きれいなもの①

1.勇者ゾルタン


「ぬう……」


 ギンギン照り付ける日差し、蝉の音。

 例の公園のベンチに腰掛け、空を仰ぐ俺の口から呻き声が漏れた。

 これは別に暑さに苛立ってるとか、そういうあれではない。

 最近、自力で涼を取る方法を編み出したからな。

 具体的には全身に廻らせた気を冷気に変換するって方法である。

 多少疲れることと、調整ミスれば凍死しかねないのを除けば……まあまあ良い方法だと思う。

 俺の身体、今、冷えっ冷えやぞ。夏なのに寒いもの。

 何か鍋食べたくなって……あれ? これ結局暑いが寒いに変わっただけじゃ……。


 閑話休題。


 呻き声が漏れてしまったのは、悩みがあるからだ。

 鏡がないので分からんが、多分今の俺はしかめっ面をしていることだろう。


「ぬぬぬ」


 昨日、俺はヘルムントから帝都に戻って来た。

 帰りは列車で帰るのはかったるかったので転移だ。

 店に戻った俺は真っ先にポストを確認した。

 伯父さんからの手紙は……なかった。


 一週間で帰って来られそうだから手紙を出さなかったのか。

 もしくは手紙を出せないぐらいに忙しいのか。

 イマイチ判別がつかなかった俺はアーデルハイドに頼み転移でディジマに向かうことにした。

 何故アーデルハイドかってーと以前、ディジマを訪れたことがあるからだ。

 伯父さんが手伝ってる店を訪ねて、入れ違いになったのならそれはそれで良い。

 転移だからすれ違ったところで先に帰って待てるからな。

 だが、もしそうでないなら店を開ける相談をしておきたかった。


 そういうわけで店に庵とアンヘルを残し、

 アーデルハイドと共にディジマに向かったのだが――トラブルが発生した。


「昨日のアイツら……」


 ディジマは混乱の真っ只中にあった。

 海から上陸したモンスターが街中で暴れていたからだ。

 ただのモンスターならば、問題はない。

 街中にまで攻め込まれるのは珍しいケースだが皆無ってわけじゃないしな。

 問題は、そのモンスターのある特性にあった。


 異常なまでの再生能力。

 頭を潰そうが切り刻もうが奴らは”死なない”のだ。


 そら、この時点で何かを思い出さないか?

 ああ、暴れてたモンスターの見た目は”蛇”だったんだよ。

 ジャーシンでぶっ殺した神のような巨体ではなかった。

 精々が五、六メートルってとこだろう。

 一匹一匹から感じる圧はあの神に比べると鼻で笑っちまうようなもんだ。


 だが数は圧倒的だった。数百は居たんじゃねえかな?

 ディジマの冒険者らは劣勢に立たされていた。

 そりゃそうだ、数が減らないんだもの。持久戦で勝ち目なぞあるはずがない。

 俺は即座に路地裏で変身(今回は覆面レスラーだ)し蛇の群れを襲撃。

 変身したのは仮に俺が殺せた場合、面倒事に巻き込まれかねないからだ。


 結論から言うと”俺は殺すことができた”。

 戦った感じ、あの神……というより、アダムに近い感じがしたな。

 恐らくは眷属か何かなのだと思う。

 まあそれはどうでも良い。問題は、だ。


「海から、来たんだよなあ」


 海の向こう、ずっとずっと東には何がある?

