エピローグ

1.俺をハメやがったな!?


 人も物も、その被害は決して軽いものではない。

 それでも邪神は倒れ、葦原は開闢以来初めて真の自由を手にした。

 だが人々には喜べない理由があった。勝利の立役者であるカールが目を覚まさないことには喜べるはずがない。

 ゆえにカール復活の報が葦原を駆け巡るや帝の主導の下、黙々と復興に勤しんでいた人々は歓喜に湧き立った。

 我らが将軍様の目覚めと邪神討伐を祝う宴が国を挙げて催され人々は大いに飲み、大いに食べ、大いに泣き、大いに笑った。

 カール自身も京の往来で褌一丁でおどけたりと大いにはしゃいだ。


 そして七日七晩続いた宴の最後――――。


「信長、これからはお前が征夷大将軍だ。頑張って葦原を盛りたてて行ってくれ。皆もだ。信長を良く支えてやってくれ」


 帝が生き延びたのならば憂いはない。

 将軍職の引継ぎを終えたカールは晴れ晴れとした顔をしているが居並ぶ諸大名の顔は実に浮かないものだった。

 それは将軍職を託された信長も同じで、


「…………なあカール、今からでも考え直すつもりはないか?」

「おいおいおい今更何言ってんだ。ハナからそういう約束だっただろう?」


 信長には目指すべき国家像がある。

 これまでは空想でしかなかったそれをようやく形に出来る立場を手に入れたのだ。

 なのに何故、そんなことを言うのか。


「大体、お前が人の下に身を置くのは似合わねえよ。お前自身もそう思っているから覇道を目指したんだろう?」

「そうだな。だが、あの戦いを見て思ったよ。お前の下にならそれも悪くはないとな」

「買い被り過ぎだよ」

「そんなことはない。これはおれだけじゃない、皆の総意だ」

「信長じゃ不満だってのか?」

「違う。皆、お前に惚れているんだよ」


 全員の顔を見渡す。皆は無言で頷いた。

 カールは困ったように頬を掻きながら、口を開く。


「あー……まあ、そこまで言われて悪い気はしねえが……帰りを待ってる女も居るしな。ほら、俺モテるから」

「帰りを待つ女が居るなら葦原に招けば良い。お前の伴侶だと言うなら皆、歓迎する」

「いや……うん、こっちに永住することになったら着いて来てくれるとは言ってたけどさあ」


 深々と溜息を吐きながらカールは言う。将軍なんて柄じゃないと。

 しかし、信長は引き下がらない。それどころか帝まで説得に加えてカールを翻意させようとしてくる。

 だがカールにも譲れないものはある。どうにかこうにか諦めさせるべく舌を回す。


(さっきからカースもガンガン発動してっし……コイツらどんだけ俺に将軍続けさせてえんだよ……)


 困り果てたカールに助け舟を出したのは幽羅だった。


「はいはいそこまでにしましょ。信長はん。カールはんは葦原の大恩人やえ? そんな御方の意思を無視するのは如何なものか」

「む……それは……」


 自覚があったのだろう。信長が言葉を詰まらせる。


「ほいでカールはん。葦原を利用するだけ利用してあとはしーらね! は酷いんちゃう?」

「それは……」


 お前も人のこと言えねえだろと思うカールだが、幽羅はあくまで公平な第三者の立場で語っているだけ。

 今そこに言及してもしょうがない。


「カールはんの目的が葦原に利があるものとは言えや。

あんだけのことを成し遂げた御方に将軍様やって欲しい言うんは当たり前やろ」


 建国の征夷大将軍坂上田村麻呂をも超える偉業を成し遂げた将軍。

 その功績は絶大且つ無二のもの。

 そんな将軍の後釜に血縁でない者が就くということを考えろと幽羅は言う。


「やり難いやろどう考えても」


 カールが支えてやってくれと言うのなら支えはするだろう。

 だが内心では皆、カールの方がと思ってしまう。

 それだけ葦原の人間にとってカールの存在は大きいのだ。散々名声を稼いだツケとも言えよう。


「むむむ」

「女を散々その気にさせるだけさせといてポイする男みたいなもんやで」

「おい止めろ。まるで俺が酷い奴みたいじゃねえか」


 だがまあ間違ってはいない。

 カール自身は何でそこまでと思っているが天照大神の言葉もある。

 葦原の民が信仰と言えるほどの感情を自分に注いでくれていることは理解していた。


(京のメインストリートでおどけながら裸踊りしてた時も大人気だったからな俺……)


