極東への誘い⑦

1.おうちにかえろう


 喰うのならドラゴンの肉が一番良い。

 巨人系の肉は筋張ってて硬い上に味もよろしくない。

 虫系モンスターは臭みが酷い。

 アンデッド系は肉が腐ってたり、そもそも肉がなかったりするので論外。

 まあでも、骨をしゃぶるのは存外悪くなかった。


 ともかく、喰うのならドラゴンの肉だ。

 硬い鱗の向こうにあるそれは、存外柔らかく滋養強壮効果が強い上に味も良い。

 しっかりとした調理を施せば高級レストランでも出せるだけのスペックがある。

 最初は抉り取ると同時に炎気で火を通して口に放り込んでいた。

 でもそれは最初だけ。気が勿体なくなり、直ぐに生で喰うようになった。

 血が良い具合に塩味をプラスしてくれるので存外、美味い。

 目玉や内臓の肉はちょいと癖が強いけれど、後者は補給という面では効率抜群だった。


 渇きを満たすのならモンスターの血液を飲めば良い。

 定期的に振る雨はちょっとした贅沢品だ。

 喉に引っ掛かることなく飲めるし、身体も洗えるからな。

 廃棄大陸に来て良かったのことの一つは、間違いなく水の美味さを知れたことだと思う。


 が、基本的にはモンスターの血液だ。

 ドラゴンの血液は正直、飲むのには向いてない。喉が焼けるように熱くなるし味が濃過ぎる。

 虫系モンスターは肉と同じく臭みが酷い。

 アンデッド系はそもそも血が流れてないので論外。

 上手いのはアルラウネやトレントなどの植物系統のモンスターの血液? 樹液?

 花が咲いてるタイプは特に良い。若干甘くて心が落ち着く。


 寝る時は死体を利用する。

 だが寝るには準備が必要だ。

 寝床にするための死体を作った後、同種のモンスターの体液を浴びて臭いを薄める必要がある。

 その上で自分を捕捉しているモンスターの視界から一瞬、完全に外れて死体の中に潜り込むのだ。

 寝心地は正直、最悪だ。何せモンスターの体内に入るわけだからな。

 臭いし気持ち悪いし……でも、そんな贅沢な感想を抱けるほど余裕はない。


 睡眠時間はマチマチだ。

 長い時は一時間ぐらいは寝れたような気がするし、短い時は数分程度。

 必要なのは目を閉じたら直ぐに眠れるようにすること。

 そして、短い睡眠で体力が回復出来る体を作ることだ。


 ――――そんなことを繰り返していたせいだろう、時間の感覚はとうに無くなった。


 一分、十分、一時間ぐらいならその瞬間から数え始めたら分かるんだけどな。

 でも、廃棄大陸に来てからどれだけの日数が経ったのかはもう分からない。

 分かり難いが昼夜の区別はあるので、それを数えていたら分かったのだろうが……。

 まあ、そんな余裕はない。そんなことにリソースを割くのなら別のことに使うべきだ。

 時間なんて、本当に必要な時はシャルやゾルタンが伝えて来るだろうしな。


 理性と野性の狭間を揺蕩いながら続ける絶え間ない闘争。

 その最中、俺は一つのことを考えていた。


(…………速さが、足りない)


 致命的なまでに速さが足りていない。

 最初は何もかもが足りてなくて、何を埋めるべきかも分かっていなかった。

 だが、戦い続ける中で優先順位が見えて来た。

 今、俺が必要としているのは速さだ。そこを埋めなければならない。


(速さが足りない)


 別に攻撃を回避するために速さを求めているわけではない。

 そう、無駄が多過ぎるのだ。

 全ての攻撃を回避、防御、捌くことはどうしたって出来ない。

 どこかで必ず当たってしまう瞬間がある。


(当たると同時に回復を始めているが……)


 遅い。速さが足りていない。

 ダメージを受ける⇒回復する⇒反撃する――無駄が多過ぎる。

 他にも速さを鈍らせる要因はある。

 傷は塞がっても、痛みは直ぐには消えてくれない。

 無視は出来るが物理的に痛みが身体の動きを若干鈍らせてしまうことは避けられないし、

 重い攻撃を受けた場合などはその衝撃が体に残留し動きを麻痺させることもある。


(身体の動きを最適化するのは当然)


 だが、他にも何かあるはずだ。

 少しでも速さを得るために出来ることがあるはずだ。


(回復と反撃を同時に行う?)


