きれいなもの⑤

1.ロイヤルチャレンジ~後始末~


「う……ぐぅ……」


 身体が、身体が鉛のように重い。

 頭もガンガンする。

 二日酔い……じゃない。アルコールのそれとは違う感じだ。

 何だ、この酷い倦怠感は。


「ん?」


 ふと、温かくてやわっこい感触を肌に感じ……肌?

 え、あれ? 俺全裸? 何で?

 というか……何処よここ?

 視界に広がる天井、まるで見覚えがない。

 一番近いのはアンヘルとアーデルハイドの私室。

 つまりは、良いとこの空気を感じるわけだが……さて。


「!?」


 不思議に思いつつゴロンと頭を横に倒すと信じられないものが目に入った。

 深紅の髪をした少女の裸体だ。

 それが、俺に抱きついている。

 温かくてやわっこいものの正体は間違いなくこれ――――


「ってコイツ、クリスじゃねえかァ!!!!」


 未だ頭はガンガン痛むし、身体はクソほど怠い。

 しかし、少しは思考能力が戻った。


「これって……嘘、マジで?」


 いや待て。まだ分からない。

 たまたま男女が全裸で抱き合って寝ていただけかもしれない。

 まだそうと決まったわけじゃないだろう。焦るな俺、これは孔明の罠だ。

 とりあえず、確かめてみよう。

 何、俺の想像は直ぐに間違いだったと判明するさ。


「……」


 そっと、そっとシーツを剥がしてみる。


「あ、駄目みたいですね」


 剥がすんじゃなかったと即座に後悔した。


「ハッ!?」


 視線を感じ顔を上げるとクリスがじーっと俺を見つめていた。

 だらだらと流れ出す冷や汗。

 俺の動揺を知ってか知らずかクリスが口を開――――


「――――おはよう、お兄ちゃん♪」


 コイツが犯人か。

 ニタァ、と笑うクリスを見て俺は確信した。


「ッ!? あいっだぁあああああ!? いだだだだだだだ!

われ……割れる! 頭割れったぁああああっだだだだだだだ!?」


 力を借りますフリッツ・フォン・エリックさん!

 彼の代名詞とも言えるアイアンクローを仕掛ける俺。悶えるクリス。


「テメェ……! 一体俺に何をしやがったぁああああああああああ……!!」

「ひ、酷いよお兄ちゃん! き、昨日はあんなに可愛がってくれたのに!!」

「抜かせェ! テメェ、俺の飯に何か盛っただろォ!?」


 少しずつ、少しずつ思い出してきた。

 昨夜、俺はクリスに晩飯をご馳走になったのだ。

 ゾルタンも同席していたな。

 味は……まあ普通に美味しかった。

 家庭で作る料理としては、十分以上の点数だと思うよ。

 だが食事も残すところ後少しってところでよぉ……急に眠くなってきたんだ。

 頭もぼんやりして、思考が散り散りになってくんだよ。

 したらクリスが少しソファーで休んだら? なんて言うわけ。

 俺は促されるまま横になったんだが、おかしいよなあ?


「つ、つつつ疲れ……痛い痛い痛い……疲れてたからでしょ!?」

「俺を舐めるなァ!!」


 疲れはしたよ、精神的にも肉体的にもさ。

 だが俺の体力を舐めるなという話だ。

 ガキの時分でも朝から晩までシバキ回されても意識保ってたんだぞ?

 今は体力もあるし、何より後に仕事を控えてたんだ。

 眠るわけねえだろ。理性で踏み止まるわ。


「睡眠薬と他にも何か入れただろ!? 吐け! 吐きやがれ!!」

「うぅぅぅぅぅ……! も、盛りましたよ! 盛りましたけどそれが何かぁ!?」


 こ、このガキ……開き直りやがった。


「って言うかおかしくない!?

大型モンスターでも一滴で昏睡する睡眠薬なのにどんだけ使わせんの!?

お陰でちょこちょこ料理追加して仕込み直さなきゃいけなかったじゃん!!

ゾルタンもちょービックリしてたんですけど!? 人間の皮被ったドラゴンか何か!?」


 ゾル……ゾォオオオオオオオルタァアアアアアアアアアアアアアアアン!!

 貴様も、貴様もグルか!

 野郎、絶対に許さねえ。次会った時、覚えてろよマジで!!


「何が目的だテメェ!!」

「……」

「おい、聞いて……」

「……よ」


 あん?


「嫌だったのよ!!」


 キッ! と涙目で俺を睨み付けるクリス。

 正直、若干怯んだ。


「い、嫌だった……?」


 俺は困惑していた。

 嫌だった? 何が嫌なら薬盛るとかしちゃうわけ?


