教師、再び②

1.えへへ♪


「……休んでいても良かったんだぞ?」


 開店前。伯父さんが気遣わしげにそんなことを言ってきた。


「……お前は余人には到底、成し遂げられないような偉業を達成しようやく帰って来たばかりなんだ」


 しばらくゆっくりしたって誰も文句はないと。

 そう言ってくれるのはありがたいけど、


「良いんだ。ちょっと気晴らしに仕事したくなっただけだから」

「気晴らしに仕事って何かおかしくない?」


 シャルのアホがツッコミを入れる。

 まあ言わんとすることは分かる。字面だけ受け取るとただのワーカーホリックだもんな。

 でも俺は社畜になるぐらいなら社屋を爆破することを考えるぐらい不真面目な男だ。勤労精神などあろうはずもない。


「いやでもお前なら分かるだろ? 偉い人からのお願いで剣を振るうのとバーレスクで店員するのどっちが楽しいよ?」

「んなの後者に決まっているだろう。馬鹿なのか君は」


 殺すぞハゲ。

 ってのはさておきだ。つまりはそういうことである。

 俺にとって店員の仕事は仕事であるが数ある楽しいの一つでもあるわけだ。

 ぶっちゃけ、この仕事を苦に思ったことは一度もねえしな。

 体力使うし普通の奴にゃそれなりにしんどい労働なのかもしれんが、体力面で言えば俺は普通じゃない。

 疲労を感じることはないから楽だ。そして人と接するのも苦じゃない。お客さんとお喋りするのはむしろ楽しいぐらいだ。


「…………まあ、カールがそう言うならこれ以上は何も言わないが」

「あ、でもシャルと二人きりだし邪魔なら別のとこで時間潰すけど?」

「いやそれは大丈夫だ」


 即答かい。

 どうやら二年経ってもあまり進展はないらしい。これだから恋愛弱者は……。


(まあでも脈がないってわけではなさそうだがな)


 伯父さんも憎からず思ってはいるのだろう。ただ伯父さん恋愛どころか普通の人間関係もアレだからなあ。

 ちなみに今日の店員は俺とシャルだけだ。

 クリスはこれまで俺と庵の代わりに頑張ってもらってたからしばらくは休暇で、庵も帰って来たばかりなのでお休み。

 なので今夜は初期メン三人で店を回すことになるわけだ。


「しっかし気晴らしって言うけど昼に何かあったのかい?」

「ああ……実は俺が知らん間にカール総統閣下親衛隊なる組織が出来上がっててさぁ」

「「……」」


 伯父さんとシャルが何言ってんのお前? という目で見て来るがマジなんだよ。

 あれから少年と一緒にライブラについて調べてみたらあの組織、どうも俺の親衛隊らしいんだよな。

 マジでSSじゃねえかと眩暈を覚えたわ。


「おめえ、想像してみろよ。道の往来でいきなり「カール総統閣下に敬礼!!」つって一糸乱れぬ敬礼をされる光景を」


 シャルならば分かるだろう。コイツも有名人だからな。


「あぁ……うん……私は敬礼なんてされたことはないけど……ファンクラブを名乗る子達に囲まれた時はちょっと、困ったかな」

「だろ? いやね、俺もちやほやされるのは嫌いじゃねえんだよ」


 ってかむしろ好きだ。遠慮なくちやほやして欲しい。

 でも重いのは勘弁。もっとライトな感じでキャーキャー言われたいの。


「アイツらさ。多分、俺が死ねと言えば喜んで死ぬぜ」


 情を交わした女が俺のために死ぬって言うのは良い。男冥利に尽きるってもんだからな。

 そして俺自身もアンヘル達のためなら喜んで命を懸けられる。

 でもアイツらはたかだか一週間、関わっただけ。んで俺にはさしたる思い入れもないときた。


「困るんだよなあ」

「…………思ったんだが君、わりと真剣にカリスマ性凄いよね」

「まー、心身共にイケメンだからなあ俺」

「いや冗談抜きで。葦原の話を聞いてる時も思ったもん。八俣遠呂智討伐前から民衆の心を鷲掴みにしてたみたいだし」

「ありゃあ、上手いこと状況が整ってただけさね」

「そうだとしても魅力のない人間なら上手くはいかなかっただろう。カールのカリスマ性ありきだと思うよ」


 わりと本気で為政者に向いているのでは?

