極東への誘い⑤

1.カールとシャルロット


「……まさか、こんな形で冒険者になるとはなあ」


 伯父さんと話をした翌朝。俺は庵と共に荷造りをしていた。

 普段ならまだ寝ている時間だが……今伯父さんと顔を合わせるのは気まずいからな。

 早めに起きたのだ。


「あの、これは要りませんよね?」


 床に積んでいたエロ本にゴミを見るような目を向ける庵。

 下手をすればこのまま焼却処分されてしまいそうだ。


「いや要るね。一人の寂しさを紛らわせるための必須アイテムだ」


 庵が何かするよりも早くエロ本をナップサックに放り込む。

 この黒いナップサック、一見すりゃ普通の品に見えるが実はこれ、アーティファクトなのだ。

 物を入れる際に縮小魔法がかかりサイズが縮むに加え、

 内部の空間自体も魔法で広げてあるので見た目の何百倍以上も物が入るようになっている。

 他にも色々と便利な機能が搭載されたコレはアンヘルとアーデルハイドからの贈り物だ。

 昨日店に来てたゾルタン曰く、カツアゲされたらしい。

 貴重極まる物だったのにとさめざめ泣いてたが俺は知らん。

 今までの迷惑料を払ったと思って諦めて欲しい。


「……」

「おっと、そんな目をしても俺はエロ本を手放さんぞ」


 まあ、実はエロ本だけじゃないんだけどね。

 寂しい夜のお供にとノーブル三姉妹の生脱ぎ下着とかも入ってる。

 固定魔法をかけてあるので何時如何なる時も脱ぎ立てホヤホヤだそうだ。

 何が凄いってさ、これ示し合わせて渡したとかじゃないんだよ。

 三人別々に渡して来たの、しかもその場で脱いで手渡し。

 何も言ってねえけど多分、アイツら下着渡したの自分だけだと思ってるぜ。

 おハーブが生えるレベルで血縁を感じる……。


 あと、地味に面白いのがクリス。

 魔法が使えないクリスはどうやって固定魔法を? 疑問に思うだろう。

 アンヘルやアーデルハイドに頼んだわけでないのは先に語った通り。

 うん、もう答えは見えて来ただろう――――ゾルタンだ。

 ゾルタンにやらせたんだよアイツ。

 どんな顔して魔法かけたのかな? 想像するだけでおハーブが茂りまくるわ。


「どうしてもと言うならお前が今着けてる下着を渡してもらおうか」

「…………分かりました」


 え、良いの!? これは流石に冗談だったんですけど……。

 俺としては”お馬鹿ッッ!!”が来ると思ってたのに意外だわ。


「…………そういう本の女性に浮気するよりは、マシです」


 ごそごそと手を突っ込み下着を外す庵。

 クッソ恥ずかしいのだろう、顔は真っ赤っかだ。

 朝から最高に興奮するんですけど。

 何かもう、冒険者になるのは明日にして今日は庵とイチャつきたい気分なんですけど。


「ど、どうぞ」


 ほんのり温かな上下セットが差し出される。

 俺は五体投地を行ってから、それを受け取りナップサックの中にそっと収納する。


(……とりあえず後でゾルタン呼び出して固定魔法かけさせよう)


 野郎に庵の下着を見せるのは癪だが……まあ、アイツホモだしな。

 アンヘルやアーデルハイドに頼むのはちょっとアレなので奴を頼らせてもらおう。


「ありがとう庵。これで俺は寂しい夜も越えて行けそうだ」

「一々言わなくて良いです! それより、さあ! 本を!!」

「わ、分かったよぅ」


 テンパってるしなし崩し的にいけないかと思ったが駄目らしい。

 観念してエロ本を取り出し庵に手渡――――


「二冊、足りませんよね?」

「クッソ! しっかり数えてやがったのか!!」


 セコい真似は通用しないらしい。

 全面降伏してエロ本を取り出す。


「はあ……というか兄様。アホな物ばかり入れてますが大丈夫なのですか?」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫」


