老婦人のお願い⑦

1.アンヘル様はパコらせたい~阿呆どもの桃色頭脳戦~


 普段使用しているストーキング魔法Ver2(今後もアップデート予定)さえ今は使わず、

 言われた通り大人しく目を瞑って後ろを向いているアンヘル。

 その胸中は並々ならぬ緊張で満たされていた。


(これは、カールくんからの挑戦)


 背後から聞こえる布が擦れる音と、陽気な鼻歌がどこか遠くに聞こえる。

 それだけ今のアンヘルは集中力を高めていた。


(……正直、私は今回のに関してはそこまで深く考えてなかった)


 誘いをかけたのはカールのムラムラが限界に達しそうだったから、

 というのもあるが自分自身が我慢出来なかったからというのもある。

 ゆえに行動に出た。


 カールの望みは知っていたし、

 アンヘル自身もそれを理解していたからこそ先んじて制服をゲットしたのだ。

 しかし、詳細なシチュエーションに関しては考えていなかった。


(何て……無様)


 あくまで臨界点を迎えそうになっているカールのフォローを優先したから。

 そう言い訳することはできる、だがそんな言い訳は他ならぬ己が許せない。

 お前は尽くすと決めたのだろう? ならば、手を抜くなよ。


(慢心していた、私は、慢心していた)


 制服を着て教室で本物の学生のようにラブラブ出来れば良いなあ。

 そんな風に考えていた己が心底恥ずかしい。

 カールではなく自身の願望を無意識下で優先させていたなど……あり得ない。


(カールくんも、思ったんだろうね。私らしくないって)


 だから、あんな提案をしたのだ。

 提起しようと言うのだろう、テーマを。

 俺の格好を見て、お前はどんな答えを出す? カールはそう言いたいのだ。

 自分に、今の自分に見抜けるだろうか?

 最近すっかり緩くなっていた自分に……いや違う。

 見抜けるか、じゃない。見抜くのだ。


(私は……応えたい、応え続けていたい……愛する人に……!!)


 アンヘルは静かに闘志を滾らせていた。


「――――もう良いぜ」


 カールの声。

 アンヘルは内心の緊張をおくびにもださず、ゆっくりと目を開き振り向いた。


「よっ」


 軽く手を挙げて笑うカールにアンヘルは戦慄を覚えた。


(こ、これは……)


 まずは下から、下から見て行こう。


 ズボンは腰穿きでパンツが若干見えている。

 卸し立ての制服だが、敢えてつけたのだろう。所々に皺が寄っている。

 両裾は捲り上がっており逞しい脚が膝の少し下あたりまで露出していた。


(若干、後ろ……お尻のあたりが膨らんでいるのは……)


 財布をズボンの後ろポケットに入れているからだろうか?

 正面からでは分かり難いが、恐らくはそうだ。


(……次は、上)


 ズボンと同じく意図的に皺をつけたブレザーの前は全開。

 袖も肘のあたりまでガッツリ捲くられている。

 そしてブレザーの下。

 学院指定の校章が刻まれた白いシャツ、下には何も着ていない。

 裸シャツで、上のボタンも二つほど外れていて鎖骨が露出している。

 ネクタイも真面目につける気がないのだろう、緩々だ。


(ヘアピンなんて、何に使うのかと思ってたけど……)


 普段カールは外跳ね気味の、男にしては長めの髪を自然に流している。

 特にヘアスタイルにこだわりはないのだろう。

 手を加えているところなどは一度も見たことがなかった。


 だが今は違う。


 普段は自然にしている前髪、

 その右サイドを四本のヘアピンをクロスさせ顔の横でまとめている。

 変わっているのはそこだけではない、頭頂部もだ。

 頭頂部の髪を雑に集めてヘアゴムで括り付けている。


 以上の要素を総合して感想を述べるなら、


(――――チャらいッッ!!!!)


 今のカールはビックリするほどチャラかった。

 格式ある帝都魔法学院の制服を、ここまでチャラく着こなせるのか。

 安い! 凄まじく安っぽい!!

 この制服一着で庶民の給料数ヶ月分はあるというのに、高級感が皆無!

 何ならコスプレショップで学院のそれに似せた衣装を買ってきたのでは?

