罪過の弾丸②
1.悪役令嬢
夜半。ロイヤル三姉妹はお菓子をつまみながら他愛のない話に興じていた。
「一番下のクリスが働いてるのにお姉様達は何時まで無職で居るの?」
「そりゃもうカールくんが結婚の決意を固めるまでかな」
「ええ。そうなれば我々も無職からお嫁さんにジョブチェンジですね」
「コイツら……」
「っと、お茶が切れちゃった。新しいの淹れなきゃ」
「なら私が淹れて来ますよ」
「いや、一応お姉様達はお客様だしクリスが……」
と、そこで全員の動きが止まる。
明らかに異質な気配を感じ取ったのだ。
アンヘルは即座にアーデルハイドに目配せを送りクリスを連れ転移で離脱するよう促すが、
「!……転移が、阻害される?」
「嘘」
軽く目を見開きつつアンヘルも転移を試すが失敗に終わる。
転移を阻害する結界か? いやだが、特に何も感じない。魔道士二人が険しい顔で語り合う。
「感知出来ない類の結界?」
「かもしれませんね。ですが予断は禁物。私達とて世の全てを知っているわけではありません」
「私達の知らないまったく未知の技術って可能性もあるわけか。飛んで逃げる?」
「転移を封じて来た以上、あちらもそれは織り込み済みでしょう」
「なら逆に、虎口に飛び込む方がまだ安全かもしれない……かな?」
二人は同時に溜息を吐き、これまで空気を読んで黙り込んでいたクリスを見据え言う。
「ちょっと厄介な問題が起きてるみたい。危険なことが起きるかもしれないけど頑張れる?」
「…………うん」
「良い子ですね。では、参りましょうか。クリス、私の傍を離れてはいけませんよ」
アンヘルを先頭に、三人は部屋を出て気配がする方へと向かう。
玄関ホールの階段まで辿り着いたところで、ゆっくりと扉が開かれるのを目にする。
「「――――」」
アンヘルとアーデルハイドの目が大きく見開かれた。
ふわりと風にそよぐ腰まで伸びたワインレッドの御髪。透き通るような白い肌、喜悦に濡れるアメジストの瞳。
毒々しい色彩のドレスに身を包むその女を、二人は知っていた。
「…………誰?」
怪訝な顔をするクリスの手を引っ張り自身の背に庇ったアーデルハイドが口を開く。
「エリザベート……まさか、今更帝国に戻って来るとは思ってもいませんでしたよ」
「姉を呼び捨てにするとは礼儀正しいあなたらしくなくってよ?」
クスクスと扇子を口元に当て笑うエリザベートにアンヘルとアーデルハイドは顔を顰める。
悪役令嬢エリザベート。帝国の元皇女にして現在は世界各地で混沌を巻き起こす最悪のテロリストだ。
何を考えているのかまるで分からないが、まずロクなことではないだろう。
「あなたの目的は?」
「目的、ですの? 愛する兄弟の願いを叶えてあげたい……なんて如何?」
瞬間、二人の顔が更に険しいものへと変わる。
現在の帝国の情勢を考えれば自ずと答えは出て来る――第一皇子と第二皇子だ。
「……ああそうか。この状況自体があなたの仕込みなわけか」
クリスの周辺にわざと影をちらつかせることで警戒心を抱かせる。
そして少し大胆な動きを見せることで自分達を誘き寄せ始末、あるいは捕縛する。
それがエリザベートの計画なのだとアンヘルとアーデルハイドはようやく理解した。
何故皇子達に協力しているのかなど腑に落ちない点も多々あるのだが今はそれを考えている場合ではない。
事によれば自分達の愛する男にまで危害が及んでいる可能性があるのだ。
「アーデルハイド、クリスをお願い」
「……油断は禁物よ」
分かっていると頷きアンヘルは階段からホールの中心に飛び降りた。
そしてノーモーションでエリザベートに向けレーザーを放った。
速度と貫通力に重きを置いたそれは音を置き去りにするほどの速度であったが、
「まあ野蛮」
エリザベートに当たる寸前で霧散する。
何もしていないように見えるが強化魔法によって向上したアンヘルの瞳は辛うじてその瞬間を捉えることが出来た。
やったことは単純。今も口元に当てている扇子で切り払ったのだ。
(……身体能力に関してはカールくんより上。シャルロットさんと同じくらい?
大規模な破壊力を持つ魔法は使うべきじゃないね。当たらないだろうし、あっちからすれば視界を遮る良いカーテンになっちゃう)
どれほどの実力か、などまでは分からない。自分は魔道士であって戦う者ではないから。
だが少なくともシャルロットと同等の実力だと考えるべきだろう。
アンヘルは速やかに分析を済ませ、エリザベートの攻略法を脳内で構築。即座に行動を始める。
「あらあら、久方ぶりにあった姉と語らうつもりはないの?」
歪曲させた空間から間断なく放たれる無数のレーザーを踊るように回避するエリザベート。
一つでも当たれば全身が穴だらけになるであろう状態なのに、その顔に浮かぶ余裕には微塵の翳りもない。
少しの間、その場で回避し続けていたエリザベートだが小さく嘆息すると一気に駆け出した。
じぐざぐに動きながら攻撃を回避しながら迫る悪役令嬢にアンヘルは、
(狙い通り)
魔法の手は緩めぬまま、じっとその時を待つ。
時間にして十数秒。遂にエリザベートが射程圏内に入る。
(カールくん直伝……ジェノサイド――エッジ!!!!)
