教師、再び①

1.何あれ……


 午後の日差しを全身に浴びながら俺はあてもなく帝都をぶらついていた。

 二年ぶりに感じる帝都の空気……悪くねえ。帰って来たんだなってしみじみ思うぜ。


「お、カールじゃねえかしばらく顔を見なかったがどこ行ってたんだよ?」

「ちょっと葦原までな」

「全身にキスマークつけて往来を歩くとかどういう神経してんの?」

「自慢してえからに決まってんだろ常識的に考えて」

「どこの常識だよ……」


 顔見知りが俺を見かけて声をかけて来るのも嬉しい。

 何も言わず二年も御無沙汰だったってのに気が良い奴らだよホント。

 ちなみにキスマークだがこれはアンヘル、アーデルハイド、クリスのものだ。

 おかえりカールくんのパーティの後、大人の二次会をしたのだ。姉妹丼をたっぷり堪能させてもらったのだ。

 久しぶりだから朝までハッスルしちゃったんだが、ちょっと反省してる。

 色々な意味でレベルアップした俺は全然平気だが三姉妹は死んだように眠ってるからな。

 満足そうなニヤケ顔で眠ってるとは言え、女の子だからな。身体は労わってやらんといかんわ。


「さぁてどうすっかなー」


 庵は土産を持って孤児院の方に顔を出すと言っていたが俺も……いや、やめとこう。

 子供同士で楽しくやってるだろうし俺は後日で良いだろう。

 伯父さんが帰って来たばかりで疲れてるだろうし今日は店にも出なくて良いって言ってくれたから遊び歩くつもりではあったんだが……。

 いざ街に出てみると何をすれば良いか分からん。


「賭場に顔を出すか? それとも……」


 などと考えていると、


「あれ? 兄ちゃん?」


 かつてない反射速度で俺は振り返った。

 そこには二年前よりも少し背が伸びた――――


「少年? 少年!? 少年やんけぇええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「うわ、ちょ……!?」


 ウハハハハハハ! 久しぶりだなオイ!!


「元気そうで何よりだぜ! ワハハハハハハハ!!」

「え、何これ何なの!? 身体が勝手に動くんだけど!? おいお前何した!?」


 少年の手を取り踊り出す。

 激しいステップはラテンの血が成せる業だな!!(意味不明)。


「だ、だから止めろつってんだろ!!!」

「あいで!?」


 宙返りをしていた少年が身体を捻り俺の横っ面に飛び蹴りをかます。

 姿勢を崩し地面に倒れようとしていた少年をキャッチし、俺は言う。


「おぉ……本気じゃなかったとは言え俺のマリオネット・プレイを自力で打ち破るたぁやるじゃねえの」

「は?」


 武術の心得なんかはなさそうだが存外、鍛えたら良い線行くかもしれんな。


「ま、それはともかく久しぶりだな少年。立ち話も何だしとりま俺らのベストプレイス公園に行こうぜ」

「久しぶりなのに強引……いや僕も暇だから良いけどさぁ」


 付き合い良いよね。少年のそういうとこ好き。

 てなわけで俺と少年は若いママさんのパンティーラインを拝める絶好のスポット公園にやって来たのだった。


「最後に会ったのが一昨年の冬だっけ? あれ以降全然見かけなかったけど何してたの?」

「いやぁ、ちょっと神様殺すのに忙しくてさぁ」

「…………冗談なら面白くないけど真実なら真実でそんな気軽に言うことじゃなくない?」

「良いの良いの。もう殺っちゃったから。格付け済んじゃったから」


 俺が上、奴が下。この図式は未来永劫崩れることはない。

 何せアイツもう死んじゃったからな!


「それよか少年。こんな絶好のデート日和だってのに彼女と一緒じゃないんか?」

「か、彼女って……僕とアンギルちゃんは別にそんなんじゃ……」

「照れんな照れんな! ちなみにどこまで行ってんの? もうヤったんか? ん? んん?」

「何て下品の男なんだ……品性の欠片もない……」


 何を仰るウサギさん。俺ほど品格に満ちた紳士オブ紳士、そうそういねえぜ?


