日常⑨

1.コスプレ維新志士カール・ベルンシュタイン


 逆バニーで姉さん方の心を掴んだことで場は十分に温まった。

 霊草煙草に火を点けながら俺は切り出した。


「バニーも定番中の定番だが、コスプレと言うなら制服だけは避けては通れん道でしょう

「まあそうね。うちでも官吏のものを怒られない程度に真似た制服だったりウェイトレスやメイド服なんかも扱ってるもの」

「ニッチなとこではコック服や建設作業に使う作業服なんかもそうかしら。あれ選ぶお客さんってわりと急角度の変態さんだったりするのよねえ」

「あとは宗教関係――シスター服も定番かしら」

「シスタージブリールも現役時代はバリバリ使ってたみたいだし」

「あ、聞いたことあるわ。元シスターって肩書きをトコトンまで利用してたのよね」

「今にして思うけどよく怒られませんでしたね」

「DR教は懐の広さが売りなのさ」


 姉さん方が口々に様々な制服を挙げていく。

 だが俺にとってはド定番の“ある制服”が出て来ることはついぞなかった。


「で、カールよ。あんたが言うところの制服ってのは何なんだい? 今挙げた中にはなかったんだろう?」

「分かるかい婆さん」

「分からいでか。そも、あたしらが軽く話し合った程度で出て来るようなものをあんたが出すわけがない」


 視線で答えを促される。

 俺は大きく頷き、吸い込んだ煙と共に答えを吐き出す。


「“女子用学生服”だ」

「学生服……ねえ。いや、あるにはあるけど」


 既に実力を示したからか否定的な反応ではないが、何でそこ? みたいな空気がある。

 まあ、無理もない。俺からすればセーラーやブレザーは鉄板中の鉄板だがこの世界では違う。ちょっとした変り種程度の認識だ。

 何でかって? この世界においてセーラーとブレザーは100%のポテンシャルを発揮出来ていないからである。

 何故ポテンシャルを発揮出来ないのかと言うと“学校”というものの立ち位置が違うからだ。


 セーラーもブレザーも両方好きな俺から言わせてもらうと、だ。

 別に制服のデザインにのみ興奮してるわけじゃねえんだよ。

 中学校、高校という青春の日々をすごした学校ってバックボーンありきなんだ。

 かつては直ぐそこにあった日常。特別だなんて思いもしていなかった。失われてからその貴さを思い知る。

 制服は甘い思い出も苦い思い出も詰まった学校という空間の象徴なのだと思う。

 とうに大人になってしまったけど、それでも……そう、それでも! だ。


(擬似的にでも良い……あの頃の、青く煌く春の情動を思い出して……あ、そういや俺最終学歴中卒だ……)


 高校二年の時に死んじゃったからね。いかん、ちょっと泣きそうだわ。

 話を簡潔にまとめると学校というものが日常として完全に浸透してたから、その補正も込みで定番になったんじゃないかってことだ。

 だからこそ学校が日常とは遠い場所に在るこの世界においてはイマイチ立場を確立出来ていないってのが俺の分析だ。

 何せ多くの国家が軒を連ねる大陸で一番栄えている帝国ですら学校ってのは金持ちが行くとこって認識だからな。

 読み書きと簡単な算術を教えるのは親や近所の暇してる爺さん婆さん。或いは教会あたりでってのが一般的だ。

 庶民でも通えるような学校があるなんて、少なくとも俺は一度も聞いたことがない。


(だが、それで良いのか?)


