エピローグ

1.デート


 壮行会の準備で忙しいし、邪魔だから夜までブラついて来い。


 要約するとそんな感じの理由で俺は店を追い出されてしまった。

 いやまあ、宴の主役に働かせるわけにはいかないってことなんだろうけどさ。

 屋根裏部屋でゴロゴロしてても良かったんじゃないかなって。


(あー……帝都に戻ってから三週間近くもゴロゴロしてたからか?)


 だから丁度良いし、ちょっと外に出ろってことなのかも。

 でも、一人で放り出されてもなあ。

 主役って意味なら庵もそうなんだから庵も一緒にしてくれて良いじゃんよ。

 あの子、今も店の中で宴の支度を手伝ってるんだぞ。


「どうすっかねえ」


 店の前で立ち竦む。

 正直、でけえヤマが控えているからか遊ぶとかそういう気分じゃないんだよな。

 ううむ、どうしたものか。


「――――それなら、私とデートでも如何?」


 鈴の音にも似た澄んだ声が耳を擽る。

 振り向くとアンヘルがニコニコ笑顔で佇んでいた。

 転移魔法で来たのだろうが……いかんな、まだ本調子じゃないらしい。

 予兆を感じ取れないのはちょっと――いや、今は良いか。


「ん、そうだな。たまにゃ二人であてもなくブラつくのも悪くねえや」

「フフ、嬉しい」


 どちらからともなく歩き出す。

 無論、体格差があるので歩幅には気を付ける。


(にしても……何か新鮮だな)


 こんな風に肩を並べて普通のデートをするのもそうだが……アンへルの冬服。

 落ち着いた色合いの冬物ドッキングワンピースに白のコート。

 足元は厚手のタイツに温かそうなブーツ――かなりの重装備だ。

 いや、普通の人からすれば普通の冬コーデなんだろうけどさ。

 アンヘルとアーデルハイドは基本的に魔法で気温を調整してるから厚着しないんだよな。

 だが、今日はデートを楽しむためだろう。魔法は使っている様子はなく、その頬は少し赤い。


「? どうかしたの」

「いや」


 軽く首を振り、笑う。


「冬が寒くて良かったなって」

「???」


 不思議そうな顔をするアンヘルの手を優しく握り締める。


「こうするための理由に困らないからな」

「……もう」


 嬉しそうに指を絡めて来る。

 まあ、デートだからな。今日ぐらいはこういうのも悪くない。

 特に、しばらく会えなくなるわけだしさ。

 普通の恋人のようにイチャつくのも良いだろう。


「何か、街が忙しないね」

「年末だからなあ。とかく、やることが多いし浮かれ気分にもなる」


 冬の寒さも何のそのと駆け抜けていく子供。

 忙しさに目を回しながら慌しく動いている大人。

 見ているだけで何だか楽しくなってくる。

 年末特有の空気感……俺は好きだな。


「そうだね……うん、知識の上では分かってたんだけど。

でも、肌で感じたのは今年が初めて。

私も……空気の中心に居るのは嫌だけど、遠巻きに眺めるのは好きかな」


 何だか、幸せを感じられる。

 アンヘルはそう言って少し、俺との距離を詰めた。


「さぁて……どうしようか。アンヘル、お前もう飯食ったか?」

「ううん。今日は起きるのがちょっと遅かったから」


 なら、飯でも……と言いたいが夜には壮行会があるんだよな。

 時間はあるが、出来るだけ腹を空かせておきたい。

 なのでガッツリ食べるのは却下として――ああ、あそこで買うか。


「パンでも買って公園で食べるか。良いパン屋知ってんだよ」

「へえ、楽しみ」

「前にクリスを追い込んだ時に知ったパン屋なんだが、期待して良いと思うぜ」

「ああ、例の殺気で帝都駆けずり回らせた時の」

「そうそう。そん時にアイツが補給のために立ち寄ったパン屋が隠れた名店でな」


 いや、店的には別に隠してるわけでもないんだろうが。

 ただ、美味いパン屋って言うなら結構多いんだよ。

 何てたってこの国の首都だからな。

 だから、味以外で差をつけようと思ったら広告を積極的に利用するしかない。

 そういう部分にも力を入れてるパン屋が所謂、有名店になれるのだ。

 だがまあ、件のパン屋は特別そんなことはしてないから自然と……ね?

