絡め取られる心①

1.上陸


作麼生そもさんッッ!!」


 ガッデムが叫ぶ。


説破せっぱァ!!」


 俺が叫び返す。


「汝に問う」

「応」


 天候は快晴、波穏やか。

 冬の冷気と温かな日差しが入り混じる甲板の上、俺とガッデムは禅問答を繰り広げていた。


「メイド服のスカートの丈はロングかミニ、どちらが正答か」

「正答はなし。されど、敢えて答えるのであればどちらも正解である」


 ガッデムの問いに堂々と答える。

 誰恥じることもない、胸を張り、腹の底から言葉を吐き出してやった。


「それは何故か」

「時と場合によって正答が移り変わるからである」

「具体的に述べよ」

「応」


 職業としてのメイドを例に挙げるとしてもだ。

 この場合はロングスカート一択かと思いきや、どっこいそれは違う。

 清掃、洗濯、炊事などの家庭内労働を行う女性の使用人を指してメイドと言ふ。

 つまり、メイドは仕える者なのだ。


「純粋に労働力を求めるのであれば機能性を重視するだろう。

となればミニスカなぞ論外。自然、ロングスカートになろう。

だがエロ目的の主人であればミニスカも正解になり得る」


 とはいえ、絶対の正解ではない。

 野暮ったい地味なメイド服を纏う女にセクハラをする愉悦。

 それは確かに存在しているのだから。

 ロングスカートをバーッ! とめくり上げてやりたい衝動に嘘は吐けない。


「だが同時にピカピカに磨かせた床の上をミニスカメイドに歩かせるのもまた趣深し」


 俺がそう告げるとガッデムは重々しく頷いた。


「ではコスプレにおいては如何か?」

「これもまた広大無辺の解を秘めていると言わざるを得ない」


 そも、何故コスプレをするのか。

 違う何かに成り切りたいからなのか。

 非日常の装いで己を飾り野郎どもにちやほやされたいのか。

 前者であればロンスカが正解になる場合が多いだろう。

 後者であればミニスカが正解になる場合が多いだろう。

 肝要なのはあくまで”多い”だけであり絶対の正解ではないのだ。


「誰かのためにする場合でも然り」


 恋人がエロ目的でコスプレを頼んだ場合。

 安易にミニスカに走ってしまいそうになるが、一呼吸置いて考えて欲しい。

 エロ主人の例え話のように答えはそ奴の性癖によって移り変わるのだ。


「メイド服はロンスカかミニスカか問題。

結局のところ己が裡に潜む真理せいへきに問わねば答えなぞ出ようはずがない。

各々が己に問うからこそ答えもまた千差万別。

無闇にこうと決め付けてしまう危険性にこそ警鐘を鳴らさねばなるまいよ」


 そう締め括る。


「見事」

「感謝」


 互いに一礼したところで、俺たちを見守っていた船員が拍手を送ってくれた

 彼らにとっても実りある時間であったのならば幸いである。


「…………何をアホなことをやっているのです」

「…………和尚、アンタもう良い歳だろうが。落ち着けや」


 おや、姪っ子と叔母コンビのご登場か。


「そろそろ着きますから兄様も準備してください」

「了解」


 いよいよか。

 立ち上がり、少し遠くに見える陸地を睨み付ける。


「和尚、短い日数だったがアンタとの船旅は楽しかったよ」

「何、それは拙僧も同じこと」


 古い友人と再会出来たし、新しい友人とも出会えた。

 この船旅は実りあるものだったとガッデムは笑う。


「ありがとよ。ちなみに、葦原に着いたら何処に行くんだ?」

「一先ずは大和だな。東大寺に顔を出さねばならん。その後はしばらく京に腰を落ち着けるつもりよ」

「へえ……ってことは、もうちょい一緒に居られそうだな」


 異国人二人に葦原人三人。

 後者の内一人は世間に名を轟かせるお尋ね者。もう一人は明らかに胡散臭い女。

 こんな面子だからな。何か深い事情があるのだと向こうも察してくれたのだろう。

 これまで俺たちの目的やらについて問われたことは一度もなかった。

 だが、俺としては特別隠してるってわけでもねえしな。

 深い部分まではともかく目的地ぐらいは話しても良いと思っている。


「ぬ? お主らの目的地も大和だったのか」

「おう」

「ふむ……まあ深くは詮索せんが……うむ、しばらくは同道させてもらおうか」


 多分、俺の下心に気付いたな。

 その上でガッデムは話に乗ってくれたんだろうよ。


(道中の戦力はあればあるだけ良いしな)


