第二部 葦原動乱
プロローグ
1.侵略的外来種カール・ベルンシュタイン(♂)
日も昇りきらない暗い時間に転移魔法で帝都を出てディジマに向かい、
葦原行きの貿易船に乗り込んだチーム掃き溜め。
思えば船旅なんて初めてだなあ、と最初は割りと楽しんでたんだが即飽きた。
いやマジで、クソつまんねえ。
景色を見るにしてもさあ……見渡す限り海、海、海なんだもん。
十分ぐらいで飽きるわ。
しかも、甲板に居ると海鳥が時折、糞爆弾を投下してくしさあ。
すっかり萎えた俺は船内のラウンジに引っ込み朝酒を呷っていた。
「あーあ、どうせなら豪華客船で葦原まで向かいたかったぜ」
「兄様、豪華客船なんてものが葦原に立ち寄るのは難しいかと」
いや、ただの愚痴だから。真剣に答えてくれんでも全然大丈夫だから。
つーか、庵はともかくよ。
何で他の連中もラウンジに集まってんだよ。鬱陶しいな。
「そないつれへんこと言わんでも。これから寝食を共にする仲ですやん」
「お前の場合はなあ……」
既に一度敵対してっからな。
俺はまだ呑み込めはする。
悪行を犯したつっても、別に俺の知り合いが被害になったわけでもねえし。
ただ正義のならず者たるティーツと明美はなあ。
まあ、前者はね。俺に従うと決めた時点で幽羅のことは一旦保留ってことで気持ちを切り替えたんだろう。
でも後者……明美はな。未だに刺々しいし。
「お前と仲良くして明美が変に拗れたら面倒だし」
「……ガキじゃねえんだ、あたしも弁えてる」
「口じゃ何とでも言えるんだよ」
ガキじゃないって言うけど、内面は割りと幼いよね。
その生い立ちを考えれば無理もないとは思うけど。
「まあ、何じゃ。折角こうして集まったんじゃし、改めて方針を確認するっちゅーんはどうよ?」
「別に良いけど……」
葦原までは割と新しいこの貿易船でも数日かかるみたいだしな。
一回ぐらいはやっておくか。
よう考えたら最初の話し合いで全部決まって、以降は会議とかも開いてなかったしな。
いや、個別で話をしたりってのはあったんだが……主に幽羅とだったし。
「紙と書くものあるか?」
「ほなら、これを」
幽羅から渡された紙、そして日本地図ならぬ葦原地図をテーブルの上に広げる。
「じゃあ、まずは俺らの敵についてだ。
最終目標は腐れ爬虫類だが、その前におイタする馬鹿どもをぶっ殺しておく必要がある。
が、そのためにも必ず殺さなきゃいけないのが居る。コイツだ」
足利、と紙の中心にデカデカと記す。
「現室町幕府の将軍家。ここの現状について確認しておこう。
ロクに能力もないが野心だけはいっちょ前の屑将軍がここのトップだ。
腹心の三好長慶のお陰で何とか中央を抑えちゃ居るが……はっきり言って風前の灯火よ」
だからこそ、八俣遠呂智の力を手を出した。
そして、そのデモンストレーションのために選ばれたのが大陸――ひいては帝国だ。
そう、ディジマに眷属どもが押し寄せたあの一件よ。
「流石に自国で暴れさせるのは気が咎めたのか。
守人の一族を追い詰め過ぎてしまうことを警戒したのか。
何にせよ、傍迷惑な理由で葦原との窓口でもある港町ディジマがターゲットになった」
馬鹿将軍義輝は有力大名を集め、
八俣遠呂智の眷属がディジマを蹂躙する様を見せ付けようとした。
まあ実際、戦争やる上ではあの眷属だけでも十分脅威だからな。
それを操れる自分の力を見せ付けることで有力大名を傘下に従えようとした。
「だがそれは他ならぬ俺の手で台無しになったわけだ。いい気味だぜ」
「草薙の剣持っとるカールが居合わせるとは……晴天の霹靂じゃったろうなあ」
とはいえ、笑ってばかりもいられない。
俺が暴れたせいで庵の生存や、
草薙の剣を持つ俺の存在を屑一族に嗅ぎ付けられちまったわけだしな。
でもまあ、そこは置いておこう。今は足利の話だし。
「遠見の術で様子を窺っていた義輝は大恥をかいた。
だが、それだけならまだしも有力大名を調子付かせちまったのが問題だ」
義輝は大名を集め説明を行った際、自分の不利になるような情報は明かさなかった。
当然だろう。わざわざ弱点を晒す意味なんてない。
仮に全てが義輝の目論み通りにいってたのなら、それでも問題はなかったはずだ。
強大な力、何か弱点はあるのかもしれない。