「で、どうなのよ?」

「どうもこうもないし! つか真面目に説教するけど子供にそういう話するか普通!?」

「子供でも男だろう。男なんてのは大概、ヤったか殺ったかの話で盛り上がるもんなんだよ」

「後者のニュアンスが何か違う気がする……」


 そうだな。よくよく考えれば殺った話で盛り上がるのは人斬りぐらいだわ。

 人斬りが友達なせいで俺の倫理観もおかしなことになっていたようだ。反省反省。


「つーかさぁ……」

「どうしたよ?」

「あんまりにも自然にしてたからツッコミ遅れたけど全身にき……キスマークつけて往来を出歩くなよ」

「男は自分のモテ度を時折、誇示したくなる生き物なのSA☆」

「僕男だけどまったく理解出来ねえ」

「やれやれ……少年はお子ちゃまだなあ。やっぱまだ童貞か」

「どこで判断してんだお前」


 ま、それはそうとしてだ。


「少年に土産渡したいから後で俺ん家まで付き合ってよ」

「分かった。ありがとね兄ちゃん」

「何の何の俺と少年の仲じゃねえか」


 それからしばらく会えない時間の寂しさを埋めるように少年と語らっていたのだが、


「…………何か外がうるせえな」


 公園の入り口を睨み付け舌打ちを一つ。

 折角親友マブ同士が語らってんのに邪魔するんじゃねえよ。


「……何かあったのかな?」


 ほらもう少年も不安そうじゃーん――お?

 公園の入り口近くに出来上がっている人混みから一人のおっさんが疲れたような顔でこちらに向かって来るのが見えた。


「おーいおっちゃん。何かあったんけ?」

「ん? ああ……近くで柄の悪い冒険者同士が揉めてんのさ」


 そういうトラブルなら問題なく解決出来そうだな。全員叩きのめせば良いだけだし。

 よっこらせと立ち上がる俺を少年が不安げに見上げる。


「行くの?」

「おう、軽く半殺しにして来るからちょっと待っててくれや」

「……僕も行くよ。兄ちゃん一人じゃ心配だし」


 持つべきものはマブダチだな!

 俺は少年を抱えて近くの屋根まで飛び上がった。


「おーおー、アイツらか」

「衛兵さんも仕事しろよな……」

「仰る通りだ。じゃあ善良な一市民として公僕の代わりに働いちゃろうかねえ」

「大丈夫?」


 アイツらぐらいなら余裕余裕、と笑いかけ飛び降りようとしたところで声が響いた。

 待て! と良く通る声を上げ、人混みをかき分けてやって来たのは……何だアイツら?

 SSの制服にも似た漆黒の軍服に袖を通した少年少女が四人。

 何だアイツら? どっかで見覚えがあるようなないような……うーん、どこだっけ……?


「あ、ライブラの人達だ。兄ちゃんの出番はなさそうだね」


 俺の出番がなさそうってのはその通りだろう。

 気配からしてライブラの奴らは全員魔道士のようだが中々どうして体術もしっかり修めているらしい。

 鮮やかな手並みで鎮圧していく様に、光るものこそ感じないが地道な修練が窺える。

 けど、


天秤ライブラ……? 何やそれ」


 そもそもからして何者なんだよライブラ。


「新進気鋭の冒険者グループだよ。

全員が貴族の出なんだけどそれを鼻にかけることもなく貴族含む立場を笠に着てる奴らの横暴に困ってる人達を助けたりしてるんだって」


 ほう、そりゃ結構なことじゃねえか。

 正直な話、貴族とか大半がカスばっかりだと思ってたからちょっと見直したぜ。

 世の中捨てたもんじゃあねえな。


「実力も確かで若手のホープって言われてるらしいよ。僕の友達でもライブラに憧れて冒険者になりたいって言ってる子居るし」

「ほーん」


 まあ、確かに憧れの対象としては悪くねえ……のかな?

 アンヘル、アーデルハイド、ゾルタン。

 身近に天才魔道士が居るからか俺も何となくではあるが魔道士の才能ってのも分かるようになった。

 鎮圧を終え後始末をしているライブラの連中を見るに、奴らはそこまで才能はないように思う。

 そこそこはあるのだろう。だがそれは努力で埋められるレベルなんじゃねえかな。

 だからアイツらのように地道に努力すりゃあ、追いつくことは不可能じゃないだろう。


「ちなみに少年は?」

「すごいとは思うけど僕は別に憧れとかはないかな」

「そうか。少年の憧れのヒーローは俺だもんな」

「……ハッ」


 鼻で笑いやがったこのクソガキ!?

 屋根の上で俺と少年がぎゃーすかしていると、ライブラの制服を纏った一人の少女が視線を向けて来た。

 ツインテールの中々レベルが高い女の子……だけど、何か見覚えがあるようなないような……?

