罪過の弾丸④

1.愛か呪いか


 幼い頃、俺は両親と祖母を事故で亡くした。当時はそりゃあ酷く塞ぎ込んださ。ガキだったしな。

 それでも腐らずに済んだのは爺ちゃんが居てくれたからだ。

 俺が寂しい思いをしなくて良いように爺ちゃんはめいっぱいの愛情を俺に注いでくれた。

 遠足の時は不恰好だけど頑張って弁当を作ってくれた。

 授業参観で俺が手を挙げると沢山褒めてくれた。

 運動会の時は喉が張り裂けるんじゃないかってぐらいの声で俺を応援してくれた。


 両親が居ないという引け目を感じなかったのは爺ちゃんのお陰だろう。

 でも、俺だって何時までも子供で居られるわけじゃない。

 年々小さくなる身体を見てればいずれ爺ちゃんとの別れが来ることぐらい察せられる。

 それは仕方のないことだ。でも、何も返せないまま見送るのだけは嫌だった。


『高校を卒業したら働きに出て、めいっぱい爺ちゃんに孝行してやろう』


 俺の願いは叶わなかった。


『どしたん螢ちゃん?』

『ん、ああ……いや、入学式ン時爺ちゃん居なかったなって』

『はー! 螢ちゃんはホンマ、じいちゃんっこだよなあ』

『るっせえ。うちの爺ちゃん舐めんなよ。苦しい時、そんな時、頼りになる爺だぞ』


 学校行事には必ず出席してくれた爺ちゃんが居ない。

 俺はそのことにどうしようもない不安を感じていた。

 中学からの友達と朝の時間に仲良くなった新しい友達とで遊びに行く予定を中止し、学校が終わるや即座に家へと帰った。

 そして、


『じい、ちゃん?』


 リビングのソファに座り呆けたように天井を眺めていた爺ちゃんがゆっくりとこちらを見て、言った。


『――――誰じゃお前?』


 その瞬間、俺は全てを悟った。

 どうしてそこに思い至らなかったのか。俺は甘えていたのだ。

 失ったのは俺だけじゃないだろう。傷付いたのは俺だけじゃないだろう。

 爺ちゃんも、爺ちゃんも失っていたのだ。

 生涯を共にと誓い合った妻を。

 愛する女との間に生まれた可愛い息子を。

 我が子のように可愛がっていた義理の娘を。

 だけど爺ちゃんは悲しみに暮れることも出来なかった。大人だから――――俺が、居たから。

 ずっと、ずっと気を張り続けていたのだ。俺を幸せにするために心を削り続けていたのだ。

 そしてその無理が今日、限界に達した。張り詰めていた糸が切れて爺ちゃんは……。


『何でわしの家におる! 出てけ! 出てかんか!!』


 それから爺ちゃんは施設に入所した。

 俺が世話をすると言ったが後見人になってくれた爺ちゃんの友人に止められてしまったのだ。

 認知症の人間の世話をすることは大変で、子供一人で出来ることではないと。

 それに何より、


『……君の青春を犠牲にすることをアイツは望まないよ』


 何も言えなかった。

 俺は学生らしい生活を続けながらも施設に通ったが、十一月の終わりに爺ちゃんは死んだ。

 最後まで俺を思い出すことはなかった。


 そして冬が終わりまた春がやって来た。

 爺ちゃんに孝行するという夢を失ったものの、俺の人生が終わったわけじゃない。

 爺ちゃんの愛に報いるためにも俺は全力で幸せにならなければいけないのだ。


「そう、分かっちゃいるんだけどなあ」


 爺ちゃんが施設に入ってから俺は全力で高校生活に取り組んだ。

 その甲斐あって気の良いダチも沢山出来て日々をめいっぱい楽しんでいる。

 でもふとした瞬間、去年のことを思い出してどうにも無気力になってしまう。

 気付けば俺は事故があった場所に建てられた慰霊碑の前に来て、何をするでもなく立ち尽くしていた。

 結局、俺は日が暮れて夜になるまでその場から動けなかった。


「……あかんわ」


 気持ちを切り替えよう。そうだ飯、飯を食おう。

 モヤモヤとした気分を吹っ飛ばすなら飛びっきりジャンクなものが良い。

 ハンバーガーと山盛りのポテト! フライドチキン! 牛丼! そんで家に帰ったらピザもデリバリーしよう!

