きれいなもの④

1.ロイヤルチャレンジ~エンドゲーム~


 その日の目覚めは最悪だった。

 それもこれもあの男、カール・ベルンシュタインとかいうクソ野郎のせいだ。

 父である皇帝と、幼少期に検査等の関係で何かと世話になったゾルタン。

 彼ら二人に頼まれて面会したが、それがそもそもの間違いだったのだと憤るクリス。


「虫唾が走る」


 唾を吐き捨てるクリスだが、結局掃除をするのは彼女である。


「アイツら……今日も来るのかなあ……やだなあ……」


 正直、現状は八方塞だ。

 演技を看破されてしまった以上、同情を買うことは出来まい。

 ゾルタンだけなら付け入る隙も見えるかもしれないが……カール、あの男は駄目だ。


「最初こそ私に同情してたけど」


 真実を知った途端、それは完全に消え失せた。

 普通、そんなことが出来るか?

 確かに思っていた通りの傷付いたお嬢さんではなかった。

 だが、過去に起きた悲劇は全て事実なのだ。

 十三歳の少女が見舞われたあまりにも惨い背景。

 常人ならそこに足を引っ張られて然るべきだろう。


「あの冷血野郎……!

こんなに可愛くてこんなに可哀想な女の子に優しくしないなんて信じられないわ!」


 尋常ならざる洞察力と情に引っ張られない強さ。

 あの男を崩すのは生半なことではいかない。

 どう対処するべきかとクリスは頭を悩ませる。


「今が朝の八時だから……残された時間は六時間ってところね」


 お昼の二時頃にやって来て、三時間ほど話してから屋敷を出て行く。

 それがこれまでの日課だったが……今日からは違うかもしれない。

 来る時間はともかく、帰る時間は延びると考えるべきだろう。


「六時間で妙案が思い浮かぶかなあ」


 勝利条件である現状の維持。

 そのためには無理でも何でもカールを攻略するしかない。


「金で釣……あ、駄目ね。アイツ、そんなの興味なさそうだし……」


 そもそも自由に動かせる資産がないので無理だ。


「ぬーん、ぬーん」


 ごろごろとベッドの上で転がっていると、腹が鳴った。

 腹が減っては何とやら、とりあえず朝食を済ませよう。

 クリスは身支度を整えキッチンに向かう。

 しかしその道中、


「~~~~~ッッ!!!!」


 信じられないほどの悪寒が背筋を奔った。

 クリスはその場に膝から崩れ落ち、自身の身体を掻き抱いた。


「ぜ、ぜ、ぜ、ぜ、ひゅぅ」


 息が荒くなる。ぶわっと噴き出した汗が床に滴り落ちる。

 うなじがちりちりと焼けるように熱い。

 これは、この感覚は、知っている、覚えている。

 死だ。死の気配が自分に迫っているのだ。


「あ、あ、あ……やだ……いやだ……」


 幼い心は、極大の悪意に耐えられない。

 齢の割に聡明で、図太いところはあるもののクリスは妙な部分で無垢なのだ。

 無垢な心は一部の悪意に対する免疫がまるでない。

 これが憐れみや侮蔑の視線なら幾らでも受け流せていた。

 これまで幾度もそんな視線を向けられてきたから。

 しかし、直接自分を害そうという悪意にはどうしようもない。


「ひ、ぃやぁああああああああああああああああああ!!!!」


 ゆえにその行動は実にシンプルなものだった。

 悲鳴を上げて逃げる。

 外に出れば警護の者らが居るから、彼らに助けを求めれば良い。

 恥も外聞もなく泣き喚きながらクリスは走った。

 その背に刃のような殺意を受けながら……。


「たす……たすけ……助けろォオオオオオオオオオオオ!!!!」


 屋敷の外壁に沿うように建てられた詰め所に飛び込む。

 だが、そこには誰も居なかった。

 湯気が立ち上るカップが複数テーブルに置かれているが人は居ない。


「あぁ! き、来てる……来てる……! すぐ、そこまで……!!」


 給料泥棒、そう悪態を吐き捨て詰め所を飛び出す。

 クリスは脇目も振らず壁によじ上った。屋敷の外に出るためだ。

 門を開けるより壁をよじ登った方が早いと判断したのである。


「いった……!」


 もたつきながらも壁を乗り越え、飛び降りる。

 優れた運動神経を持っているが、運動の経験は皆無。

 完璧な着地とはならず尻餅を付いてしまうが何とか脱出に成功。


「誰か! 誰か助けて、助けてください!!」


 叫びながら走り回る。

 だがおかしい、誰一人として答えてくれない。

 いやそもそも、人の姿がどこにも見えないのだ。


(何で、何で、何で!?)


