極東への誘い①

1.波乱の訪れ


 十月中旬。

 秋の収穫祭が間近に迫り、常よりも浮き足立つ帝都を二人の少女が歩いていた。


「ねえ庵、どっかでお茶してかない? クリスもう疲れたんだけど」

「却下。買出しの途中に何を言っているのですかあなたは」


 店を出てまだ五分。

 あまりにも早いクリスの弱音に庵が冷ややかな視線を向ける。


「だってぇ」

「だってぇ……じゃありません。馬鹿言ってないで行きますよ、クリス」


 不真面目なクリスと生真面目な庵。

 この一ヶ月と少しで、二人はカールの狙い通り良い凸凹コンビになっていた。


「働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない」

「ブツブツ文句を言わない。というか、働きたくないと言いながらシフトを増やしたのはあなたでしょう」


 週二日、それが本来の就業時間だ。

 しかしここ最近、クリスは週五日で働いている。

 家が家なのでお金に困っているということはないだろう。

 これは一体どういうことなのかと庵は首を傾げる。


「だって……家に居たらおっかねえのが来るんだもん……」

「おっかねえの……ああ、アンヘルさんとアーデルハイドさんですか」


 実の姉をおっかねえのと呼ぶクリスもアレだが、即座に察する庵も大概である。


「うん。流石にぃ、お兄ちゃんとの時間は邪魔しないわよ?

でもそれ以外の優雅なヒッキータイムの時は遠慮なしに踏み込んで来るんだもん。

ゾルタンに転移を阻害する結界を屋敷に刻ませたのに全然通じないし……!!

何かこう、すっごい壷とかに封印出来ないかな!? 邪神を封印するように!!」


 畜生、畜生と……さめざめと涙を流すクリス。

 迸る駄目さ加減に呆れつつ、庵は少し嫉妬を覚えていた。


(…………何で、家族を大切にしないのでしょうね)