 制服という素晴らしい文化を蕾のまま枯らせてしまって良いのか? 良くない。駄目、絶対。

 であれば! であれば俺が立ち上がるしかなかろうが! それが制服の素晴らしさを知る男としての責務だと、俺はそう信じている。


「色々腹案はあるが、まずはデザイン面でのポテンシャルの高さについて語らせて欲しい」

「ああ、遠慮は要らないよ。あたしらのことは気にせず存分に語ってくんな」


 灰皿に煙草を押し付け火を消す。

 霊草煙草は魂の治癒だけじゃなくリラックス状態にさせてくれるからホント有能だわ。


「キャラ付けの容易さ――それが制服が持つ武器の一つだと俺は思う」

「キャラ付けの容易さ、ですか?」

「まあこれは実際に見てもらった方が早いだろう」


 ちらっと視線をやると二人は頷き逆バニーからブレザータイプの制服に変身してくれた。

 学校の校則に違反しないスタンダードな着こなし。まずはこれを見てもらわないことには話しが始まらない。


「アンヘル、例の物を」

「はいはい」


 机の上に化粧箱が出現する。

 魔法でぱっぱと変えるのも良いが利点を分かり易く示すためには実際の作業を見てもらった方が良いからな。


「……カール、あんた化粧まで出来るのかい?」

「俺はスキルアップを怠らない男だからな」


 皆に見えないよう背を向けてもらってメイクを始める。

 元が良いから綺麗に見せるような化粧は必要ない。なのでこれはあくまでキャラを立たせるためのメイクだ。


「こんなもんか。よし、次だ」


 まずはブレザーの上着とカーディガンを取っ払う。

 シャツだけになったところでスカートの裾を内側に巻き込んで丈を短くしていく。

 見えそうだけど普通に立って歩いてる分には見えない、それでも危ういぐらいがコツだ。

 お次はリボンを緩めてキッチリ首のところまで閉じていたボタンを外しちょいと胸元を見せる。

 それが終われば今度は袖だ。袖のボタンを外し手首の上あたりまで緩く捲り上げる。

 そして先ほど取っ払ったカーディガンを腰に巻いて――まあ、こんなもんか。


「どうよ? 遊んでるっぽい感じの子になっただろ?」


 ギャルっぽい仕上がりになったアンヘルを皆に見せ付ける。


「…………ああ、なるほど」


 髪型やメイク、服で印象を作るなんてのは女ならば誰でもやってる。

 が、一から構築してくのは面倒だし金もかかるし他の子に転用するのが難しいしで個人としてならともかく店で使う分には不向きだ。

 だが制服は違う。簡単なアレンジでキャラに幅を持たせられる。


「靴下や眼鏡なんかのちょっとした小物を使うだけでも印象を簡単に変えられる」


 今度はアーデルハイドに手を加える。

 野暮ったい眼鏡をかけさせ、髪形もじんみーな三つ編みに。

 本来持つ美しさを曇らせる感じで手を咥えてくと、あっと言う間に芋い女子の出来上がりだ。

 アンヘルとアーデルハイド、実際のJKを意識したわけではない。

 あくまでキャラとしての分かり易さを優先したアレンジである。

 コスプレという意味ではわざとらしいぐらいが丁度良いのだ。


「他のコスプレでもアレンジは加えられる。だが、それはエロさを際立たせるとかそんぐらいだろう」


 だが制服は違う。着ている人間の性格キャラにまで影響を及ぼすアレンジが出来るのだ。

 同じようなことが出来るコスはまあ、他にもなくはないがやり易さって意味じゃ制服が一番だと思う。


「今回は敢えて分かり易いように対極のコンセプトでアレンジしてみたが制服のポテンシャルはこんなもんじゃない。

自分を変えようとして若干無理してイケイケ風を装っているキャラ。

清楚なように見せかけてその実、スケベなんじゃねコイツ? みたいなキャラ付けだって可能だ」


 それはある意味、武の道にも似ていると思う。

 武というものは極めれば極めるほどに更なる領域が見えてくる。キリがないのだ。


「完成を山の頂に例えるのならこの俺をして麓を踏んだかどうかさえ怪しい」

「助言を乞うている身で何だがカールよ。コスプレと武を一緒くたにするのは流石にどうなんだい?」

「問題ない。だって俺、武にもコスプレにも真剣に取り組んでるからね」


 武術家にもコスプレ愛好家にも文句は言わせない。


「話を戻そう。キャラ付けって強力武器があるとは言え、あるとは言えだ。

制服のポテンシャルはこんなもんじゃねえ。ただそれを引き出すためには足りてねえものが多過ぎる。

だが不足を補う手段はそれこそこの国の皇帝にでもならねえ限りは埋められねえものだ」


 制服の魅力を完全に引き出すためには学校というものを日常として根付かせる必要がある。

 一個人にはとてもとても……。


「愛する制服のために俺が皇帝の座を目指すのも悪くないと言えば悪くないが」

「……あんた、さらっとやばいこと言ってる自覚はあるかい?」

「というか制服のために皇帝目指すって……気合の入った変態通り越して頭おかしい変態じゃないの……」


 ツッコミは無視するとしてだ。


「仮に皇帝になれてもン十年規模の計画になるのは確定。それじゃ駄目だ。婆さんが制服の夜明けを見れないまま死んじまう」


 そう、さながら日本の夜明けを見届けられぬまま死んだ坂本竜馬の如くな。


「いや別にあたしは制服の夜明けを見たいとは一言も言ってないんだが」

「だから発想の転換。不足を補いつつ、それ自体が利益を生むような形にするのはどうかと考えた」

「聞こうか」


 商売の話に及んだからだろう。婆さんの目に真剣な色が帯び始めた。


「学園生活を疑似体験出来る店を作るんだよ。ああ、先に言っておくが本番はなしだ」


 健全度合いで言えばキャバクラと同程度のレベルを想定している。