 屋敷の外に出たのは生まれて初めてだが知識としては知っている。

 屋敷が存在するのは貴族街と呼ばれる場所。

 名の通り貴人が多く住まうところで、だからこそ警備も厳重なはず。

 個人ではなく街全体を護る兵はどこにでも居るはずだろう。

 なのに何故、誰も居ない?


(ひっ! ち、近付いてる……!!)


 自分を殺そうとしている何者か。

 それだけでもクリスの冷静さを失わせるには十分だった。

 そこへ畳み掛けるように人がどこにも居ないという異常が襲い掛かる。

 クリスはもう、完全に冷静さを失っていた。

 落ち着いて状況を確認すれば気付くはずのことにさえ気付かぬほどに。


「は、は、は、は……!」


 殺意に追い立てられるがまま、貴族街を飛び出すクリス。

 もうかなりの距離を走っているが、その速度は衰えを知らない。

 火事場の馬鹿力――というより、生来の資質だ。

 先にも述べたが彼女は運動神経が良い。

 クリスの肉体は高い潜在能力を秘めているのだ――――彼女の姉、エリザベートのように。


(お、おかしい……やっぱり……やっぱり人が居ない……)


 この時間帯、クリスには想像することしかできないが街は活気に満ちているはずだ。

 だがどうだ? 文字通り人っ子一人おらず、静寂に満ちている。


「う……お、お腹……空いた……」


 散々走り回ったせいか空腹は限界値に達していた。

 クリスはキョロキョロと周囲を見渡し、自分を狙う影がないかを探す。


「……嫌な感じもなくなってるし…………私を見失った?」


 だが、ここで屋敷に戻ろうとすれば見つかってしまうかもしれない。

 クリスは少し考えてから、近くのパン屋に駆け込んだ。

 この逃走はまだ続く。今回のようなチャンスが次もあるとは限らない。

 そう判断し、補給を済ませることにしたのだ。


「……焼き立てのパンが並んでる……まるで、さっきまで人が居たかのように……」


 トレーを手に取り、トングで無造作にパンを乗せて行く。


「牛乳……貰うわよ……」


 中が見えるタイプの魔法冷蔵庫から牛乳瓶を数本取り出すと、クリスはその場で食事を始めた。

 行儀の良いことではないが、今は時間が惜しい。

 早く腹を膨らませ、早くこの場を離れたかった。


(少しでも、安全な場所に……)


 モグモグとパンを食らう。

 ゴクゴクと牛乳を呷る。

 美味しい、流石は本職だ。

 市井にはこのようなものもあるのかと感心する。


(…………今度、取り寄せてもらおう)


 ここで自分が外に出るという発想に至らないのが引き篭もりが引き篭もりたる所以であった。


「……身体が軽くなったわね」


 とりあえずここを離れよう。

 だがどこへ行く? 帝都で生まれ育って十三年だが自分に土地勘は皆無。

 安全な場所など見当もつかない。


「精々が宮殿ぐら……!? 嘘、もう見つかったの!?」


 ズン、と全身に圧し掛かるプレッシャー。

 クリスは一目散にパン屋を飛び出し、あてもなく走り始めた。


(何よ! 何よ! 何よ! 何なのよ!? 私が何したって言うのよ!!)


 他人を欺いたことか? ふざけるな。

 そうさせたのは誰だ。失望させたのは誰だ。

 悪いことなんて何もしちゃいない。


「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 殺気が更に強くなった。

 もう直ぐ、そこまで来ている。


(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!!)