 心配し過ぎと思うかもしれないが、既に敵地だからな。

 幽羅の術もあるが、念には念をだ。


(本格的に助力を乞うかどうかは……追々考えよう)


 そんなことを考えながら船長の下まで歩いていく。


「やあ船長さん、良い船旅だったよ。世話になったね」

「いや何、俺らも楽しませてもらった。久々に愉快な旅になったよ」


 そう笑う船長だが、


「……その、大丈夫なのかい? 何をするかは知らんがあの国は異国の人間に当たりが強いし……」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫さ。俺も、俺のツレもそんなに軟弱じゃあない」


 すっと手を差し出すと船長は少しキョトンとしてからガッと握り返してくれた。

 願わくば、帰りもこの船長の船に乗って帰路に着きたいもんだな。


(さてはて、どれぐらいで帰れるかねえ)


 船が港に到着する。

 場所は中国地方――標的の一人でもある毛利の領内だ。

 とはいえ、標的である毛利元就に仕掛けるのはまだ早い。

 強行軍になるが今日でなるべく大和までの距離を稼いでおきたいので、

 この港町で軽く買い物をしたら直ぐに出発するつもりだ。


 そんなわけで俺と庵、ティーツと明美が真っ先に向かったのは服屋。

 俺とティーツは異国人の上に異国の服装だからな。こっちの服を揃えておきたかったのだ。

 来る前に用意しとけと思うかもしれないが売ってなかったんだよ。

 需要があるのか女物は探せば置いてるんだが男物はなあ。


「んじゃ庵、頼むな。なるべく動き易いのでよろしく」

「はい、お任せください!」

「ティーツ、おめえのはあたしが選んでやるよ」

「おう」


 よし、庵が選んでくれてる間に俺は褌を見繕おう。


「ティーツ、お前はどれにするよ?」

「え、下着もこっちのに合わせるんか?」

「バッカおめえ、郷に入っては郷に従えって言うだろ」


 ま、飽きたら元のトランクスに戻すけどな。


「赤、紫、オレンジ……おお、金箔付きのもあるのか。ううむ、どれもこれも捨て難い……」


 派手な褌に心惹かれる俺だったが、


「――――はっ!?」


 偉大な男の言葉を思い出す。

 褌とは男の最後の着衣。紫や金の褌なぞあり得ぬ。

 己が心のように輝く純白であるべきだと。


(前田慶次がそう言ってるんだ……白以外はあり得んな)


 ああ、そういや信長とか信玄は確認されてるけど前田慶次って居るんだろうか?

 花の慶次の時代って確かこのあたり……いやちょっと後か?

 確か秀吉が天下獲って百万石が一献の酒に……?

 ううむ、史実どころか漫画の知識もうろ覚えだなあ。


「兄様、これは如何でしょう?」

「お、良いじゃねえか。おい店主、こいつをくれい」


 店主は異人ということで一瞬渋い顔をしたが、

 多目の銭を渡してやるとパッと顔を輝かせ愛想笑いを浮かべた。

 会計を済ませた俺は更衣室のような場所で早速、庵が選んでくれた和装に袖を通す。


「どうだ?」

「大変お似合いかと! 兄様の男ぶりが際立っております!!」

「そうかそうか」


 近くの姿見を覗き込む。

 鏡面に映る濃紺の着流しを纏った俺は……成るほど、確かに男前だった。

 足袋と雪駄の履き心地も中々だが、結構な距離を移動するし雪駄は今は脱いでおこう。

 ナップサックの中に雪駄を放り込み、代わりにロングブーツに履き替える。

 後はクリスから貰ったマフラーを巻いて――っと、これで良し。


(完全にこっちのファッションってわけではないが……)


 まあ洋装よりも和装の比率のが多いし別に良いだろう。

 いや、決してコスプレを楽しみたかったとかそういうわけじゃないんです。

 ええはい、信じてください刑事さん。


 ちなみに冬に着流しなんて寒くねえの? もう一枚羽織ったら?

