教師、再び④

1.特別じゃない


「やあカールくん。よく来てくれたね。ところでそちらの方は?」

「助手です。これで中々使える奴なんで心配しないでください」


 ジェットさんがにこやかに迎えてくれたんだが俺の格好についてはスルーだった。

 別にボケてるわけじゃないんだけど、何のリアクションもないとそれはそれで寂しいよね。

 ヴァッシュも俺の格好についてはガンスルーだったし。ツッコミ入れてくれたの庵だけじゃんよ。


「で、俺が受け持つひよこどもは?」

「もう全員、訓練場に集まっているよ。案内しよう」


 ジェットさんと俺の補佐役だと言う女性職員に連れられ訓練場へ向かう。

 訓練場には既に受講者全員が集まっていたのだが、


(あかんなコイツら)


 俺らが姿を現しても私語を止めないし、まがりなりにも講師である俺を見る目にも侮りが浮かんでいる。

 更正前のライブラのアホどもほどではないが年相応の驕慢を隠そうともしていない。

 普通に暮らす分にゃ放置しても問題はない可愛げのある生意気さだが彼らは冒険者だ。

 常に命の危機が身近にある職業に就いてるって自覚がないのだろう。

 まあ、自覚があるような連中ならそもそもここにゃ呼ばれてないか。


「やれやれ。謙虚な俺を見習って欲しいもんだ」

「お前のどこが謙虚なんだ」


 小声で漏らした独り言にヴァッシュが反応する。

 何を言っているのかまるで分からないのでスルーしよう。


「それじゃあカールくん」


 ジェットさんが脇に控える。どうやら彼も事の次第を見届けるつもりらしい。

 俺は小さく頷くと腰のホルスターから拳銃(以前、ティーツらに使用したものだ)を取り出し宙に向けて発砲する。

 響き渡った銃声に場がシーンと静まり返ったのを確認し、俺はゆるりと口を開く。


「まずは自己紹介から始めようか。俺の名はカール。カール・ザ・ゴージャス。

今日から一週間、お前らの指導役になる男だ。そしてこっちがヴァッシュ・ザ・ビンボー。俺の助手だな」


「誰がビンボーだ。お前俺の年収知っているのか?」


 知らんし興味もねえよ。

 ここで言うゴージャスとビンボーは雰囲気だから。纏う空気がゴージャスかビンボーかってことだから。


「ゴージャス先生、こちら受講生の資料になります」


 女性職員が俺に書類を手渡してくれる。

 気持ちは嬉しいが、これを使うつもりはない。


「ありがとう。だがこれは要らんよ。少なくとも今のコイツらに名と顔を覚えるだけの価値はなさそうだからなあ」


 受け取った書類を炎気で灰にしながら嘲笑を浮かべる。

 するとひよこどもの空気が露骨に変わった。明らかに苛立っている。


(が、駄目だな。ここでいきなり噛み付いて来るだけの気概があれば……見所もあったんだが)


 いきなり講師に殴り掛かるような奴は馬鹿だ。

 が、馬鹿でもそれは根性のある馬鹿だ。そういう馬鹿なら軽い矯正で直ぐに使い物になるだろう。


「しかし参ったな。駆け出し相手の指導とは聞いていたがここまで使えない連中が揃っているとは思ってもみなかった」


 やることは以前と同じだ。まずは心を圧し折る。

 そのために仕込みとして煽るのだ。煽って煽って自尊心を刺激しまくってから圧し折る方が効果的だからな。


「……私達のことを何も知らないのに何故、使えないと言い切れるんですか?」

「ギルドが用意した資料に目を通さなくても見れば分かるさ」


 近くにあった樽に腰掛け、足を組む。


「まず第一に冒険者になろうなんて奴の殆どは馬鹿だ」

「ちょっとカールくん?」


 ギルドの職員の前で言うことではないがジェットさんよ。ここを誤魔化してもしょうがねえじゃん。


「確かに冒険者は社会において必要不可欠な職業だ。冒険者が居るから人の営みが保たれているわけだからな」


 冒険者がモンスターを狩らなきゃ奴らの数は膨れ上がって危険は増すばかりだ。

 国がモンスター専門の職業を用意することも出来るし実際そういう職も存在するが……まあそこは置いておこう。


「だが、好んで冒険者になる奴は馬鹿以外の何者でもない。だってそうだろ?