 そこからはもう、無我夢中だった。

 無心で走り続けた。どこを、どう走っているのかも分からなかったけど、ただ逃げ続けた。

 時折、何者かはクリスを見失い、インターバルを挟むことは出来た。

 それでも身体を少しでも休ませることが精一杯。

 考え事をしている余裕なんてありはしない。


 そうして、どれだけ逃げ続けただろう。


 クリスは殺意に追い立てられるがまま屋内に飛び込んだ。

 それでも近付いて来る殺意。

 衝動のままに螺旋階段を駆け上がる。

 駄目だ、また距離が縮まった。

 螺旋階段が終わる。目の前に扉が見えた。

 扉を蹴破った瞬間、


「――――」


 言葉を失った。

 吹き付けた風が火照った身体を包み込む。


「……――――ぁ」


 茜色の空。流れていく白い雲。

 輪郭のはっきりした燃えるような太陽が地平線に沈んでいく。

 眼下には遠く広がる街並み。

 一日の仕事を終えた解放感で、どこか浮き足立つ人々。

 煩わしい喧騒のはずなのに……何故だか、今はそうとは思えなかった。

 そこには、そこには生があった。生きる力に満ち満ちていた。


「あ、あれ……何だろう……何でかな……」


 頬を熱い何かが伝っていく――涙だ。

 悲しくはない。なのに、ぽろぽろと、涙が零れていく。

 訳が分からない。

 涙を拭おうとして、何故か手を動かそうと思えなかった。


 何故だろう?

 視界に広がる光景を少しでも遮りたくなかったのだ。

 クリスは瞬きも忘れて、ただただ魅入っていた。


「――――よっ」

「!?」


 ビクゥ! と身体を震わせる。

 我に返ったクリスが声の聞こえた方へ身体を向けると、


「良い眺めだろう?」


 カールが居た。

 開かれた扉に背を預け、何もかもを見透かしたような顔で笑っていた。


「げ……お前、危ないな!!」

「え」


 ふらりと身体が流されかけ、慌ててカールがクリスの手を掴んだ。

 そこでようやく、クリスは自分が立っている場所を自覚した。


(と、時計塔……?)


 高い高い時計塔の淵。

 そこに自分は立っている。


「っとにもう。危ないから座ってろ」

「う、うん」


 促されるままと淵に腰を下ろし、足を空中に放り出す。

 また、風が吹いた。


(えっと、これ、あの……)


 今はどういう状況で、何がどうしてこうなったのか。

 混乱の極みにあるクリスに向け、笑いかける。


「外の世界も捨てたもんじゃねえだろ」


 そしてこう続けた。


「”綺麗なもの”はちゃんとあるんだぜ?」

「ッッ!」


 雷に打たれたかのような衝撃がクリスを襲った。

 そして、しばしの硬直の後――――


「ぁぁ」


 声が震える。


「うわぁ」


 これまで抑え付けていた感情が溢れ出す。


「~~~~!!!!!」


 堰を切ったように涙が流れ出す。

 クリスは泣いた。わんわんと、子供のように大声で、誰憚ることなく泣き始めた。




2.種明かし


(ふぅ……上手くいったらしいな)


 泣きじゃくるクリスを見て、俺は人知れず胸を撫で下ろす。

 どうやら、骨折り損のくたびれ儲けにはならなかったらしい。


(ゾルタンもお疲れ)


 万が一のためにと空中で待機しているゾルタンにアイコンタクトを送る。

 すると奴も、疲労が色濃く見える面ではあるが笑ってくれた。


(にしても……ああ……疲れた……)


 だが、疲れた甲斐はあった。

 感情のままに泣き続けるクリスを見て、強くそう思う。


(泣け、今はどれだけ泣いたって誰も責めやしないからよ)


 そろそろ種明かしをするべきだろう。

 事の発端は昨日、クリスとの別れ際まで遡る。

 部屋を出ようとした時、俺のカースをクリスの叫びを聞き取った。


〈――――外の世界には綺麗なものなんて何もないッッ!!!!〉


 この言葉を聞いて、俺は自分の勘違いを悟った。

 クリスが引き篭もっていたのは生来の怠惰さもあるのだろう。

 だが同時に、もう一つ、大きな要因があった。それは”諦観”だ。


(箱庭の中から世界を知ろうと思えば……そりゃなあ)


 これまでクリスは一度も屋敷を出たことがなかった。

 外の世界が彼女を傷付けるものだから、母親がそうしたのだ。

 さあ、そんな状態で外の世界を知ろうと思ったらどうすれば良い?

 本を読む? まあ、そうだな。それもありだろう。

 だが紙面からは実感を得られやしない。所詮は想像だ。

 生々しさを、生きた実感を得るのなら、


(他人を通して世界を見るしかない)


 クリスは周囲に居た人間を通して世界を覗き込もうとしたのだ。

 だが、思い出してくれ。クリスの生い立ちを、その複雑な立場を。

 もしも君がクリスの屋敷で働く使用人だとして、君らはあの子にどんな目を向ける?