 などとシャルが言うが冗談じゃねえ。俺は日々を面白おかしく過ごしてえんだ。

 国を治めるだとかはやる気のある奴がやってれば良い。


「つか、カリスマってんならお前もだろ流浪の騎士様よ」


 最近は全然、流浪してねえけどな。その二つ名、もう詐欺になってんじゃん。


「今の私は婚活の騎士シャルロット・カスタードだから問題ないよ」

「恥ずかしい二つ名だな……ちなみに伯父さんと結婚したらどうなるのよ?」

「そりゃ主婦シャルロット・ベルンシュタインになるに決まってるだろ常識的に考えて」

「……そういやお前が伯父さんと結婚したら苗字同じになるんか。何かイメージ悪いなあ」

「おい」


 などと言っている内に開店時間だ。

 シャルがOPENの札をかけてから十分もするとぽつぽつ客が入りだす。


「おやまあ、久しぶりじゃないかカールくん。帝都に戻って来たんだね」

「お久しぶりです。これからはバーレスクの看板店員としてまたバリバリ頑張りますんでよろしくお願いします」

「街中で見かけたけどやっぱカールくんだったのね。おかえりなさい」

「ただいま戻りました!」

「おかえりカール。庵ちゃんはどうしたんだい?」

「戻って来たばっかなんで今日はおやすみですね」


 入店する客が皆、俺を見て笑顔で一声かけてくれるのが堪らなく嬉しい。

 ああ、戻って来たんだなって。

 やっぱり店に出て良かったわ。気分がどんどんと晴れていくのが分かるぜ。


「ちょっと良いかい?」

「はいはい何でござんしょ」

「表のボードに葦原セットって書いてあったけどあれ何? 葦原料理のメニューは幾つかもうあったよね?」

「ああ、俺しばらく葦原に行ってたんすよ。それで伯父さんのお土産にレシピや食材、調味料なんかを持って帰ってですね」


 折角だからそれをお出ししようってことになったのだ。

 セットで出したのはお客さんへの配慮だな。

 こっちの料理と合わないのもあるから、まずは味を知ってもらおうってわけだ。


「頼んだ場合はちょっとしたアンケートもついて来るので書いて頂けるとありがたいです」

「へえ、ところでセットってことはこれお酒も?」

「勿論。葦原のも中々美味いですよ?」

「それは楽しみだ」


 ちなみにだが葦原の酒、食材・調味料なんかは定期的に仕入れる手筈は整っている。

 元々、限られた場所だけとは言え貿易はやってたからな。

 バーレスクに定期的に供給したいと言ったら信長が便宜を図ってくれたのだ。

 しかも御代は無料。流石にそれは悪いと言ったのだが押し切られてしまった。


「じゃあ、セットを一つ頼んでみようかな」

「かしこまりました。伯父さーん! 葦原セット一つ!!」


 嬉々として本業に勤しんでいると改めて痛感する。

 やっぱり将軍なんて俺にゃ向いてねえなって。だってこっちのが何百倍も楽しいもん。

 世の権力者ってのはホント物好きだよな。好き好んで重い責任を背負い込んでさ。俺にゃあ理解出来んぜよ。


「いらっしゃいませ――……ってお前らか」

「うん。こんばんはカールくん」

「ご機嫌ようカールさん」

「はーい、お兄ちゃん。今夜はお客さんだから盛大に持て成してね?」

「しょうがねえなあ」


 クリスをお姫様抱っこしてやりテーブルまで連れて行く。

 言わずもがな、コイツらは同席だ。

 クリスを抱いたまま椅子に腰掛け、アンヘルに視線をやる。


「アンヘル」

「はいはい」


 アンヘルが右手を軽く振るう。

 するとある物が俺の手に召喚された――そう、哺乳瓶である。


「さあ、クリスちゃん。ご飯でちゅよー?」

「わぁい! って違う。これは違う。何でアンヘルお姉様は以心伝心でこんなもん召喚しちゃうの? いやそもそも何でこんなもん持ってんの?」

「そりゃ、ねえ?」

「ああ」

「「えへへ♪」」


 どっちがどっち役かについてはノーコメントだ。


「くっ……魔法の腕では劣らぬつもりですが性癖方面に関してはやはり私の先を……!!」

「お前はお前で何真面目に悔しがってんの? どうすんのこれ。クリスの身内がアホしか居ないじゃない」


 まあそれはさておきだ。

 アンヘルとアーデルハイドが来たのなら丁度良い。


「あのさ、ライブラって知ってる?」

「ライブラ――ああ、あれだね。カールくんの親衛隊を名乗る不審者の群れ」

「そう言えばカールさんが留守の間に私のところにも来ましたね」


 は? 何でアーデルハイドんとこに?

