きれいなもの②
1.ロイヤルチャレンジ(通算三度目)
…………駄目だったよ。
生まれ変わったけど、やっぱ俺って根っこの部分は日本人なのかもな。
断り切れない性格って言うの?
結局、ゾルタンの話を聞くことになっちまった。
少年にも迷惑かけたくなかったから開店前のバーレスクに場所を移したんだが……はあ。
「では、今回の任務を言い渡そう」
「態度がデカい、殺すぞ」
両手を口の前で組むポーズがめちゃムカつく。
おめー、それが人に物を頼む態度か? ああん?
良いんだぞ、俺はお前の態度を理由に断っても良いんだぞ?
「靴を舐めます」
「舐めんで良い」
変わり身早ッ!
コイツ、どんだけ切羽詰ってんだ?
そして、そんな切羽詰った案件にガキを巻き込むとか正気かよ。
「君に、さる高貴な御方のカウンセリングを頼みたいんだ」
また貴族のご令嬢案件ですか、そうですか。
つーか、もう隠しもしねえのな。
魔法少女二人が貴族だってのを俺が察してるからってのもあるんだろうけどさ。
でもさあ、
「カウンセリングを素人に頼むな」
専門の医師に頼め。
おめー、心の問題になー、素人がなー、訳知り顔で首突っ込んじゃ駄目なんだぞ。
「ハッハッハ、何を仰る兎さん。
君の実績は本職のそれをも上回っているだろうに。
アーデルハイドの件もそうだが……それ以上に、アンヘルの一件」
まあ、そうだとは思ってたけどアンヘルの問題も知ってたのか。
「そりゃあね。僕はあの子の先生だもの。
どうにか出来ないかと八方手を尽くしてみたんだが……駄目だったよ」
それはまあ……仕方ないと思う。
精神を喰らう寄生体とか無限に生まれ続ける人格なんてどうすりゃ良いんだよ。
素人目線でもアンヘルが見舞われてた状況の解決は難しいって分かるわ。
「それだけに、君には感謝してもし切れない。
僕らが無理だと諦めてしまったあの子を見捨てず、掬い上げてくれた」
本当にありがとう。
そう言って深々と頭を下げるゾルタン。
性癖はともかく、こういう姿を見せられると本当に良い先生なのだと思う。
「良いよ。今はもう、アンヘルは俺の女だからな」
「俺の女とか……さらっと言うよね、君」
「別段、隠すことでもねえだろ」
「女の子としては嬉しいと思うよ、素直にそう言ってくれるの。ああ、僕もなあ……僕もなあ……」
おい、話ずれかけてんぞ。
お前の恋愛事情なんぞに興味はないんだよ。
その乙男フェイスを止めろ。
「おっと失礼。ではそろそろ本題に入ろうか」
「ああ……それと、最初に言っておくが話せることは全部話せよ」
アーデルハイドん時はそれで散々苦労したからな。
手探りであれこれやるのは疲れるんだぞ、心が。
俺に頼みたいってんなら最低限の情報は開示しろ。
「うん、分かってるよ。とりあえず、最初は名前と年齢からかな?」
「おう、それで良いよ」
「名前はクリスティアナ――家名は伏せさせてもらうよ」
それはまあ、俺も弁えてるよ。
家名を伏せるのは俺への配慮も含んでることぐらいは分かってる。
ただまあ、何となく察しはつく。
貴族案件なのは確かだが、ただの貴族じゃない。多分今回も大貴族だ。
何せ、ゾルタンの教え子であるあの二人からして大貴族っぽいものな。
「年齢は十三歳」
ほう、JCか。
にしても……絶妙に興奮する年齢だな。
十三歳、分類的には中学生だ。
だが小学生らしさが抜け切っていない年齢でもある。
っと、いかんいかん。盛ってる場合じゃねえぞ俺。
「彼女は、複雑な立場にあるご令嬢でねえ」
「成るほど、これまでと一緒ってわけね」
逆に思うんだけど……ゾルタンって何なの?
何でそんな複雑な立場にあるご令嬢とばっか縁があるの?
