征夷大将軍カール・YA・ベルンシュタイン⑤

1.堕ちた竜、折れた虎


「……――大体、話し合うべきことは話し終わったかな?」

「ああ。今の時点で互いに知っておくこと、知らせておくことは話し終えたと思うぞ」

「なら今日はもうお開きで良いか」

「それでよろしいかと。また何かあれば幽羅殿から頂いた式神で連絡を致しますゆえ」

「うん。じゃあ今日はこれで解散。各々、頑張りましょうってことで」


 信長は美濃攻略。

 元康は地盤固め。

 カールは島津篭絡。

 目下、互いに成すべきを成すため尽力しようとカールが解散を宣言する。


「あ、でも時間が時間だし誰かに送らせようか?」

「お気持ちだけで十分に御座います。それに、こちらにはクロスも居りますので」

「そうさカール、心配は要らないよ。年増が居るからデバフはかかるけど宿までなら頑張れる」

「……おめー、よく主君の同盟相手を年増呼ばわり出来るな」

「常に正直なところが僕の長所であり短所なんだ」


 フッ、とニヒルに笑う変態。


「まあ、それはそれとしてだ。カール、僕もいおりんのために頑張るからさ。絶対、やり遂げような」

「……一応、言っとくが俺の女に手ぇ出したらマジで殺すぞ」

「見損なうなよ。僕は光のロリコンだぞ」

「ロリコン自体がもう闇だと思うんだが……つーか、前にも似たようなこと誰かに言われたぞ」

「あの子の一番の笑顔が見られるのはカールの隣だ。ならば僕がすべきは、いおりんが憂いなく君と居られるよう死力を尽くすことだ」

「ああうん、どうもね」

「でもそれはそれとして死ぬほど妬ましいけどな……! ああ、何で一途にロリコンやってる僕より早く……ギギギギギ」

「めんどくせえからもう出てけよ」


 三人を見送った後、カールは欠伸を噛み殺しながらこちらを向く。


「予想外に同盟が早く成ったし、俺も動きを早める。起きたら直ぐに京を発つつもりだ」

「支度はうちがやっときますわ」

「おう。昼過ぎても起きて来なかったら起こしてくれ。じゃ、おやすみー」

「良い夢を」


 カールが出て行き、残されたのは自分だけ。

 幽羅は口元に小さな笑みを浮かべ、偽装を解除した。

 すると部屋の隅がぼう、と光り二つの影が姿を現した。

 白頭巾と赤頭巾――竜子と虎子だ。


「さて、御二人はどう思います?」


 楽しげに問いかける幽羅とは対照的に、問われた二人の顔色は悪い。

 それこそ、今にも倒れてしまうんじゃないかというほどに。


「……主が何を目指しているかを知れたのは良いことですが」

「ああ、所詮私らは雇われの身。言われた通りに仕事をこなすまでよ」

「そしてその仕事が無謀なものなら、尻を捲くって逃げるだけですよ」


 二人の返事に幽羅は深々と溜息を吐いた。


「往生際が悪いわぁ。うちが聞いとんのはそうやない」


 幽羅――安倍晴明にとって京は己の胎の中に等しい。

 力を分け与えた晴明(偽)が張り巡らせた網の中で隠し事をするのはほぼ不可能だ。

 幽羅は何でも知っている。

 どこそこその夫婦の仲が最近よろしくないだとか。

 あの店の豆腐の味が変わったとか。

 カールが久秀と“セクハラ上司に迫られる地味だが実は美人なOLゴッコ”に勤しんでいたとか。

 何でも知っている。

 なので当然、


「上杉謙信と武田信玄はどうしはるんかを聞いとるんよ」


 二人の正体についても最初から知っていた。


「「な……」」


 絶句する竜子(謙信)と虎子(信玄)に幽羅は更なる追撃を放つ。


「何で“あの時”みたいに逃げんかったんです?」


 義元を討つため、戦場をかく乱しろと傀儡の指揮権を渡された時にはもう気付いていたはずだ。

 カールが不死身の義元を殺す手段を持っていることに。


「義元を討った後、御二人は次の指示が出るまで大和の廃寺で待機するよう命じられた。

んで今尚、新たな指示は出てへん。逃げる機会は幾らでもあったやろ? あの時よりも楽に逃げられたはずや」


「そ、それは……」


 まあ、一応言い訳は出来なくもない。

 カールの目的が定かではないから見極めていたと。


「けど、その後は?」


 義輝と長慶の死、カールの将軍就任の情報は全国に広められた。

 廃寺で待機しているとは言えちょくちょく町にも下りていたのだから当然、知っていたはずだ。

 そこまで来れば聡い二人のことだ。カールの大体の目的も読めるはず。


「せやのに何で逃げんかったんです?」


 竜子と虎子は義輝に八俣遠呂智の力を見せ付けられた際、強い恐怖を抱いた。

 これは駄目だ、これは触れてはならぬものだと。一度、蓋を開けてしまえばきっと取り返しのつかないことになる。

 デモンストレーションの後、その場は一旦解散と相成った。

 力を譲渡するための準備が必要だったからだ。猶予は一週間。

 竜子と虎子はその日の内に秘密裏の接触を図った。

 散々殺しあった仲だからこそ、この件については手を結べるという確信があったのだ。

 互いの思惑にズレはなく、八俣遠呂智の力を誰にも触れられぬよう遠ざけるということで一致し同盟は成った。

 だが今の状況を見れば分かるように、二人は失敗した。

 次期当主としてデモンストレーションの場に同行させていた景勝と勝頼が八俣遠呂智の力に目が眩み二人を裏切ったのだ。

 景勝と勝頼は長慶と密約を結び竜子と虎子を襲撃。

 二人は一部の忠臣らと共に命からがら逃げ出すも完全に心が折れてしまった。

 もうどうにもならぬと諦めてしまった。


「一度逃げたんやから二度も三度も変わらんやろ?」


 カールの目的が八俣遠呂智に関わるものと察した時点で脇目も振らず逃げ出せば良かった。

 なのに廃寺に留まり続けたのは何故だ?


