征夷大将軍カール・YA・ベルンシュタイン②
1.コイツ大丈夫なのか? うちの犬と同じ臭いがするぞ?
七日後。元康は予定通りゴリラと蜥蜴、ロリコンを引き連れ京を訪れていた。
まだ日も昇らぬ時間だと言うのに都には大勢の人が溢れ、あちこちで喧騒が上がっている。
「流石は一国の首都……行ったことないけど帝都もこんな感じなのかなあ」
「帝都やらは知り申さぬが、京がこれほど賑わっているのは今日が特別だからですよ」
「然り。帝の御姿を遠目にでも拝見出来るとなれば、北は蝦夷からでも来ようさ」
「そしてそんな民草に紛れてた……千代らと同じ目的を持った者も多く訪れましょう」
人波に逆らわぬよう一行は進む。
目的地は皆、同じ。醍醐寺三宝院裏の山麓。そこで将軍就任の儀が執り行われるのだ。
「ところでクロス」
「兄様だよ千代たん」
すりすりと肩車をした元康の太ももを堪能しつつクロスが訂正を入れる。
「……いや、あの、この演技必要なんですか?」
現在、元康御一行はクロスが魔法で展開した結界に包まれている。
よっぽどおかしな行動をしない限り、大概の人間は彼らを気にしない。
会話もそう。今ここで将軍殺したいなー、なんて言っても注目を浴びることはない。
「必要ですとも。僕の結界も万能じゃありません。優れた感覚を持つ人間なら結界を察知し僕らの真実を捉えてしまう」
「だとすれば、そういう者に我らは特殊の身の上ですと喧伝しているようなものではないか?」
「ですね。でもそれは向こうも同じですよ。おかしな視線を感じたら、あっちも普通じゃないってのが分かる」
今の京で無用に目立つことは誰もしたくないだろう。
であれば暗黙の了解で相互不干渉が成り立つはずだ。
クロスの言葉に元康は胡乱な視線を向け、言う。
「……それならやっぱり演技する必要はありませんよね?」
「どう考えても貴様の個人的欲求ではないか」
「まあまあ。このように骨を折ってくれているクロス殿への御褒美ということで良いではないですか」
「さっすが正信殿。話が分かるぅー!!」
キャッキャと手を叩くクロスを見て真面目な主従は大きく溜息を吐いた。
と、その時である。
「――――もし。松平元康様ではありませんか?」
全員の緊張が高まる。
ゆっくり振り返ると、
「……誰?」
元康がぽつりと呟く。
視線の先には歩き巫女とその護衛らしき浪人が二人居たが元康に見覚えはないらしい。
クロスが忠勝と正信を見やるが、どちらも心当たりはないらしく首を横に振った。
するとどうだ? 女の表情が楚々としたものから肉食獣のそれに変わる。
「ついこないだまで殺し合っていた仲だってのに酷いじゃないか。んん?」
そこで元康も気付いたようで、
「織田……殿?」
「おうとも。しっかし、ガキの頃にチラっと顔を見ただけだったが全然変わってないなお前。飯食ってるのか?」
ポンポンと子供をあやすように頭を撫でる信長に元康が顔を顰める。
「何故――とは聞くまでもありませんね」
「今、外部から京に足を踏み入れた者の大半がそうであろうよ」
「……折角です。山麓まで御一緒しませんか?」
「おう。旅は道連れ世は情けと言うしな」
カールと信長の関係はイマイチ判然としない。
世間には義元を討ったのは信長だと知られているが、
(やったのは絶対、カールだ)
クロスはそう確信している。
ならば今世間で知られている情報は何なのか。
義元を殺してさっさとおさらばしたカールの手柄を信長が横取りした?
或いは最初からカールと共闘関係にあり首を譲られた?
