極東への誘い②
1.櫛灘の姫
「ゆら……幽羅……? ああ!
確かアダムという商人の秘書をしているという……ですが、何故そのような人が……」
俺の背中から半分ほど身体を出した庵がポンと手を叩く。
そう言えば、部屋を訪ねて来た時に対応したの庵だったな。
「あの、兄様」
「悪いな、説明は後だ」
片手で庵を背中に押し込む。
幽羅は単純に敵と決め付けるのも難しいが、
じゃあ味方なのかつったらそうとも思えんややこしい奴だからな。
(このタイミングで現れたのも怪しいこと極まりねえ)
連中を差し向けたのは奴なのか?
何にせよ、警戒は怠らない方が良いだろう。
(……ホントなら、直ぐに避難させるべきなんだがな)
紫水晶で念話を送りアンヘルとアーデルハイドに二人を連れて行かせることもできる。
が、状況が状況だ。
確実に一連の流れの中心に居るであろう庵から目を離したくないのが一つ。
それと、この場に庵を置いておくことで幽羅の反応を窺いたいというのが一つ。
とりあえず、ギリギリまでは居てもらおう。
(巻き込まれたクリスは……ごめん、ホントごめん)
内心でクリスに謝罪しつつ幽羅を見る。
相も変わらず感情の読めない薄笑いを浮かべてるが……以前とは違う点が一つ。
ジャーシンに居た時はパンツスーツだったが今は……あの、何だろ。
時代劇とかに出てくる公家が着てる――そう、狩衣だ。狩衣を纏っている。
いや、それはどうでも良いか。
でも他に読み取れることとかねえしなあ。
「んふふふ、怖いわあ。もうちょい、リラックスしましょ?」
「……」
「さっきも言いましたでしょ? 警戒せんでええですよって」
「その言葉を素直に受け取れるような関係か? 俺とお前はよ」
「積極的にカールはんらに害を成そうとした覚えはありませんよ?」
それは……まあ、そうだな。
よう考えれば勝手に首突っ込んだの俺らだし。
あの大空洞に迷い込んだのも、コイツが何かしたわけじゃなくて俺が原因っぽかったからな。
だが、
「やったことの糞さを考えれば信用に値する要素は皆無だろ」
「女子を攫って生贄に捧げたことですか?」
「それ以外に何がある」
「心外やわあ。そら確かに世間的に見れば悪でしょうよ」
せやけど、と幽羅は笑う。
「カールはんもしはるやろ? それが必要なことなら、躊躇いなくやる。あんさんはそんな御人やもん」
「利いた風な口を……」
苛々してきたな。
俺、こういうのらりくらりと躱す奴、あんま好きじゃねえんだよ。
こういうの見ると顔面に一発ぶち込んで要点だけを述べろと言いたくなる。
「ま、これ以上はやめときましょ。カールはんも大分、殺気立っとるようやし」
見透かしたような言葉が癪に障ってしょうがない。
「単刀直入に言いましょ。うちはカールはんが知りたいこと、ぜーんぶ説明出来ます」
「……」
「と、いうか説明しに来たんですわ」
「何のために?」
「そこも含めて、ゆっくり話したいんやけど……どうです?」
怪しい、怪しいこと極まりないがコイツが一番情報持ってるのは確かだ。
真偽については、ティーツらが確保してる屑を使えばある程度は判断出来るだろう。
「場所は俺が提供する」
「分かりました」
「何人か同席させるが構わんな?」
「よろしおす」
こっちの提示した条件を全て飲んだ、か。
敵対の意思はなさそうだが……実際のところは分からない。
カースを発動してるが声もまるで聞こえんしな。
でも、これ以上は無駄だ。
危険でも踏み込まなきゃ事態は動かん。
溜め息と共に紫水晶を握り締め念を飛ばす。
’どうしたのカールくん?’
’何かありましたか?’