 生まれてから十数年、顔さえ合わせたことはなかった。

 でも、血の繋がりのある家族なのだ。

 今からでも歩み寄れば良い、絆を築けば良いじゃないか。

 なのにアンヘルやアーデルハイドをぞんざいに扱っているのは……少し、気に入らない。


 そんな庵の内心など知らぬクリスは


「あ、駄目……動悸が……お、思い出すと……」


 姉二人の顔を思い浮かべて冷や汗を流していた。


「…………家族だからと甘えていると、その内愛想を尽かされてしまいますよ」


 我慢するつもりだったが、つい毒が口をついて出てしまう。

 少し後悔する庵だったが、


「家族、ねえ」


 クリスは言い返すでもなく、醒めた目でそう呟くだけだった。


「庵は家族が大切?」

「当たり前です。今はもう……居なくなってしまいましたが」

「え」


 驚いたような顔をそるクリスに、そう言えば言ってなかったなと思い出す。


「唯一の家族である母は幼い頃に殺されました」

「あ、その、あー……うー……わ、悪かったわね」


 バツが悪そうに視線を逸らすクリスを見て庵が小さく噴き出す。

 普段は自分本位で奔放に振舞っている癖に、何というか……。


「別に構いませんよ。一つ、区切りはつけましたから」

「そ、そう? じゃあ気にしないけど……」

「ええ、そうしてください」


 こほん、と咳払いを一つ。


「口うるさく聞こえるかもしれませんが、喪ってからでは遅いのです。

ですから、アンヘルさんやアーデルハイドさんとも、もう少し……」


「んー……そうは言ってもねえ。クリス、わかんないんだよね」


 庵の言葉を遮るようにクリスはそう告げた。


「わから、ない?」

「家族っていうのが分からないんだよね」

「家族が、分からない?」


 要領を得ない発言だ。


「例えばさ。お母様と庵がピンチだったとして、どっちかしか助けられないとする」

「はあ」

「クリスは庵を選ぶわよ」

「はぁ!?」

「口うるうさいし、真面目ちゃんぶっててちょっと鬱陶しい時もあるけど友達だもん」


 意味が分からない。

 いや、母親と天秤にかけて選んでくれるぐらい好かれているのは素直に嬉しい。

 だが、あっさりと母親を切り捨てるような選択肢を選ぶなど……と、そこで庵は気付く。


「…………あの、ひょっとしてお母様とは仲が悪かったのですか?」

「いや別に? 単にどうでも良い存在ってだけ」

「ど、どうでも良いって……」


「あー、最初に言っておくけどさ。クリスは全然気にしてないから。

だからこれから話すことを聞いても、変に気を遣わないでくれる?」


 どういうことだと首を傾げる庵だが、

 クリスが念を押すように良い? と言って来るので素直に頷く。


「クリスね、お母様と顔を合わせたの一度しかないの」

「え」


「赤ん坊の時とかは別かもしれないけど流石に覚えてないから実質一度だけで良いと思う

で、そのたった一度にしてもさ。わざわざクリスの前で命を絶つために姿を見せたって言うね」


 何でもないことのように告げられた事実に庵は言葉を失う。


「ま、あの人はあの人で追い詰められてたんだけどさ」

「だ、だとしても……そんな……だって、母親が……」

「庵のお母様はとても素敵な人だったのね。でも、世の母親皆がそうとは限らない」


 これはそれだけの話なのだとクリスは言う。

 だが庵は納得できない。

 そんな、そんな簡単に割り切ってしまって良いのか?

 それでは、それではあんまりだろう。

 クリスがあまりにも……報われない。


(悲しむでも、憎むでもない。多分、クリスは一度もそんな感情は抱いていない)


 どうでも良い。

 本当にその通りなのだろう。だがそれはあんまりだ。

 クリスが薄情だと言いたいわけじゃない。

 クリスが憐れなのだ。

 そんな風にしか受け止められないような環境で育ってしまったことが……悲しいのだ。


「一番身近に居るはずの人がそんなだから……家族ってのがよく分からないの。

次点のお父様もねえ。そもそも、クリスだけの父親ってわけじゃないし。

何より立場上、そう軽々と会いに来ることも出来なかった。

お母様よりは顔を合わせてるけど……それでも、三回ぐらいじゃないかなあ?

他の兄姉は言わずもがな。そもそも同じ場所で暮らしてないしクリスに近付きたくもなかったと思うよ」


 庵は最悪の想像に思い至る。

 この子は、クリスはひょっとしたら一度たりとて――――


「一応、何不自由なく暮らせていたわけだから……。

それをお父様の愛と言い換えることも出来なくはないけどさ。

お金を出せばそれが愛なの? いや、貧しい人とかならそれは紛れもなく愛だと思うよ?

でも掃いて捨てるほどお金持ってる人がやる分には……ねえ?

それだけお金があるってことは相応の地位にある人間だもの」


 単に醜聞を表に出したくないから。

 そう捉えることも出来るんじゃない? そう淡々と指摘するクリス。


「ああ、あくまでそういう捉え方も出来るって話で事実ってわけじゃないわよ?

実際、お父様のそれは善意からだろうし。

ただあの人は立場に相応しからぬ私人に見えてその実、圧倒的に……いや、これは庵にする話じゃないか」


 こほんと咳払いをしてクリスは話を戻す。


「兎に角、そんな感じだからさ。家族とか血の繋がりってよく分からないのよね。

そこに特別なものを見出すことがどうしても出来ないんだ。

結局、クリスの世界を変えたのだって血の繋がりどころか面識すらなかった赤の他人だったしさ。

アンヘルお姉様もアーデルハイドお姉様もクリスのそういう部分は理解してると思うよ。

理解した上で、それを良しとしてくれてる。だからクリスはこれで良いの」


 庵は最悪の想像が正しかったことを痛感する。

 クリスは、


(兄様に出会うまで……愛されたという実感を一度も得ないまま、生きてきた)


 そして愛したこともない。

 カールが、血の繋がらない赤の他人が初めてだったのだろう。


「クリスは……クリスはどうして……」

「?」

「どうして、生きて来られたんです……か?」


 酷い境遇の者は探せば幾らでも居るだろう。

 スラムの子供たちもそう。

 親に愛されず、望まれず、底辺に堕ちた者は何人も居る。

 彼らもカールに出会うまでは酷い顔をしていた。

 だけど、彼らは心のどこかで求めていた。愛を、温もりを、誰かに望まれることを。

 言い換えるならそれは他者への期待だ。

 そして誰かに、何かに期待するということは、

 その胸に希望の光が灯っているからに他ならない。


 だがクリスの場合はどうだ?