 と思うかもしれないが問題はない。

 アップデートされた紫水晶のお陰で気温調節はバッチリだ。

 イメージとしては薄皮一枚のベールを纏ってる感じだな。


「すまん、待たせたのう」

「へえ……お前も中々じゃん」


 胸元が大きく開いた紅い着物に黒の袴。

 腰には愛刀も差してあるし、正に武士と言った風体だ。


「お、明美も着替えたのか」

「逆に浮くからな。……でも、ああ、久しぶりだから何か落ち着かねえ」


 動き易い黒の野袴に茶色の着物。

 地味でちょいと野暮ったい感じがしないでもないが、着てる奴が美人だからな。

 相殺し合って丁度良い按配になってらあ。


「そいじゃあ行くか」

「はい!」


 店を出て別の買い物を頼んでいた幽羅とガッデムに合流。

 足早に港町を後にし街道に出る。


「のう幽羅、大和の国っちゅーとこまではどれぐらいかかるんじゃ?」

「昼間は徒歩やけど夜は別の移動手段を使うさかい、二日もあれば着くやろ」


 ここから奈良まで四百km以上あるんだがな。

 整備された道、それも高速とかを使うなら五時間ぐらいで着くだろうけど……二日か。

 それが速いのか遅いのかイマイチ判別がつかんな。

 別の移動手段ってのは式神だったか?

 そういうのを使うならもっと早くに着きそうなものだが……。


(いや、これで良いのか)


 今からゆとりを失くしてちゃ身体よりも先に心が息切れしちまうからな。

 差し迫った事態にでもならない限りはまったりと行こう。


「なあ和尚、和尚はどの辺りに住んでたんだ?」

「拙僧か? 郷里を飛び出してからは一所に長く留まることはなかったでのう」

「じゃあ故郷は?」

「故郷は……む」

「お喋りは後だな」


 指示を出すでもなくティーツと明美が庵の脇を固めた。

 幽羅は庵の背後で何時でも動けるようにと自然体で待機している。


「ほう、我らの接近に気付くとはそれなりにやるようだな」


 ざざざ、と草むらや岩の陰から賊が姿を現し俺たちを取り囲む。

 人数にして三十人ほどだが……うーん?

 何だろコイツら、賊なのは間違いないと思うんだが……違和感を覚える。

 直前まで気配を悟らせなかったことや統制の取れた動き。

 賊にしては――ああ、そうか。武士崩れだな、多分。


「手持ちの金品の八割を置いて行けば見逃してやろう」


 リーダー格の男がそう言って来たので俺はつかつかと彼に歩み寄り、


「うるせえ禿」

「あがぁっ……!?」


 デコピンを一発。

 男は数メートルほど吹っ飛び、口からぶくぶくと泡を吹きながら気絶した。


「どうするんじゃカール、皆殺しか?」

「いや待て。少し、試したいことがあるからここは俺に……」


 ティーツの問いに振り向き、答えていると首筋に悪寒が奔った。


「カール! 後ろだ!!」


 考えるよりも早く俺はうなじのあたりを気で硬質化させていた。

 次の瞬間、ギィイイイイン! と甲高い音が鳴り響く。

 しかし、そこで一段落はさせてくれないらしい。

 突如、影がかかる。

 上を見れば――何だ? 巨大な団扇? が俺を押し潰さんと迫っていた。


(団扇を武器にするのか葦原人……)


 背後の何者かに牽制の蹴りを繰り出しつつ、

 上から迫る鉄の団扇にアッパーを叩きみ――小さな驚きを得る。

 本気で殴ったわけじゃないが、皹一つ入れられないとは思わなかった。


「やれやれ参りましたね」

「コイツらはちょっとやり手っぽいから私らが戻るまで手を出すなと言っておいたのに」


 二つの気配が俺から飛び退いていく。

 ゆっくりと二人が居るであろう場所に目を向けると、


(両方とも女か……や、声でそうかなとは思ってたが)