命の危険が付き纏うし長く続けられる職業でもねえんだ。そんな職をわざわざ選ぶのは馬鹿としか言いようがない」


 四十を数えても冒険者を続けられるようなのは一握りの強者だけだ。

 雑魚専門として細々とやってくって手もあるが稼ぎは格段に落ちるし衰えていく体力を維持することも出来ない。

 そんな状態で重傷なんて負ってみろ。お先真っ暗じゃねえか。

 ただでさえ不安定な職業なのに更に不安定になるだけでリスクとリターンがまるで釣り合っちゃいない。


「で、この馬鹿は大きく二つに分類出来る。使える馬鹿と使えない馬鹿だ」


 馬鹿馬鹿言い過ぎてそろそろ馬鹿がゲシュタルト崩壊しそうだ。


「まずは使える馬鹿。これは自分ってものを弁えていて地に足ついた考えが出来る奴だ」


 冒険者は不安定な職業だ。

 が、そこそこ出来る奴にとっては危険は付き纏うものの普通の仕事より楽に稼げる職でもある。

 そういう怠惰と打算で冒険者を選ぶ奴は馬鹿ではあるが無茶はしないし周囲との軋轢を生むような振る舞いもしない。

 ギルドとしては大きな活躍こそ望めなくても、そこそこありがたい存在ではある。放って置いても特に問題はないと言えよう。


「で、使えない馬鹿――つまりはお前らについてだがこれは使える馬鹿とは逆に自分を弁えていない奴のことを指す」


 おうおう、苛々がどんどん募ってるのが目に見えて分かるぜ。

 それでも行動に移さないのはジェットさん……ギルドの偉い人が居るからだろう。


「大方、あれだろ? お前らって世に語られる冒険者の立身話に目が眩んで冒険者になったクチだろ。

馬鹿だよなぁ。成功出来るのはほんの一握りの人間だけで世の大半は凡人だってのによぉ」


「それぐらいは……」

「理解してるって? いやしてねえよ。お前らは今は底辺の駆け出しだがいずれはデカイことを成し遂げるって根拠もなく漠然と信じてる」


 甘さが面にまで滲み出ているのだ。

 俺がそう告げると次は別の冒険者が反論を口にした。


「煌びやかな立身出世に憧れて冒険者になったことは否定しませんよ。ですがおめでたい頭をした馬鹿であるかのように言われるのは心外です」

「心外、ねえ」

「僕は夢を叶えるために日々、努力を積み重ねている。何も知らないあなたに嗤われる筋合いは――――」

「ハハハハハハハハハハハ!!!!」


 嗤ってやった。


「夢のために? ど、努力を積み重ねてる? 冗談だろオイ。

凡人に思いつくような努力で選ばれた人間の域にまで辿り着けるとでも? 世の中舐め過ぎだろ。

見通しが甘いなんてレベルじゃねえ。お前が言うところの努力程度で辿り着ける場所なんざたかが知れてる」


 誰もが羨む煌びやかな栄光には絶対に手が届かない。


「……付き合ってられない」


 そう吐き捨て何人かが訓練場を出て行こうとするが無駄だ。

 立ち上がった瞬間には既にヴァッシュが懐から取り出した短弓を弾き気の矢を放っていた。


「!?」


 頬を薄皮一枚掠める程度のものだったが連中はぴたりと動きを止めた。


(ま、ここで動けるような胆力があればそもそも講習にゃ呼ばれてねえわな)


 更にヴァッシュが弦を弾く。

 空に向けて放たれた特大の矢が分裂し、雨の如く訓練場に降り注ぐ。

 今度は誰にも当てていない、ギリギリを掠める程度だ。だが効果は覿面。全員、顔が蒼褪めている。


「……クク」


 小さな含み笑い。ちらりと横目でヴァッシュを見ると実に悪い笑みを浮かべていた。

 サディストの面目躍如ってところか。


「お前らを使えない馬鹿だと判断した理由はまだまだあるぜ?