今日も今日とてレスポンスがはえーな。
「事情は後で説明する。二人に頼み事があるんだ。
アンヘル、お前はバーレスクまで飛んで伯父さんの安全を確保してくれ。
それが終わったら一緒に居るであろうティーツ、明美と一緒にクリスの屋敷に飛んで欲しい」
’ん、分かった’
「アーデルハイド、俺の居る場所分かるか? 分かるなら迎えに来て欲」
しい、と告げるよりも早くにアーデルハイドがこの場に転移して来る。
「私はこの場に居る皆さんをクリスの屋敷に連れて行けば良いんですね?」
「あ、ああ」
話が早くて助かるけどさ。
その、何だ。
あっさり事態を飲み込み過ぎじゃない? 周り、めちゃ死体転がってるよ?
明らか何かあった風なんだし……もうちょっと疑問を呈しても良いんじゃない?
後で事情を説明するとは言ったが、物分り良過ぎだろ。
「待って。何でさらっとクリスのお家に行くことになったわけ?」
「え? ああいや、丁度良いかなって」
防音、防諜はアンヘルらが魔法でやってくれるだろうけどさ。
それでも出来る限り人が居ない場所の方が良い。
あと、その場で戦闘になることを考えたら広さも欲しいな。
「それと事によっちゃ黒装束の拷問も考えてるし」
「人の家で拷問とかおかしい……おかしくない? お掃除するのクリスなんですけど」
「大丈夫よクリス。私が魔法でちょちょいとやってあげるから」
「え、そう?」
「あと、戦闘で万が一屋敷が倒壊した場合も私とアンヘルで何とかするわ」
「じゃあ良いかな」
「良いんですか!?」
庵、そのツッコミは無駄だよ。クリスはそういう奴なんだ。
「それじゃアーデルハイド」
コクリと頷きアーデルハイドは転移を発動しスラムを後にする。
「クリス、客間使わせてもらうぞ」
「いーよ。お茶とかお菓子は要る?」
「話が終わった後で貰う。お前は……」
「クリスも同席するわよ。巻き込まれた以上は説明の一つや二つはしてもらわないと」
「……そうか」
まあ、非戦闘員である庵も同席するんだし別に良いけどさ。
いや、本音を言えば庵もクリスと一緒に避難してて欲しいんだが……。
「……」
ちらりと庵を見ると予想通り張り詰めた表情をしていた。
仮に席を外せと言っても頑として拒否するだろうな。
要らぬ問答を重ねている時間も惜しいし、ここは何も言うまい。
「まあ、座れよ」
「ほな、お言葉に甘えまして」
テーブルを挟み、幽羅と向かい合う。
庵、クリス、アーデルハイドの三人は俺の後ろに控えさせた。
「アーデルハイド」
「はい、承知しています。万が一の際は庵さんとクリスはお任せください」
「ああ、頼む」
っと……アンヘルらも来たらしいな。
空間が揺らぎ、ティーツらを連れたアンヘルが姿を現す。
「ごめん、ちょっと遅れちゃった」
「いや良い。伯父さんは?」
「ジャッカルさんに任せて来たから大丈夫だよ」
そうか、それなら安心だ。
俺よりも遥かに強い奴と一緒なら伯父さんの心配はせんでも良いだろう。
あのコーホーコーホー言ってる黒甲冑と二人きりにされる伯父さんの精神が心配だが……。
(あ、安全には代えられんしな……うん)
頑張れ伯父さん。
「…………おいカール、この塵はどうする?」
傷だらけの黒装束を指差す明美。
流石に状況の把握が早いな。説明の手間が省けて助かるよ。
「そこらに転がしとけ」
「あいよ」
テーブルの横に黒装束を放り投げ、明美はティーツ、アンヘルと共に俺の後ろに回る。
「アンヘル、何時でも最大火力をぶち込める準備だけはしといてくれ」
「了解」
姉妹揃って不安になるぐらい話が早いね。
いや、アンヘルは時間もあったから少し説明を聞いたのかもしれないけどさ。
「カールはん、もうよろしいので?」
「ああ」
「ほな、話を始めましょか」
「とりあえず俺らを襲った連中の正体と目的について教えてくれや」
そこを知らんことにはどうしようもないからな。
「彼らは邪神八俣遠呂智の封印を守護する守人の一族。
カールはんらを襲ったんは草薙の剣の回収と庵はんの身柄を確保するため」
草薙の剣?