 フードつきの紅いマント。

 上半身はサラシオンリーで下はワタリが広く裾が細いスリットの入った妙な袴。

 何か暴走族っぽいなこの赤頭巾ちゃん。

 顔立ちも美人だが気の強さを感じさせるし。

 特に、どこか猫科の猛獣を想起させる黄色がかった瞳が目を引く。


(歳は二十後半……いや、三十代前半? 若く見えるが纏う空気は……むむむ)


 いや、年齢はどうでも良いな。

 それよりもサラシで抑え付けている窮屈そうな胸が私、気になります!


(で、白頭巾ちゃんだが……赤頭巾ちゃんとは真逆だな)


 全身を覆うテルテル坊主のようなゆったりとした白い上着。

 足元もロングブーツ穿いてるから肌はまるで見えない。露出の多い赤頭巾ちゃんとは正反対。

 顔つきも憂いを帯びた未亡人を思わせる色気のあるもので気の強そうな赤頭巾ちゃんとは正反対だ。

 ああ、身体つきもそうだな。

 赤頭巾ちゃんはグラマーだが白頭巾ちゃんは平坦だ。

 線の出ない服装だが、俺の目は誤魔化せんぞ。


(得物はそれぞれ巨大団扇と太刀か……それにしても……うーん?)


 自信満々に姿を現したのにさあ。


「私たちの小便が終わるまで待っていなさいと言ったでしょう。何故仕掛けたのです」

「そ、その……おや……御頭たちになるべく負担をかけたくなくて……」


 実際、それなりの使い手っぽいのになあ。


「ったく……まあ、やられたのが一人だけってのは不幸中の幸いだ」

「も、申し訳ありません!!」


 何でだろうなあ。


「コイツらから洗ってない負け犬の臭いがする」

「「あ゛!?」」


 あ、つい声に出しちまった。


 怒りも露に顔中にビキビキ血管を浮かび上がらせる紅白コンビ。

 さっき正反対とか言ったが訂正するわ。

 コイツら多分、根っこのところはそっくりだな。

 だって見ろよ、白頭巾ちゃんの堂に入ったメンチの切り方を。


「おい……おいおいおいオォオオオオオオイ!

異人の若造風情がナマ言ってくれるじゃねえか! なあ、竜っちゃん!?」


「ええ、そうですね虎ちゃん。

八割で見逃してあげるつもりでしたが有り金全部巻き上げてやりましょう」


 下から抉り込むようなガンを飛ばしてくるチンピラ紅白。

 ちょっともう、何か笑えて来たわ。


「おーい、どうする?」

「俺がやる。ティーツ、お前は周りの雑魚どものしとけ」

「殺らんでええんか?」

「一先ずはな」


 俺らの余裕綽々の態度が気に触ったのだろう。

 紅白頭巾がますますビキり始めた。


(そこそこやるようだし俺はともかく明美と和尚の強さぐらいは分かりそうなもんだがなあ)