 エナジードレインのような技……編み出そうと思えば編み出せるかもしれない。

 だが、まだ切り詰められるよな?

 動きを鈍らせる痛みや衝撃への対処が残っている。

 痛覚を麻痺させる? 否、それは根本的な解決にはならない。

 痛みだけを感じなくさせるのは、ちょっと難しい。他にも影響が出そうだ。

 それにそもそも、痛覚を麻痺させても衝撃などは残ったままだもの。


(ならばどうする?)


 痛みや衝撃をどうにかする工程も一まとめにしてしまうのはどうだろう?

 いやだが、どうやって? どんな風に?

 思案、却下、思案、却下、思案、却下。

 頭に浮かんでは消えてゆくアイデアの数々。


(体外へ排出……いや、ただ出すだけじゃなく……)


 ふっ、と影が俺を覆った。

 大きな殺意が俺に振り下ろされようとしている。


「……試してみるか」

「■■■■■■■■■■■■■■!!!!」


 雄叫びを挙げながら巨人が拳を振るう。

 俺を押し潰さんとする巨拳を受け止めるように左手を突き出す。


「ッッッ!!!」


 拳と左手が接触した瞬間、接触面から甚大な衝撃が伝わってくる。

 だが良い、これで良い。技を試すにはお誂え向きだ。


(痛みと衝撃を循環……増幅……自らの力もそこに加えて……)


 一つ一つ確かめるように工程を経ていく。

 時間にすれば僅かだが、俺が求めるクオリティから見れば落第ものだ。

 しかし、今回は技を試すのが目的なので問題はない。


「――――排出」


 身体を捻りその勢いのまま右拳を巨人の拳に叩き込む。

 瞬間、拳を基点に衝撃が巨人の全身を駆け巡り爆発四散。

 その際、散華した巨人の生命力を可能な限り回収し傷を癒す。


「よし、いけそうだな……ん?」


 周囲に居たモンスターが皆、切り刻まれ屍と化す――シャルだ。

 生まれた空白が直ぐに埋まらないところを見るに、ゾルタンも何かしたらしい。

 突然、出来上がった安全地帯に俺は困惑していた。


「いやあ、君はホント器用な男だねえ」

「そりゃどうも。それより、何のつもりだ?」


 不意討って仕掛けて来るならまだしも、ただのお喋りに付き合うつもりはないんだがな。


「ハハ、ノリが悪いなあ。しかし何て言うのかな……背水性能?

状況が悪くなれば悪くなるほど冷静になるし鋭さも増していくよね」


「おい」


 お喋りに付き合う暇はない。

 さっき思いついたまだ名前もついていない技の試し打ちをしたいんだよ。

 回数こなして身体に染み込ませ考えずとも出せるようになって、初めて会得したと言えるんだから。


「察しが悪いな。鈍間な木偶どもより、良い練習相手が居るじゃないか」

「! いや、そうだな。その通りだ」

「だろう?」


 そう奴が笑うや、四方八方から斬撃が飛んで来た。

 このレベルなら回避も防御も相殺も可能だが、それでは意味がない。

 受けた攻撃の諸々を先ほどと同じように肉体の中を循環させ増幅。


(さっきは打ち込める距離に居たが)


 シャルは既に距離を取っている。

 ならば、


「憤ッッ!!」


 増幅させた力を右脚に集め思い切り大地を踏み付ける。

 瞬間、シャルの足元が爆ぜた……が、回避された。

 シャルほどの相手に当てようと思えば素直に放つだけでは不可能だろう。

 分かってはいた。遠距離攻撃の手応えを確かめたかっただけなのでショックはあまりない。


「遠方の相手にも対処出来るのか。しかし、これ回避されると回復出来ないよね?」

「ああ、更に言うなら仕留め損なっても回復は出来ない」


 何やこの糞技。

 いや、さっき編み出した技だから改善する余地は糞ほどあるんだけどね。


「雑魚相手の継戦能力を求めるならこれで十分だろうけど、強者相手には向いてないよ。

消耗は避けられないけど循環させる段で活性の気も自前で巡らせた方が良いんじゃない?」


「そう、だな」


 速さを求めるために諸々のアクションを全部一つにしちまえってのが元々のコンセプトだしな。

 継戦能力は多少落ちるが……いや、相手によって使い分ければ良いのか。


「それと殺傷性を高めるなら攻撃に練り込む気の属性を増やしてみたらどうだい?

