教師、再び⑦

1.卒業


 四日かけて死の重圧の中でも動けるように仕込み、残り三日はパーティ単位での連携に重きを置いた実戦形式の訓練にシフトした。

 一戦ごとに組む相手を変えてひたすら俺かヴァッシュに挑ませる感じだ。

 その中で思ったのはライブラの連中ってかなり優秀だったんだなということ。

 ひよっこどもの中にも魔道士は居るがそのレベルは明らかに違う。

 魔法に重きを置く国の貴族だけあって潜在能力も、受けて来た教育も庶民のそれとは一線を画してたんだな。


(とは言え、コイツらも無能ってわけじゃないんだが)


 才能の多寡はあれど、だ。ある領域までは努力でも十分に補える。

 糞ほどハードな訓練を真面目に取り組めばそりゃあ成長もしますよって話だ。

 元冒険者であるジェットさんから五日目の時点でひよっこどもはブロンズ相応の実力に達したという御墨付きは貰った。

 ここから怠けたり調子に乗ったりすれば元の木阿弥だがまあそこはね。そうならないように指導するのが俺の役目だ。


「やあっ!!」


 可愛らしい気合と共に女の子の冒険者が大振りの一撃を繰り出す。

 何も考えていない攻撃なら問答無用でぶっ飛ばしてやったが……他の連中の位置取りを見るに弾かせることを前提にした攻撃だな。

 一応、俺が回避した場合の対処も考えてあるっぽいしここは素直に思惑に乗ってやろう。


「そらよっと」


 半身のまま右腕を大きく振り上げ攻撃を弾く。

 がら空きになった胴を狙うように女子冒険者の後ろに隠れていた短剣使いが雄叫びと共に刺突を繰り出す。


「思い切りは良いが前のめり過ぎるな。後に繋がんねーぞ。あと叫ぶな」


 ぺいっと足払いを仕掛けて短剣使いを転がし、起き上がるより早くその後頭部に足を乗せる。

 それだけで残る四人は動けなくなった。


「さあ、どうする?」


 この訓練の目的は俺を倒すことではない。

 滅茶苦茶を手を抜いているとは言え残酷なまでの実力差があるからな。

 コイツらが倒せるレベルに合わせることも出来なくはないがそれだと訓練としてはイマイチだもん。

 ではこれはどういう基準で行われてるのかっつーと減点方式である。

 その場その場の状況判断能力を見て点数を差っぴいて行く。そして減点が一定ラインに達すると終了。

 つっても俺が万事卒なく立ち回ってたら厳しいのでちょこちょこ敢えて隙を見せたり相手の思惑に乗ったりして採点ポイントを用意してある。

 今の状況もそうだ。仲間の命を握られた場合、どう行動するのかを俺は見極めたい。


「「「「う……」」」」


 この訓練を始めるにあたって俺はギルドに要請し駆け出しでも手が届く金額のアイテムやら何やらを用意させた。

 事前にそれらから一人五個まで選んでこちらに申請するよう言ってある。

 なので断言出来る。彼らは選んだ物の組み合わせ次第では最善手ならずとも減点にならない程度の手は打てると。

 が、気付かぬまま心の中で数えていたテンカウントが終わる。

 ここまではあまり減点もなかったがこれで一気にアウトだ。だって敵の前で棒立ちしてるわけだからな。


「はいしゅーりょー!!」


 俺の宣言に四人はガックリと項垂れた。

 と、そう言えば足元の短剣使いくんを忘れてたな。足をどかしてやると彼は立ち上がり気まずそうに顔を逸らした。


「あの、教官。僕らはどうすれば良かったんでしょうか?」

「どうって決まった答えはねえよ。俺が見てるのはお前らの対応能力だし」


 特に最後のは命が絡んだ問題だからな。ここに正しさを絡めるのは難しい。

 仲間を見捨てる、それも一つの選択肢だろう。自分の命を守ることを優先するのは間違いではない。

 でも仲間を助けようとするのもそれはそれで間違いとは言えない。

 ただ一つ言えるのは何も選べないのは駄目だ。戦いとは無縁の生き方をしている一般人ならともかく死を隣人にする冒険者なんだからな。


「例えばだ。即座に仲間を見捨てる判断を下しても俺は減点しなかったぜ。あっこで第三者として採点してるヴァッシュもそうだろうよ」


 冷徹と言えるが、それもまた一つの武器だろう。


「或いはワンチャン狙って即座に俺へ攻撃仕掛けるのもありだったな」


 もしかしたら躊躇ない攻撃が動揺を誘い人質解放へ繋がることだってあるかもしれないしな。

 そうやって後に繋がることを考えての行動だったら俺は減点しなかった。


「実際、それしてたら動揺した体で仲間を救える隙を作るつもりだったし」


 他にも彼らの手持ちアイテムを組み合わせた選択肢も教えてやると彼らはなるほど、と頷いた。

 どいつも真剣な様子でメモを取ってる奴も居る。

 初日じゃ考えられんかった勤勉さだな。流石俺、グレートティーチャーの称号は最早揺るぎねえな?


