征夷大将軍カール・YA・ベルンシュタイン①
1.ロリコンとしては僕の方が一途ですよ
「童女のおっぱいを吸いながら眠りたいなあ」
岡崎城の屋根の上でクロスは現実逃避をしていた。
理由は明白――カールだ。
数日前、戦場で相対したカールのことが気になって気になってしょうがない。
どういう理由で葦原に居るのか分からないがそこはぶっちゃけどうでも良い。
重要なのはカールが今川家を敵と見做していたことだ。
「……あれはマジだった」
幼馴染だからこそ分かる。
負い目がなく、尚且つ貫き通すべき何かがある状態のカールは危険だ。
成すべきを成すためなら何でもする。必要とあらば涼しい顔で世界さえ敵に回してのける。
ただ世界を敵に回せる気骨があるだけなら良い。常識的に考えればどこかで潰されるのが関の山だから。
だがカールの場合はひょっとして……と思わせる凄味がある。
そんな相手に敵認定をされたとなれば、元康を守りきれる保障はない。
「元康様は今川から独立なされたけど……」
それだけで敵認定を外されたか、非常に不安だし何より独立は自分の進言を受けてのものではない。
義元が討たれた時点で元康は今川を見限ったのだ。
だからカールの恐ろしさは伝わっていない。
どうしたものかとクロスが頭を悩ませていると、
「ここに居たか」
影がかかる。
見ればそこにはゴリラが……いや、ゴリラのような男が居た。
「忠勝殿……僕に何か御用で?」
「元康様が御呼びだ」
「それは――遂に僕の愛が通じたと考えて良いんでしょうか?」
「良いわけあるか。何やら聞きたいことがあるらしい」
「ふむ? 分かりました。直ぐに向かいましょう」
忠勝と共に城内にある元康の私室へ向かう。
「元康様の愛の奴隷、クロス! 参上致しました!!」
「人聞きの悪い名乗りは止めなさい」
「でへへ」
綺麗な黒髪を凛々しく結い上げた童女の苦言。
クロスにとってはご褒美以外の何ものでもなかった。
「あなたという人は……」
「竹千代様。その辺にしておきましょう。残念ながらクロス殿は真性です。手の施しようがありません」
そう切り捨てたのは松平の知を司る本多正信だった。
忠勝がゴリラならこちらは蜥蜴。同じ一族ではあるが武官文官のお約束のように仲が悪い。
「そうですね……はあ。クロス」
「はい。何か僕に聞きたいことがあるとのことですが」
「ええ……桶狭間の退き口、あなたは竹千代に言いましたね。今直ぐ今川から独立すべきだと」
「ええ」
「それは何故です?」
「我が友カールより竹千代様をお守りするためです」
「それです」
「は?」
「あの時は忙しかったこともあり、まともに取り合いませんでしたがカールなる者の話が聞きたくてあなたを呼び立てたのです」
渡りに船だ。
しかし、何故急に? 首を傾げるクロスに元康は言う。
「――――京にて将軍、足利義輝が殺されました」
「!? ま、まさか……」
「下手人は三好長慶とその腹心である松永兄弟、三好三人衆と」
そして彼らをを束ねるカール・YA・ベルンシュタイン。
元康の言葉にクロスは気が遠くなった。
「天道に叛く行いをした義輝を義によって討ち果たしたとのことですが……まあそこは重要ではありません。
義のためとは言え主君を討った責を取り長慶が腹を切ったことは多少驚きですが、そこも置いておきましょう」
名分なんてものは幾らでもでっち上げられる。
元康の言う通り、重要ではない。クロスが今、気にしているのはその後だ。
カール・Y(義昭)A(足利)・ベルンシュタイン?