 あ、幽羅の術か。

 道中は警戒心を抱かれ辛い結界を張るとか言ってたし。


「納得納得」

「何言ってやがる? テメェ、踊っちまったぜ!?」

「ええ、この上ない不運とねえ……!!」


 ベキバキと指を鳴らす。


「おたくらの土俵でならともかく、単純な喧嘩で負けるつもりはねえよ」


 そこから先は特筆すべき点は何もない。

 五分とかからず紅白頭巾を叩きのめし、今は命乞いの土下座をしている。


「へ、へへへ……冗談、ちょっとした冗談じゃないですか旦那ァ!」

「そ、そうですそうです! 草履の裏を舐めますゆえ、何卒、命だけは……!!」


 へらへらと媚び諂う紅白頭巾。

 コイツらを見てると何だろう……悲しい気持ちになってくる。

 多分、以前は――負け犬に堕するまではこうじゃなかっただろうになあ。

 よっぽど酷い挫折を経験したと見える。


「愛人! 愛人になります!! この歳で生娘の竜っちゃんはともかく私、ホント凄いんで!!」

「き、生娘で何が悪いんですか!? 男をとっかえひっかえしてた虎ちゃんよりマシです!!」

「はぁ!? 好きでやってたわけじゃねえよ! しゃーなしだしゃーなし!!」


 ちらりと庵を見る。

 額に血管を浮かべ、良い具合にビキっていた。

 とりあえずコイツらにエロいことする予定は今のとこまったくないから落ち着いて欲しい。


「さて、お前らの処遇だが……む?」


 瞬間、視界が闇に閉ざされた。

 突然のことに驚いていると次の異常が俺を襲う――言葉を話せなくなった。

 何が起きたのかと考える暇もなく今度は世界から音が消えた。


「おやしら様に何をするかぁああああああああああああああああああああ!!!!」

「む、むっちゃん!」


 でもまあ、


「小船の力を借りて! 今必殺の心中アタァアアアアアアアアアアアアアック!!!!」

「う、ウッサミィイイイイイイイイン!!」


 見えずとも聞こえずとも気配は感じるので何ら問題はない。

 仕掛けて来た謎の襲撃者を即、返り討ち。

 変に五感を断たれたせいか余計鋭敏になっていたので紅白頭巾よりも楽だった。

 俺は感じる気配を頼りに二人の喉下を掴み、そのまま持ち上げる。


「「うぎゅ!?」」


 ぐっ、ぐっと徐々に掴む力を強めていく。


「く、くるし……!」

「い、いきが……いきがぁああああああ!!」


 何か言ってるのかもしれないが聴覚が遮断されてるので俺には何も分からない。

 俺に出来るのはこうして、誠心誠意脅迫することだけだ。


「え、ちょ……何でこっちに……!?」

「ふ、踏まないで! 踏まないでください!!」


 逃げられたら不味いので土下座をしている二人の上に乗っかる。

 首のあたりに足を置いてるので何時でも圧し折れるぞ。


「う、ウサミン! ウサミン! 解除、解除してください! 不思議妖術解除してください!!」

「わ、わわわかりま……おえ゛!?」


 お、五感が戻った。

 見れば女が二人、俺に首を絞められている。

 片方は俺と同い年ぐらいで庵を大きくして顔立ちをちょっとキツクした感じの少女。

 もう片方は……三十半ばほどの女。胸は普通だが尻が大きい――グッドだ。


「あ、あの……その二人を……は、離して頂けませんかねえ……?」

「それと、私たちの上からどいて頂けると嬉しいです……ホント、抵抗の意思はありませんから」


 ふむ、まあ良いだろう。

 紅白頭巾の頭の上から降りて手を離す。

 どさっと地面に落ちた二人は信じられないものを見るような目で俺を見上げていた。


「ば、馬鹿な……ちょっと強そうだとは思ったけど……い、いけそうだったのに……」

「こ、このウサミンが見誤っただと……? 何かの術か……?」


 熟女の方は勘が鋭いらしい。

 でも、ウサミンて……それ本名?


「おいカール、賊なんだしとっとと殺して先に行こうぜ」


 明美の一言に賊どもの顔が引き攣る。


「まあ待て。コイツら、痛め付ける気はあっても殺す気はなかったみたいだしさ」

「! そ、そうですぜ旦那! あっしら、決して悪い賊じゃありやせん!! なあ竜っちゃん!?」

「ええ、ええ! 金だけで命を奪おうなどとは毛頭! 人殺し、駄目、絶対!!」


 うーん、この。

 金奪おうとするだけで十分悪い賊だろうが。

 あと人殺し、駄目、絶対ってのもな。

 紅白頭巾からはこの中で一番、血の臭いがするぞ。次点でウサミン?