今は威力を高めるために加算する自前の気を無色のまま練り込んでるみたいだしさ」


 言いたいことは分かる。

 だけど、


「結構複雑で余裕がないんだよ」


 ダメージに付随する諸々を循環・増幅させるだけでも、かなりの高等技術だ。

 自前の攻撃力を乗せるにしても精々が無変換の気をそのまま突っ込むぐらいしか出来そうにない。


「だがまあ……試してみるか」


 腹部に打撃――多分、爪先蹴りが叩き込まれた。

 今度はカウンターを口から光弾にし、小分けにして放つ。

 放たれた都合六発の光弾に乗った気は全て属性を変えてある。


 ああ、口から出すのはネタでやってるわけじゃないぞ。

 どこからでも返せるようにしているのだ。

 一箇所からしか放てないようじゃ技としては糞も糞だからな。


「へえ、分割も出来るのか。さっきも言ったけどホント器用だな」

「小分けにして変換のための時間を稼いだんだが……コンセプトからは外れてるな」


 やっぱり複数の属性を織り交ぜるのは却――――


「慣れろ。今よりも更に巧くなれば出来るだろう? だったらやりなよ」

「…………簡単に言ってくれる」

「これぐらい簡単にこなせないで”神”を殺せるのかい?」

「それは……いや、その通りだ」


 どうやら効率を重視するあまり大事なことを見落としていたようだ。

 ああうん、今更ながらに痛感したよ。修行なんて独りでやるもんじゃねえな。

 異なる視点はどうしたって必要だわ。


「悪いが、付き合ってくれるか?」

「愚問だね。私が何のために此処に居るのか忘れたのかい? トコトンまで付き合ってあげるよ」

「……世話かける」

「いいよ」


 以降は言葉もなかった。

 言葉もなく攻防を繰り返した。

 一、十、百、千と回数を重ねる度に技が洗練されていくのが分かった。

 何度も何度も同じ作業を繰り返すのは別に苦でも何でもない。


(……思い出すな)


 同じ技を一心不乱に放ち続けていると、前世を思い出す。

 組織の射撃場で昼夜を問わず寝食すらも無視して引き金を引き続けた日々を。

 目が霞んでも、音が聞こえなくなっても、爪が剥がれ指の骨が折れてもずっとずっと引き金を引き続けた。

 小便も垂れ流しで意識を失うまでずっとだ。

 目が覚めてからも同じ繰り返しで……今思うと、管理の人にはすげえ迷惑をかけたな。

 でも、弱さを補うためには技術が必要だったのだ。


(あの経験が、俺に第八の性癖アナザーワンを芽生えさせたんだよな)


 思うに、ある種の防衛機構が働いたんだと思う。

 心が少しでも精神的な負担を減らすため苦行を快楽に変換したんじゃねえかな。


(凄いね、人体)


 我ながらアホなことを考えていると思う。

 だがそれは、余裕の表れでもある。

 数をこなせばこなすほど、技が心身に染み込んでいくから余裕が生まれてくるのだ。


 そして攻防の数が万の終わりに近付く頃、


「――――御見事」


 シャルの右肩から左脇腹までに裂傷が走る。

 びゅーびゅーと鮮血が噴き出しているが致命打ではない。

 というか、まともに受けてたらマジでくたばる五秒前ぐらいにはなってるだろうしな。

 恐らくは俺のカウンターを幾らか相殺したのだろう。

 今出来た傷は相殺し切れなかった分と見た。


「私が君に惚れていたのならこの傷は大事なメモリーとして残していただろうねえ」

「悪い、お前じゃ勃たねえや」

「安心したまえ、私も君じゃ濡れないから」


 俺たちはずっ友ってことだな。


「ま、それはさておき採点だが……うん、及第点はあげても良いかな?」

「辛口だな……だが、その方がありがたい」


 技をものに出来たしまた無限沸きするモンスターとじゃれ合う仕事に戻ろう。

 そう思いシャルに背を向けるが、


「まあ待ちたまえよ」

「あん? まだ何かあるのかよ?」

「ああ、修行は終わりだ」

「は? いやいや、まだ……」


 するとシャルは呆れたように溜め息を吐いた。


「常時、臨戦態勢だから気付かなかったんだろうけど昨日で十二月だよ」


 !