俺は別に剣なんか……いや、そこは後で良いか。
今重要なのは庵の身柄を確保してどうするつもりだったかだ。
「何故庵を?」
「テキトーに胤をつけて子を産ませるため。産んだ後の母胎は生贄に使――――」
破砕音が木霊する。
気付けば俺はテーブルを叩き割っていた。
「…………続けろ」
正直、俺は後悔してる。
もっと痛め付けてから殺すべきだったってな。
だが、良い事を聞けた。とりあえずあれだな、守人の一族とやらは皆殺しだ。
禍根を完全に断つためにはそれ以外に道はない。
女子供も含めて、関わりのある者は皆殺しだ。赤子だろうと目溢しはしない。
鬼畜外道の所業だと謗られようが、俺は知らぬ他人よりも愛する女の安全を選ぶ。
「ふ、ふふふ……怖いわあ……ほんま、怖い御人や。
子を求めたんは次代の櫛灘姫が必要やから。生贄にするんは封印を更に強固なものとするため」
八俣遠呂智――多分、ジャーシンで殺したあの蛇の同類……いや、大元か。
そいつを封印するためだけに存在する血筋なわけだ、櫛灘の一族ってのは。
振り向き、庵と明美を見る。
「…………何か特が殊な血筋だってのは知ってた。それが原因で庵の母親が狙われたこともな」
知っているのはそれぐらいらしい。
まあ何か出来損ないとか言われてたしな。
何もかもを教えられてたわけじゃないんだろう。
「わ、私も同じです」
まあ、そうだよな。
明美の方はともかく庵は知ってたら俺に打ち明けてるだろうし。
「庵はんに絡み付く因果を説明するためには前提たる知識は必要不可欠。
八俣遠呂智、櫛灘姫、草薙の剣、守人の一族、それらについて知ってもらわなね。
ただ、そのためには少々長い話になりますよって……堪忍な」
元より覚悟の上だ。
一言、二言で済むなら俺も頭を悩ませる必要はなかっただろうし。
「事の始まりは何千年も前。葦原という国が成立する以前にまで遡ります。
うちらのご先祖様は流浪の民でな、安住の地を求めて彷徨ってはったそうで」
国が成立する以前にまで遡るのかよ。
少々どころか、かなり長い話になりそうだな。
「集団をまとめてたんが、とある貴人とその右腕。
前者は帝のご先祖様、今も昔も象徴として民をまとめてはったんやね。
せやけどこの人は話にさして関係あらへんから忘れてくれてもええ」
帝って偉い人だろうに……関係ないのか……。
「重要なんは後者。宰相と将軍を兼任したような立場で実務を担っとった男の方。
男の名は坂上田村麻呂。庵はんも明美はんも名前ぐらいは知っとるんちゃう?」
幽羅がそう話を振ると、二人は揃って頷いた。
「初代征夷大将軍だろ?」
「この方が居たから今日の葦原が在ると習いましたが……」
「せやね。その通り。それは間違いやない」
けど、と幽羅は不気味に笑う。
「田村麻呂はある意味、全ての元凶と言ってもええ男どす。
コイツがおったから葦原という国は出来た。
せやけど、コイツのせいで葦原は後世にまで爆弾を抱える羽目になったとも言えるんですわ」
飄々と語る幽羅だが……気のせいでなければ、一瞬、ほんの一瞬だ。
その瞳に憎悪の影がチラついたように見える。
「話を戻そか。田村麻呂らの一団が葦原の地を訪れたのは偶然やった。
文献やと嵐か何かに巻き込まれて流れ着いたらしい。
人はともかく船は壊滅状態。とても航海に乗り出せるような有様やなかった。
そこで田村麻呂らは葦原の地に腰を下ろす決断をする」
正しい判断だろう。
人が住めないような土地ならともかく、住めそうなら無理をする必要はない。
「せやけど葦原には既に先住民がおった。
争いを嫌う帝は対話による共存を願ったが、それは叶わず。
使者は無残に殺された挙句、先住民らは田村麻呂らに襲撃を仕掛けてきおった」
勝手に自分の土地に侵入したからか?
