復讐の終わりと、神殺しの始まり④
※注意
残酷な描写が含まれています
苦手な方は今回、飛ばしてもらって構いません
その場合はひとまず復讐は終わったとだけ認識して頂ければ幸いです
1.復讐完遂
「……し、知らん」
慄いていた義輝がわなわなと震えながらそう言った。
「知らん知らん知らん! 余は貴様なぞ知らん! 無関係だ! 心当たりなぞ微塵もない!!」
最低最悪の発言だ。
正直、ここまでの屑は中々居ないと思う。
俺は横目でチラリと庵を見る。
義輝の屑度百パーの発言は激しても無理がないものだったから。
しかし、
「……」
庵は真っ直ぐ俺を見つめ返した。
能面のような無表情のまま。じっと、俺を見ている。
どうやら、当初の予定通り俺に任せてくれるらしい。
期待が重いとは言うまい。俺は復讐の先達だ。
その信に応えられるよう地獄を演出してみようじゃないか。
「ふぅん……ンハハハ、そうかそうか。知らないか、無関係か」
「そ、そうだ! だ、だだだからはよう! はよう失せい!!?」
「――――じゃあ無関係なお前に八つ当たりさせてもらうとしよう」
「…………は?」
義輝の右眼に指を突き入れると、見苦しいにもほどがある絶叫が室内に木霊した。
俺はそれに構わずグチャグチャと潰した眼球を掻き回す。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 何で!? 何でぇええええええ!?
余は、余は関係な……あぁああああああああ!!!?」
「止めろ! 止めなさい! 義輝様に手を出すなぁああああああああああああ!!!!」
ドロドロになった眼球を掬い取り、それを零さぬよう長慶の下に近付く。
そして、
「んぐ……!?」
口の中に突っ込む。
吐き出せぬよう口をホールドし、無理矢理に食べさせる。
「何でって? ほほほ……おいおい、正気か?
こんな格好してる奴がまともな神経してるとでも? ンフハハハハハ! 面白いジョークだ」
食べ終わったのを確認し、手を離すと長慶はゲーゲーえづき始めた。
それを横目で見ながら、俺は踊るようにステップを刻む。
やっぱり、コスプレは良いね。気分が違うよ、気分が。
最高の
悪趣味で反吐が出るイカレタ行いをするのなら、これぐらいふざけてないとな。
「これはぁ……ああそう……仮のぉ……仮の話なんだがな?
もし、もしもアンタらが庵の母親を殺した犯人だったとしてだ。仮の話だぜ?
素直に、そいつを認めて? 罪悪感の一つでも見せてりゃあ……また展開も違ったんだがな」
チラリと庵に視線をやる。
「そうですね、その通りです」
心にもない言葉をちゃんと言ってくれた。
ありがたいことだ。本当に嬉しい。心底から俺を信じてくれてるんだな。
「わ、私が……私がやりました! 嘘じゃありません! 本当です!!」
長慶が叫ぶ。
俺はそれを無視して懐から酒瓶を取り出し中身を義輝にぶっかける。
そしてポケットに入れていたマッチ箱を庵に投げ渡す。
庵はマッチ棒を一本取り出し着火。
火のついたそれをポイ、と義輝に投げ捨てる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! アづいあづいあづあづぁああああああああああああ!!?!?!」
度数の高い酒だから火は一瞬で全身を包み込んだ。
火達磨になった義輝があたりを転げ回る。
再生能力はしっかり働いてる。俺が直接攻撃したわけじゃねえからな。
だから死ぬことはない。決して死なない。
でも、痛いは痛いし熱いは熱いんだよな。
「余が、余も……余もやりましたぁあああああああああああああああああ!!!!」
火が消えるまで転げ回りながら義輝は叫んだ。
「おや? するとぉ……俺は嘘を吐かれたのか?」
「あ……ぅ……そ、それは……」
悲しい、悲しいな。とても悲しい。
悲しみで胸が張り裂けてしまいそうだ。
「なあ、お前の嘘でどれだけ傷付いたか分かるか?
