罪過の弾丸①
1.エロやかな心を持ちながら激しい怒りによってうんぬんかんぬん
バーレスク近辺にある廃墟の地下。
魔法により広さを弄った上で結界を用いて外部とは完全に遮断したそこでカールによる教導が行われていた。
「ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! 無理無理無理無理! 死ぬ! 死んじゃうぅうううううう!!!!」
絶え間なく放たれる気弾をクリスは涙目で避け続ける。
無理、だとか死んじゃう、などと言っているが常人ならそもそも回避自体が不可能だ。
少なくとも端っこで見守っているアンヘルとアーデルハイドの素の身体能力では一発も避けられないだろう。
(…………コイツ、やべえわ)
鍛錬をつけ始めてもう少しで一月だがカールの目から見てその成長速度は異常だった。
カールも血筋のお陰か恵まれた肉体を持っているがクリスはその比ではない。
当たり前の話だが筋トレなどを行っても直ぐに効果が出るわけではない。
だと言うのにクリスは日々、肉体的な性能が向上しているのだ。
(確かクリスの同腹の姉ちゃんってのは十歳で親父の暗殺を目論んだんだよな?)
十歳で父親殺そうとする精神性も大概だが、クリスを見ていると別の意味でもやばいのではないかと邪推してしまう。
つまり、その齢で大貴族の当主を単独で殺せる性能があったのではないかと言うことだ。
アンヘルやアーデルハイドほどではないだろうが二人のような子供が生まれるあたり、父親も魔道士としては中々のものなのだろう。
加えて立場が立場なだけに傍には腕利きの護衛ぐらいは居てもおかしくはない。
それらを問題なく突破出来て父の首を獲れるほどの十歳――やば過ぎる。
(ゾルタンは姉ちゃんのその後については言及しなかったが)
生きているのなら相当な実力者になっているのではなかろうか。
と、そこまで考えてカールは首を横に振った。
どうせ会うこともないだろう人物について考えてもしょうがないと。
「ほれクリス、逃げてるばっかじゃ終わんねーぞー」
「逃げなきゃ当たるじゃん! 馬鹿なのお兄ちゃん!?」
「今のお前でも何とか出来るレベルでやってるんだがなあ」
「出来ないし! 出来るわけないし!!」
言い返せるぐらいには余裕もがあるだろうと思ったが、カールは何も言わなかった。
代わりに少し思案した後、一つアドバイスを送った。
「クリス、心を解き放て」
「いきなり何言ってんの? 怪しいセミナーにでも行って影響受けちゃった? チンピラから意識高い系にジョブチェンジですか?」
「殺されてえのかテメェ」
あと、カールはどちらかと言えば怪しいセミナーを開く側である。
カールは若干、弾幕の勢いを強くしながら諭すように続ける。
「俺が言いたいのは感情を爆発させろってことさ」
「既に爆発してるんですけど? この理不尽に怒りと悲しみが花火の如く爆ぜまくってるんですけど!?」
「…………お前はパッと見は素直に感情表現をするタイプに思えるが、その実そうでもない」
相手が許容出来るラインをしっかり見極めた上でやっているのだ。
「俺やアンヘル、アーデルハイドにお前はずけずけものを言うがそれは俺らが本気で怒らないのを分かってるからだろ?」
クリスは無神経なように見えて、かなり繊細な部分がある。
恐らくはその生い立ちゆえだろう。
カールによって心と身体を外の世界に連れ出されはしたが、深く根付いたそれは中々変えられるようなものではない。
「空気を読むのは大事だが、そりゃあくまで日常生活の話だ。戦いの場においては足枷にしかならねえ。
さっき理不尽に憤ってるし悲しんでるって言ったよな? まあ嘘ではないんだろうが……足りない。もっと激しく感情を滾らせろ」
カールの言葉にクリスは眉を顰めながらこう答える。
「いやでも戦いの中で激情を露にするとか物語だと露骨な負けパターンなんですけど。
感情を処理出来ない人間はゴミだとか言われながらバッサリいかれちゃうんですけど」
物語云々はさておくとしてだ。
それは正しくはあるが、何もかもがその通りというわけでもない。
「激情を力に変えられる奴と激情が足を引っ張る奴が居るんだよ。
アンヘルとアーデルハイドは後者だが俺とお前は前者に分類される人間だ。その証拠に俺、大事な戦いの時は大体キレてるしな」
八俣遠呂智との決戦が良い例だ。
