帰省④
1.教えを授けた理由
「ッッ」
全身を隈なく針で刺されたような殺気を感じ、飛び起きる。
周囲には散乱した酒瓶と半裸の親父が転がっていた。
汚い寝顔だなと思いつつ、記憶を呼び起こす。
昨夜、五人で飯食いに行った後、実家で親子水入らずで酒盛りしたんだったか。
って、それはどうでも良いんだ。
問題はこの殺気。
「……何のつもりだ?」
外はまだ暗い。時刻は午前四時とかそのぐらいだろう。
こんな時間に何の用がある?
疑問に思いつつ、俺の中で無視するという選択肢はなかった。
殺気を飛ばして来た相手が相手だというのもあるが……何か、本気さを感じたから。
本気で俺を殺すつもり――かどうかはさておき。
真剣に俺とサシで話をしたい、そんな気配がするのだ。
「ふむ」
軽くセルフチェック。
酒は抜けてない。
が、小細工を使えば無理矢理アルコールを抜くことはできる。
眠気……は完全に飛んでしまった。
総合して、良くも悪くもない。普通のコンディションだな。
「――――行くか」
親父を起こさぬよう家を出る。
夜明け前の街は静かで、猫の子一匹見当たらない。
街の入り口では守衛が立ったまま居眠りをしていて、抜け出すのは容易だった。
いや、起きてても別段問題はなかっただろうけど。
走る、走る、跳ぶように走る。
俺を導く気配に身を任せて風にな――――
「オロロロロロロロ」
駄目だった。
良くも悪くもないとかちょっと背伸びしました。
酒が抜けてない状態で走ればそら吐くわ。
やばい、どうしよう、もう帰りたくなってきた。
帰って良い……良くない?
そう思った瞬間、最初より激しい殺気が飛んできた。
声には出してないんだがなあ……しょうがない。
ゲロを垂れ流しながら、アルコールを抜くため隅々まで気を行き渡らせていく。
自浄能力に任せず無理矢理アルコールを飛ばすやり方は、身体に悪そうなんだがなあ。
「ふぅ」
ゲロを吐き終え、アルコールも飛ばし終わったことで幾分か落ち着いた。
既に街から数キロは離れているがまだ……ん? 森の中に入れってか?
「めんどくせえな」
くだらない用事だったらタダじゃ済まない。
そう思いながら森に侵入。
木々をかき分け奥へ奥へと進んでいくと、一際開けた場所に出る。
「……来たか」
中央にある切り株に腰掛けたジジイが俺を迎える。
昨日、エルフだと判明したからかな。
森の中に居るのがやけにサマになってやがる。
「来てやったぞ。それで? こんな時間に何の用だい? 老人の朝は早いつっても限度があるだろうよ」
「……」
だんまりかい。
千葉浦安のネズミか俺かってぐらいに愛想の良いカールくんでも、
流石にこんな時間にあんな呼び出し方されたら気分も悪くなるんですけど?
「何も用がないなら帰――――」
「わしが」
んお!? な、何だよ……びっくりしたな。
いやまあ、話す気になってくれたのなら良いんだけどさ。
「わしが、お主に武の手解きをした理由が分かるか?」
「は? 何? どういう意味?」
「良いから答えてみい」
手解きをした理由って……そんなもん決まってるだろ。
「俺が懇切丁寧に頭を下げてお願いしたからじゃん」
「違う。何もかもが違う。何時? 何時頭下げた? クソ生意気な態度じゃったろうが」
うふふ、そうでしたっけ?
「俺の態度はともかくとしてだ。俺が頼んだからじゃないってのかよ?」
「ああ、違う」
一瞬空気が弛緩しかけたが、また直ぐ真剣なそれへと変わった。
正直、この時間帯でそういうのは胃もたれしそうになるから勘弁して欲しいんだがな。
「なら何だってんだ?」
「お主の”選択肢”を増やしたかったからじゃよ」
俺の選択肢を増やす……?
