日常⑦
1.う゛お゛ぇ゛!?
「では、参ります」
小さく深呼吸をした後、庵は慣れた手つきで素早く印を結ぶ。
すると地面に和のテイストが前面に押し出た方陣が二つ出現し、そこから二匹の鬼が姿を現した。
三メートル近い体躯を持つ紅い御髪の男鬼と蒼い御髪の女鬼。名は前鬼と後鬼。庵が使役する鬼神である。
「おぉー! すっごいじゃん庵! え、何これめっちゃ強そう!! しかもカッコ良い!」
「いえ、そんな……」
無邪気な笑顔で拍手を贈るクリスに庵が照れ照れとしなを作っている。
どっちも可愛くてお兄さん、股間の鬼神が荒ぶっちゃいそうだよ(変質者並の感想)。
「にしても……話にゃ聞いてたがホントに初代さんの力を完全に継承したんだな」
「はい。まあ、継承と言っても殆どは眠りについたままですが」
事は俺が高天原から帰還した後まで遡る。
俺を送り返したら在るべき場所に還るとか言っていたが、どうも直ぐに成仏したわけではなかったらしい。
と言うのも、だ。俺が目覚めた喜びで泣き疲れて眠ってしまった庵の夢の中に初代さん現れたのだ。
無論、悪意あってのことではない。むしろ善意だ。苦労をかけた子孫にせめてもの贈り物を、と庵の夢を訪れたのだとか。
『これから先も彼の御仁と共に歩むのでしょう?』
『はい。この命尽きるその時まで』
『色々と規格外の御方ゆえ、争乱に巻き込まれることもありましょう。ならば力があって損はないはず』
とのことで初代さんは自らに残された力の全てを庵に譲渡したのだ。
ついでに力の使い方について記された手引書のようなものも貰ったらしい。
その話をバーレスクに遊びに来たクリスに庵が話したところ見てみたい! と言ったものだからじゃあ近くの空き地でやってみましょうということになったのだ。
で、俺も力を受け継いだことは知ってても実際に見たわけわけじゃねえから丁度良いなと着いて来たわけだ。
「それも鍛錬すればいずれは花開くんだろう? まあ、その必要があるかどうかは分からんが」
「折角授かった力ですし初代様が言うように兄様は色々と厄介な縁を引き寄せる御方なので鍛錬はするべきでしょう」
もしもの時、兄様を守ってあげたいから。
そう言って微笑む庵に俺の胸キュンポイントが100万ほど加算される。
だがそれはそれとして厄介な縁を引き寄せるとは心外極まりないな。
もうそういうバトル展開は終わったから。八俣遠呂智が最後だから。
「…………お兄ちゃんはどうしてこう、根拠もなく楽観に浸れるんだろう」
「…………まあ、それが兄様の良いところでもありますから」
おい。
「まま、それはともかくお兄ちゃん。お兄ちゃんの目から見てこのモンスターどうなの?」
「ん? ああ……並みの奴ならまず太刀打ち出来んだろうな」
庵が言うには夫婦鬼は初代さんがかつて倒した妖怪達の骸を材料に造り上げた式神とのことだ。
決戦では俺の強化に全リソースを注いでいたから出番はなかったらしいが、その力はかなりのものである。
というか……この夫婦鬼。何となーく八俣遠呂智と似たような雰囲気を感じるんだよな。
ひょっとしたら初代さんが八俣遠呂智を参考にして造った人造神モドキなのかもしれん。
「ちなみにお兄ちゃんとどっちが強いの?」
「あん?」
どっちが強いってそりゃあ……。
「いやほら、俺はやれば出来る子だから。生まれながらの主人公属性ですし?