元康が同道を提案したのはそこを探るためだろう。
「ところで織――――」
「信長で構わん」
「……では信長殿と。信長殿。信長殿は何故、そのような出で立ちを?」
「うちはこれで神職の家系だからな。目出度い日だし丁度良いと思ったのよ」
「なるほど」
「そういうお前は家族連れを装ってるのか? お前の下に居る奴の鼻の下すげえことになってんぞ」
「……まあ、これで優秀なんですよ」
「だろうな。陰陽師どものそれとはまた違う妙な術を使えるようだし」
「! 気付かれておいででしたか」
「まあな」
「流石に御座ります」
「世辞は良い。無駄なやり取りは省こうじゃないか。お前、おれに聞きたいことがあるんだろ? 言ってみろよ」
何を考えているのか。
真意を量りかねている主を見かね、クロスが口を開く。
「信長さんってカールのアホとどんな関係なんです? あ、失礼。僕の名前はクロスです」
「ちょ……」
「くろす――クロス? 確かその名は」
「桶狭間では挨拶も出来ず申し訳ありません」
「あぁ。やはりあの時の……乱入して来たと思ったら速攻でケツ捲くった異人だな。覚えているぞ」
酷い覚えられ方だが、正しくその通りなので何も言えなかった。
「話を聞くにカールの友らしいが」
「ええ。悲しいすれ違いで今現在敵認定されてる臭いけど親友です」
「ハッ! 面白いなお前。気に入ったぞ」
「十三歳を超えた女性に気に入られてもアレですけど……光栄と言っておきますね」
信長の背後に控える犬っぽい印象の男から友愛の視線が注がれる。
そうか、奴もまた……クロスは異国で出会った同士に胸が温かくなった。
「おい竹千代。コイツ大丈夫なのか? うちの犬と同じ臭いがするぞ?」
「無視してください。して、どうなのです信長殿」
「ああうむ。初めて出会ったのは今川侵攻の報が届く少し前でな。村娘に化けて外をぶらついておったら川上から奴が流れて来たのだ」
「アイツ何やってんの?」
「どうやらおれという人間を見定めにやって来たらしい」
つまりカールは信長の正体を知った上で接触を図ったということだ。
何故? と疑問を抱きつつクロスは信長の話に耳を傾ける。
「二度目は桶狭間。おれが義元の脳天に刃を突き立てた後だ」
「ん、んんん? あれ? おかしくないですか?」
クロスが乱入した時、義元は片腕こそ失っていたがまだ生きていてカールも信長もそこに居た。
義元の脳天に刃を突き立てたとはどういうことなのか。
「殺り損ねた? いやでも、脳天に刃を……って言い方からして……」
「ふむ。その様子を見るにお前達もアレについては何も知らんらしいな」
「アレ?」
「おれは確かに致命傷を与えた。だが奴は死ななかったのだ。深々と刺さった太刀を引き抜くや、即座に傷が治癒した」
「えっと、お抱えの術師が何とかしたってことですか?」
「否。義元の近くにその手の連中は居らんかった」
何言ってんの? 松平一行から胡乱な視線を向けられるが信長の顔はどこまでも真剣だ。
「どういう理屈かは知らんが奴は不死身の体を持っていた。本人が言うには神の力、だったか?」
クロスは元康を見上げた。
元康はぶんぶんと首を横に振っている。
「正直、驚いた。驚いたがまあ、死ぬまで殺せば良いと義元めの誘いを蹴った正にその時だ」
カールが現れ義元の片腕を斬り飛ばした。
そして、斬り飛ばされた片腕は再生しなかったのだと言う。
「クロス、お前が乱入して来たのはその少し後だ」
「……」
「義元の不死はどうにもカールには通用せんらしい。義元は無様に命乞いをしたが……」
「文字通り一蹴された、と」
「おうとも。いやあれは見事な蹴りだったな。首が綺麗に飛びおったわ。ぽーんて、ぽーんて」
ケラケラと笑っているがクロスとしては笑えない。
話がかなりキナ臭くなって来ている。これは想像以上にやばい案件だ。
「それが真実なら……何故、信長殿が義元公の首を獲ったことになっておられるのです?」
黙りこんだクロスの代わりに元康が問う。
信長がカールに首を譲られたのだということは元康も分かっている。
知りたいのはカールが何故、信長に首を譲ったのかだ。
「奴はおれと盟を結びたいと言った」
「……その代金に、ということでしょうか?」
「そうだよな、普通はそう思うよな。おれもそういう意味かと問うたのだが奴はハッキリ否定した」
義元の首にそこまでの価値はない。
精々、話し合いの場を設けるぐらいの代金しか賄えはしないと。
その時のことを思い出しているのだろう、信長は酷く楽しげだ。
「…………クロス、カールは何者なのです?
不死身の人間を――否、義元公の言葉を信じるなら神の力を持つ人間すら殺してのける力があるのですか?