振られた話題もさることながら、返ってきた答えも意味が分からない。
この会話にどんな意味があるのか。
少しでも手がかりになればとカースを発動させる。
しかし、
(……何も聞こえない?)
エルフだから通じない……というのは多分違う。
感覚的にカースは問題なく発動しているし、通じている。
ならば、何故聞こえないのか。
(ジジイは俺の言葉を求めていない?)
ならばこの時間は……俺の予想通りなら、ちょっと、いやかなり面倒なことになりそうだ。
「武はお主を縛る枷となる。そう思ったからこそ、わしは教えを授けたのよ」
枷?
選択肢を増やすと言っておいて枷ってのはどういうことだ?
むしろ、自由度を広げてるじゃねえか。何も縛られてないじゃん。
「カール、わしはな。お主が気の良い男じゃと思うておる」
突然話題が変わったな。
いや、実際俺は気の良い男ですけどね?
「多少カスいところがないでもないが、誰も皆、大なり小なりそういう部分はある。
じゃからそこを含めても尚、友人とするには良い相手じゃと思うておる。
お主は自らの線の内側にある者に対しては情に厚い……厚過ぎるぐらいじゃからのう」
何が言いたいのやら。
話が迂遠過ぎてまるで伝わって来ない。
まあ、俺の予想が正しいのなら俺に理解させる気はない。
実質、独り言のようなものだから仕方ないと言えばその通りなのだが。
「が、それ以上にわしはお主が恐ろしい。これまで出会ったどんな存在よりも、な」
「俺が、恐ろしい?」
冗談で言ってるのかと思ったが、真剣極まる表情を見るにマジらしい。
俺が恐ろしいだって? 意味が分からない。
俺なんてジジイからすりゃ一方的にボコれる雑魚でしかないだろ。
恐怖する部分なんざ欠片もありゃしねえ。
「あれは、カールがわしに弟子入りをする半年ほど前のことじゃったか」
ジジイに弟子入りする半年前……何かあったか?
記憶を辿ってみるが、特別何かあったような覚えはない。
「お主は十人ぐらいの年上の子供らにリンチされておったな」
リンチ――ああ、あれか。
ってちょっと待て。見てたんなら助けろよ。
ただでさえ官憲が仕事しないのに定評があるんだからさ。助けろよ。
幾ら前世持ちって言っても身体はガキなんだぞ。
俺をボコってたクズどもの平均年齢が確か十二、三だから圧倒的に不利。
数でも身体能力でも劣ってるんだから正攻法じゃどうにもならないんだからさ、助けろよ。
「これはいかんと、最初は割って入ろうとした。
じゃが、ふと気付いたのよ。暴行を受けるお主の目が微塵も死んでおらぬことにな。
結局、その日は何もなかったが、以降わしはこっそりお主を監視しておった」
俺を見捨てただけじゃなくストーカーまでしてたんかい。
「動きがあったのは一週間後。
お主はまた、例の子供らに人気のない場所に連れ込まれ暴行を受けようとしていた」
ああ、覚えてるよ。
俺から仕掛けたんだ。
いやね、何で俺はボコられたんだろうって疑問がまずあったんだ。
怒りも当然あったが、疑問の方が大きかったのよ。
俺が何か悪いことしたって可能性もあったし調べた。
調べて、俺が悪くないことを確信したから俺は動いたんだ。
ああ、奴の癪に障るような真似をわざとしてな。連れ込ませたのよ。
「――――お主は躊躇なく主犯格の少年の目に指を突き入れたな?」
ああ、突き入れたよ。潰してやったよ。
これでまだ同年代だったらな、他にも方法はあった。
喧嘩のコツって言うのかな?
