日常⑧

1.現代知識無双


「う、うぅ……こうなったら……庵、逃げるわよ!!」


 姉二人に責められて進退窮まったクリスが叫ぶ。

 自分一人ならともかく庵を盾にすれば無茶はしないと踏んだのだろう。小賢しい奴である。


「えぇ……いやまあ、別に良いですけどぉ」


 そして庵も付き合いが良いな。

 庵は夫婦鬼を召喚し、自分とクリスを抱きかかえさせると即座にこの場から離脱を図った。


「兄様、ちょっと遊びに行ってきますねー!!」

「はいはい、いってらっさい」


 夫婦鬼はその巨躯に見合わぬ身軽さでぴょんぴょん屋根を跳び伝って街へと消えて行った。

 姉二人は小さく嘆息しつつも、追うつもりはないようだ。


「そんで御二人さんよ。何だってそこまでクリスを鍛える方向に持っていきたがったんだい?」


 クリスの空気を読まない発言にイラッ☆ と来たのは事実だろう。

 だが言ってしまえばそれは何時ものことだ。ちょっとイジメてそれで終わりが普段のパターンである。

 だってのに二人からはわりと真剣にクリスを鍛えたいという意思が窺えた。


「あー、ちょっとあの子の周りがきな臭いことになっててね」

「あん?」


 聞き捨てなら無い台詞だ。


「……カールさんはあの子のことについてそれなりに知っているんですよね?」

「ああ、クリスと会う前にゾルタンから色々聞かされたからな」


 同腹の姉がかつて父親の暗殺を目論んだこと。魔法が使えないこと。

 ある程度は知っている。


「なら察しがつくと思いますが……その、言い方は悪いですが家の者からすればあの子はどうでも良い存在なのです」

「それはまあ、そうだろうな」


 父親は気にかけているみたいだがそれ以外の身内にとってはな

 かつて暗殺を企てた女の妹で、尚且つ魔法が使えない。政治的には僅かな影響力もないだろう。

 だからこそ大貴族の家に生まれながら場末の酒場でバイトも出来るわけだ。


「その通りです。しかし、そんなあの子の屋敷の周りに不審な影がちらほらと。調べてみると、どうにも家の手の者のようで」

「私とアーデルハイドもクリスと似たような立場だけど、それでも私達にならまだ理解出来るんだよ」


 それは分かる。アンヘルもアーデルハイドもそれぞれの理由で主流から外れてしまったが魔道士としての力量は世界でも屈指のレベルだ。

 戦力的には言わずもがな、魔道士としての力量が特に物を言う帝国においては政治的にも重い意味を持つ。

 権力争いの主流から外れてしまってもその気になれば復帰出来るだけの材料は揃っている。

 コイツらの家の内情は知らんが、家督争いなんかしてるのなら放置は出来んだろう。


「ですが私達の周囲を探っても影はありません。これまでと同じ完全放置です」

「なのにクリスの周りにだけ……ちょっとこれは無視出来ないかなって」

「私とアンヘルで監視の目はつけていますが世の中に絶対はありません」

「だから万が一に備えてってか」


 何だかんだ言ってお姉ちゃんなんだな。

 俺は一人っ子だが憎まれ口を叩きながらも心配してくれる兄姉ってのは少し羨ましい。

 あ、そうだ今夜はお姉ちゃんプレイをお願いしよう(天啓)。


「ちなみにだがクリスの監視ってのは」

「あくまであの子の家の周りだけだね。少なくともバーレスクに居る時は何もないよ」

「シャルロットさんが居ますからね。下手に近付いて彼女を刺激したくなかったのでしょう」

「……シャルの存在も把握してるのか」

「元々は私の護衛だったし、特別隠されてるわけでもなかったから」


 なるほどねえ。

 まあ色々気にはなるが俺は貴族関係なんざよう分からんし二人に任せよう。


「兎に角事情は理解した。俺も本気でクリスを仕込むとしよう」

「……良いんですか?」

「自分の女だからな」


 一番はこの手で守ってやることだがアーデルハイドが言うように世の中に絶対はない。

 懸念が晴れるまで四六時中傍に居るってのも俺は平気だがクリスが困るだろう。