気ではなく魔法を纏わせ右脚を弧を描くように振り上げる。
迎撃技として繰り出されたそれは正に完璧なタイミングであった。
だが、
「あら怖い」
急停止からのスウェー。
常人どころか天覧試合に出るような一流の武術家であろうとあの速度でこんなことをやらかせば筋肉が断裂するだろう。
活性の気を扱えるなら即座に治癒も可能だろうが、少なくとも一呼吸分の隙は生じてしまう。
だがエリザベートの損傷は皆無。肉体の性能が根本的に違うのだ。
(かかった)
技が空振りし大きな隙が生じる。露骨なやり方であれば警戒させてしまっただろう。
だがアンヘルのやり方は完璧だった。
何せ一流の武人であっても確実に仕留められるであろう見事な迎撃だったのだから。
目論見通りに攻撃を繰り出そうとしているエリザベートをアンヘルは腹の中で嗤う。
肉体に薄皮一枚で纏わせた迎撃障壁・荊の処女膜で穴だらけになってしまえ、と。
だが、
「――――え、なん、で」
胸に深々と突きたてられた刃。仕込んでいた魔法は不発に終わった。
霧散する術式。乱れる魔力。荊の処女膜だけでなく強化魔法まで解除されている。
回復魔法を使おうにもどういう理屈か、上手くいかない。
驚愕に目を見開くアンヘルを一笑し、エリザベートは刃を引き抜いた。
「あ、ぅ」
出血と痛みがアンヘルの意識を瞬く間に連れ去ってしまう。
「…………アンヘル?」
「安心なさって。死んではいないから。ええ、だって生け捕りにするように言われていますもの」
ふふ、と淑やかに微笑むエリザベートにアーデルハイドの理性は一瞬で焼き切れた。
2.水曜日のベルンシュタイン~水落ちする奴、大体死んでない説~
「ひ、ひひひ」
俺の呼びかけに応じるように、そいつは夜の闇からぬるりと現れた。
白と黒のツートンカラーの髪が特徴的な男か女かも分からない謎の人物。
「……どっかで見た記憶があるな」
思い出した。前に帰省した時に見かけた――確かそう、
何か映画のタイトルみてえな名前の変人だ。
何だってそんな野郎が俺をストーキングしてんだ? ってのは考えるまでもねえか。
理由は分からんが立ち上る殺気を見れば俺を殺ろうとしてるのは明白だ。
「あぁ……! 良い、良いよぉ! カールくん、カールくふぅん!!」
「……くん付けで呼ぶな」
自分を抱き締めクネクネしながら感極まったように叫ぶ真実男は端的に言って気持ちが悪かった。
「前に見た時より、ずっとずっとずっとずっと素敵だよぉ! 君の、君という人間の真実が! どんなものよりも強く輝いている!!」
「???」
駄目だコイツ、話が通じねえ。
完全に手前の世界観に浸ってやがる。頭が痛い。何で俺はこんなんに目ぇつけられてんだよ。
「でも駄目だ。君はもっともっと輝ける……そう、抑圧が君を更なる次元へ引き上げるんだ。
だから、ね? 殺すよ。ね? これから全力で君を殺しにかかる。一切手を抜かない。全霊だ。僕の全てを賭して君を殺す。
だから生き延びてね? ね? そ、そうすれば……ふひ、ふふふふはははあははははははははははははははは!!!!」
ひぇっ、何やコイツ。
ってドン引きしている場合じゃねえな。小さく嘆息し全身に気を巡らせアルコールを飛ばす。
「おい、無駄だとは思うが一応忠告しとくぜ。俺は神すら殺してのけるほどの男だ」
フッ、と笑う。
「――――勝てんぜ、お前は」
「そ、それは素敵だね」
そして三十秒後。
「おぼろっしゃぁ!?」
滅茶苦茶ボコにされた。
(何だコイツ、どうなってんだ? 意味が分からねえ……)
血反吐を撒き散らしながら吹っ飛んだ俺は牽制の気弾を放ちながら思案する。
真実男が普通に強いってのもある。だがそれ以前にコイツは何か根本的におかしい。
まず手を合わせても実力が分からないのだ。こうしてボコられている以上、俺より強いのは確かだが……いや強いのか?
