罪過の弾丸⑥

1.もうこの正直者ぉ……


 心から削り出された……?

 まじまじと手の中の拳銃を見つめる。馴染む。とても手に馴染む。

 まるでそこにあるのが当たり前であるかのように。


「境界に踏み入り悪性腫瘍に襲われた人間は時折、異能を発現させることがあるの」


 神崎がすっと右手を掲げる。そしてブン! と大きく腕を振るうとその手には漆黒の刃が握られていた。

 そっちも気になるが今、コイツ……まあ予想はつくし今は触れなくても良いな。


「それがこれAnimusGear。強い憎悪を引き金に零れ落ちた心の具現」


 何つーか、俺の銃もそうだが酷く禍々しいな。

 見ろよあの刀。瘴気みてえなもんが刀身から漏れ出てんぞ。どう考えても悪役の武器じゃねえか。


「ヘレルについて分かっていることは少ない。でも、一つだけ確かなことがある。それは力。

並みの精神なら相対するだけで心が折れてしまうほどに……奴は圧倒的な力を持っている」


 だから折れない芯を持つ仲間が必要なわけね。

 そこで目をつけたのが同じ穴の狢。でもただの復讐者じゃ意味がない。簡単に折れちまう奴を戦力には数えられないからな。

 合格ラインは怨器を発現させられるかどうか。怨器を出せるぐらいの憎悪なら信を置けるって感じか。


「その通り」

「……ん? じゃあ昨日の境界は……」

「ああ、誤解のないように言っておくけどアレは偶然よ。あなたを試すために発生させたとかじゃないから。まあ利用はさせてもらったけど」


 神崎は溜息混じりに続ける。


「本来なら順番が違うのよ。これはいけるんじゃないか? って判断してからだもの」


 しかしそうなると俺は純粋に運が悪かったってことになるわけだが……それはそれで複雑な気分だぜ。


「そもそも私達の技術じゃ一から境界を発生させることは出来ないし」

「そうなのか?」

「ええ。既に一度境界が発生した場所を利用しなきゃ無理だし広さもワンルーム程度が限界。出て来る悪性腫瘍も一匹二匹が関の山よ」


 コイツらの技術力が劣っているのかヘレルが規格外なのか……まあ後者なんだろうな。

 泣けて来るような格差だ。だからと言って諦めるつもりはさらさらないが。


「ところでも一つ疑問があるんだが良いか?」

「ええどうぞ」

「昨日の境界が自然発生したものなら何で俺だけが巻き込まれたわけ?」」

「発生の予兆を感じ取った私が範囲内に居る美堂くん以外の人間を結界で守ったからよ」


 あ、そう。

 どうせなら俺も……って思ったがまあ手間が省けたし良いか。


「さて。諸々バレてる以上、まどろっこしいのはなしにして単刀直入に聞くわ。私達と手を組まない?」

「……」

「え」


 沈黙を返すと神崎は意外そうな顔をした。

 スカウト役としてこの素直さはどうなんだ……? いや、逆に誠意を示せるのか?

 隙だらけの相手を送り込むことで信を勝ち取る……う、ううん……?


(普通なら考え過ぎだとも思うが)


