教師、再び⑤

1.正気を疑う


「よーし! 今日はここまでだ。俺ぁ帰るから後は自由にやんな!!」


 訓練場に響き渡るカールの明るい声。

 うめき声を上げる気力すらなく地に倒れ伏すひよっこ達には届いているのかいないのか。


「……正に死屍累々だな」


 俺もこの状況を作り出した一人ではあるのだが……いや俺は悪くないな。

 カールに無理矢理付き合わされてるだけだし割合は奴が10、俺が0で異論はないはずだ。

 そう結論付け奴の背を追い、俺も訓練場を後にする。


「さて、それじゃあ少しばかり話を聞かせてもらおうかな」


 応接室に通されると、ジェット氏がそう切り出した。

 というか何で俺まで居るんだろう……俺はあくまでカールに付き合わされているだけなんだが……。


「思い上がった子供の鼻っ柱を折る必要はあるよ。あるけどやり過ぎじゃないか?

あれはどっちかって言うと軍隊のやり方――いや、何なら軍隊よりも酷いような……」


 ジェット氏の言う通りだ。

 やってる俺とカールには殺さないという確信があるけど指導を受けている側は違う。

 延々と命の危機に晒されながら人格否定にも似た言葉をかけられ続けるというのは惨いとしか言いようがない。

 俺も幾度か新兵の調練に参加したことはあるが軍でもそこまではやらん。

 いや確かに厳しい場所ではある。だが軍というのは規律を重んじる組織だ。厳しい指導はしても行き過ぎた指導は決してしないのだ。

 それそのものが規律に反することになってしまうからな。

 だと言うのにカールはお構いなしだ。知ったこっちゃねえと嬉々としてひよっこ達を追い詰めている。


「ジェットさんの仰りたいことはよーく分かります。が、俺だって何も考えていないわけじゃない」


 何優雅に紅茶啜ってんだコイツ。


「まず第一に人間ってのはそう簡単に変われるもんじゃありません。

表面上は改まっても心のどこかに甘えがある限り、根本的な意識の変遷はまず不可能です。

日常生活なら別にそれでも問題はないでしょうが冒険者がそれじゃあいかんでしょう」


「冒険者としての自覚をきっちりと持つ。確かにそれは理想だが……」


 やり過ぎると後に続かない。冒険者には緩さが必要なのだ。

 若者が気軽に冒険者になれるというのはデメリットではあるがメリットでもある。

 冒険者というのはカールも言っていたように社会秩序を維持する上で必要不可欠な職業だ。

 それゆえに数は必須。玉石混交になってしまうのを承知の上でギルドは緩さを維持している。

 カールの指導はその緩さを殺すものだ。質は上がるかもしれないが数が減ってしまう。

 見込みのない冒険者だって雑魚モンスターぐらいは駆除出来るわけだからな。

 困ったような顔をするジェット氏にカールはそこらもちゃんと考えていますよと笑みを返し、こう言った。


「ジェットさん、ひよっこどもには三つの道があるとか言いましたが俺は誰一人として脱落させるつもりはありません」


 それは……まあ、カールなら出来るだろう。

 昔から思っていたがコイツには人心を操る才能がある。

 今日のやり取りを見ていて思ったが、その力は以前よりも更に鋭さを増しているように思う。


(……葦原で色々していたと言っていたが多分、それだろうな)


