復讐の終わりと、神殺しの始まり⑤

1.Re:スタート


 畳に転がる長慶の首を一瞥し、庵はふうと小さく息を漏らした。

 未だ無表情で何を考えているか、外からは見え難いが……さて?


「松永久秀、松永長頼」

「「はっ!」」

「三好長逸、三好宗渭、三好友通」

「「「はっ!」」」


 五人の名を呼び、庵は改めてこう宣言した。


「私はあなたたちを許してはいません」

「「「「「……」」」」」


 何もしないことは罪だ。

 そして、奴らは罪を犯した。

 被害者から改めて許さないと言われたのはかなり堪えたらしい。

 先ほど、無理矢理笑わせた時よりも酷い顔をしている。


「もし、あなたたちに自らを恥じる心があるのならば全霊を以って兄様に助力なさい。

八俣遠呂智の抹殺、並びに宿業からの脱却はあなたたちの願いでもあるはず。

ならば何を惜しむこともなく、兄様の手足となってそのお役に立ちなさい」


 そしてもし、事が成ったのなら。

 庵はそう言って少し沈黙し、


「…………私はあなたたちを許しましょう」


 五人は呆気に取られたような顔をしていたが、


「どうなのです? やるんですか? やらないんですか?」

「「「「「ッ……身命を賭してでも、必ずや!!!」」」」」


 庵は小さく頷き、俺を見た。


「兄様」

「何だ」

「ようやく……ようやく……終わりました」

「ああ、そうだな」


 五人は許せなくはあるが復讐の対象ではない。

 俺が利用すると言い、それを受け入れられる時点で復讐対象にはなり得ない。

 だから、終わったのだ。


「捩花凶衛、足利義輝、三好長慶――皆、死にました」

「うん」

「皆、苦痛と苦渋と絶望をこれでもかと味合わされながら……死にました」

「うん」


 今振り返ると、凶衛はちと温かったがな。

 場所が場所だったし、正直甘いやり方になってしまった感は否めない。


「母様は私がこのような憎しみに囚われることは望んでいなかったでしょう」

「そうだな、それが親ってもんだ」

「でも……私は、これで良かった」


 はらはらと、透明な涙が頬を伝う。


「私は……私はようやく……私の人生を、本当の意味で始められそうです」


 何時か庵にも語ったが復讐ってのは何も、奪われた誰かのためだけのものじゃないんだ。

 無念の内に死んだ大切な誰かに捧ぐ弔いの花。

 それもあるが、もう一つ。

 復讐は利他だけでは成立しない、利己の部分があって始めて復讐と呼べるんだ。


 よくさ、仇が討てるなら死んでも良いとか言うがありゃ間違いだ。

 何で大切な人を奪った屑のために自分の人生を捧げてやらなきゃならないんだ?

 そんな馬鹿げたことがあるかよ。

 幸せにならなきゃ、笑って生きてやらなきゃ悔しいだろ?

 でも、そうするには愛する人が奪われたどうしようもない悲しみ、憎しみ、痛みを何とかしなきゃいけない。

 そのためにやるのさ、復讐を。

 そして区切りをつけ、屑のことなんざ心から追い出して新しい人生を始める。


 ……まあ、俺は前世、最後の最後でとちったけどさ。

 でも、庵はそうじゃない。庵はようやく、ここから再スタートを切れるんだ。


「兄様……!!」


 ぼす、と腹に飛び込んで来た庵。

 俺はその頭を撫でながら、努めて優しく語り掛ける。


「落ち着いたら、お袋さんの墓を建てなきゃな」

「……はい」

「すんげえ立派なのにしようぜ」

「……はい」

「んで、キッチリお墓が建ったらさ。紹介してくれよ、俺のこと」

「……はい」

「庵も、ちゃんと伝えるんだぜ? 幸せになりますってさ」

「~~ッ……はい!!」


 それから、俺はただただ庵を抱き締め続けた。

 泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと、ずっと。


(……ホントはこのまま庵と添い寝してやりたいんだが)


 そうもいかんのが辛いところだ。


「明美、庵を頼む」


 起こさないように、そっと抱いていた庵を明美に渡す。

 明美は小さく頷き、部屋を出て行った。


「さて、と。そいじゃあ実務的な話をしようか。三好三人衆」

「「「はっ!」」」

「お前らはとりあえず外を頼む。兵を引き払ったり何だり、万事良いように差配してくれや」

「「「お任せあれ!!」」」


 三人衆が出て行き、残されたのは俺と松永姉弟。

 とりあえず久秀はあれだ、オッサンの皮を脱げ。

 場の空気を少しでも華やいだものにしよう……な?