 そんなことを考えていると少しばかり気分も上向いて来たのだが、


「あん?」


 喧騒が消えた。ただの一人も人が居ない。

 冗談だろ? 田舎ならともかく都内で夜はこれからって時間だぞ。

 それに、何だ。夜の色がおかしい。毒々しいサイケデリックな色に変化している。

 明らかな異常。やばいのは明白。が、だからと言って何をすれば良いのか。

 そうこうしていると次なる異常が見て取れた。ごぽ、ごぽ、と地面に黒い泡が沸き始めたのだ。

 まずいと思ってその場から走り出したがそこかしこに黒い泡が。そして泡はやおら形を成し、無数の化け物が俺を包囲した。


「なん……だ、これ」


 銃や剣など古今東西、様々な武器や貨幣の意匠を身体のどこかに宿した異形の怪物。

 酷く嫌悪感を煽られるが、同時に奇妙な親近感も覚える。


「いや親近感覚えてる場合じゃねえな」


 漫画みてえな話だが、殺気というやつだろう。

 奴らは飢えた獣のように俺を狙っている。だが、少し引っ掛かるな。

 大した知性は感じられないのに即座に俺に襲いかからないのは何故だ? 考えろ、観察しろ。光明を見出せ。

 この場を生きて脱する。それ以外の未来は必要ない。

 俺は死んではいけない人間なのだ。幸せにならなければいけない人間なのだ。


(――――待てよ)


 それは殆ど直感のような閃きだった。

 だが時間をかければかけるほど状況が悪化するのは目に見ているのだ。

 俺は躊躇なく駆け出した――近くに居た異形の下へ。


〈ギギャ!?〉


 すると連中は泡を食ったように動き始めた。

 我先に俺を殺さんと攻撃を繰り出すが、化け物を盾にするように立ち回り俺は凌いでいく。

 なのに奴らは構わず攻撃を続けている。


(やっぱりだ)


 最初、奴らが動かなかったのは俺の動向を窺っていたからではない。同族? に出し抜かれたくないから様子を窺っていたのだ。

 その内、痺れを切らして襲い掛かっては来ただろうがそれよりも早く俺が動いたことにより上手いこと場を乱せた。

 この混乱に乗じて逃げ出す――のは悪手だろう。ここに留まってひたすら掻き回し続けるのが最善手。


(当たれば一撃で終わりだが、幸いなことにギリギリ……一瞬たりとも気を抜かなければ何とか……)


 なりそう、いや何とかしなければいけない。

 銃弾の飛び交う戦場を散歩するようなものだ。でも生きるためには極限まで死に近付かねばならないというのなら迷う理由はない。


「――――少し様子を見るつもりだったけど、この展開は予想していなかったわ」


 腹を括った俺の耳にそんな言葉が飛び込んで来た瞬間、化け物どもが一匹残らず細切れになった。

 降り注ぐ血の雨の中、漆黒の刀を携えた少女の瞳が俺を射抜く。

 突然のことにどうしたものかと固まっていると、


「あ……れ……?」


 身体がぐらつき、気付けば地面に倒れていた。


「……ああ、短時間でもここであんな立ち回りをしたんだし当然よね」


 しゃがみ込んだ少女が俺を見て何かを言っている。

 でも、よく聞こえない……俺に分かるのはパンツの色ぐ……ら……い……。


「詳しい話は明日にしましょうか。だから、今はゆっくりおやすみなさいな」



2.お、俺は何て恐ろしい力を手に入れちまったんだ……


 目覚めると朝で俺は自宅のベッドで寝ていた。

 血の雨に濡れていたはずの制服も綺麗だったし、昨夜のことは夢だったのか?


「みーどー! 何か元気ないけどダイジョブ?」

「あー……? いやちょっと、昨晩は夢見が悪くてな」


 クラスメイトが話しかけて来たのでテキトーな理由を話したのだが、


「おいおいおい、クソ間抜けと言われるほど幸せな寝顔晒すお前が悪夢とか大丈夫かよ」

「……意外」

「フロイト先生の診断によると欲求不満ですね」

「フロイト先生はルールで禁止ですよね」

「フロイト先生はルール無用だろ」

「あのさあ、あんたらそれセクハラだよ」

「セクハラじゃないですぅ。ただの人名ですぅ」


 話を聞いていた他の奴らもわらわらと寄って来てしまった。

 まあ、心配して元気付けてくれようとしてるんだろうが……うーむ。


「で、どんな夢見たわけ?」

「…………到底、選択出来ないような二択を突きつけられる夢」

「トロッコ問題みたいな?」

「ああ。神様が言うんだよ。裸エプロンと裸ワイシャツ、どちらか片方を選べってさ。選ばれなかった方は未来永劫に消え去っちまうんだ」

「はい解散」

「どーでも良いわ」


 女子は去って行ったが野郎どもは分かるよ、みたいな顔で頷いている。

 昨日のことは考えても答えが出るとは思えないし野郎どもと猥談してる方が建設的だな。

 気持ちを切り替え、先生が来るまで俺は野郎どもと思春期トークに花を咲かせるのだった。


「さて、HRを始める前に今日は転校生を紹介したいと思う。」


 ほう、転校生とな。良いねえ。退屈な日常に彩りを与えてくれる素晴らしいイベントじゃないか。

 出来れば女が良いな。可愛い女の子が良いな。いや、女の子なんじゃないか?