しかし大名らも下手に藪を突っ突いて文字通り蛇を出したくないだろうしな。
だが、一見無欠に近い力に綻びが見えた。
大名らは俺という一個人が眷属を屠る様を見ていたわけだからな。
計画失敗で義輝も動揺していただろうし、海千山千の大名どもが精神的優位に立つのは難しくない。
「結果、奴は洗いざらい情報を吐かされちまう」
真実を知らされたんだ。
諸大名らもこんな馬鹿に力は持たせていたくないと思うのが当然だ。
一時的に手を組んで将軍降ろし、ひいては幕府解体を行うってのが自然な流れだろうよ。
「だが、ここで待ったをかけた奴が居た」
「…………三好、長慶」
庵が忌々しげにその名を口にする。
「そう、長慶だ。どうやったのかは知らんが見事にその場を乗り切ってみせた」
伊達に幕府をある程度建て直し、中央に居座ってはいねえな。
ハッキリ言って相当のやり手だわ。
だからまあ、搦め手よりも雄弁な暴力でぶっ潰すんだけどね。
「が、流石の長慶も何の代償もなしにとはいかなかった」
八俣遠呂智の力――その一端を大名どもに渡してしまったのだ。
具体的な方法は説明を聞いたがよう分からんかったので省く。
重要なのは大名らが力を得てしまったことだからな。
「お陰で奴らは殆ど不死身になっちまった。
殺せるのは草薙を持つ俺か同じように八俣遠呂智の力を持つ者。
封印って手もあるが出来るのは相当高位の術者か櫛灘の直系である庵ぐらいだ。
前者に関しては守人の一族の中に条件を満たす者も居るだろうが……」
まず動けない。
だって、社会的な立場がそもそも違うからな。
有力大名と隠れ里に引き篭もったゴミカスどもじゃ勝負にもならない。
保身しか頭にないゴミカス一族にゃ族滅の危機も省みず使命を果たそうとする根性はない。
「まあ腰抜けどもはどうでも良い。
力を受け取った連中の目的は天下統一。つまるところ潜在的に相容れない関係なわけだ。
放って置いても勝手に潰し合うだろうが――――知ったこっちゃねえ」
こっちから潰しに行く。
漁夫の利を得ようだなんてせせこましい真似はしない。
力を得た奴らは俺が全員殺す。築き上げたものを全て蹂躙、破壊する。
「だってそうだろ? 俺らの最終的な目標は八俣遠呂智なんだからよ」
その力を得たってことは実質、大名どもは八俣遠呂智陣営ってことになるよなあ?
「なる……なるんでしょうか?」
「いや、なんねえだろ。誰一人として邪神の味方になったつもりはねえと思うぞ」
「むしろ敵じゃろ」
「言い掛かりですわな」
はいそこうるさい。
先生が喋ってる最中でしょうが。余計な茶々を入れないの。
「連中は積極的に潰しに行きます。餌兼踏み台として滅んで頂きましょう」
肥え太るための餌。
高く飛翔するための踏み台。
連中の勢力はデカイからなあ、さぞかし美味しかろう。さぞかし高く飛べよう。
「というわけで、これが俺らの標的となります」
今川。
北条。
武田。
上杉。
毛利。
朝倉。
大友。
一向宗。
数にしてみれば十にも満たないが、油断できる要素は欠片もない。
義輝がコイツらさえ抑えればトップに立てると目したわけだからな。
その影響力は並じゃねえ。
(つか……こんなことなら真面目に歴女ちゃんの話を聞いておけば良かった……)
何から何まで同じってことはない。
そもそもファンタジー要素なんぞ前世には欠片も……いや、あったわ。
あったけどそれが常識となった時代はなかった。
まあそれはともかくだ。
前世の知識が鵜呑みには出来ずとも参考ぐらいにはなると思うんだわ。
まあ俺の日本史知識がゴミだから参考になりそうな知識はあんまないんだけどさ。
(今挙げた勢力の名前とか何となーく聞いた覚えがあるかもぉ……? ってのが殆どだぞ)
辛うじて名前は知ってるが他の情報は皆無だ。
今川、武田、上杉ぐらいはそこそこ知ってるんだがねえ。
クラスメイトだった歴女ちゃんの存在が今になって重いものになってる……。
っと、いかんいかん。思考が他所に飛び始めてるぞ俺。
「足利を含めて九つ。何か意味深な数字だが、そこは置いといて、だ。
今考えてるプランだと、足利を潰すのは二番目になると思う」
庵としては歯がゆいかもだが、そこは我慢して欲しい。
俺がそう言うと庵はコクリと頷いてくれた。
「ところで……足利潰すって言ってもどうやって潰すんだよ?