 もう、一ヵ月半も経ってたのかよ。


「あちらからの言伝で、そろそろ準備も終わりそうだって言ってるしね。

葦原に行くのが中旬、下旬ぐらいだとしても蓄積した疲労は抜いておくべきだよ」


 悔しいが……シャルの言う通りだ。

 下手に長引かせて葦原国内の情勢が落ち着いてしまったら困るからな。

 群雄割拠だからこそ俺たちが付け入る隙があるのだ。


(それに、封印の問題もあるしな)


 実際のところは不明だが、屑一族が庵の身柄を求めた以上、封印はそこそこヤバイのだと思う。

 まあでもガキを産ませようとしてたってことは最低でも一年は猶予があるのだろう。

 だが決して楽観視は出来ない。

 だから俺は年内に出発すると目途を立てたのだ。

 自分で言っておいて、それを反故にするわけにはいかんからな。


「ちなみに、ゾルタンに任せっきりだったが金の方は?」


「帝国だけじゃなく他所の国のギルドやブラックマーケットで売り捌いたそうだからね。

かなりの額になってるんじゃないかな? 

ああでも、全部を黄金に変えるのには少し時間がかかるみたいだ」


 そうか、いや十分だ。

 具体的に幾らになったのかは知らんが……素材が素材だからな。

 俺が最初独りで稼ごうとしてた額の何倍もあるだろうよ。


「んじゃあ……帰るか……ああ、気が抜けたら一気に疲れが押し寄せて来たわ」

「そりゃあ、無茶な強行軍を貫いたからね。相応のツケは払わなきゃ」

「一週間か二週間では到底、疲れが取れんぞこれ……」


 今すげえぞ俺。膝がめっちゃ踊ってるもん。

 サタデーナイトフィーバーだもん。トラボルタだもん。


「かもね。だが、廃棄大陸に来る以前の君とは比べ物にならないほど強くなったよ」

「ハッ……シャルロット・カスタードにそう言ってもらえると多少は自信がつく……ぜ……」

「おっと」


 崩れ落ちかけた俺をシャルが抱きとめてくれた。

 今こう、かなり乙女な体勢になってんぞ俺。


「大丈夫かい?」

「ちょっと……無理かも……」

「そうか、なら私が運ぼう」

「すまん……」

「何、今日まで頑張ったんだしこれぐらいは良いさ」


 運んでくれるのはありがたい。

 ありがたいんだけど……お姫様抱っこは正直、かなりキツイっす。


「おっと、つい癖で。いやはや、久しぶりに流浪の騎士を意識すると……どうにもね」


 カラカラと笑っているところを見るにこのまま運ばれるらしい。

 いやまあ、運んでもらってる立場で偉そうなことも言えんけどさ。


「ただいま、早速帝都に戻りたいんだけど……」

「待て待て待て。落ち着きなよシャルロット」


 ゾルタンと合流したのだが、何で奴はしかめっ面で俺を見てるんだろう?