躊躇なく顔面を打ち抜ける奴ってのは怖がられるんだよ。
俺がタメだったらそうすることで、連中の恐怖を煽ってただろうな。
ここまでするのか、コイツは怖い、そう思わせたら後はもう作業ゲーさ。
「お主は殴られながらも今度は別の少年の股間をハンマーで潰した」
潰したねえ。
「他の者らは必死でお主を潰そうとした。しかし、無駄じゃった。
どれだけ殴られようと、蹴られようと、お主は抵抗を止めなかった。
両膝の皿をかち割る、顔面を砕く、二度と牙を剥かぬようにと心身を破壊していった」
それがどうしたってんだ?
そこまでさせたのはアイツらの責任だ。俺は悪くねえ。
最初のリンチの時点で奴らは度を越してたのさ。
俺がたまさか頑丈だったから大丈夫だっただけ。
下手をすれば障害が残るか、死んでるぐらいの暴行だった。
正当な理由もなく、そんなことをしてタダで済むと思ってんのか?
連中が俺をボコった理由は今思い出しても呆れ返るぜ。
奴らの年代のマドンナ的存在の姉ちゃんが居てな?
その姉ちゃんが俺が可愛がってたのが気に入らないから。
それだけ、ただそれだけで十人でリンチだぜ? あり得ねえわ。
まあ、元々ヤンキーみたいな連中だったからしょうがないっちゃしょうがないけどさ。
「全員を破壊し終えたら、お主は何の感慨も見せず家に帰ったな」
「帰ったよ、アホらしかったからな」
「じゃが、その夜、子供らの親が衛兵と共に家に乗り込んで来た」
ああ、怒り心頭って様子だったな。
「散々にお主や、その父を罵る大人たちにお主は何と返した?」
「悪いのはお前らだろ、と」
どんな教育してんだ、悪魔の子だ何だのと罵ってきたクズどもに言い返してやった。
そもそもの原因はそこのゴミどもにあるんだと懇切丁寧に説明したよ。
「嘘を吐くなとかお前は頭がおかしいって言われたな」
だから言ってやったよ、嘘じゃないと。
なら他のガキどもに聞いてみろとな。
徹底的に調べてみろと。
「そうじゃな、あんまりにも自信満々だったから親たちも真実だと悟ったんじゃろうな。
じゃから論点をすり替え、糾弾を続けようとした。
そんな大人たちに向けお主は……これまた痛烈な批難をぶつけたっけなあ」
ああ、言ってやったさ。
テメエらどんな教育してんだ? と。
よくもまあ、そこまで厚顔になれるものだと。
仮に俺が死んでたらどうしてたんだ? ガキの不始末は親の責任。
こんな屑どもを育ててしまった責任も取らず、
十にも満たぬガキを大勢で囲んで糾弾するとは恥ずかしくないのか?
お前らは大人じゃない。害悪を撒き散らす糞袋だと。
呼吸をしているのも許せない。責任を取れ、ケジメをつけろってな。
「彼らは皆、怯えておった。齢十にも満たぬ幼子に気圧されておった。
最終的には、親全員に指を詰めさせ、その上多額の慰謝料までせしめおった。
そしてお主はお咎めなし。元々仕事をせぬ官憲じゃが、お主が怖かったんじゃろうなあ。
結局、子供らと親はこの街を去って行ったな、心と身体に消えぬ傷を刻まれてな」
それが何だってんだ?
つかジジイよ、アンタ俺が怖いとか言ってたが目潰しやら何やらをしたことについてか?
「まさか。過激ではあるが、対処としては間違っておらん。
数でも体格でも圧倒的に不利なんじゃからな。恐怖を利用する方法は正しい。
それ以外では止められん。抵抗せず、顔色を窺って生きていくという選択もあるが……」
「はあ? 何で俺がそんなことしなきゃいけねえんだよ」
俺にも悪いところがあったのならば、多少は泥も飲もうさ。
だがな、一片たりともこっちに非がないんだぞ?
何で俺は悪くないのに、あんな屑どもに泣き寝入りせにゃならんのだ。
道理が通ってないだろうがよ。
ああでも、官憲が働いてくれるならそっちに訴えるって手もあったか?
