罪過の弾丸⑧

1.コンビ


 シャトー・ディフに入って二ヶ月。

 その日、俺は神崎と共に外道働きをしている裏の人間の討伐任務を請け負っていた。


「こんの……しぶとい!!」


 標的は五人で残るは一人なのだが、これが中々に手強い。

 神崎の怨器は空間を切り裂き予想外の方向から敵を斬り付けられるのだが難なく対処されてしまっている。

 術の類も行使しているのだがそれらも回避されるか相殺されるかで掠りもしていない。


「……」


 しかもほら見て。感情を悟られないように表情を消して頑なに口も開かない。

 俺がお仲間を口で翻弄して殺ったからなんだろうが判断が早過ぎる。

 相手ガキなんだし油断しても良い……良くない?


「器用貧乏じゃなくて高度にまとまった万能タイプだわ。こんなんの相手させられるとかマジつらたん」

「つらたんじゃねえわよ! 何暢気かまして観戦してんの!? 手伝いなさいよ! パートナーでしょ?!」

「逃げようとすればしっかり牽制しとるじゃろがい」

「逃亡防げてもこのままじゃ息切れで負けるって言ってるのよ! 言っとくけど私死んだら次、あなただからね!?」

「だろうな。他に仲間が居ないのもバレてるみたいだし」


 敵の何が嫌ってさ。コイツは選択肢を捨ててないんだよな。

 押し切れそうなら神崎を殺して俺を。

 押し切れないなら持久戦で神崎を仕留めて次に俺を。

 逃げられそうなら逃亡を。

 どれか一つに絞ってくれたらやり易いんだが何一つ捨ててくれない。

 まあ奴の能力ならその都度、適切な行動が取れるだろうから当然なんだけどさ。

 とは言え、このまじゃ俺らはジリ貧だ。なんでそろそろ仕掛けようと思う。

 が、その前に確認しなきゃな。


「よう神崎。一応、アレを仕留める算段は立てたんだが成功するか分からんし神崎も危ないかもなんだが……」

「やるわよ!!」

「おっと即答。そこまで追い詰められてたのか?」


 ちょっと見誤ったかと思っていたが、


「当たり前でしょ。パートナーなんだから」

「――――」


 裏の世界に足を踏み入れたは良いが俺には才能がなかった。

 銃火器の扱いと戦闘に関する嗅覚はともかく、魔術等の才は凡人の域を出ないと言われた。今だってそう。

 強化の魔術を発動して動体視力を一点強化していたのだが、随分時間をかけてしまった。

 神崎なら殆どシームレスにやれるのにな。しかも全体を強化しながらもその度合いは一点集中の俺より高い。

 初歩の強化すらその有様なのは神崎も分かってるだろうに――ったく。


(…………ありがとよ)