「その背景を語るわけだが……正直、かなり重い」
「だろうな」
庵にも席を外すよう頼んでた時点で察しはついてる。
子供に聞かせるような話じゃないんだろう。
「だから、覚悟して聞いて欲しい」
頷く。
「クリスには姉が居てね。生きていれば……二十五、六になってるかな?」
「それはまた……パパさんハッスルし過ぎじゃね?」
「事情があるんだよ、事情が」
っと、すまない。話の腰を折っちまったな。
軽く頭を下げ、続きをどうぞと目で促す。
「そうだな、令嬢Eとでも言おうか。令嬢Eはね、十歳の時に父の暗殺を企てたんだ」
おっと、初手からキツイストレートぶっこんで来ましたねえ。
十歳で父親殺そうとするとかやべーよ。
「御父上は妻を複数持つような身の上なんだ」
やっぱ大貴族か。
「となれば察しはつくと思うが……」
「……まあ、令嬢Eの母ちゃんの立場がやべーよな」
何だったら娘と一緒に始末されてもおかしくはないだろう。
だが、クリスの存在があるということはそうはならなかった。
「ああ。しかしクリスの御父上は寛大で、その上、イケメンなんだ。
彼女に罪はないと、そう断言した。
まあ実際、僕の知る限りでも彼女は良妻だったし……賢母だった。
令嬢Eがどうしてああなったのか、本当に意味が分からない」
親の教育が原因ってわけではないんだな。
それならそれで、余計に怖いな。
先天的にやべー奴ってことじゃん。
「だが、当然、周囲の目や立場は厳しいものになってしまう。
それを不憫に思ったクリスの御父上は、足繁く妻の下に通った」
……何か、ごめんなさい。
パパさんハッスルし過ぎだろとか言っちゃって本当にごめんなさい。
茶化せるような背景じゃなかったわ。全面的に俺が悪い。
「中々子宝に恵まれなかったものの、何とかクリスがお腹に宿ってくれた」
それでめでたしめでたし……とはならないんだろうな。
話の流れからして、それだけはあり得ない。
「だが、クリスは生まれながらに致命的な欠陥を抱えていたんだ。
人としては別に問題ない。差別されるような謂れはどこにもない。
ただ、この国の……プロシア帝国の貴き血を持つ者としては看過出来ない問題なんだ」
もしかして、
「……魔法が、使えないのか?」
「その通りだ。才能がないとかそういうレベルじゃない、魔法の行使が不可能なんだ」
大貴族で……それは……それはまずいよなあ。
先だって関わりを持つことになった帝都魔法学院。
あそこの生徒を見れば分かるだろう。
この国における魔道士の立ち位置ってものが。
「口さがない者は、母君が不貞を働いたのではと噂した。
だが僕は断言できる、そのような事実は一切ない。
僕は家庭教師以外にも研究所の所長も勤めていてね。
彼女たっての願いで調べてみたが、間違いなく二人の子供だった」
その事実もまた公表はされたのだろう。
だが、貴族って生き物はな。
それで納得するような可愛いタマじゃねえ。
真実なんてどうでも良いんだ、大事なのは相手を貶められるか否か。
中傷を行っていた連中は真実が公表されても黙らなかっただろう。
むしろ、
「ああ、僕がその不貞の相手じゃないかって噂も流れたよ」
「やっぱりな……」
高貴なる責務を己に課す本物の貴族の何と少ないことか。
「彼女はドンドン追い詰められて行った。
そして、クリスが三歳になった年のある日……あの子の前で、命を断ったんだ」
ヘビーにも程があるよ……。
ねえ、これさ。俺がどうにか出来る問題なの?
生い立ち聞いた限りじゃ、もう何もかもに絶望し切ってんじゃない?
これ、俺のカース通じるか?
”帰れ”とかしか聞こえないんじゃない?
「そんなことがあったからだろうね。
あの子は用意された屋敷に引き篭もってしまった。家事を覚え、使用人すら追い出してね」
そりゃそうだろ。
そんなハードな経験したら引き篭もっても不思議じゃねえわ。
もうそっとしておいてやれよ。
「怖い、人の目が怖い……そう告げた、あの子の顔は……今も忘れられない……」
ほら、ほら、ほら!