「……時折、様子は見てたけど……酷い有様だな……」

「努力の痕さ。私は美しいと思うよ」

「いや、僕も同意見だが忘れてないかい? 彼の家は飲食店だよ」

「「あ」」


 俺とシャルの声が重なる。

 そう、そうだよ。

 屋根裏部屋とはいえ直に転移で飛ぶならともかく、

 伯父さんらに挨拶もしなきゃいけないから店舗に顔出さなきゃいけないじゃん。


「……とりあえず魔法で隅々まで清めるから服を脱いでくれるかい?」

「悪い、手間かける」


 シャルに下ろして貰い服を脱……いや、もう破った方が早いな。

 もう襤褸切れみてえなもんだし、これはここに捨ててこう。


「あー……全裸で浴びる風がちょーきもちいー……」

「真冬なんだがね……おっほ、イイ身体」


 殺すぞ。


「大丈夫、僕は一途な男だから。これはあれだ、君がエロ本読むのと同じようなものさ」


 殺すぞ。


「こ、怖いなあ……ああ、その中に入ってくれるかい?」


 眼前に人が数人は入れそうな水……いや、これ湯か。湯の球体が出現する。

 俺は言われるがまま中に入り……驚く。

 全身が水に包まれているというのに、息が出来るのだ。


「石鹸やら何やら放り込んで……ちょっと中が荒れるから大人しくしててね」


 ああ、洗濯機みたいな感じなのね。

 ちょいと雑に思えるが、贅沢は言えん。


「! お、おぉ……これは……あぁぁ……やばい、すげえ気持ち良い……」

「水流でマッサージもしてるからねえ。そりゃ気持ち良いだろう」


 これはそういうことだったのか。

 以前、アンヘルに清めの魔法を見せてもらったことがある。

 だがその時は指パッチン一つで秒とかからず汚れが落ちた。

 ゾルタンにも同じことは出来るのだろうが今回は敢えてそれをしなかった。

 汚れが落ちていく、清められていく、疲れが抜けていく。

 そんな気分を感じさせ精神的な癒しも得てもらおうという粋な計らいなのだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 生き返る、すげえ生き返る。

 どういう仕組みなのか、水の中に居るのに何か良い匂いまでするし。

 何だこれ、花弁か? 男なのに決め細やかな心配りしやがって……ありがとう!


「ふむ、まだ時間がかかりそうだし私は少し寝てようかな」


 シャルがポツリと呟く。

 是非そうしてくれと答える。

 コイツも俺に抜き打ちチェックかますためロクに休息も取れてないだろうしな。


「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えて」


 軽く笑ってシャルは立ったまま寝息を立て始めた。


「にしても……ああ……っべえ……これ、やっべえわ……魔法やべえ……」


「ふふふ、嬉しいことを言ってくれるね。

若い子は、どうにもこういう魔法を見下しがちだから余計に嬉しいよ」


 まあ、便利は便利だけど地味だしな。

 それに魔法に頼らんでもちょっと手間をかければ誰でも出来るもん。

 やっぱ魔道士になりたいって奴はド派手な攻撃魔法に憧れるだろうぜ。

 俺がそう言うとゾルタンは苦笑を浮かべ諭すように語り始める。


「確かに君の言う通り僕が今やってることも手間をかければ誰にでも出来ることだ。

でも、そういう些細な手間や不便が魔道士にとっては良い教材になるんだ」


 教材?

