極東への誘い⑥

1.時計の針は戻らない


「ちょっと前にさー、スカート短くしてノーパンノーブラでお兄ちゃんを持て成したんだよね」

「何やってるんですあなたは」

「穴が開くほどの視線ってよく言うけどさ、その意味をこれでもかと実感したわ」


 バーレスクの店先で日向ぼっこをしている庵とクリス。

 その二人をほんの少し離れた場所から見守る影があった。


「……カール……アイツ、ガチで爛れた生活送ってやがんな……」


 明美である。

 バーレスクの近くにある廃屋の二階から気配を消し、

 様子を窺う彼女の顔には僅かな呆れが滲んでいた。


「十三歳だぞ十三歳。しかも……また皇族って……アイツ、皇族キラーか何かなのかよ」


 はぁ、と溜め息を一つ。


「にしても……」


 明美の視線が庵に注がれる。


「見れば見るほど……」


 庵はそっくりなのだ。

 彼女にとっての母、明美にとっての姉である櫛灘真宵と。

 親子だから当然と言えば当然だが、明美にとってはそう簡単に呑み込めるようなものではなかった。


「…………ったく、自分の馬鹿さ加減にゃ呆れて物も言えねえ」


 物心つく頃には父や母、恐らくは守人の一族から派遣されたであろう使用人から冷遇されていた。

 出来損ない、出来損ないと呪いのように罵られ続けた。

 そんな中、唯一自分を庇ってくれたのが姉である真宵だった。

 優しい姉の存在が幼い明美にとっての唯一の陽だまり。

 誰に嫌われようとも姉が居てくれるのなら……そう、思っていた。


 ――――が、ある時期を境に真宵もまた周囲の人間と同じように明美に冷たく当たり始めた。


「不自然過ぎるだろうが」


 そう悪態を吐く明美だが、気付けという方が難しいだろう。

 全てを知った今なら、態度が変わる前後で櫛灘家の事情を聞かされたのだと分かる。

 そしてそれが妹を想うがゆえの態度だとも。

 だが当時の明美は純真無垢な子供。

 唯一の味方に裏切られて傷心中の小娘に何かを察しろという方が無茶だ。


「何で、何であたしは……ッ」


 分かっている、分かっているのだ。

 今感じている後悔には何の意味もないことぐらい分かっている。

 仮にあの頃の自分が真実を知ったとして……何が出来るというのだ。

 知恵も力もない卑屈な小娘に出来ることなぞ何一つありはしない。

 むしろ駄々を捏ねて姉や父母の足を引っ張るだけだろう。


 分かっている、分かっているのだ。

 分かっていても尚、後悔が胸を苛む。

 分かっていても尚、甘い幻想もしもを夢見てしまう。


「姉さん……」


 数年前、旧知の葦原人から姉の死を知らされた。

 同時に、庵の存在も。

 だが、何もしなかった。だけど、何も思わなかったわけではない。

 思うことはあった、だが目を逸らしてしまった。

 未だに根付く姉への情から目を逸らしてしまったのだ。


 もう終わったこと。

 仇を討つ義理もなければ姪を保護する理由もない。

 もう自分には関係のないこと。


 ――――そう目を逸らしてしまったことが、どうしようもなく悔やまれる。


 庵を見るなら結果としてはこれが一番だったのだろう。

 愛する人を見つけられて、あの子はとても幸せそうだから。

 だが、それと自分が何もしなかったことは関係ない。

 庵が笑顔を取り戻し陽だまりへと戻れたのはカールのお陰なのだから。


「今更、遅いかもしれねえけどさ」


 今、庵の幸せに悪意の手が伸びようとしている。

 ならば、自分が成すべきことは何だ?

 全てを知った自分がやりたいことは何だ?