それはつまり、
「か、カールが次の将軍に……?」
「書状にはそのように記されていました。ちなみに幕府の名前もネオ室町幕府になるそうで」
狂っている。名前のことではない。
雇われているだけの自分でも、周囲の軋轢に苦労しているのだ。
武家の頂点に足利家と何ら関係のない異人が立つなどあり得ない。
そのような御触れを出されても狂人の戯言としか思えない。
これ幸いにと諸大名に袋叩きにされて踏み台に――いやまさか。
クロスがギョッと目を見開く。
「“俺の正当性は毛利、朝倉、大友、北条、武田、上杉が保証してくれる”だそうで」
「はわわわ」
どういう理屈でそうなるかは見当もつかない。
しかし、カールの性格を考えればハッタリでないことは分かる。
何かがあるのだ。大大名達が黙らざるを得ない何かが。
「加えて」
「ま、まだ何かあるんですか!?」
悲鳴染みたクロスの叫び。元康は頷き、続ける。
「七日後、民草の前で大々的に将軍就任の儀が行われます」
それ自体は不思議ではない。
権勢を示すため派手にやると言うのは古くからの手だ。
「式典には帝も出席され、直接将軍の職を授けられるそうです」
「はぁ!?」
帝とは葦原そのもの。絶対不可侵の存在だ。
世俗のあれこれに関わることはまずない。
歴代の将軍にしてもそう。帝の命を受けたという体で摂政やら関白が任命するもので帝が直接なんてことは一度もない。
強いて言うなら初代征夷大将軍の坂上田村麻呂がそうと言えなくもないが彼は例外だろう。
田村麻呂は葦原成立以前から帝の祖先に変わり集団をまとめていた男で、葦原建国の際に幕府や将軍職なんてものを作った張本人なのだから。
「そ、それは……」
「朝廷から別途に布告があったので出任せという線はまずあり得ませんね」
「じゃ、じゃあカールが朝廷を……」
「脅し付けて無理矢理? 陰陽寮――否、清明が居る以上、それもあり得ません」
「何てこった」
天を仰ぐ。
こうなれば異人という要素もマイナスとは言い難い。
異人でありながら純葦原人である歴代将軍が成し得なかったことをやってのけたのだから。
「松永兄弟と三人衆に担がれているだけと言うなら問題はないでしょう」
「……いや、それはないでしょう」
「ええ」
松永兄弟と三好三人衆海千山千の謀略家だ。
傀儡を立てて実権を握ることも不可能ではないだろう。
だが、それならそれで異人を神輿に選ぶ理由がないし帝を引っ張り出して来れるとも思えない。
「実際に細かな仕事を行ったのは彼らなのでしょう。ですがその中心に居るのは……」
「まず間違いなくカールでしょうね」
キリキリ痛む胃を抑えながらクロスが頷く。
「言うまでもありませんがこれは異常なことです」
足利家と何ら関わりのない異人が梟達を取り込み将軍職に就く。それも帝の御墨付きで。
同じことをしろと言われてもまず不可能だろう。
「だから僕を呼んだわけですね。カールのことを知るために」
「はい。あの時は流してしまいましたが……教えて頂けますか?」
元康の上目遣いがクロスのハートをぶち抜く。
クロスはボタボタと鼻血を垂らしながら神妙な顔で頷きを返すと、静かに語り始めた。
「カールって男はね。基本的には気の良い奴なんですよ。スケベでお調子者で、けど誰よりも情に厚い。
本人の前では恥ずかしくて言えませんけど僕はアイツと友達になれたことが人生で一、二を争うぐらいの幸運だと思ってます」
ちなみに一位争いをしているのは竹千代との出会いだ。
性癖ドストライクの合法ロリと出会えた幸運と競るほどと言えば、クロスがどれだけカールを好いているかが分かるだろう。
「心根は善と言うわけか」
「う、うぅん……いや、それはどうですかね」
忠勝の言葉に頬を引き攣らせる。
良い奴なのは確かだが、善人かと言われると首を傾げてしまう。
「情に厚いのだろう?」
「ええ、カールは誰よりも情に厚い奴だと思いますよ」
「ならば……」
「けど、誰より怖い奴でもあるんです」
「怖い、とな?」
ええ、と頷きクロスは続ける。
「単なる武力で言えば、そこまで強くはありません。
僕を含めた幼馴染四人組の中で一番強かったけど、どうしても勝てないってほどじゃない。
少なくとも故郷を出るまで四人の間にそこまで差はなかった。こないだ見た時、かなり強くなってましたが……それでも忠勝殿の方が強い」
武力という面でカールに勝ち目はない。
「頭も悪くはありません。悪知恵が働く奴で、僕らもそれで随分と楽しませてもらいました。
でも、正信殿ほどじゃない。謀略家って意味でなら正信殿の方が上でしょうね」
知力という面でカールに勝ち目はない。
「でも、本気で殺し合えば最後に勝つのはカールだ」
忠勝も、正信も、殺されてしまう。
そして二人を殺すためにどれだけの屍が積み上げられることか。
想像するだけでクロスは震えが止まらなかった。
「ほう……某が負けると申すか」
「いきり立つなよ忠勝。そんなだから貴殿は脳味噌まで筋肉で出来ていると笑われるのだ」
「あ゛?」
「二人共、おやめなさい。それよりクロス、何故そう思われるのですか?」
「勝つためなら何でもする、ってよく言うでしょ? でも実際に何でもやれる人間ってどれだけ居ます?」
大概は無意識の内に天井を決めてしまう。
良心の呵責だったり、損得であったり、理由は様々ある。
「でもカールにはそれがない。アイツは本当に何でもやります」
何でもやって、忠勝と正信を殺す。
「十万の無辜の民草を犠牲にすれば忠勝殿を殺せると言うなら躊躇うことなく実行するでしょう」
「むぅ」
「一度腹を決めたアイツは、負い目の消えたカール・ベルンシュタインはこの世の何よりも恐ろしい」
「……普通なら一笑に付すところでしょうが」
カールが将軍になるという無視出来ない事実がある。
だから元康も強くは否定出来ず苦い顔をしているのだ。
「アイツが何を目的として葦原に来たのかは見当もつきません。
でも、一つだけ確実に言えることがあります――カールにとって将軍職はあくまで通過点でしかない」
カールがこうまで大々的に動いているのだ。
将軍になる程度で止まるはずがない。
「……天下統一」
「でしょうね。自らの正当性をアピールしてるあたりそれは間違いないでしょう」
だが、何のために?