 そう言えば今朝、通学路でうちの制服を着た見知らぬ可愛い女の子とぶつかってパンツを見たような(記憶捏造)。


「それじゃあ、入ってくれ」


 先生の呼びかけに答え教室に入って来た女生徒を見て俺は大きく目を見開いた。


「お前……!!」


 ガタン、と椅子から立ち上がった俺にクラス中の視線が集まる。

 ミスった。これはよろしくない。


「どうした美堂~?」


 とりあえずフォローを入れなければ。


「…………どうした? どうしたって言いました先生?」

「お、おう……言ったけど……え、何?」


 金髪少女はじっとこちらを見つめている。探るように、楽しむように。

 ちょっとムカつく。そのツインテールをポニーテールにしてやろうか!!(意味不明)。

 まあそれはともかくとしてだ。あっちも妙な注目は浴びたくないだろうし、こっちに合わせてくれるぐらいの頭はあんだろ。

 俺はすぅ、と息を吸い込み畳み掛けるように言葉を吐き出していく。


「転校生を見てこんな反応するとか察しがつくでしょう! 会ったんだよ! アイツと! 朝、通学路で!!

しかも曲がり角! ええそうです、ぶつかりましたよ! 見ましたよ! 焼き付けましたよ! 黒のレースをね!!」


 流石俺、ホント舌が回るな。

 だがこれならあの女も……ん? 余裕ぶっていた金髪ツインがさっと顔を赤くしてスカートを抑えてしまった。

 まさか、当たっていたのか? そんな馬鹿な――いや待てよ。

 昨日のあの、非現実的な出来事。漫画やラノベだとああいうイベントに巻き込まれた後、異能に目覚めたりするのがお約束だよな?

 だとすれば、


(…………女のパンツを当てる異能……? お、俺は何て恐ろしい力を手に入れちまったんだ……)


 世の男どもに知られたら殺されるかもしれん。女は言わずもがなだ。


「テメェにデリカシーはねえのか!!」

「転校生ちゃんが可哀想でしょ! 謝りなさいよ美堂!!」

「死ね女の敵!!」

「いや男の敵でもある! 何朝からラッキーイベント起こしてんだクソァ!」


 おっとブーイング。

 だが良い感じに場が乱れて上手いこと誤魔化せたな。


「あ、あー……美堂には後で説教しとくからとりあえず自己紹介頼めるか?」

「え、ええ」

「お前らも静かにー」


 では改めて、と少女は教壇に上がり言った。


「今日からお世話になります神崎 雅かんざき みやびです。よろしくね?」


 少女――神崎は俺を見つめ意味深に微笑んだ。

 本当なら直ぐにでも話を聞きたいところだが状況的にそうもいかないので時を待った。

 そして昼休み。チャイムが鳴るや直ぐに教室を出て近所の公園に向かった。

 この時間帯だと飯を食べに来る人も居そうなものだが、実はそうでもない。少し離れた場所にもっと良い公園があるからだ。

 ここは古くからある公園で……遊具とかもボロボロで、雑草もあちこち生え放題。端的に言って何か不気味なのだ。

 なので大人も子供も近寄らず内緒話をするには打ってつけの場所なのである。


「……来たか」


 五分ほどベンチで座っていると神崎が公園の中に入って来た。

 今朝の反応を見るに神崎が転校して来た目的は間違いなく俺だ。

 だからこっちからアクション見せれば乗って来るだろうとは思っていたが……察しの良い奴で助かったわ。

 これで気付かれてなかったら俺、完全にただの間抜けだからな。


「御待たせしたかしら?」

「いんや? 怪しまれんようにするなら時間空けるのは当然だろ」

「そうね。ところで、あなたはさっさと出て行ってしまったけど合流出来なかったらとは考えなかったのかしら?」

「普通の人間じゃないんだ。俺の現在地を把握するぐらいは出来るだろうと当たりをつけた」

「へえ! そうね、その通りよ。私は色々出来るし、色々知っている。それこそ、あなたのことだって」


 神崎は後ろで手を組みクルリと背を向け、語り始めた。


「美堂螢。身長175cm、体重58kg。誕生日は9月23日で星座は天秤座。

好きな食べ物はから揚げ、鶏天、フライドチキンなどの揚げた鶏全般ときゅうりのキ●ーちゃん。

性格は社交的で他校の生徒とも性別年齢問わず仲が良い。趣味に関しては特別これと言ったものはなく広く浅くが基本」


 ……想定はしてたが知らん人間に自分のことを色々知られてるってのはあんまり良い気分ではねえなあ。


「十年前に両親、祖母を事故で亡くし以降は祖父と二人暮らしをしていたが昨年、死別。現在は一人暮らしで資産の管理は……」

「もう良いよ」

「あら、まだまだ話せるのだけど?」

「踏み込んで良いラインってもんがあるだろ。わざわざ言われなきゃ分かんねえのか?」

「分かるわ。でも、これからのことについて語るならこの話題は避けて通れないもの」

「あ゛?」

「ねえ、美堂くん」


 くるっと、こちらを振り返った神崎が俺の顔を覗き込みながら告げる。


「――――十年前の事故が事故じゃなかったとしたらどうする?」

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