(多分……ううん、間違いなく兄様に出会うまで、誰に期待したこともない)


 期待もせず、希望も抱かずに生きる。

 それは、それは何と恐ろしいことだろう。


「あー……あのさ、庵って物事を難しく考え過ぎじゃない?

何で生きることを一々そんな高尚に捉えてるの?

他人に期待しないこと、他人に期待されないこと、それってそんなに重要?」


 重要だろう。

 でなければ……ひとりぼっちじゃないか。

 ひとりぼっちは寂しいし辛い。


「クリスは特別辛いとか寂しいとか思ったことはないけど?」

「でも……でも……!」


 感情が溢れ出し、上手く言葉にならない。

 ぽろぽろと流れ出す涙を止めることもできない。


「わ、わ……い、今は違う! 今は違うんだから!!

今はお兄ちゃんに嫌われたらとか……想像するだけで死にたくなるし!

お兄ちゃんにもっと愛されたい、甘やかされたいって常時思ってるし!

あーもう! だから泣かないでよ! 何かクリスが悪いことしてるみたいじゃん!!」


 クリスは涙目になりながら庵を人気のない場所まで連れて行く。

 そして、彼女が落ち着くまでその背を擦り続けた。


「…………み、みっともないところを見せてしまいましたね」

「いやまあ……はい」

「その、あの……」


 クリスの顔が真正面から見られない。

 羞恥と……罪悪感にも似た感情が言葉を阻害する。

 そんな庵の様子にクリスが深く溜め息を吐く。


「はあ……だから気にしないでって言ったのに……」

「そ、そんなことを言っても……普通、気にするでしょう……」


「良いじゃん。クリスも庵も色々あったけど今は幸せなんだしさ。

何かこう、最終的に綺麗に収まったのなら過程は無視しても良い……良くない?」


 良くないだろ、と思ったが口には出さなかった。

 一ヶ月と少しの付き合いで分かっていたつもりだが、今改めて痛感した。


(……根本的に在り方が違うんですよね、私とクリスでは)


 自分の在り方を否定させはしない。

 だがクリスの在り方も否定はできない。

 話の重さが重さだけに引き摺られてしまったが、


(これ以上は……ですね)