あたしら全員で御所にカチコミかけて皆殺しか?」
「おめーが何時もやってる仕事と一緒にするな」
いや、最終的にはそうなるよ?
そうなるけど、そこに行くまでに段取りってもんがあるんだよ。
「あと、将軍になるつってもどうやってだ?
将軍の首獲ったから今から俺が将軍な!
ってなノリで手に入れられるもんじゃねえぞ? 朝廷の承認やらも必要だしよぉ」
明美が尤もな指摘をする。
でも、言わせてくれ。
「俺がそこらを考えていないとでも?
義輝並びに長慶をぶち殺すため、そして将軍就任のために必要な人材が居るんだ。
それが松永久秀と三好三人衆――特に松永だな、長慶の右腕であるコイツは確実に引き入れたい」
「……兄様、三好の人間を味方に引き入れるのですか?」
険しい顔の庵だが、まあ最後まで話を聞いてくれ。
「庵、松永は確かに長慶の味方だがな。
少なくともコイツと三人衆は櫛灘姫暗殺の一件には関わってねえんだよ」
ちらりと幽羅を見る。
「ええ、その通りですわ。長慶は義輝に入れ込んどりますが今名前が挙がった四人はちゃいます。
長慶個人に忠誠を誓っとるんですわ。とはいえ、その方針に唯々諾々と従うわけでもあらしません」
別に庵やその母親を憐れんだわけではない。
単純に、もしもの時に備えて櫛灘姫の血族を殺したくなかったのだ。
「松永と三人衆は連名で庵の母ちゃんと庵を監禁に留めるよう進言したらしいんだ。
というか、長慶自身もそうしたかったはずだ。
だが義輝に押し切られて結局、長慶は暗殺を立案、決行しちまう」
その一件で四人は長慶に不信感を抱いたらしいのだ。
とはいえ、だ。その忠誠は決して侮れるものじゃない。
多少不信感を抱いたとしても、そう簡単に寝返るようなことはないだろう。
「だがまあ、そこは俺の腕の見せ所だ。
松永さえオトせば他三人も連座でこっちに就くだろう。
コイツらは優秀らしいからな。襲撃の手引きと将軍就任のあれやこれやには必ず役に立つ」
だが、
「庵が納得出来ないってんなら今からでも方針転換して良いと思ってる。
この戦いは庵のためのものだからな。お前の納得以上に優先するものはない」
どうする?