だとしてもやり過――――
「まあ”妖怪”相手に交渉なんぞ通じるわけないわな」
「妖怪!?」
思わずそう反応すると幽羅が意外そうな顔をした。
「カールはん、知っとるんですか?」
「あ、いや……まあ……葦原に居るモンスターみたいな奴らだろ?」
多分、多分そうだと思う。
実際どうかは知らんけど。
「せやね、今葦原で使われとる妖怪という言葉ならそれで合っとります。
せやけど今の妖怪と昔の妖怪は別もんや。
今の妖怪はこの大陸にも生息しとるモンスターを葦原風に言い換えただけ」
じゃあ昔の妖怪は……あ、そういうことか。
帝は対話を持ちかけようとした。
つまりは話が通じるだけの知性があったってことだもんな。
モンスターに話が出来るような知性はないし、確かに別物だわ。
「気付いたようやね。知性もさることながら、その力も段違い。
奴らからすれば弱い弱い人間は餌か玩具みたいなもんや。
融和は不可能。田村麻呂らは戦わざるを得んかった。
せやけど力の差は歴然。逃げようにも船はないし、作ろうとしても邪魔される。
じわじわと真綿で首を絞めるようにご先祖らは追い詰められて行った」
だが葦原という国が生まれた以上、滅びはしなかったのだろう。
むしろ逆に妖怪を滅ぼしたのだと思う。
だが、どうやって?
「田村麻呂は止むを得ず禁を破った。
自らの中に封じ込めていた”九頭竜”という神の力を行使することにしたんですわ。
そこからご先祖様らの反撃が始まった。
九尾の狐、酒呑童子、土蜘蛛、大天狗、名だたる大妖らが田村麻呂の手により討ち取られていった」
「だが、禁なんて言葉を使った以上……」
幽羅が頷く。
「そら当然、代償はありますよって」
だよなあ。
そもそも、封じ込めていたって言ってたし都合の良い力なわけがない。
「端的に言うと暴走やね。力を使い続ければ人間性を失い怪物に成り果ててまうんですわ」
「……読めて来たぜ」
「やろうねえ。せやけど最後まで話は聞いてもらいましょ」
頷く。
読めて来たって言っても不明な部分も多いしな。
コイツの話は最後まで聞くべきだろう。
「連戦連勝。田村麻呂率いる軍勢は妖怪どもを次々討ち果たした。
力を示したからか、人間に降る妖怪もおったらしいですわ。
そして遂には妖怪の親玉である悪路王を追い詰め、
七日七晩に及ぶ一騎討ちの末、田村麻呂は悪路王を倒し葦原を平定した」
めでたしめでたしだな――その後のことを考えなければ。
「その後、帝を長とする朝廷とその手足で軍事力を行使する幕府により葦原の統治が始まる。
田村麻呂は幕府の初代将軍として帝に代わり国の安定を推し進めると同時に、
戦いの影響でますます自身を蝕み始めた九頭竜封印の準備も進めるけど……」
時間が足りなかったんだろうな。
「その通り。将軍職に就いてから二十年。
強靭な精神力を以って抑え続けたけど……もう、限界やった。
田村麻呂は力に呑まれ九頭竜へと成り果て、死と破壊を振り撒き始めた。
もう察しはついとるやろうけど、カールはんが討ったあの蛇は九頭竜の頭の一つや」