 口コミだけではどうしたって限界があるよ。

 他の店と比べて圧倒的に美味いとかなら話は変わってくるだろうけどさ。


「そう言えばあの子からも聞いた覚えがあるかも。確か取り寄せしてるんだったかな?」

「アイツ……外に出られるようになったんだから自分で行けや……」


 ゾルタンも甘やかしてんじゃねえよ。


「そういや、ゾルタンで思い出したんだが」

「先生がまた何かしたの? 処す? 処す?」

「いやそうじゃなくて。俺の修行に同行してたのは知ってるだろ?」

「うん。帝都に一時帰還した時とかこのままじゃ過労死するとか愚痴ってたね」

「野郎……」


 そこまで酷使した覚えは……ああでも見えないとこで色々頑張ってたしな。

 改めて感謝の言葉を告げても良いかもしれない。

 でも、アイツはアイツで精神を殺しに来るような案件持ち込んで来たしなあ。

 お相子じゃね?


「ま、それはさておきアイツ教師としては相当優秀なんだな。

いや、魔法のことはよく知らんけど話を聞く限りじゃ良い先生だって印象を持ったよ」


「どういう流れでそう感じたのかは知らないけど……まあ、そうだね」


 当たりが強いアンヘルも素直に認めるレベルか。


「本人の魔道士としての力量もさることながら、その指導力は大したものだと思うよ。

ただまあ、もうちょっと生徒に厳しく出来るなら優秀な教え子をもっと輩出してたかな。

先生の指導ってさ、才覚よりも勤勉さが求められるんだよ」


 ああ、それは分かる。

 真面目にやればやった分だけ返って来るものが大きくなるような授業だからな。

 テキトーにこなしててもある程度の成果が得られるような感じではなさそうだ。


「そうそう。厳しく接せられる教師ならさ。

不真面目な子も叱り飛ばして真面目に取り組ませようとするんだろうけど先生はね。

やる気がない子は切り捨てるって方針なら分かるけど、そうじゃない。単に甘いだけ。

だから生徒をちゃんと叱れない。カールくんの指導見た時も無理矢理止めようとしてたからね」


 いや、あれはしょうがないと思う。

 客観的に見て体罰とかそういうレベルじゃなかったもの。


「……まあでも、私にこんなこと言う資格はないけどね。

先生のそういう部分に結構、甘えさせてもらってるからさ」


 苦笑をしているアンヘルを見て俺は少し笑った。

 ああ、やっぱりコイツも甘えてる自覚はあったんだなって。


「ちなみに先生も自分の駄目な部分はしっかり認識してるみたいだよ?」

「ほう」

「認識した上でアホなこと言ってたね」

「……一応聞こうか」

「”僕には子供を産むことが出来ないから生徒を我が子のように思ってしまいつい甘くしちゃうんだよ”」


 リアルな声真似に若干イラっとしたわ。


「”特にアンヘルとアーデルハイドは僕の愛する人のリアル実子だし? 思い入れが違うよね”」

「救えねェ」

「概ね真っ当な大人なんだけどねえ」

「なあ」


 そんな話をしていると目的地のパン屋に辿り着く。

 店の外に居ても良い匂いが鼻を擽り、どうしようもなく空きっ腹を刺激する。


「昼過ぎだけど結構残ってるな」

「うん、どれにする?」

「そうだなあ……」


 トレイ片手に二人揃ってパンを物色していると、

 何やら店主らしき中年夫婦がこちらを微笑ましげに見ていることに気付く。


(まあ、傍から見れば若い恋人が仲睦まじくパンを選んでいるようにしか見えないしな)


 いや、ようにしかってのは違うか。

 実際その通りなわけだし。

 だが……何だろ、こう、妙にむず痒い。

 妙な気恥ずかしさから逃げるようにパンを選び会計に持って行くと、


「これ、オマケね」


 とクッキーを二袋差し出されてしまった。


(やっぱり……うん……はずいわ)


 店主に礼を告げ、結構距離はあるが例の公園まで歩く。

 パッと見た限り園内に例の少年は居ないらしい。

 ちょっと残念に思いながらベンチに向かい腰を下ろし一息。


「寒くないか?」

「ん、平気。カールくんが温かいもん」


 俺の肩にコテンと頭を乗せ微笑む。

 あざとい奴だ……まったくあざとくてあざとくて……しゅき。

 ホントもう、こういう男を喜ばせようって姿勢がさあ! たまんねえよな!