 葦原だ。葦原中津国。庵の祖国から奴らはやって来たのだ。

 明美の言によりゃ、これは庵絡みの問題だ。いや、正確には庵の家か。

 あの襲撃の目的が何だったかは分からない。

 だが、警戒するべきだろう。帝国に攻め入って来たんだ、これまで以上に気を張らんとな。


「いや……いっそ、こっちから攻め込むのも視野に入れるべきか」


 先手を取るか後手に回るか。

 どちらが良いかは状況によりけりだ。

 しかし、どうせ戦うなら葦原のが良いだろう。何せ他国だからな。

 とはいえ、必要なピースが揃っていない状況で動くのも危ない気がする。

 向こうで情報収集って手もあるが、葦原は敵陣だしなあ。


「むむむ」


 考える。

 考えて、考えて、考えて――とりあえず考えるのを止めることにした。

 だって現段階で葦原に向かうなら俺の可愛い魔女っ子たちの助力が必要不可欠だもん。

 でも、アイツら今居ないんだよね。一週間ほど修行して来るんだってさ。


「つか、一週間だけなのに修行って……」


 いや、天才魔道士だから一週間魔法に打ち込むだけでも修行になるのか?

 うーむ……魔法は専門外だから分からんな。

 何で一週間なのかはそれ以上の期間、俺に会えないのが耐えられないから、だってさ。

 本人たちの言によると一週間でもクソ辛いが、このままでは居られないらしい。


「やっぱ修行じゃねえなこれ?」


 世の修行してる人らに怒られるぞ。修行舐めんな! って。

 ってのはさておき、二人が修行に出た理由だが元凶はジジイである。

 どうにもあのジジイ、俺との戦いに邪魔が入らんよう魔法で細工をしてあったらしい。

 専門用語が多かったのでよく分からんが、位相がずれた場所に俺らは居たんだと。


「森が破壊された瞬間から修復されてったのも妙な空間に居たからなのかな?」


 ま、それは置いといてだ。

 実家を訪れたアンヘルらは俺の不在を知り、当然のように俺を探した。

 そこであの森を突き止めたんだが……入れなかった。

 何でも正しい順路を進まないと妙な場所に飛ばされるらしいんだが、

 その正しいルートは秒刻みで変動し続けていて実質正規の方法で侵入は不可能。


 かと言って力押しで壊すこともできない。

 いや、正確に言うと破壊は可能だが破壊した後が問題なのだとか。

 なので魔法の術式に干渉しようとしたらしいのだが、これも出来なかった。

 二人がかりで魔法を乗っ取ろうとしたが弾かれてしまったんだと。

 結果的に入ることは出来たがそれは二人の手柄じゃない。


 ――――庵のお陰で俺の下まで辿り着けたのだ。


 こっちはこっちで気になるんだよなあ。

 何か庵が妙なことになって、俺へと続く道が敷かれたらしいが……詳細は不明。

 少なくとも魔法とかそういうあれじゃないらしい。

 庵本人も何が起こったのかは把握出来てないので完全に手詰まり。

 今考えてもしゃーないので二人の話に戻ろう。

 ジジイの力を前にして力不足を痛感したから、ここらで一度鍛え直そうということになったらしい。

 具体的にどうするのかは知らんがな。


「…………んんん?」


 ふと、気付く。

 気付きたくなかったけど、あの、これ……もしかして、もしかしてだよ。


「俺、全然休めてなくね?」


 リゾートに行って神を名乗る化け物とガチバトル。

 一度は死を覚悟させられた。

 帝都に戻って来たと思ったら伯父さんとアンのお願いで一週間教師をやる。

 カスどもの相手はとても疲れました。

 地元に帰省して師匠であるジジイとガチバトル。

 死を覚悟させられるようなことはなかったが邪法で多大な精神的疲労を負う。

 伯父さんの様子を見に行って化け物眷属を始末。

 色々考えることが増えちゃう。


「な、夏だよ……? え、え、え?」


 いや、そりゃ僕もう社会人ですよ? それでも夏じゃん。

 夏じゃないですか。僕まだ十代半ばですよ。

 遊ばせてあげても良いじゃないですか。

 面倒事に巻き込まれ続けろなんて酷い、酷過ぎます。


「僕はね……転生者なんです……転生者なんですよーっ!!」


 僕は十五年前に地球から来ました。

 けど、同じ地球人とも戦います。だけども、現地人とも戦います。

 僕の楽しいセカンドライフを邪魔するのなら、僕は誰とでも戦います!