 嘲るか、見下すか、憐れむか、無関心か。

 少なくとも、クリスの周囲に居た大人たちは全員がロクデナシだった。

 それはゾルタンや父親もそうなのだろう。


(……憐憫もな、人を傷付けるんだよ)


 可哀想だと思うのはクリスを大切に想っているから。

 それは間違いない。

 でもな、生まれた時からずっと憐れな視線を向けられる奴の気持ちになってみろよ。

 善人は居たのかもしれないが、少なくともクリスと接するにあたってはロクデナシだったんだよ。


(思ったんだろうなあ)


 私を憐れむお前らはそんなに上等な人間なのかと。

 少なくとも上等な人間には見えなかったのだろう。

 見えていたらこんなことにはならなかった。


(甘やかせ、同情しろ、優しくしろってのも)


 ありゃ当て付け――いや、侮蔑に近いんだろう。

 憐れむのだろう?ならば憐れまれてやるとせせら笑っているのだ。

 怠惰さも絡んではいるだろうが根っこにある病理を植え付けたのは周囲の人間だ。

 でなきゃ、


(外の世界に美しいものなどありはしないと叫ぶことは……なかっただろうさ)


 大人たちを通して見つめた世界。

 その目に映るのは希望や期待を奪う灰色の世界だったのだろう。

 ああ、世界はそんなものなのかと見切りをつけた。


 だから俺は俺が綺麗だと思うものをコイツに見せてやりたくなった。

 これはクリスのことを頼まれたから……じゃない。

 無論それもあるが何て言うのかな。悔しい? 勿体ない?

 俺が好きなものを、くだらないと思われてるのが嫌だったのよ。


(でもまあ、ただこの風景を見せただけじゃ意味はないんだよなあ)


 物事には段取りってものがある。

 クリスの心の余裕を完膚なきまでに潰さなきゃいけなかった。

 余裕がないってのは、それだけ裸の心に近いってことだからな。

 現に、クリスは俺に嘘を暴かれて”叫び”を発したわけだし?

 だから徹底的に潰す必要があった。

 剥き出しになった裸の心。

 諦観と失望が深く根付いてしまったその心に見せ付けなきゃ意味はないんだ。


(……けど、クッソしんどかった)


 クリスを夕方まで追い回してこの光景を見せる。

 俺の目論見を説明するならこれだけで済む。

 ただ、そうするためにどれだけ骨を折ったか。

 殺気での誘導、適切なタイミングでの休憩。

 特に後者。見極めを間違えると心が余裕を取り戻す可能性があったからな。

 休ませるのはあくまで肉体だけ、心が休息を取らないようにするのはホント大変だった。


(でも、一番大変だったのはゾルタンだよな)


 クリスの認識を弄ったり、クリスを見る者の認識を弄ったり。

 あとは物には触れられるが人は透過してしまうような細工もさせたな。

 俺と一緒にクリスを追いながらずっと魔法使ってたもんアイツ。

 ホント、ご苦労様です。大変だったね。

 いやまあ、頼んだのは俺だけどさ。


(俺もぶっちゃけ、全部出来るとは期待してなかったんだが……)


 アイツが全部出来るって言うんだもん。

 大変だけど出来るって言うんだもん。

 だったらもう……やらせるっきゃねえよなあ?

 ゾルタンのせいで何かと苦労させられたんだし、アイツも頑張るべきだ。

 カールも頑張ってるんだからゾルタンも頑張らなきゃ。


(……そういや、庵も前にここに連れて来たっけなあ)


 その時は早朝だったが、早朝は早朝で違った良さがある。

 というか、大体どの時間に来ても良いものは見られる。

 少なくとも俺はこの場所から見る帝都とそこで紡がれる営みが大好きだ。


「ひっく……ぐす……ねえ……」


 少し落ち着いたのか、クリスが俺に話しかけてきた。

 まだ泣いてるし、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの酷いツラだが……。

 うん、ずっと”イイ”顔になってるじゃねえか。


「何だい?」

「あ、朝からの走り回らされたのとか……うぅ……人がいなくなったのとか……」

「ああ、全部俺らの仕業だよ」


 そろそろお前も姿を現せ。

 そう視線に込めてゾルタンを見つめると奴はコクリと頷き透明化を解除した。

 突然空中に出現したゾルタンにクリスは驚くものの、直ぐに奴からは視線を外す。


「……クリスの……クリスのためだったんだよね?」

「まあ、そうだな」


 正確にはお前のためでもある、かな?


「…………何で? ゾルタンはともかく、カールには……そんな義理、ないでしょ?