 あの子の幸せを護ってあげることだろう。


「護るから。あたしが、あの子の笑顔を」


 そして総ての因縁を清算してみせる。

 櫛灘の一族を縛る宿業を断ち切ってみせる。

 他ならぬ庵が愛した男と共に。

 カールとならばどんな困難なことであろうとも不思議と乗り越えられる気がするのだ。


「だから、見ててくれよ」


 そう姉に誓いを立て、明美は目を閉じた。


「ん?」


 が、しんみりとした気分も長くは続かなかった。

 待機所としている廃屋にフッ、と幽霊のように突然気配が現れたのだ。


「……何しに来やがった」

「頑張っとる明美はんに差し入れでもと思いまして」


 幽羅が貼り付けたような笑顔と共に姿を見せる。

 その手にはパン屋の紙袋と数本の牛乳瓶が握られていた。


「だったらそれを置いてとっとと失せな」

「あらまあ、つれへん態度」


 よよよ、と泣き真似をする幽羅に舌打ちを一つ。


「……言っとくが、あたしはお前と仲良しこよしをするつもりはねえぞ」


 目的のために必要だから矛を収めただけで、そもそも幽羅は敵なのだ。

 どんな事情があれ無辜の人間を生贄に捧げていたことを許すつもりは毛頭なかった。


「そないな寂しいこと言わんといてくださいな。”掃き溜め”の仲間やん」


 掃き溜め、というのはカールが名付けたチーム名だ。

 曰く、俺と庵以外、ダークサイドの住人じゃんとのこと。

 だが明美に言わせればカールもどっこいどっこいだ。

 敵とはいえ表情一つ変えず人を惨殺できる人間をライトサイドとは言えないだろう。


「抜かせ。あくまで利用し合うだけの関係だろうが」


 カールやティーツのように器用に振舞えないことは自覚している。

 だからこそ、幽羅の相手は二人に任せているのに……。


(何で向こうから近付いて来るんだよ……クソが)