「……なあ、親たちは何故、大人しく指を詰め慰謝料を払ったのだと思う?」
「知るかよ」
興味もねえ。
つーか、何でこんなアホな思い出話せにゃならんのだ。
もう終わったこと。思い返しても呆れはするが、怒りも沸いて来ない馬鹿な話だ。
「怖かったからじゃよ。何が怖かった?
お主の敵になったことが、敵で在り続けることを心底から恐怖したのよ。
もし、ケジメをつけねば、お主はどんな手段を使ってでも彼らを追い詰めておったろう。
彼らはそれを本能的に察知し、指と金で終わるなら安いものだと代償を支払った。
まあ、それでも怖かったから結局は街を出て行ったんだろうがなあ」
クツクツと笑うジジイ。
どこか自嘲を滲ませる笑みに、俺は困惑していた。
「本懐を果たすためならば何でもやる。よくある言葉じゃて。
しかし、その手のことを口にする者にも程度というものがある。じゃがお主は違う。
負い目のないお主がこうと決めた場合、本当に何でもやろうとする。上限がないのだ」
ジジイは一度大きく溜めを作り、こう告げた。
「――――わしはそれがどうしようもなく恐ろしい」
腹の前で組んだ手は、微かに震えていた。
「お主は気の良い人間で、真っ当な善性の持ち主よ。
じゃが苛烈と呼ぶのも生易しい……劫火としか形容しようのない性情。
その一点が、どうしようもなく恐怖を誘うのよ」
どう、反応して良いのか分からない。
俺を怖いというジジイにどんな言葉をかければ良い?
というか、何で今更コイツはそんな話をしたんだ?
「なあ、カール。例えばの話。例えばの話じゃよ」
「お、おう」
そんな念押しせんでも。
「仮に、仮にお主の愛する者。父親やあのお嬢さん方が理不尽に殺されたとして」
「復讐する」
考えるまでもねえ。
それが事故とかだったら反省の念を示し法の裁きを受けるというのなら……。
ああ、許すことは出来ないし納得も出来んだろうが我慢しよう。
だが殺されたなら話は別だ。
「じゃが、それが世界をより良くするための致し方ない犠牲だったら?
殺された者やお主とっては理不尽でも、大多数の人にとって良い結果に繋がるのなら?
殺した誰かが圧倒的に正義の人だったら? それでも、お主は復讐を選ぶのか?」
「逆に聞くが、それが退く理由になるのか?」
ならねえだろ。なってたまるか。
大義だの何だの、踏み躙られた側には関係ねえんだよ。
無関係な第三者にしか通用しない理屈を当事者に持ち出すなよ鬱陶しい。
その手の戯言は前世で散々言われて聞き飽きた――と言うのは酷か。
ジジイは俺の前世とか知らんわけだし……うん、少し落ち着こう。
軽く深呼吸をしてから話を続ける。
「俺を止める奴が居たとしたら、そいつは俺の敵だ」
だってそうだろ?
俺を止めるってことは俺の女が理不尽に殺されることを肯定するってことなんだから。
「ならその瞬間から、そいつは俺の敵以外の何者でもなくなる。
それは例え世界が相手だとしても同じことだ。だから世界も俺を敵と看做せば良い」
世界のためと大義を掲げて俺を止めるならどうぞご自由に。
その権利はある。
だが、その権利を掲げて俺の前に立つならその時点で俺の敵だ。
俺は何が何でも復讐を果たすぞ。
だからそっちも死に物狂いで俺を止めれば良い。
どっちが正しいとかじゃない。ただ、相容れないから潰し合うというシンプルな話だ。
「……一切の躊躇なく、そう言いきれるその精神性が恐ろしいんじゃよ。
カール、お主は例えそれが神や世界であっても何の逡巡もなく敵と看做すじゃろう。
そして敵を除くため、本懐を遂げるため本当に何でもするだろうよ。
仮に自らの行為が無関係の誰かを害することになっても、な」
「そうかもな」
もし、そんなことになったのなら巻き込まれた奴らは俺を憎むべきだ。
俺を殺すために何をしたって構わない。
無論、俺は俺の本懐を果たすまでは全力で抗うがな。
その後は他の誰かならともかく、俺を憎む正当な理由を持つ者になら殺されても良い。
ああでも、俺が死んで残されて泣く奴が居るなら……無理か?