「会えなくなるのが……い、いやだったから……」


 会えなくなるのが――え、俺?

 ちょっと待て。どこにそんな要素あった?

 いや、確かに俺は男前だし性格も良いし、立ち直らせてくれたって恩もあるだろうさ。

 だが、これまでの自分の言動行動を振り返ると……ねえ?


 イラつく煽り。

 殺気で追い立てられ帝都中を駆けずり回らされる。

 恩はあるし感謝の念もあるけどそれはそれとしてムカつくってのが普通じゃね?

 全体的な評価としては好意的に落ち着くだろうけどさ。

 その好意の形が……男と女のそれになるとはちょっと予想外だった。


(いやそもそも)


 恋愛感情のようなものが存在していること自体が意外だった。

 散々他人に失望させられて来たのがクリスだ。

 惚れた腫れたなんて感情が芽生える土壌がねえだろってよ。


 ……ひょっとして、恋愛小説とか読んで地味に憧れてたりとか?

 いや、にしてもこれはねえわ。


「か、カールもカールなんだから!

クリスの心に土足で踏み込んで……滅茶苦茶にして……。

もう大丈夫そうだからさよならって……は、薄情者!! 責任取りなさいよ馬鹿ッッ!!」


 そう言われると……何か俺も悪いような気がして来たな……。


「大体さぁ! 楽観が過ぎるんじゃない!? たった一度で全部終わったと思わないでよ!」

「いや、終わったとは思ってねえよ」


 一歩前に踏み出すその切っ掛け。

 それが得られただけだろうしな。

 だがそれで十分じゃんよ。そこから先は……


「はぁ!? バッカじゃないの!? クリスを舐めないで欲しいわ!!

クリスはね、とっても可愛いけどとっても面倒臭い女の子なのよ!!

確かに……世界は思ってたのと……違うかもだけど……信じられないし、怖いもん」


 いやだから、そういう不安や恐れも含めてだな……。


「バーカバーカ! そんなの強い人の理屈だもん! クリスには関係ありませーん!!」


 や、野郎……!


「クリスは弱いの! 馬鹿なの! 独りじゃ駄目なの!!」

「いや、お前は独りじゃないだろ」


 俺がここにやって来た理由を思い出せよ。

 クリスの親父やゾルタンが俺に助けを求めたからだろう。

 まあ親父の方は立場上、表立って肩入れ出来んだろうけどさ。

 ゾルタンはクリスが望めば――――


「違う違う違う違う違うちっがーーーーーう!!」


 クリスはイヤイヤと首を振り俺の言葉を否定する。

 何ていうか、その、まるっきり駄々っ子だ。

 が、ヒッキーを暴いた時の態度とは似て非なるもの。

 これは……多分、ようやく普通の子供に戻れたことに起因する振る舞いなのだろう。

 それは良いことだ。侮蔑ではなく純粋に、子供として他者に甘えられるのは間違いなく良いことだ。

 でも、正直こういうタイプとはあんまり接したことなくて戸惑ってる。


「御父様でもない! 御母様でもない! ゾルタンでもない!

お姉様やお兄様たちでもない!!

クリスに、クリスに綺麗なものを見せてくれたのはカールお兄ちゃんでしょ!?」


 ぞ、ゾルタン……お前も手伝ったのに……あれだけ頑張ってくれたのに……。


「一緒に居てよ! どこにも行かないでよ!

クリスのお兄ちゃんになって……ずっとずっと一緒に居てよ!!

一緒に居て、綺麗なものを……もっともっと、沢山、教えてよ!

クリスは離れたくないの! 好きだから! 大好きだから一緒に居たいって思って何が悪いの!?

ずっと一緒じゃなきゃヤ! これからも傍に居てくれなきゃやだぁああああああああああ!!」


 こっちの都合などお構いなしの駄々。


「分かってるもん! こんなの最低のやり方だって!

でも知らなくて、わかんなくて、これぐらいしか思いつかなくって!