 悪態を吐きながら手渡された紙袋からパンを取り出し齧り付く。

 幽羅はニコニコとその光景を見つめている。

 どうやら、直ぐにこの場を離れるつもりはないらしい。


「…………オイ」

「はい、何でっしゃろ?」

「お前、何を考えてんだ?」

「何を、とは?」

「少し前まで世界を巻き込もうとしてた女が何だってカールの提案に乗った?」


 離れるつもりがないなら仕方ない。

 チームが結成された時から気になっていたことを問う。


「あたしやティーツ、庵からすりゃカールの計画は諸手を挙げて賛同出来るもんだ。

だが何もかもが丸く収まる可能性はあっても勝率という面で言うなら、

お前が以前考えていた計画の方が上だろう……なのに何故、乗った? 何を企んでやがる?」


 真正面から疑問をぶつけると幽羅はキョトンとした顔をした。

 そして、直ぐにぷっと噴き出した。


「ンフフフ、意味の分からんことを言いますなあ。わざわざ説明する必要あります?」

「テメェ……!」

「ああ、説明する義理はないってことやないですよ? 言わずとも分かるやろって意味ですわ」


 どういうことだと視線で続きを促す。


「だーかーらー、勝率が高いからですよって」

「は?」


 理由になってない。いや、理由が成立していない。

 群雄割拠する葦原をカール主導で統一し、

 葦原が一丸となった八俣遠呂智討伐に乗り出すというのがカールの大まかな方針だ。

 言ってしまえば、これは幽羅が考えていた計画をスケールダウンさせたもの。

 世界全体の問題にするから葦原全体の問題とするに矮小化しているのに何故、こちらの勝率が高くなるのか。


「まあ、表面だけを見るなら明美はんの言いたいことも分かりますわ。

せやけど、コレはカールはんがそうと定めた己が一番納得の出来る道。

なあ、それを邪魔しようとしたら……どうなります?」


 幽羅は皮肉げに笑う。


「その瞬間、うちは間違いなく敵認定されるやろねえ。

カールはんはまず間違いなく計画を始動する前に不確定要素たるうちを潰すはずや。

うちとカールはん、どっちが勝つにせよどっちかは必ず死ぬ。互いに損するだけや」


 カールという集団の中核にして可能性を失うか、自分という使える駒を失うか。

 その二者択一に益などありはしないと幽羅は言う。


「まあ、それ以前の問題としてや。明美はんの懸念は意味のないものですよって」

「あん?」


「うちの計画を実行するのに、カールはんのそれを潰す必要はあらしません。

だって、カールはんが負けて殺されたら自動的にうちの計画にシフトしますもん」


 あ、と明美が間抜けな声を漏らす。

 そうだ、言われてみればその通りだ。


「だってそうやろ? 八俣遠呂智をこっちに引き摺りだして戦うわけやからね。

唯一傷を負わせられるカールはんがやられたら敗走待ったなし。

事情を知るもんが庵はんを生贄にしようとするかもしれへんけど……まあ、無駄やね。

何せ一度完全に封印を外すわけやからなあ。時間が足りなさ過ぎる」


 思い出して欲しい。

 田村麻呂は将軍就任と同時に封印計画を推し進めていたのだ。

 しかし、将軍就任から二十年で遂に暴走してしまう。

 そう、封印の準備には二十年以上の歳月が必要なのだ。

 ある程度は再利用出来るとしても、その場での再封印は確実に不可能だ。

 庵が十人居て、十人全員を生贄に捧げても八俣遠呂智を鎮めることは出来まい。


「さあ、自由になった八俣遠呂智はどうする?

葦原で破壊の限りを尽くし一週間もせんと葦原の歴史は終わるやろ。

そしたら次は大陸や。うちが何もせんでも世界全体の問題になる」


 ちょっと頭使えば分かりません?

 そう煽ってくる幽羅に明美は何も言えなかった。


「やれやれ……戦いはともかく、他はホンマ駄目やねえ」

「う、ううううるせえ! そ、それよりだ! あたしがお前を信じられない理由は他にもある!!」


 自身の失態を誤魔化すように叫ぶ明美。

 彼女は気付いているのだろうか? 自分が隠密護衛任務の真っ最中であると。


「あたしや庵、カールは戦う理由が明白だ。だが、お前は何故だ?

何のために八俣遠呂智を倒そうとしてる? お前だけが理由を明かしてねえ」


 カールは気にしていないようだが明美は違った。

 戦う理由を明かさない幽羅への不信感はどうしても拭えないのだ。


「そっちの戦う理由が明白……ねえ。それは誰のお陰なんだか」

「う゛」

「ま、ええですわ。うちの戦う理由でしたっけ? 色々ですわ、色々」


 やはり自分の腹を見せるつもりはないらしい。

 そのことに歯噛みしつつも、


『お前が一番問題起こしそうだから言っておくけどな。

あんま幽羅に突っかかるなよ。

あっちは大人だから平気だろうが万が一拗れたら面倒なことになるんだよ』


 カールの言葉を思い出しそれ以上の追及は出来なかった。


「まあでも、あんまりからかうのもアレやし少しだけ」

「!」


「うちは八俣遠呂智を完全に滅せるんならそこで死んでもええと思うてます。

八俣遠呂智を殺せるんなら未来を捨てても後悔はあらしません。

欲しいのはただ一つ。奴の命。奴がこの世から完全に消滅することだけが……うちの望みや」


 どこか遠くを見るような瞳で幽羅はそう言い切った。


「…………そうかよ」

「ええ」


 しばし、沈黙が流れる。

 気まずさを誤魔化すように明美は庵らに視線をやり、絶句する。


「……ねえ庵、あの人護衛なんだよね? 大丈夫? ホントに大丈夫?」

「まあ、兄様曰く俺より強いとのことですし……」


「いやでも殺すのと護るのは違うわよ? というか、あの人……あれ、何だっけ?