前はもう何も持っていなかったから一人で突っ走れたんだがなあ。
となると、無関係な奴を巻き込まないように立ち回るしかないか。
「まあ、何だ。ジジイの言いたいことは分かったよ」
選択肢を増やすと枷を嵌める。一見矛盾する言葉にも得心がいった。
確かに真正面から殴り倒せる力があるならそれで済むものな。
仮にあの頃の俺に真正面から屑どもとやり合う力があったのなら目を抉ったりはしなかった。
骨の一本二本は折るかもしれんが、話はそこで終わってただろう。
「お主の苛烈が過ぎる生き方は恐ろしくもあるが、同時に酷く魅力的でもある。
多くの敵を作る一方で、その在り方に惹かれた味方が多く集う。
実際、わしも恐怖を抱いておるがそれと同じぐらいお主を好ましく思っておるしな」
ジジイに好きとか言われてもなあ。
いやさあ、そういう意味じゃないと分かってても微妙にキモい。
「平穏無事に生き、死ぬのならそれで良い。お主の性が発露することはあるまいよ。
しかし、もしそうでないとすれば? 考えられる道は二つに一つ。
世界を焼く魔王になるか、世界を変える英傑になるか、そのどちらかじゃろう」
大袈裟な……と言いたいがジジイにとっては違うのだろう。
ならば、俺としても茶化せはしない。
「昨日、お主がお嬢さん方を連れてわしの下を訪れた時、確信したよ」
「何を?」
しかし、あれだな。
この流れ……どうにも、俺の予想は当たってるっぽいや。
「あの子らが何者かは知らん。
しかし、常人よりも重く大きな運命を背負った子らだというのは分かる。
あの子らを愛するお前は、大きな運命に幾度も立ち会うことになろう」
ジジイがようやっと立ち上がった。
その枯れ枝のような肉体に気が行き渡っていくのが見える。
「時、来たれり――――わしはお主を見極めねばならん」
善か悪か。
正道か邪道か。
カール・ベルンシュタインという人間に本気で踏み込む時が来たのだ。
そう言ってジジイは”初めて”構えを取った。
「……やっぱり、言葉は不要。拳で語るって展開だったか」
それなら、俺の言葉なんか求めねえよなあ。
俺が何を言っても無駄だろう。
ジジイがジジイの基準で何らかの答えを見出すしかないのだ。
「ジジイ、逃げても無駄だろうから立合いはする……けどよ」
「何じゃ?」
「……流石に、実力差あり過ぎねえか?」
おめー、これまでを思い出せよ。
散々一方的にボコられてきたんだぞ俺。
サンドバッグじゃん、俺。
俺に立ち合う気があっても結果はサンドバッグじゃん。
サンドバッグ殴って何か分かるのかよ。
「人の話は最後まで聞くものじゃぞ、カールよ」
「あ? 一体何――――」
とん、と胸と額に軽く衝撃が走る。
恐らく、ジジイが何かしたのだろう。
だが一体何を?
首を傾げるも、直ぐに俺は異変に気付いた。
「い……ぎ……がぁ……!?」
身体が焼けるように熱い。
身体の……イや違う。
もっと、モっと、深イ部分から力が湧き出してくる。
あの蛇と戦った際も似たようなことは起きタが……あの時とは違ウ。
「気と魔力の違いが何か分かるか?