「…………兄ちゃん、兄ちゃん、暑さで頭おかしくなっちゃった?」


 ――――ハッ!? き、君は!


「少年! 少年じゃないか!! ハハハ! アハハハハ! 少年! 少年!!」


 会いたかったぜぇええええええええええええええ!!


 今までの悩みは何処へやら。

 少年との久方ぶりの邂逅に心躍らせる俺。

 彼の小さな身体を抱き上げ、ぐるぐるとその場で回転しちゃうぐらい嬉しい。


「やめ……ちょ、目がまわ……」

「うっへへへへへへへへへへへへ!!!!」

「場所を弁えろーッッ!!」

「あ痛ァッ!?」


 少年の爪先が俺の顎をかち上げた。

 幾ら鍛えてても無防備な状態で顎狙われたら普通に効くわ。


「テメェコラ、クソガキィ! いきなり何しやがる!? ぶっ殺されてえのか!!」

「こっちの台詞だ社会不適合者!!」

「不適合じゃありませーん! 立派に社会人やってますぅ! 身内のコネでな!!」

「コネじゃないか!!」


 少年とひとしきり口論し、俺は満足げに再度ベンチに腰を下ろす。

 良いね、何か、このやり取り……懐かしさすら覚える、地元に帰った時よりも懐かしい。

 なあ、少年もそう思――おや? 何か疲れた様子だね。夏バテ?


「こ、コイツ……」

「にしても少年! 最近見なかったけど何してたんだよ。寂しかったんだぜー?」


 まあ、夏だしね? 分かるよ?