 冒険の準備に必要な物は二人がゾルタンに用意させたらしいからな。

 俺が入れなきゃいけないのは着替えとかの個人的な品々だけだ。


(つっても、野営セットやら食料、飲料水は使うか分からんがな)


 自分を追い込むのならそこらも現地調達するべきだろう。


「んー……大体こんなもんかな?」

「あの、荷物はともかく装備などは……」

「要らん要らん、邪魔になるだけだ」


 武器や防具は”甘え”に繋がる。

 自分を追い込むためにも装備の類はハナからNGだ。


「それより、だ。俺はしばらく帰って来られないから伯父さんのことを頼むぞ」

「はい、お任せください。兄様ほど上手にフォローは出来ないでしょうが頑張ります!」

「うん、頼りにしてる」


 庵から離れることに不安がないと言えば嘘になる

 でもそれは本当に少しだけだ。

 ティーツや明美が交代でこっそり護衛に就いてくれるし何より、


「アンヘルやアーデルハイドとも仲良くな」

「はい!」


 俺が居ない間、二人が屋根部屋で暮らすことになっているのだ。

 魔女っ子二人が居るのならば滅多なことは起きないだろう。


「身体に気をつけてな」

「兄様も、どうか無理をなさらず」


 その優しさに応えるように強く庵を抱き締め、キスをする。

 名残惜しさは尽きないが時間は有限だ。

 未練を振り払うようにスッパリ離れ、二人揃って一階に降りた。


「それじゃあ、行って来る」

「はい、いってらっしゃいませ」


 その言葉を背中に受けながら扉を開け――――


「……」


 パタンと扉を閉じる。


「…………ふぅ」


 ここ最近色々あったから疲れてるらしいな。

 多分幻覚でも見たんだろう。



「あの、兄様……」


 何か庵が頬をヒクつかせてるけど多分気のせいだろう。

 軽く頭を振り、再度、扉を開ける。


「コーホー……コーホー……」


 店の前に佇む全身黒甲冑。

 小鳥の囀りをBGMに爽やかな朝の陽光に照らされるそいつは、


「じゃ、ジャッカル……?」

「Good morning」

「お、おう……」


 いや、お前何でここに居るんだよ。

 つか、何しに来たんだよ。

 疑問は色々尽きないが、有無を言わせぬ迫力が追求をさせてくれない。


「――――っていうか、糞暑いからこれ脱ぐね」


 突然、声が変わった。

 それは聞き覚えのあるもので……。


「ふぅ……スッキリした。やっぱこういうのは趣味じゃないなあ」


 黒甲冑が砕け、中から現れたのは……シャルだった。

 ただ、その装いは俺たちの知る普段のそれではない。

 髪型を変えているとかそういう些細な変化ではない。

 いや、髪型も変わってるけどさ。普段は自然に流してるのを後ろでポニーにしてるし。


「しゃ、シャル……さん……?」


 肌にぴたりと張り付く深い紺色のボディースーツ。

 胸当て、スカートのような白い腰巻きを纏った、まるで戦士のような出で立ち。

 どこかで、俺はどこかでこの姿を見たことがある。


「さて、ジャッカル改めシャルティア・カスケード改め――――シャルロット・カスタードだ、よろしく」

「「シャルロット・カスタード!?」」


 そうだ、前にカードに描かれてたシャルロット・カスタードとイラストと同じ格好なんだ。


「だが、いや……」


 身に纏う空気は強者のそれ。

 俺ではまず勝てない、手を合わせずとも分かる。

 でも、本当に? 本当にシャルロット・カスタードなのか……?


「フフフ、ちゃんと言っただろう? シャルティア・カスケードは偽名だって」

「それは……そうだが……」

「疑う気持ちは分かるけど私は本物だよ。何なら、アンヘルやゾルタンを呼んで聞いてみるかい?」


 その二人の名前を出すってことは……本物、なんだろうな。

 大貴族のご令嬢と、その家庭教師だもん。


「…………正体を偽ってた理由は察しもつく」


 というか分からない方がおかしいだろう。


「だが、何故急に正体を明かした?」

「ラインハルトさんの心を少しでも軽くするためさ」

「おい、俺は……」

「君らの事情はアンヘルから聞いてる。葦原に同行するつもりは一切ないよ」


 アンヘルから……いや、そもそもアンヘルとはどういう関係なんだ?