義賊的な活動が本業なのよね? 本業は大丈夫? あの体たらくで大丈夫?」


「強いから大概のことは力押しで何とかなるんじゃないですか?」

「あー……うん、やっぱ護衛には向いてないわ」


 悪気のない子供たちの言葉にぷるぷると震える明美。

 この時ばかりは自分の鋭敏な聴覚が憎くて憎くてしょうがなかった。


「明美はん」

「……」

「力づくで何とか出来るなら多少アホでも……」

「殺されてえのか!?」


 そう憤る明美であったが、窓の外を見て表情を変える。

 視線の先には一匹の美しい鷹。

 鷹は大きく翼をはためかせ廃屋の中へとやって来た。


「伝書鳩ならぬ伝書鷹……通信用のアーティファクトでも買うたらどうです?」

「るっせえな。他はともかく帝国内ではこれが良いんだよ」


 アーティファクトは魔法由来の品だ。

 であれば魔道大国である帝国なら通信の傍受が出来ても不思議ではない。

 ゆえに明美や明美の属する組織の人間は帝国内においては鳥を使うのだ。


「考え過ぎやと思いますけどね」

「気にし過ぎるぐらいの慎重さがねえと、この稼業はやってけねえんだよ」


 などと供述する明美だが、彼女は先ほどのことをすっかり忘れてしまったらしい。


「…………順調らしいな」

「ああ、カールはんが言ってはった」

「おう。流石に大商人。人脈が広いぜ」

「アダムはんが褒められると、何やうちも嬉しいわあ」


 どの口で言ってんだテメェ……と思うが口には出さない。


(にしても、アダムには言えんよなあ)


 組織の後援者の一人となったアダム。

 彼にもジャーシンに居た蛇の大元を殺すために葦原へ赴くと告げたが、

 一緒に行く面子の中に幽羅が入っていることまでは言ってない。

 事情を説明すればそれを酌んでくれるだろうが……万が一ということもある。

 厄介事を招いてスケジュールに遅れが出ればカールに申し訳が立たない。


(……全部が終わった後、決着をつければ良いだけの話だ)


 それまでは見逃してやろう。

 そう己に言い聞かせ手元にあるパンの残りを口に放り込む。




2.夜半の思い出話


「…………ええ月じゃなあ」


 夜、ティーツは昼間明美が使っていた廃屋の二階窓から月を眺めていた。

 一見すればのんびりしているように思えるが、彼の役割は護衛。

 そうとは見えぬが必要最低限度の警戒はしている。


「ううむ、あんまりにもええ月じゃし酒が欲しゅうなるのう」


 口寂しさを感じていると、バーレスクから数人の気配が外に出て来る。

 ちらりと視線をやればラインハルト、庵、そして皇女三姉妹がこちらに向かっていた。


「おう、どうしたんじゃお嬢さん方?」


 窓から身を乗り出し語り掛けると、アンヘルが口を開いた。


「ラインハルトさんがあなたに差し入れを、だって」

「ほうかほうか。そりゃすまんのう。で、おんしらは?」

「いや、折角ですのでカールさんの昔話でも聞かせてもらえないかなと」

「というわけで、入っても良いかな?」

「好きにするとええ」


 そう答えると五人はぞろぞろと廃屋の中へ踏み入って来た。

 途端、肌寒かった室内の空気が過ごし易い温度に変わる。

 魔道士二人が何かしたのだろう。


「……酒と……食べ物を幾らか…………お疲れ様です……」

「好きでやっとることですけえ。こっちこそ、気を遣わせてしもうて」


 ぺこぺこと男二人が頭を下げ合う。

 人斬りなんて仕事をやっているが、ティーツは存外常識人なのだ。


「おお、ええ匂いじゃあ」


 自分の体格を考慮してくれたのか。

 大き目のバスケット二つにはギッシリと食べ物が詰められていた。

 ティーツは早速、目に付いたチーズポテトを口の中に放り込んだ。


「ん! 美味いのう……んで、思い出話じゃったか?」

「うん。カールくんのお父さんからも話は聞いてたけど、親と友達では見えるものも違うでしょ?」

「そういうもんかのう」


 テキトーに腰掛け、話を聞く姿勢に入った五人。

 女四人はともかく、ラインハルトも話を聞くつもりらしい。


(ま、その方がありがたいがな)