ふわふわと曖昧なのだ。そして曖昧なのは強さだけじゃない。攻撃も曖昧だ。
虚実織り交ぜるのは戦いの基本だが真実男の攻撃はどれが虚でどれが実かが全然読めない。
なのにこっちのフェイントは全部見抜かれて悉くカウンターを食らってしまう。
(奴と俺の実力が隔絶してるから? いや違う。ジジイとやった時でさえこうはならなかった)
ジジイより強いのか? それは多分、ない。
だってこれはやばいと気合を入れ直したら何とか防戦出来ているしな。
ならば何某かのカラクリがあるはずだがまったく分からん。
(――――考えてもしょうがねえな)
分からないことにこれ以上、リソースを割く意味はない。
コイツは俺を殺ろうとしてる。俺は死にたくない。だから殺す。
これぐらいシンプルに割り切るぐらいが丁度良いと見……――あん?
気持ちを切り替えた途端、何となくではあるが虚実が読めるようになって来たし攻撃も通り始めた。
それだけじゃない。何となくではあるが真実男の実力についても見えて来たのだ。
(え、何で?)
いやそれはどうでも良いか。俺にとっては悪いことではないしな。
さしあたって考えるべきは息を潜めて戦況を窺っている何者かについてだ。
今の今まで気付かなかったあたり俺も相当に間抜けだわ。
(真実男に比べると随分実力に差がありそうだが……いや雑魚ってほどでもないんだけどさ。
殺気に使命感というか生真面目さを感じるし、元々真実男とつるんでたって感じじゃなさそうだ)
この分だと誰かに依頼されたか、命令されたかで俺の命を狙っていると見て良いだろう。
となると真実男もか? こっちは私情も混ざってそうだが……ああ、マジやってらんねえ。
(何で俺がこんな目に遭わにゃならんのだ)
沸々と怒りが沸いて来る。
とりあえずコイツらボコって情報聞き出そう。その後の処遇については……そん時考えれば良いやな。
「チィッ」
読めるようになったと言ってもコイツが俺より強いことに変わりはない。
体格差があるから膂力では俺の方が二回りほど上だろうが、そこは気である程度埋められる。
問題はテクニックだ。技術では俺が完全に後塵を拝している。
特に円の動きがダンチだ。こちらが繰り出す攻撃を悉くいなされ、反撃を叩き込まれてしまう。
今も攻撃をすかされて顎を蹴り上げられてしまった。
(だが付け入る隙がないわけじゃねえ)
真実男の技術は鍛錬によって培ったものでもなければ実戦を繰り返して磨き上げたわけでもない。
純度100%のセンスに起因するものだ。そこが俺にとっての光明、奴にとっての陥穽になる。
踏んだ場数は間違いなく俺の方が上。ならばやれる。
「あ、え、あれ……?」
そら引っ掛かった。
拍子を外し、奴の攻撃を空振らせた俺は間髪入れず正中線に沿って五連撃を叩き込み真実男を吹き飛ばす。
単純にリズムを変えただけならこうも上手くはいかなかっただろう。
だが完全な別人に成り切ってやれば圧倒的な実力差でもない限りはどんな達人でも流石に惑う。
そう、俺はジジイの呼吸を完コピして瞬間的に自分のそれからジジイのそれに切り替えてやったのだ。
同じ流派を使うまったく違う人間――さぞかし面食らっただろうよ。
(そんで、次は……)
真実男にクリーンヒットを食らわせはしたが殺せてはいない。
それなりのダメージが入ったけど、まだまだやれる。
だが隠れていた奴はそうは思わなかったのだろう。もう一人の襲撃者が焦りを滲ませながら動くのが分かった。
振り返り、気弾を放とうとして……出来なかった。
「は?」
金髪の少女が拳銃を構えてこちらを見ている。
どこかで見た覚えのある少女だが、そんなことはどうでも良い。
「――――
漆黒の長い銃身とそこに走る血管のような紅いライン――忘れるか、忘れるものか。
あれは俺の心から削り出した力なのだから。
俺の呟きに少女の目が大きく見開かれた。
「え……? みどう、くん?」
もう二度と耳にすることがないはずの名を呼ばれる。
「そんでお前も思い出し……!?」
その動揺は致命的な隙を生んだ。
俺の胸を背後から貫く白い手。真実男だ。
咄嗟に身体をずらし心臓だけは守ったものの、致命傷に変わりはない。
(活性の気を……! あ゛!? 何で……上手く巡らな……)
考えがまとまらない。
「ッッ……がぁ!!」
後ろ回し蹴りを放ち牽制。
真実男に距離を取らせた俺は胸の傷を抑えながら橋の欄干に飛び乗った。
「何で俺の命を狙ったか知らねえが……ごほっ!」
吐き出された血がびちゃびちゃと地面を濡らす。
このまま戦いを続ければ間違いなく死ぬ。
(こんなところで死ねるか……ッ)
こうなったらイチかバチかの可能性に賭けるしかあるまい。
そう、特撮で水落ちする奴大体死んでない説に……!!
「この借りは必ず返す……お前らにもお前らの後ろに居る奴にもな……ッ、覚えとけやカスども!!」
「待って美堂くん!!」
そうして俺は荒れ狂う濁流に身を投げた。
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