きれいなもの⑦
1.ロイヤルシスターズ
その日、屋根裏部屋は微妙に重苦しい空気に満ちていた。
その原因はアンヘル、アーデルハイド、クリスの……姉妹らしき三人だ。
いやクリスはちげーな。コイツは平然と菓子をパクつきながら雑誌読んでるし。
だんまりなのはアンヘルとアーデルハイドの二人だ。
「「……」」
昨日、アンヘルがクリスを拉致って消えた時点でね。
まあ、何らかの説明があるとは思ってた。
予想通り、今日、お昼を少し過ぎたあたりにやって来たんだが……気まずいよな。
俺に隠し事をしてたってのもそうだが、特にアーデルハイドとかはね。
だからどう切り出せば良いか分からないんだろうが、このままじゃ埒が明かん。
なので俺が話を切り出そうと思ったのだが、
「あの、御三方は姉妹なのでしょうか?」
同席している庵が先に切り出した。
「まあ、その……姉妹か姉妹じゃないかって言われたら……ねえ?」
「ええ……あー……まあ、その……何と言いますか……」
「姉妹なんでしょ? もうスパっと言っちゃいなよ」
シャルが援護射撃というか、追撃を仕掛けた。
というか何でコイツも居るんだろう?
いや、部屋の隅に簀巻きで転がってるゾルタンは分かるけどね。
「そりゃ私は知ってたもの」
「マジで?」
「マジでマジで。まあ、クリスちゃんもそうだとは知らなかったけどね」
何か割とショックだわ。
「! ち、違うのカールくん! これは、その、カールくんを除け者にしたとかじゃなくて……」
顔に出ていたのだろう。
慌ててアンヘルが弁解を始めた。
「時系列的には……えっと、ややこしいな……」
「カールがアーデルハイドと関係を持つ以前にその存在を知ったんだよ。
まあ、ちょっとした事情で偶然、姉妹が再会する場に居合わせてね」
それならまあ……良いかな。
というか、シャルはどうしてそんな場に居合わせたんだよ。
「君に黙っていたのは……アンヘルがアーデルハイドと再会した後に……その、何だ。
ちょっと不機嫌? になっちゃってね。複雑な事情があるのだと思って黙ってたんだよ。
ほら、アーデルハイドと君が色々あった期間、私、店に来なかっただろう?
あの時、アンヘルを宥めていてね。で、久しぶりに店に出たら……」
俺とアーデルハイドがデキてたってわけか。
言い出すタイミングを完全に逸したよな。
「……申し訳ありません、カールさん……」
しょぼんと項垂れるアーデルハイド。
お前は良いよ。お前の場合は……ねえ?
「私も、まさかアンヘルがカールさんと関係を持っていたとは思わず……」
そうだよなそうだよなあ。
許されないことを妹にしてしまったけれど本当は元の関係に戻りたい。
その本音を看破し俺はアーデルハイドに謝って来いと背中を押したのだ。
でも、結局望み通りにはならなかった。
ちゃんとさよならをするために最初で最後の姉妹喧嘩をすることになったんだよな?
その話を聞いた後に、俺と関係を持ったわけだが……。
(翌日じゃん)
その翌日だものコイツらが顔を合わせたのって。
気まずいとかそういうレベルじゃねえだろ。
「その、カールさんに余計な心労をかけたくなかったので……」
「分かってる分かってる」
決別した姉妹が実は同じ男と関係を持ってました。
それを知らされた男はどうすれば良いんだ。
両方の事情を知ってるからな。気まずいとかそういうレベルじゃないぞ。
「だからまあ……その、姉妹としては決別したけど……別の姉妹でってことで一先ず手を打ったの」
俺が言うのも何だけど、この姉妹って割と馬鹿だよな。
「ぶっちゃけ会話してるだけで殺意沸くレベルだったけど……」
「シャル……ティアさんに間に入ってもらいまして」
「とりあえず、普通に会話出来る程度にはなれたんだよね」
シャル、地味にお手柄じゃねえか。
俺は褒美代わりに指でクッキーを弾き奴の口元に放り込んだ。
「ちなみに……だが……その、今はどうなんだ?」
アンヘルに問う。
アーデルハイドは関係修復を望んでいたが、アンヘルは違うからな。
「…………正直、元の姉妹としてやり直すっていうのは……まだちょっと……。
いや、分かってるんだよ? 悪気はないんだって。
でも、悪気はないとしても私の前にあんな姿を晒すとか……あ、駄目……思い出すと……」
ワンピースから覗く白く細い手足が闇に染まる。
ドクドクと光輝き脈打つ血管のような真紅のラインが酷く禍々しい。
え、っていうか何これ?