 本気で困っているクリスを見ていると罪悪感を覚える。


「申し訳ありません、私のせいで」


「いや、まあ、何ていうか……クリスもちょっと軽率だったわ。

真面目ちゃんとこういう話をすればどうなるかを考えるべきだった。

姉様二人がふーんで済ませてたから油断してたわ」


 ふーん、で済ませるアンヘルとアーデルハイドに頬が引き攣る。

 だが口には出さない。

 価値観とは多様であるべきなのだから。


「お詫びというわけではありませんが、少しお茶でもして行きましょうか」

「! 良いの?」

「ええ、話し込んでしまったせいで時間も結構経ってしまいましたからね」


 何時もなら、だからこそ急がねばと思うだろう。

 だが今回は原因がこっちにある。

 ならば今日はクリスに合わせよう。

 自分らしくはないが……たまにはこういうのも良いかもしれないと庵は小さく笑った。


「……ラインハルトさんと兄様には後で一緒に謝りましょう」

「うんうん! それで良いと思う!」


 もしこの場にカールが居れば笑っていただろう。

 この二人を組ませたのは正解であったと。


「そう言えば庵に聞きたいことあるんだけど」

「何です?」

「庵って下着つけてるの?」

「…………喧嘩売られてます?」

「違う違う。前に本で読んだんだけど和服はノーパンが基本って」


 談笑しながら歩いていた二人だが、はたと足を止める。


「「……」」


 揃って警戒心を露にする二人、だがそれも当然だ。

 大通りにあるケーキ屋に向かっていたはずなのに気付けばスラムに居たのだから。

 それだけでも十分に異常なのだが……。


「……人の気配がまるでない」


 スラムにある開けた大きめの広場。

 元スラム暮らしの庵からすればここに人が居ないのは極めて不自然なことだった。


「大抵は誰か――――」


 と、その時である。

 音もなく黒装束の集団が姿を現したのは。

 自分たちを包囲するように現れた者らを見て庵は確信する。


「…………クリス、逃げなさい。多分、あれは私のお客です」


 服のデザインや髪、肌の色からして葦原人なのは間違いない。

 元ヒッキーだったクリスが葦原に狙われる謂れはないだろう。

 いや、貴族なので可能性はゼロではないが葦原人となると自分が標的と考えるのが自然だ。

 ゆえに逃げろと言ったのだが、


「やだ」

「はぁ!?」


 紫水晶を握り締め既に助けは求めた。

 だが、妙な術を使って誘い込むような輩だ。

 カールも直ぐに駆けつけられるかは分からない。

 だから関係のないクリスは逃げるべきだと言うのに……。


「って言うか何で命令されなきゃいけないわけ? 先輩面? 先輩面してんの?

