罪過の弾丸⑦

1.囚われた者達


 話が長引いたせいで昼飯は食べられなかったが実りのある話が出来たので良しとしよう。

 つーかよく考えたら俺、昨日の晩も飯食ってないんだよな。

 朝も軽く菓子パン食っただけだし殆ど丸一日、ロクなもん腹に入れてないのか。


(自覚したら無性に腹減ってきた……)


 空腹を抱えながらも我慢の子で五時間目、六時間目を過ごし放課後。

 帰り支度を整えていると複数人のクラスメイトが近寄って来る。


「螢ちゃーん、この後暇~?」

「悪い。今日は後見人の人と会う予定あるんだわ」


 俺もなー、遊びに行きたいんだけどなー。既に先約があるわけでして。

 後ろ髪を引かれながらも教室を後にし最寄の駅へ向かった。


「……新宿かあ」


 電車に揺られながら神崎から貰ったメモに書かれた住所を眺める。

 一度も行ったことがないわけじゃないがあまり縁のない場所だ。

 ちなみに妙に勘繰られたくはないとのことで神崎とは別行動である。

 まあガキじゃないんだし一人でも問題はない。


「腹減った……」


 電車に揺られていると余計に……クッソ。

 どっかで寄り道してこうかな? ああでも人を待たせてるわけだしなあ。

 モヤモヤを抱えながら電車に揺られることしばし。

 JR新宿駅に到着した俺は寄り道の誘惑を振り払うように東口を出て目的地へと急いだ。


「ここか」


 クラブ“デュマ”。とことんモンテ・クリスト伯に寄せていくスタイルだな。

 まあでも俺も好きだけどね巌窟王。

 正確に言えば巌窟王はモンテ・クリスト伯が日本で翻案された際のタイトルらしいが……まあそこはどうでも良いか。

 俺は意を決してClosedの札がかかった扉を開け中に踏み入る。

 すると、


「まだオヤスミ……OH! ケーイ!!」


 フロアの中央でモップ掛けをしていた筋骨隆々の黒人男性が俺を見るなり笑顔を浮かべる。

 どうでも良いけどOH! と螢を一緒にしないでくれる? OK! って言ってるみたいだからさ。


「……あんたは?」

「ワタシはロドリゲス。ボスとのオハナシ、ワタシも聞いてましタ! アナタ、とてもCoolだったネ!!」

「そいつはどうも」


 何が驚きってよ。こんなテンプレ外国人が居ることに驚きだよ。

 でも、普通ここは女の子だろ。そういうキャラならエッチで明るいお姉さんだろ。俺は……がっかりした。


「アナタにTrainingをつけるセンセイ役でもあるから、これからよろしくお願いゴザソウロウ」

「先生?」

「ワタシ、元は軍人なんだヨ」


 にっこりと笑うロドリゲス。

 なるほね、軍人なら銃火器の扱いはお手の物ってわけか。


「日本に来てまだ少しだから日本語怪しいかもダケド、そこはゴカンベンツカマツルヨ!」

「そうなんだ。じゃ、訓練つけてもらうお礼に俺が日本語や日本文化教えてやるよ」

「OH! ありがとございマース!!」

「ところでボスはどこに?」

「奥で待たされてマース! ついてキテ!!」


 ロドリゲスに案内されVIPルームらしき部屋に入ると二十代半ばほどの白人男性が俺を迎えてくれた。

 身なりの良さ、気品、目につく点は色々あるが……この男、見た目通りの年齢か?