 そう思ってしまうぐらいに安っぽいのだ。


(カールくんは……すごいなあ……)


 アンヘルは一種の感動を覚えていた。

 自然にそうなったのならば、それは着ている人間が安っぽいからだ。

 しかし、これは違う。

 カールは意図してこの状態を作り上げたのだ。


(安っぽく見えるとか、服に着られているなんてのは珍しくはない)


 その真贋を疑問視するほどに”安く着こなせる”人間というのは、そう居ない。

 鋭い感性の下地がなければ不可能だろう。

 今浮かべている軽薄な笑みもそう。

 あれは服に、自らが設定したテーマに合わせて作った表情だ。


(元々、お洒落だとは思ってたけど……)


 カールは普段から特別、目を引くファッションをしているわけではない。

 仕事用の給仕服か、ラフな私服ばかりだ。

 しかし、どれもこれも様になっている。

 先だって仕立てた軍服もそう。

 カールの人柄を知っていても、

 特別違和感を覚えることなく受け止められるほどに自然な佇まいをしていた。


(っと……いけないけない)


 感心している場合ではない。

 今、すべきことは何だ?

 カールが示した”チャらさ”の裏に忍ばせた今回のシチュを看破し、

 それに相応しい装いをすることではないのか? ボーっとしている暇などありはしない。


「…………じゃあ、私も着替えるから外で待っててくれる?」

「へえ……ああ、分かったよ」


 この顔を見るに第一段階は成功のようだ。

 自分の推測は間違っていない。アンヘルは強く確信した。


「――――よし」


 教室の扉が閉まると同時に、アンヘルはパンと自らの頬を叩く。


「やろう」


 筋書きのない、愛の即興劇。

 それが成立するのは互いを深く求め合うがゆえ。

 アンヘルは強くそう信じている。

 だからこそ、手は抜かない。抜けない。


「……」


 アンヘルは何の逡巡もなく服と下着を脱ぎ捨て全裸になった。

 結界を張ってあるのでカール以外の人間がそれを目にするのは不可能だ。

 学院の教師達も例外ではない。

 今帝都で結界を抜けられるのは同程度の力量を持つアーデルハイド。

 もしくは力押しで何とかしてしまいそうなシャルロットぐらいだろう。


「まずは、下着」


 テーブルの上に二組の下着が出現する。


 余談だが、アンヘルは下着”のみ”の衣裳部屋を所持している。

 以前は立場相応の質のものを。

 その程度のこだわり……いや、こだわりと呼ぶのもおこがましい。

 強いて言うなら義務感、程度のものしか持っていなかったが今は違う。

 カールに恋をしてからは並々ならぬ情熱を注ぐようになった。


 貴族御用達の高級ランジェリーから、夜戦特化の下着。

 庶民の女の子が好むお手ごろな値段で可愛いと評判の店のものまで隈なく収集してある。

 最近では異国の変わった下着などにも手を出し始めたぐらいだ。

 だが真に恐ろしいのは、部屋を一つ潰すほどに収集した下着全てを正確に把握していることだろう。


「さて、どっちにしようか」


 テーブルの上に並べられた下着はどちらも白。

 さしてこだわりのない人間にとっては、どちらも同じようなものにしか見えないだろう。

 だがこの二つには明確な差異がある。

 二組の下着をA、Bとそれぞれ呼称しよう。


 AはシンプルだがBに比べて若干、質が良い。

 ようはそこそこお高い下着というわけだ。

 まあお高いと言っても普通の年頃の女の子が少し我慢をすれば買える程度だが。

 申し訳程度にフリルやリボンがあしらわれているこの下着。

 正直、これを選ぶ者はあまりセンスがないだろう。


(普段使いとしては値段が高いし、お洒落したいなら物足りない)