糞面倒臭い段取りを整えて、ようやく辿り着いた今日。
お前がやってないって言った時、俺はどれだけ傷付いたと思う?
全部徒労だったんだって、心底傷付いたんだぜ? なあ、この心の痛みはどうしてくれるんだ?」
俺は懐から取り出した数本の小瓶をぶつける。
パリン、と瓶が割れ中身の硫酸が義輝の身体を焼いた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「はぁ……何か、疲れちゃったな」
深々と溜め息を吐く。
「……く、草薙の男……話を、話をしましょう。一度、落ち着いて――――」
「おっと、ルールを一つ伝え忘れていた」
長慶の言葉を遮るように俺は義輝の小指の骨を圧し折った。
「長慶、お前が俺の癇に障る言動をする度、義輝の骨を一本ずつ折っていく。
俺の機嫌次第では骨をすっ飛ばして命を獲るかもしれんが……異論はないよな?」
「ッッ……!」
苦渋に満ちたその表情――良い、良いね。
そう、そうだよ。お前は俺の言うことを聞くしかない。
生殺与奪が握られている以上、どんな理不尽なことでも聞き入れるしかないんだ。
例え、俺たちに許す気などハナからないと薄々気付いていてもな。
だって、俺の薄っぺらい言葉に縋るしか現状どうしようもないもの。
「ああそうだ、もう一つ言い忘れてたことがあったな。
御所は兵が取り囲んでいるし、中に居る人間も掌握済みだ。
助けは来ない。絶対、来ない。んー、まー、つまりはそう。全部俺たちの機嫌次第だ」
「……」
即座に沈黙――おやおや、本当に賢い女だね。
そうだよ、その通りだ。
俺はお前がどんなことを言ったとしても義輝に暴行を加えるつもりだ。
でも、
「無視か? 最低だな、いきなり俺の気分を害してくれた」
甘いな。無視も立派な行動だろ?
なあ、無視されて気分が良くなる奴が居るかい?
いや、居るか。マゾなら放置プレイも大喜びだ。
「まっ――――!」
「はい、見苦しい言い訳でツーカウント。二本、いっときましょうか」
「~~~~~!!!!?」
肋骨に指をかけて一本、二本と圧し折る。
「やべ……やべで……も、もう……お、お願いだ……」
「あー、義輝。駄目駄目。お前は将軍だろ?
武士の頂点に立つ男がそんな、そんな情けない顔をするなよ。
失望のあまり、うっかり殺しちゃいそうになるからさ」
「ひぃ!?」
ホント、良い反応をしてくれる。
そうやってみっともない姿を晒す度、歪むんだ。長慶の顔が。
本当に、本当に、義輝のことを愛してるんだなあ。
「義輝、死ぬのは嫌か?」
「い、いや……いやです!!!!」
「生きたいか?」
「生きたいです!!!!」
「ンハハハハハ! 嘘偽りの無い真っ直ぐな想い、伝わるぜ。ハートに、これでもかってぐらいな」
クルリと、いなせなターンを決めて庵を見る。
「俺たちだって、何も鬼や悪魔じゃない。そうだろリトルレディ?」
「……ええ、そうですね。その通りです。
私や兄様をそこな義輝や長慶のような外道畜生と同じにされては心外というもの」
ここからはちょいと、庵の出番だ。
「ただ殺したいと喚き立てるだけならどんな無能にも出来ます」
その通りだ。
「足利義輝は救いようのない無能。分不相応という言葉でも足りない無能の極み」
「な、何だと!?」
すぅ、と庵の目が細められた。
「ほう、無能ではないと? 隠れて安穏と生活をしていた私たちを見つけられるほど有能だったと?」
「!」
