罪過の弾丸⑤

1.復讐鬼の産声


 神崎から投げられた問いに俺は頭が真っ白になっていた。

 あれは事故。それも限りなく誰にも過失がなかった不幸な事故だったはずだ。

 立場上責任を取らねばいけなかった人もしっかり法の下に裁かれた。

 そりゃあ納得出来ない思いもあったさ。でも、そこは仕方のないことだ。飲み込まなきゃいけないことだ。

 飲み込んで前に進むことが何よりもの……何よりもの……そう、俺も……爺ちゃんも……。


「まあ、そうなるわよね。私もそ――――ッ!?」

「…………最初に言っておく」


 神崎の胸倉を思いっきり引っ掴む。


「この話題を続けるってんなら慎重に言葉を選べよ。くだらん嘘や誤魔化しはなしだ」

「ごほ……心強いわね、その目。私、好きよ?」

「そういうのは良い。人の傷に土足で踏み込んだ挙句、踏み荒らそうってんだ。これで冗談だ、なんて言ってみろ。後はもう殺し殺され以外の道はねえぞ」

「昨日の光景を見ていて私を殺せると思うのね」

「殺せる殺せないじゃない、殺すんだよ。どんな手を使ってもな」


 手を離し、深呼吸を一つ。

 最悪、五時間目はサボることも視野に入れておくべきだろう。

 俺と神崎が同時にサボるんだ。確実に噂になるだろうが……それぐらいは必要コストと割り切る。


「とりあえず話を聞かせてもらおうか」

「美堂くん、あなた昨日のことどれぐらい覚えてる? これはさっきの質問に関係のある話だからちゃんと答えてちょうだい」

「…………どれぐらいって気を失うまでの記憶はしっかりあるよ」

「そう。やっぱり……いえ、これは後で良いわね」


 焦れているのが自分でも分かる。

 が、仮に奴の言が真実なら俺はどうしてもそれを知らねばならない。

 逸る気持ちをぐっと堪えて神崎の言葉に耳を傾ける。


「私達はあの空間を“境界”、化け物の方を“キャンサー”と呼称しているわ」

「蟹?」

「悪性腫瘍の方よ」


 あ、そっち。にしても悪性腫瘍……癌、癌ねえ。


「悪性腫瘍の正体は集合的無意識の海から零れ落ちた人の悪徳そのもの」


 集合的無意識――中二談議の時に聞いた覚えがあるな。

 確か人間は無意識の深層で繋がってるとかそういう感じだっけ?

 まあそれは良いとして人間の悪性、ねえ。


「…………なるほどな」


 そりゃあ親近感を覚えるのも当然だ。そしてこちらに対する害意にも得心がいった。

 人が人を殺す。これは人の悪性を象徴するのものの一つだからな。

 となると境界は夢と現が曖昧になった空間ってことか。

 集合無意識に近しい場所だから人の悪性が化け物となって生まれて来る、と。


「存外、飲み込みが早いわね」

「顔も性格も頭も良いと噂の俺だからな。しかし、何だって俺はそんな場所に迷い込んだんだ……?」

「迷い込むというのは正確な表現じゃないわね」

「あん?」

「あなたは境界に囚われたのよ」


 囚われた、それはつまり自然発生したものじゃないってことか?