 旅行とか行ってたんだろうさ。


「でもよ、それならそれで一言あっても良いんじゃね? 水臭いにも程があるよ」

「やだ、何この距離感。気持ち悪ッ」


 殺すぞクソガキ。


「あ、そうだ。俺もちょっとリゾート地に行ってたんだ」


 足元に置いていたバッグを漁る。

 もし会えたならと思って持って来たが正解だったな。


「はい、これ土産のお菓子。

結構日数経ってるけど保存魔法かかってるから安心してくれ」


「…………あ、ありがと」


 少し照れ臭そうに少年は土産を受け取った。

 何だ何だ、可愛いとこもあるじゃないか。


「死ね」


 お前が死ね。


「って、あれ?」


 今気付いたが少年、今日はボール持ってないな。

 代わりに大きめの紙袋を抱えてる。


「何それ?」

「え、あ……えーっと……」

「ひょっとしてバラバラにした死体の一部でも入ってる?」

「なわけあるか! 土産だよ土産!!」


 ニヤァ、と唇を吊り上げる。

 そんな俺を見て少年がハッとする。


「か、カマをかけたな……」


「まったくもう、素直じゃねえんだから。

まあでも、俺は分かってたよ。少年、口では何だかんだ言いながらも優しい奴だって」


 だって俺ら……親友マブだもん。


「違う」

「またまたご冗談を」

「め、めんどくさい……はあ。まあ良いや、はいこれ、お土産のお返し」

「ん、サンキュ」


 これは……何の食材が使われてるかまでは分からんが燻製の詰め合わせか。

 独特の臭気が漂ってるもん。

 燻製なんて帝都でも買えそうだが、わざわざ土産にするぐらいだからな。

 多分、名産でも使ってるんだろう。飯のオカズか酒のツマミにでもさせてもらおう。


「ところで兄ちゃん、何かあったの?」

「ん?」


「やけに疲れてるって言うか……さっきも意味不明な言動してたじゃん。

兄ちゃんのせいで公園に居たママさんやキッズたちが逃げてったよ」


 マジでか。


「どうしたの? 彼女と上手く行ってないの? 刺されたの? 心中持ちかけられたの?」

「何でそんなダーティな思考をするのか」


 君のご両親は一体どんな教育をしてんだ。

 ちょっと心配になるぞ。


「僕のことはどうでも良いよ。今は兄ちゃんの話」

「あー……」


 何と言うべきかなあ。

 事細かに説明するのもかったるいし……なるべくシンプルにするなら……。


「実はさ、俺の平穏のために殺したい奴らが居るんだよ」

「蛮族か」


 殺すぞクソガキ。

 これがシンプル且つスマートな解決方法なんだよ。

 だってさ、庵に纏わる厄介事について考えてみるとさ。

 まずあの蛇。あれは話し合いとか通じるような存在じゃないもん。

 殺すっきゃねえだろ。


 で、次。凶衛を刺客にした誰か。

 何かもう、話の流れ的にさ。蛇と関係あるっぽいじゃん?

 となればもう、殺すしかないじゃん?

 俺の女にあんな辛い思いさせたわけだし? 和解とか不可能じゃん?

 地獄を見せてから殺すのは決定事項じゃん?


「でもなあ……殺すためにクリアしなきゃいけない問題が多過ぎるの」

「ねえ兄ちゃん。お前、どの口でダーティな思考とかほざいてんの?」


 黙れクソガキ。


「はあ……でもどうすっかな、マジで」


 敵の姿が見えないのは厄介だ。

 蛇は分かってるけど凶衛のバックについては情報皆無だもの。

 誰を殺せば物事がまるっと解決するんだ? それは個人なのか、集団なのか?

 情報を得るには葦原に赴いて調べるか明美にコンタクト取るかしかない。


(後者が一番、安全な方法なんだが……)


 黒幕が蛇に関わりがあるってのはさっきも述べたが、

 もしそうなら明美は黒幕が庵らを狙った理由までは知らないと思う。

 だってアイツ、蛇についての情報全然知らなかったし。

 あの蛇が自分の血族と関わりがあるってのも幽羅との会話で察したみたいだし。


(で、唯一ハッキリしてるターゲットにしてもな)


 知るべきことが多過ぎる。

 あの蛇はそもそも何者で、どんな由来を持つのか。

 庵の血族と関わりがあるのは確かだろうが具体的には?

 あと、殺しに行くにしても所在地は?

 葦原に居るのは間違いないが、具体的にどこに居るの?


(封印の問題もあるし)


 まず間違いなく、葦原の蛇は封印されてる。

 そうじゃなきゃ、あの国はとうに滅んでるだろうさ。

 少なくとも暴れまわれる状態にないのは確かだ。


 でもそれじゃあ困るんだよ。問題を完全に解決したいからな。

 そのためには後腐れないよう完全に抹殺しておきたい。

 だがそうなると封印を解除しなきゃいけないわけじゃん?

 そのためには誰が、どこで、どんな風に蛇を封じているのかを知らなきゃいけない。

 そして仮に封印の解き方が分かったとしてもだ。

 その方法が幽羅がしたことと同じなら……考えることは山ほどある。


「やべえ、欝になってきた……」


 つーか少年、酷いよ。

 一旦考えるのやーめたって、そう思った矢先に掘り返すなんてさ。


「なあおい少年……俺、どうすりゃ良いんだよ……導いてくれよ、俺をさあ……」

「年下の子供に縋り付くとか恥ずかしくないの?」

「年下の子供でも対等の親友マブじゃないか」

「そんな事実は一切御座いません」


 いや御座いますね。


「御座いません」

「御座います」

「御座いません」

「御座いませんって言ってるだろ!」

「御座います! ってあれ?」


 よし、言質取った。


「こ、この野郎……!」

「ふぇふぇふぇ、まだまだ青いのう」


 ジジイのまーねー♪

 ああ、うん。よし、ちょっと気分が上向いてきた。


「なあ少年、血生臭い話は止めにして楽しい話しようぜ」

「楽しい話って……具体的には?」

「そらおめー、女の話だよ。男は下半身でものを考える生き物だからな」

「お前と一緒にするな」


 で、どうなの少年? 好きな女の子とか居ないの?