頼まれたから? ゾルタンや御父様に頼まれたから……ここまで、してくれたの?」


 アメジストの瞳が俺を射抜く。

 期待するような、恐れているような。

 カースを使えばコイツの欲しい言葉は分かるだろう。

 だが今は、そういう場面じゃない。

 俺の素直な言葉を告げるべきだろう。


「それもある……いや待てよ。

ゾルタンは……あれ? 俺コイツに義理とかあったか?」


 客っちゃ客だけどさ。

 コイツ、バーレスクに客として来たの一回だけじゃねえか。

 常連でも何でもねえじゃん。


「テメェ、店に金も落とさずよくもまあ俺に頼み事が出来たな」

「き、君の恋人二人の恩師だし……」


 の割にはさあ。内緒で俺に接触して来たんだろ?

 それが恩師とやらのすることかよ。


「あー、クリス」

「うん」

「お前に関わったのは流れだ流れだ。何かその場のノリとか勢いに誤魔化されて巻き込まれたんだよ」


 ゾルタンに義理はない。面識のないクリスの父親にはもっとない。

 顔知ってるオッサンの頼みでも難色を示すのに、

 顔も知らないオッサンの頼みなんか聞く義理はねえわな。


「じゃあ……何で……? 何でクリスのために頑張ってくれるの?」


 何でだろうなあ。

 色々理屈をつけることは出来るぜ?

 それも正解なんだろうが、結局のところ……。


「俺はスッキリしたいんだよ」

「すっきり、したい?」

「そう。関わった以上は、俺の納得のいく形で終わらせたい。じゃなきゃモヤモヤするもん」


 多分、そんなところだろう。


「…………納得、できた? スッキリできた?」

「出来たよ。お前はもう、大丈夫だろ」


 誰かを通して見る世界じゃない。

 くたくたになるまで駆け回って、辿り着いたこの場所で。

 クリスは見たはずだ、他ならぬ自分の目で、この世界を。

 だったらもう、大丈夫だ。


「これまでよりも生きるのが楽しくなるだろうぜ」


 これで本当に、俺の仕事は終わりだ。

 こっから先はクリスが頑張らなきゃ意味はねえ。

 ゾルタンや親父さんも支えてくれるし心配は要らんだろう。


(そろそろ帰って店の準備手伝わないとな)


 時計塔から飛び降りようと身を乗り出した瞬間、服の裾が引っ張られる。


「……」

「クリス?」

「……ご、ご飯」

「は?」


 俯き気味にそう告げるクリスだが意味が分からん。


「あー……カールくん。君に夕食を振舞いたいんじゃないか?」

「え? ああ、そういう」


 昨日はアホみてえなことほざいてたクリスだが、今のこの子はちょいと違う。

 素直になったというか、可愛くなったというか……。

 ようは、感謝の気持ちを伝えたいのだろう。

 だが自分に出来ることと言ったら夕食を振舞うぐらい。


「その……ふ、普通に食べられるってぐらいのものしか作れないけど……」


 ……そうだな。

 夕食ぐらいはご馳走になっても罰は当たらんよな。

 美少女の手料理――報酬としちゃあ十分だろう。


「が、頑張って作るし……」

「分かった。じゃあ、ご馳走になろうかね」

「うん」


 頷き、クリスはゾルタンを手招きする。


「ああ、食材かい? 勿論、用意させてもらうよ。ふむふむ……」


 あー……にしても疲れたな。

 目を閉じ、深く深く息を吐き出す。


「え? い、いや……それは……わ、分かったよ……やっぱ姉妹だこの子たち……」


 そういや、アンヘルとアーデルハイドって今何してんだろう。

 修行って言ってたけど上手くやってんのかな?


(とりあえず、帰って来たらゾルタンのことをチクろう)


 無論、クリスのことは伏せてな。

 重過ぎる個人情報だし、流石にそこは開示出来ねえよ。


(あー……キンキンに冷えた麦……いや、ラムネだな)


 今の気分的にラムネを飲みたい。

 でも、ないんだよなラムネ。

 サイダーは存在してんだけど、ラムネってあの瓶ありきじゃん?

 あの形の瓶と、瓶の中のビー玉。

 あれらがなきゃ、ラムネを飲んだって気にならないんだよ。


「……カール、行こ?」

「お、おう」


 くいくいと手を引かれる。


「あー……その、何だ。カールくん」

「ん?」

「シャルには……えっと、僕から伝えておくからさ」


 ん? ああ、そうだな。

 確かに今から飯作って、飯食べるとなると開店時間には間に合わんか。


「おう、遅刻するって言伝を頼むぜ」

「遅刻……いや……まあ、はい」


 ???

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