強いではなく怖い男だとは聞いていましたが、特殊な力を備えているなどとは一言も……」
元康が矢継ぎ早に問うが、クロスにしても意味が分からなかった。
少なくともクロスが知る限りカールは気の扱い方こそ上手いが魔法の才能は皆無だったし他の特殊能力も持っていなかった。
一体カールの身に何が起きていて、何をやろうとしているのか。
話を聞けば聞くほど訳が分からなくなる。なのに悪寒だけはどんどん強くなっていく。
元康とクロスだけではない。忠勝でさえも険しい顔で黙り込んでいる。
その重苦しい空気を変えたのは正信だった。
「時に信長殿。松平と同盟を結ぶ気はありませぬかな?」
「「「は?」」」
「ほう」
唖然とする松平組、興味深そうに目を細める信長。
そのどちらにも特にリアクションは見せず、正信は続ける。
「ま、待ちなさい正信! あなたはいきなり何を言っているのです?! それより……」
「いきなりではありませんよ。話を聞き、そうすべきだと思ったから提案してみたのです。言うのはタダですからな」
ほっほと正信は笑う。
クロスがどういうことかと問い質すと、
「不死身の肉体だとか神の力だとか、どれだけ頭を悩ませようも答えは出ないでしょう。
何せ取っ掛かりになりそうな知識すらないのだから考えても無駄無駄。
今目を向けるべきはカール・ベルンシュタインが織田方の勝利を予想していたことではありませぬか?」
あ、と元康が呟く。遅れてクロスも気付いた。
完璧な奇襲で守りの薄い本陣に食い込み義元の脳天に信長が刃を突き立てた時点で勝ちだった。
義元という大黒柱を失った今川は統制が取れず、まず間違いなく織田方が勝利を収めていただろう。
不死身というインチキのせいでそうはならなかったが、そこはさして重要ではない。
「今川が上洛を狙っていた以上、織田との衝突は誰の目にも明らか。しかし誰が織田の勝利を予想出来ます?」
誰もが今川の勝利と織田の敗北を確信していたはずだ。
なのに、カールは違った。
事前に信長に接触していたこと。信長が奇襲を成功させた段階で姿を現したこと。
その二つの点を鑑みるに、カールは確信とまではいかずとも五、六割ぐらいは織田が――信長が勝つと予想していたと見るべきだろう。
でなければ丁度良いタイミングで介入出来るわけがない。
「……カールは最初から同盟候補として織田に――いや、信長殿に目をつけていた。
でも本当に自分が望むだけの力があるか確信を持てなかったから今川の侵攻を利用したんだ。
ここで不死身ってインチキを除外して勝利条件を整えられるならって。
でも確信がなかっただけで半ば以上は信長殿が勝つと予想してた……じゃなきゃわざわざ戦場でスタンバってるわけがない」
単に義元を殺すだけなら桶狭間でやる理由はどこにもない。
三好一党を掌握しているのだから上洛させてホームグラウンドである京で暗殺した方が安全で確実だ。
考えをまとめるように言葉に出してクロスはゾッとした。
カール、お前そこまで出来る奴だったっけ? と。
「理解したようですな。我らの誰もが今川の勝利を疑っていなかった。
その時点で我らと信長殿の格付けは済んだと言っても過言ではありますまい。
独立し今川を敵に回している現状で格上の信長殿とまで敵対しても旨味は皆無。
安定のため美濃の斎藤や甲斐の武田と結ぶという手もなくはありませんが……正直、微妙ですなあ」
蝮の死後、何かと荒れている美濃と結ぶのは不安が残る。
武田に関しては言わずもがな。約束破りが十八番の虎など誰が信じられるのか。
「その点、信長殿は素晴らしい」
正信がポンと手を打つ。
「今川を退ける器量に加え、目下我らの不安要素であるカールとも親しい。
盟を結ぶことが出来れば心強い味方を得ると同時に、カールとの仲立ちも期待出来る」
カールが信長を高く評価しているのは明白だ。
その信長が口ぞえしてくれれば、松平も安泰だろう。
カール本人の危険度もさることながら、将軍に睨まれるというのは正直よろしくない。
それを避けられて、尚且つ頼りになる味方を得られるのだ。信長と結ぶというのは現状における最善の一手だろう。
「して、如何ですかな?」
「おれとしても次は美濃攻略に専念したいから東への抑えが得られるのはありがたい。前向きに検討しても良いが……」
「ええ、ええ。分かっておりますとも。まずはカールですな?」
「うむ。先約はそちらだからな」
「元康様、勝手に話を進めてしまいましたが……」
「良い。あなたの言は一々尤も。至らぬ千代の代わりに話をまとめてくれて感謝します」
「恐悦至極」
この分だと何とかなりそうだとクロスは胸を撫で下ろす。
「クロス、あなたにも感謝を」
「え?」
「正信を同行させよというあなたの提案のお陰で良き実りを得られました。本当にありがとうございます」
よしよし、と頭を撫でられたクロスは、
「うっへっへっへーい♪」
この上なくだらしない顔で鼻血を噴出させた。
同好の士である犬も我が事のように喜んでいる。
「……おい竹千代、本当に大丈夫なんだよな?」
「……これで中々、出来る男なのです」
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