そう言えばジジイにキレかけてた時もこんな状態になってたけど……。
「君、闇の眷属か何かだったの?」
「え? あ、いやこれは……魔法少女の変身……的な?」
ねーわ。
白目が漆黒に染まった魔法少女とか怖過ぎる。
「いやだが……魔法少女ではないけど……カッコ良いな……」
「そ、そう? 良い感じ?」
「ああ、すっごく良い感じだ。男の子ハートをこれでもかと刺激しやがる」
俺も真似出来ねえかな?
だが、魔法を使えない俺は気に頼るしかないわけで……。
「
というか殆ど使え――いや待てよ。
ジジイに暴走させられた時、闇気を使った覚えがあるぞ。
闇気を凝縮して馬鹿でけえ手を作って攻撃したような……技名何にしよう?
大雨洪水張り手警報とかどうだろうか?
「他の属性でなら似たような真似は出来るが……試してみるか」
一度使えたわけだし、適正がないわけではないと思う。
気を練り、練った気を毛穴から噴き出すようなイメージで左手に纏わせる。
纏わせた気を闇の属性に変換――――
「で、出来た……」
通常、何の属性も与えていない気の色は個人個人で異なる。
俺の場合は紫で、ジジイはその者の資質がどうとか言ってたがよく覚えてない。
ま、それはさておきだ。
さっきまでは紫の靄が纏わりついていたのだが今は完全な黒に変わっている。
「後はコイツを凝縮して肌に貼り付けるようにすれば……」
「カールカール、脱線しまくってるよ」
「おっと、こりゃ失敬。何の話だっけ?」
「アンヘルがアーデルハイドをどう思ってるかだよ」
ああ、そうだったそうだった。
「で、どうなの?」
「あ、うん。姉妹としては無理だけど……まあ、知人友人ぐらいなら、ね」
「……そっか」
「同じ人を、好きになった仲だもん」
苦笑気味にアンヘルはそう言った。
同じ人を好きになる、普通は修羅場待ったなしだ。
だが俺の場合は誰か一人を選ばないからな。
シンパシー……のようなものを感じているのかもしれない。
実際のところ、そう簡単に言語化出来るようなものじゃないんだろうけどさ。
「まあ、その、何だ。俺は無理に関係を修復しろとは言わんよ。
いや、流石に一緒に居ると殺意を抑えきれないとかそういうレベルだったら話は別だがな」
「分かってるよ、カールくんは……そういう人だもんね」
クスリと笑った。
透明な、可愛らしい笑顔だ。
とてもさっきまで魔王少女みてえな姿をしてた奴と同一人物には見えないな。
切り替えの早さに頼もしさと恐怖を感じるわ。
「とりあえずアンヘルとアーデルハイドの問題は大丈夫みたいだな」
二人がコクリと頷く。
なら、これで真剣な話は終わりだ。
姉妹って形でなくとも普通に付き合えてるのが確認出来たのならそれで良い。
「ところでさ、何でクリスは二人のこと知ってたわけ?」
クリスは俺が引き摺り出すまで屋敷を出たことはないはずだろ。
まさか会いに行ったのか?
いや、流石にそんな真似はしないか。
「でも微妙にポンコツなアーデルハイドなら善意で会いに行った可能性も……」
「し、失礼な! 流石に私もそれぐらいは分かりますよ!!」
「あ、そう?」
クリスとその母親からすれば二人は存在自体が気に入らんだろうしな。
あ、いやクリスは違うか。
コイツは別段、どうとも思ってなさそうだし。
「それじゃあ何で……」
「お母様が呪いに使うために二人の写真を持ってただけよ」
雑誌から視線を外さずクリスが答えた。
うん、あの、俺、どういうリアクションして良いのか分かんねえや。
「ま、まあ何だ……一応聞いておくが、アンヘル、アーデルハイド。
お前らクリスに対しては別に思うところはないんだよな?
俺絡みで嫉妬とかはあるにせよ、姉妹としては」
「うん。そもそも、何か思うような接点もなかったからね」
「同じく」
そうかそうか。
「なら、コイツの社会復帰を手伝ってくれ」
俺という存在抜きにして無関係なら流石に気が咎めるけどさ。
姉妹なんだったら問題はない。
いや、現時点で既に庵は巻き込んでると言えなくもないが……ねえ?
こっちは友達にって思惑もあったからさ。
「え、クリスは嫌なんですけど。だってお姉様二人、明らかにやべー空気纏ってるもん」
俺、アンヘル、アーデルハイドの三人が頬をヒクつかせる。
だが次に重ねられた言葉は予想外のものだった。
「いやだってもう、女の子の形した怪物か何かでしょ?
クリスがお兄ちゃんに追い掛け回された時と同じものを感じるもん」
目を丸くする俺たち。
いや、同じ令嬢でもアンヘルとアーデルハイドは分かる。
力持つ者だからこそ、同じように力を持つ者を感じ取れても不思議ではない。
特にアーデルハイドの方は各地を放浪して戦ってたみたいだしな。
でもこの箱入りヒッキーは違うだろう。
(一応、逃げ回ってる時の感じから結構なポテンシャルは秘めてると思ってたが……)
ひょっとして、見積もりが甘かったのか?