 軽口を叩く者も居たが根底には畏敬の念を感じていた。


「やから折衷案」

「「折衷案?」」

「そ。カールはんを引き止めはせんけど代わりに一つ条件を呑んでもらうんですわ」

「条件……ね。一応聞いてやるよ。無理そうなもんなら全力で拒否っからな」

「永世将軍みたいな職を新設するからそれを受け入れてくださいな」


 カールの功績は葦原が存在する限り語り継がれるべきもの。

 殿堂入り的な職を作るというのはそう難しくはないだろう。


「ぶっちゃけただの名誉職ですわ。中身なんかあらしません。

せやけどカールはんが存命の内はその気になれば何時でも征夷大将軍に復職出来るようにします」


「う、うーん……現職の立場がなくね?」


 そこは問題ない。あとで細かく詰めるが現職の顔も立てるようにすると幽羅は言う。

 それにカールの功績を直接見てはいない世代ならともかく、当代次代とその次ぐらいまでなら反発はないだろうとも。


「皆さんが惜しんどるのはカールはんと葦原の繋がりが消えてしまうことなんですわ」


 郷里に戻ってしまえば葦原を忘れてしまうのではないか。

 もう二度と、関わることはないんじゃないか。

 それはあまりにも寂し過ぎるという幽羅の言葉にカールは反論する。


「俺はそこまで薄情じゃねえよ。俺を恩人って言うがよ。俺もお前らに恩を感じてるんだぜ?

だから困ったことがあれば力を貸すし、信長は鎖国を解除するつもりなんだろ?