お? お? 年上ぞ? 我年上ぞ? 勤続期間が上だからって年上相手に舐めてんの?」


「お、お馬鹿ッッ!!」


 今は真面目な場面だぞ。

 アホなことを言ってないでさっさと逃げろ。

 そう叫ぼうとした庵だが、


「言ったじゃん――――”今は違う”って」

「あ……」

「その……まあ、何? 友達を見捨てて逃げるのは後味悪過ぎるし……」


 クリスが醒めた視線を黒装束の集団に向ける。


「逃がしてくれないでしょ、あれ」

「で、でも……!」


 と、そこで黒装束の者らがようやく口を開いた。

 しかし彼らの口から放たれたそれは庵からすれば最悪のものだった。


「目的は庵様の身柄だけだったのだが」

「どうする?」

「憂いを断つためにも殺す」

「不憫ではあるが、運が悪かったと思って諦めてもらおう」

「草薙の回収に向かった者らも直に戻って来よう。さっさと済ませるぞ」


 黒装束の一人がゆっくりと前に歩み出る。


「万が一の事態も許されぬのだ。赤毛の少女よ、どうか我らを恨んでくれ」


 憐れみを滲ませた声と共に男は短刀を抜き放つも、


「――――それが遺言で良いんだな?」


 その刃がクリスに向け振るわれることはなかった。

 男は突如、背後に現れた気配を薙ぐように刃を振るう。


「じゃあ死ね」


 だが刃は届かず。

 それよりも早くカールが男の頭を鷲掴み地面に叩き付ける。

 痛め付けることが目的ではない。

 殺すためのもの。

 男の頭部は石榴のように砕け散った。


「兄様!!」

「お兄ちゃん! え、何? タイミング良過ぎない? 出待ちしてた?」

「してねえよッッ!!」


 カールが……世界で一番強くてカッコ良い、愛する男が来てくれた。

 もう何も心配することはない。

 庵の胸中にあった不安は完全に消え去っていた。


「く、草薙の男……何故、此処に居る!?」


「あん? ああ、あの忍者もどきどもか。連中の相手は人斬りコンビに任せた。

俺一人でも問題はなかったろうが、他に急用があったもんでね」


 この場で庵とクリスだけが気付いていた。


「人斬りコンビ? ……いや良い。どの道、貴様は殺さねばならんのだ」

「ああ、ここで奴を仕留め庵様をお連れするぞ」


 黒装束の集団は気付いていない。


「貴様に恨みないが」

「大義がため」

「我らが双肩にかかる葦原――否、世界の静謐がため」

「死んでもらうぞ」


 自分たちの行動がカールの逆鱗に触れてしまったことに。


「庵、クリス、ちょっと目を閉じてた方が良いぜ」


 黒装束の集団が殺意も露にカールに襲い掛かる。


「――――ただ殺すだけじゃ終わらんだろうしな」


 瞬間、鮮血の雨が降り注いだ。

 どさ、どさ、と頭部のない骸が地に落ちる。

 カールが何をしたのか、素人である庵やクリスは当然として、

 手練れであるはずの黒装束の者らでさえ分からなかっただろう。


「はあ……ホントもう、何で俺の人生にはこの手の輩が付き纏うんだろうなあ」


 カールの肉体から溢れ出る紫色の靄が、

 最初に殺された者を含め物言わぬ屍となった者らの身体に吸い込まれていく。

 するとどうだろう?

 死んだはずの彼らが立ち上がったではないか。


「気で身体を操る、俺のオリジナル技。

不純で不埒なマリオネットお人形遊び・プレイ”――ホントはエロ目的で開発したってのによお」


「き、貴様ぁあああああああああ! 死者を冒涜するか!?」

「怒ったか? だとしたら嬉しいね。そのためにやったんだもん」


 ゲラゲラと笑いながら死体人形に滑稽な踊りを踊らせるカール。

 明らかな挑発。だが、効果は覿面。

 激怒した黒装束らが襲い掛かるがあっさり返り討ちにされ人形が一体、また一体と増えていく。


「……ここは一旦退いて、策を練り直すぞ!!」


 残る黒装束が五人ほどになった時、リーダー格の男が撤退の指示を出す。

 だが、


「誰が逃げて良いなんて言ったよ」


 カールの姿が掻き消えたと思ったら、別の場所に居た五人が同時に崩れ落ちる。

 息はある。ただ、その四肢の骨は完全に砕かれていた。立ち上がることさえ出来ないだろう。

 カールは死体人形を操り、身動きが取れなくなった五人を中央に集める。

 五人は恐怖と怒りが入り混じった表情で叫ぶ。


「くっ……何も知らぬ愚か者が……!!」

「き、貴様は自分が何をしているか理解しているのか?!」

「我らは……」


 カールらはそれらを無視し、リーダー格の男の胸倉を引っ掴む。

 そして、


「お前らがどこの誰で、どんな目的があるとか知ったこっちゃねえ」

「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!!!」


 躊躇なく片目に指を突き入れ、ぐちゃぐちゃと掻き回す。


「事実はたった一つ」


 普段から感情の起伏が激しいカール。

 しかし、今はどうだろう? 表情は完全な無。声もまるで抑揚がない。

 恐らくは怒りが臨界点を越えてしまったのだろう。


「お前らは俺の女に手を出そうとした、ただそれだけだ」


 指を引き抜き今度は折れた右手首を掴む。

 既に砕けた骨に更なる負荷が加えられ男は更に顔を歪める。


「なら、報いを受けなきゃなあ」


 手首を引っ張り、力任せに腕を引き千切る。


「~~!!+!+!!!IK!”K!K!!1?!」


 次いで左腕も同様に。

 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしつつ、男は叫ぶ。


「待で! 待ってくれ! は、話を……話を聞いてくれぇえええええええ!!」

「知らん」


 パン、と張り手を一発。

 男の頭部が吹っ飛ぶ。

 カールは絶命した男の骸をゴミのように放り投げ四人に向き直る。


「さて、次はお前らだな。どう料理してくれようか?」

「ひっ!? お、落ち着け……いや、落ち着いてください!!」

「あ?」

「り、理由を……狙われた理由を知らねば不安でしょう?」

「ふむ……続けろ」


 その言葉に活路を見出したのだろう。

 話を持ち掛けた黒装束――声からして女か。

 女が恐怖を必死に押し殺しつつ、言葉を続ける。


「わ、私はもうあなたに逆らう気はありません。

す、すべて……すべてお話しますし、奴らを討つというのなら協力致します。

私は必ずやあなた様のお役に立てます。立ちます!