「は、はあ」


 少し顔を赤くしつつ、久秀は言われた通り偽装を解除した。

 でも、照れるなら女の状態で照れて欲しかった。

 髭生えた悪人面のオッサンが顔赤らめても怖いだけだから。


「華やったら、もう一輪ありますえ?」


 暢気な声と共に幽羅が部屋の中に入って来た。

 まあ、確かに見た目は美人だけどさあ。


「裏方、ご苦労さん。お前にも世話かけたな」

「いえいえ」


 今日この日のため、幽羅にも色々面倒をかけた。

 コイツが居たから松永姉弟や三好三人衆の幕府蚕食もスムーズに進んだ面がある。

 幽羅が居なければ義元討伐から返す刀で義輝と長慶を殺すのは正直、難しかっただろう。


「ホントは休みでもくれてやりたいんだが、そうもいかなくてな」

「はいはい、分かってますよって」


 幽羅が軽く手を振ると袖口から飛び出した無数の符が転がっていた骸を包み込む。

 義輝と長慶の死体にはまだ利用価値があるからな。

 しっかり保存しとかにゃならんのだ。


「久秀、長頼、俺の将軍就任についてだが……」

「万事、滞りなく。公家連中には既に十分な根回しをしておりますので」

「まあその根回しに使った金、僕らのじゃなくカール様のなんですがね」


 何、気にするな。金――ってより、金塊はまだまだあるからな。

 いやホント、ゾルタンはよくやってくれたよ。

 俺がぶっ殺したモンスターどもの素材を各国で売り捌き、

 それで得た資金を一部を除きぜーんぶ黄金に変えてくれたんだからな。

 お陰で俺の総資産やべーことになってんぞ。

 帝国の一年分の国家予算ぐらいはあるんじゃねえか?

 いやまあ、最終的に全部なくなるんだけどさ。


「ところでカールさん、その……名前についてなのですが……」

「何だ久秀、言いたいことがあるならハッキリ言え」

「では――――正気ですか? 何ですか、カール・よしあきAあしかが・ベルンシュタインって」


 何でや、ええ名前やろ。


「朝廷からの承認は降りるでしょうけど普通に足利義昭と名乗って頂いた方が……」

「良いんだよ。異人であることを前面に押し出すのが目的だからな」

「何故、そのような……」

「俺が将軍の座に就く正当性を“補強”するためさ」


 全員がは? と言った顔をする。

 まあ、いきなりこんなことを言われても戸惑うわな。

 よかばってん、一から説明して進ぜよう。


「なあ、カール・YA・ベルンシュタインとか言う明らかに異人臭い奴が将軍になるっておかしくねえか?」


 明らかに突っ込まれるよな?

 どう考えても足利の血統じゃないだろテメエってさ。

 俺を将軍の座から引き摺り下ろす良い大義名分になると思うんだ。


「ええまあ……だから名を変えた方が良いと……」

「まあ待て。最後まで俺の話を聞けって」


 久秀を手で制し、俺は続きを語る。


「じゃあさ。明らかにおかしい点に誰も突っ込まなかったらどう思う?」

「それは……」


「どう考えても将軍降ろしに利用出来そうな名分があるのにだぜ?

誰もそれを使わねえんだ。 誰も、そう誰もだ。

毛利も朝倉も大友も、北条も、武田も、義に厚いと噂される上杉も、

御仏の加護に護られた一向宗ですらもがそこに触れようとしない」


 大衆はどう思うだろうな?

 木っ端の大名どもはどう思うだろうな?