 首を傾げていると少女は仲間達に何ごとかを告げる、すると全員がこちらを向き――――


「カール・ザ・グレート総統閣下にぃ! 敬礼ェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」

「!?」


 少女の号令と共に全員が一糸乱れぬ敬礼を俺に向けた。

 既視感を覚える光景に俺はようやく思い出した。


(こ、コイツら俺が受け持った生徒達じゃねえか!!!!)


 二年前の話だ。伯父さんの住むアパートの大家、アンネマリー・ジーベルの依頼で俺は帝都魔法学院で一週間教鞭を取った。

 魔法を教えたわけではない。そもそも使えないしな。俺がやったの更正だ。

 馬鹿ボンどもの意識改革のため大した能力もねえのに自尊心だけは豚の如く肥え太ってるからその心を圧し折ってやったのだ。

 そうだ……そうだそうだ思い出して来た。

 俺は目論み通り心を圧し折ってその後、上手いこと誘導して更正させたんだが……何か様子がおかしかったんだよな。

 あれから色んなことがあったからすっかり忘れてたわ。


(そんでこのツインテールも……思い出したぞ)


 名前はマルゴット。ツインテールの切っ先からビームを放つとかいう謎の攻撃を編み出したアホだ。

 技はゲテモノだが心身共に中々見所のある奴だったと記憶している。


(このまま逃げ出すわけにもいかんよなあ)


 心底嫌だが、対応せねばなるまい。


「あ、あの……兄ちゃ――ちょ、何すんだよ!? 僕は関係ないだろ!!」


 有無を言わさず肩車をして屋根から飛び降り、マルゴットの前に着地する。

 少年を連れて行ったのは心細かったからだ。友達だもんね。付き合ってくれるよね。


「糞が!!」

「……さて、久しぶりだなマルゴット」

「! お、覚えて……私の名前を覚えて……!!」


 ぶわっ! と瞳を潤ませるマルゴット。

 感動に打ち震える奴を見て少年がやべえよやべえよと慄いている――心底同意するわ。


「そしてお前達もな」

「閣下……!!」


 その閣下って何よ。何で総統閣下とか言われてんだ俺は。

 マジでSSじゃねえか。お前その格好、俺からすればただのコスプレだったんだからな。


「改めて御挨拶をば。お久しゅう御座います総統閣下。

しばらく帝都ではお姿を見かけず不遜にも心配しておりましたが、その凛々しい御尊顔を拝見出来て安心致しました」


 凛々しい……御尊顔……?

 俺と少年は思わず顔を見合わせる。

 い、いや確かに俺はイケメンよ? でもさ、あちこちにキスマークつけた男の顔のどこが凛々しいんだよ。


「……そうか。俺もお前達が息災そうで少しほっとしたよ」

「ここに居らぬ同士含め、一同閣下の尊き教えを胸に日々精進しております」


 瞬間、俺の背中にとんでもない熱が奔った。カースだ。

 奴らから二つの欲する言葉が聞こえる。

 一つは褒めて欲しい。これは良い。尊敬する先生に成長してもらった自分を褒めてもらいたいってのは普通の感情だ。

 もう一つはお叱りの言葉。褒めると叱る、相反する言葉を何故? アンヘルのような特異な例を除けばあり得ないだろう。

 そう思うかもしれないが……分かってしまった。

 ようはあれだ。コイツらはまだ俺の生徒として教えを受けたいとも思っているわけだ。

 教えることは何もねえって別れたけど、こいつらからすれば俺の生徒であることが一つの喜びでもあるのだ。


(――――うん、吐きそう)


 今日ばかりは自分の察しの良さが嫌になる。

 培った観察眼で幾つもの修羅場を潜って来たけど……はあ。


「それは何よりだ――が、言葉では何とでも言える。行動で示したまえよ。私の耳に入るほどに、ね」

「はっ! 精進致します!!」

「ではこんなところでお喋りに興じていないで己がすべきことをしたまえよ」


 そう告げると連中は再度、一糸乱れぬ敬礼を見せこの場から去って行った。

 俺は遠巻きにこちらを見ていた連中を睨みで散らし、深々と溜息を吐いた。


「……兄ちゃん」

「……何も言うな」


 何で……何であんなことになっちまったんだ……。


「う、うん……でも、その、僕で良かったら何時でも話聞くからさ」

「……悪いな」


 泣けるぜ友情!

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