想像つくやろ? と幽羅が皮肉げに笑う。
「……悪夢だな」
俺が奴を倒せたのは不思議な力……多分、草薙の剣とやらだろうな。
草薙の剣のお陰だろうが、それ以上に奴が不完全だったからだ。
だがその不完全な状態でさえ覚醒するまでは攻撃もロクに通らなかった。
何とか通しても不死身と言っても過言じゃない再生能力で全部チャラ。
最低でも俺が戦ったあの蛇の九倍は強い奴が暴れまわる光景……悪夢としか言いようがない。
「そう、悪夢や。けど、その悪夢を終わらせた者がおる。
それが田村麻呂の実妹、櫛灘姫――――庵はんらのご先祖様ですわ。
まあ妹言うても田村麻呂とは結構の歳の差あるから、親子みたいなもんやけどな」
……田村麻呂と櫛灘姫のパパさんママさん、頑張ったんすね。
いや、頑張らざるを得なかったのかもしれんけど。
「元々、田村麻呂の一族は特殊な力を持つ血筋だそうで」
やっぱりか。
神様を自分の身体に封じてたわけだしな。
何らかの力を持ってるとは思ってた。
となるとやっぱり、
「妹は最悪の事態に備えて仕込まれたわけか」
「……鋭いなあ」
少し驚いたような表情をしてるが、馬鹿にしてんのか。
話の流れからすれば察しはつく。
「田村麻呂の胤を使わなかったのは望みの子を得られなかったか。
もしくは、力を使ったせいか神を宿した副作用かで生殖能力がなかったからか?」
「ご明察。理由としては副作用による生殖能力の喪失やね」
他に血縁者は居なかったんだろうな。
だから田村麻呂のパパさんとママさんが頑張らざるを得なかった。
「そうして作られた妹は、兄をも凌駕する力を備えとった」
「だがそれは、九頭竜の力なしの……ってオチだろ?」
幽羅が苦笑を浮かべる。
やっぱりそういうオチだったらしい。
「櫛灘姫は人妖問わず戦う意思のある者を率いて九頭竜と戦った。
そして多大な犠牲の末に九頭竜と成り果てた兄の封印に成功する。
せやけど……その封印は永遠に続くようなもんやないし外から無理矢理に破ることも出来る」
だから封印を守護する守人の一族が生まれたわけだ。
まあ、当初はともかく何時からかすっかり腐り切っちまったみたいだがな。
「現に一度、本気でやばい時があったらしいしな。
そん時は首を一本切り離して再封印。切り離された首は……ま、そういうことですわ」
俺が殺ったアイツか。
「そん時に九頭竜は八俣遠呂智に名を改められたんやけど、そこはどうでもええか。
話を戻すと櫛灘姫は永遠にこのままっちゅーんはあり得んと思っとったそうで」
責任感が強い人だったんだろうな。
そういう意味では……うん、庵は櫛灘姫の心をしっかり受け継いでいるのかもしれん。
「そこで姫は守護のため、そして何時かの未来に期待して自らの力を三つに分けた。
一つは攻めの力。邪神に刃を届かせるためのもので”草薙の剣”っちゅー名を与えられた。
草薙の剣は高天原っちゅー葦原土着の神さんの住まう場所を治める天照に預けられて……」
待て、待て。
え、葦原土着の神様とか居るの?
そいつら自分とこの土地で化け物が暴れてんのに何やってるわけ?