 イマイチ何を言っているか分からず首を傾げる。


「魔法とは学問だ。足し算や引き算も満足に理解出来ていない者が高度な数式を解けるかい?」

「そりゃ無理だ――ああ、そういうことか」


 些細な手間や不便を魔法で楽なものに変えてしまう。

 それが魔道士にとっての足し算や引き算などの基礎にあたるわけか。


「小さなことから置き換え始めて徐々に出来ることの規模を大きくしていく。

そうすることで魔法というものへと理解を深めていくんだが……」


 そこでゾルタンは肩を落とした。


「魔道士という存在の黎明期ならともかく、もう何千年と経ってるからね」

「ああ、一々試行錯誤して術式を組まずとも先人の遺産があるわけか」


 特に帝国は魔法大国だからな。

 図書館に行けば魔法の術式なんざ幾らでも調べられるだろう。


「その通り。高度な魔法であっても使うだけなら難しくはないんだ。

術式が分かってて発動のための魔力が用意出来るなら馬鹿にでも発動出来てしまう。

だがまあ、その手の魔道士はぶっちゃけカスみたいなものさ。

世間で名が売れてる魔道士の中にも居るんだよね。

大魔道なんて持て囃されてるが僕に言わせれば安いハリボテでしかない」


 ……辛辣だな。

 いや、これが帝国の誇り高き魔道士の正しい姿なのか。


「魔道士としての基礎がしっかり出来てる魔道士と安いハリボテ。

例え魔力の量で前者が劣っていても、同じ攻撃魔法を使わせてみれば力量は一目同然。

ぶつけ合えば魔力量によっぽどの差がない限りは確実に前者が勝つだろう。

基礎がしっかりしてるなら魔力の量で劣ってはいても術式に工夫を加えられるだろうしね。

仮にぶつけ合いで勝てなくても燃費という意味では前者の圧勝さ」


 熱く語るねえ。


「っと、話がずれたね。話を戻そうか。

偉大な先人の積み重ねに甘えて僕が言ったような教材を無視する輩が多いんだよ。

ぶっちゃけ、以前学院で教鞭を執った時は古臭いと笑われたものさ。

まあ、真剣に聞いてくれた子も居たけどね。言うまでもないがその子らは一廉の魔道士に成長したよ」


 フフン、とドヤるゾルタン。

 だがそのドヤ顔は自分よりも生徒を誇っているドヤ顔だ。

 根っからの教師気質なんだろうなあ。


「ふぅん……しかし、これで合点がいったよ。

アンヘルとアーデルハイドが所帯染みた魔法をやたら会得してんのはアンタの教えだったのか」


 シャツについたソースの染みを綺麗に取る魔法。

 洗濯物をふわっふわに仕上げる魔法。

 こびりついた水垢が綺麗に落ちる魔法。

 お肉をジューシーに焼き上げる魔法。

 何で貴族のお嬢様がこんな魔法を使えるんだよと思ってたが納得したわ。


「フフン、あの子らは天賦の才を持っていながら基礎を疎かにしない子たちだったからね。

教材になりそうな身近なものは大概、試しているのさ。

今も時折、簡単な日常魔法を編み出しているようだし……師としては本当に嬉しいよ」


 アンヘルがああなったのが七歳だろ?

 三歳から魔法を習い始めたとして四年。

 四年で今に繋がるだけの実力を兼ね備えるってホント、すげえな。

 当人の才覚もあったんだろうがゾルタンの教えも間違いなく大きな理由だと思う。


「ああそうそう、二人は転移魔法を多用するだろう?

あれも僕の教えさ。もっとも、あれは基礎じゃなくて応用編のようなものだが」


 横着したいからじゃなかったのか……いや違う。


「横着に堕するまでの過程か」


「君は本当に察しが良いねえ。その通りさ。

転移魔法は繊細且つ複雑な術式の高難度の魔法だ。

僅かでもミスすると、とんでもない事故を引き起こしてしまう」


 その転移魔法を呼吸をするように扱えるようになるまでが修行なのだとゾルタンは笑う。


「他にも難しい魔法はあるんだけど日常的に使用するものといったら転移が一番なんだ。

最初はお手本通りの転移を。意識せずともそれが出来るようになれば自身で応用を。

魔力の消費を少なくしたり、より多くの人間や物を運べるようにしたりと改良を加える。

カールくんの目には二人の転移も僕の転移も同じにしか見えないだろう?」


 うん、まあ、同じにしか思えないわな。

 だってパッと見や体感は何ら変化ないもの。

 だが話を聞く限りだとそれぞれ、術式に自分なりの改良を施してあるのだろう。

 魔法ってのは奥が深い。

 そう素直な感想を告げるとゾルタンは嬉しそうに目を輝かせた。


「だろう? うーん、惜しいなあ」

「何がよ?」

「君が魔道士として最低限の物的資質を備えていたのなら生徒にしてたのに、ってさ」

「おいおい、持ち上げてくれるじゃねえの」


 もし俺が魔道士になるならエロ魔法の探求しかしねえと思うぞ。


「何を求めるかは魔道士によって違うものさ。僕が評価してるのは内面だよ。

君は性格や振る舞いは派手で大胆なのに地味な作業にも嫌な顔一つせず取り組める。

シャルとの最後の手合わせなんかが良い例だ。

技を物にするため何千何万も同じ技を繰り返し身体に馴染ませてだろう?