だが一々説明してたら日が暮れちまう。だから一つ。最大の理由を教えてやろう。言葉ではなく行動でな」


 頬杖を突きながら俺はニヤリと笑う。


「俺はここから一歩も動かねえ。だからどんな手段を使っても良い。一撃当ててみろや」


 クリーンヒットじゃなくても良い。掠らせるだけでも構わない。


「もし、成し遂げられたなら俺の権限を以ってそいつをゴールド級に昇格させてやろう」

「! 本当、ですか?」

「ああ、本当だとも」


 ジェットさんを横目で見る。

 多少驚いたような顔をしたが大きく頷き、俺の言葉に保証をくれた。

 するとヴァッシュのせいでビビっていたひよっこ達の顔に興奮の色が混ざり始める。

 中にはこんな条件を出すぐらいだから自信があるのだろうと察している奴も居るだろう。

 馬鹿馬鹿言ったがそこまでおめでたい奴ばかりだとは俺も思っちゃいない。

 だが失うものは何もなく万が一成功すればゴールド級に昇格出来るのだからやらない理由はなかろう。


「制限時間は……そうだな、一時間にしようか。それぐらいありゃ十分だろう」


 全員の準備が整うを待ちながらちらりと補助役のお姉さんを見ると、彼女はかなり慌てていた。

 本当に良いんですか? と何度も小声でジェットさんに確認をしているが彼は大丈夫大丈夫と笑うばかりだ。


(何かすまんね)