 いや確かに俺がグレートティーチャーやってる時、アーデルハイドも一緒だったよ?

 でも姿を消してサポートしてくれてたしアイツらは知らないはずだぞ。

 俺の女だってのをどっかで知った? だとしても俺の女だから何だってんだよ。会いに行く理由が見つからんのだが。


「ああいえほら、私って御家のあれやこれやからはすっかりドロップアウトしていますが一応その……族でしょう?」


 少し言い難そうなアーデルハイド。

 まだ明確に聞いたことはないがコイツらの御家が大貴族だろうってのはとうの昔に察しはついてる。

 しかしそれがどうしたと言うのか。首を傾げる俺にアーデルハイドは続ける。


「今でもそれなりに影響力はあるんですよ。だから自分達の活動の後援をして欲しいと言って来まして」

「アイツらの活動って?」


 貴族の子女子弟つっても今は冒険者だろアイツら?

 何だって大貴族のお嬢様にわざわざ後援頼むんだよ。

 金蔓? いやでも俺がボコる前ならいざ知らず今は形はどうあれマシにはなってるし……。


「腐敗の是正です」

「え」

「学院の現状はご覧になったでしょう? 全てとは言いませんが帝国貴族の多くが腐り切っています」


 その現状を憂い、ライブラの一部の者達は冒険者ではなく家督の継承を目指しているのだと言う。

 俺からすれば寝耳に水なんてレベルではなかった。


「……お兄ちゃん、国の不穏分子として消されない?」

「消されねえよ!? だって俺何も悪くねえもん!!」


 糞が! 二年ぶりに故国へ帰って来れたのに何でこんな爆弾埋まってんだよ!?

 気兼ねなく日常を謳歌させろや! 俺が一体何したってんだよ畜生め!!


「カールさんの懸念は分かりますが、まあ問題はないでしょう」

「だね。今、偉い人達はそれどころじゃないし」

「って言うと?」

「第一皇子と第二皇子の後継者争いが本格化してるんだよ」

「……子供のお遊びに付き合う余裕はないってことか」


 第一皇子クリストフと第二皇子エルンスト。

 前々からこの二人が対立してんのは知ってたが、この二年で新たな局面を迎えたのか。

 下々の人間である俺からすれば誰が皇帝になろうと知ったこっちゃねえが、野次馬根性がないわけではない。


「どっちが優勢なん?」

「五分五分ですね。互いに決定打がないままずるずる続いているような感じです」

「ほーん……」


 内乱とかになったら面倒だなあ。

 そん時は皆を連れて葦原にでも避難するかねえ。


「まあ何かあれば私やアンヘル、ゾルタン先生の方で対処しますしライブラについては考えないようにするのが吉かと」

「……そうだな。じゃあ俺、そろそろ仕事に戻るわ」


 何時までもシャルだけに働かせるのも申し訳ないしな。

 どっこらせっと席を立ったところで新たな客が入店したので急いで入り口に向かう。


「いらっしゃいませー……ああ、ジェットさん。お久しぶりです」

「やあカールくん。おかえり」


 にこやかに挨拶をしてくれた彼の名はジェット。

 帝都の冒険者ギルドに勤めている人で、これで中々お偉いさんだったりする。

 最後に見た時はストレスが軽くなったお陰かわりと痩せていたのだが、またちょっと太り出してるな。

 白髪も増えているように見えるし……また何かストレスが溜まってるのかな?


「テーブル席に余裕がないのでカウンターで構いませんか?」

「ああ、構わないよ。ところで相談があるんだけど良いかい?」

「? ええ、大丈夫ですよ」


 ドンと胸を叩くとジェットさんはありがとうと笑う。

 カウンター席に座り、お冷をグラスに注ぎ準備を整えるとジェットさんはこう切り出した。


「カールくん、ちょっと教師をやってみる気はないかい?」

「ふむ」


 教師、教師かぁ――――


(何だよぉおもおおお! またかよぉおぉぉおおお!!)


 ライブラの存在を認知した日にこれとか嫌な予感しかしねえ……。

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