦る気持ちはあるが舞台を整えるためには布石を打ち込まねばならない。

 俺がまず取り掛かったのは取り巻きの排除だ。奴らはあまり頓着しないタイプだからか特に名前はないようだから暫定的に“組織”と呼ぼう。

 トップは当然、ヘレル。そして儀式に必要な十二人の最高幹部プラスその他人員で組織は構成されている。

 ばら撒かれた情報を信じるならその規模はシャトー・ディフのそれを優に超えている。


 何でそんな図体のデカイ連中の情報が今までロクに手に入らなかったのかと言うと完全に統制が取れていたからだ。

 最高幹部から末端に至るまで連中はヘレルの狂信者なのだ。

 恨み骨髄の相手にすら復讐を躊躇わせるほどの正しさを備えた完璧な人間。そりゃあ惹かれるわ。

 俺も怨みがない状態であれに誘いをかけられていれば多分、普通に惚れてただろう。


 話を戻そう。たった一人で全ての取り巻きを排除するのは不可能だ。そこは俺も理解している。

 だが、出来うる限り削ることに意味がある。でも、ただ削るだけでは意味がない。

 なるたけ邪悪な手段を用いてやることで後々、活きるのだ。

 俺は構成員の中から使えそうな連中をピックアップし、行動を開始した。


 ――――ある時は子供を拉致し、母を誘き寄せた。


『ヘレル様の御慈悲を踏み躙る愚か者め……!!』


 指定の場所にやって来た女は開口一番、そう告げた。

 子供が人質に取られた状況でよくもまあと思ったがそこには触れず、要求を突きつけた。

 子供を解放して欲しければ自分の手足を潰せ、と。

 奴は要求を呑んだ。この程度の傷は癒せるし、四肢が潰れた状態でも俺を殺せるだけの力があったからだ。


『ママ!!』

『ああ坊や! ごめんなさいね、怖い思いをさせてしまって。もう大丈夫よ』


 泣きながら抱き付いて来た子供に優しく語り掛ける女。

 まだ、傷は治さない。子供は裏を知らないからその配慮だろう。予想通りの展開だ。


『悪い人はママがやっつけるから。坊やは外に出ていてくれる?』


 人を殺すところを見せたくないのだ。

 子供はまだ四、五歳でワガママ盛りだろうに素直に頷いた。感動的な親子愛だ。反吐が出る。

 最後に一度母親を強く抱き締めたその瞬間に、俺はあの子の体内に仕込んだ爆弾を起爆させた。

 起爆と同時に護符を発動させていなければ俺も跡形もなく吹っ飛んでいただろう。

 それでも女は生きていた。ボロボロではあるが、確かに息をしていた。


『…………ぇ』


 目の前で愛する我が子がミンチよりも酷い状態になったことを理解出来ず唖然とする女に向け、俺は言ってやった。


『さあ笑って、ハンナ。君は正しい道を歩いているんだろう? なら笑顔で彼を送ってあげなきゃ。

どれほどの犠牲を積み重ねても大義を成すんだろう? ならば彼の犠牲も大義を成すための立派な礎だ。

ほら笑って、ハンナ。お前は偉い子だって。よく死んだ、よく殺された、これでまた一歩至上の救済に近付いたぞって褒めてあげるんだ』


 他人の犠牲は許容出来ても自分の大切な者の犠牲は許容出来ない。

 まさか、まさかヘレルの部下である君がそんなことを考えるわけがないよね?

 笑顔でそう言いながら俺は続けてやった。


『復讐に目を曇らせ大義を解せぬ俺を愚か者と罵った君だ。賢者たる君は当然、俺とは違うんだろう?』

『あ、あ、あ……貴様ぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』


 冷静さを欠いた奴ほどやり易い相手は居ない。

 激情をプラスに変えられるタイプではない女はあっさりと俺に殺された。

 その死体を回収し“散々に扱って”やり、その様子を収めた映像と死体を同梱し奴らの拠点に贈り付けた。

 当然、子供が爆死するその瞬間の映像も一緒だ。


 ――――ある時は恋人を拉致し、その骸を見せ付けてやった。


 静かな森の中、磔にされた恋人を見て男は涙を流していた。

 壊れ物を扱うように死体を降ろした彼は溢れる涙を拭うこともなく彼女に口付けた。

 この報いは必ず受けさせてやる、と。どの口で言っているんだろう?