窮地に陥ろうとも逆に? 逆にですよ? それを糧にして覚醒しちゃいますし? 本気でやれば負ける気はしないっていうか?」
「ああ、お兄ちゃんより強いんだ」
「んなこと言ってねえだろうが。大体、強さと一口に言ってもだな……」
「やだ、すっごくみっともない」
でも真面目な話、素のまま立ち会ったら勝てそうにないんだよね。
絶対勝たなきゃいけないとか絶対許せない存在とかなら俺もどんな手でも使って勝つんだけどな。
単純な性能だけで比べたらパワーもスピードも俺より上っぽい感じがする。
技術面はどうか知らんが――……いや、きっと俺の方が上だ。なら素のままやっても勝てなくはない。きっとそうだ。良し、証明終了!
「そ、それよりだ。こんなレベルの式を使いこなすとなれば相当しんどいんじゃないか?」
「え、ええまあ。幽羅さんの鍛錬と将軍職に宿っていた力の統合がなければ初代様の力を受け入れることすら出来ませんでしたし」
夫婦鬼を送還しながら庵が答えてくれる。
やっぱお手軽チートってわけではないんだな。
実際、力を譲り受けたと言っても先ほど庵が言ってたように大半は眠りについたままみたいだしな。
それでも攻撃面では夫婦鬼、防御面では結界やらを使えるから護身という意味では十分だろう。
「俺としても一安心だわ」
元々防犯グッズは持たせてたけどより磐石になったと言うなら良いことである。
うんうんと頷いているとクリスが俺の腕に抱き付き、頬を摺り寄せて来た。
「ふふーん。じゃあ、一番お兄ちゃんに守ってもらわなきゃいけないのはクリスってことになったわけよね?」
「むむむ」
庵が難しい顔をする。
まあ、クリスの言わんとすることも間違いではない。
アンヘルやアーデルハイドはアホみたいなレベルの魔道士だから危険に陥るなんてことはまずないだろう。
で、庵もやべえ血に宿るやべえ力を己がものにしたわけだし一番安全面で気を遣うべきなのはクリスと言えなくもない。
が、
「…………お前はお前で中々の潜在能力がありそうなんだけどな」
「はぁ? お兄ちゃん馬鹿なの? こんな可愛い元引きこもりに何が出来るって言うのよ。頭大丈夫?」
このガキ……!
「クリスの物言いはどうかと思いますがこの子はアンヘルさんとアーデルハイドさんのように魔法が使えるわけでもありませんし……」
「そうそう。お姉さま達みたいな人間の皮を被ってる魔王と一緒にしないでくれる?
クリスは頭のてっぺんからつまさきまで砂糖菓子のように甘く硝子のように繊細な可愛いただの女の子なんだから」
実の姉二人を魔王呼ばわり……コイツのついついイキっちゃう癖、何とかしなきゃやばい気がするわ(ブーメラン)。
それはともかく規格外の魔道士である姉二人と違ってクリスは簡単な魔法さえ使えない。
でも、よくよく考えたらクリスってちょっとおかしいんだよな。
「なあクリス。お前は俺に出会うまで屋敷に引きこもってたんだよな?」
「そうよ? 真性――いやさ、神聖の引きこもりだったわ。半年に数回、庭の散歩をするぐらいが関の山ね」
「そこだよ」
「は?」
「何でそんな引きこもりが時々休憩を挟みつつとは言え朝から夕方まで帝都を駆けずり回れるんだよ」
俺はかつてコイツを何とかするために殺気による誘導で屋敷を追い出したことがある。
あの時も多少、疑問には思ったのだ。
ずっと引きこもってたわりに体力あり過ぎじゃね? と。
本来の予定ではもっと休憩を多く挟むつもりだったが、走るクリスを見て予定を変更したもん。
本当に最低限の休憩だけでコイツは朝から夕方まで走り続けられた。ハッキリ言って異常だ。
引きこもりでも身体を鍛えていたとかなら分かるがクリスの怠惰さは筋金入りだ。
屋敷の中で日がな一日、読書に勤しんでいただけのコイツが筋トレなんざするわけがない。
「そ、それは……え、何で?」
「俺が聞きたいわ」
体力だけじゃない筋力の衰えについてもおかしい。
使わなければ筋肉ってのはドンドン劣化していく。
にも関わらずだ。走り続けるコイツを見た感じ、同い年の女の子よりよっぽどしっかりとした身体をしていたと思う。
良いものを食ってたからで片付けられるレベルではない。
「それだけじゃないぞ。動体視力も普通じゃねえ」