 ただまあ、賊に身を窶してから浴びた血ではなさそうだがな。


「おい、お前ら元武士だろ?」

「え……いや、それは……」

「賊っぽい格好してるが最初の雑魚どもの動きを見りゃ分かる」


 あの動きは訓練された兵士のそれだ。


「で、紅白頭巾とウサミン? は指揮官とかのそこそこ偉い奴らだったんじゃねえか?」

「「「……」」」

「御家が潰れたのか何なのか、賊に身を窶した理由は聞かん」


 興味もないしな。


「だが、お前らがその気なら……どうだ? 俺に雇われてみねえか?」

「「「え」」」


 声にこそ出さなかったが庵や明美も後ろで驚いてる気配がする。

 でも、俺の案はそう悪いものではないはずだ。

 現に幽羅あたりは特に異論もないみたいだし。

 ティーツも同じだが、こっちは全部俺に放り投げてるだけだからな。

 幽羅のように俺の意図は理解してまい。


「何考えてんだよカール……」

「何って、お前こそよく考えろよ」


 俺もティーツも明美も戦いを知っている。

 対個人であろうと対集団であろうと問題なく戦える。

 だがそれはあくまで、自分がどう立ち回れば良いかを知っているだけだ。


「俺たちは“戦争”を知らない」


 個人と個人ではない。個人対集団ではない。

 軍という名の集団と集団がぶつかる戦い――それが戦争だ。

 俺たちは戦争を知らない。

 兵士という駒の動かし方なんか分からない。

 戦場をコントロールする術なぞ見当もつかない。


「俺らは個人の武勇に秀でてるだけだからな。でも、それじゃ駄目だろ」


 これから俺たちは戦争をするのだ。

 戦争で飯食ってたプロの視点が必要なんだよ。


「だからコイツらを雇う。多分だが、コイツら戦争屋としてはかなりのもんだったと思うぜ」


 拭い難い敗北のせいで大分、落ちぶれている。

 往時のようなキレも今は望めない。確実にな。

 それでも、まるで役に立たないってことはないと思う。


「主に俺の助言役をしてもらうつもりだ。

他の面子は……まあ、時々で何か仕事頼むかも程度だな。今のところは」


「いや、あの……私ら正直、そういうのとはもう……」

「じゃあ皆殺しだな」


 後腐れなくサクっと殺っておこう。


「う゛え゛!? で、でも……戦に関わりたくはありませんし……」


 俺は無言でナップサックを拾い上げ中から幾つかの金塊を取り出す。

 そしてそれを見せ付けるように二人の前に放り投げてやる。

 すると紅白頭巾は穴が開くんじゃないかって勢いで金塊を凝視し始めた。


「前金だ。働き次第じゃ更に払ってやっても良い。

賊やってたのも食い詰めてたからなんだろ?

部下を見捨てる気がねえならどうすれば良いかなんて考えるまでもないと思うがな」


 戦争で沢山、沢山人を殺したのだろう。

 時には非戦闘員を皆殺しにすることもあったのかもしれない。

 だがそれはあくまで戦争だったから。

 国を肥やすため、部下を食わせるため。

 そのためならば躊躇いなく非道も行えるだろうが……もう、戦争じゃない。

 大義名分は、自分なりの正義は、もう、どこにもない。

 だから賊になっても人は殺さなかったんだろう。


(偽善だと嗤われてもしょうがないが)


 それでもコイツらにとっては譲れない一線だったのだろう。

 まあ、そこらについてどうこう言うつもりはない。

 そういうのは実際に被害に遭った連中とやってくれって感じだ。

 重要なのはコイツらに本気で部下を養うつもりがあるかどうかだ。

 もし、あるのならば俺の手を取らないという選択肢はない。


「「……」」


 紅白頭巾は苦悶の表情をしたまま顔を見合わせる。

 そしてしばらくの沈黙の後、


「あ、あの……私らに指揮を執って戦をしろとか……」

「言わねえよ。あくまで助言役だ。後はそうだな……ちょっとした情報収集ぐらいか」

「う、ううむ……まあ、それぐらいなら……」


 再度顔を見合わせ、紅白頭巾は改めて頭を下げた。


「「犬とお呼びください」」

「…………そこまで卑屈にならんでも良いぞ」

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