 何つーか決して平坦ではない道を長い間、確かな足取りで歩いて来た老人みたいな空気を感じるんだよな。

 具体的には爺ちゃんやその友達と同じ雰囲気を感じるのだ。


「改めて自己紹介といこうか。シャトー・ディフの長を務めているファリアだ。これからよろしくね?」

「美堂螢。よろしく」

「名前で呼んでも?」

「ご自由に」


 苗字も名前も大好きだからな。どっちで呼ばれても悪い気はしない。


「では螢と。ふふ、それにしても君の感覚は随分と鋭いようだ」

「あん?」

「君、私が見た目相応の年齢ではないと一目で看破しただろ」

「……当たってたのか」

「ああ。若作りしちゃいるが私は何時お迎えが来てもおかしくない齢の老人さ」


 ケラケラと笑うファリア。

 まあ、ファンタジーな世界がリアルに存在するならこれぐらいは普通かと思い直し俺は対面に腰を下ろした。


「さて、面通しはこれで終わったと思うんだが……早速何か指示があるのかい?」


 敬語は使わない。さっきのロドリゲスもそうだったがファリアもそこらは気にするタイプじゃなさそうだしな。

 そこらの礼儀に厳しい人なら俺も敬語を使うが、その必要がないなら気楽にやりたいし。


「今のところは特に。訓練についても準備が必要だからねえ。なので、少し私とお喋りに付き合ってくれると嬉しいかな」

「お喋りねえ。じゃあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いか?」

「勿論」

「何だって組織の名前に監獄の名をつけたんだい? モンテ・クリスト伯から肖るってのはまあ分かるんだが……」

「おや、元ネタを知っていたんだね」

「ダチに本の虫が居てね。読書感想文に使えそうな本を聞いた時に勧められたんだ」


 ってそりゃどうでも良いんだよ。


「答え難いことなら無理には聞かんけど」

「そんなことはないさ。で、監獄島の名を借りた理由だったかな?」


 実にシンプルなものだよと笑いファリアは告げた。


「我々は皆、復讐という檻に囚われ続けているからさ」

「それは……」


 否定は、出来ない。

 ヘレルが生きている限り俺の人生は始まらない。復讐を果たさない限りは前へ進めない。

 憎悪の鎖に縛り付けられた囚人だと言われれば反論は出来ないわな。


「これはあくまで私個人の見解なんだけどね。エドモン・ダンテスが本当の意味で監獄島から解き放たれたのは最後の最後だと思うんだ」

「エデの愛を受け止め旅立つ正にその瞬間か」

「そう。そこでようやく彼は忌々しい檻の中から出られたんじゃないかな」

「…………だから、あんたは祈りを込めて名づけたわけだ」


 何時か復讐から解き放たれて自分の人生が取り戻せますように、と。

 復讐が正しいか間違っているか、これは答えが出ない問題だ。

 でも健全か不健全かで言えば間違いなく不健全と言えるだろう。

 怒るのは、憎むのは、とても疲れるから。ずっと心を軋ませ続けることを口が裂けても健全とは言えない。

 シャトー・ディフの名を使った理由は理解した。

 だが、


「ファリア、あんたは復讐を諦めたのか?」


 組織の名に込められた祈り。そしてファリアという名。

 そこから考えるとコイツは復讐を諦めていると取れなくもない。

 身勝手な欲望を持つ者達に陥れられて監獄島へ送られてしまった青年エドモン・ダンテスの復讐劇。

 モンテ・クリスト伯という物語を軽く説明するとそんな感じだ。

 作中においてファリア神父は序盤に死亡するのだが、物語の根幹に大きく関わる重要人物でもある。

 ファリア神父から託された多くのものがなければエドモン・ダンテスは復讐を完遂出来なかったわけだからな。


「ふむ」


 俺の指摘にファリアは少し思案し、口を開く。


「憎悪は変わらずこの胸を焦がし続けているよ」


 だが、と彼は続けた。


「組織を結成するため同じ痛みを持つ同士達を集めているとね、復讐以外の望みも生まれて来るんだ。

最初はそうでもなかったんだがね。復讐を果たせれば後は……なんて子達を何人も見ていると、さ」


 それは偽善なのかもしれない。けど、俺はそれでも良いと思う。

 善意をひけらかすのなら鼻にもつこうが自分のやりたいようにやっているだけって感じだしな。


「そういう意味で君との出会いは運命、なのかもしれないね」

「あぁん?」

「“何で俺がこれ以上、糞野郎のために何かを捨てなきゃいけねえんだ?”」


 それは俺が告げた言葉だった。


「痺れたよ。痛快だった。螢、君だけだよ。未来に進むために復讐をすると言った者はね」

「……」

過去かつてを想いながらも現在いまを疎かにはせず真っ直ぐ未来を見つめるその瞳は……何て眩しいのだろう」


 何の衒いもない真っ直ぐな賞賛。

 少しばかりくすぐったくはあるが、褒められるのは嫌いじゃないので素直に受け取っておこう。


「君が、私にとってのエドモン・ダンテスなのかもしれない」

「……昼にもそんなこと言ってたな、ありゃそういう意味だったわけか」

「ああ。と言っても、ファリア神父のように君に何かを与えてやれるのかと言われれば困ってしまうけどね」