 これまではシャルを女優か何かだと勘違いしてたから、

 アンヘル――ってよりアンヘルの家が後援者か何かやっててその繋がりだと思ってたんだが……。


「私がするのは君の修行兼資金稼ぎのお手伝いさ」

「何?」

「とりあえずギルドに行こうか。元々君もそのつもりだったんだろう?」

「それはそうだが……」

「細かいことは後にしよう。さ、行くよ」

「お、おう。じゃあ庵、行って来るよ」

「は、はい……いってらっしゃいませ」


 促されるまま俺はバーレスクを後にする。


「……なあ、お前アンヘルとはどういう関係なんだ?」

「友人さ」

「そういうことじゃなくて……」


 友達だってのは見れば分かるよ。

 いや、最初はそうでもなさそうだったが……。


「何時だったか雑誌で見ただろう? 数年、私が表舞台に出てないってさ」

「ん? ああ、確かお泊り会した時だったか」


「ちょっとまあ、思うところがあって活動を休止しようと思い立ってね。

で、たまたま帝都を訪れた時に以前助けたアンヘルの御父君と会う機会があってね。

私の話を聞いた彼の御仁が、それなら当家に滞在してはどうかと言ってくれたんだ。

思えば一所に腰を落ち着ける経験もなかったからね。これも悪くないかと誘いを受けたのさ。

まあただ飯を食らうのもどうかと思ったから護衛って形での逗留にしてもらったんだが」


 ああ、それで関わりが生まれたのか。


「そういうこと。まあ、最初は割とドライな関係だったけどね。時たま世間話をするぐらいさ」


 そりゃしょうがない。

 本来の自分を取り戻すまでのアンヘルは殆ど人形のようなものだったからな。


「――――っと、着いたよカール」


 冒険者ギルド帝都支部と銘打たれた看板が提げられた建物の前で立ち止まる。


「とりあえず、しばらくは私の言う通りにしてくれるかい?」

「ん? ああ、別に良いぜ」

「結構。それじゃ、入るよ」


 扉を開き中に入って行くシャルの背に続く。

 道中でもかなり視線を集めていたが、ギルドに入った途端、更にそれが強くなった。


(……何だかなあ)


 外からでも賑わいの声が聞こえていたのに、

 シャルの存在を認識した瞬間、水を打ったように静まり返ってしまった。

 依頼を漁っていた冒険者や職員らの視線が酷く煩わしい。


「失礼、受付、構わないかな?」

「えひゃう!? は、はい! 構いませぬ!!」


 ませぬ、って。

 受付嬢もシャルの正体に勘付いているのだろうがテンパり過ぎだ。


「ありがとう、可愛らしいお嬢さん。じゃあ早速だけど登録用紙を貰えるかな?」

「は、はあ……ですがカスタード氏は既に……」

「おっと、誤解させてしまったね。今回冒険者登録をするのは彼なんだ」


 すっ、と身体をスライドさせ俺を受付嬢に見せ付ける。


「私の弟子でね。少し、稽古をつけるために冒険者としての立場が必要なんだよ。頼めるかい?」


 弟子、という発言に周囲がざわめく。

 これまでシャルにだけ注がれていた視線が俺にも注がれ始めた。


「で、弟子!? しょ、少々お待ちください」


 受付嬢はバタバタと奥へと走り去って行く。


「……前途有望な駆け出しってことで色々便宜を図ってくれるだろうね」


 シャルが俺の耳元でそう囁いた。

 突然の弟子発言にはそういう意図があったらしい。


(だがまあ、確かにシャルロット・カスタードの弟子ってんなら当然か)


 名が売れてない時期にその存在を知ったら、とりあえず恩を売っておこうってなるよな。


「ついでにもう少し見せ付けておこうか。

カール、君のコスプレセットに紅い刀身の剣があっただろう? あれ出して装備しておきな」


 どういうことだ?