「いや、やべー具合ではお兄ちゃんのが上だと思うわよ?
でも、何だろ……お兄ちゃんのやばさは、そうそう見られるものじゃないと思うの。
だからクリスも気兼ねなく甘えられるんだけどぉ、お姉様たちって短気っぽいしぃ?」
その短気な相手に煽るようなことを言うな。
「簡潔に言うとアレよね。マジ勘弁」
すげえな、ホントすげえなコイツ。
「…………ねえ、アーデルハイド」
「…………ええ、アンヘル」
頷き合う姉妹。
言葉は少なかったが、二人は確かに通じ合っていた。
「お姉ちゃんだものね」
「お姉ちゃんですもの」
「あれ? 何かこの部屋寒くない? ちょっとお兄ちゃん、こっち来てギュっとして」
クリス、とりあえず雑誌から視線を外せ。
姉ちゃん二人を見るんだ。
お前が言うところのやべー状態になってるから。
「安心してくださいカールさん。この子は私たちが立派な淑女に育て上げてみせます」
「うん、何処に出しても恥ずかしくない立派なレディにね」
「お、おう……そうか……き、期待してるよ」
ニコォと笑う二人がとても怖い。
「とりあえず仕事のない日は……ぐらい……」
「いえ、それじゃ甘いわ……二十時間……」
「……二十四時間耐久…………」
「そう言えば旅先で、とある部族が子供を育てるために……の群れに……」
あー、あー、あー、聞こえない聞こえない。
でもとりあえず謝っとく。ごめんクリス、ちょっと軽率な発言だったわ。
「ついでにゾルタン先生も……フルコースで……」
「ああ、丁度良い刑罰になるかも」
「!? むぅー! むぅー!! むむー!!!?」
ゾルタンはどうでも良いや。
(そういえば)
ふと思ったんだけどさ。
(――――コイツらのお父ちゃん不幸過ぎへん?)
まず一つ目、娘が自分の暗殺を企てる。
で、その娘は十中八九殺された。
というか周囲に示しをつけるためにも殺さざるを得なかったのだと思う。
(もうこの時点でお腹いっぱいなんだけど……)
まだまだ続く。
二つ目、妻の立場を良くするためにと頑張ったけど生まれた娘が魔法を使えなかった。
一般人ならともかく貴族でそれはマズイ。
三つ目、妻が自殺する。その原因は他ならぬ魔法が使えぬ娘。
(もう既にグロッキー状態なのに容赦なくパンチが降ってきやがる……)
四つ目、娘――アンヘルが精神寄生体に心を壊される。
五つ目、四つ目に絡んでアーデルハイドが罪悪感から放浪の旅に出てしまう。
(何この不幸の欲張りセット)
何が酷いってさ。
全部の不幸の時系列が近いんだよ。
(何かもう、俺泣きそうだわ)
クリスのことをゾルタン通じて頼んで来た時はね。
正直、ふざけんなって思ったよ。
だがこうして全ての点を繋げて描かれた像を見てしまうとさ。
もう、哀れみの感情しか沸いてこねえ。
(これが糞親ならともかく……)
十中八九、まともな親父っぽいしなあ。
いや、会ったことはないけどさ。
でもゾルタンを通して見えるものとかから察するにね。
(家庭だけでも酷いのに、大貴族ってことは……なあ?)
気苦労多過ぎて、親父さんの毛根死滅してんじゃねえの?
「………………アンヘル、アーデルハイド、クリス」
「「「はい?」」」
「その、何だ……お前ら……父ちゃんは、大事にしてやれよ」
珍しく親切心を露にする俺だが、
「「「えー……」」」
当人らの反応は微妙なものだった。
「いや、まあ……ねえ?」
「ああでも、カールさんの見えているものだけなら……」
「……知らないって幸せだよねえ」
おい、何だよその困った人を相手にするような顔は。
え、何? ひょっとしてロクデナシだったりするの?
「むぐぐぐ……いや、それは違う! へい……ん゛ん゛!
彼女らの御父君はそれはもう、素晴らしい男さ!! ぶっちゃけ僕は惚れてる!!!」
簀巻きにされ猿轡を噛まされていたゾルタンが猿轡を噛み千切り反論の声を上げる。
だが、最後の情報は余計だ。
お前の恋愛事情とか欠片も興味ねえから。
「つーかお前、子持ちやぞ」
「それでも良い! いや、逆にそれが良い!!」
そういやコイツ、寝取られ好きも併発してるんだったか。
救えねぇ……ホント、救えねえ……。
「んー……?」
庵が何やら不思議そうな顔をしている。
「ゾルタンさんは男。御三方の御父上というからにはその方も……」
「庵、それ以上は何も考えるな。お前にはまだ早い。分かったか? 分かったら返事をしなさい」
「え、へ? は、はい」
「よろしい」
だがゾルタンは半殺しにしておこう。
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