「え……きゃ!?」
庵が小さな悲鳴を上げる。
庵からすればいきなり胸やお尻、太腿に触れられた感覚が襲って来たようにしか思えまい。
だがクリスは俺の動きを自然と目で追っていた。
「シャルのアホあたりなら俺の神速のセクハラを捉えることも出来よう。だが……」
「お馬鹿ッッ!!」
前鬼の腕だけを召喚し、俺の頭をしばく庵。
中々器用な真似をするじゃねえか……。
「ゴホン! 本気の速さで動いた俺を捉えられるってのは普通じゃねえ」
「お兄ちゃんは何てとこで本気出してるの? 馬鹿なの?」
兎に角だ。クリスって実はかなりのフィジカルエリートっぽいということがこれで分かったと思う。
何も鍛えていない状態でこれなのだから本格的に鍛えたらどうなるんだと割りとマジで興味がある。
「ちょっとだけジジイの気持ちが分かったわ。人を育てるのって楽しそうだよな」
「おぉっと? お兄ちゃん、馬鹿なことは考えない方が良いわよ? 泣くからね。恥も外聞もなく泣き喚くからね」
堂々と何言ってんだコイツ……。
「大体さぁ。クリスがそういうキツイ鍛錬とか出来るわけないじゃん。メンタルよわよわなんだから」
「いや、メンタルよわよわな奴はアンヘルとアーデルハイドを魔王呼ばわりしないと思う」
幾ら身内だからって――いや、身内だからこそだ。
二人のクリスに対する扱いを見ていればよく分かる。欠片も遠慮せず接してるからな。
「で、どうだ? 結構真剣にお前を鍛えるのも悪くないかなって思うんだが」
「良かったじゃないですかクリス。兄様に沢山、構ってもらえますよ」
「違うから! そういうんは求めてないから! クリスは甘やかしてもらいたいの!!」
コイツは本当に正直な――ん?
ふと気配を感じ視線をやると廃墟の屋根の上にアンヘルとアーデルハイドが居た。
時間までまだまだあるが、もう来たのか。
「「どうも魔王です」」
「う゛お゛ぇ゛!?」
廃墟の屋根に腰掛ける姉二人に気付き慄くクリス。
にしてもう゛お゛ぇ゛!? って……女の子が出して良い声じゃねえぞ。
ってかわりと前から居たんだな。バッチリ聞かれてるじゃねえか。
「それにしてもカールさんから武の手ほどきを受ける、ですか。とても素敵な提案ではありませんか」
「だね。私も可愛い妹が何の自衛手段も持たないのはどうかと思ってたしカールくんが最強無敵流を教えてくれるなら安心だよ」
「お、お姉様……」
だらだらと冷や汗を流しながら撤退の機を窺っているようだが無駄な抵抗だ。
だってこの二人、何でもないようにワープ乱発するからな。
まあそれはそれとしてだ。
(……見えそうで見えないな)
アーデルハイドはロングスカートを穿いているのでしょうがない。
が、アンヘルのスカートの丈は短いのだが上手いこと足を組んで隠されてしまっている。
これは――いや、そうか。そういうことか。ただ隠しているだけじゃない。
見えそうで見えないというじれったさで俺の興奮を掻き立てているのだ。つくづく恐ろしい女である。
「え、えーっと……お、お兄ちゃんの修めてる武術って最強無敵流っていうの?」
「あん? ああ、まあそうだけど」
話題の逸らし方下手だなコイツ。ほれ見ろ、庵もお前唐突過ぎんだろって目で見てんぞ。
そして姉二人はすっごくニコニコしてる。ニコニコ笑顔で圧をかけ続けてる。
「それは真面目に? 今日日五歳児でも、もっとマシな名前つけると思うんだけど」
「俺もそう思う」
ジジイが中二拗らせて創設した流派だからな。
設定とか聞いてるとマジ、ケツが痒くなるんだよね。
「いえカールさん。最強無敵流は本当に拳帝の流れを汲む由緒正しい流派なんですよ」
「あん?」
おいおいおいアーデルハイドさんよ。いきなりどうしたってんだい。
拳帝云々はジジイの設定だろ。
「そうでもないんです。私はかつて拳帝の日記を見たことがあるんですが」
「…………そこに最強無敵流のことが書いてあったってか?」
「はい」
ジジイの妄言はともかく自分の女の言葉を疑いはしない。
アーデルハイドの身分から考えれば実際に、拳帝の日記なんてレア中のレアものを見れる可能性は高いしな。
でも……ええ? マジで拳帝、こんなアホみたいな名前の流派を……?