 同じ値段帯で、もっと良い下着があるのでこれを選ぶ必要性は皆無だ。

 これを選ぶ女の子をプロファイルするのならば、

 元々お洒落などとは無縁だが背伸びをする必要が出た、

 しかし土台となるセンスがないのでこれを選んでしまったというところだろう。


 対してB。こちらは機能性重視、誰に見せるわけでもない普段使いならこれだ。

 金銭的に余裕のある人間ならともかく、そうでないならこれで十分。

 誰に見せるわけでもない用途の下着。

 これからエロいことをするというのにアンヘルは何故、これをチョイスしたのか。

 無論、演出のためだ。


「んー……こっちにしよう」


 アンヘルは少しの逡巡の後、Bを選んだ。

 Aは下着部屋へおかえりとばかりに没シュート。


「うん」


 下着を装着し終えたアンヘルが次に手に取ったのは黒のタイツ。

 誰かに見せることを意図したわけではない。

 厚手で冷え性予防のために穿いてるんだろうなという実用性重視のものだ。

 洒落っ気などは微塵もない、あってはならない。


「よし」


 制服を着込む。

 カッチリと、年頃の乙女らしい小細工など弄さずしっかりと制服を着込む。

 別のシチュエーションならスカートの裾を折って短く見せたり、

 胸元を軽く開いてみるなどといった小細工をしていただろうが今日に限っては要らない。

 しっかりとリボンを結び付けたアンヘルは鏡を虚空に出現させる。


「最後の仕上げ……だけど……」


 その手には転移で取り寄せた眼鏡が握られている。

 ファッションに重きを置いたものではない。

 分厚いレンズの野暮ったいフレームの地味な眼鏡だ。


「うーん……?」


 眼鏡をかけ鏡を覗き込むがイマイチ、ピンと来ない。

 だがコンセプト的にはこれで間違いはない……はずなのだ。

 だというのにしっくり来ない。

 つまりそれは、


「これが正解じゃない?」


 ならば何が正解なのか。

 鏡を睨み付ける。

 鏡面にはしかめっ面の見慣れた顔が映っている。


「お前の顔は見飽きたぜ、なーんてね」


 はぁ、と溜め息を頭を振るう。

 前髪が揺れ、微かに目を掠めた。


 ――――それが天啓への導きだった。


「そっか、そういうことなんだ」


 アンヘルは魔力を用いて自身の前髪を”付け足した”。

 マジカルウィッグだ。


「長さは目が隠れるぐらいで」


 目が全部隠れてしまうぐらいまで前髪を伸ばし、それを真っ直ぐ切り揃える。

 切ったのはあくまでマジカルウィッグ部分なので何の問題もない。


「…………完璧だ」


 その愛らしい美貌を覆い隠すような野暮ったい前髪。

 余人が今の彼女を見れば何て勿体ないことをと嘆いただろう。

 だがこれで良い、これが良い。

 地味で、陰気臭ささえ漂うこの姿が今日、この場のドレスコードなのだから。


「フフ♪」


 クスリと笑い、アンヘルは廊下で待機しているカールに”招待状”を送った。

 すると外から陽気な鼻歌が聞こえてきた。

 まだ、中には入って来ない。

 これから入るから、準備しておけよという合図だ。

 アンヘルは小さく頷くと教室の隅に移動し、俯き胸の前で祈るように手を組む。


 アンヘルとカール、二人が織り成す愛の即興劇の始まりである。


「おーえのやっまにぃ、きってみーればー……え」


 鼻歌交じりに扉を開け教室に入ってきたカール。

 だが、アンヘルの姿を認識すると、ほんの一瞬、困惑したような顔になる。

 無論、演技だ。


「あー……っと、アンヘルさん?」


 取り繕うようにチャラい笑顔を浮かべ、

 ゆっくりとアンヘルの下に歩いてくる彼の手には白い封筒が握られていた。


「これ、アンヘルさんが?」

「ひゃ、ひゃい! あの、わたし……えっと……ご、ごめんなさい……いきなり……」

「あ、いやいや別に気にしてねえからさ! 家帰ってもやることなくて暇だったし?」


 そこで会話が一端途切れ、気まずい沈黙が訪れる。

 だがこれも演技。織り込み済みの沈黙だ。

 ゆえに、最初にこの沈黙を破るのがカールであることも知っている。

 言われずとも、理解している。


「えっと、放課後教室に来てくれって書いてたけど……その、俺に何か?」


 夕陽の加減か、カールの頬が少し赤く見える。

 何とも憎い立ち位置だ。この計算、流石と言わざるを得ない。


「わ、私!!」

「うぉ!?」

「あ……ご、ごめんなさい……突然……」

「いやいやちょっと驚いただけだから。その、続けてよ」


 どこか、歯切れが悪い。いや、緊張している?

 クラスの人気者で、何時だって明るい彼らしからぬ態度。

 だが、自分ことでいっぱいいっぱいな陰キャのアンヘルちゃんはそれに気付けない。

 気付いては、いけない。そんな察しの良さが搭載されていては話が成立しないから。


「…………あ、あの……お、覚えてますか? い、以前図書室で……」


「ん、ああ。覚えてるよ。アンヘルさんってばさ。

前も見えないぐらい山積みの本持ってよたよたしてたよな。

押し付けられたのか知らないけど、あんま一人で頑張らない方が良いぜ?」


 即興で作った過去話。

 だが、カールは何の淀みもなく乗って話を続けてくれた。

 自分一人で全て作るのではない。リレーのように物語を紡いでいくのだ。

 だから楽しい、だから嬉しい。


「…………か、カールくんは……優しい、ですよね……」

「え?」

「わ、私みたいな地味で要領が悪くて……根暗な人間にも……優しくしてくれて……」


 涙腺スイッチオン!

