教師、再び⑥

1.死相


 嬉しい誤算と言うべきか……飯も酒もめっちゃ美味い。

 いや、カールを信じていなかったわけではないのだ。ただ予想を遥かに超えるレベルの美味さで正直、驚いていた。


「……これなら一等地で出しても十分やっていけるんじゃないか?」


 何だってこんな辺鄙な場所で店をやっているのか。

 店内には結構、客も入っているし一等地と言わずとも普通の飲食店が軒を並べる土地で店を開けば連日大盛況だろうに。


「確かなセンスとそれに奢らぬたゆまぬ研鑽を感じさせるな。いや見事」


 姫もお気に召したようで感心したように何度も頷いている。

 そして飯にうるさい隊長も、


「…………美味い」


 表情こそ変わらないが御満悦のようだ。


「これで邪魔者が居なければもっと良いんだがな……飯を食う時は誰にも邪魔されず……独りで静かで豊かで……」

「「誰が邪魔者だ」」


 俺はお前、完全にプライベートだがこのオッサンは仕事中である。

 主君と可愛い部下を邪魔者呼ばわりするのはちょっとどうかと思う。


「しかしヴァッシュよ。お前の友は随分な人気者ではないか」

「え? ああ、まあアイツは基本的に愛想が良いからな」


 客と談笑するカールを見て姫が言う。

 今話している女性だけでなく入店する客は皆、カールを見ると笑顔で話しかけている。

 それ自体は別に不思議でも何でもない。

 その逆鱗に触れることさえなければアイツは明るく朗らかなお調子者だからな。


「がさつに見えて気も利くし地元でも沢山の人に好かれていたよ」


 陽気なキャラであるカールと根暗な人間は合わないように思うかもしれないが実はそうでもない。

 地元では陰気な人間とも上手に付き合っていた覚えがある。

 何と言うか、距離感の保ち方が上手いのだ。

 一見すればずけずけとものを言うがさつなタイプに見えるがそんなことはない。

 舌を巻くほどの観察眼とそれを十全に活かせるバランス感覚は見事の一言だ。

 というか単なる馬鹿ならギルドに講師役を頼まれたりはしない。


「そうか。お前もあの愛想の良さを見習ったらどうだ? お前含めて私の親衛隊はどいつもこいつも愛想が無さ過ぎる。

仏頂面を侍らせなければいけない私の気持ちを考えたことあるのか? まったく気の利かん奴らだ」


 集めたのお前だけどな。


「……次は麺料理でも頼むか」

「お前はお前で完全に無視か。仮にも私、主君ぞ」


 そうこうしているとドアベルが鳴りまた新たな客が入店する。

 何となしに視線をやると、これがまた中々の美人さんだった。

 一人は黒髪をシニヨンにした理知的な印象を受ける眼鏡の女性。

 もう一人は新雪のように真っ白な髪の愛らしい女性。


(俺の好みからは外れるが、どちらも相当にレベルが高いな……ん? あれ? おかしくね?)


 カールは誰にでも愛想が良い。それが美人なら特に。

 だがあの二人に対する態度は気安いなんてものじゃない。だってほら、今、胸と尻を触ったもん。

 射手である俺でなければ見逃してしまうほどの速度でセクハラかましたぞアイツ。


「え、嘘だろ? だってアイツ、庵さんと付き合って……マジか、三股? さ、最低過ぎる……」


 カースの力で楽してずるして大成してハーレムを築くとかほざいてたけど……冗談じゃなかったのか。

 ふと、慄く俺の目に姫の引き攣った顔が映りこんだ。


「…………冗談だろう」


 流石の姫も堂々と三股をかける男に引いて――――


「おいヴァッシュ、あの黒髪……皇女だぞ」

「はい?」


 こうじょ――皇女!?