 気合を入れ直した俺は念話で神崎に短く指示を飛ばす。

 念話も会話ではなく一方的な送信ぐらいしか出来ないが、これで十分だ。


「はぁっ!!」

「!?」


 指示と寸分違わぬ場所に展開された斬撃を撃ち抜き弾を跳ねさせる。

 斬撃も銃撃も回避されたが問題はない。当たるまで続ければ良いだけの話なのだから。

 周囲の空間へ無数に張り巡らされた斬撃の檻を利用し次から次へと跳弾を繰り返す。

 敵は回避しているが、それでも明らかに表情が変わった。

 ストレートな銃撃なら余裕綽々だろうが不規則な軌道の弾丸を回避しつつ、斬撃にも対処しなきゃいけないわけだからな。

 そりゃあしんどかろうさ。


「まだまだまだまだァ!!」


 神崎の身体を幾つもの弾丸が掠めていく。だが止まらない。

 傷の痛みも、出血も、まるで気にせず果断に敵を攻め立てるその瞳には恐れなど微塵も見えない。

 俺なら上手くやると心底から信じてくれているのだ。


「応えなきゃ男が廃るよなぁ?」


 俺もまた躊躇やもしもの恐怖を踏み付けて只管に弾丸を放ち続ける。

 そして十分ほど経った頃だろうか。


「……これは少々、分が悪いな」


 だんまりを続けていた男がそう漏らした。

 負傷を度外視で突っ切ることを選んだのだろう。


「――――読めてるさ」


 弾丸同士が空中で火花を散らしながら衝突。

 一つ、二つ、三つと同じことを繰り返し軌道を変えまくった弾丸が逃亡を図った男のアキレス腱を穿つ。

 即座に治癒したようだが一瞬でも機動力を潰されたのだ。どうしたって隙は生じる。

 そしてその隙を見逃すほど俺のパートナーは間抜けじゃない。


「終わりよ!!」


 一文字に振るわれた刃が男の上半身と下半身を泣き別れにした。


「…………侮りがあったか」


 男は辛うじて生きていた。が、そう長くはないだろう。


「少年、随分と賢しいことを考えるのだな」

「賢しいとは何だ。仲間と力を合わせ知恵と勇気で勝利する。少年漫画の王道じゃろがい」


 奴が逃亡を決断するまで俺は敢えて足を狙わずに居た。

 最初は奴も気にはなっていたと思う。わざとか、それとも純粋に当てられないだけなのかと。

 だが、焦れて来ればどうしても意識は逸れてしまう。俺はそこを狙い撃ったのだ。


「こんな世界にどっぷり浸かった子供が少年漫画の王道を語るのか」

「語るよ。だって目的を果たしたら足抜けするからな」

「抜けられるとでも? こびりついた死の影は一生……」

「知らんし」


 こんな世界に居続けることを選んだ奴が真っ当な大人みたいなことを言うなよ。

 ギャグじゃん。笑っちゃうよ。


「俺が殺ってんのは殺っても罪悪感沸かんような奴だけだしな」

「傲慢だな」

「それが何か? 自分の都合で生きるのが人間だろうに」


 例えばそう、殺されても当然のような奴を殺してるがそいつの家族や友人からすれば俺は怨みの対象だろう。

 復讐するならどうぞ御自由にと思ってる。それは正当な権利だからな。

 でも、殺られるつもりはない。向かって来るなら普通に殺すし殺してもきっと罪悪感は沸かない。

 我ながら酷い話だと思う。だが、俺はこれで良い。


「誰にも分け隔てなく手を伸ばし心を砕いてたら、何時かきっと俺は本当に大切なものを見失う」


 何もかもを尊ぶということは何もかもを等価値にしてしまうということだ。

 もし、そんなザマに成り果ててしまえばそれはもう人間じゃない。


「本当に大切なものさえ分からなくなるなら俺は屑で良い。屑が良い」


 屑として自分と自分の大切なものの都合だけを考えて生きていく。


「恐ろしい子供だ…………ロクな死に方をせんだろうな」

「俺一人ならな。だが、俺には仲間が居る」

「仲間、か。さて……そいつらは本当にお前の歩みに着いて来られているのかな……? ククク」


 笑いながら男は息絶えた。

 話していて思ったが屑は屑でも好んで屑をやっているような人間ではないような気がする。

 何か事情があったのかもしれないが、まあどうでも良いことだ。

 恨み言一つ吐かずに眠ったこの男も俺の同情が欲しかったわけでもないだろうしな。


「お疲れ。治療は終わったか?」

「見ての通りよ。にしても……凄いわね。あの弾がびゅんびゅんするの純粋な技術なんでしょ?」


 弾がびゅんびゅんて……。


「それより仕事も終わったし帰ろうぜ。シャワー浴びてえわ」

「それもそうね。じゃ、行きましょうか」


 隠していたバイクの下まで行きサイドカーに乗り込む。

 俺は免許持ってないので運転は神崎の仕事なのだ。いやあ、悪いねえ。


「しかし、今回はまた特別しんどかったな」

「そうね。これ、徐々に難易度引き上げられてない?」

「それは俺も思った。まあ、俺らの成長のために上手いこと調整してるんだと思う」


 最後に戦った男は文句なしに強かったが他の四人も雑魚ってほどではない。

 色々と小細工を弄して殺ったが逆に言うと小細工を弄さねば殺れなかったということなのだから。


「キツクはあるが俺らならって信じてくれてるんだろう」

「……なら、その期待に応えないとね」

「おう。信じてくれる人達のため、そして何より自分のためにな」


 高速に突入して少しするとパーキングエリアが見えたので俺達はそこで一旦、休憩することにした。

 深夜まで激しく動き続けたせいで、ちょっと空腹が限界だったのだ。


「何かさあ、深夜のパーキングエリアって無闇矢鱈にワクワクしね?」