だからやったの! ごめんなさい! でも嫌いになっちゃ駄目なんだからね!!」


 だけど……何でだろうな。全然不愉快じゃない。


「絶対絶対駄目なんだから! 嫌なんだから……うぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 溢れ出す感情を処理できなくなったのだろう。

 涙と鼻水を垂れ流しながら、わんわんと泣き喚く姿は子供のそれだ。

 いや、クリスも年齢的にはまだ子供なんだけどさ。

 感情がいっぱいになって泣き出すのは、もっともっと幼い頃だけだろう。

 本当に、時間が止まってたんだな。


「ったく……しょうがねえなあ」


 細く小さな身体を抱き寄せ、ぽんぽんと子供をあやすように背を叩く。

 クリスが泣き止むまで、俺はずっとずっとそうしていた。


「ぐす……ひっく……だめなんだから……だめなんだからね……」

「分かった分かった」


 何つーか、面白いな。似てるんだ、コイツ。

 薬を盛り、身体を使ってでも繋ぎ止めようとする積極性や必死さ。

 そういう部分は何となくアンヘルに似てる。

 甘えん坊な部分はアーデルハイドに。

 年齢や母を喪っているという境遇は庵に。


 似てる、でも同じじゃない。

 アンヘルはもっと頭を使って上手く立ち回るだろう。

 アーデルハイドは甘えるだけではない。

 庵はこんなド直球に子供らしい振る舞いはしない。


(似てるけど、まるで違うタイプ)


 おかしくって、思わず笑ってしまった。

 ああうん、現金なもんだ。

 可愛い部分を見つけちまったせいで、好きになっちまったよ。

 女としてか……って言われたら今はまだちょっと首を傾げる。

 でも、一緒に居ればそういう部分でも好きになるだろう。俺はチョロいしな。

 今感じている俺の好きは――そう、手のかかる妹へのそれに似てると思う。


「でも、一つだけ言っておくぞ」

「……なぁに?」

「俺、お前以外にも女居るぞ。三人ほどな」

「ふぅん、別に問題ないわね」


 …………意外だな。

 何というか、もっと嫉妬――焼き餅を妬かれるものだと思ってた。


「だって一番可愛いのはクリスだもん。

一番可愛いから一番好きで、一番甘やかしてくれるのは決まりきってるし」


 …………すげえ自信だなコイツ。

 子供特有の根拠のない自信に満ち満ちてやがる。

 いや、可愛いのは可愛いけどさ。

 これまでとはまた違うタイプだしね。新鮮な可愛さがあるよね。


「それより! すっごく下半身が痛いんですけど!?

小説と全然違うじゃない! 死んじゃうかと思ったんだからね!?」


 …………いやお前、悪いのお前じゃん。

 俺の過失ゼロじゃん。


「まったくもう……罰として今からいっぱい甘やかして! 頭撫でて! ギュっとして!!」

「はあ」


 っとによお。

 引っ付いてくるクリスを押し退け、床に散らばっていた服を手に取る。


「なあオイ、ゾルタンに連絡とか取れるか?」


「え、ゾルタン? 普通に屋敷に居るけど。

どうしてもって言うから使用人が使ってた部屋貸してあげたけど……何でゾルタン?」


 ……奴にも人並みの良心は残っていたようだな。

 逃げずに裁きを待つ姿勢だけは評価してやっても良い。

 が、それは後回しだ。


「ちょっとアイツに話を通しておかなきゃいけないことがあってな」

「クリスのこと? 御父様に挨拶とかしたいの?」

「確かにお前のことだが、そういうあれじゃない」


 親に挨拶とかそういうのはね。

 うん、アンヘルやアーデルハイドもまだだし?

 ……じゅ、十年後……いや、八年後ぐらいで良いんじゃないかな。


「だからまあ、ちょっと部屋まで案内してくれ」

「ふぅん、分かった。じゃ、行こっか」


 俺の手を引いて歩き出そうとするクリスだが、


「待てい」

「あいだだだだだだ!? われ、割れ! 頭割れるぁああああああああああ!?」


 俺の右手に宿ったフリッツ神の力でコイツの頭を鷲掴む。


「何裸で出歩こうとしてんだ」

「だ、だだだだだってクリスの普段着これだもん!!」


 普段”着”じゃねえだろ。着てねえだろ。


「テメェ、まがりなりにも俺の女になったんだろうが。

俺ぁ、他の男に手前の女の裸を見せてやるつもりはねえぞ」


 例えそれがホモであろうともな。


「え? えへへ……ま、まあそういうことならしょうがないわね。

んもー! お兄ちゃんってば嫉妬深いんだー!

でもクリスは寛大だから言うこと聞いてあげる♪ 感謝しなさいよね!」


 うーん、この絶妙にうぜえ笑顔と動き。


「良いから早く着替えろ」

「はーい」


 言われるがまま着替えを始めてくれたのは良いんだけど、


「…………なあ、誰も居ないのにドレスみたいなの着るってどうなんだ?」


 思えばコイツ、ずっとドレスだったな。

 黒の喪服を思わせるようなさ。

 日毎でデザインは違うから着替えてはいるんだろうが……どうなのこれ?