「……居ないよ」

「またまたぁ! それぐらいの歳だとほんのり色気づく頃だろぉ!?」


 でもさ、恥ずかしいんだよ。

 好きなあの子に素直になれねえんだよ。

 ちょっかいかけるほど、馬鹿にゃなれねえ。

 でも、折角、話す機会があっても素っ気なくしちまう。

 んで、家に帰って悶えるんだ。俺って奴はどうして……! ってなあ。


「う、うざい。びっくりするほどうざい」

「ちなみに俺の初恋はだな」

「聞いてもいないのに語り始めた」


 俺の初恋は……初恋は……。


「……」

「どうしたの兄ちゃん?」

「いや、よく考えたら俺……それらしい初恋……経験してねえ……」


 ここで言う初恋ってのは、前世のものだ。

 当たり前だ。

 肉体はフレッシュになって、心機一転つっても心は地続きだからな。

 今世ではどうやっても初恋なんて経験出来ねえんだよ。

 だから前世のことを思い出してたんだが……ない。甘酸っぱい思い出が、ない。


「え、ちょっと待って。俺どの辺りで誰かを好きになるとかそういうことを知ったの?」


 何かすげえふわふわしたまま、ここまで来ちゃった感が半端ねえんだけど。

 いや、人を好きになる気持ちが分からないとかそういうのはないよ?

 だって俺、アンヘルも庵もアーデルハイドも大好きだもん。

 問題はだ。その大切な感情をどこで知ったかだ。

 つまりは初恋、俺の初恋は一体どこに行った!?


「なあなあで成長したとか……俺、やだよ……」

「何でこの人勝手に追い詰められてんの? しかも自分が振った話題で」


 は、初恋ってさ……男の子にとっては……い、一大イベントじゃないか。

 それを、それを経験しないまま彼女作っちゃうとか……。

 お、おれは……おれは、もう、にどと……はつこいを、けいけんできない……?