「あんたらは――――」

「止めろ!!!!」

「……分かっている……私もこ奴も分かってはいるんだ」

「何を? 何を分かってるって?」

「…………ひょっとしたらと、あの男に期待を抱いている」


 搾り出すように虎子は言った。


「地獄の炎が如き苛烈な意思を燃やすその姿に……心が、揺れた。

こうして直接、その目的を耳にして期待はより大きくなった。

我らが見たものより源流に近い存在と対峙しても尚、心折れず闘志を滾らせる様は尊敬に値する」


 だが、と虎子は弱音を零す。


「忘れられんのだ。あの時見たものを。覚えた恐怖を。その力の一端に触れただけだというのにこの有様だ。

首を一つ失ったとは言え封じられた邪神の力は強大無比――それと対峙することを想像するだけで……ふ、震えが止まらんのだ!!」


 期待はある。だがそれ以上に根付いた恐怖が消えてくれない。

 だから積極的に手を貸すことも、逃げ出すことも出来ず、ただただその場に立ち尽くすことしか出来ない。

 そう吐露する虎子に幽羅はハッキリ、否を突きつけた。


「違う。違うわあ。全然分かってへん。逃げ出さん理由はそれだけやない」


 そういう部分がないわけでもないのだろう。

 だが、もう一つ大きな理由がある。


「カールはんには自分達の力が必要なんを分かっとるから逃げられんのや」


 天下統一とその先に控える八俣遠呂智との決戦。

 どちらにおいても万軍を率いれる優秀な将の存在は必要不可欠だ。

 信長や元康も優秀なのだろうが純粋な戦争屋としての力量は竜子と虎子には劣る。

 少しでも勝率を上げるためには自分達も将として戦線に加わる必要がある。

 それを理解しているからこそ、逃げられないのだ。

 逃げてしまえば本当に僅かな望みもなくなってしまうから。


「八俣遠呂智そのものへの恐怖と微かな望みさえも潰えてしまうかもという二つの恐怖があんた方を縛っとる」


 幽羅の指摘に二人の顔が大きく歪む。


「で、自分からは動けんから待っとる」


 背中を押してくれることを。

 餌を待つ雛鳥のように口を開けてただ待っている。


「何考えとるか当てたるわ。うちの口からあんたらの正体がカールはんに伝わるんを期待しとるんやろ?」


 自分達の正体を知ればきっと、カールは言ってくれる。

 お前達の力が必要だと。そうすれば前に進める――幽羅は嗤う。


「残念。うちにそのつもりはあらへんよ」


 大体、そのつもりがあるなら最初からやっている。


「…………我らの力は必要ない、と?」

「せやね。ああ、これはうちだけの意見やないで? 事情を知ればカールはんも要らん言うやろね」


 それは何故か。


「松永長頼は御存知?」

「確か……弾正久秀の弟でしたか? 兄に比べると地味ですがやり手だと聞いた覚えがあります」

「そうそう。長頼がカールはんの目的聞いた時、何て言うたと思います?」

「……何と言ったのだ?」

「“デカイ目標を打ち上げることぐらいなら誰にでも出来る”――やって」


 クスクスと幽羅は嗤う。