「分からないだけで正当性があるのでは? って思うんじゃねえか?」

「まさか……!」


 久秀が最初に気付き、少し遅れて長頼が目を剥く。

 ちなみに幽羅は全然驚いてない。

 コイツとは葦原に来る前から色々話し合ってたからな、うん。


「俺は将軍就任と同時に、全国に御触れと大名家にゃ書状を出すつもりだ」


 大まかな内容としては義輝が許されざる大罪を犯して云々かんぬんって感じ。

 だが、分かる奴には分かるような書き方で示唆する。

 罪の内容――ハッキリ言うなら八俣遠呂智関連のことをな。

 その上でこう書く。


「俺の正当性は毛利、朝倉、大友、北条、武田、上杉、一向宗が保証してくれるってな」


 さあ、六つの御家と一つの宗派はどうすると思う?


「……何も、言えない」

「その通り。それこそ、藪を突いて蛇を出したくはないだろうしな」


 だがまあ、念のためだ。

 真実を知ってる連中へ送る書状の中には、

 余計なこと言ったら八俣遠呂智関連のことを衆目に曝け出す。

 何なら将軍の座を利用して八俣遠呂智を解き放ってやるとか書いておこうか。


「俺は異人だからなあ! この国がどうなろうと知ったこっちゃねえ!!」


 よほどの馬鹿でもなけりゃあ、慎重な行動を取らざるを得ないよなあ?

 そして、仮にも大大名。

 よほどの馬鹿には務まるまい。


「表立って支持することはないだろう。だが、非難もしない。ようは沈黙だ」


 連中は確実に沈黙する。

 そして沈黙は肯定と看做されるのが世の常だ。

 明らかに怪しい俺を糾弾しないのは無理があるからな。

 肯定したのだと受け取るのが自然な流れだろうて。


「野心と力を兼ね備える連中が何も言わなきゃ大衆や、木っ端の御家はどう思うよ?」


 大衆は単に、俺の将軍就任に正当性があるのではと思う。

 武士階級の連中は何か遠大な裏があると見抜くはずだ。

 天下に近い大大名ですら手を出すことを躊躇うような何か、

 それに好んで触れようとする“イカレ”がどれだけ居るよ?


「……成るほど、それで一先ずの膠着状態を作り出すわけですか」

「その通り」


 正当性を示し、下手に手を出せないようにする。

 その間に天下統一のための力を蓄えるのさ。


「ですがカール様、一つ懸念が」

「ああん? 言ってみろ」

「それだとこちらから攻めるのも難しいような気が……」


 まあ、言いたいことは分かるよ。

 織田家と組むつってもさ。

 一応、主導は足利って体にしなきゃだもんね。

 自分の正当性を保証してくれる!

 って言った家に攻め込むのは難しいと思うわな。

 でも、八俣遠呂智の力を受け取った連中は皆殺しにしなきゃだからねえ。

 攻めないって選択肢はあり得ない。


「長頼くんは真面目だなあ」

「は?」

「俺を将軍として認めたってことはだよ? その命令には従わなきゃなあ」


 攻め込みの名分? んなもん幾らでも、でっち上げられるわ。


「領土の九割を寄越せとでも言ってふざけるな! と返させればそれで名分はゲット出来るっしょ」

「いや、それを名分と呼ぶのは些か……ゴロツキじゃないんだから……」

「何か問題が?」

「あるでしょう! 折角得た正当性を自ら翳らせるような真似を……!!」


 権謀術数の世界を生き抜いて来た割に、頭が固いな。

 久秀を見習えよ。

 俺が何を考えているかは分かっていないけど、何かを考えてることは分かってるぞ。

 だから黙って話を聞いてるわけだし。


「物事には順序ってものがある。それを間違えなきゃ何とかなるものさ」


 流石の俺も、いきなり無茶は言わないよ。


「武田やらを攻め滅ぼす前に、俺は俺の名声を高めるつもりだ」


 見誤っちゃいけない。

 滅ぼす家の奴らにどう思われようが知ったこっちゃねえ。

 大事なのは民衆、そして仲間だ。

 こちらに引き入れる連中には洗いざらい話すから何も問題はない。

 となると、重要なのは民衆。


「民衆の支持を得るためにな、利用出来そうなのが居るだろ?