 女は苦手、というわけではないが面子が面子だ。

 ラインハルトが居てくれるのは正直、ありがたい。


「ふーむ……しかし、思い出話……思い出話なあ……」


 思い出がないわけではない。

 あり過ぎるから逆にどれから語れば良いのか分からないのだ。


「領主のヅラ一本釣り事件とかどうじゃ?」

「クリス思うんだけど、もうこの時点で話がオチてない? いや、興味はあるけどさ」

「ほいだら、説明したるわ」


 あれはまだ悪徳商人オズワルドがヘルムントで幅を利かせていた頃の話。

 自分たちの年齢は大体、十歳かそこらだったか。


「わしらの郷里の領主はなあ、とかく仕事をせんことに定評があるクソッタレなんじゃ」

「…………そうだったか?」


「そういや、ラインハルトさんも地元おんなしじゃったか。

じゃが、そちらさんが知っとるのは先代領主じゃろ? わしが言うとるんはその息子。

先代は良くも悪くもない普通の領主じゃったらしいが、今の領主は文句なしに糞じゃあ」


 ギラリと、アンヘルとアーデルハイドの瞳が妖しい輝きを宿した。

 そう言えばコイツら皇女だったわと思い出す。

 ひょっとしたら近い内に領主の首が飛ぶかもしれないが……。


(ま、関係ないか)