 そうこうしている内に全員が臨戦態勢に入る。実にお行儀の良いことだ。

 俺は別に合図を出す前に仕掛けちゃいけないとは言ってないんだがね。


「全員、準備は出来たようだな。それじゃあ――――スタート!!」


 宣言と同時に俺は殺気を解き放つ。

 するとどうだ? ひよっこどもは蛇に睨まれた蛙の如くその場から動けなくなってしまった。

 全身の毛穴が開き、止め処なく溢れ出る冷や汗。足も手も気の毒なほどに震えている。


「これはこれは」

「……またぞろ意地の悪い真似を」


 ジェットさんとヴァッシュが小さく呟く。

 俺が放った殺気は彼らにも注がれている。除外しているのは補佐役のお姉さんだけだ。

 ジェットさんは現役を退いて久しいから少し冷や汗を浮かべているが動じていないし、ヴァッシュに至っては平然と受け止めている。

 まあヴァッシュは現役で王族直属の騎士をやっているのだからこれぐらいで揺らいでたらまずいんだけどな。


「これがお前らの最大の欠点だ」


 死の影が迫っても、何もすることが出来ない。これは冒険者としては致命的だろう。

 冒険者には命の危険が付き纏う。

 俺自身も口にしたことだし、こいつら自身も頭では理解していたと思う――が、認識が甘い。


「本当の意味で死に近付いたことがないから理解出来なくても無理はないが、そんな状態でも覚悟を決められる人間は居る」


 そしてそういう奴らはこの殺気に晒されながらでも動ける。


「死線を前にして一歩踏み出せるか踏み出せないか。それが上に行ける人間と行けない人間を隔てる絶対的な壁なんだよ」


 踏み出しても越えられずそのまま死ぬってことも当然、あり得る。

 けど動かないよりはマシだ。動けない奴は僅かな可能性を望むことさえ出来ずに死んで行く。

 だが踏み出せる奴は違う。踏み出したその瞬間に確率は零から変動する。

 極小であろうともその先に行ける可能性を――栄光を掴むチャンスを得られるのだ。


「お前達は踏み出せない側の人間だ」


 言っておくが俺は全力の殺気をぶつけているわけじゃない。

 俺が全力ならコイツらはもう死んでる。隔絶した実力差があれば人は殺気だけで人を殺せるのだ。

 だからちゃんと殺気は抑えてある。それこそ戦いとは無縁の一般人でも強い心があれば越えられる程度には。


「これだけお膳立てされたにも関わらず、な」


 ひよっこどもは恵まれている。

 五体満足で気力も充実した状態で安全に死を感じることが出来たのだから。


「これが実戦だったらどうだ?」


 突然、不意討ち気味に強敵とエンカウントして死の恐怖を感じる。

 なんてシチュエーションもあり得なくはないがちょっと現実的じゃない。

 馬鹿馬鹿言っといて何だがそんな敵が現れるような狩場にホイホイ行くほど馬鹿ではなかろうしな。

 ひよっこどもにあり得そうなシチュエーションで想定するなら何かのミスでパーティが総崩れになって心身共にボロボロになってって感じかな?

 想定を言葉にし、その上で問う。


「その時、お前らは幸運に頼らず独力で迫り来る死を越えられるか? まず無理だろうな」


 成す術もなく殺されてしまう。


「生まれ持った才能が全てとは言わねえ。才能があっても上に行けない奴は居るし逆も然りだ。

だが才能がないままに大業を成す奴には狂気がある。不足を補えるだけの狂気がな」


 才能もなければ狂気もない。なのに自らを弁えることも出来ない。

 だからお前達は使えない馬鹿なのだと厳しい現実を突きつける。まずはそこを認識してもらわにゃどうにもならんからな。

 俺が殺気を消すとひよっこどもは皆、打ちひしがれたように膝から崩れ落ち項垂れてしまう。

 このまま何もしないなら冒険者を辞めてしまうだろうが、それだと俺が講師を任された意味がない。


「これから一週間、俺は徹底的にお前達を鍛える。その果てにお前達は三つの道を選ぶことになるだろう」


 ぴっと人差し指を立てる。


「一つは冒険者を辞めて真っ当な暮らしに戻る道」


 中指を立てる。


「一つは使える馬鹿になり再出発する道」


 そして最後の一つ。


「ズタボロに打ちのめされても尚、夢を追う――――大馬鹿者への道だ」


 非情な現実に打ちのめされ無力を知りながらも夢を諦めない。

 ああ、良いじゃないか。良い狂気だ。とんだ大馬鹿野郎だ。


「ギルドとしては困ったちゃんかもしれんがそこまで突き抜けるなら俺はむしろ好きだねえ」


 不敵な笑みと共に告げた言葉に、僅かだがひよっこどもの瞳に炎が宿るのが見えた。


「ほれ、しょぼくれてる暇はねえぞ! 時間は有限なんだからな!! さっさと立ち上がれ!!」


 覇気を込めた言葉を受け弾かれたように立ち上がるひよっこ達。

 まだまだ無力感は拭えちゃいないし、頭の中もぐちゃぐちゃなのは一目瞭然――だがそれが良い。

 冒険者としてやっていくつもりならこんな状態でも身体を動かすことを覚えればきっと役に立つ。


「それで、その……教官殿、俺らは一体何をすれば……」

「そう不安がるなよ。何も難しいことをさせようってわけじゃねえさ」


 事は至ってシンプルだ。


「これから俺とビンボーくんがお前らを追い立てるから必死で逃げ続けろ」

《え》

「俺はそこまででもないがビンボーくんは名うてのサディストだからな。生かさず殺さずお前らを苦しめてくれるだろうよ」

「人聞きの悪いことを」


 言いつつヴァッシュは天に向け矢を放った。

 さっきと同じ技。異なるのは防ぐなり回避するなりしなければ当たるということと。必死でやればひよっこでもどうにか出来るレベルということぐらいか。


「さあ! レッスンスタートだ!!」

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