そう、宗教だ。最初に一向宗。一向宗で得た成果を利用して他の宗派を」


「あ」


 久秀は理解したらしい。

 ギョッとした目を俺に向けている。


「…………よくもまあ、そんなことが思いつきますね」

「邪神に頭を垂れた糞坊主なんぞ何をされても文句は言えんだろ」


 いやまあ、本人にそのつもりはないと思うよ?

 八俣遠呂智は危険だと思ってるだろうし、信仰の対象にもしてないはずだ。

 でも、俺からすりゃ力を受け取った時点でギルティ。

 頭を垂れるのと変わりねえ。


「いえ、顕如はそうかもしれませんが他は……」

「理由は違えど同じ糞だろ。宗教が武力を持つな。お前ら殆ど大名みてえなもんじゃねえか」


 大名として立つなら別に良いよ。潰し潰されの世界にようこそ! ってなもんだ。

 でもさ、違うだろ? アイツらはその覚悟もなしにピーチクパーチク喚き立ててる。

 血生臭い世界に浸りながら、聖職者面して特権を声高に主張する。

 いやまあ、宗教勢力としては正しい在り方なんだろうけどさ。

 俺にとっては百害あって一利なしの屑でしかない。

 だからなあ? しっかりと思い知らされてやらなきゃな。

 どっちが上でどっちが下かを。

 そして擦り切れるまで利用してやろう。


「ただまあ、名声はあればあるだけ良い。だから将軍就任にあたってやりたいことがあるんだ」

「ふむ、伺いましょう」

「俺が将軍に就任する式典みたいなのを民衆が見物出来るような会場でやりたいんだよね」

「……異例ではありますが、可能でしょう。ですが、それだけですか?」

「いんや」


 それだけじゃ名声上がらんだろ。


「帝――陛下にさ、式典に赴いてもらって直接、言葉を貰いたいのよ」

「そんな無茶な……帝は将軍ですら中々謁見も叶わぬ雲上の御方ですよ?」

「知ってる。そして、だからこそ価値があるんじゃねえか」


 わざわざ俺のために衆目の前に姿を現し、

 自らの言葉で新たな征夷大将軍を任命し激励の言葉を授ける。

 そのインパクトは絶大だと思わないか?


「言いたいことは分かりますが……」

「何とかならんか?」

「なりませんよ。長慶さ……長慶が健在であったとしても帝への目通りは叶いません」


 話を通すことすらも、と久秀が溜め息を吐く。

 良い案だと思ったんだが、まあ無理なものはしょうがな――――


「せやったらうちが何とかしまひょか?」

「「「は?」」」


 思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

 いや、色々情報通だし何かあるのは分かってたけどさ。


「何? 帝にも伝手あるわけ?」


 そう問うと幽羅は曖昧な笑顔を返した。

 話したくはないということか?

 まあ、別にそれは構わない。帝の助力を得られるんなら幽羅の背景はどうでも良いさ。


「それで? 具体的にどうするつもりなんだ?」

「帝の寝所に忍び込んでもろて直接対面し、洗いざらいぶちまけたらよろしおす」


 え、いや……それだけ?


「帝っちゅーんは不可侵の存在や。

今みたいな国がバラバラの状態でも、

民草に葦原の人間やって共通認識があるんは帝が居るから。

この国の象徴として在り続けることを選んだから原則世俗のことには干渉せえへん」


 だから普通は難しいだろうが、今回は事情が違うと幽羅は言う。


「建国よりこの国を覆う闇を祓う千載一遇の機会や。

今の帝も聡明な方やからね。カールはんが賭けるに足る男や言うんは速攻で見抜きはるわ」


 だからある程度は助力してくれると?