「神さん言うても実りを与えたり、水の流れを司ったりとかやから……」
戦いでは役に立たないのか。
困った時の神頼みという気休めすら塞がれてるとかどうしようもねえな。
「話を戻すと草薙の剣は天照の手元に置かれとるけど
櫛灘姫の力を継いだ血族の女が祝詞をあげることで、それを他人に付与出来る」
「祝詞……それって……」
庵が呆然と呟く。
まあ、この子の考えてる通りだろうな。
よくよく考えれば俺も蛇に殺されかけた時、
庵が以前唱えてた祝詞が頭をよぎったような気がしないでもないし。
「で、残す二つの力。
これは大元の櫛灘姫の力から攻撃に使える力……草薙成分を抜き取ったもんどすな。
限りなく櫛灘姫のオリジナルに近いそれを、更に二分割し別々のものに与えた」
一つは言わずもがな、
「私……ですか?」
「正確には櫛灘の長女に、やね。
庵はんのお母上が生きとったんなら今代の姫はお母上のままですわ。
お母上がお亡くなりになったら、その子に。
子が居らん場合は一旦、妹に力が行くようになっとる」
俺と庵は自然と、明美を見ていた。
明美は不快そうに顔を顰めながら、ポツリとこう告げる。
「……あたしは出来損ないだ。今語られてることも一度だって聞かされちゃいねえ」
ああ、そういや出来損ないがどうとか言ってたっけ。
「そう、そこが不思議なんですわ。
田村麻呂のことや櫛灘姫のことを聞かされてないのは当然。
事が事だけに伝える人間は厳選されとったからな。
せやけど、明美はんが出来損ないなのがどうにも腑に落ちん」
明美から殺気が放たれる。
自分で言うのは良いが他人に出来損ないと言われるのは癪らしい。
「櫛灘の姫は代々、最低二人は子供を産んどった。予備は多い方が安心出来るしな。
産めるだけ産んで、その後は封印強化の人身御供に。
何時からかそんな流れが出来上がっとったのホンマ……っと話がずれたな。
記録によると予備の子らは皆、長女には及ばんまでもある程度の力は備えとったらしいんよ」
だから”出来損ない”か。ひでえ話だ。
そりゃ明美も家を飛び出すわな。
だが、腑に落ちない点も幾つか……。
(しかし……胸糞悪いことこの上ねえな)
やっぱり守人の一族はカスだわ。
女一人に寄りかかって安寧を貪ることを選んだ真性の屑だ。
対抗出来る手段がないからしょうがない? 馬鹿が。
本気で何とかしたいなら出来ることはあるはずだ。
(何が大義だ、何が静謐だ、くだらねえ)
女に寄りかかることを選んだ玉無しどもが偉そうなこと抜かしてんな。
屑だって自覚があるならまだマシだが、
自分たちは滅私の心で頑張ってるみてえな面しやがって舐めてんのか。
結局のところ、屑が屑な言い訳して屑を決め込んでるだけじゃねえか。
だってそうだろ?
今話を聞かされたばかりの俺ですら草薙の剣がない場合でもやれることを思いつい――――
(待てよ。そういう、そういうことなのか?)
幽羅を見る。
もしも、俺が考えている通りなら……いや、十中八九そうなのだろう。
コイツは今俺が思いついたことをやろうとしてたんだ。
何のためにかは分からないが、それならコイツとは共同戦線を張れる。
「まあ、何となく予想がつかんでもないけど……」
「良いから話を進めろ。最後の一つはどうなったんだよ?」
明美の殺気が強くなる。
幽羅もこれ以上は触れない方が良いと判断したのか、
軽く謝罪の言葉を口にして続きを語り始めた。
「最後の一つは将軍という”職”そのものに託されました」
「しょ、職そのもの?」
つまり……どういうことなんだ?
「朝廷より下賜される征夷大将軍という職に力を宿し、
その号を受けた者が知らぬまま力を継いで行くっちゅー形ですわ。
いざという時のための備えで将軍の椅子に座った者らは力の存在さえ知りまへん。
……最近になって例外が出来てしもうたけど」
そこで幽羅は大きく息を吐いた。
「とりあえず区切りええとこまで話したけど……どうです?」
真っ直ぐ俺を見つめる。
信じられたかどうかってことだろう。
俺の予想通りなら、疑う余地はないんだが……一応、確かめておくか。
立ち上がり、転がっている屑の下まで歩み寄る。
猿轡を引き千切ると屑はキッ! と俺を睨み付け叫ぶ。
「こ、この度し難い悪党どもめ! さっさと私を解放しろ!!