「なるほど、では心を鬼にする必要がありそうですね。申し訳ありません。お前を見くびって――――」
「む、無能です! 余は塵屑にも劣るどうしようもない無能です!!」
「そうですか。なら、話を続けさせて頂きましょう」
庵の横で俺はピーヒャラ笛(縁日でよく見る玩具)を吹きながら遊ぶ。
道化の小道具としてピッタリだなと思って用意してたんだよ。
「蟻にも劣る義輝が幾ら殺したいと喚いたところで実行は不可能。
実際に全ての段取りを整えたのは長慶です。つまり、長慶こそが元凶と言えなくもありません。
であれば、そこな虫けらにも多少の慈悲をくれてやっても良いのかもしれません……兄様」
再度、バトンが戻る。
「そうだな。だが、完全に無関係ってわけでもない。何せぇ……指示を出したのは義輝だからな」
「ならば、どうしましょう?」
「誠意さ。人間にとって大事なもの。誠意を見せてもらおうじゃないか」
「せ、誠意……?」
そう、誠意だ。
誠意こそが、今、この場で何よりも必要なものだと俺は思うね。
「義輝、お前の手で“出来るだけ長く可能な限り残虐に”長慶を痛め付けろ。
その腐れ女の尊厳ってものを“徹底的に蹂躙しろ”。
こちらの怒りを少しでも鎮めたいと思うのなら……出来るよな? 出来ないはずがないよな?」
「出来ます! やらせてください!!」
即答か。報われないね。
ホント、コイツにとって長慶は便利な部下でしかないんだなあ。
「OKOK。良い返事だ。好感が持てる」
「え、へへ……そ、そうですか?」
媚びるような笑み。
何度目だろうか、つくづく救いようのない屑だわ。
俺は呆れをメイクの下に隠しながら長慶の下に歩みよる。
そして、労わるようにその肩に手を置きながら語り掛ける。
「君はこれから無防備に陵辱を受けなきゃいけない。怖いか? 恐ろしいか?」
「……」
「ほっほ! 覚悟の決まったツラだな。良いね、その覚悟が最期まで続くのなら俺も奴の命だけは助けよう」
「!」
露骨に長慶の表情が揺れ動く。
流石に、海千山千の大名だ。言葉の真偽ぐらいは分かるってか。
その通りだ、間違ってないよ。
本当に“無防備”なまま受け続けられるなら義輝は助けるつもりだからな。
庵にもそこらは納得してもらってる。
劇の全体像を説明したらしっかり納得してくれたよ。
「それじゃあ義輝、始めてくれ」
ドン、と長慶の背中を蹴り飛ばし義輝の下へ送り出す。
「……悪く思うなよ。こうなったのも、そもそも貴様が悪いんだからな!!!」
義輝の拳が長慶の顔面目掛け放たれ、
「ぐわ……ッッ!!」
「!?」
長慶が綺麗にカウンターを叩き込む。
クロスカウンターが見事に決まり、義輝がピンボールのように吹っ飛んで行く。
長慶は追撃をかけるためその後を追い、倒れた義輝の腹を何度も何度も踏み付ける。
ま、当然のことながら長慶の意思ではない。
俺
通常は、長慶ほどの実力者なら簡単にレジスト出来るんだがな。
でも、今の長慶は“無防備”で居続けなきゃいけないんだ。
「ッッ……!!」
長慶もそれを理解しているからこそ、何も出来ない。
レジストした瞬間、地獄に見えた蜘蛛の糸がプツリと切れてしまう。
だから動けない。そして喋ることも出来ない。
だって、俺の癇に障る行動をした場合でも義輝は死んでしまうから。
「ハハハハハ! ナイスな展開だ! 流石の俺も“予想外”だぜオイ!?
良い、良いね!! エンターテイナーだよ長慶!!