 ちらっと神崎の左耳を見やる。


「ちょ、ちょっと! ここは即答するとこでしょ!? だって絶対そういう流れだったじゃないの!!」

「俺から見ても悪い話じゃない。現状、復讐しようにも足りないものだらけだからな」


 それを補えるという点で組織に所属する利益はある。

 信が置けるかどうかについては論ずるまでもない。

 あちらが同じ穴の狢だから信じれると判断したようにこちらも同じ穴の狢だから信が置ける。


「じゃあ……!」

「ただ俺にも譲れないものがある。それを認めてもらわんことにゃ手を組むのは不可能だ」

「良いわ、大体のことは叶えてあげる」

「おや即答。神崎は組織においてそれなりの権限があるってわけか」

「え、ええ……そうね」


 ねえわ。

 人として信は置けてもこうしてペースを握られ続けてる奴に権限は与えられんて。


「はあ」

「な、何よ」

「“私の一存じゃ決められないから話を聞いて上に判断を仰ぐ”と言うべき場面だぜ」

「…………何を言っているのかしら?」

「じゃなきゃ今正に上の連中が話しを聞いてますって喧伝してるようなもんだって忠告してんのさ」

「!!」


 もうこの正直者ぉ……。


「えと、あの……え? わ、分かりました」


 向こうの指示を受けたであろう神崎が左手をポケットに突っ込みスマホを取り出す。

 現役JKらしい手早く操作を終わらせると、スピーカーから声が響いた。


〈――――こんにちはミスター美堂。雅では荷が重いようなので変わらせてもらうよ〉

「ああ、俺もその方がありがたい。知ってると思うが美堂螢だ。そっちの名前と立場を聞かせてくれるかね?」

〈私はファリア。“シャトー・ディフ”の長を務めている者だよ〉


 ほう、トップか。

 にしてもファリアにシャトー・ディフ……モンテ・クリスト伯か。まあ復讐者の寄り合いにゃお誂え向きか。

 わざわざ監獄の名前を組織名にしたのにはちっと引っ掛かるが。


〈時に美堂、何故気付いたのか聞いても良いかね?〉

「何でって……神崎が隙だらけだったからに決まってんだろ常識的に考えて」

「!?」

「怨器を出す時のありゃ露骨だったな。大袈裟な動きで視線を集めるのは常套手段だぜ」


 怨器を出せると判断した時点で引き入れる価値ありってことで上に繋ぐ手筈だったんだろう。

 が、誤算……かどうかは分からないが神崎はマニュアル人間だった。

 俺が突然現れた銃に動揺してる時にでもやってりゃ良かったのにコイツは指示通りのことが出来るタイミングを待っていたのだ。

 不自然にならないよう怨器を出すその瞬間をな。


「神崎のポンコツぶりを考えるに一番良いのは公園に入る前に済ませとくことだが……」

「ポンコツゥ!?」


 あかん、態度でバレそうだわ。

 ならあちらさんのマニュアル通りにやらせるって判断がベターなのかなあ?

 一番はもっと器用な奴を送り込むことだが。


「あと会話してる最中もちょいちょい意識が自分の左耳に向かってたからな。これで勘繰るなって方が無茶だろう」

〈……なるほど。事前の情報通り――いや、それ以上かな〉

「あん?」

〈君、随分と交友関係が広いようだね〉


 ファリアはどこか楽しげだ。

 はて、一体何を考えているのやら。神崎と違ってまったく分からんぜよ。


〈広く浅くと言うのならば特別な努力は必要ない。生まれ持ったもの。

例えば容姿や性格、トークのスキルだけでも関係を築くことは出来るだろう。だがそこまでだ。

広く深くを目指すのならば決して欠かせないものがある。君はそれが何かを知っているね?〉


 正解かどうかは知らない。

 だが、他人と交わる時に気を付けていることはある。


「理解」

〈そうだ。生来の素質かお爺様の愛に満ちた教育のお陰か。君は他者を理解し、自分を理解してもらう術に長けている〉

「きっと爺ちゃんのお陰だよ」


 真摯に俺の喜怒哀楽に理解を示そうとする姿勢が今の俺を形作ったのだ。


〈君の交友関係にある者に話を聞いたがただの一人も君のことを悪く言った者は居なかったよ。

中には“アイツは空気が読めない”などと言っていた者も居たが皆、笑っていたね。

それはきっと彼らに対して敢えて空気を読まなかったからだろう? 短所のように言いながらも彼らはそれを君の美徳だと捉えている。

一人二人ならともかく何十人からも深く好かれる人間だ。突出した理解力の持ち主だと考えるのは当然のことだろう?