 と首を傾げつつ紫水晶を握り締め剣を呼び出し鞘の留め具をベルトに固定し装備する。

 コイツは魔王セットの小道具なんだが……。


「! 魔剣キージョ……何時からか見なくなったそうだが……」

「弟子に譲り渡していたのか」

「う、羨ましい」


 周囲のざわめきが更に大きくなった。

 どうやら、この剣はかつてシャルロットが振るっていたもののようらしい。


「使わなくなったからアンヘルにあげたのさ」

「……それが巡り巡って俺のコスプレセットに同梱されたわけか」


 俺が言うのも何だが、可哀想だなこの魔剣。

 今だってシャルロット・カスタードの弟子アピールに利用されてるし。


「お、お待たせ致しました。こちらへどうぞ」


 戻って来た受付嬢に促され奥へと向かう。

 連れて行かれた個室の中にはギルドの偉い人っぽい方が二人居て俺たちを笑顔で迎えてくれた。

 って言うか、


(片方、ジェットさんじゃん)


 仕事モードだから一瞬、分からんかったわ。

 向こうも俺に気付いたらしくギョっとしている。

 ただ、シャルが店員のシャルであることには気付いていないらしい。

 服装と髪型が違うから……ってよりは、身に纏う空気だろうな。

 顔の作りは同じでも空気が違い過ぎて二つが繋がらないのだ。


「それで、お弟子さんの登録とのことですが……」

「ああ、受付でも言ったが冒険者としての立場が必要でね」

「と言いますと?」

「これからドラゴンやら巨人らを狩らせるつもりなんだけどさ。殺すだけじゃ勿体ないだろう?」


 さらさらと書類を書きながらシャルと御偉いさんは会話を続ける。

 多分、シャルが今書いてるの俺の書類なんだろうけど……良いのかそれ?

 本人が書かないと駄目なんじゃねえの?


「素材も収集しようと思うんだが……かなりの量になりそうだからね。

ギルドに直接、卸した方が良いと思ってさ。

ああ、修行がメインだし金額はそれなりに勉強させてもらうつもりだよ」


「! それはそれは……そういうことでしたら是非、是非ともギルドにお任せください」


 ドラゴンやら巨人らを狩らせるとか初耳なんすけど。

 いや、強い相手とやれるのはありがたいけどさ。


「しかし、かなりの量になるとは……?」

「ああ、廃棄大陸に行こうかなって」

「は、廃棄大陸に!?」


 それも初耳。

 廃棄大陸って……何だっけ? 何か北の方にある嵐の障壁に囲まれた大陸だったか?


「うん。以前、足を運んだけどあそこは良い修行になると思うんだ。

敵の平均レベルも高いし、何より殺しても殺しても敵が尽きないのが良いよね」


 ジェットさんが正気か? って顔を向けて来る。

 でも、俺に言われても困るんだよ。だって全部初耳だもの。


「そ、それは……大丈夫なのでしょうか?

い、いえ! カスタード氏は問題ないでしょう。あなたほどの強さがあれば……ええ!

しかし、お弟子さんは見たところまだお若いようですし……」


 気遣わしげな視線が向けられる。

 だが、シャルはそれをあっさりと笑い飛ばした。


「大丈夫。現段階でもこの子はかなりやるからね」

「そう、ですか……さしでがましいことを……」

「いやいや、弟子を気遣っての発言だ。感謝するよ」


 そんな感じで話は進み、二十分ほどで手続きは終わった。

 発行された身分証も兼ねるカードで多少問題はあったが……まあ、些細なことだ。

 冒険者になるのはあくまで葦原に向かうまでの期間だけだしな。


「なあシャル、どうやってその……廃棄大陸? に向かうんだ? 船か?」

「まさか! 私たちには立派なコネがあるだろう?」


 は? と首を傾げるが直ぐにどういうことかを理解する。

 ギルドの外に出ると、ゾルタンが俺たちを待ち構えていたのだ。


「それじゃあゾルタン、頼むよ」

「…………僕も、割と忙しいんだけどなあ」

「うるさいな。君、カールに死ぬほど借りがあるんだろう? だったら付き合いなよ」

「ん? ひょっとして送り迎えだけじゃないのか?」

「勿論。コイツも修行には同行してもらう。何かと役に立つからね」


 それは……いや、ありがたいと言えばその通りなんだけどさ。


「お前、仕事とか大丈夫なの?」


 家庭教師以外にも何だっけ? 研究所の所長やってるんじゃなかったか?