「……ちなみに教官だったらどうしますか?」

「大概の相手は実力でゴリ押し出来る――ってのは流石に冗談だ」


 判断能力を見る、そして鍛える訓練だっつってんだからな。

 ひよっこどもの参考になりそうな手を教示するのが指導役の責務だろう。

 俺は両手を口元に当て空を仰ぎ、めいっぱいの声量で叫ぶ。


「『キャアアアアアアアアアアアアアアアア! 人殺しぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!』」

「「「「「は?」」」」」


 今俺が担当しているパーティだけでなく訓練場の隅で見学していた連中の殆ども目を丸くしている。

 例外はさっきのパーティで中々面白いことをして来た奴だけだ。

 呆然とするひよっこどもにまあ見てなと笑いかけ、少し待つ。

 すると血相を変えたギルド職員が武装状態で訓練場に飛び込んで来た。


「え……は? え」


 当然、困惑している。


「悪いね。まあ折角だからあんた方も聞いてってくれや」

「……君達、ゴージャス教官の言う通りになさい」


 ジェットさんが呆れ半分感心半分と言った様子でフォローを入れてくれる。

 こっちは経験豊富だからか叫んだ時点で俺の意図に気付いていたようだ。

 外へのフォローもジェットさんに任せて良いだろう。


「いやね、訓練の中で仲間の生殺与奪を敵に握られた場合の判断を見てたんだよ。

まあコイツらは結局何も出来んくて終わった後で俺ならどうするかって聞かれてんでね。それで悲鳴を上げたんだわ」


 軽くこれまでの状況を説明してやる。


「ここは防音完備ってわけでもないからな。大声出しゃ当然、外にも響く。

その時点でこっちに向かう奴と官憲に伝えに行く奴で人手は分散。したらもう、逃げの一手を打つしかあるめえよ」


 雑魚どもにかかずらってる暇があるなら一秒でも早くこの場を離脱した方が良い。少なくとも俺ならそうする。

 まあ中にはトドメを刺して逃げる奴も居るかもしれんが、打開の可能性がある一手であるのは間違いなかろう。

 俺は別に確実に成功する判断だけ下せとは言ってないからな。幾らかの妥当性がありゃ十分だ。


「い、いやでも教官……あ、ありですかそれ?」


 さっきまで踏みつけにされていた短剣使いくんが頬を引き攣らせながら言う。

 むしろ何で駄目だと思うのかが分からない。


「あんなあ……状況を仮定してそれをお前らに問題として提示してるわけだがこりゃ予行演習じゃねえんだぞ?」


 もしこういう状況に陥った時のために備えよう、だなんて俺は微塵も考えちゃいない。


「備えあれば憂いなしとはよく言うが、命のやり取りの中で思い通りに進むことの方が少ねえだろ」


 事前に対策を立てるのも大事だがそこに依存するわけにはいかない。

 土壇場でものを言うのは鍛えた肉体だったり心だったり頭だったりだ。

 これまで培って来たものが行動となり状況を動かす。


「この訓練は判断力を養うのと現段階でどれだけやれるのかを見るためのもんだ」


 だからさっき俺が説明したやり方も当然、セーフだ。

 ああいう発想が出来るぐらい頭が柔らかいなら、ちょっとやそっとの事態じゃ動揺せんだろう。


「現に似たようなことをやった奴も居ただろ?」

「え……あ!!」


 コイツらの一つ前のパーティに訓練をつけている時のことだ。

 俺はパーティの中の一人を執拗に狙っていた。

 彼は最初、ひいひい言いながら凌いでいたがジリ貧なのが分かっていたのだろう。

 だから逃げた。訓練場から、ではない。見学をしている冒険者達の中に飛び込んだのだ。

 やるじゃん、と素直に感心したものだ。


「あれが減点対象ならその時点で終了宣言するレベルだろ。あの後も続けたってことはセーフって意味だと思わなかったのか?」

「で、でも……教官、呆れた顔してましたし……」

「わざとだよ」


 ミスリードを誘ったのだ。そうすることで目を試していたのだ。

 実際、そこらも含めてやった当人は気付いてるようだしな。アイツはこれから結構、伸びるのではなかろうかと思っている。

 ってのはさておきだ。


「思考に無駄な枷を嵌めるな――つっても言うは易し行うは難しだよな。

だからアドバイスを一つ。ちょっとどうなんだ? って自問するぐらいを意識すれば良い。

正しいかどうかまで自分で決める必要はない。お前らは冒険者だ。一人じゃない。仲間が居るんだからな」


 遠慮なく頼って一緒に頭を悩ませれば良い。それが仲間ってものだろう。

 俺がそう告げるとジェットさんはうんうん頷いていた。

 その後も思いつく限りのアドバイスをひよっこどもに告げ、俺は訓練の修了を告げた。