 いや、捉えようによってはエッチぃんだけどね。


「そんなこと言われても、送られてくる服がこんなのばっかだもん。

まあ人が居た時、キャラ作りのために黒いのばっか着てたからなんだろうけど」


 徹頭徹尾お前のせいじゃねえか。


「まあ良い……着替え終わったんなら行くぞ。案内してくれ」

「うん! まっかせて!!」


 抱き付くように腕を絡めてきたクリス。

 何度も言うようだが、新鮮だ。

 アンヘルらともイチャついてたが、こうも普段からベタベタすることはなかったしな。


(……強いて言うなら、俺がベタベタしに行く側か?)


 セクハラ的な意味で。


「ねえねえ、お兄ちゃんは何時こっちに引っ越して来るの?」

「いや、住まねえから」


 俺のベストプレイス屋根裏部屋を離れる気は毛頭ない。

 少なくとも、俺が独立するまでは寄生し続けるぜ。


「え」

「え、じゃないが。何でさも当然のように俺がここに住むことになってんだ」

「だってお兄ちゃんはクリスのお兄ちゃんでしょ!?」

「うるせえ、俺は皆のカールくんなんだよ。つかお前も会いに来れば良いだろうが」

「えー……外、出たくないんだけど……」

「殺すぞクソガキ」


 だがまあ、独りで出歩くのは危ないよな。

 ……何か鍛えたら結構やるようになるっぽいけど、

 外出も嫌だってコイツが鍛錬なんかやれるわけがないし。


「お兄ちゃんが優しくない……あ、この部屋よ」

「サンキュ。ああ、修理代はゾルタンにつけといてくれ」

「は?」


 思いっきり扉を蹴破る。


「うげ!? か、カールくん……」

「おはようゾルタン、良い天気だな」

「そ、そそそそうだねえ。ああ、とても良い天気だ。正に快晴、お出かけ日和だよ!!」


 そうだな、その通りだよ。


「――――お前が死ぬには良い日だと思わないか?」

「ひぃいいいいいいいいいいい!?」


 テメェ……ガキに頼まれてやべえ薬融通してんじゃねえよ!

 それでも大人か!? あ゛ぁ゛ん?!


「だ、だだだだってぇ! 負い目もあったしぃ!? か、可哀想じゃないか!!」

「テメェらのそういう態度がコイツが拗らせる結果に繋がったんだよッッ!!」


 とりあえず、お前あれな。

 俺に直接手を下してもらえなかったことを後悔させてやる。


「……ど、どういう意味だい?」


 どういう意味? 簡単だよ。


「――――あの二人にゾルタンから女紹介されたってチクる」


 正面からボコろうとしても難しいからな。

 何やかんや、コイツすげえ魔道士だし。

 だったらもう、同じ魔道士に押し付けよっかなって。

 俺より慈悲のない魔法少女らに制裁を任せようかなって。


「すいません許してください何でもしますから!!!!!」

「やだ、ゾルタン、すっごい綺麗な土下座。ねえねえ、情けなくないの?」


 お前も元凶の一端だろうが、お口チャックして静かにしてなさい。


「まあ、そうだな。お前の態度次第ではチクった後にフォローを入れてやっても良い」

「あ、チクるのは決定事項なんですな」


 そりゃな。


「で、でも……君が弁護してくれるなら半殺……いや、四分の三ぐらいで……」


 ……脅しつけといて何だけどさ。

 君、教え子をどんな目で見てるの?