 まあそれはともかくだ。

 そんなカールなら心を完全に圧し折った後でも上手いこと火をつけて再起させることは可能だ。

 だがそれはカールの個人の才覚であり誰にでも真似出来るようなものではない。

 朝方、カールから聞いたがギルド側は今回の指導を参考にマニュアルを作るつもりだと言う。

 個人の才覚に大きく左右するやり方ではマニュアル化は不可能だろう。


「いや、今回の指導で脱落者が出なくても……」

「…………何度も考えがあるって言ってんだけどなあ」


 最後まで聞いてくれないみたいだし、もうやめちゃおうかな。

 カールがぼそっと呟くとジェット氏は即座に謝罪を口にした。


「すまない。決してそんなつもりじゃなかったんだよ」

「あーあー、そもそもこの話持って来たのジェットさんなのになー! 口出ししないって条件も出したのになー! 全然守ってくれないんだもんなー!」

「ごめん、本当にごめんって!!」


 軽くイラついていたらしい。

 まあ、話を聞く限りカールは別にこの仕事を請ける義理なんてないからな。

 完全に好意でやってるだけなのにぶつくさ言われたらむかつくのも無理はない。


「……はあ。まあジェットさんの懸念も分かりますよ。

俺もマニュアルの作成には協力するつもりですが人間が相手ですからね。完全に型に嵌めるのは不可能です

完璧にやろうと思ったら教える相手に合わせて微調整を加えていかなきゃまず無理だ。

マニュアル通りにやっても平均して四割ぐらい。根性ある奴が揃ってるなら六割強はいくかもって程度でしょう。

これじゃギルド側が望む成果には足りない。だから別の部分で不足を補うんですよ」


 カールは懐から取り出した煙草に炎気で火を点ける。

 何時の間に喫煙者にと思ったがこれ普通の煙草じゃないな? やばい草とかではなさそうだが……。


「別の部分、かい?」

「今回、講習を受けてるひよっこどもって全員アイアン級ですよね? んで受講は任意じゃなく強制と」

「そうだよ。駆け出し向けの講習だからね」

「講習終了と同時に奴らを全員、一個上のブロンズに昇格させます」


 それは……いや、まあ、この調子で七日続ければ心身共にブロンズ相応には仕上がるだろう。

 だがそれが餌か? ちと弱いような気もする。

 ジェット氏も同意見のようだが先ほどのこともあってここで口を挟むつもりはないらしく黙ってカールの言葉に耳を傾けている。


「そして次回以降の講習は強制じゃなく任意にします。さあ、ここまで言えば何となく察しはつきません?」


 ……?