 まあ、幽羅が言うならそうなんだろうけどさあ。

 寝床に不法侵入する時点で第一印象最悪だよね。

 いや、それしかないなら普通にやるけどね。


「……論外ですね」

「君はアホなのか?」


 久秀と長頼が異を挟む。

 両名共に呆れた顔で幽羅を見ているが……さて、どういうことだろう。


「確かにカールさんの隠形や、あなたの術は大したものです。

しかし、帝の寝所になど忍び込めようはずがありません。陰陽寮を舐め過ぎです」


 陰陽寮――確か朝廷に仕える術師の集団だったか。

 腕利き揃いだが、その力が振るわれることは稀なんだってな。

 ヤバイ怪異の討伐とか以外では人前に現れることもないとか聞いた覚えがある。


「御所を護る術の数々は陰陽頭である、あの清明が施したものですよ?

数も内容も不明。分かっているのはその質が恐ろしく高いということ。

忍び込めばまず間違いなく、下手人の情報はあちら側に露呈するでしょう」


 そうなれば将軍就任どころの話じゃないわな。

 うん、久秀が反対する理由はよく分かった。

 でも、


「問題はないんだな?」

「そらもう」

「カールさん!?」


 この女が俺の不利益になることをするとは思えないんだよ。

 少なくとも、八俣遠呂智を殺すその時までは味方のはずだ。

 ただまあ、久秀らはそれじゃ納得しねえよな。


「まあまあ久秀はん。うちに任せてくださいな。

さっき術の数も内容も不明や言うてましたけど……ええはい、うち知っとるんですわ」


「な……」

「中身を知っとるならまあ、どうとでもなりますよって」

「あ、あり得ません! 陰陽助ですら知らされていないことを何故あなたが知っていると言うのです!!」


 何故ってさあ、


「……そいつが清明だからじゃねえの?」


 って言うか話の流れ的にそれ以外にあり得ねえだろ。

 やけに色々詳しいのも多種多様な術を操れるのも帝の人柄を知ってるのも、

 幽羅が陰陽頭である安倍清明だと考えれば納得が出来るもの。

 まあ、清明だとして何で八俣遠呂智討伐に執念燃やしてるのかは分からないんだがね。


「いえ、それはありません。

昔祭事の際、遠めに見ただけですが清明はぞっとするような美男子でしたし。


「それが本当の姿だって証拠は?」


 清明ってさあ、何百年も前から陰陽寮のトップやってんだろ?

 そんな妖怪染みた奴なら姿なんぞ自由自在に変えてみせるんじゃねえかな。

 久秀が知ってる姿は外向きのものだって可能性は十分にあると思う。


「それは……でも、彼女は葦原の外に居たのでしょう? 清明がこの国を離れたことはないはずですよ」

「すんげえ陰陽師だってんなら影武者なり何なり“作れる”んじゃねえの?」


 式神とかそういうのでさ。


「フフフ、カールはんは妄想逞しい御人やわぁ」

「俺はさ、別にどうでも良いんだよ」


 幽羅が何者かとかそういうのは重要じゃないんだ。

 大事なのは幽羅が役に立つかどうかで、それ以外にゃ興味はない。


「でも、他の連中は違う」


 久秀らは俺が願いを託すに足る人間だと思ったから、

 八俣遠呂智を討伐してくれる男だと思ったからこそ尽力してくれてるんだよ。

 そんな俺が一歩間違えれば何もかも御破算なことをやろうとしてる。

 不安にならないわけがなねえ。

 馬鹿をやらせようとしている幽羅に不信感を抱かないはずがねえ。


「後々足引っ張るかもしれない不和をそのままにしたいならどうぞ御自由に。

八俣遠呂智の抹殺に失敗する可能性を少しでも増やしたいんなら好きにすれば良いじゃん」


 幽羅、お前が良いなら俺は何も言わねえよ。

 でも、


「……お前の八俣遠呂智を殺したいって気持ちはその程度だったんだな」

「……言うてくれはるわ」


 全身を刺し貫かれるような殺意を感じた。

 ただ感情の発露はほんの一瞬。

 あれほどの熱量を直ぐに覆い隠せるのは……やっぱ年の功かね。


「つーかさ、お前自身、そろそろ良い機会だと思ってたんじゃねえの?」


 だってそうだろ?