よし、ルールを追加だ。俺を満足させられるほど義輝を陵辱出来たならお前“だけ”は生かしてやろう!!」
義輝が気の扱いに長けた人間であれば、
そうでなくとも優れた目を持っていれば不自然さに気付けただろう。
だが、奴は真性の無能だ。
ゆえに、
「ぎ、ぎざま……ながよしぃいいいいいいいいいいい!!!!!」
憎悪を滾らせる。
見当違いな憤怒のままに喰ってかかる義輝だが、
「いぎゃぁあああああああああああああああああああああああああ!?」
返り討ちに遭う。
貫手からの臓物引っこ抜きはさぞかし痛かろう。
でも、俺が直接やってるわけじゃないからな。ちゃーんと再生能力働いてくれる。
(にしても強いな、長慶)
操っているからこそ分かる。
動きのキレが全然違う。普通の奴ならこんなキレッキレの動きは出来ねえもん。
俺と明美、松永姉弟、三好三人衆が居るから独力ではどうにもならんが……。
(俺一人なら義輝を連れて逃げるぐらいは出来てただろうな、ほぼ確実に)
そんなことを考えながら何となしに久秀らを見た。
全員、顔を伏せている。
とても見てはいられないと、目を逸らしている。
長慶に目玉を食わせたあたりから、かなり引いていたみたいだが……すげえな。
コイツら、どんなツラの皮してんだ?
「あぁ……悲しい……悲しいなあ。この光景。
信頼し合っていた主従が醜く相争う……これほど、悲しいことがあるかね?」
久秀の下に歩み寄り、語り掛ける。
久秀は何も言わない。
「幾ら自分の愚行が原因とは言え……なあ? ああ、悲しい……悲しい。
もし、周囲に愚行を諌めてくれる誰かが居てくれたら“こうはならなかった”だろうに」
「「「「「ッッ……」」」」」
目を逸らすなよ。
お前らを味方にするとは言った。殺すつもりもない。
でも、庵は許すと言ったか? 言ってないだろ。
命を奪う対象から外し、味方に引き入れて――だから清算は済んだって?
冗談だろ? どんなおめでたい頭してるんだ。
応報は受けなきゃな、どんな形であろうとも。
「久秀もそう思わないか?」
「…………そう、ですね」
どんな性根をしてたらそんな顔が出来るんだ?
悪いのはこの状況を作り出した俺だって? 否定はしねえよ。
だがな、俺を咎めるぐらいなら最初から奴らの馬鹿を止めてろよ。
誰が俺を責めても良いがコイツらがそれをするのは見当違いにもほどがある。
罪悪感や忌避感を抱くことさえ、おこがましいってものだ。
「だよなあ! はぁ……悲しさも極まると逆に笑えてくるぜ。最高のジョークだ」
だから、なあ。
「笑えよ」
「「「「「ぅ……ぁ……」」」」」
「面白いだろ? 笑えよ。そら、笑うんだよ」
こうやってな。
「ハーッハハハハハハハハハハ! ッフヒハ!! アヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
目で問う。覚悟を問う。
これはまだ前哨戦ですらないんだぜ?
俺の、俺たちの敵は誰だ? 八俣遠呂智、古の邪神なんだぞ。
地獄の道行きを踏破し、まだ見ぬ夜明けを掴み取ると言うのなら、だ。
この程度で怖じてちゃ話にもならない。
「あ……あは……アハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
血を吐くような笑い声。
無理矢理搾り出したのがよく分かる。
久秀も、長頼も、三好三人衆も、必死で笑っていた。
結構結構。
(それじゃあ、俺もそろそろ仕上げにかかろうか)
長慶が刀を振り下ろすタイミングを見計らい、間に割って入る。
義輝の代わりに背中を切り裂かれるが……まあまあ、この程度はね?
演出のために必要な些細な代償だ。
「え……は?」
突然、自分を庇ったことについて困惑しているのだろう。
怒りも恐怖も忘れ、義輝は目を丸くしていた。
俺はそんな義輝に向け、努めて優しく語り掛ける。
「…………すまない」
義輝の肩に両手を置きあまりにも惨い光景に我慢が出来なかったと謝罪する。
「実はな――――これ、全部長慶の仕込みなんだ」
背後で長慶が絶句している、何を言っているのか理解出来ない。理解したくない。
そんな感情がひしひしと伝わって来る。
「どんな怨みがあるのか知らないが、こんな悪趣味なことに……俺はこれ以上付き合えない」
ちらりと後ろを振り向き、吐き捨てる。
そして同時に手の平から気を流し込んで義輝の“聴覚器官を破壊”する。
位置関係上、長慶には見えていない。
(こんなん、普通は通らない)
今更味方面しても普通は信じられない。
でも、今ならば通る。
身を挺して庇った事実、義輝の生来のアホさ、拷問染みた仕打ちによる痛みや恐怖でグチャグチャになってる頭。
諸々の要素が複雑に絡み合い――通ってしまう。
「な、が、よ、しぃいい……はじめから……はじめからそのつもりで余に……余に……!!