 そんな馬鹿な……あり得んだろう。何で市井の酒場の店員が皇女と関係を持っているんだ。

 そもそも接点がないだろう。


「いや間違いない。あれはアーデルハイド皇女だ。そして恐らく、あの白い方も」


 曰く、黒髪の女アーデルハイドは元皇位継承権第二位の皇女なのだと言う。


「待て。俺も皇族全てを知っているわけではないが流石に一桁台の後継者候補ぐらいは知っているぞ」

「元、と言っただろう。あれは幼い頃に継承権を破棄している。理由は知らんがな」


 お飾り皇族となった後、アーデルハイド皇女は各地を放浪し人助けに勤しんでいたのだと言う。

 姫が彼女を知っているのもその関係で一度だけ顔を見たことがあるかららしい。


「…………じゃあ、白い方は?」

「あちらに関しては確証があるわけではないが恐らく元第一位の皇女、だろうな」

「何故そう言い切れる?」

「……お前は元々、帝国の臣民だろうに」

「――――あ」


 皇家の白、か?

 純白の魔力に純白の御髪を持つ皇族を指し”皇家の白”と言う。

 それは初代皇帝と同じ特徴であり、強大な力を有する魔道士の代名詞でもある。

 魔力の方は分からないが髪の色と、アーデルハイド皇女と一緒に居るということは……。


「……だが聞いたことがないぞ」


 皇家の白を持って生まれたのなら暗殺でもされない限り次期皇帝の座は揺らがない。

 その暗殺を警戒し幼少期はその存在が公にされていなかったのだとしてもだ。

 あそこでカールと談笑している白の少女は恐らく俺達よりも一つ二つは上だ。

 この年齢まで生きているのならその存在も広く知られていてもおかしくはない。


「私も詳しく知っているわけではないが、昔皇家の白を持つ皇族が継承者候補から外れたという噂を聞いたことがある」


 理由は不明で、ついでに言うならアーデルハイド皇女が継承権を放棄したのも同時期だと言う。

 アーデルハイド皇女と思われる女共に現れた白髪の少女……あ、怪しい……怪しいがでも……。

 正直、俺は未だに信じ切れずにいた。既に皇位継承権を失ったお飾り皇族とは言え、だ。

 市井の人間であるカールとの一体何があれば懇ろになると言うのか。


「でもあの馬鹿ならとも……むむむ」


 俺が葛藤しているとカールが二人を伴いこちらにやって来るのが見えた。

 後ろに侍るアーデルハイド皇女(仮)は隣に居る妹(仮)と共にニコニコと笑顔を浮かべていたがこちら……より正確に言うなら姫を見た瞬間、盛大に顔を引き攣らせた。

 そして妹(仮)に何やら耳打ちをすると彼女もまた頬をひくつかせた。

 このリアクションを見て俺は確信を得た――皇女だコレ。

 更に言うならこの二人、リアクションから察するにカールに正体を告げていない。


「アンヘル、アーデルハイド、紹介するよ。コイツは幼馴染のヴァッシュだ」

「「よろしくお願いします」」


 張り付いたような笑みと共に頭を下げる姉妹。

 位置関係上、カールには見えていないが二人の視線は俺ではなく姫に注がれている。

 姫は小さく頷いた。まあ藪を突いて蛇を出すのも馬鹿らしいからな。


「ちなみに? ちなみにだけどぉ? この二人も俺のオ・ン・ナ★」


 舌を出してウィンクする馬鹿。

 言いたい。すっごく言いたい。お前の女、皇女だぞって。


「モテモテでごめんねー!? うわはははははははは!!!!」


 高笑いをしながらカールは去って行った。どうやら自慢したかっただけらしい――仕事しろ。

 アイツ、底抜けの馬鹿だな。馬鹿の世界王者か何かか?