共に似たような事象を起こせる二つの力。その違いは出発点にあるのじゃ」
火柱のように俺の身体から紫色のオーラが立ち昇る。
俺は気を発露した覚えはない。
だが、止め処なく気が溢れてくるのだ。
底が見えぬほどの膨大さ。一体これはどこからやって来るのだ?
「魔力は肉体より生成され、気は心より出ずるのよ。
ゆえ心を燃やし続けることが出来るのであれば理論上、気は尽きぬ。
一度に生成される量もそう。心の熱量次第じゃ」
それに……何だ、これは……。
ああ、無性に……無性に……!!
違う、あれはジジイだ……奴とは違う……違うだろ!
なのに、嗚呼! 怒りが、憎しみが……止まらない!!
「き、キヒ……ックハハハハハハ」
この感覚を俺は覚えている。
怒りと憎しみが極まって、逆に笑うしかなくなった最高にキレた状態の俺だ。
「邪法ゆえ使いたくはなかった。
が、これも必要なこと。お主の心を”調整”させてもらった。
怒りと憎しみで埋め尽くされた今のお主が発する気は……最早、人のそれではない。
わしらの間に隔たる差は十二分に埋まったはずじゃ」
ほう、だが良いのか?
ジジイ、アンタ、死ぬぞ? 殺されるぞ? 他ならぬこの俺に。
「例え命を賭すことになろうとも、その状態のお主でなければ意味がないからのう」
「ああそうかい」
地が爆ぜる。
無尽蔵の気を注ぎ込んだ影響で、かつてない倍率で強化された俺の肉体。
ただの踏み込みであろうと、最早災害レベル。
大地が広範囲に渡って抉り取られてしまった。
普段の俺ならばこれはマズイと思うはずなのに、今はまるで気にならない。
あるのは殺意だけ。ジジイを殺せ、内なる衝動のまま拳を振るう。
「ッッ!?」
普段のジジイならばカウンターを入れられる。
だが、拳を振るう風圧がその動きを阻害。
ジジイは成す術なく拳を受ける羽目になった。
ピンボールのように吹き飛んでいくジジイ。
初めてのクリーンヒットだというのに、感慨一つ沸きやしない。
「はあ」
今の俺の精神状況は躁鬱、に近いのかもしれない。
もう笑うしかなくて、だが笑うのも億劫で。
頭の中はグチャグチャなのに、肉体は迸る殺意のまま勝手に動いてしまう。
「まだ、死んでないだろうしな」
天高く跳躍した俺は気で作り出した森を覆い尽くすほどの黒腕を眼下に突き出す。
巨大な掌底をそのまま叩き込み圧殺――はしない。
この程度で終わるような可愛い奴じゃない。これは”削るため”の攻撃だ。
掌が爆ぜ、何千何万の人間大の黒腕が流星群のように森へ降り注ぐ。
森林を、大地を破壊しながら尚も叩き込まれ続ける掌底の雨。
「ん?」
破壊された森が、大地が、時間を巻き戻したかのように修復されていく。
不思議な光景だが……どうでも良い。
ジジイだ、ジジイは何処に――居た。
「ふぅ……流石に、キツイのう……」
全身から血を流し既に満身創痍。
だが、その目に宿る闘志は欠片も揺らいじゃいない。
何かある、宙に浮遊したままじっとジジイの様子を窺う。
「ここからはわしも本気を出させてもらうか」
枯れ枝のようだった肉体に肉が盛られていく。
しわくちゃの皮膚は瑞々しい若者のそれに回帰している。
見に徹したのは間違いだった。
そう判断するや否や即座に接近。一気に仕留めようとするが、
「!?」
宙を舞う。
天地逆さになった視界の中、俺は確かに見た。
ゆったりとした白い胴着に身を包んだ銀髪の若い青年の姿を。
「そういや立合いと言っておったが……そりゃ認識が甘いと言わざるを得ん」
無防備な顔面に突き刺さる剛拳。
藁のように吹き飛んでいく俺の肉体。
「――――こりゃあ死合いじゃぜ」
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