 あれは図々しいように見えるし実際その通りだが、塩対応込みで甘えてるとこもあるからな。

 自分のために俺を四六時中縛り付けていることに気付かれれば気に病みかねん。

 あと、俺が傍に居ることで監視してる連中が何を考えるか分からんってのも怖いしな。


「とは言え鍛えるとなると意欲的に取り組んでもらわなきゃ身に着かんからなあ」


 ここはいっちょ、ホストの如くクリスをちやほやしてモチベを絶やさないようにしなきゃな。


「大丈夫ですか?」

「不特定多数の人間のモチベを維持するよりゃ楽だよ」

「うん、ありがと。必要な物があればこっちで用意するからよろしくね」

「ああ、それなら気兼ねなく暴れられる空間とか用意出来るか?」

「結界と空間操作の魔法を併用すれば可能です。用意しておきましょう」

「おう、頼むわ」


 ふと、ジジイの許可なしに他人に最強無敵流を教えて良いのかな? とも思ったがまあ良いか。

 問題がありそうならアレンジ加えて別物だって言い張りゃ問題なかろう。


「あ、カールくん。そろそろ時間じゃない?」


 アンヘルに言われ懐中時計を確認すると確かに約束の時間はもう直ぐそこまで迫っていた。

 と言っても移動は転移で済ませるから特に焦りはないのだが。


「そいじゃあ行こうか」

「うん」


 三人揃って色町のとある高級酒場の前まで転移する。

 扉にはCLOSEの札がかかっているが俺は構わず扉を開けた。


「お、カールじゃないか。わざわざ悪いねえ」


 カウンター席で酒瓶を傾けていた恰幅の良い老婆が手を上げて俺達を歓迎してくれる。

 骨付き肉を豪快に噛み千切ってそうな彼女の名はジブリール。

 帝都を含めて帝国内にある結構な数の色町を取り仕切る顔役だ。

 御歳七十を越える婆さんだが心身共に未だ現役。色町で暴れていた荒くれ冒険者十人をワンパンで伸すなど衰えを知らない。


「それに彼女さん達も。感謝するよ」

「いえそんな。むしろ名高きシスター・ジブリールと御会い出来て光栄の至りですわ」


 このジブリールという婆さん、これで中々面白い経歴の持ち主だったりする。

 アーデルハイドが今、シスターと呼んだがそれはあだ名でも何でもない。この婆さん、本当に元シスターなのだ。

 幼い頃から困っている人達を助けたいと志し十五歳になると同時にDR教の門を叩きシスターに。

 そこからバリバリ弱者救済に勤しんでいたのだが、


『やることが……やることが多い!!』


 二十歳を目前に控えた頃、全然手が足りないことに気付く。

 弱者と一口に言っても理由は様々だ。

 金で解決出来るものもあれば出来ないものもある。男でなければどうにか出来ないようなケースもあればその逆も然り。

 暴力でしか解決出来ない場合だってある。それらは大体、権力を得ればどうにかなるのだが正直それは現実的ではない。

 頑張れば多少の権力は得られようが万人に等しく救いの手を伸ばすだけの権力をというのは不可能だ。

 が、ジブリールはそこで折れるような女ではなかった。


『よし、ちょっと方針を変えよう』


 ジブリールはシスターを辞め、娼婦になった。

 何で? と常人なら疑問に思うだろう。俺もそう思った。だが彼女には彼女なりの理屈があるのだ。

 ようは焦点を絞ったのだ。これまでのように浅く広くではなく、狭く深い救済を成すことでより大きな救済に繋げる。

 無論、それとて簡単なことではない。だが自分という一石が何時か大きな波紋になることを信じることにしたのだ。

 そこで選ばれたのが女。より正確に言えば色事を生活の糧にする女性達である。

 彼女らの殆どは、社会的弱者だ。シスターをやっていた時もその手の女性に手を差し伸べてはいたが狭く深くというのならばこのままではいけない。

 ほんの少しでも彼女達を理解するためにジブリールは娼婦としての活動を始めたのだ。


 そして十年。娼婦としての活動を終えたジブリールは今度はどうしたか?