 そんな立場の人間が最低でも一ヶ月は留守にするとかマズイだろ。

 俺の疑問にゾルタンは煤けた顔でこう答えた。


「夜中に戻って仕事して帰って来いって……」


 鬼かよ。


「教え子二人からも脅されて……」


 悪魔かよ。


「クリスも協力しないとお父様に悪評を吹き込みまくるって……」


 うーん、この。

 ノーブル三姉妹の容赦ない追撃でゾルタンの胃壁がドンドン削られてんな。

 しかもコイツ、カツアゲまでされてんだぜ。不憫にもほどがある。

 や、自業自得と言えばその通りなんだけどさ。


(でも、ある意味頼られてるんだよなあ……)


 気兼ねなく迷惑をかけられる、甘えられるってのはそいつを信頼しているからだ。

 ノーブル三姉妹にとってゾルタンという男は、

 ある意味もう一人の親父と言っても良い存在なのかもしれない。

 ただ、そのもう一人の親父が本物の親父に惚れてるという地獄絵図はどうかと思うけど。


「だけどまあ……君に世話になりっ放しだというのも事実だしね」


 全面的に協力させてもらうよ。

 そう言ってゾルタンは笑った。


「話も済んだし、そろそろ行こうか。ゾルタン」

「了解」


 転移魔法が発動し、俺たち三人の姿が帝都から消える。

 一瞬の浮遊感の後、目の前に広がった光景は……。


「マジでか」


 モンスター、モンスター、モンスター、モンスター、モンスター。

 空も大地もモンスターで埋め尽くされている。

 しかも、ドラゴンやら巨人やらの一般に強大と目されている奴らばかり。


「…………あのさ、ここってやばくね?」


 シャル曰く、殺しても殺しても敵が尽きない。

 それだけ数が多いのか、直ぐに新たなモンスターが生まれるのか、そのどちらかだろう。

 いや、目の前の光景を見る限り両方という可能性もあり得る。

 もし、もしもここのモンスターが外に流れ出せば間違いなく世界が滅ぶ。

 人類が意思を統一して抗うのならば話は変わって来るかもしれないが……。


「ああ、やばいよ。仮にあの嵐の結界が消えたのなら……正直、考えたくはないね」

「考える必要はないだろ。私たちはただ修行に来ただけの冒険者なんだからね」


 それもそうだな。

 そういう難しいことは偉い人と頭が良い人に任せておけば良いのだ。

 アホな俺は精々、この場を利用させてもらうとしよう。


「さてカール」

「おう」

「今はゾルタンの結界内に居るから平気だが僅かでも外に出れば奴らは一目散に君を狙うだろう」

「ほう……それはそれは」


 最高じゃん。


「とりあえず最初はあれだ。目に付く奴を皆殺しにして見せてよ」

「えらくアバウトな指導内容だな」

「今の君がどれだけやれるのかを見ないことにはね」


 肩を竦めるシャルだけど、割と最近ジャッカルとして手合わせしたよな?