もう駄目かと皆が思ったその時も、カールは怒りによって立ち上がった。
だが決して怒りで判断が鈍ることはない。むしろ怒れば怒るほどにその思考は研ぎ澄まされていく。
もっとも、禁術で無理矢理怒りを引き出した場合はまた別だが。
「……ゾルタン先生と同じことを仰るんですね」
「……私達、そんなに駄目かなあ?」
「優劣じゃないさ。単なる向き不向きの問題だよ」
言いつつカールはクリスに向かって更なる言葉を投げる。
「俺にコクった時を思い出せよ。あん時はこれでもかってぐらい感情を爆発させてただろ?」
「む、むむ」
そんなカールの指導もむなくしくクリスが壁を越えることなく時間だけが流れこの日の訓練は終わった。
「……」
「そんな顔するなって。別にガッカリしてるわけじゃねえからさ」
「……うん」
クリス自身は好んでやっているわけではない。
とは言え、大好きな恋人が熱心に指導してくれているのに応えてあげられないのも申し訳ない。
気まずそうな顔をするクリスの頭をカールは少し乱暴に撫でてやる。
「まあ、何だ。ぶっちゃけ俺もちょっと指導に熱が入りすぎた」
そもそもこれは万が一に備えてクリスに身を守る術を教えるための鍛錬だ。
今のクリスは戦うのはさておき、逃げることに集中するならかなりのレベルに達している。
感情を爆発させて戦うなんてスタイルまで身につけさせる必要はないのだ。
「侘び代わりに明日はデートでもするか?」
「それは嬉しいけど……」
「んだよ」
「明日だとキツイんじゃない? だってこれからヴァッシュさんだっけ? と飲みに行くんでしょ?」
そう、今夜カールはヴァッシュの送別会がてら飲みに行く約束をしていたのだ。
どうせ明日は夜まで潰れているんじゃないかというクリスの指摘は正しい。
「だから明後日にしよ明後日。ね、ね? 約束よ?」
「分かった分かった。んじゃ、明後日はめいっぱいちやほやしてやるよ」
「やた!」
ふふーん! と姉二人にドヤ顔を向けるクリス。
アンヘルとアーデルハイドは笑顔だがその額には青筋が浮かんでいた。
「じゃ、俺はそろそろ行くわ」
ちらりと目配せをすると姉二人は小さく頷いた。
カールは満足げに笑い、地下空間を出て行った。
「カールくんも居ないし今夜はクリスのとこでお世話になろうかな」
「え゛」
「ええ、偶には姉妹水入らずというのも悪くありません」
苦い顔を隠しもしないクリスだが別に嫌がらせをしているわけではない。
最近、クリスの近辺に見え隠れする影が少し妙な動きをしているのでその警戒のためだ。
まあ、
「折角だし、勉強でも教えてあげよっか?」
「それは素晴らしい案ですね。カールさんが護身術を教えているのに姉である私達が何もというのは情けないですしね」
「でしょ?」
「あ、あ、あ」
何も知らないクリスからすれば堪ったものではないのだが。
2.フラグ回収
「綺麗なチャンネーを侍らせて飲む酒はうめえなあ! ゲハハハハハハハ!!!!」
注がれた酒を一気飲みし、腹の底から笑う。
以前、協力の礼にとジブリールの婆さんから貰ったクーポン使ってキャバで飲んでるんだが楽しくて楽しくてしょうがない。
気の置けないダチ、綺麗な姉ちゃん、旨い酒、美味い料理、これだけ揃っていて楽しくないわけがないだろう。
「…………お前さ、時々品性をドブに捨てるよな」
「時々下品にならないと俺のエレガント力が天元突破しちまうからな。ちかたないね!」
ザワークラウトが詰まったソーセージに齧り付く。美味い、実に美味い。
キャベツの酸味とチーズのとろみがソーセージの味を何倍にも引き立ててくれている。
あー、これホットドッグとかにしても美味そうだな。
マスタードを少々とハラペーニョソースをかけてやれば……おお、想像するだけで腹が減るぜ。
今度伯父さんに作ってもらおう。
「しかし、今日は晴れて良かったな。気分良く飲んだ後で濡れ鼠になりながら帰るのはしんどいし」
ヴァッシュがビールを傾けながら言う。
ここ一週間ぐらいざあざあ降りだったから晴れて良かったと言うのには同意だ。
「雨の日も嫌いじゃないが長いこと続くのは嫌だよなあ。偶にならじゃあ今日は部屋で大人しく読書に勤しむかってなるけど」
「連日続くとただただ気が滅入る」
「それな。あと俺んとこは客商売じゃん? 多少の雨ならともかく土砂降りだと客足が遠退くんだよなあ」
「ああ……俺は平気だがバーレスクのあたりは雨が降るとますます不気味になるからな」