 半殺しどころか四分の三殺しってもう、殆ど死にかけじゃねえか。


「色を知った途端にとんでもねえ怪物になっちゃったんだもん」

「お前の教育が悪かったんじゃね?」

「いや、僕の教育に間違いはない。あの二人は世界屈指の魔道士になったんだからね」


 情操教育って意味なんだが……まあ良い。


「それで、どうする?」

「選択肢なんてないだろう? それで、僕は何をすれば良いのかな」


 親指でクリスを指差し、こう告げる。


「とりあえず今日からコイツをバーレスクの店員として働かせることにした」

「「はあ!?」」

「怠惰さを抜くためには労働。ついでに言うなら対人経験も積ませてやりてえ」


 そういう意味では酒場という所は打ってつけだと思う。

 普通の大衆酒場ならハードルは高いが……うちはね。

 お行儀の良いお客さんばっかだから変に絡まれたりはせんだろう。


「とりあえず週二ぐらいで、慣れて来たら日数を増やすつもりだ。

お前の役目はクリスの送り迎え。それと、俺がクリスのとこを訪ねる時の足な。

理由は分かるだろ? 俺が呼んだら三秒で来いよゾルタン――いや、アッシーくん」


「アッシーくん!? っていうか僕もそんなに暇じゃ……いや、分かった分かったよ」


 当然だ。

 それぐらいでは到底返済し切れないだけの借りは作ったつもりだぜ。


「それじゃ、ちょっとその首飾り貸してよ。

見たところ念話の術式が刻まれてるみたいだからね。

念じれば僕に繋がるよう、ちょちょっと記述を追加させてもらう」


 頷き、紫水晶を手渡すとゾルタンは数秒で作業を終えた。

 流石と言わざるを得ないな。


「ちょ、ちょっと待って! 話を勝手に進めないでよ!?

クリスは働くなんて一言も言ってないんだから!!

屋敷でお兄ちゃんとずっとずっとイチャイチャベタベタするんだもん!!」


「しねえよ。つかテメェ、俺と一緒に居たいんだろぉ? 喜べよ、同じ職場だぞ」

「小生働きたくないッッ!!」


 うーん、この。

 とはいえどうすっかな。

 正論で言ってもクリスは聞かんだろうし……あ、良いこと思いついた。


「まあ、それならそれで良いけどさ」

「さっすがお兄ちゃん!」


「代わりに屋敷を訪れる回数は減るな。で、屋敷に来た時も女同伴。

お前の目の前で散々にイチャつくことになるだろうが、是非もないよね」


 俺がそう告げるとクリスは血相を変えて叫ぶ。


「あるんですけど!?」

「だってお前が一緒に居る時間を減らしたいって言ったんじゃん」

「い、言ってない! そんなこと言ってない!!」

「でも俺と一緒に働くの嫌なんだろ?」

「く、クリスは働くのが嫌なだけで……」


 中々しぶといな……だが良いさ。

 俺だって譲るつもりはねえぞ。

 働いてないって意味ではアンヘルやアーデルハイドも同じだが、

 アイツらの場合は仮に貴族の立場を失おうともやってけるだけの能力がある。

 だがクリスは……能力以前に、中身がな。

 家事は出来ても中身をもう少し改めんと、不安が……。


(俺が養えないこともないが)


 俺に万が一の事態が訪れんとも限らんし、それを抜きにしてもだ。

 少しでも人として成熟した方が良いに決まってる。


「俺の女の一人は既に一緒に働いてるし一緒に暮らしてる」

「!」

「他二人も誘えば喜んで一緒に店員やるだろうな」


 可愛い奴らだよ、と言うとクリスの表情が一変した。


「や、やるわよ! やれば良いんでしょ!

鬼畜! 鬼畜お兄ちゃん!! いやさ鬼いちゃん!!」


 誰が鬼いちゃんだ。


「よし、話はまとまったな。ああそうだゾルタン、まだ頼みがある」

「……すっかり手懐けてる……何だい?」


 打ちひしがれているクリスを放置し、ゾルタンの耳元で囁く。


「クリスの給料はお前が払え」


 正真正銘、箱入り娘だからなあ。

 直ぐには使い物にならんだろうし、何よりバーレスクの店員は足りてる。

 ぶっちゃけ俺だけでも十分なぐらいだ。

 だってのに伯父さんに給料を払わせるのはな、流石に申し訳ない。


「まあそれぐらいはね、了解したよ」

「それとコイツの親父さんへは……」

「そっちは任せてくれ。十中八九大丈夫だろうけどね」

「そうか。じゃあこれで最後だが」

「……まだあるの?」


 あれ? あれれ? 何その態度?

 ふぅん……そうかそうか、つまり君はそういう奴なんだな。

 良いよ良いよ。アンヘルとアーデルハイドにあることないこと吹き込――――


「申し訳ありません総統閣下」


 誰が総統閣下じゃ。


「まあ良い……最後の頼みは、コイツが働いてる時はお前も客として来い」


 働いてる姿を見れば、変わっていくクリスを見逃すことはないだろう。

 親父さんが直接来るのは難しいだろうけど、

 ゾルタンが目で見たものを伝えることはできるはずだ。


 ……まあ、口には出さんけど。


「! それは……そうだね、その通りだ。

本来は僕が気付くべきだったのに……気を遣ってくれてありがとう」


「さて、何のことだか。精々、売り上げに貢献しろよクソ野郎」

「ああ、たっぷりお金を落とさせてもらうよ」


 そのニヤニヤ笑いを止めろってんだ。


「ったく……」


 だがまあ、これで今度こそ本当に一件落着だな。

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