「え、もう……ですか? 何時もはもうちょっと」

「俺の役目はお前らをある程度まで仕上げることだ。とっくのとうにそのラインは超えてる」

「で、でも! 俺達、まだ教官に教わりたいことが……」

「阿呆。手前の足で歩けない奴が冒険者としてやってけるかよ。こっからはお前ら次第だ」


 不安がるひよっこ達に俺は不敵な笑みを浮かべ告げる。

 驕るのは論外だが卑屈になるのもまた論外だと。


「中々どうして――捨てたもんじゃないぜ、お前ら」

「きょ、きょうかん……」

「つーわけで簡単だが卒業式でもやるか」


 え、と首を傾げるひよっこどもに補佐役のお姉さんから受け取ったカードを見せ付けてやる。


「あ……」

「お前らの新しい冒険者カードだ。しっかりブロンズにランクアップしてるぜ」


 これが卒業証書代わりだ。


「んじゃ一人一人名前呼んでくから腹の底から声出せよ! まずはエドワード!!」

「うっす!!」

「お前はこれからどうする?」

「…………夢を追います! 届かねえかもしれませんが……小さくまとまるより、俺は当たって砕けてえ!!!」

「ハ! つくづく馬鹿だな――だがそれが良い! 欲望を友に行けるとこまで行ってみろ!!」

「うっす!!」


 カードを渡し、思いっきり背中を叩く。

 涙目になりながらも彼は笑い、元の場所に戻って行った。


「次、ジョン!!」

「はい!!」

「お前はこれからどうする? どうしたい?」

「まだ決めてません! でも、冒険者は続けます! 冒険者を続けながら自分の道を探すつもりです!!」

「そうか、なら大いに悩め! その時間は決して無駄にはならねえ! きっとお前を望む場所に導いてくれるだろうよ!!」

「はい!!」


 そうしてこれからの抱負を聞きつつ一人一人にカードを配っていく。

 結論から言って脱落者はゼロ。胸に抱く思いは違えど全員がこれからも冒険者を続けるつもりだと言う。

 ミッションコンプリート、やったぜ俺!


「さて。これで解散! ってことにしても良いんだがそれじゃ俺の格好がつかねえ」

「?」


 俺は持参していた袋を引っ掴みひよっこどもの前に放り投げる。

 地面に落ちた衝撃で中身が溢れ、全員が驚愕を露にする。


「こ、これは……」


 そこそこの量の金塊。

 換金すれば結構な金額になるだろうことは子供にだって分かる。


「お前達は俺の予想を超える成長を示してのけた。褒美をくれてやるのが道理だろう」


 当然のことながらこれは俺のポケットマネーだ。

 葦原に持ち込んだ金塊のあまりである。全部使い込むつもりだったが余っちゃったんだよね。

 葦原に全部くれてやろうとしたのだがこれ以上、恩を受けたら本当に俺を帰したくなくなると言われ渋々持ち帰ったのだ。


「今日はそれで卒業祝いに美味い飯でも食いな。余ったら皆で分けりゃ良いさ」

「きょ、教官」


 感極まったように震えるひよっこどもに背を向け跳躍。訓練場の壁に飛び乗る。

 そして視線は向けぬままコートを靡かせつつ一言。


「あばよ!!」


 訓練場を飛び出し屋根伝いに帝都の街を駆け抜ける。

 そして落ち着ける場所――スラムまでやって来たところで足を止め深々と溜息を吐く。


「ふぅ……ようやっと終わった」

「お疲れ」


 黙って着いて来ていたヴァッシュが労いの言葉をかけてくれた。

 俺はへにゃりと笑い、奴に感謝の言葉を告げる。


「ヴァッシュもな。面倒事に付き合ってくれてありがとよ」

「何、そう悪くない経験だったさ」


 二人して屋根の上に寝転がり空を仰ぐ。


「しかしあの金塊……彼らに情が移ったか?」

「情がないと言えばそうでもないが、ありゃ打算だよ」


 この七日、共に地獄を生き抜いたのだ。

 彼らの間には確かな絆が芽生えたはず。だから俺が言ったようにあの金を使って卒業祝いもやるだろう。

 それこそ、普段の自分達では手が届かないような店でな。


「当然、周囲は気になるわな。駆け出しのひよっこが何故? って」

「……あぁ、そういう」

「噂になりゃ後々の役にも立つからな」


 仮に上等ハイクラスの店で盛大に騒がなかったとしてもだ。

 ひよっこどもが大金を手に入れたことはまず間違いなく噂になる。

 だってジェットさんにそれとなく噂を流すよう言ったからな。


「まあ金の絡んだ話だから仕込みをせんでも勝手に広がるだろうが……念には念をってやつよ」

「…………何と言うか、お前って本当に厄介な男だな」


 こうして俺の二度目の教師生活は幕を閉じたのであった。

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