どうしようもねえって。
俺に出来ることなんてありゃしねえぞ。いや冗談じゃなくてさ。
「分かる! 分かるよカールくん! 君の言いたいことも!
でも、でもね? 察しの良い君なら……分かるだろう?
クリスがこのままじゃいけないってことも」
「それは……」
今は良い。父親が存命の内は暮らしていけるだろう。
だが、もし父親が居なくなれば?
クリスの居場所はもう、何処にもなくなってしまう。
普通なら良い年齢になれば嫁がされたりするんだろうが……クリスはな。
姉や母親のこともあるし、本人も魔法が使えないという問題がある。
娶ろうとするような者はまず現れないだろう。
「クリスの御父上に何とかして欲しいと頼まれたんだが、僕じゃ無理だ。
僕もね、なんとかしてあげたいとは思ってるけど……魔法以外はカスなんだよ!!」
そこまで卑下せんでも……。
「頼む! お願いだ、カールくん! 力を貸してくれ!!」
「ん、んん……いや、でもねえ……実際問題、俺に何が出来るよ?」
話聞いてるだけでも、もう絶望しかないんだが。
クリスの状況を好転させる方法なんざ微塵も思い浮かばない。
(これまでと比べて難易度が極悪過ぎるだろ……)
取っ掛かりがまるで見えない。
「それは僕にも分からない」
無責任なことを言ってくれるぜ。
「だが、僕やクリスの御父上よりかは可能性があるはずだ」
「そうは言うが……」
口ごもる俺にゾルタンはこう続ける。
「御父上からは全面的な協力を取り付けた。
クリスの更正――というのは、少し違うか。あの子に原因はないんだからね」
あー、うー、と言葉を探している様子のゾルタンを見て思った。
普通に接してるから気づき難いが、コイツはコイツで不器用な人間なのかもしれない。
「立ち直らせるため?」
「そうそれ! 立ち直らせるために必要なことなら何でもやる用意があるそうだ。
無論、僕も同じ気持ちさ。こう見えて、色々やれるという自負はあるからね」
それはまあ……そうだろうな。
立場もそうだが、魔道士としての力量から考えても可能なことは多いはずだ。
しかし、しかしなあ。
「兎に角、会うだけ会ってみてくれないか?」
「………………分かったよ」
俺としては断りたい。
だが、コイツは梃子でも動きそうにないんだもの。
「だが、そもそも会えるのか? 対人恐怖症みたいなものなんだろ?」
「それはまあ……安心してくれ。御父上と僕から頼み込んで、何とか面会は取り付けた」
……期待が重くてゲロ吐きそう。
「というわけで、早速行こうか」
「はぁ!? 今から!?」
急過ぎるだろ!
心の準備出来てないんですけど!? 作戦も何もないんですけど!?
「時間が惜しいんだ。クリスから引き出せたのは一週間だけだからね」
「ふ、ふふふふざけんな! 一週間で何が出来るってんだ?!」
普通さあ!
こういうのはさあ! 長期戦だろ長期戦!
じっくりと信頼を勝ち取って行かなきゃ無理だろ!
一週間でケリつけろって舐めてんのか!?
「アンヘルとアーデルハイドの時はやれただろう!?」
「逆ギレしてんな! つーか、事情が違うだろ事情が!!」
「違わないね! あの二人も十分ヘヴィーな背景持ちだったもん!!」
「中年のオッサンが”もん”とか言うな気持ち悪いんだよ!」
「オッサンじゃありませーん!
好きな人に何時だって綺麗な僕を見てもらいたいから気を遣ってますぅ!!」
そういう意味じゃ……!