ですので……どうか、どうか命だけは……命だけは御助けくださいませ」


 女の懇願を受けカールは頷いた。


「成るほど、確かにその通りだ」

「では……!」

「だが別にそれはお前じゃなくても良いと思うんだ」

「な……!?」


 カールは四人の顔を順番に見つめ、こう告げる。


「一人だ、一人だけ助けてやろう。

生き残りたい奴が居るなら殺し合え。生き残った一人を俺は協力者として迎えよう」


 四人は無言で顔を見合わせ、


「「「「……ッッ!!」」」」


 殺し合いを始めた。

 四肢の骨が砕かれた状態での殺し合い。

 泥仕合と呼ぶのもおこがましい有様だ。


「う、うわぁ……」


 凄惨な光景に軽く引いているクリス。

 軽く、で済んでいるのは生来の図太さと悲惨な生い立ちゆえだろう。


「つか庵、クリスはともかく庵は見ない方が……」

「……いいえ、そうはいきません」

「え」


 庵は嫌悪や恐怖を露にするでもなく、

 能面のような表情で四人の殺し合いを見つめていた。

 当初こそ、カールの怒りに恐怖していたが……思い出したのだ。

 コイツらがどこの誰かを。


(私を狙っていたということは……ッッ!!)


 真っ当な良識を持つ庵だ。

 もしこれが自分とは縁も所縁もない、

 ただの通り魔的強盗か何かならばカールに助命を乞うていただろう。

 それが叶わぬのなら、せめて一思いにと。

 自分の命が危なかったとしても、庵はそこまで人を憎めない。


 しかし、自分を知っている葦原の人間となれば話は別だ。

 友好的な接触をしていたのならまだしも、敵対的な接触をして来た。

 となれば……怪しい。実に怪しい。

 凶衛を送り込んだ何者かの一派である可能性が非常に高い。

 だからこそ最初、クリスに逃亡を促したのだ。


 仮に想像通りなら……ああ、ならば容赦などする必要はないだろう。

 母を奪い、今また友さえ手にかけようとした者らに与える慈悲なぞあるものか。


「……終わったようだな」


 時間にして三十分ほどか。

 ようやく、最後の一人が選ばれた。

 選ばれたのは話を持ち掛けた女だ。

 息も絶え絶えで、口の周りは血塗れ、酷い有様だがその表情には安堵が浮かんでいる。


「ち、治療を……治療をお願いします……」

「は?」


 何言ってんだコイツ? という顔をするカール。


「仲間なんだからさあ、やっぱ裏切りとかは良くねえよ。お前も逝かなきゃ……ねえ?」

「な……!? そんな……そんな、約束が違う!!」

「問答無用で襲って来たお前らにそんな都合の良い展開が訪れるとでも?」


 馬鹿が、とカールはせせら笑う。


「わ、私を殺せば情報が――――」

「知らん」


 バッサリ斬り捨てられ、女の表情が絶望に歪む。

 カールはそれを一瞥し、その頭を踏み潰した。


「ふぅ」

「ふぅ……じゃありません! 情報も聞き出さずに殺すなんて……!!」


 かつては明美からの情報提供を断った。

 しかし、以前とは状況が違う。

 こうして再度、狙われた以上は……ああ、決着をつけねばならないのだ。

 だというのに貴重な情報源を! と憤る庵だが、


「ま、待て待て! 落ち着け庵、情報源は別にある」

「え……そ、それはどういうことでしょう?」

「いや、俺も狙われたんだよ。コイツらの仲間に」

「そう言えば……」


 そのようなことを言っていたような気がする。


「ティーツと明美に確保を頼んであるから大丈夫だ」

「え、あの二人が……どうして……」

「そこらの事情は俺も詳しくは聞いてない。急いでたからな。だからそれも含めて……」

「兄様?」


 突然、カールが険しい顔をしたかと思うと自分たちを背に庇った。

 黒装束の男らが生きていた時は、そんな素振りを見せなかったのに、今、それをした。

 その意味に気付き、庵の身体が硬くなる。


「あらあら、そない警戒せんでもええですよって」


 女の声が聞こえた。

 どこかで聞いたような覚えがある。

 これは……。


「テメェ……幽羅ァ!!」

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