貴様ぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
聴覚を破壊された痛みすらも上回る怒りの発露。
それに対し長慶は、
「違います! 出鱈目です! 私はただの一度たりとてあなた様を裏切ったことなど……!!」
――――その言葉が聞きたかった。
「はい、ルール違反♪」
義輝の首を圧し折り命を絶つ。
どさりと崩れ落ちる瞬間が見えるよう、俺はさっと身体を横にスライドさせる。
「ぁ」
「ハハハハハ! やった、やった、やっちゃったぁ……!!
これまで必死で頑張って来たのに……最後の最後でさあ」
唖然とする長慶に向けて、こう言い放つ。
「お前は愛する人の死より“自分の愛情を疑われる”ことの方が我慢ならなかったわけだ」
愛する人に誤解されても尚、耐え忍ぶ。
それが出来なかった。
耐えられなかったのだ。自分の愛が偽りだと思われることに。
「その結果がコレ。そして、愛する人を捨ててまで護りたかった自分も……」
長慶に見えるように足で義輝を動かす。
見えるか? 耳から血を流してるのが。
分かるよな? 察しの良いお前なら。
「最高の喜劇だ――――そうは思わないか?」
「きさまぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
最早、我慢する必要はないからな。
長慶が殺意も露に襲い掛かってくるが、
「怒りがお主の力を曇らせておる」
カウンター余裕だわ。
顎をかち上げてやったら簡単に吹っ飛んだよ。
「精進せい」
受身を取って体勢を整えた長慶は、
見たこともないこの国特有の術を無数に展開し始めたが……残念、後ろがお留守だ。
明美があっさりと鎮圧し、その身体を捻じ伏せた。
「殺す殺す殺す殺す! 貴様だけは! 絶対に! 殺す! 報いを受けさせてやる!!」
良い具合に煮立ってるねえ――庵、お前の出番だ。
「おめでたい女ですね、三好長慶」
ホントにな。
「私たちの復讐はまだ終わっていませんよ」
怒りの中に恐怖の色が滲む。
「義輝とお前を殺してそこで終わり――それだけで済むと思っていたのですか?」
「な、にを」
庵が俺を見る。
頷き、俺は一歩前に出た。
「俺は徹底的に義輝の尊厳を蹂躙するつもりだ。死体への冒涜なんて……当然だろ?」
「な……!?」
服をはだけさせ、義輝の腹部に幾つもの傷を刻む。
そう、丁度切腹に失敗したような躊躇い傷を幾つもな。
「三好長慶率いる一党に裏切られた馬鹿な将軍は最後の意地さえ貫けやしなかった。
正式な文言は後で考えるとして、そんな感じでコイツの骸を衆目に晒し上げよう。
ああ勘違いするなよ? 単に裏切られて死んだ……なんて手ぬるい真似はしない」
徹底的に義輝を貶めよう。
最低最悪の暴君として葦原の歴史に名が残るようにな。
「そうだ。賊を雇って死体を奪わせて……悪趣味な見世物を開かせるのも面白そうだ」
「ひぃ……あ、あ、あ……」
「そして」
ククク、と含み笑いを一つ。
「――――長慶、お前を英雄にしてやろう」
慈愛溢れる笑顔でそう告げてやると……ああ、最高だ。
その表情、良いね。腹を抱えて大笑いしたくなるぜ。
「義輝は人と呼ぶのもおこがましい外道畜生なれど、主君は主君。
正義のために戦ったことに後悔はないが、それでも裏切りは裏切り。
世に真の義を示すため三好長慶は次代の将軍と部下に未来を託し腹を切る。
義輝とは違い、それはそれは見事な散り様であったと言う…………フフフ、最高だろ?」
おいおい、何だよその顔は? 喜べよ。
お前は死ぬが、死後、お前の名声は後世にも轟くようにしてやると言ってるんだぜ?