「――――というわけで、行こうか」
あ、と声をかける間もなく俺は転移魔法に巻き込まれてしまった。
とりあえず、決めた、今決めた。
このクソ野郎には必ず痛い目見せてやる。
(……とりあえず、現状を把握するか)
連れて来られたのは、お屋敷の玄関ホール。
流石に直ではなかったようだ。
ワンクッション挟んでくれたのはありがた……いや、感謝するのはおかしいな。
(しかし……ああ、前情報通りだな)
この屋敷、かなり広い。
だが屋内にある人の気配は三つ。
内二つが俺とゾルタン……なので実質一つと言っても良いだろう。
屋敷の外には警護の人間らしき気配を感じるが、結構距離あるな。
要人の警護にしちゃ、ちょっと――いや普通にアウトだ。
多分、これもクリスの希望なんだろうな。
「……そろそろ、良いかい?」
「お前マジでブン殴るぞ」
現場で覚悟決めさせんなや。
何で頼まれる側の俺がこんな目に遭っとんねん。
下手に出ろ下手に。
「っとに……まあ今は見逃してやる。おい、例のお嬢様は?」
「ああ、待機してくれているみたいだね」
「そうか……案内しろ」
「了解」
静寂に包まれた屋敷の中に響く足音二つ。
静けさがチクチクと胃を刺してくるんだがマジ勘弁して欲しい。
「――――ここだ」
コンコン、と客間らしき部屋の扉をノックする。
少しして、中からどうぞという声が返ってきた。
(カース、発動……)
ゾルタンが扉を開けると同時にカースを発動させる。
ここからは、一つのミスも許されない。
それぐらいの覚悟で臨まなければ勝ち目は見えないだろう。
(おぉ……これはまた……)
部屋の中に居た少女に目を奪われる。
さらりと風にそよぐ太股のあたりまで伸びた深い深いワインレッドの髪。
透き通るような白い肌と、儚げな顔立ち。
憂いを帯びたアメジストの瞳が静かに俺を見つめている。
(グッドロリータ)
何がポイント高いかってさ。
華奢な身体を覆う喪服を想起させる黒いドレスが生唾もの。
とりあえず今度アンヘルに似たようなの着てもらおう。
絶対着てもらおう。
「あー……その、お久しぶりですねクリス様。こちらは」
おっと、アホなこと考えてる場合じゃねえ。
ゾルタンに促されるまま、一歩前に出て名乗りを上げる。
「カール・ベルンシュタインと申します」
深々とお辞儀を一つ。
貴人への礼を失したなんて理由で好感度減らされたらたまんねえからな。
「ご丁寧に、ありがとうございます」
〈帰ると、そう、言ってくださいまし〉
あ、あの……。
「わたくしはクリスティアナ。訳あって家名を伏せる無礼をどうか、御許しください」
〈帰ると言ってくださいまし〉
その……さっきさ。
一つのミスも許されないとか言ったけどさ。
「さあ、おかけくださいませ」
〈帰ると言ってくださいまし〉
これ、それ以前の問題なんですけど……。
「ありがとうございます。さ、カール」
「……ええ、そうですね。お言葉に甘えさせて頂きましょう」
アンヘルの時のように夥しい数の声が聞こえるわけではない。
アーデルハイドの時のように耳をつんざく後悔の叫びが聞こえるわけではない。
クリスの声はとても、とても静かだ。
だというのに、前者二人よりも……どうしようもない。
だって、この子、俺らがここから去ること以外を望んでないもの。
「お茶の用意をさせて頂きますね」
〈帰ると言ってくださいまし〉
取り付く島もねえ……。
「あ、そうだ。ベルンシュタイン様は紅茶は平気でしょうか?」
〈帰ると言ってくださいまし〉
あ、駄目。心が折れそうだ。
俺は殆ど反射的にカースをOFFにしていた。
「ええ、大好物です」
「まあ、それは良かった。ふふ、丁度良い葉を頂いたばかりなんです」
儚さを感じるものの、クリスは嬉しそうに笑った。
でも、その笑顔の裏では帰れコールしてるんでしょ?
辛い、マジで辛い……声が聞こえなくても予想できるもの。
だって、これまでがそうだったもの。
「「……ふう」」
クリスが部屋を出て行くと同時に、俺たちの口から深い溜め息が漏れる。
ゾルタンもかなり緊張していたようだが、でも俺の方がひでえからな。
そこんとこ忘れるなよ。
「で、どうだった?」
どうもこうも、
「ごめん、あれ無理だわ」
「うぉい!?」
いやホント、無理なもんは無理ですって……。
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