 いや、考えてみれば当然か。境界が自然発生したものなら何で人間の悪徳だけが顕現するんだって話だし。


「あれは人為的に生み出されたもの。と言っても意図してこちらを害する目的ではないのだけれど」

「……待て」

「そういう意味では昨日のことも、十年前のことも“事故”と言って良いのかもね」


 憐憫、シンパシー、憎悪、雑多な感情が見て取れた。


「そうよ、あなたのご両親とお祖母さん、そしてあの場に居た多くの人間は境界の発生に巻き込まれて亡くなったの」

「――――」


 血の気が引いていく。

 今、俺はきっと酷い顔をしていると思う。


「下手人の名はヘレル。さっきも言ったけど意図してこちらを害しているわけではないわ。

どうやって集合無意識に干渉したのか。何のために干渉しているのか。

それらについては不明だけど奴が集合無意識に干渉する度、境界と悪性腫瘍は発生する。しかも、性質の悪いことにランダムで。

日本で干渉したからと言って必ずしも日本に境界が発生するとは限らない。それこそ地球の裏側で境界が発生することもあり得るわ」


 こちらを探るような目が鬱陶しい。

 正直、今は余裕がないんだ。初めてなんだ。

 嵐のように無分別に荒れ狂う感情にどうすれば良いか分からないんだ。


「補足をしておくと事故と隠蔽したのはヘレルとはまた別の勢力よ。奴の協力者でもないわ。

表に幻想ファンタジーを持ち込まないという裏の不文律を守った結果、事故として処理されたの」


 神崎は真っ直ぐ俺の目を見つめながら告げる。


「さて、これで大体話は終わったわけだけど……美堂くんはどうするのかしら?」

「あ゛?」

「さっきも言ったけどヘレルは意図してあなたの家族を害したわけではない。目的も悪意の有無も不明瞭……」


 ああ、最初の問いに戻るわけね。

 事故が事故じゃなかったとしたらどうする? ってあれ。

 裏に隠されていたものを知った今、自分の心をどこに置くのかを問うたんだろう。

 質問の意図を察すると同時に頭が急速に冷えていく。荒れ狂っていた感情がようやく方向性を定められたのだ。


「殺す」


 これ以外の選択肢はもうない。


「意図してやったわけじゃない? 悪意の有無? 目的? 知るか糞が!! 事実はたった一つ! 奴は“報い”を受けてねえ!!」


 例えばの話。両親と婆ちゃんが通り魔に殺されていたとしよう。

 殺した相手をそりゃあ憎むだろうが、逮捕されて法の裁きを受けるなら割り切れずとも飲み込みはする。

 そこで区切りはつく。まがりなりにも報いは受けたわけだしな。

 現に表向き責任を取らされた人に対して俺は複雑な思いを抱けども殺意を抱くことはなかった。報いを受けたと思っていたからだ。

 だが件のヘレルはどうだ? 何も報いを受けちゃいねえ。


「どんな事情があったにせよ手前の罪を誰かにおっ被せて十年も知らん顔してやがったんだ」


 その時点でもう俺は許せない。

 例えヘレルがあり得ないレベルの聖人で止むを得ない事情を抱えていたのだとしても関係ない。

 奴は受けるべき報いから逃げたのだ。ならば地の果てまで追い詰めてでも報いを受けさせる。

 奴が法を守らなかったのだから俺も法を守るつもりはない。どんな手段を用いてでも地獄を見せてやる。


「何もかもを無残に踏み躙って絶望と共に死をくれてやる」


 でなければ、俺は幸せになれない。

 父さんと母さん、婆ちゃんを殺し爺ちゃんにあんな最期を遂げさせた糞野郎が今も息をしているというだけで気が狂いそうになる。

 どんな美味いものを食おうとも、世界一の美女を抱いていようとも絶対に満たされない。

 俺が幸せになるためにも必ず復讐は果たす。これは決定事項だ。


「期待通りの返答。でも……」

「あ?」

「少し不用意だと思うわ。だってその結論は私の話したことが真実だという前提ありきのものでしょう?」


 めんどくせえなコイツ。


「嘘や誤魔化しはなしと神崎くんは言ったわね。でも私はそれを了承した覚えはない。何を以って真実だと判断したの?」

「これでも人を見る目はある方だ。嘘を吐いてるかどうかぐらいは分かるよ」


 まあ身内だとそれゆえの甘えがバイアスになって目が曇るけどな。

 だが神崎は完全な赤の他人だ。情など微塵もありはしない。少なくとも見誤る要素はねえ。

 コイツがよっぽどの役者だってんなら分からんが……まあその時はその時だ。


「……真実だとしてもよ。何故、あなたに情報を与えたのか。

こんなことを聞かされたら冷静でいられるわけがない。私があなたを良いように利用しようとしている可能性は考えなかったの?」


「逆に聞くが今の俺に何の利用価値があるね?」


 これがソシャゲなら俺は低レアで編成コストが安いとか利点もあったかもしれねえよ。

 が、生憎俺も神崎も現実を生きている。現実で俺にどんな利用価値があると言うのか。


「仮に利用するつもりだとしても、だ。それならそれでお前のやり方はお粗末に過ぎる。

俺を怒らせるような話の運び方をしたのは間違いなく減点ポイントだ。

いや、敢えて怒らせるって手もなくはないがその後のフォローが特になかったあたり意図したものじゃないんだろう。

となるとあれは天然。もしくは何か謎めいたキャラを意識してたとかそのあたりだろ。如何にもなムーブだしな」


「……」


 神崎はぷるぷる震えていた。