そう目で問いかけると、庵はたっぷり悩んだ末に結論を口にした。
「……兄様の良いようにやってください。
長慶と義輝の命を見逃すとかではない限り、私は何も言いません」
「安心しろ、その二人は確実に殺す。奴らは生まれたことを後悔しながら死んでいくだろうぜ」
そもそも葦原行きの目的は庵の因縁を清算するためなんだからな。
八俣遠呂智云々は庵というより櫛灘一族のもの。
庵個人の因縁はあくまで復讐だ。
清算するには義輝と長慶には何が何でも死んでもらわなきゃいけねえ。
そこをブレさせるつもりは一切ない。
「じゃがカールよ、おんし……どうやって松永っちゅー奴を引き込むつもりじゃ?」
「長慶より俺に着いて行きたいと思わせるんだ」
「いやだから、具体的にはどうやって?」
「そこはまだノープランだ。人となりもロクに知らんしな」
「……おい、おめー、そんなふわっふわな感じで大丈夫なのかよ?」
いや、こればっかりはしょうがないだろ。
現地に行かなきゃ手に入らない情報ってのはどうしてもあるんだから。
「それは分かるけどよ……」
「るっせえな。愚痴愚痴言ってもどうにもならんのだからドンと構えてろよ」
「まあ、最悪うちがちょちょいと洗脳するって手段もありますさかい」
幽羅がフォローをするが、それは本当に最後の最後だ。
本人も最悪、と言ってるようにリスクがあるからな。
出来れば自主的に味方をした。
もっと言うなら松永らに主君を裏切ったという自覚を植え付けるのが肝要なのだ。
「ん?」
隣に居る庵がおずおずと袖を引いて来た。
「あの、兄様。松永らを引き込んで準備が整ったら即……?」
「いや、悪いがそうはならない」
何時でも決行出来るよう準備はさせておく。
だが、決行のタイミングは同盟者が定まってからだ。
「同盟者、ですか?」
「おう、葦原統一のためには信の置ける大名の存在が必要不可欠だからな」
何千年もこの国と櫛灘の血族を縛り続ける強大な邪神の存在。
知られざる歴史を明かされても尚、意気を見せられる芯の通った者。
そういう奴を見つけてからでないと将軍になるわけにはいかない。
「そいつとなら天下統一も夢ではなかろう。
ああ、最初に言っておくが基本的に他勢力との戦争のメインはその同盟者だ。
俺も一緒に戦うし、力を受けた奴を殺すのは俺の役目だ。
でも、全国にその名を示し勢力を大きくしていくのは同盟者じゃなきゃならねえ」
とはいえ幕府としても協力は惜しまないつもりだ。
形骸化した幕府であろうとも利用価値はある。
例えばそう、大義名分。
戦争するっつってもいきなり殴りかかればバッシングを喰らう。
バッシングを喰らえば他の奴らが喜び勇んでこっちを殴りに来る。
だが、幕府の命に従わない反逆者を討つという大義名分があったら?
「内情を知らなきゃ幕府を傀儡にして好き勝手してるように見えるだろうが何の問題もない」
一度、葦原を統一し頂点に立つと言っても葦原に永住するわけじゃないんだ。
やることが終わったらさっさと将軍職を禅譲しなきゃな。
その時のためにも同盟者にゃデカクなってもらわねばならないのだ。
「一つ、良いか?」
「言ってみろ」
「戦争は本当に必要なことなのか? あたしらが頑張れば必要最低限で……」
「戦争は必要だよ」
戦って血を流さなきゃ前には進めない。
力も信念もない奴がキャンキャン喚いたところで誰にもその声は届きやしねえ。
義輝が良い例じゃねえか。
「戦争という過程を経て民草に実感させるんだよ。太平の世が近付いてるんだってな」
痛みがなきゃ人は学習できない。
だから痛みと共に人々の胸に一つになろうとしている葦原を意識させるんだ。
そうすりゃ、最初は知らん顔してた奴らも戦争を終わらせようと行動を始める。
連帯意識ってのは馬鹿に出来たもんじゃねえ。
まあ、逆も然りだがな。
戦争が終わって欲しくない奴の動きもクッキリ見え始めるだろう。
殺さなきゃいけない奴も炙り出せて一挙両得だ。
「それに、だ。俺らが介入せんでも戦争は不可避だったろうが」
群雄割拠の現状が良い証拠じゃねえか。
俺が武力統一するか、他が武力統一するか、違いなんぞありやしない。
「戦争に巻き込まれる無辜の民が……なんて思ったのか?」
「……」
明美は答えない。
「無関係な奴なんざ居やしねえんだよ。葦原で生きる人間、全てが当事者なんだ。