だったら今度は普通に旅行で葦原を来ることもあるだろうさ。繋がりが消えることはねえよ」


「カールはんの情の深さは皆、よう知ってます。せやけどそれでもハッキリとした形にって言うのも人情でしょ」

「むぅ」


 だからこその永世将軍職だと幽羅は言う。


「皆さん、これならどうです?」

「……まあ、悪くはないな。おれは良いと思う」

「竹千代も賛成に御座います。殿下を引き止められるのが一番ですが殿下の御意思を無視したくはありませんし」

「島津家は全力で支持致します」

「同じく」


 口々に賛同の言葉が上がる。


「カールはんは?」

「まあ、それで納得してくれるんなら俺は別に良いよ――!?」


 承諾した途端、場がワッ! と盛り上がる。

 突然のことに唖然としていたがカールだが、


「お、お、お、おお前ら……お前ら……俺をハメやがったな!?」


 気付く。最初からこうするつもりだったのだと。

 カールを引き止めることは出来ない。ならばせめて次善の策を。

 信長があれだけごねていたのは次の提案を受け入れやすくするためだったのだ。


「人聞きの悪いことを言うなよ。残って欲しいというのは嘘偽らざる気持ちだ」

「分かってるよ! だから性質が悪いんだ!!」

「まあそういきり立つな」


 カラカラと笑った後、信長は真剣な表情でこう切り出した。


「カール。何かあれば遠慮なくおれたちを――葦原を頼れ」

「信長……」

「お前のためならばどんな労も厭わん。おれだけじゃない、皆もそう思っている」


 むず痒くなるような好意だ。

 それでも、嬉しいか嬉しくないかで言えばとても嬉しい。


「……ありがとよ」




2.おうちにかえろう


 翌日。盛大な見送りを受け、葦原を発った。

 陸が遠ざかり何時までも手を振っていた皆が見えなくなったところで俺は空を仰いだ。


「…………二年かぁ。帝都に居た時間より長いな」

「ふふ、名残惜しいようでしたら今からでもお戻りになられますか?」


 何時の間にか近くに来ていた久秀が笑いながら提案する。


「戻らねえよ――つかお前、ごたごたしてて追及出来なかったけど何勝手なことしてくれてんの?」


 順慶と久秀の間に結ばれた約定を知ったのは船に乗り込むその間際だった。

 そ知らぬ顔で船に乗ろうとする久秀に何やってんだと聞くと、


『やることがなくなったので世界を見て回ろうかと』


 詳しく問い質したら約定のことを暴露されたのだ。

 結局、命は取らず隠居し公職から退くことで手打ちになったので良かったが……。


「まあまあ終わり良ければ全て良しと言うではありませんか」

「……初めて会った時はいっぱいいっぱいだったのにすっかり図太くなっちゃって」


 だがまあ、悪いことではないな。

 これまで鬱屈とした人生を送って来てたんだし、何もかもから解き放たれたのなら好きに生きれば良い。


「世界を見て回るとは言ってたが具体的にはどうするんだ?」

「細かいことは何も。あてもなくふらつこうかと」


 ノープランか。だがそれぐらいが丁度良いのかも。

 なんて考えていたらティーツと明美がやって来て久秀に言う。


「ほならわしらと一緒に正義の人斬りにならんか?」

「あんたの腕は知ってるし、仲間になってくれるのならありがたいんだがな」

「そういうのはちょっと……」


 新たな門出を迎えようって人間に人斬りを勧めんな。


「わしは新たな門出として人斬りを選んだんじゃが?」

「ああそうだったね。お前はそういう奴だったよ」


 げんなりしつつ懐から煙管を取り出し葉を詰め火を点ける。

 肺いっぱいに煙を吸い込み、吐き出すと何とも言えない充足感が俺を満たした。


「兄様!? 何時の間に喫煙なんて……」


 隣で真宵さんからの手紙を読んでいた庵がギョっとした顔をするが、大丈夫大丈夫。

 煙草は煙草だけど普通の煙草じゃねえから。

 身体に害が出るどころかむしろその逆よ。


「逆って……」

「ほら、俺って魂ボロボロだったじゃん?」


 今は普通にしてるがまだ完全快復ってわけではない。

 だもんで幽羅が霊験あらたかな薬草を使った煙草を持たせてくれたのだ。

 ニコチンもタールもないから煙草と言って良いのか分からんが……まあ煙草で良いだろう。

 一番効果が望めるのは抽出したエキスを静脈に注射するタイプらしいのだが、


「あたし思うんだけど絵面がやば過ぎないか? どう考えてもヤク中のそれだぞ」

「それな。だから二番目に効果が出る煙草タイプにしてもらったんだよ」


 往来で裸踊りが出来る俺でも流石にヤク中の謗りはノーサンキューだ。

 まあ吸引は吸引でそれっぽく見えるが煙管だから粋な感じの方が強い――と思いたい。


「他にも幽羅から色々土産を貰ったんだけど、まあ大半は使わんだろうな」


 戦闘用の呪符やら呪具やら貰ったけど、俺はそもそも酒場の店員だからね。

 本来なら戦いとは縁遠い人種なんだよ。

 何の因果か郷里を出てからバチバチやることが多かったけどもうないから。そういうんはもうないから。

 俺はバーレスクの店員として日々を面白おかしく過ごすから。


「……過ごせるんか……?」

「疑わしげな目を向けるな。殺すぞ」

「それより兄様、今の内に頂いたお土産の整理をしておきませんか?」

「あー……そうだな。引くほど貰ったのそのまま袋に突っ込んじゃったし、ちょっと整理しておくか」


 土産の仕分けをしたり、船上でBBQをしたりと船旅を楽しむ俺達。

 行きよりも気が楽だからか、時間はあっと言う間に過ぎて行った。

 そして夕刻。遂に俺は帝国へと帰還した。


「そいじゃあカール、またな」

「世話になったな。この借りはいずれ返すよ」


 船から降りるとティーツと明美が真っ先にどこかに消えて行った。

 野放しにしていた悪人を斬りに行ったのだろう。貧乏暇なしならぬ人斬り暇なしってか。


「殿下――いえ、カールさん。私もこれで」

「久秀もか」


 帝都を案内してやろうかと思っていたが……まあ良い。


「俺は帝都のバーレスクって酒場に居るからよ。困ったことがあれば何時でも訪ねて来な。

いや、なくても普通に遊びに来い。そん時は帝都を案内してやるからさ」


「はい。必ず」


 久秀を見送り、俺と庵の二人だけになったタイミングでゾルタンが転移で姿を現した。


「久しぶりだな。お前にも随分、世話になった。本当にありがとう」

「何の何の。しかし……ふむ、君は更に良い男になったようだね。ちょっとトキめいちゃったよ」

「アンヘルたちにチクって良い?」

「止 め て」


 必死だなあ。


「ま、まあ兎に角だ。そろそろ行こうか。皆、君たちの帰りを待っているからね」

「頼むわ」


 ゾルタンの転移が発動する。

 転移先はバーレスクの店先。久しぶりの帝都の空気に少し、涙が出そうになった。

 店の中から感じる懐かしい気配に胸が弾む。

 庵の手を引き扉を開け、めいっぱいの笑顔を浮かべて俺は言う。


「――――ただいま!!」

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