問題があったら改良なんかも加えたり――そういう部分はかなり評価が高いよ」


 ああ、そういう意味ね。

 でも、


「教えを受けるならホモよりエッチな女教師の方が良いです」

「うーん、この」

「それはさておき、転移魔法で気になったことがあるんだけど」

「お、何だい? 何でも聞いてくれたまえよ」


 嬉しそうな顔しやがって。

 コイツ、魔法関連のことになると早口になるよな。


「テレポ屋ってあるじゃん? 転移魔法で人を運ぶ系の」

「ああうん、あるねえ。それがどうかしたのかい?」

「何でアイツら、行き先を増やさねえの?」


 直接利用したことはないが冷やかしに行ったり、話を聞いてて思ったのだ。

 何でアイツら、数箇所の決まった行き先しかリストに載せてねえのかなって。

 行き先を増やせば、もっと儲かるのに何でそれをしないのか。

 大体、どこの店も多くて五種類ぐらいしか行き先ないんだぞ。

 しかも大概は帝都が入ってるので実質四つだ。


「そりゃ、行き先を増やすのもタダじゃないからねえ。旅費がかかるじゃないか」

「? いや、魔法で目を飛ばせば良いんじゃねえの?」


 アンヘルやアーデルハイドは初見の場所でも、

 魔法で作った目を高速で先行させ現地を視認し転移で飛んでいる。

 使うのは魔力だけなんだから旅費なんぞ要らんだろ。


「ああ、そういうことか。僕らの転移魔法とテレポ屋が使ってるのは別物なんだ」

「そうなのか?」


「始まりは同じだけど彼らはスタート地点に留まったまま。僕らは独自に改良を加えてあるんだ。

本来の転移魔法は”自分が訪れた”場所にしか行けないんだよ。

それじゃ不便だからって僕らは目で認識した場所でも飛べるようにしたのさ」


 自分が訪れた、ってのは俺も聞いたことはある。

 だがアンヘルらがそれを無視……というより緩い条件で満たしていたからな。

 転移魔法が使えるレベルの魔道士なら同じことが出来ると思ってたわ。


「他にも転移先の登録だね。

普通の転移魔法は術式に自らが訪れた場所の座標を登録して使うんだ。

デフォルトの状態では三つ。増やせはするけど術式の改変が必要になるんだ。

しょっぱい魔道士どもじゃ五つぐらいが限界かな?」


 存外、制限が多いんだな。

 しかし、アンヘルらは五つどころじゃないような……。


「僕らはそもそも登録してないもの。脳内にある”イメージ”で飛ぶような術式に改変してるんだ」

「……すげえな。しかし、そういうのは公表しないのか?」


「しても良いけど……テレポ屋やってるような魔道士にはどう足掻いても使えないよ。

これは重厚な基礎ありきの応用だからね。

ただ術式をなぞることしか出来ない魔道士が使おうとすれば大惨事になる。

法律で禁止されるまでにどれだけの犠牲者が出るか……ちょっと考えたくない」


 青い顔をするゾルタンだけど……待って。

 君らそんな危ない魔法をポンポン使ってたの?

 君らそんな危ない魔法で俺を他所に運んでたの?


「ハッハッハ、心配は要らないよ。

僕らならそもそも失敗しないという自信もあるが……セーフティも講じてある。

失敗しそうなら転移が発動しなかったり、元の場所に自動で戻されたりと言った感じでね。

第一、あの二人が危険性の高い魔法をポンポン君に使うとでも?」


 すげえ説得力だわ。


「よし、こんなもんで良いかな? 乾かすから少し待ってくれ」


 水の球が消える同時に今度は風のドームが出現する。

 心地良い温風が肌についた水滴を弾き飛ばし身体を乾かしていく。

 どうしよう、これすっごい気持ち良い……。


「はいこれ着替え」

「すまんな」


 ふわふわと漂って来た着替えを受け取る。

 外は寒いだろうという配慮か風のドームは未だ消えてない。

 ただ、着替え易いようにと柔らかな風量になっている。


「……――――よし」


 さらっさらの服を身に纏い外に出る。

 冬の冷気が肌を刺すが、これはこれで嫌いじゃない。


(にしても……ホントに冬になってたんだなあ)


 集中し過ぎて寒さなんざ感じてなかったわ。

 ハードな運動をしてる時間が長かったというのも原因の一つか。


「シャル、帰るから起きなよ」

「ん……ああ、了解」

「それじゃあ、行こうか」


 転移魔法が発動し景色が切り替わる。

 瞳に映るのが荒涼とした大地からバーレスクの店舗に変わった時、少しこみ上げるものがあった。

 俺はごしごしと目を擦り、ゆっくりと扉に手を伸ばす。


「――――ただいま!!」

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