 前髪で隠れたアンヘルの瞳から一筋の涙が零れだす。


「ず、ずっと……入学した時から……で、でも……私なんかじゃ……。

だ、だから……我慢して……だけど、もう……み、身の程知らずだって分かってるのに……!」


「お、おいアンヘルさん? ど、どうしたんだよ」


 感情が暴走して上手く言葉にできない。

 そんな演技を心掛ける。

 整然とした言葉より、乱雑であろうとも感情のままに紡がれた言葉の方が時には美しい。

 この場では後者こそが一番輝くことをアンヘルは知っている。


「――――私、あなたのことが好きなんです」


 拙くも情熱に満ち満ちた愛の告白。

 それを受けたカールは、言葉を失っていた。


「あ」


 制御の利かない感情を全て吐き出したことで冷静さが戻る。

 陰キャのアンヘルちゃんは、現状に耐えられるほど強いメンタルを持っていない。

 さぁっと顔を蒼褪めさせる。


「ご、ごめんなさい! へ、変なこと言って……わ、忘れてください!!」


 カールの横を通り抜けて逃げ出そうとする、


「ま、待ってくれ!!!!」

「痛ッ!?」


 カールが肩を掴みアンヘルを止める。

 華奢な身体では、ただ肩を掴まれただけでも身体が痛んでしまう。

 カールはアンヘルの小さな悲鳴を受け、怯えたように手を引く。


「あ……ご、ごめんよ……」

「……」

「でも、その……俺……ああクッソ! 何言えば良いかわかんねえよ!!」


 俯き、ガシガシと髪をかきむしるカール。

 だが次に顔を上げた時、その表情には緊張と、それ以上の決意が滲んでいた。


「……言葉じゃ、伝えられねえ」


 カールはそう告げ、


「だから」


 アンヘルを抱き寄せ、


「ッ――!?」


 唇を奪った。

 強く、強く、決して君を離しはしないと言わんばかりに。

 抱き締め、口付け、言葉にならない純情を伝えた。


(か、完璧な流れだよ……!)


 チャラ男スタイルに着替えたカールがどんなシチュエーションを提案してきたのか。

 そろそろ今回のテーマを発表しよう。

 ずばり、


 地味で陰気で孤立しているカースト下位の女の子(実は可愛い)が、

 初めて優しくしてくれた皆の人気者である自分とは正反対の男の子に、

 勇気を振り絞って告白し実は両思いだったことが判明し、

 両思いになった二人は昂ぶる感情のままに……――である。


 ただ制服を着てだなんてつまらない。

 制服を着て、場所が教室なのだから、もっと深く語り合えるはずだ。

 そんな情熱から生まれたもの、それが今回のシチュエーションであった。


(カールくんは、やっぱりすごいや)


 長い長い口付け。

 驚きに目を見開く演技をしつつ内心でパートナーを賞賛するアンヘル。

 そして恐らくは向こうも同じことを思っているだろう。


「ッハ……ふぅ……はぁ……か、かーる……くん?」


 苦しそうな顔をし始めたアンヘルを見て慌ててカールが離れた。

 アンヘルはぜえはあと息を荒げながら、その顔を見上げる。


「その、さ。俺みたいな奴が言っても信じてくれないかもだけど」


 バツが悪そうな顔。

 それがまた、アンヘルの胸キュンゲージを上昇させる。


「俺、君が好きなんだよ。ずっと、ずっと前から好きだったんだ」


 カールは髪を留めていたヘアピンを外し、アンヘルへと手を伸ばす。


「あ」


 優しく、アンヘルの前髪がヘアピンでまとめられた。

 前髪という壁が消え露出した琥珀色の瞳が揺らめく。


(へ、ヘアピンはこのための道具でもあったんだね!?)


 アンヘル的にかなりポイントが高いロマンティックアクションであった。

 更に補足するならカールが外したヘアピンは一本だけ。

 しかし、その一本が外されたことで一房の前髪が解き放たれた。

 それがまた、何とも色気を加速させてくれるのだ。

 アンヘルはもう大洪水待ったなしである。


「……もう一度、聞かせてくれるかな?」

「わ、わた……私……私も、カールくんが、好……好きデス……!!」


 その言葉を受け取ったカールが再度、アンヘルに口付ける。

 今度はさっきよりも深くも、短いキスだった。


「……アンヘルさん」

「……カールくん」


 熱っぽい視線が交わる。

 まるで物語のワンシーンのような光景だが、よく思い出して欲しい。

 ここが二人とは何ら関係のない学校の教室であることを。

 実に傍迷惑なカップルである。

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