 現領主は積極的に民草を虐げることはなかったから見逃したが、それだけだ。

 罷免されるぐらいは当然の報いである。


「領主はわしが地元を出る行きがけの駄賃に斬った悪徳商人とつるんどってのう。

金を貰って商人の悪事を見逃しとったんじゃわ。当然、街の住人の評判は良くない。

かと言って表立って逆らうような真似も出来んじゃろ? 不満が蓄積してくばかりじゃ」


 とはいえ、領主らの安全は薄氷の上にあったとティーツは考えている。

 仮にカールの知己が害されていれば、まず間違いなく彼はキレていたはずだ。

 カールがキレていたのなら……さて、どれだけ惨い死体が量産されていたか。

 領主、オズワルド、どちらも一族郎党皆殺しにされていたのは間違いない。


「じゃけえ、ちょっと痛い目を見せちゃろう言う話になったんじゃ」

「それで領主のカツラを……」

「うむ。祭りを楽しむために街を練り歩いとった領主のヅラをカールが一本釣りしたんじゃ」


 公衆の面前で頭頂部の”嘘”を白日の下に晒された領主は、それはもう見ものだった。


「…………あの、兄様がやったとバレなかったんですか?」

「わしら含めて疑いはかかっとったじゃろうな。じゃが、証拠がない」

「……証拠がなくても、領主なら無理矢理引っ張ることも出来ると思うが…………」

「オズワルド――件の悪徳商人が止めたんじゃろ」


 全員がはてなと首を傾げる。

 何故、悪徳商人がカールを庇い立てるのかと。


「わしらが五歳か六歳ぐらいの頃じゃったかのう。カールはちょいと事件を起こしてな。

被害に……いや、報いを受けたんは同じ庶民じゃったが、その話はかなり広まった。

オズワルドはそれでカールのヤバさを肌で感じ取ったんじゃろ」


 そういう意味で商人としての才覚――人を見る目はあったのだろう。


「仮にカールがしょっぴかれとったら……どうなったと思う?」

「もうこの際だからと領主と悪徳商人、そしてその一族郎党の皆殺しぐらいは企んだんじゃないかな」

「つまりはそういうことじゃ」


 年齢的には子供。子供に何が出来ると思うのが普通だ。

 しかし、その普通を信じ切れない程度にカールは底知れない闇を秘めていた。

 オズワルドは万が一を嫌い金で領主を宥めたのだ。


「その一件で味を占めたわしらは、翌年ランジェリー感謝祭を開いた」

「今度はまるで想像がつかないんですけど」

「いや何、領主の嫁さんや娘、ババアの下着を根こそぎ盗み取って祭りの最中にばら撒いたのよ」


 そういう血筋なのか。

 妻も娘も祖母も……これまた、趣味の悪い下着ばかり。

 何も知らない住民は空から降って来た下着を散々に酷評していた。


「ちなみに盗みに入ったのはカールでわしらはばら撒くのを手伝っただけじゃ」

「兄様はどうしてそういう発想に至ったのか、これが分かりません」

「や、前に領主の娘のスカートを公衆の面前でコッソリまくりあげたことがあってのう」


 そこで趣味の悪い下着のことを知り、着想を得たらしい。


「悪戯小僧なカールくんも良いよね」

「ええ、やんちゃなカールさんも素敵です」

「やだ、この人たちの全肯定ぶりがすっごく怖い」

「クリス、あなたのお姉さんたちですよ」

「え、知らない」


 全肯定二人に呆れたのが二人。

 各々の反応を示す友の恋人たちにティーツは思わず笑ってしまう。


「ああ、ちなみにこの件でもオズワルドが動いて領主を宥めとるぞ。

今にして思うとカール、地味に野郎の財布を攻撃しとるのう」


 そうして小一時間ほど思い出話をして、時計を見る。

 そろそろ良い時間だ。ラインハルトを家まで送り付近で護衛せねばならない。


「ここらでお開きにするが……最後に一つだけ。アンヘルさん、アンタには感謝せにゃならんのう」


 突然の言葉にアンヘルはキョトンとした顔をする。


「どういうこと?」

「カールじゃ。アンタのお陰で、アイツは変わった」

「???」

「街を出る前のカールじゃったら、まず間違いなく葦原の一件は一人で動いとったじゃろう」


 確実に自分を頼ることはなかった。

 精々が自分が戻るまで庵やラインハルトを密かに護衛して欲しいと頼むぐらいか。


「概ね、今と変わらんが以前のカールはある部分が致命的に違っとった」


 自分は間違いなく友達だと思ってるし、あちらもそう思ってくれている。

 だが”仲間”ではない。

 共に戦い、共に何かを成そうとは決してしなかっただろう。

 孤高を気取るわけでもない。自らを過信するでもない。

 何と言うべきか――独りで戦うことが当然だと思っている節があった。


「陽気で、馬鹿で、割とクズい部分もあるが不思議と皆の中心に居る。

それがカール・ベルンシュタインっちゅー男じゃがな。

心のどこかに酷く冷たい部分があったように思うのよ」


 ジャーシンでの一件で共同戦線を張りはしたが、あれはメインがこちら側にあった。

 手伝いという形だったから共に戦えたのだ。

 だが今回は違う。当事者はカールだ。

 だから極自然に頼られた時は、酷く驚いた。


「正直、わしは不安じゃった。

何時か翼を広げて飛んで行ったきり、戻って来んようになるんじゃないかっての。

でも、今は違う。アイツは変わった……心底から大切に想う誰かと出会えたからじゃ」


 柔らかで温かな重りが、カールを帰るべき場所に確かに繋ぎ止めているのだ。

 そういう意味では庵も、アーデルハイドも、クリスも楔と言えよう。

 だけど一番最初にそうなったのは、好きになったのはアンヘルだ。


「……最初は、両思いってわけでもなかったんだけどね」


 強引に迫って、想いを押し付けた。

 アンヘルは苦笑気味にそう答えるがティーツはそれの何が悪いと笑う。


「今は誰恥じることもなく両思いじゃろうが。

それに、恋愛には強引さも時には必要じゃありゃせんか?」


 最後に綺麗な形に落ち着いたのだから問題はない。

 終わり良ければそれで良し、だ。


「あと、アンタは何処かカールに似た部分がある。

そういう意味でも……アイツが変わる切っ掛けになったんかもしれんのう」


 カールとアンヘル。

 性別も違えば振る舞いも大きく異なっている。

 だが根っこの部分にある危うさが、どこか似ているのだ。


「ま、何にせよじゃ。色々と世話をかけるじゃろうが……これからもカールをよろしく頼む」


 深々と頭を下げるティーツ。

 そこには、紛れもない確かな友情があった。


「あなたに言われずとも離れるつもりはないよ。生きてる間は……ううん、死んでからも一緒」

「ッハハハ! 重い女じゃのう! 重い男には重い女が似合いっちゅーことか!!」

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