 え、そんなのに金払う客居るの? って疑問に思うだろう。

 婆さんや達もイマイチピンと来ていないようで小首を傾げている。


「物珍しさで一回ぐらいは来るかもしれないが次に続くのか? みてえな顔してるな。安心しろ、ちゃんと考えてある」


 男ってのは何もエロだけに心をトキめかせる生き物じゃねえんだ。

 それ以外でも心を大きく奮わせることは多々ある。


「健全な青い春を演出することで男どもの心を鷲掴みにする」


 擬似的な学園生活つってもだ。俺はリアルさを優先するつもりはない。

 それだと上手いこと波に乗れない男だと楽しめないからな。


「学園生活でしか味わえない青春を売りにするってことかい? だがカールよ……」

「それがどんなもんか分からねえって言いたいんだろ?」

「ああ。あたしも学校なんて行ったことないからねえ。うちで働いてる子達もそうさ」


 学校に行けるような身の上の人間が婆さんとこで働くようなことはまずないからな。


「安心しろ婆さん――――俺が居る」

「……あんた学校行ったことあんのかい?」

「ああ、前世でちょっとな」


 思わずぽろっと零してしまったが冗談だと受け取ったようではいはい、みたいな態度で流されてしまった。


「実際にこの案を婆さんが採用するかどうかはさておきだ」


 もしやるんなら最初の内は俺が演出家兼キャストとして参加するつもりだ。

 言いだしっぺだからな。当然、責任は持つさ。

 とは言えずっと俺が関わるわけにもいかない。本業もあるしな。

 なので実地による体験と青春を鮮やかに彩る胸キュンシチュを記した教科書でも作って皆に勉強してもらおうかなって。

 んでもう大丈夫かな? ってあたりでペーパーテストをやらせて判断を下そうと思う。


「ふむ……あんたの考えは分かった。正直、悪くないと思うよ。

求められるハードルはそれなりに高そうだが身体を売ることに抵抗があるような子の勤め先を増やせるのは良いことだしねえ」


「そういう子だけじゃないぜ。引退した人らを教師役兼監視役として雇うことも可能だ」


 こういう業界で引退まで勤め上げるような人は大概、人を見る目が養われている。

 学園キャバはそのコンセプト上、普通の風俗よりガチ恋勢が現れ易いだろうことが予想出来る。

 弁えている客は良いが、中にはちょっとこれはって奴も一定数出て来るだろう。

 そういうのをそれとなくリストアップし対策を立てるためにも経験豊富な姉さんの存在は必要不可欠だ。


「ああ、そういう利点もあったか」


 婆さんも察しが悪いわけじゃないがこの話に限っては素人さんだからな。

 即座に考えが及ばなかったのも仕方なかろうて。


「利点はようく分かったよ。だがね、これを商売として成立させようと思ったら店側の努力は当然として客の主体性も重要になるんじゃないのかい?」


 店側が客を楽しませる努力をするのは当然だ。

 しかし、学園キャバの場合は客側の積極性がなければ成立しないのでは? 婆さんの懸念には一面の正しさがある。

 俺はわりと器用な性格だし学園キャバなんてものがあれば十全に楽しめるだろう。

 だが風俗に来る客の中には引っ込み思案な奴らも当然居る。そういう奴はハナからターゲットにしなければ良いのでは? ノンノン。それじゃ駄目だ。

 仮に客を選んだとしても学園キャバを存分に楽しめる奴だけに絞ったら商売が成り立たん。

 積極性はあっても器用さがないなんて客も居るだろうしな。


「客をリードして楽しませるなんてのはこの界隈では必須スキルだろう?」

「それは……そうだが、皆が皆上手くやれるわけじゃないよ」

「だからキャスト側がそれを学ぶ場としても活用するんだよ」


 擬似とは言え学園生活だ。

 キャストと客の一対一じゃない。客はともかくキャストの方は常に複数用意しておくのが基本だ。

 一人前のキャストと半人前のキャストを混ぜることでベテランの技術を間近で学ぶ場としても活用することを俺は想定している。


「……なるほど。その手の技術は口だけでは伝え切れない部分がどうしてもあるからねえ」

「つっても学ぶ側に勤勉さがあるのが前提だけどな」

「そこは経営者側で何とかすることさ」

「それと消極的っつーか上手いことコミュニケーションが出来ない客を想定した胸キュンシチュも当然考えてある」


 “オタクくんに優しいギャル”もそうさ!! 必ず存在する!!!!

 かつてそう語った偉大な男が居るとか居ないとか。

 本気の人嫌いならそもそもそういう店には来ねえからな。

 構って欲しいって気持ちが確かに存在しているのならオタクくんに優しいギャルの概念は覿面だろう。


「しっかし……」

「ん?」

「あんた、商売人の才覚もあるんじゃないのかい? 何だったらうちで働いてみるかね」

「俺を評価してくれるのは嬉しいが断るよ。金が絡まない立場だからこそ純粋にエロを追求出来るのさ」


 その後も日暮れまであれやこれやと話をし、今日は解散ということになった。


「また暇な時があればよろしく頼むよ」

「おう、じゃあな」


 婆さん達に別れを告げアンヘルとアーデルハイドを伴って店を出る。

 そのまま転移で帰っても良かったが、少し歩きたい気分だ。

 そう伝えると二人は笑顔で承諾してくれた。

 それじゃあ、と足を踏み出そうとした正にその瞬間である。


〈ニャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!〉


 黒猫の大群が俺達の前を走り去って行った。


「「「…………え、何これ」」」

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