 俯き、わなわなと震える俺の前に影が差す。

 こんな時に誰だと顔を上げると、


「よっ」


 爽やかな笑顔で片手を上げるゾルタンが立っていた。

 奴の姿を認識するや否や、俺は全力で拳を打ち出していた。


「あ、やべ」


 遥か彼方へ吹っ飛んで行くホモを見て、ようやく意識が追い付く。

 本能が新たな厄介事を察知して、ついやってしまったが……。

 まずいな、あんなでも一度は店を訪れた客だ。

 流石に暴力沙汰はまずかったかもしれん。


「に、兄ちゃん……? あ、あの人……し、死んだんじゃ……」

「え? ああ、大丈夫大丈夫。殴った感触がおかしかったからな」


 派手に吹っ飛んだから勘違いしそうになるが多分、傷一つないだろう。

 だが俺が殴ったことに変わりはないので、訴えられたら負ける。

 どうしたものかと考えていると眼前の空間が歪む。

 もう見飽きたと言っても過言ではないこの現象、転移魔法の予兆だ。


「い、いきなり何をするのかなあ!? ちょっと酷くないかカールくん!!」


 そら来た。

 まあ、アンヘルとアーデルハイドの先生だもんな。

 そりゃあ転移ぐらい自由自在でしょうよ。


「……つか、やっぱ傷一つねえな」


 回復魔法を使ったとかじゃない。

 そもそもダメージを負ってすらいないんだ。

 殆ど不意打ちみたいな形だったのに……あーあ、割とショック。


「え? ああ、そりゃまあね。

衝撃を零にする魔法を使った……はずなんだけどねえ。

いや、殺し切れずに吹っ飛んじゃったよ。うん、見積もりが甘かったらしい。

一応、学院で教導をしていた様子から想定したんだけどねえ。どうやらあの時よりも強くなっているらしい」


 聞いてもいないことをペラペラと。


「……兄ちゃん兄ちゃん、この人何なの?」

「ホモだ」

「ホモなの?」

「ああ」

「そっかあ……ホモかあ……」

「しかもコイツは悪いホモなんだ」

「悪いホモ」


 ある意味、縁結びを担ったと言えなくもない。

 だがそれはそれ、これはこれ。

 厄介事を押し付けられたって事実は変わらない。


「違うよ、僕は悪いホモじゃないよ。光のホモだよ」

「兄ちゃん兄ちゃん、悪いホモじゃないとか言いながら光って形容に逃げたよコイツ」

「ああ、ふんわり正義のイメージだけど正義だとか良い奴って断言したわけじゃないもんな」


 少年と顔を見合わせ、頷く。


「「さいってー」」

「う、ぐぬぬ……!!」


 大人って汚いわ。

 俺、こんな大人にだけはならない。

 俺は絶対、子供が憧れるような素敵ダンディーになるんだ。


「無理じゃないかな」


 殺すぞクソガキ。


「それよか少年、暑くないか? アイスでも奢ってやんよ」

「え? 良いの?」

「ああ。久しぶりに会えたんだしアイスで乾杯といこうぜ」

「アイスのどこに杯要素が……」


 まあまあ、細かいことはどうでも良いじゃないか。

 アイスは何味が好き? え、イチゴ? 奇遇! ウチもストロベリーめちゃ好き!!


 少年と連れ立って公園を出ようとするが……。


「ま、待ってくれぇえええええええええええええええええええええええ!!!!」


 ずざざ! っとスライディング。

 そしてその勢いのまま右脚に縋り付くゾルタン。


「頼む! 頼むぅ! 僕の、僕の話を聞いてくれぇええええええええええええええええ!!!!」

「ええい! 鬱陶しい! 縋り付くな! 離れろ! そしてそのまま地獄に堕ちやがれ!!」


 ほらもう! やっぱり面倒事じゃん! 確実に面倒事だろこれ!


「カールくん、実はだね。君に頼みがあるんだ」


 左脚で何度も何度も踏み付けるがまるで手応えがない。

 こうなりゃ手で引き剥がしてやると手を伸ばすも……何故か離れない。


「君しか……君しか頼れる人が居ないんだ。君に見捨てられたら僕は……僕は……!!」

「アンヘルかアーデルハイドに頼れ!!」


 金も能力もあるアイツらなら大抵の問題は解決できる。

 教え子に頼るのが恥ずかしいなんて言わないよな?

 切羽詰ってる状態で贅沢言うなんてあり得ない。

 それともアイツらじゃ無理なのか? ならそんな相談を俺にするな。


「あ、あの二人に頼んだら僕は殺されちゃうよ!」

「ちょっと待て。そんな案件を俺に押し付ける気なのか!?」


 冗談じゃねえ!

 気持ち的にはジジイと戦った時よりも真剣に逃れようとするが、まるで通用しない。

 これが、これがあの二人を育てた魔道士の実力だとでも言うのか!?


「兄ちゃん、やばいよこの人……!」

「ああ、分かってる!!」


 少年もそこらに落ちていた石を拾い必死でゾルタンを殴り付けてくれている。

 麗しい友情に涙が出そうだが……効果はない。

 一体どんな魔法を使ってやがるんだこのホモ野郎……!


「何でもする! 何だったら……一晩抱かれてやっても良い!!」

「コロスゾ」


 自分でもビックリするほど冷たい声が出たと思う。


「こ、こうなったら……だ、誰かー! 衛兵さん呼んでくださーい!! 変質者ですぅ!!」


 少年……悪くない、悪くない機転だ。

 でもよ、コイツ、とんでも魔法少女二人の師匠なんだよ。

 認識阻害ぐらいは朝飯前なんだ。


「ふ、フフフ……逃がさん……逃がさんぞ……君だけは……!!」

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