「身分を隠し辺境で道場を開いたそうですが入門希望者はゼロ。
近所の子供に”今日日子供でもそんなクソダセー名前つけねえよ”と笑われる始末で不貞腐れ道場を畳んだとか。
それで自らのセンスを理解してくれる者にのみ技を伝えると決意したところで日記は終わっていました」
…………子供の頃の……いや、何なら今でも憧れてるヒーローなんだけどなあ。
わりとマジで凹むわ。
「以前、カールさんの里帰りに同行した際にヴォルフさんにそれとなく聞いてみましたが日記の記述にも合致する話が出て来たので」
そっかぁ。
ってかジジイ自体も御伽噺レベルのレア種族なんだよな。
幾つか知らんがひょっとしたら拳帝から直に教えられたって可能性もあるのか。
「だから希少な技術を保護するって意味でもクリスが習うのは良いことなんじゃないかな」
「そうですね。こ……貴き血筋の人間としての義務と言えなくもありません」
あ、話戻るんだ。
話が逸れたと思って安堵してたクリスがすげえ顔してる。
「じゃあお姉様たちがやれば良いじゃん! ってか技術の保護だとしても普通は後援程度でしょ!? 何で自分でやんなきゃいけないのよ!」
「それは、ねえ?」
「ええ。魔法で身体能力を強化出来ますが素の状態では普通の女性と変わりませんので」
「カールくん、私達にクリスみたいな才能は感じる?」
「全然」
魔法の才能は抜きん出ているがフィジカルはなあ。
運動神経も悪くはないが優れているってほどではないし仮に武を修めさせても並のレベルを超えることはないだろう。
「だって。いや残念だなー。カールくんの個人レッスン受けたかったなー」
「こ、この女……!」
「姉に向かってこの女、はないんじゃない? 健全な精神を養う意味でも武の道に進むべきだね」
「ああでも待ってアンヘル。カールさんは超一流の武人よ。そんな方の教えにこの子が着いて行けるかしら?」
「! そうそう! アーデルハイドお姉様は分かってるなあ! 世の中舐め腐ったクリスが武術とか無理無理かたつむりだよ!」
庵が何とも言えない表情で俺を見上げる。
言いたいことは分かる。我が意を得たりと必死にぺらを回しているクリスだけど……ねえ?
「そうね。だからカールさんの教えを受ける前にまずは私達が基礎的な訓練を施したらどうかしら?」
「わあ、それは名案だね! 体力と根性を鍛えるぐらいなら私達でも十分やれるだろうし!」
「う、ううぅ……ちょっと悪口言われた程度で大人気ないにもほどがあるわ!!」
「「あんたは普段からデリカシーのない発言してるでしょ」」
何か俺と庵、すっかり蚊帳の外だなぁ。
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