 俺は近くに設置したトランシーバーで男に語り掛けた。


『俺に散々偉そうなことを言っておきながらどうして君らは憎しみを募らせるんだい?』

『黙れ外道! 貴様だけは、貴様だけは俺がかなら……!? ごほっ、がはっ……こ、これは……』


 大義に酔った連中だ。恋人の骸にキスするなんてのは簡単に予想出来た。

 キスが挨拶みたいな文化圏の出身って背景もあったし十中八九成功すると思っていたよ。


『ところで知っているかい? 君の恋人さん、妊娠してたみたいだよ』

『――――~~~~!!!?!!!』


 狙撃で頭をぶち抜き殺してやった。

 このやり取りもしっかり収め、映像と共に奴らの拠点に贈り付けてやった。


「いやぁ、悉く上手くいきましたねぇブッチャー様」

「人をすぐ助けるのは地球人の悪い癖じゃ! ホホホホホ、ホホホホホホ……って誰がブッチャー様だ」


 ファリアの遺言に従い秘書のような立場になった九兵衛にツッコミを入れる。

 物資や場所の手配などをさせているのだがコイツ、マジで優秀だ。

 俺一人でもやれなくはないだろうがその分、リソースを削られるので手間が省ける。


「ンフフフ、しかしよろしいので美堂様。このようなことをしていたら早晩、潰されますよ?」

「ハッ、そりゃねえよ」

「お決まりの根性論ですか? 俺が死ぬわけないだろうって」

「安心しろ。ちゃんとした根拠もあるよ」


 というかコイツも分かっているだろうに。

 九兵衛が何者かは知らないが、ファリアや俺にくっついている理由は明白だ。

 面白そうだから。観劇気分で気紛れに手を貸している。

 まあその手を貸すって言うのもあくまで俺がやれる範囲を超えることはないのだが。

 恐らくコイツがその気になれば回りくどい真似なんぞしなくても俺が殺った連中程度は息をするように殺せる。

 それをしないのは俺の行動を楽しむため。手を貸しているのはつまらない手間を省き面白いところだけを見るためだ。

 だから九兵衛はやろうと思えば俺でも十分にやれる雑事しか片付けない。結局のところコイツはどこまでも傍観者なのだ。


「お聞かせ願えますか?」

「ヘレルだよ。奴が止める」

「おや、味方がやられているのに?」

「アイツに敵味方の区別はねえよ」


 誰にも等しく手を差し伸べる。それは何もかもを尊ぶのと同義。

 そして何もかもを尊ぶということは何もかもを等価値にしてしまうということだ。


「アイツからすれば俺も殺された連中も同じなんだよ。歪んだ世界の犠牲者で一括りだ」


 だから積極的に仕掛けるのは禁止するという確信があった。

 やるとしても精々、守りを固めるぐらいか――反吐が出るぜ。

 が、そんな野郎だからこそ付け入る隙があるのだが。


「それはまた……よくもまあ、そんな方に着いて行こうと思えますねえ」

「そんな奴だから、だよ」


 常人とは違う正しさの化身。

 その光に目を焼かれるのは当然のことだ。


「なるほど。して、これからの御予定は?」

「完全に守りを固められて手が出せなくなるまで出来るだけ殺す」

「ヘレルと最高幹部を除いて考えるにしても敵方の総戦力からすれば焼け石に水程度にしかならないと思いますが」

「良いんだよそれで」


 俺は別に戦力を減らすために殺すわけじゃないからな。




2.ゴールデンタイムラバー


 一ヶ月と少し、十一月の半ばに入る頃にはもう下っ端を殺すことも不可能になっていた。

 だが十分種は撒けたと思う。後は約束の日に向けて準備を整えるだけ。

 万事が上手くいっていたが、それがまたどうしようもなく癪だった。

 俺の目論見通りに進むということはヘレルに慈悲をかけられているということだからな。

 そこを突くやり方しか思いつけなかったのは俺が無能だからだけど、イラつくものはイラつくのだ。


 順調に事が運ぶ安堵と順調に事が運んでしまう苛立ちを抱えながら日々を過ごし遂にその日がやって来た。

 十二月二十四日。クリスマスイブ。

 例年通りならカレカノの居ない独り身連中で集まって二日間ぶっ通しでパーティをしていたのだが今年はそうもいかない。

 ダチには明日は必ず出席するからと俺は涙を呑んで今日の誘いを断った。

 そして夜まで仮眠を取り、決戦の場に赴く前に俺は家族の墓を訪れた。


「今日で全部、終わらせる」


 応援してくれとも見守ってくれとも言わない。


「全部終わったら今度は自分の幸せだけを考えて生きるよ」


 ただ俺が一方的に告げるだけ。

 自己満足と言えばそれまでだが、少なくともスッキリはした。

 これで憂いなく死地へと突っ込めそうだ。


「~♪」


 クリスマスキャロルを口ずさみながら浮かれた街を歩く。

 良いね。皆、幸せそうな顔をしてる。俺も早くそっち側に行きたいもんだ。


(しかし何だって東京タワーなんだか)


 ヘレルは御丁寧に儀式の場所と日取りまで解説してくれていた。

 その時も思ったが何故、東京タワー? いやそもそも何故、日本?