 図星を十六連射されたことで羞恥を煽られたのだろう。


「まだ根拠はあるぞ」


 俺は左手で神崎のスカートを摘まみ上げた。


「うむ。黒のレースか」

「いきなり何すんのよ助平!!」


 神崎が俺の頭をしばく。

 マジで気付いてねえんだな。何か意味深なムーブしてたがやっぱりポンコツやんけ。


「…………お前さあ。俺が何の意味もなくこんなことすると思ってんの?」

「は、はぁ?」

「朝の自己紹介ん時、俺が口から出まかせ言ったら顔を赤くしてスカート抑えただろ?」


 素っぽいリアクションだからパンツの色が当たったと思ったわけだが、よくよく考えるともう一つ可能性があったんだよな。

 あれが演技ではなくこちらの話の流れに乗って適切なリアクションをしたという可能性だ。


「もしそうなら大した役者で、俺がまんまと利用されてるって可能性もあるが」


 今のリアクションとパンツを見て確信した。あれは完全に素だった。

 そして俺にはやっぱり女のパンツを看破する異能が宿っていることも(妄信)。


「お前さ。ミステリアスなキャラ向いてねえよ」

「~~~うっせぇわ!!」


 悔しそうに地団駄を踏む神崎。ちょっと和んだ。


「ま、腑に落ちない点は幾つかあるがな。だがそれにしたって話の真偽とはまた別のとこだ」


 神崎が真実を語ったことについては疑いはない。


「あと俺を利用するってのもな。まあ、手を組もうとはしているようだが」


 ある意味、利用すると言えなくもないが……神崎には無理だろう。

 そういうビジネスライクな関係は向いてない。多分、致命的なぐらいに。

 ミステリアス気取ってるがコイツ、情にぶんぶん振り回されてドツボに嵌まるタイプっぽいし。


「! 気付いていたの?」

「いや、もうそういうの良いから」


 ハッキリ分かった。コイツに話の主導権渡してたら全然進まんわ。

 こっちからガンガン話を振ってくしかねえな。


「お前もお前の背後に居る連中も俺と同じ身の上なんだろ?

奪われたのが誰かは分からんがヘレルのせいで大切な人を失い……復讐に身を窶した」


 だが、足りない。俺に裏の事情なんざ分からんがそれでも推測ぐらいは出来る。

 集合無意識なんてものに干渉出来るような輩に復讐かますにはまるで戦力が足りていない。


「だから仲間集めをしている。世界中で起きた境界絡みであろう事件の被害者を監視して仲間になりそうかどうかを見極めてる」


 目的が同じなら足並みは揃え易い。

 とは言え、中には復讐なんてものにゃ到底不向きな奴も居るだろう。

 だからまずは監視。その上で仲間になりそうだと思ったらヘレルのことを告げて最終確認ってとこか。


「ただ分からないこともある」

「……何かしら?」

「確かに志を同じには出来るだろうがパンピー引き込んでどうするんだって話だよ」


 さっき言った腑に落ちない点の一つだ。

 例えば被害者が金持ちならスポンサーって手もある。特に秀でた何かがなくても使い道はある。

 が、戦力にはならない。んでスポンサーや使いっ走りぐらいならもう十分揃ってるんじゃねえかな?

 境界発生の背景から考えるに世界各地で活動してるのはまず間違いない。

 ワールドワイドに活動出来る資金力があるなら使いっ走りぐらいは簡単に確保出来るはずだ。

 わざわざ被害者に接触なんて非効率なことをしなくても札束でビンタすれば良いわけだしな。


「中枢――幹部ならそりゃあ裏切らないって保証を求めるのは当然だろ。だが、下っ端にまでってのはなあ」


 現実的じゃない。ある程度は割り切らなきゃ組織なんざ運営出来ないだろ。

 ハッキリ言って下っ端にしか使えない俺をわざわざ勧誘に来るメリットがないのだ。


「となると、だ。考えられるのは俺を戦力として見ている可能性」


 さっき俺は戦力にならないと言ったがそりゃあくまで今ある情報から推察してのこと。

 まだ明かされていない部分に理由がると見たがどうだ? 俺がそう問いかけると神崎は小さく頷いた。


「……そうね。その通りよ。私は戦力になるかどうかを確かめるためあなたを見定めに来た」

「ふむ」

「そしてその証明は既に成されたわ」

「は?」


 思わずそう口にすると神崎は若干、得意げな顔になった。

 ここまでやり込められていたせいだろう。ポンコツゥ……。


「自分の右手を見なさい」

「右――はぁ?!」


 それを目にした瞬間、俺は抱き締めるように右手を隠しキョロキョロと周囲を見渡した。

 よし、よし、人目はない。見られていた様子もない。


「何をそんなに慌てているのよ」

「そりゃ慌てるだろ!? 銃刀法違反だぞ!!」


 そう、俺の右手には何時の間にか拳銃が握られていたのだ。

 ドクンドクンと脈打つ紅い光のラインが走った銃身の長い拳銃が。

 俺は本物の拳銃なんてこれまで目にしたことはないが、どうしてか分かってしまった。こりゃガチだと。

 だから咄嗟に隠したのだ。


「大丈夫よ。私が公園に入る時、人払いの魔術をかけたから」

「まじゅ――いや、そういうのもあって当然か」

「にしても……何で俺は今の今まで気付かなかったんだよ……」


 そうぼやいた俺に神崎はクスリと笑い、答えてくれた。


「気付かなくて当然よ。それはあなたの心から削り出されたものなのだから」

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