自分が何もせずとも誰かがやってくれる、自分が動いたところで影響なんてありはしない。
そう思って意を示さないのならそれでも良い。
だが、他人に何もかもを任せようってからには相応の覚悟もしなきゃなあ」
そして、俺たち自身も覚悟を決めなきゃいけない。
戦争という鮮血で彩られた道を通って頂点に立とうってんだ。
どこかで買った怨嗟が刃となってこの胸を貫く可能性は常に考えておかなきゃな。
「結局のところ、俺らは俺らの都合を押し付けようとしてるわけだからな。
その逆もあって当然だ。重く感じるのなら、恐れを感じるのなら、この場で降りても構わないんだぜ」
「……いや、今更そんな日和った真似はしねえよ」
そいつは結構。
「次はうちがええやろか?」
「おう、言ってみな」
「何で数ある大名から同盟者候補に“織田家”を選んだん?」
織田家? と首を傾げる庵らのために地図を広げ、
尾張国を指差しここらを領土にしてる大名家だと捕捉する。
「うちがカールはんに渡した各大名家のリストにはもっとええとこもあったと思うんやけど……」
「幾つか理由がある。まずは勢力の大きさだな」
あんまり勢力がデケエとな。
対等な同盟関係は難しいが織田家は丁度良い塩梅なのだ。
当主が組むに値する人間であり、
尚且つあちらもその気になってくれたのなら良い関係を築けるだろう。
「次は立地だな」
足利の屑どもが居座る京の都と尾張の間をポンポンと叩く。
中央との距離が程よいんだよ、尾張国って。
遠くもなく、かと言って直近というほどでもない。
「加えて今川だ。今川が天下にその権勢をアピールするため上洛を行うなら尾張を通過せにゃならん」
抗戦か従属か。
現在の情勢から鑑みるに割と早くに選択を迫られるだろう。
「今川との国力差は圧倒的だ。普通は従属を選ぶだろうぜ。
だが噛み付けるだけの気概があるなら同盟者として心強いと思わんか?
ああ、破れかぶれの抗戦じゃねえぞ?
果てに霞む勝機を掴むつもりで戦いを挑んでないなら、そりゃただの馬鹿だもん」
真性のうつけか、気骨ある傑物か。
それを見極めるタイミングが割りと早く訪れそうって意味でも織田家は打ってつけだ。
早くに同盟者を得られたら、その分、有利になるからな。
「以上が織田家を選んだ理由だ」
後はまあ、験担ぎって意味もあるがこれは俺以外には伝わらんしな。
いやほら、前世において織田家――ひいては信長って言えば……ねえ?
王手寸前まで行ってたじゃん。
最後は明智くんに台無しにされたけど寸前まで駒を進めたってのはすげえよ。
「成るほど、理解しましたわ」
「そりゃ結構。他に質問は……」
と言いかけたところで庵以外の全員が気付く。
誰かがラウンジに向かって来ている。
会議は一旦中断だ。
俺は素早くその旨を庵に告げ、何でもない風を装い始めた。
「俺、葦原に行ったら現地の着物をしこたま買い込むんだ」
「庵ちゃんのためかい?」
「まあ、それもあるが……ほら、夜の性活にね? 使いたいじゃん?」
「そういう破廉恥な話、止めろや!!」
のっしのっしと足音が聞こえる。かなりデカイな。
どんな奴かと入り口をチラリと見ると、丁度そいつが入って来るところだった。
「む、先客がおったか」
屈むようにドアを潜り入って来たのは、これまたデケエ葦原人のオッサンだった。
百九十近い俺も大概だが、オッサンは二メートル半ばぐらいはありそうだ。
後、服装。服装もすげえ。
僧衣……なんだろうがワイルドアレンジが加えられてて如何にもな破戒僧って感じ。
髑髏を模した数珠もパンク過ぎんだろ。
ライオンのような髪型や顔の傷、分厚い筋肉と相まって威圧感とロックンロール魂が半端ねえわ。
(すげえ、ホントすげえ見た目だわ)
でも、それ以上に強えなこのオッサン。
確実に俺より強い。んで、恐らくは明美よりも……。
「…………アンタ、和尚か?」
「何じゃ明美、おんしの知り合いかい」
明美が反応を示すが当の和尚さんとやらは、
「…………すまぬ、誰か?」
一応、賞金首だからな。
明美には幽羅が偽装を施してある。
だがそれは相応の実力を持つ者には通じないはず。
なのでこの反応はすっとぼけてるのか、本当に忘れてしまったのか。
「あたしだよ! 明美、明美だ! アンタに手解きを受けた明美だっつの!!