カールは葦原で一体何をしようとしているのか。結局のところ、そこに行き着く。
「クロス殿、一応聞いておきますが……」
「アイツは俗な人間ですが、権力なんてものに興味を抱く奴ではありませんよ」
むしろ煩わしいと思うタイプだ。
王様なんて面倒な椅子を好んで欲しがるような男ではない。
「そんなカールがこの国の頂点に立とうとしている……事は僕が想像も出来ないほど大きく複雑なのかもしれません」
「むむむ」
唸る元康。
悩ましげな顔もまた可愛いとクロスは鼻血を垂らしながら何度も何度も頷く。
「クロス殿、我らはどうすれば良いと思いますかな?」
「そうですね。カールと敵対することだけはお勧めしません。それ以上は……僕の口からは何とも」
桶狭間では口出ししてしまったが、元康にも松平の当主という立場がある。
カールと敵対せねば不利益を被ると言うなら、そうするしかないだろう。
(その時はまあ……やるだけやって駄目ならあの世までお供しよう)
クロスはロリコンだ。だが、ただのロリコンではない。
一本芯の通った、信念あるロリコンである。
「…………致し方なし、ですね」
「元康様?」
「あまり軽率なことはしたくありませんが、ここで幾ら頭を捻っても光明が見い出せるとは思いません」
竹千代の瞳には強い意思の光が宿っていた。
「七日後、京で行われる式典に出向きます。そこで竹千代のこの目でカール・ベルンシュタインを見極めます」
「うぉぉ……現状、今川から独立した松平をカールがどう見ているか分からないので危ない行動は謹んで欲しいんですが……」
「松平の当主として赴くわけではありません。民草に化けて紛れ込むつもりです」
そして、と竹千代は忠勝に視線を向ける。
「承知。万が一の際は命を賭して元康様を京より逃がしてみせましょう」
「ありがとうございます。クロス、あなたにも同行を命じます。構いませんね?」
「そりゃまあ、構いませんが」
そのまま行けば異国人ということで目立つだろうが変装をすれば上手いこと紛れ込めるだろう。
が、付き合いの長さで正体を看破されかねないという不安もある。
「そして語らうに値すると判断したのならば……」
「僕が間に入れば良いんですね」
「お願いします」
「了解です」
桶狭間で殺す認定されてしまったのでかなり怖いが、元康の頼みだ。是非もない。
ロリのために死すならば本望――クロスは静かに腹を括った。
「ああでも一つだけ。忠勝殿と僕だけですか?」
「? ええ。あまり大勢で行っても怪しまれるだけでしょう。忠勝を父、あなたを兄にして一家揃って見物という感じでいこうかなと」
「え!? 僕がお兄ちゃん!? それはとても興奮します! 出来れば兄様と呼んで頂きたい!!」
「……まあ別に構いませんが、何か言いたいことがあったのでは?」
「あ、そうだ。どうせなら正信殿にもご同行願えないかなと」
「私ですかな?」
「カール・ベルンシュタインを見定めるという意味では正信が居た方がありがたいのは確かですが」
留守を任せられるのは正信ぐらいだし、と難色を示す元康。
しかし、クロスとしてもここは譲れなかった。
「少しでも生存率を上げるためです」
「いや、私の腕っ節がゴミなのは知っておるでしょう……?」
「そっち方面の期待はしてないです。カールは気に入った相手には弱いんですよ」
「待て待て。カールという男はこの糞蝮三太夫のような人間を好むのか?」
「ってより一本筋の通った人間ですね。そういう意味では忠勝殿もです」
「……臓腑まで腐った男と一緒と言うのは素直に喜べんが」
「芯のある男二人と可愛い童女。この組み合わせなら敵意を示さなければ問題はない……かなぁ?」
「おい待て。前者はともかく後者。まさかカールも童女趣味なのか……?」
クロスは大きく頷いた。
「と言っても奴の場合は七つの性癖の内の一つでしかありません。ロリコンとしては僕の方がずっと一途ですよ」
「貴様はどこに張り合ってんの?」
こうして松平一行の京都行きが決まったのである。
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