(ま、旅費が浮いて良かったと思おうか)


 東京タワーの近くまで辿り着くと周囲には不自然な空白が生まれていた。

 人払いの結界だろう。俺では逆立ちしても不可能なレベルのものだ。

 そして、


「…………美堂螢。悪逆非道の大罪人め」


 忌々しさを隠そうともしない下っ端ども。

 いきなり仕掛けて来ないのはヘレルの命令だからだろう。

 大方、あちらが仕掛けて来た場合のみ応戦を許可するとでも言われているのだ。


「最後通告だ。大人しく帰るなら命を助けてやる」

「例え我らを突破しヘレル様の下まで辿り着いてもお前には何も出来ない」

「千回、万回、億回繰り返そうともあなたの望みは叶わないわ」

「今ならまだ間に合う。愚行を省みて去ると言うのなら新世界においても生きることは許可してやろう」


 俺は不思議だ。ヘレルは確かに凄い。規格外の怪物だ。

 奴が偉そうにする分にはそうですねとしか思えないが何でコイツらまで偉そうなんだろう?


「――――死ね、バーカ」


 俺は笑顔で中指を突き立てた。


「ハッ! ならば仕方ない! お前はここで死ね!!!!」

「なぁにが仕方ないだ! 殺りたくてしょうがないって面してたのによぉ! これがヘレルの部下ってんだから笑えるぜ!!」

「黙れ!!」


 金にものを言わせて有りっ丈のアイテムを掻き集めた。

 下っ端とは言え連中は強者だ。在野で活動してればそれなりに名が通っているであろうレベルの。

 そんな奴らが数の暴力で押し寄せて来るのだ。どう考えても足りない。

 アイツらを突っ切って儀式の場まで辿り着けるか可能性はゼロじゃあないって程度だ。

 正面突破でなく迂遠なやり方をすればもう少し勝率は上がるだろうが正面突破しなければ意味はない。先に繋がらない。

 最後の山場だ。超えられる可能性は低い。だが、辿り着くことが出来れば俺の勝利は揺るがない。

 ならばやるしかないだろう。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 攻撃が掠って頬の肉が削げ落ちた。命に支障はない必要経費だ。

 右目が潰された。命に支障はない必要経費だ。

 左腕が肩口から吹き飛ばされた。命に支障はない必要経費だ。

 回避し損ねた攻撃でわき腹が抉られた。命に支障はない必要経費だ。

 回復アイテムはしこたま用意していた。それでも致命傷を治すのが精一杯で俺はこれだけの経費を払うことになった。

 だが極小の可能性を掴み取った代償としては破格だろう。


 ――――俺はヘレルの下まで辿り着けたのだから。


「…………執念、いや愛の成せる業か」


 乏しい表情ながらもヘレルの顔には驚きが浮かんでいた。

 奴はさっと手を振るい俺の背後から迫っていた部下の攻撃を防いだ。


「ヘレル様!?」

「彼が悪逆を成したことは事実。しかし、その根底にあるのは純粋な愛だ」


 誰かを愛することは正しいこと。

 俺もまた歪んだ世界の被害者であるとヘレルは言った。


「何と深い愛情か。ケイ・ミドウ。私は君に敬意を払おう」


 何故、無駄に敵の恨みを買うやり方をしたのか。

 それは俺の憎悪を示すため。そして敵の士気を上げるためだ。

 ただでさえ隔絶した実力差。そこに高い士気まで加われば俺が生きて敵陣を突破するのは絶望的だろう。

 それこそが俺の狙いだった。

 絶望的な壁を乗り越えた俺にヘレルがどう対応するか。


「ヘレル……父さんの、母さんの、婆ちゃんの……爺ちゃんの……ッッ」


 俺は自分の読みに賭けたのだ。


「皆の無念を思い知れぇえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 心臓目掛けて放たれた弾丸。ヘレルはそれを“無防備”に受け止めた。

 寸分違わず心臓を撃ち抜かれたというのに奴はまるで堪えていない。根本的なスペックが違うのだ。

 だが、


「これが私なりの敬意だ。殺しはしない。少し間眠ってもらうだけだ。目が覚めたら……」

「アッハ♪」


 ゆっくりこちらに向かっていたヘレルが足を止め怪訝そうな顔をする。


「お前ならそうするって信じてたよヘレル」

「なに、を……!?」


 苦悶の表情を浮かべたヘレルが胸を押さえて膝を突く。

 もう、笑いが止まらなかった。最後のお寒い演技にも見事に引っ掛かるんだもんなあ。


「ありがとう、本当にありがとう」


 ――――どうだいアダム、林檎つみの味は。刺激的だろう?

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