「それで、何でしたっけ? 報いを受けさせてやる……でしたか?
兄様、これは兄様の癪に障る言葉ではないのですか?」
義輝はもう死んでるからそのルールが適用されるかは怪しいが……問題ないな。
ルールを設定したのは俺だ、好きに捻じ曲げて後から色々追加しても許される。
「ああ、癪に障るな。正直、怒りで頭がどうにかなりそうだ」
コイツはどの面提げて舐めたこと口にしてるんだろうな。
誰が言っても良いけどお前は駄目だろ。だって全部お前のせいじゃん。
今夜の惨劇を招いた一番の元凶が何言ってんだよって話だわ。
「あ、あ、あ……ごめ……ごめ、ごめんなさい!
許して、許して、どうか……どうか御許しを!!
私は! 私は何をされても構いません! どうなったって受け入れます!!
だからどうか、これ以上……これ以上義輝様の尊厳を踏み躙るようなことは……!!!!」
涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら畳に頭を擦り付ける長慶。
さっきの威勢はどこへ行ったんだろうねえ。
というか、人の母親を生きたまま焼き殺しておいて許しを乞える神経がやべえ。
何やコイツ、正気か?
「だってさ。どうすんべ、庵ぃ?」
「そうですね……ああ、こういうのはどうでしょう?」
「何々?」
「長慶、義輝の骸に小便をしなさい」
「な……!?」
「嫌ですかそうですか、分かりました。では兄様、予定通りに……」
「や、やります! やらせて頂きます!!」
長慶はふらふらと義輝の下まで近付き、その骸を跨ぐように足を広げた。
「……ッッ」
ぷるぷると震えている。
やりたくないのだろう。それでもやらなければいけないことが辛いのだろう。
――――でも駄目だ。
「やらないんですか? なら……」
「やります! 今直ぐに!!」
そう言って長慶は――ふ、ふふふ。駄目だ。我慢しないと。
表情筋と腹筋に力を入れ、耐える。
少しでも力を抜けばこのまま笑い転げてしまいそうだ。
「う、うぅ……よしてるさま……よしてるさまぁ……」
もう、長慶の心はボロボロだった。
俺と庵は骸の傍にへたり込む長慶に近付き、笑いかける。
よくやった、良いものを見させてもらったと。
「ッッ……こ、これで……これで許して頂けるんですよね……?」
「私は」
庵はそっと目を閉じ、誰に聞かせるでもなく語り始めた。
「私の母は生きたまま焼き殺されました」
凶衛――あれも大概の屑だったよな。
何でよりにもよってあんなのを寄越したんだか。
凶衛を使わなきゃ、この復讐劇も少しは違うものになっていたはずなのにな。
「母の叫喚を聞きながらゲタゲタと笑うあの顔は、一生忘れられません」
庵は目を開け、真っ直ぐ長慶を見た。
「捩花凶衛も、足利義輝も、三好長慶も――私は誰一人として許すつもりはありません」
「そ、そんな! 約束がちが……」
「母様にあのような仕打ちをしておいて、何故約束を守ってもらえると思ったんです?」
「あぁ……!!」
俺は崩れ落ちる長慶の髪を引っ掴んで無理矢理持ち上げた。
「地獄に逝ったからとて逃げられるとは思わないことですね。
死んだ程度では終わらせません。現世だけでは終わらせません」
庵が長慶の耳元で囁く。
俺が事前に仕込んでおいた台詞、トドメを刺すための最後の仕上げだ。
「いずれ私も、兄様も、地獄へ逝くでしょう」
庵は満面の笑みを浮かべ、その心にトドメの刃を突き立てる。
「――――その時を楽しみにしていなさい」
長慶の全てが絶望に染まったのを見届け、俺はその首を刎ねた。
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