「分かる。何だか切り取られた世界に迷い込んだ感じがするのよね」

「そうそう。冬だともっと雰囲気出るんだよな」

「あと、自販機のネオンがやたら輝いて見えるのは何でかしら?」


 きゃいきゃいしながら中に入り、一先ず二人でコーヒーを購入する。

 眠気を飛ばすことを目的としているので勿論、ブラックだ。


「苦ぁ……私、やっぱりコーヒーよりコーヒー牛乳のが好きだわ」

「美味いよなコーヒー牛乳」


 ちょびちょびコーヒーを飲みながら俺達は本命であるホットスナックが売っている自販機の下に向かう。


「焼きおにぎり、焼きそば、からあげ……」

「バーガーセットにアメリカンドッグ、ポテト、たこ焼き、ホットドッグ……」


 深夜にこんなものを食べて健康に良かろうはずがない。

 俺も神崎もそれは分かっているのだ。分かっているけど抗えない。我慢するとか無茶ですて。


「美堂くん、どれにする?」

「うーむ……いっそ全部買ってシェアしね?」

「えぇ!? で、でもそんなに食べたら……お、お肉が……」

「俺らは任務でハードなことやってんだしカロリーなんざ直ぐ消費出来るって」

「………………そうね!」


 自販機のメニューを全て買い占めた俺達はいそいそと休憩所に向かいその一画に陣取った。

 販売機の性質上、調理(解凍?)に時間が必要なので結構待たされてしまいもう限界だったのだ。


「チープ、チープ、震え上がるほどにチープな味だわ」

「でもそれがやたらと美味いんだよな……」

「ええ、最早犯罪レベルで美味しいのが困るわ」


 テーブルの上に広げられたホットスナックにちょこちょこ手をつけていく。

 ハンバーガーとかバンズがしんなりしてるしパティもクッソ熱い。

 値段も味も街のファーストフード店で買った方が上だろうに、それでも不満は微塵も沸いて来ないんだよ。

 深夜のパーキングエリアという魔法はホント偉大だわ。


(はぁー……今日は木曜日だから明日頑張れば休みだけど……明日は辛そうだなぁ)


 あ、いやもう日付はとうに変わってるから今日なのか。

 そんなことを考えながらポテトをパクついていたらふと、神崎の手が止まった。


「そう言えばまだ話してなかったわね」

「あん?」

「私がどんな風に家族を失ったか」

「ヘレルのせいで死んだんだろ?」

「そうだけど……その、詳しい事情よ」

「無理して話すようなもんじゃねえだろ」

「でも、私だけ知ってるのは不公平じゃない。パートナーなんだし」


 不公平……? ああ、コイツは事前に俺の情報を聞かされてたんだったな。


「俺は別に気にしてないけど、神崎が気になるってんなら話せば良いんじゃね?」

「……うん。じゃあ、聞いてくれる?」

「食べながらで良ければ」


 変に堅苦しい雰囲気を作ると逆に話しづらいだろうしな。

 神崎は小さく頷くとゆっくり語り始めた。


「あれは十歳の頃だったわ。当時、私はアメリカに住んでたの」

「帰国子女か……良いよね帰国子女。夢があるワードだと思う」

「話の腰を折らない」


 すいません。


「その日は誕生日で家族やお友達とその家族。沢山の人が私を祝うために集まってくれたわ」

「外国のパーティって派手そうだよな」

「ええ、何十人も集まってのパーティだもの。それはもう、大騒ぎよ」


 昔を懐かしむその目はどこまでも穏やかだ。

 でも、俺はもう知っている。神崎が復讐者であることを。大切な人を失ってしまっていることを。

 だから正直、この先の話を聞くのは気が重い。


「幸せが壊れたのは正にその時だったわ。境界が発生したの。パーティ会場である私の屋敷を中心にしてね。

大人達は現れた悪性腫瘍に銃で応戦するのだけどまるで通じなくて奴らに蹂躙されていったわ。

彼らはせめて子供の私達だけでもと命懸けで逃がしてくれたけど、どうしようもない。一人、また一人と倒れて行った……私を庇って」


 当時の神崎は小柄で友人達からは妹のように可愛がられていたと言う。

 だから、皆が神崎を庇ったのだ。そう歳の変わらない子供達が命を捨ててまで自分を守ろうと死んでいく。

 それは何て酷な光景なのだろう。勇敢であるがゆえに、清廉であるがゆえに、その心には深い傷が刻まれた。


「そして私は一人になった。もう駄目かと目を瞑ってその時を待ったけど……私は、運が良かった。

そう遠くない場所で偶然、シャトー・ディフの戦闘員が活動していたの。だからギリギリで間に合った。間に合ってしまった」


 間に合ってしまった、か。

 べったりと背中にこびりつく罪悪感がそう言わせてしまうのだろう。

 神崎自身も死んでしまった人達が自分を責めることはないと分かっているはずだ。

 それでも尚、罪悪感は消えない。ああ、分かるよ。痛いぐらいにな。


「そこからシャトー・ディフに保護されて……後は大体分かるでしょ?」

「ああ」

「まあ、私がこっちに来た経緯はそんな感じ」


 照れ、ではないが気まずい空気を誤魔化すように神崎はたこ焼きを頬張った。


「あっづ!?」


 そして思いっきり咽た。


「何やってんだよ」


 呆れながらお茶を差し出すと神崎は慌てて口の中に流し込んだ。

 何つーか、締まらない奴だよ俺のパートナーは。


「はあ……ま、何だ。お互い殺る理由は十分ってのがよく分かったよ。俺らでヘレルに目にもの見せてやろうぜ」

「ええ、やってやりましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る