「……何と言うか、色々な意味で凄いなお前の友達」

「……いや俺もこれは予想外だったんだが」


 アイツ、帝都に来て何やってたんだ……。


「だがまあ、あれほどの男だ。皇女の一人や二人ものにしても不思議ではないな」


 姫がぽつりと呟く。

 やけに評価が高いな。今のところ馬鹿な面しか見てないと言うのに。


「大業を成す人間というのは誰しも必ず、心に魔を飼っている」


 魔、ね。

 何を言っているんだと笑い飛ばしはしない。カールとは子供の頃の付き合いだからな。

 その恐ろしさだって知っている。それは俺だけではなくティーツやクロスも同じだろう。


「裡に秘めるそれが凶暴であればあるほど成し遂げられることも大きくなる……そういう意味であの男は破格だ。

その牙が完全に剥き出しになったのであれば国家どころか世界すらも食い破れるだろうて」


「…………まさか部下に欲しいなどと言わないだろうな?」


 ちょっとあの、カールが同僚とか勘弁して欲しいです。

 友達付き合いする分には良いけど仕事場が同じとかすっごく嫌。

 そんな俺の懸念を姫は一笑に付す。


「私ではアレを扱えんよ」

「常に自信満々なお前らしからぬ言葉だな。その心は?」


 俺が問うと姫はワイングラスを傾けながら答えた。


「口説き落とせたのなら部下として精一杯働いてくれるだろうよ。だが奴の力を完全に発揮させることは出来ん。

あれは誰かの命で全てを出し切れる男ではない。徹頭徹尾、己だ。自分の意思を起点にせねば心に住まう魔は目覚めんだろうよ」


 あぁ……まあそれはそうかもしれない。


「部下ではなく同盟国の王や皇帝などであれば恐ろしくもそれ以上に頼もしい味方になりそうなのだがな」

「王? 皇帝? アイツには似合わないな」


 馬鹿丸出しでお気楽に生きているのが一番だろう。


「似合う似合わないだけで渡れるほど世の中は甘くない。力を持つ者には相応の面倒事が降りかかるのが世の常よ」

「大人しくしてれば……」

「周りが放置しておくかね? 現にほれ、私の目にはよーく見えるぞ。色濃く浮かび上がった死相がな」


 死相……。




2.詐欺師


「う……あ、頭がいてえ……」


 ジリジリとけたたましく鳴り響く目覚ましのベルが二日酔いの頭をこれでもかと刺激する。

 俺はぷるぷると震える腕を伸ばし、目覚ましをストップさせ身体を起こす。


「……クッソ……久しぶりだったからついついハメを外しちまったぜ」


 ヴァッシュも散々飲んだ影響だろう。今はゴミ箱に顔を突っ込んで死んだように眠っている。

 何がどうしてそうなっ――ん?


「何か顔に違和感が」


 何か被ってる……?