「初回の講習では脱落者はゼロで全員、ブロンズへ昇格したという事実。考えの足りない奴らにとっては美味そうな餌に思えるでしょうねえ」


 そうか、そういうことか。


「二回目から脱落者が増えて脱落した連中が講習の内容を吹聴しても軽い気持ちで冒険者になろうとしてる奴らは真剣に受け取ると思います?」

「……思わない、だろうね」

「そう、思わない。大袈裟に言ってるだけだ。足を引っ張ろうとしているんじゃないか? 自分なら問題はない……なーんて考えるでしょうよ」


 それだけじゃない、最初の受講者達も良い宣伝材料になるとカールは笑う。


「俺が受け持ったひよっこどもが冒険者としてそこそこ活躍するようになったなら良い目標えさになる。

吟遊詩人が語るようなサクセスストーリーとは違って身近な分、現実感が増す。これぐらいなら自分にも、ってな具合にね。

活躍しなかったとしてもそれはそれで問題ない。アイツら程度でも講習を受けてブロンズになれたんだって方向に行くだけですからね。

どっちにしても損はない。最初の一回目で下手を打たなければ後に繋がるものは残せるでしょう」


 緩さを一つ消して厳しさを一つ追加する代わりに別の緩さを追加する。

 そうすることで間口を狭めることなく、冒険者の質も上げようってわけか。


「とまあ、これが大まかな絵図ですが実際に導入しようってんならまだまだ詰める必要がありますが」

「分かってる。そこはこちらの仕事だよ」


 細かな変更や追加など色々調整を加える必要があるのは事実だ。

 が、そこはカールがやるより実際に運用するギルド側で考える方が確実だろう。


「そろそろ夜の仕事があるんで話はこれぐらいで良いですかね?」

「ああ、問題ないよ。その……すまないね、こちらから頼んでおきながら不快なことを言って」

「その分はバーレスクにお金落として行ってくださいな。それでチャラにしますよ」

「ふっ、ならしばらくは高い酒を頼ませてもらおうかな」

「是非に。そいじゃあまた明日」


 揃って応接室を後にする。やっぱり俺が居る意味なかっただろこれ。


「あ、そうだ。一週間、付き合ってもらう礼にこれから毎晩飯奢ってやるよ」


 伯父さんの飯はうめえぞとカールは笑う。

 そう言えば酒場に勤めているんだったか。というか、


「付き合うのは決定か……」

「暇なんだろ?」

「まあ、一ヶ月の滞在で今のところ仕事は入っていないが」

「なら良いじゃん。終わったら帝都案内もしてやるしさ。もち、俺の金でな!」

「はあ……分かったよ」


 久しぶりに会った友人の頼みだしな。

 竜国に戻ればまたしばらく会えないだろうし旧交を温めるのも悪くはないだろう。


「あ、そうだ。折角だし今日は俺んとこ泊まってけよ。久しぶりなんだし二人で飲もうぜ」

「お、良いな。ああでも無断外泊はまずいから一度、戻らせてもらうぞ」

「OKOK。じゃあこれ、店の場所な」


 手作り感満載のカードを渡される。

 どうやら割引券も兼ねているらしいがこのイケメン店員が居ますという謳い文句は……カールがどや顔をしている。

 とりあえず無視しておこう。


「じゃあまた後で」

「おう、またな」


 カールと分かれた俺は滞在場所である貴族街に向け歩き出す。

 が、そう時間もかからずお目当ての人物とバッタリ出くわすことになる。


「む、ヴァッシュか」


 軽薄な柄物のシャツに短パンを着た巨漢が俺の名を呼ぶ。

 隊長、あんた何でそんなキャラじゃない格好を……と思ったが隣に居る人物の方が酷かった。

 露出度の高い衣装に身を包んだ桃髪ツインテールの少女が俺を見てにやりと笑う。


「似合っておるだろう?」

「……何やってるんですか姫様」

「今の私は姫ではない。モモと呼べい」

「えぇ……? ってか何なんですかその格好」


 市井に紛れるための変装は分かるけどチョイスが酷い。

 何だその短パンは。パンツが見えているじゃないか。


「親父を引っ掛け食い物にしている人生舐め切った尻軽女がコンセプトだからな。これぐらいはせねばならんだろうよ」

「コンセプトの時点で……いやもう良いです。ああそうだ隊長。少しお話が」

「ん? 何だ言ってみろ。それと今のわた……俺は隊長ではない。名前で呼べ。敬語も要らん」

「分かり――いや分かった。実は」


 これこれこうこうと事情を説明すると、


「よい、許す。面白そうではないか」


 隊長より先に姫が許可を出してくれた。

 まあ主人だから別に問題はないのだが……ちょっと嫌な予感がする。


「が、その代わりに条件がある。私にもその指導とやらを見学させろ」

「それは……俺の一存ではどうとも……」

「安心しろ。ギルドにはこちらから話を通しておく」


 そう言われれば俺もこれ以上は何も言えない。

 察しの良いカールのことだ。俺が何も言わずとも見学している姫を見れば察するだろうが後でこっそり伝えておこう。


「……分かった。じゃ、俺はこれで」

「まあ待て。そう急がずともよかろうて」

「何だよもう」

「私達も夕飯はまだでな。折角だし連れて行け」

「えぇ……? プライベートで上司と食事とか息が詰まるとかそういうレベルじゃないんだが」

「お前、正直は美徳だけどたまには気を遣った方が良いぞ」


 どうにかしてくれよと隊長を見る。隊長は何も言わずさっと目を逸らした。

 どうやらこの場で俺の味方をしてくれる者は居ないらしい。


「……分かったよ。ただ、多少の粗相をされても我慢してくれよ」

「言われずとも。立場をひけらかすつもりはない――というかお前、私をそんな奴だと思ってたのか?」

「違う腹から生まれたとは言え、お前の妹はアレな奴だったろ」

「それを言われると私も言葉に詰まるな……」


 言いつつ二人を伴ってメモに書かれた住所に向かったのだが……。

 店があると思われる区画の寂れ具合が尋常ではない。飲食店どころかそれ以外の店だって一軒もありゃしない

 こんな場所で商売をして大丈夫なのか? 不安に思いつつ奥へ奥へと進んで行くとそれらしい店を発見する。

 まあまあまあ、外観は中々悪くないんじゃないか?


「…………当たりの気配がする」


 隊長がぽつりと呟く。

 食べ歩き以外に趣味がない四十男である隊長が当たりと言うのなら信用出来るな。

 飯食いに行く時は隊長に聞け、が俺達の間ではお決まりだし。

 ならば早速、と俺が先頭を切って入店すると制服を着たカールが迎えてくれた。


「よう、早かったじゃねえかヴァ――……お前」


 その視線は俺の後ろに居る姫へと注がれている。ホント察しが良いなお前。

 カールは小さく溜息を吐き、こちらへどうぞとテーブルへと案内してくれた。


「あー、お嬢さん?」

「モモだ。よろしくな」

「モモちゃん、ね。そんなカッコしてこんなとこ居るってことは空気を読んでくれるんだろうが……無礼があったらすまんね。先に謝っとくわ」

「何、公衆の面前で王女相手にSMプレイかます男に比べれば大概のことは無礼には入らんだろうよ」

「お前何やってんの?」

「何で間髪入れずに俺を見る」

「お前だろ?」


 いやまあ……俺だけど……。


「つか何? え、ヴァッシュくん君……モモちんとデキちゃってるわけ? うっひゃひゃひゃひゃ! マジかお前!!」

「違う! やったのは妹の方だ! そしてそれも制裁的な意味合いで色気は一切ない!!」

「それはそれで引く。普通、王族相手に喧嘩売る? 正気を疑うわ」


 コイツ……!


「あの、兄様。そちらの方は……?」


 十三、四歳ぐらいの小柄な少女がおずおずとカールに問う。

 兄様? カールは確か一人っ子だったはずだが……容姿を見るに葦原人っぽいし……?


「ああ、コイツはヴァッシュ。俺の幼馴染だ。今朝、偶然街で出くわしてな」

「まあ。この方がティーツさんやクロスさんが仰っていた」

「そういうこった。ああヴァッシュ、この子は櫛灘庵。俺の女だ」


 三年ぐらい前から付き合ってると笑うカールだが、


「え? この齢の子に手を出した挙句、兄様とか呼ばせているのか? 引くわ。正気を疑う」

「殺すぞ」

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