 帝関連のあれこれは後でこっそり俺に伝えれば良いだけだもん。

 わざわざこの場で告げて反感を買う必要はどこにもない。

 この場で告げるとしても何とか出来る、程度で良かったはずだしさ。

 だがそうせず敢えてこの場で口にしたのは、


「どうして八俣遠呂智を殺したいのか、そういう深い部分までは聞かない。

が、せめてある程度の情報は明かせ。

久秀らが無茶だと言うそれが無茶でないことを証明出来るだけのものを――みたいな感じのことを俺に言って欲しかったんだろ?」


 ようは折衷案だ。

 俺に間を取り持って欲しいってことなんだろうけどさ。

 まどろっこしい。婉曲が過ぎる。

 ストレートに頼めよ面倒臭い。


「カールはんには敵わんわぁ」

「るっせえよ……それで、どうだ? お前らもそれで良いか?」

「え、ええ……勝算を示してくれるのなら、まあ……」

「だってよ。何するか知らんがさっさとやれ」


 俺がそう促すと幽羅は一つ頷き軽く腕を振るう。

 すると、部屋の中央に五芒星の陣が浮かび上がりその中央から一人の男が出現した。

 純白の狩衣を纏った、どこか狐のような印象を覚えるかなりの美男子。

 この流れからして……。


「「安倍清明……」」


 だよな。

 松永姉弟は呆然としてるけど……ねえ?

 大方、この男前が式神とかそういうアレなんだろ?


「――――御呼びでしょうか、清明様」


 ほらな。

 幽羅を清明と呼び、跪く清明(偽)。

 まんま俺の予想通りじゃんよ。


「ええはい、カールはんの慧眼には驚かされますわ」

「よく言う……」


 察してくれって言ってる話の振り方しといてよぉ。

 でも、一つ疑問がある。


「それ、式神なんだよな? 明らかにお前より強い気がするんだが……」

「そらまあ、力の大半はこの子に渡しとりますもん」

「何でまたそんなことを?」

「公の責務を満たすためですわ」


 となると八俣遠呂智関連は私情ってことか。

 色々複雑みたいだが……深くは聞くまい。

 そういう約束だったしな。


「お気遣いありがたく。

ああでも、本番ではうちも全力を出しますし頭として陰陽寮も動かしますよって」


「なるほどね。そういう意味でも俺が帝に会う意味はあると」


 帝が八俣遠呂智討伐を目的とした男を将軍職に任命し、

 そいつが天下を統一し八俣遠呂智に挑むんだ――陰陽寮が動く名分としては十分だろう。


「まあ、そういうわけですわ。ちゅーことで、や。

後日カールはんを帝の寝所に潜り込ませるから差配、よろしゅうな」


「お任せあれ」

「頼むわ。ほな、戻ってええよ」

「それでは失礼致します」


 恭しく一礼し、清明(偽)は消え去った。


「さて、これで納得出来たか?」

「…………ええ。驚きや、疑問はありますが……帝の寝所へ潜入することに関しては」

「決戦の時だけとはいえ陰陽寮まで動くとなれば、心強い。流石ですねカール様」


 結構結構。


「それじゃあ、最後に当面の方針を確認してから今日は解散にしようか」


 正直、俺も疲れてるんだよ。

 もう布団入って寝たいんだよ。


「帝との秘密裏の接触、将軍就任とその儀を行うこと」

「後は……織田家との同盟の締結もそうですな」

「まあ、そこらは万事滞りなく進むやろから問題はないとして」


 ああ、分かってる。


「それが終わった後だな。最初に何を目標とするのか。そこらはまだ言ってなかったよな?」


 全員が頷く。


「まず松永姉弟と三好三人衆は雑事と地盤固めを任せるつもりだ」

「ほな、カールはんは?」

「ある大名を傘下につけるべく動こうと思ってる」

「なるほど……して、その大名とは?」


 伝え聞く噂がどれもこれも物騒でさあ。

 思ったんだよ。ああ、コイツら良いなって。

 こういう馬鹿なら絶対、八俣遠呂智討伐に役立つだろうなって。


「――――島津だ」

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