 働かない頭でそれを外してみると、


「――――何で?」


 ドエロいピンクの透け透けTバックだ。

 え、俺こんなの被ってたの? 何で? 困惑しながら匂いを嗅いでみるがアンヘルのものでもアーデルハイドのものでもない。

 ちなみに庵とクリスはあり得ない。アイツらの趣味じゃないからな。

 容疑者としてアンヘルとアーデルハイドが上がったのは二人は下着にこだわりこそないが俺のために色々着てくれるからである。

 というのはさておき、だ。アンヘルでもアーデルハイドのものでもないならこれは……首を傾げているとテーブルの上にメモが置いてあることに気付く。


「『楽しませてもらった礼だ。それはそのままくれてやる モモ』」


 ああそうか。そういやあの姫様も飲み会に参加してたんだ。

 そうだよそうだよ三人で飲んでたんだ。

 思い出して来た。このパンツについてもな。俺が腹踊りしてると姫さんがゲラゲラ笑いながらパンツ脱いで俺の顔に被せてきたんだ。

 で、特に回収することもなく今に至る……と。


「つってもなあ。下着だけ貰っても……まあ、ロイヤルパンツだし記念にはなるか」

「何の記念だ……」

「お、起きたか。おい、そろそろ時間だし行こうぜ」

「……ああ、分かっている」


 このまま昼まで寝ていたいが勤めがあるのでそうもいかない。

 俺とヴァッシュは無理矢理気を巡らせ体内の酒気を飛ばし、手早く身支度を整えギルドに向かった。


「――――うーし、全員揃ってるようだなぁ。感心感心」

「……真面目な彼らを見ていると俺達に教師の資格があるのかどうか葛藤してしまうな…………」


 訓練場には既に全員が集まっていた。端っこを見れば何でか姫さんも……そういや昨日、見学したいとか言ってたっけ。

 ああ、だから話を通すために朝早くに出て行ったのか。


「あ、あの教官……今日は一体、何をするんでしょうか?」


 女生徒の一人が恐る恐ると言った感じで手を挙げる。

 俺は笑顔で答えてやった。


「昨日と同じだよ」


 全員の顔が引き攣る。

 ひょっとしたら今日は……と思っていたのだろうが世の中そんなに甘くねえよ。

 本当は変化を加えるつもりだが、それをアイツらに気付かせるつもりはない。気付かせたら意味ねえしな。


「時間は有限だ。早速始めるぜ! 準備を整えな!!」


 昨日と同じことを続けていたら全員を卒業させるなんてまず不可能だ。

 二日目だからまだ全員残っているが、今日も同じことをすれば確実に逃げ出す奴が現れる。

 だから今日の指導ではそれを防ぐ布石を打っていくつもりだ。


「よしよし。全員、準備は良いようだな? ヴァァアアアアアアッシュ!!」

「了解」


 スタートの合図代わりにヴァッシュが矢の雨を降らせる。

 そして俺もまた矢の雨を掻い潜りながらひよっこどもに向かって走り出す。


(さて……どいつが良いかなぁ?)


 目に付いた奴に片っ端から攻撃を仕掛けて追い立てつつ物色する。

 ここの選択をミスすると後に響くからな。


(一際動きが悪い……周囲からも劣等生と思われてるような奴は――お、見つけた)


 たっぷり十分使って見極めを終えた俺は標的に視線を定める。

 必死こいて逃げている彼はまだ気付いていないようなので、軽く殺気を飛ばしてこちらに視線を向けさせる。


(よし、見たな)


 ギョッとした顔でこちらを見る地味めの少年に笑顔を向け駆け出す。

 そして彼の攻撃範囲に踏み入ったところで殺気による誘導とマリオネットプレイを併用し、俺に向かって剣を振り下ろさせた。


「!?」


 攻撃を仕掛けた少年が困惑している。

 だが、極限状況ゆえ仕組まれたことには気付いていない。

 俺は二本指で白刃取りをしつつ、感心したように告げる。


「ほう……これは意外な展開になったな。見誤っていたと言っても良い。まさか一日で化ける奴も出て来るとは」


 手筈通り、ヴァッシュも攻撃の手を緩めてくれたのでこれで他の奴らにも聞こえるだろう。


「え……?」

「その顔を見れば分かる。今の一撃、意識していたわけじゃないだろう?」

「は、はい」

「お前は無意識の内に自分の中にある壁を越えたんだよ」


 初日にかました動けないほどの殺気ではないとは言え、今もお前達には死を意識させ続けている。

 その中でただ逃げ惑うだけではなく反撃を繰り出せた。

 それはすなわち、死線を越える意思が芽生え始めたことに他ならない。

 ぺらぺらと語る俺に少年は最初、理解が及んでいなかったようだが……。


「死線を、越えられた……僕が……?」


 徐々にその顔に歓喜の色が混ざり始める。


「死に抗う心を宿す。それがこの訓練における目的の一つだ。

俺の見立てでは四日か五日。そのあたりで芽を出す奴が現れるだろうと思っていたんだがな。

しかも一番見込みがなさそうだと思っていたお前が最初だとは」


 楽しくて楽しくてしょうがないと言わんばかりに俺は笑う。


「こりゃあ俺が気付いてないだけど他にも俺の予想を超える奴が居るかもしれん。

つまらない仕事だと思ってたが、少しばかり見方を変えるべきかもな――クク、面白くなってきたじゃねえか」


 彼は実力で死の恐怖に抗ったわけではないのに大丈夫か? そう思うかもしれないが問題はない。

 一度成功したという体験は大きな武器になる。

 重要なのはモチベーションだ。厳しい訓練であろうとも意欲的に取り組むことが出来るなら凡人であろうと一定のレベルにまでは達せる。

 少なくともブロンズに昇格させても問題ない程度には確実にレベルアップするだろう。


「ここからは俺も気合を入れ直そう。だから……なあ?」


 本番はここからだ。劣等生が一人、壁を越えた。その事実は彼らのプライドを刺激しモチベを上げてくれるだろう。

 だが一人だけでは足りない。

 一番見込みがある者、そうでもない者、まあまあやれるんじゃないか? という者。

 今日は数人程度だが素養のあるなしに関わらず覚醒(偽)させるつもりだ。


「――――お前達の可能性を俺に示して見せろ!!!!」

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