ほら! ガキの頃、葦原を出る時、色々便宜も図ってくれたじゃねえか!!」
いやお前、名乗るなよ。
自分の立場自覚しろや。
そう思ったが明美が名乗った瞬間、和尚はおお、と目を見開いた。
「おお、ひょっとしてあの明美か……何十年ぶりだ? 元気にしとるようで拙僧は安心したぞ」
「……自分で言うのも何だが、アタシ、結構有名なんだけど」
「いや、あのツルペタストーンな小娘がセクシー義賊だとは思わぬだろう、普通」
言われてみれば確かに、出回ってる手配書の明美はムッチムチだからな。
ガキの頃、貧相だったのなら直ぐには気付くまい。
あと単純に、昔世話した子供が高額賞金首になってるとか思わんだろうし。
「…………おい明美、おんし大丈夫なんか?」
「あん? ああ、和尚に関しては身元とか気にする必要はねえよ。
むしろあたしら側の人間だからな。うん、葦原じゃ普通にお尋ね者だったわ」
つっても明美の顔を見るに悪党ってわけではないのだろう。
「粗にして野だが決して卑に非ず。和尚はそんな奴だから安心しろ」
「ほう、あの小娘が言うようになったのう」
愉快愉快と笑う和尚。
確かに明美の言う通りらしい。このオッサンからは邪気のようなものは感じられない。
むしろ、何て言うのかな。見た目にそぐわず徳が高そうな……いや、それは気のせいか。
何にせよ、一目置くに値する人間特有の空気を纏ってやがる。
「しかしアンタ、葦原を出てたのか? この船に居るってことはよ」
「うむ。お前を送り出した少し後にのう」
「葦原に居られなくなったのかよ」
「いんや。単にまだ見ぬ美酒、美食、美女を求めて旅立っただけよ」
僧侶の言うこっちゃねえなあ……正に破戒僧。
「しばらくは帝国を拠点にしとったが、久々に故国の酒を飲みたくなってなあ。
しかしまあ、こんなところで有名人に出会えるとはな」
ん? 俺を見てる?
「天覧試合では良いものを見させてもらったぞ。謎の詩人仮面」
「コイツ、正式名称で……! 良い奴だなアンタ! ありがとう!!」
手を差し出すと和尚は嬉しそうに握り返してくれた。
デカイ、デカイ手だ。
物理的なサイズもそうだが……それ以上に人間としての大きさを感じる。
これほどの男なら名や容姿が知れ渡ってても不思議ではなさそうだが……。
「俺はカール・ベルンシュタイン。アンタの名前を聞かせてくれないか?」
「拙僧の名か? 拙僧の名は我津出夢である」
ガッデムて……すげえ名前だな。
「いや待てガッデム?」
「兄様、ご存知なのですか?」
その名、聞いたことがある。
「…………わしゃあ知らんが……おんしらは?」
「いや、和尚の名前は知ってるし、その強さも同じだが……界隈で名を聞いたことは……」
「うちも知らんなあ」
まさか、いやでも、特徴的な名前だし。
「アンタ、ひょっとして破壊僧ガッデムか?」
「! 何と、拙僧のPNを知っておったか。まさかこんなところで読者に出会えるとは」
「「「「ペンネーム? 読者?」」」」
ああ、そうだ。
コイツは、この破壊僧ガッデムはな。
「俺が定期購読してる風俗雑誌のルポライターなんだよ」
「「「「……」」」」
「読むだけで抜ける、それが破壊僧ガッデムの記事だ。界隈じゃその名を知らん奴は居ねえぜ」
やはり一廉の人間だったか。
どうやら俺の人を見る目も中々のものらしいな。
「女が出来てからは御無沙汰だが、それ以前はアンタの記事読んで店に行ったりしてたよ」
「ほっほ! そりゃあ嬉しいことを言ってくれる」
「今は店にこそ通っちゃいねえが記事の内容を参考にして色々なプレイをやらせてもらってる」
主にアンヘルとな。
「「「「……」」」」
おやおや、君たちどうしたんだい?
人に生ゴミを見るような目を向けてはいけないよ?
まあそれはさておき、だ。
「とりあえずサインください。あの、カールくんへって」
「承った」
やったぜ!
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