そして他者を理解するためには優れた目が必要だ。真実を知りどれほどの憎悪を抱くかは分からずとも雅を通してこちらの情報をある程度見抜くことは予想していたよ〉


 予想以上だったがね、と笑うファリア。

 お世辞なのか本音なのか。後者ならそれは神崎が予想以上にポンコツだったからだと思う。


「…………わ、私そんなの聞いてない」


 ぽつりと漏らす神崎を見ればポンコツ説が有力だな。


〈さて、そろそろ本題に入ろうか。君の譲れないものについて教えてくれるかな? 最大限の便宜を図ろう〉

「分かった。つっても大したことじゃねえよ? 俺は可能な限り今の生活を続ける気ってだけさ」


 本懐達成までの距離が現実的なぐらいまで縮まったのなら俺もそっちに本腰を入れるさ。

 一時的に日常を犠牲にして、確実に獲りに行く。


「だがそれまではこの日常を捨てない」

「あなたねえ。そんな覚悟で奴の首を……」

「――――何で俺がこれ以上、糞野郎のために何かを捨てなきゃいけねえんだ?」


 俺はもう既に奪われてるんだぜ? 両親と婆ちゃんの命を。爺ちゃんの尊厳を。

 報いから逃げてのうのうと息してる糞ったれのために払うものなんかビタイチありゃしねえ。


「だから刺し違えてでもヘレルを殺すなんてのもなしだ」


 何で俺が糞野郎のために死んでやらなきゃなんねえんだ。


「俺は俺が幸せになることが先に逝ってしまった人達への何よりもの報いだと信じている」


 だがヘレルが生きている限り幸せにはなれない。

 奴が今この瞬間も生きてるってだけで怒りと憎しみでどうにかなっちまいそうだ。


「だから復讐するんだよ」


 大切な人のため、そして自分のためにな。

 ヘレルの口にさあ、これでもかってぐらい辛酸と苦渋を流し込んでよ。

 絶望の中で死にゆく様を眺めながら高笑いしてやるんだ。その時こそ、本当の意味で区切りがつく。俺は前に進める。

 自分の命と引き換えに、なんて絶対あり得ない。

 結果的にそうなるのと、最初からそのつもりでやるのとでは天と地ほどの差がある。


「俺は最後の最後まで自分の望みを譲るつもりはねえ」


 ふぅ、と小さく息を吐き出す。


「ま、そういうわけでワールドワイドに活動してるであろうあんた達と組むってんならそこらを配慮してもらいたいのよ」


 長期休みとかならともかく……ねえ?

 それ以外だと許容出来て日本国内までだわ。それぐらいなら俺も多少の無理はしても良いさ。


〈――――〉


 スマホの向こうで息を呑むような気配を感じた。

 そのことに首を傾げていると、


〈…………君が私にとってのエドモン・ダンテスなのかもしれないね〉

「は?」

〈ただの独り言さ。要求は理解した。それぐらいなら構わないとも。ああ、君の言は全く以って正しい〉

「そうかい? あ、それともう一つ」

〈何かな?〉

「こちらが必要だと判断した技術を学ぶ環境を用意してくれ」


 例えば戦闘スキル。喧嘩はともかく殺し合いの経験なんてないしな。

 実戦的な訓練がしたい。ああそれと銃火器の扱い方も勉強せにゃいかんな。

 俺の怨器、拳銃みたいだし。


〈ふふ、了解した。望む環境を手配しよう〉

「…………自分でふっかけといて何だがまだ使い物になるかも分からん相手に随分太っ腹だな」

〈それだけの価値があると判断したのさ〉

「そうかい。なら期待に応えられるよう頑張るわ」

〈そうしてくれたまえ。ああそうだ、放課後一度本部に顔を出してくれるかい?〉

「本部って……」


 どこにあるのか知らんが日帰りで行ける距離なわけ?


〈安心してくれ。今の本部は都内にあるから〉

「あん?」

〈後だしになってしまうがここ数年、私達は日本を中心に活動しているんだよ〉

「そりゃまた何でさ?」

〈境界の発生がね。どんどん日本国内に絞られていってるからさ」


 それは……。


〈そう。あちらの集合無意識に干渉する技術がより洗練された結果だろう〉

「となれば、事を起こすとすれば日本国内って可能性が高いわけか」

〈ああ。まだ所在地は掴めてはいないがヘレルも日本のどこかに居ると睨んでいるよ〉


 …………流れが来てるんじゃねえの?


〈では放課後、また会おう〉

「ああ、楽しみにしてるよ」


 通話が切れた。神崎は途中から完全に蚊帳の外だったね。

 今もほら、不貞腐れてんのか唇尖らせてるし。


(しょうがねえなあ)


 小さく溜息を吐き、俺は口を開く。


「なあ神崎、この道の先達として教えて欲しいことがあるんだけど」

「! 何かしら? 言ってみなさいな」

「…………この銃、どうやって仕舞うの?」


 わりとマジで死活問題だと思う。

 鞄とかありゃとりあえず放り込むことも出来るけど俺今、財布とスマホしか持ってねえし。

 最悪、制服の上を脱いで包むとかも出来るけど……ちょっとあの、そんな状態で出歩きたくない。


「しょーがないわねー! 良い? よーく聞きなさいよ!!」


 やっすい女やのう……。

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