 性産業そのものを根絶する! などとは考えなかった。

 人間にとって性は切り離せないもの。治安維持の観点から見ても根っこからぶっ壊すようなことは出来ない。

 何より、そこでしか生きていけない人も確かに存在するのだ。

 ゆえにジブリールは春を売る女達の環境を少しでも良くするため経営者として再出発したのだ。

 結果については帝都の色町で顔役をやっているのだから言うまでもなかろう。


 ジブリールの系列の店で働くのなら悪いことにはならないというのは春を売る女達の共通認識だ。

 加齢やその他の事情で引退した後のフォローもしっかりしているから不幸になることはまずない。

 また救われた女性達がその志を受け継ぎ同じような活動に身を投じていることもあって救済の輪はドンドン広がっている。

 自分という一石が何時か大きな波紋になると信じた決断は間違いではなかったのだ。

 その活動を認められて皇帝から直接、お褒めの言葉を賜ったりもしてるしこの婆さん割とマジで偉人だと思う。

 とは言え、


「よしとくれ。あたしゃただの婆だよ」


 本人はこの調子だ。

 功績を鼻にかけずからからと笑い飛ばすような婆さんだから皆に好かれるのだろう。

 そんなスーパー婆と俺がどうやって知り合ったかと言うと、切っ掛けは天覧試合だ。

 決勝戦。凶衛をぶち殺した試合を見に来ていたジブリールは俺が優勝賞金で孤児院を作ってくれと言ったことに大そう感心したそうな。

 で、後日どうやってか知らんが俺の身元を割り出して会いに来てそこから付き合いが始まったのだ。


「それより婆さん、面子はもう全員揃ってるのかい?」

「ああ、アンタらが最後だよ」

「じゃあ早速、始めようじゃねえの」


 婆さんに連れられ貸し切られた店内の一角にあるテーブルに向かう。

 そこでは十人の女性が着席し、真面目な表情で何事かを語り合っていた。


「待たせたねお前達。コイツが特別アドバイザーのカールだよ」

「この子が……」


 値踏みするような視線が俺に注がれ両脇の二人が若干、不穏な空気を醸し出す。

 俺はそれを諌めつつ席につき、用意されていた水を口の中に流し込む。

 真面目な話をするからアルコールは入れたくないのだ。


「そうさ。この歳で稀に見る気合の入った変態でねえ。コスプレについての造詣も半端じゃあない」


 改めて今回の主旨について説明しよう――コスプレ。コスチュームプレイだ。

 つってもただ仮装するって方のコスプレじゃないぞ。エッチな方のコスプレだ。

 ジェットさんから依頼を受けた翌日だったかな?

 バーレスクに来た婆さんと帰還の挨拶がてらグダグダ雑談してたんだわ。

 それでその時に、


『もう夜の方は大盛り上がりよ!』

『そりゃ結構なこったね。ちなみにどんな感じなんだい?』

『コスプレ、ですかねえ。俺はするのもさせるのも大好きでさぁ!』


 テンション上がってたもんだからかなりディープなとこまで話したのよ。

 したらえらい食いつかれて店のサービスに反映したいから後日詳しく聞かせてくれと頼まれたのだ。

 俺としても断る理由はなかったので承諾したが、そん時は既にジェットさんの依頼が控えてたからな。

 暇になるまで待ってもらっていたのだ。

 昨日でヴァッシュの帝都観光も一段落したので約束を果たすため婆さんに会いに来たってわけだ。


「う、うーん……彼女が二人居るって時点で並じゃないのは分かるけど」

「そうねえ。素人さんがプロの私達を唸らせるようなことが出来るのかしら?」


 同席している姉様方は懐疑的だ。

 まあ、当然である。コスプレつっても別に真新しい概念ってわけでもないからな。

 この世界にもちゃーんとコスプレって概念は存在するのだ。

 それでも敢えて言わせてもらおう。この世界のコスプレはまだまだ未熟であると。

 性は人間の本能に根ざすものゆえ文化も育ち易い。が、コスプレとなると話は変わって来る。

 単純なテクニックだったり避妊、懐妊の知恵はともかくコスプレはぶっちゃけメインじゃなくオプションだからな。

 クッソ平和で文化が育ち易い土壌のあった日本出身のエロ猿である俺のがコスプレについての造詣は深いという自負がある。


「とのことだがカールよ。あの子達を唸らせるようなものは見せられるかい?」

「無論」


 こだわりを語れば長くなるから……ここはデザインで攻めて手短に実力を示すとしよう。

 俺のオリジナルってわけじゃなく、どこかの偉大なる変態の発明でそれを自分の発案としてひけらかすのは後ろめたいが……。

 まあ別に今回の話で特許取得して金をせびり取るつもりもないので許してもらおう。

 下心なしで俺は異世界に地球のエロを伝道したいのだ。


「アンヘル、アーデルハイド」


 呼びかけるとコクリと頷き二人は立ち上がり、テーブルから少し離れた場所に移動した。

 何でアンヘルとアーデルハイドを呼んで来たのかっつーとモデルだ。

 本当は二人に変身魔法で俺を女にしてもらって、その上で魔法で衣装チェンジしてもらう予定だったんだが……。


『性転換するとは言え他の女の人にカールくんの艶姿は見せたくないかな』


 とのことで却下された。

 でもそれ言うなら俺も他の男にコイツらのエロいとこを見せたくはねえって話になるじゃん?