「それさえ出来ない雑魚に何が出来る? カールはんはそないに答えたそうで」


 限りなく完全に近い八俣遠呂智は正真正銘、理外の存在だ。

 これが人ならば欺き、偽り、策を弄して封殺も出来よう。

 だが理外の存在に理を以って当たっても届きはしない。

 ああ、正しい。カールの言は実に尤もだ。


「必要になのは“我”。理外の存在を前にしても一歩も退かず自らの真実を叩き付けて押し通す“我”が勝負を分かつ。

カールはんはそう考えとるから目標を口にすることさえ出来なかった長頼に価値を見出さんかった」


 竜子と虎子も同じだ。

 誰かに背中を押してもらわねば動けないのなら必要ない。カールはそう断言するだろう。


「「……」」


 この世の終わりを見たような顔で黙り込む二人。

 幽羅は小さく溜息を吐き、告げる。


「とは言え、とは言えや。うちはカールはんほど尖っとるわけやない」


 カールと概ね同意見だが、幽羅の方が幾分考え方は丸い。

 見込みなしと完全に切り捨てるには二人が惜しいと思う気持ちは確かにある。


「カールはんに口利きするつもりはあらへん。せやけど、自分で考える材料ぐらいならあげますわ」

「……具体的には?」

「明日、うちとカールはんで島津を口説きに行きます」

「島津――ああ、九州のはしっこの」

「何故わざわざあんなド田舎の……」

「はいはい。まずはうちの話聞いてくれません?」


 バツの悪い顔で頷いた二人に、こう続ける。


「まあ兎に角や。薩摩行きにあんた方も同行出来るようにしますよって」


 カールと島津の対峙はきっと、二人が己の往く道を考える一つの材料になってくれるだろう。


「……分かった」

「とりあえず一旦、寺に戻してくれますか? 何も言わずに連れて来られたので」

「ああはいはい。とりあえず、出発前にまた迎えに行きますんで。ほな」


 二人を廃寺へと送り返し一息吐く。

 まだまだ眠れそうにないが、これも全て八俣遠呂智を殺すためと思えば辛くも何ともない。

 頬を叩き気合を入れ直した幽羅だが、


「ん?」


 晴明(偽)よりある連絡が入り足を止める。

 内容は……。


「……」


 こめかみを押さえ、深々と溜息を吐く。

 無言で謁見の間を後にした幽羅は迷いのない足取りで将軍の執務室に向かい、勢い良く戸を開いた。


「あ、やぁ……だめ、駄目です……んんん!!」

「でへへへへ♪」


 そこには何と久秀(E:スーツ)のスカートに顔を突っ込み、イヤらしい手つきでストッキング越しの太ももを撫でるカールの姿が!

 二人はプレイに夢中だったが、ワンテンポ遅れて幽羅の姿に気付いたらしく同時に入り口に視線をやった。


「「――――はっ!?」」

「――――はっ!? やあらへんわはっ!? や」


 寝るんじゃなかったのか? 幽羅がそう聞くとカールは、


「いや……ムラムラして眠れなかったんで……」

「……」


 幽羅は思った。コイツで本当に良かったのか、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る