「そうそれ。夜で雨だとあっこら辺、ガチでゴーストタウンだからな」
ただでさえ立地がよろしくないから大雨の日なんかは殆ど客が来ないのだ。
楽っちゃ楽だけど、こっちも商売だからな。
おまんまの食い上げなんてことにゃそうそうならんが世の中何があるか分からんし稼げる時に稼いでおきたい。
「飲食店は大変だな」
「大変じゃない仕事なんてねえだろ」
「フッ、道理だな」
「ちなみにお前ってどんな仕事してんの?」
騎士なので主の護衛が職務の一つだろうことは分かる。
だがそれ以外では一体何をやっているのか。
話せる範囲で構わないから教えてくれと言うとヴァッシュは小さく頷き、語り始めた。
「部下の鍛錬。領内の警邏。事務仕事……」
「事務仕事なんてやってんの?」
「まあ、これでもそこそこの立場だからな。それとモンスターの駆除なんかもしているか」
「モンスターの駆除? そりゃ冒険者の仕事だろ」
「冒険者――……と言うより外部の人間を入れたくない土地に限ってだ」
「ああ、そういう」
いわゆる天領とかそういう土地のことだろう。
「あと、モンスター絡みで言うと主の個人的な願いで討伐がてら素材を採って来たりもするな」
「……何で?」
「ああ見えて主は魔道士でな。主に呪いやアーティファクトの生成を得手としていてそれに使うんだよ」
帝国の貴族が魔道士としての力量を尊ぶようにブリテンでは武が尊ばれている。
勿論、魔道士が居ないわけではないが王族であるモモちんが魔道士ってのはかなり珍しい。
俺の表情から何を考えているのかを察したのだろう。ヴァッシュは苦笑しつつ続けた。
「主は幼い頃、妖精に攫われてしばし彼らの領域で過ごしていたからな。その影響もあるのだろう」
「……妖精、か」
エルフほどではないが妖精もまたレアな種族である。
噂ではブリテンの領土に幾つか妖精郷へと続く場所があるとのことだが、どんな感じなんだろうな。
「俺の話も良いがカール、お前の話も聞かせてくれ」
「俺の話ぃ?」
「前に飲んだ時も色々聞かせてもらったが全部じゃないだろう?」
まあ、そうねえ。
あれやこれや話した覚えはあるがジャーシンでの一件やそれに連なる葦原関連のこと。
他にも話の種は残っている。
「よかばってん! 俺の伝説ベストテンを語っちゃうか!!」
それから俺達は閉店まで飲み明かし、語り明かし、楽しい時間を過ごした。
会計を済ませて外に出た俺とヴァッシュは少し無言で立ち止まり、小さく息を吐いた。
「俺らもずっとガキのままじゃ居られねえ」
「そうだな」
「四人一緒に何時までもつるんでるのも……まあそれはそれで悪かねえが」
「ああ、俺には俺の。お前にはお前のやりたいことがある」
カースを貰った後、自然と俺達はそれぞれの道に向かって歩き出した。
別れを惜しむ気持ちがなかったわけではない。それはきっとヴァッシュやティーツ、クロスも同じはずだ。
何も言わずに去ったのはしんみりとするのが気恥ずかしかったからだろう。
「でもまあ、離れたからって俺らがダチであることに変わりはねえ。
だからよ、何か困ったことがあれば何時でも言ってくれ。俺に出来ることなら手ぇ貸すからさ」
俺がそう告げると、
「ふっ、それはこちらの台詞だ。俺達の中ではカールが一番、波乱な日々を送っているようだしな」
「るせえ」
どちらからともなく笑い声を上げ、俺達は拳をぶつけ合った。
「元気でな」
「お前もな」
ニッ、と笑って俺達は背を向けそれぞれの帰るべき場所へ歩き出した。
それにしても、良い夜だ。
「散歩がてら遠回りして帰るか」
月を眺めながら鼻歌交じりに寝静まった帝都を歩く。
帝国の首都だけあって治安も良いし、仮に何かあっても俺なら問題なかろう。
「何たって俺は神殺し~♪」
しばしうろうろしていたが、ぶるると尿意を催す。
近場にトイレはないが――丁度良い場所を見つけた。
俺は少し先にある石橋の淵に飛び乗り、真ん中あたりまで行きズボンを下ろす。
「お……ぅ……ふぅ……」
前日までの大雨のせいで眼下の川はかなり流れが激しい。
濁りまくっているのだから今更、俺の聖水が混ざったところで問題はあるまい。
「さて」
ズボンを戻し、俺が歩いて来た方に視線をやる。
「――――かくれんぼはそろそろ終いにしようぜ」
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