 だもんで折衷案として婆さんに同席するのは女性だけにしてもらい二人がモデルを務めることになったのだ。


「どうすれば良いですか?」

「まずは普通の兎さんで」

「了解」


 アンヘルとアーデルハイドは頷き、指を鳴らす。

 するとファンシーなエフェクトが二人を包み込み、瞬く間にバニーガールへと変身。


「バニー? これ別に真新しくも何も……」

「まあまあ姉さん方。まずぁ俺の話を聞いてくださいよ」


 怪訝な顔をする姉さん方にそう言うと一先ず、頷いてくれた。

 俺は咳払いをして語り始める。


「バニーガール、これはド定番の一つだ」


 TCGで言うなら初心者用ストラクチャーデッキに一枚は確実に入ってるカードみたいなもんよ。


「肩紐のないハイレグタイプのレオタード風衣装に兎の耳を模したヘアバンド。

カフス、蝶ネクタイにケツの部分には尻尾風のぽんぽん――バニーは高度にまとまった衣装だ。

それだけに中々手を加え難い。タイツの有無や食い込みの角度、あとは上を燕尾服風にしたりとかが定番か」


 俺の言葉に連動するようにオーソドックスなバニーの姿が変わる。

 アンヘルはむしゃぶりつきたくなるような生脚はそのままに食い込みの角度が急に。

 アーデルハイドはむっちり感を加速させる網タイツを纏い、上は燕尾服風に。


「だが甘い。まだまだ先はあるはずだ。こんなもんじゃねえ。

イメージしろ! 自由に! 限界を超えた未来の可能性を!

不完全でも良い不細工でも良い! もっと自由に!! 広げろ!! 性癖の解釈を!! その答えの一つがこれだ!!」


 瞬間、影が二人を飲み込んだ。

 股間から胸までを覆い肩やら腕、脚を露出するのがバニーガールの基本形。それを反転させる。

 闇が渦を巻きながら飛び散って行く。

 そして肩、腕、脚が布に覆われた代わりに胸から股間が露出したエッチな兎さんが姿を現した。


「――――反転色装ギャク逆サ兎バニー


 俺はキメ顔で告げた。


「逆……バニー……!!」


 アンヘルは黒いバッテンマークのニプレスと前貼りを。

 アーデルハイドは紅いハートマークのニプレスと前貼りをした逆バニー姿をしているが、


「ニプレスと前貼りで大事なとこ隠してるけどこれは時と場合によりけりだな」


 今回は同性とは言え人前だから隠してもらったけどプライベートな時は無い場合もある。

 ありなしそれぞれ違ったエロさがあるからな。なんで俺はその時の気分で可変させてる。

 ちなみに人前だから隠してもらったと言ったが別段、指示はしていない。

 言わずとも汲み取ってくれる。それが俺達の関係なのだ。

 そもそもバニー見せるのだってさっき思いついたばっかだしな。


「ちなみにデザインとは無関係だがバニーを着てもらう時は、男の方も兎になりきると結構興奮する」


 立ち上がると同時に頭の上に微かな重みが加わる。

 アンヘルかアーデルハイドのどちらかがウサ耳ヘアバンドをつけてくれたのだ。


「具体的にはこんな感じ」


 すっと腰を下ろし、叫ぶ。


「へい! そこのお嬢さん方! 寂しくて死んじゃいそうなオイラのハートをその柔肌で慰めちゃくれないかい!?」


 ぴょーん、ぴょーん、ぴょーんと兎跳びをして二人に抱き付く。

 そしてその勢いのまま背中やら首筋に顔を擦り付ける。


「んもう、エッチな兎さんですね」

「ぐへへへへ、お嬢さん方もオイラのことを言えた義理じゃねえぜ――ってな具合よ」


 兎になりきったつもりでやると……こう、何て言うのかな。


「大家族作っちゃるわい! バリバリ巣穴拡張してマイスイートホームをぶっ建てちゃうぜ! って気分になるんだよね」


 名残惜しいが今はそういう時間じゃないので席に戻る。

 黙って俺を見ていた婆さんはゆっくりと姉さん方を見渡し、言った。


「どうだい?」

「なるほど」

「ええ」

「これは気合の入った変態だわ」


 ふっ、姉さん方の視線が心地良いぜ。

 これが現代知識無双ってヤツか……まるで異世界転生ものの主人公になったような気分だ。

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