分かっているのか!? 我らが役目を果たさねば葦原どころか世界……」
ホントもう、死ねよ。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!!?」
腹を踏み付け骨を砕く。
「アンヘル」
「ん」
以心伝心……ありがたいね。
「お前らの役目? んなもんねえよ」
先ほどよりも強く踏み付ける。
骨だけではなく、内臓も破壊するように。
何度も何度も踏み付ける。
だが決して死なない。死ねない。アンヘルが回復しているからだ。
「女――それもこんな子供の何もかもを踏み躙ろうとしてる屑がナマ言ってんな」
もしも、もしも本当にそんな口を利く権利があるなら、だ。
この程度のことで悲鳴なんざあげやしねえよ。
耐えられるはずだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!? やめ、やべぇええええええええ!!!!」
「おい、きゃんきゃん喚いてんなよ。大義があるんだろ?」
所詮、口だけなんだよ。
大義? 世界のため? 嘘こけ。
結局、我が身が可愛いだけだろ。
いや、別にそれ自体は否定しねえよ?
俺だって我が身と、自分の女を最優先にしてるしな。
だが、
「我欲を優先しておいて、さも自分は正義のために頑張っていますみてえな面すんなよ」
屑を踏み付けながら明美とティーツを見る。
二人は呆れたように肩を竦めた。
どうやら、俺が殺った連中以外も似たり寄ったりだったらしい。
スラムで俺が殺ったのが二十人ぐらいで、あっちには三十人ぐらい居たな。
五十人も居てこの有様だ。
一部だけを見て全部を判断するなとは言うけど……期待出来るか? 出来ねえよ。
わざわざ重大な任務を仰せ付かって国外にまで来るってことは、コイツら相当信が厚いんだろ?
こんなのに信を託すような連中の何を信じられる? 何も信じられん。
守人の一族には何一つ期待出来やしねえよ。
「ひぃ……ひぃ……ゆるし……ゆるして……」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら許しを請うゴミ。
俺は燃えるゴミの胸倉を引っ掴み、顔を近付ける。
「皆殺しだ」
「え」
「男も女も、老人も赤子も関係ねえ」
守人の一族とそれに関わる者は、
「皆殺しだ。一人たりとて逃がさない。地の果てまでも追い詰めて殺す」
「な……!? み、みなはかんけい……」
「あるよ。一族の総意なんだろ? だったら一族全体でツケを払わなきゃな」
どっちが正しいとかどっちが間違ってるとかじゃない。
これはシンプルな話だ。
殴りかかっておいて殴り返されないなんて都合の良い話はねえんだよ。
「お前らはお前らの理屈で俺の命を狙い、庵の尊厳を踏み躙ろうとした。
だから俺は俺の理屈を以ってお前らの総てを蹂躙する。
良いか? 先に仕掛けた側に許しを乞う権利なんざねえんだよ」
潰し合う以外の道を閉ざしたのはお前らだ。
ならば、俺はその通りにするだけ。
「立ち塞がれば良い」
屑同士喰らい合おうぜ。
ああ、俺は正義の味方じゃないからな。
手前の理屈で我欲を押し通す糞野郎よ。
そうなることで大切なものが護れるのならば俺は喜んで堕ちるとこまで堕ちてやる。
「許せぬ邪悪めと殺しに来いよ」
俺はその総てを蹴散らそうじゃないか。
「そして、世界に俺の
宣戦布告と共に屑の命を絶つ。
「ふう」
ジジイに無理矢理心を弄くられた時のそれじゃない。
完全にスイッチが入った。
あの時とは動機こそ違えど、モチベは遜色ない。
いやむしろ、今の方が滾ってる感がある。愛する女が絡んでいるからだろうか?
「――――よし、一旦休憩だ」
「「「「「「「え」」」」」」」
あん?
「い、いや……おんし……え、何で……?」
「何でも何も、流石に話の内容が重過ぎて疲れただろ?」
「そ、そりゃそうだが……お前……お前……」
「庵の母ちゃん殺った奴の情報とか、この先もまだヘビーなのが控えてんだぜ?」
ここらで一旦、休憩入れるべきだろ。
何か軽く腹に入れてさ、茶ぁしばいて一服しようよ。
その方が頭も働くだろうしさ。
「俺、何か変なこと言ってる? 実に合理的だと思うんだけど」
「お兄ちゃんの温度差でクリス風邪ひきそうだわ」
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