「例のお師匠様との戦いで一皮剥けたんだろ? 以前のデータなんてあてにはならないさ」

「……ホント、よくご存知で」


 ナップサックをゾルタンに預け腕まくりをする。

 ぐるぐると何度か肩を回し――準備完了。


「始めて良いか?」

「ご自由に。ああ、殺したモンスターの素材はゾルタンが回収するから安心してくれ」


 その言葉に頷き結界から躍り出る。

 シャルの言葉は正しく、無数の殺意が一瞬にして全身を貫いた。


「はぁあああああああ……」


 ただ生き残るためならばペース配分を考えて戦うべきだ。

 しかし、強くなりたいのならばそれではいけない。

 何枚も何枚も壁をぶち破らなければいけないのだから――ハナから全力全開だ。


「ジェノサイドォオオオオオオオオオオオオ……エェエエエエエエエエエエエエエエエッジッッ!!!!」


 右脚に大量の気を纏わせ弧を描くように振り上げる。

 数十メートルにまで伸びた気の刃が天から飛来したドラゴンの首を斬り飛ばす。


(……数こそ多いが……コイツら……)


 連携も糞もないな。

 我先にと俺を殺そうとしているからだろう”渋滞”が起きてやがる。

 的が小さい俺は、割かし自由に立ち回れそうだ。


(とはいえ、少しでも油断したら危なそうだな)


 群れをひき潰すように巨人の腕が大地を薙ぐ。

 地上に蠢く塵を一掃せんと無数のドラゴンブレスが大地を焼く。

 降り注ぐ血と肉の雨、殺意の雄叫び、死に向かう叫喚。

 この光景を指して人は地獄絵図と呼ぶのかもしれない。


「……――――だけど、甘い」


 俺はこれより酷い地獄を知っている。

 笑っちまうぐらい隔たった力の差。

 それでも挑まねばならなくて、それでも殺さなくてはいけなくて。

 あの時と比べたら、この程度、地獄でも何でもない。


「うぉぉおおおおおおおらぁああああああああああああああ!!!!」


 強化に強化を重ねて肉体の性能を跳ね上げる。

 巨大ワームを抱き付くように掴み、力いっぱい振り回す。

 二度、三度振るったらもう限界。

 押し寄せる殺意の津波、その第一波を消し去ることさえ出来なかった。


「チィッ」


 何もかもを轢殺する群れの前進を跳躍し回避……したところで現れたのは怪鳥だ。

 巨大な嘴が俺を穿たんと迫る。

 俺はそれを真っ向から受け止めた。


「鳥風情が……ッ」


 受け止めたところで引くこともなく怪鳥は真っ直ぐ真っ直ぐ飛び続ける。

 背中を叩く風が痛くて痛くてしょうがない。


「俺を舐めるなァ!!!!」


 固く閉じられた嘴をこじ開け力任せにそのまま怪鳥を引き裂く。

 怪鳥への対処は終わったが、それで一段落ということはない。

 地上からは落下する俺目掛けて無数の触手が伸びて来てるし、

 空からは色とりどりのドラゴンブレスが迫って来てる。


(息つく暇もないとはこのことか)


 一撃一撃。全霊を込めて敵を屠り続ける。

 今のところ一撃一殺が出来ているが、割とギリギリだ。

 良い指標だと思う。

 コイツらを一撃で軽く屠れるようになった時、俺は確実に強くなっているはずだ。


(このペースで戦い続けられるのは後一時間ってとこ――――)


 刹那、背後に強烈な殺気を感じる。

 振り向くよりも早く背中に熱と激痛が奔った。


「ぐ……が……ッ……!?」


 斬られた?

 気で傷口を塞ぎながら背後を見ると、


「油断大敵、私は一度も君に手を出さないとは言ってないよ?」


 わざとらしく剣を振り抜いたシャルが笑っていた。

 標的が増えたことで敵の攻撃は分散し、

 あちらにも敵が向かっているが……まるで相手にならない。

 刀身が霞む度にモンスターが切り刻まれ崩れ落ちている。


(これが、奴と俺の差……か)


 分かっちゃいたが、かなり悔しい。

 酒場の店員カール・ベルンシュタインならそうは感じないだろう。

 でも今の俺は拳士カール・ベルンシュタインだからな。


「ああでも、キツイなら止めてあげるけど?」


 そう、せせら笑うシャル。

 キツイ? 俺が一言でもそんな弱音を吐いたか? 冗談!


「上等だ! どっからでもかかって来やがれッッ!!」

「良いね、その意気だ! 私も楽しくなって来たよ!!」

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