「そんなことはないだろ。言っとくが俺は遠慮なく頼らせてもらうからな」


 と、そこで俺の腹が鳴った。

 ファリアは一瞬、キョトンとした顔をするが直ぐにぷっと噴き出し何か持って来させようと言ってくれた。

 少しすると近くのファーストフード店で買って来たのであろう品々がロドリゲスによって届けられた。


「そういや神崎を寄越したのはあれ計算?」

「まあ多少はそういう考えがなかったわけでもないけど……純粋に年齢の問題だね。中には私はまだ行ける! って立候補した子も居るんだが……」

「最初に言っておく。俺は大人の女が無理して制服を着てるシチュとか大好きだ」


 うわキッツ! ってのが逆に良いよね。興奮するよね。

 パッツンパッツンで臍とか見えてるとたまんないよね。


「うん、別に要らない情報だねそれ」

「あんたそれでも男かよォ!?」

「何でそんな信じられないものを見るような目を向けられなければいけないのか……というか私はもうそういう年齢ではないよ」

「ちなみに幾つなん?」

「百二歳……だったかな?」

「ジジイやんけ!!」

「だから最初にそう言ったじゃないか」


 俺は生涯現役だから。ジジイになっても元気なままだから。


「ところで螢、君の怨器はどんな能力なんだい?」

「ん? ああ」


 怨器の仕舞い方を教わる際、一応それも把握した。

 自分の心から削り出されたものだからな。自分に問えば名も能力も分かる。


罪過の弾丸セブンス・バレット。基本は罪を弾丸に変える能力だ。弾数と威力は罪の重さ、深さに比例する」

「それは……」


 険しい顔をするファリア。

 神崎に説明した時は使えない能力ねで済まされたが流石にコイツは気付いたらしい。


「ああ、あんたの危惧したやり方も出来るよ」


 分かり易い例を挙げるなら大量虐殺だ。

 何の関係もない人間を沢山殺せば沢山撃てるようになるし、その威力もかなりにものになるだろう。

 副次効果として撃てば撃つほど罪悪感も減じていくってのもあるが……この効果は実質ないも同然だ。

 だって、


「が、俺はやらねえよ?」


 やるつもりがないからな。

 罪を犯すってことはだ。それは俺の今を壊すということでもある。

 屑のために何かを捨てるつもりがないという宣言を違えるつもりはない。


「ならヘレルと奴に組する人間……の縁者。恋人、妻、親兄弟、子供なんかを無残に殺して弾丸を生成する? これも無理だ」


 だってそいつらを殺すことを俺は罪と思えないもん。

 ヘレルは俺から大切なものを奪った。そんな野郎に味方してるってことはだぞ?

 俺が奪われたことを許容してるも同然じゃねえか。そんな奴から何を奪おうと俺は微塵も悪いとは思えないね。

 何だったら電柱に立小便する方がよっぽど罪悪感が沸くだろうさ。


「そうか……しかしそうなると罪過の弾丸は使用不可ということになるね」

「そうでもないさ。威力は大口径の拳銃より強い程度だが弾数に関してはほぼ無限に撃てるぜ」

「?」

「俺はもう罪を犯してる。爺ちゃんの苦しみに気付かなかった無知という罪をな」


 そしてそれはヘレルを殺さない限り、消えることはない。

 つまりは復讐を終えるまでは問題なく使えるってことだ。


「ふむ、消えぬ罪というのならその威力もかなりの――……いや、罪の向かう先か」

「ああ」


 無知という名の罪から生まれた弾丸。

 そいつを使って一番脳天をぶち抜いてやりたいのはヘレルじゃない、俺だ。

 性質上、この罪で生まれた弾丸が一番効果を発揮するのは俺自身を撃つ時以外にはあり得ない。

 ヘレルも憎いし、コイツが居なければ生まれなかった罪ではあるが……爺ちゃんの苦しみに気付けなかったのは俺だからな。

 他ならぬ俺自身がそう認めているから他人に撃った場合はそこそこの威力しかないってわけだ。


「あとは七つの大罪になぞらえた効果を弾丸に付与することも出来るが」


 総じて普通の人間相手には強い能力……とは言えないんだよなあ。

 いや、まるで役に立たないわけではないぞ? 普通に使い道はある。

 ただ神崎の刀は空間を切り裂いたり斬撃飛ばしたり出来るんだぜ? 何だよ主人公みてえじゃねえか……。

 神崎のがSSRなら俺のはRと言わざるを得ない。俺がそう溜息を吐くと、


「その割には悲観している様子はないね」

「そりゃな。足りないものだらけなのは今更だし悲観するぐらいなら不足を補うことに時間を使う方が建設的だろうよ」

「ポジティブだね。嫌いじゃないよ」


 俺のこと大好きかコイツ。


「当面の間は戦力の向上に努めてもらうからその中で怨器の活用法も磨いていけば良いさ」

「あいよ。ロドリゲスとも相談しながら色々考えるわ」

「そうだね。ああ、実戦にも出てもらうつもりだからそこも覚悟していくれよ」

「実戦か。上手くやれるかねえ」

「流石に一人では行かせないよ。基本的には雅とコンビを組んでもらうつもりだからね」

「え、神崎と?」


 ……不安だけど……まあ、戦闘能力は高そうだし俺がしっかりすれば大丈夫……か?

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