「そか」

「うん」


 二人して好きなパンを袋から取り出し、齧り付く。

 俺はマッシュしたゆで卵と玉葱、ハムをマヨネーズで和えた惣菜パン。

 アンヘルが選んだのは中にカスタードが入ったサクサクのデニッシュ。


「あ、美味しい」

「だろ? つか、お前それ……」


 時間が経ってしっとりになってしまったデニッシュ生地ならともかくだ。

 サクサクした食感が楽しめる段階なら、パンくずが零れてしまう。

 なのにアンヘルのデニッシュからは一欠けらのパンくずも零れちゃいない。


「ああこれ? 魔法。むかーし、クッキー食べてる時に食べかすが邪魔だなあって。

後で掃除すれば良いし、そういう魔法もあるんだけどさ。最初から零れない方が良いでしょ?」


 魔法クッソ便利。

 ゾルタンの教えを忠実に守ってやがるな。


「…………ねえカールくん」

「ん?」

「少し、ほんの少しだけ約束破るね。ちょっとの間だけ、あなたのための嘘を止めるね」


 無言で頷く。


「私、正直、今でも納得してない」

「知ってる」


 コイツは何よりも俺に危害が及ぶことを嫌う。

 それを阻むために自分が動けないことが、どうしても許せない。


「…………でも、黙って送り出すしかないのも分かってる」

「知ってる」


 自分よりも俺を。それがアンヘルという女だから。

 そこに甘えているという自覚はある。


「私、カールくんが死んじゃったらどうなるか分からないよ」

「知ってる」


 まず間違いなく、壊れるだろう。

 精神寄生体だとか増殖し続ける人格に呑まれるとかではない。

 俺の死が、アンヘルの心を壊す。


「仇を討つのは当然。でも、そのために何をするかな。きっと酷いことになる」

「知ってる」


 俺の大切に想う者らを害するようなことはないだろう。

 そこは確実だ。だって、トコトンまで俺を愛しているから。

 狂していようともそれだけは揺ぎ無い。

 でも、それ以外については……さて、どうなるかな。

 ある意味で、俺よりも酷く世界を巻き込んで仇を討とうとするだろうし。

 正直、被害は予測できない。


「終わったら、後を追って死んじゃうんだから」

「知ってる」


 お前はそういう女だから。

 そういう点では、俺とは違うな。

 かつて俺は復讐を志したが、それは未来に進むためだ。

 心に区切りをつけるため、絡み付く怨念を断ち切って新しい人生を始めるためのもの。

 だが、アンヘルが復讐を志したならそれは終わりに続く道だ。


「それでも、行くんだね」

「ああ、行くよ」


 そう答えることはお前も知ってるだろ?


「酷いなあ」

「知ってる」


 互いに苦笑が浮かぶ。


「私のこと、好き?」

「ああ、愛してる」

「なら、私を死なせちゃ駄目だからね」

「努力する」

「……そこは、任せろって頼り甲斐のある言葉をくれる場面じゃない?」

「他の三人になら、そう言ってただろうな」


 アンヘルも庵もアーデルハイドもクリスも――俺は全力で愛している。

 でも、全員に同じ形の愛情を向けてるわけじゃない。

 優劣じゃない、ただ形が違うだけ。

 庵やクリス、アーデルハイドは甘えさせはするが甘えようとはあまり思わない。

 三人の前ではしっかりしなきゃって想いが強くなっちまうんだ。

 無理してるわけじゃない。それもまた俺という人間の一側面だから。

 だけど、アンヘルは違う。


「私だけ?」

「ああ、お前だけだ」


 どっぷり甘えることが出来るのはアンヘルだけ。

 何でだろうな、自分でも分からない。

 初めて愛した女だからなのか。どこか、自分に似ているからなのか。


「だからまあ、俺からも敢えて言葉にしとく」


 残りのパンを飲み込み、一呼吸。


「俺が死んだらお前も死んでくれ」

「うん、ちょっと遅れちゃうかもだけど」

「待ってるよ。待ち合わせ場所には男が先に来て待ってるもんだからな」

「じゃあ、私、あれやってみたい。待った? 今来たとこ……ってよくあるあれ」

「おう、それじゃあ俺が死んだ時はやってみるか」

「うん」


 傍から聞いたらひでえ会話してると思う。でも、これが俺たちのカタチなんだ。


「ねえ」

「ん?」

「スッキリした?」

「おう」


 もしも俺が死んだとしても、寂しい思いはしなくて済む。

 その確認が出来たから気分良く戦れそうだ。


「良かった」


 アンヘルが笑う。


 戦いに臨むのなら心の中に曇りを残したくはない。

 負い目がない状態でこそ、人が最も強くなれるのだと思う。

 アンヘルは俺のそういう部分を言葉にせずとも理解しているのだろう。

 だから敢えてこんな会話をして、俺からも言葉を引き出させた。

 勝利し笑顔で帰って来られる可能性を少しでも広げるため――ホント、何て言うのかな。


「イイ女だよ、お前」

「知ってる――なんてね」


 二人して笑う。

 好きになって良かった、好きになってくれて良かった。

 ああ、本当に俺は幸せ者だ。


「「ん?」」


 しばらく笑っていたが、ふと気付く。視線を感じるのだ。

 見れば、少し離れた場所で男の子と女の子が無表情で俺たちを見つめていた。

 いや、女の子の方は無表情ではないか。何か、目に熱がある。興奮してる?


 っていうか――――


「少年! 少年やんけぇええええええええええええええええええええええええ!!!!」

「知り合い?」

「俺の親友マブよ」


 ティーツらと比べると六:四ぐらいで少年のがマブだ。


「お名前は?」

「知らん」

「知らないのに親友なの?」

「おう。俺と少年は……何て言うのかな。名前とかが些細な問題になるぐらいの深い間柄だから」


 そう言うと、少年が少女と共にトコトコと歩いて来た。


「そのような事実は一切御座いません」

「御座います」

「御座いません」

「御座います」

「御座いません」

「御座いませんって言ってるだろ!」

「御座いますって言って……ああ! また騙された!?」


 わっかいのう! 青いのう! フハハハハハハハハハハ!!


「ぐ、ぐぬぬ……」

「つーか少年! ワレ、女おったんかい! 水臭いのう!!」


 銀髪の少女を見てニヤニヤと笑う。

 さっき手ぇ繋いでたし、これもう……カーッ! ませとるのう! カーッ!!


「ち、違うし! そんなんじゃないし!!」

「照れるな照れるな。んもう、今度ダブルデートでもする?」

「だから! って言うかさ」

「あん?」

「その……盗み聞きするつもりはなかったし事情は分からないんだけど……」


 何故か少年が形容し難い表情をする。


「……兄ちゃんたち、不健全過ぎる」

「まー、少年にはまだ分からないだろうな。大人の恋愛ってやつよ」

「いや、その理屈はおかしい」

「いや、おかしくないね……ん?」


 トコトコと、これまで直立不動だった少女がこちらに歩いて来た。


「あ、あの」

「ん、なぁに?」


 女の子の相手は女の子がってことか。

 アンヘルがにこやかに対応をしてくれた。


「その……か、感動しました!

私とカークスくんもお姉さんやお兄さんのような関係になれたらなって思いました!!」


「「いやあ」」


 二人して照れ臭くなる。

 というか、少年……カークスって名前なんだ。

 や、名前が分かっても俺の中で少年は少年だから。これからもずっと少年よ。

 ジジイになって一緒にゲートボールする仲になっても少年呼びだから。


「しねえよ! っていうかアンギルちゃん!?」


 へえ、少年のコレ(小指を立てる)はアンギルって名前なんだ。

 何か、微妙に俺らと被ってんな、この二人。


「とりあえず、あれだな」

「うん。後はお若い二人にってあれだね」

「おう」


 パンはまだ残ってるが、別のとこで食おう。

 お、そうだ。かなり寒いだろうが時計塔に登ってそこで食うのも悪くないかも。


「おい、ちょ、おま……妙な爆弾残して行くなよぉ!? 責任取れぇええええええええええええ!!!!」


 やれやれ、小さな恋の物語にあてられちゃったよ。


「俺らも夜までめいっぱいイチャつこうぜ」

「うん!」









あとがき


第一部完です。よろしければフォローや評価等、よろしくお願い致します。

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